『ありがたいなあ』
令和7年6月14日
昨日は金沢出張から帰り、本部施設で昼食を食べてバタバタと岐阜県庁に行き、打ち合わせに同席して貰うパサーダの西川さんが既に受付前に来ていたので簡単な打ち合わせをしてから受付で14時にアポイントメントがしてある事を言うと担当者の方に連絡を取って下さり7階にエレベーターで行くと担当者の方が待っていて下さり先ずは『ありがたいなあ』。担当者の方が親切に書類の書き方や今後の対応まで親切に教えて下さり、またまた『ありがたいなあ』。県庁での打ち合わせを終えて、正式な書類を整える為に岐阜県福祉会館6階の老施協事務局に西川さんともども移動して、正式な書類についてはテキパキと西川さんが整えてくれ、改めて岐阜県庁への届と引継ぎを兼ねての次回の打ち合わせについても手際よく決めてくれて、これまた『ありがたいなあ』。
老施協の事務局長との打ち合わせをしている時に自民党岐阜県連事務局から携帯に連絡が入ったので「日程的な話だから福祉会館にいますからこれから行きます。」と言うと「ありがたいです」と言われたので改めて相手の意図を理解した対応は大切だと思った次第です。自民党岐阜県連での打ち合わせが終わったのが16時40分で「流石に疲れたので直接家に帰る事を本部施設に連絡しよう。」と考え連絡すると「明日の供養祭の準備を職員が一生懸命にしているので確認に来て欲しい。」との事だったので家では無くて本部施設に向かいました。
本部施設の仏間に行くと多くの職員が私を待っているような状況だったので先ずは労いの言葉を掛けてから確認をすると仏さんの所の準備は無くなった方の芳名録もしっかり出来ていたのですが神棚の榊(さかき)が少し枯れかけていたのでそのことを指摘すると「本部施設の周りにあるのでとってきます。」と何人かの職員が元気に山の方に行ってくれました。榊も整った段階で改めて職員に「これで安心して明日の供養祭が迎えられる。ありがとう。」といってからしみじみ『ありがたいなあ』と思った次第です。お礼を言ったあと、亡くなった方の名まえを一人ひとり確認しながら職員と共に思い出を語りました。
かつての入居者さん537人、法人の役員の方は先代理事長を入れて6人で、ご縁を頂いて亡くなられた方は543人。年に1回の供養祭で事業開始以来の思い出をしみじみと語れる日がある事にも『ありがたいなあ』の思いです。勿論13時30分からの供養祭本番には17家族21人の方が参加して頂けるので参加して頂ける方との懐かしさも含めて語り合えたらと考えています。