岐阜県老施協による緊急研修会が実施されました

岐阜県老施協会員施設において虐待案件があり、その案件に対しての機敏な動きの中での緊急研修会が本日10時から90分休憩なしでの講演が実施されました。

会場は岐阜県図書館の2階会議室でリアルでの参加は35人でリモートでの参加は150人を超える参加と言う事でコロナ禍以降研修会への参加は低下傾向にあったのですが、どの事業所においても難しい問題だと言う事もあり多くの参加を得て行う事が出来ました。

講師の先生は当法人社会福祉法人杉和会の顧問であり、びわこ学院大学教授の烏野猛先生にお願いをして実施しました。

演題としては『介護現場における虐待を含めた不適切な行為・・・利用者や家族からのカスハラへの対応についても』と言う事で今年10月施行の『カスハラ』の問題も絡めて話をして頂きました。

会場には殆ど管理者の立場の方だつたので管理者向けの話しでしたので講演を終えた後で今回の計画を主体的に行ってくれた中西副会長と烏野先生と会長である私で現場職員の大変さも汲み取りながらの研修会の必要性についての検討もしました。

講演の中身の中で、事業所側が①2026年6月に埼玉県川口市でケアマネが利用者家族から首を切られて死亡。②2025年9月判決(2021年の事件)68歳の夜勤者が72歳の利用者にハンマーで殴り殺される。施設側に安全配慮義務違反があったとして、3950万の支払い命令。③2022年1月埼玉県ふじみ野市 訪問看護のの医師、理学療法士が散弾銃で撃たれる。との事例を紹介されて在宅ケアでの難しい状況を理解しました。

また、虐待防止法の大前提は『圧倒的に強い者から、何ら抵抗できない弱者への暴力』と言う事なのですが、「(体力的に)力のある利用者」が「(体力的に)弱い職員」を殴り負傷させた場合、これも『虐待』として認定されるのだろうか?との問題についても語って頂きました。

私は事業を開始して28年の年月が経過しましたが入居者さんには『今日一日楽しかったよ』を実践しながら職員に対しても『やりがいを持って頑張って貰える様にしていき、何かトラブルになった時には私が前面に出て対応して職員には同じ間違いをしない様に』との考えできました。

この考えでこれからも頑張って行きたいと考えています。

関ヶ原町のガソリンスタンドが1店舗廃業しました

私が大学生の頃には少なくても5店舗はあったガソリンスタンドがこの6月までは3店舗あったのですが、遂に6月末で1店舗が無くなり2店舗になってしまいました。

今回廃業されたのは唯一関ヶ原町在住の方が経営されていたものだったのです今回の廃業は私としてもとても残念です。

ガソリンスタンドが関ヶ原町から少なくなるのは関ヶ原町の人口が1万人以上あったのが6千人を切っているので致し方ない現象だとは思いますが関ヶ原町の住民のお店から無くなって行くのには忸怩たる思いがあります。

人口が少なくなり東京一極集中でどの地区においても人口が少なくなっていくと言う事は色んなものが衰退していく事になると思います。

例えば今回のガソリンスタンドの廃業にしても、人口が減ると言う事は車を所有する方も減り自ずとガソリンを給油する人も減ると言う事でガソリンスタンドを経営していくのに効率性を求められ1店舗しか無い所は経営が厳しくなり多くの系列店を持っているところが生き残るのは当然の結果だと思います。

ガソリンスタンドだけの事ではありません。顕著な話をします。私が住んでいる『大字今須』は『大字』と付いている様に元々は『今須村』であったので私が小さい頃には『今須村役場』があり関ケ原町に合併した当初は『今須支所』があったのが今では建物自体無い状態です。

農協にしても『今須農協』があったのが今では『ATM』と『精米所』のみしかありません。

今須小学校も今須中学校もあったのも建物はありますが児童・生徒はスクールバスで通園する状況です。その他にも八百屋さんで魚も雑貨も売っているお店が3軒あったのが1軒も無くなってしまいました。

この様な状況を『限界集落』と言うのですが、生活に不便が無い様にしていく為に今中心核でいる人が将来の為に何をすべきかを考えていかなければ、単に「困った」と言っているだけではいけないと思っています。

私自身社会福祉法人杉和会理事長として10年先、20年先を睨んだ展開を提案していかなければいけないと思っています。

本日も暑くなると天気予報が言っています

朝5時25分に行動開始をして、いつものように朝のお参りに出掛けました。先ずは幸福地蔵様の笠が頭から落ちそうになっていたので、きちっとかぶし直してから(いずれズレない様に直します)体中を撫ぜながらの祈りをして(誰かが見ていたら、幸福地蔵様に抱きついている変な奴としか見えないと思います。)本堂でのお経を唱えながら、大きな賽銭箱に支えて貰いながらのストレッチをして、今須稲荷、三仏(観世音菩薩、毘沙門天、薬師如来)六地蔵様等々に水を手向けながらお参りをして、我が家のお墓に歩いて行く時に、爽やかな風が私の体を癒してくれるのが嬉しくて「これは母秋江さんが、元気にお参りに来ているのを喜んでいてくれているのかな。いやいや絶対にそうだ」と思いながら我が家のお墓まで行き、7カ所のお墓に水を手向けてから(何となく7カ所になりました。多分これも『ご縁』だと思っています。)般若心経を唱えさせて貰いながら「今日も元気にお参りが出来て、ありがとうございました。」と感謝の祈りをさせて貰いました。

お経を唱えている時に近くの所で気配はしていたのですが、そのことには構わず大きな声でお経を唱えて、唱え終わって県道に降りて歩きだした時に、先程の気配は我が家の直ぐ傍のお墓にお参りに来た方だと分かり、大きな声で「おはようございます。」と挨拶すると相手の方も大きな声で挨拶を返して下さいました。私は、相手の方がどこの方かは分からなかったのですが「これもご縁だ」と思った次第です。

本日も暑くなると言う事ですが、朝から爽やかな気分になり、我が家に帰って汗びっしょりでお風呂に入る為にTシャツを脱ぐと、Tシャツが重いくらいになっていたので、温くなったお風呂に身体を沈め、追い炊きをして徐々にお湯の温度が上がってくるのが『至福の喜び』と言う事で、朝から元気で朝食も美味しいのに『感謝、感謝、感謝』の一日が始まりました。この調子で「暑さなんかぶっ飛ばせ」と、この夏を過ごしたいと思っています。

本日、優・悠・邑 和合において供養祭が執り行われるます

6月13日に本部施設において供養祭が実施された時には、高熱を出して入院していたので参加が叶わず、病院のベットで寝ながらお経をあげると言う事態になり、改めて「健康で無ければやりたいことが出来ない」と思うと共に「健康である事の有難さを感じた次第」だったのですが、本日は14時から和合の施設で供養祭を実施するのですが、元気に参加させて頂ける事に改めて感謝です。和合の施設が事業開始をして12年3カ月の経過の中で、亡くなられた方が265人と言う事で、多くの方の供養祭と言う事です。

当法人は『ご縁を頂いた限りにおいては、とことんの関係作りを』と言うスタンスの一貫としての供養祭です。お陰様で7組のかつての家族の方がお参りに参加して頂けるのは、本当に有難いです。12年3カ月の積み重ねの中で、家族の方との信頼関係が間違いなく構築されてきたことにより、家族さんのほうから状態が悪くなられた時にも「高齢なので、施設で出来る事をして頂いて、最後の看取りだけして頂ければ」と言って頂ける方も増えてきました。勿論、病院の様な医療は出来ませんが、病院以上に寄り添っての介護に徹する様にしています。勿論、嘱託医の先生のご理解があっての事ですが、「何でもかんでも病院へ」と言う考え方では無く「最後まで施設でお世話させて頂きたい」との考え方も浸透してきた様に思っています。

昨日本部施設において、長く入居された男性入居者さんの看取りをさせて頂いたのですが「亡くなられたお顔は本当に良い顔をされていました。」との報告を聞けたのは、本当に良かったと思います。この様な体制になる為に私自身『率先垂範』をしてきた賜物だと思っていますが、それ以上に私の考え方について来てくれる職員が多くいてくれた事により、今の体制が確立されてきたのだと思うと、本当に有難い事だと和合の供養祭に対して思いました。

オムツの当て方講習がありました

ムツの供給会社リブドゥコーポレーション(商品名リフレ)のスーパーバイザーが9時から17時まで1職員15分刻みで実技も確認と指導を実施して頂きました。今回が2回目なのですが1回目の職員の中にはDVDで事前学習をしてから参加することになっていたにも関わらず、ぶっつけ本番の様に参加する職員がいて、指導する側が15分の制限の中では中途半端になってしまうものもいたと言う事で2回目の本日は先月の全体会においても「しっかり予習しておくように」と言うと共に幹部会において職員への徹底をしておいたにも関わらず、今回の参加者の中にも予習が出来ておらず中途半端な研修になった職員がいた事に対して忸怩たる思いでいます。

確かに外国人介護職も参加していますが、準備されたDVDは10か国語に翻訳できる配慮されており、「言葉が分からなくて理解出来ない」と言う弁解は出来ないものだったにも関わらず予習をしてきていない職員がいた事は色んな問題が内在していると考えられます。

一つには職員への周知の不十分さであり、二つ目には研修の意義が理解されていない事だと考えています。例え一人15分とは言えスーパーバイザーがついての中身の濃い研修であり、他の施設でここまで徹底した研修がなされているとは思えないにも関わらずしっかりとした受講への姿勢が見られない職員がいる事は理事長として施設長としてしっかりとした意識の醸成に努めなければいけないと考えています。根本的にはスーパーバイザーの方は優・悠・邑 和合の質向上の為に頑張ってやっていきたいとの思いを極端な言い方をするならが踏みにじっていると言う事で「こんなことなら他の事業所で実施した方が良い」と思われたら、せっかくの好意も台無しになります。「人の好意を踏みにじる行為は断じて許せない」と私は思っています。業務を抜けての研修であれば尚更です。

今後の課題をしっかり受け止め次に生かしていきたいと考えています。つまり、『同じ轍を踏まない』為にそれぞれの職員が何をすれが良いのかを考えて貰いたいと考えています。

岐阜新聞に掲載して頂けました

令和8年7月9日

7月6日と7日に小野(この)小学校6年生4クラスの福祉体験(それぞれ45分授業2時間分)の記事を岐阜新聞西濃版に大きく掲載して頂けました。取材は6日に受けたのですが3日後の掲載になったのは写真に写っている児童さんの掲載確認や取材に答えてくれた児童の方の確認があった為だと言う事でした。

西濃版と言う事だったので、岐阜県老施協事務局に記事をメールで送信して岐阜県健康福祉部次長さんにも話題提供したいと言う事で高齢福祉課に転送する様に依頼すると共に会員事業所向けに岐阜県老施協のホームページにも載せて頂ける様にお願いしました。この様な地道な活動が大切だと思っています。

本日も10時から本部施設の『フロア責任者会議』が実施されたのですが、その会議においても「フロア責任者が地道な展開をしてこそ他の職員が理解してついて来てくれるものだ。

つまり、責任者は率先垂範をしてフロアをより良い方向にしていかなければいけない」と総括の中で話をさせて頂きました。社会福祉法人杉和会は28年前に産声を上げて設立当初の本部施設本館は入居50人、ショートステイ20人とデイサービスB型で事業開始して今は本部施設が110床、和合が98床、和(なごみ)の施設が80床(現在は定員40人)の法人展開になっているのでそれぞれのフロアの責任者がしっかりとした展開と指導をしていく事によってより素晴らしい法人になり、地域から愛され信頼を得る存在である様にしていきたいとも考えています。

私自身毎日『理事長コラム』を継続しているからこそ『今日の優・悠・邑』『今日のえりかの里』『今日の優・悠・邑 和合』『今日の和』も毎日更新が出来ているのだと思っています。私はいつも『継続は力なり』と言い続けているのも『率先垂範』の先頭に立っているからだとも思っています。

『石の上にも三年』の諺通りです

私が優・悠・邑 和合の施設長に就任して3年の月日が経過しようとしています。

私が就任する前の10年間は和合の情報は月に2~3回程度その当時の佐藤施設長から報告を受けたり、月に1回お参りの導師をさせて貰う程度だったので3年前に和合の施設長に就任した当時は全く何も分からない状態から始まったと言っても過言ではありません。と言う事で最初の内は事務所の職員を中心に「分からないことは教えて貰う」と言うスタンスで頑張ってきました。まだまだ分からないことは多くありますが自分で出来る事はしっかり行うと共に理事長としてでは無くて施設長として「施設の方向性をしっかり示す」ことが出来るようになってきました。本日10時から行った『多職種連携会議』においても明確な考えを言う事が出来たと自負しています。但し、理事長兼務なので即決出来るメリットがあることも事実です。

3年前に就任した当初は『業務が硬直化している』『地域へのアプローチが少なすぎる』『入居者さんの表情が硬すぎる』と言う事を痛切に感じて、この3年間はこの3点の改変に私なりに提案と実践をしていく中で職員も私の意図を良く理解してくれて『楽しい提案』『美味しいものの提案』を積極的にしてくれるようになってきて企画についても多面的に提出され実践出来る様になってきました。手前味噌の様に思われるかも知れませんが入居者さんの表情も明るくなってきましたし、ボランティア活動への参加の仕方もとても良いものになってきたと思っています。そんなタイミングで大垣市社協さんから小野小学校6年生の福祉体験の依頼があったの『偶然』ではなくて『必然』だったと思っているのは私の思い過ぎなのかな・・・。

一生懸命の頑張りは通じるものだと改めて思いました

私は社会福祉法人の認可を頂いた1997年から「社会福祉法人は地域貢献をしっかり行い地域の安全安心に勤め地域から信頼される存在でなくてはならない」と言う気持ちで法人運営をしてきました。

そんな中で今回大垣市社協さんから優・悠・邑 和合が位置する所の小野(この)小学校での福祉体験の依頼があり社会福祉法人杉和会として精一杯の貢献をしたいとの思いで当法人で出来る限りの事をしていくとの思いで3施設の強力スタッフを結集すると共に,取引先である松永製作所の協力も得て昨日今日の2日間で6年生4クラスの福祉体験で車椅子体験とアイマスク及び白杖の体験をして貰った事は昨日のコラムで書いた通りなのですが、2日目の実施が無事に終了して帰りの挨拶をさせて貰った時に学校側から「今回の体験学習はとても身になるものだったので今年度での計画は難しいと思うので来年度の計画に取り入れたいので来年も是非協力して欲しい」との言葉を頂いた時には職員の頑張りと業者さんの協力があったので出来た事だけれども来年度の依頼まで受ける事が出来たのは有難い。と思った次第です。

私は地域に愛される施設を構築していく事が施設運営において最も大切な事の一つだと思っています。

本部施設の施設長から和合の施設長になって丁度3年が経過する今、確かにこの3年の間も地域へのアプローチは頑張ってきた積りですが今回の頑張りによって小野小学校との敷居は高いものでは無くなったと思っています。

特に昨日の福祉体験では小野小学校がある所の三城連合会長さんにお会いして親しくお話をさせて頂き、和合地区だけではなくより広いエリアへのアプローチが出来るようになった事も有意義な出会いとなりました。

私は『遠くの親戚よりも近くの知り合いこそ大切にしていかなければ』との考えでいます。私は困ったときだけの関係では無くて日常的な関係を大切にしていかなければと考えています。

当法人の職員の中には多くの介護福祉士だけに留まらず管理栄養士、社会福祉士、看護師、理学療法士、認知症指導者など色んな分野の専門スタッフがいます。これからも地域貢献に力を入れて今まで以上に地域からの信頼を勝ち取っていく所存ですのでこれからも宜しくお願い致します。

福祉体験の実演指導に参加しました

令和8年7月6日

優・悠・邑 和合の小学校区の小野小学校での福祉体験の協力を大垣市社協からの依頼を受け、社会福祉法人杉和会全体で協力する為に勿論『アイマスク体験』の為に盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)のノウハウを前面に出しながら、車椅子体験は地元で車椅子の製造をしている松永製作所(養老町)さんにも協力して頂き取り組む事にしました。本日は8時に和合の施設に集合して小野小学校に出掛けました。

大垣市社協の方や小野小学校の先生にご挨拶をすると共に校長室まで案内して頂き挨拶をさせて頂きました。校長先生との挨拶を終えて体育館に行くと松永製作所の方もみえていたので挨拶をすると共に準備に取り掛かりました。8時30分からの1時限目は大垣市社協さんからの福祉の講話があり、児童への投げかけに対しては「流石小学6年生」と言う事で外連味の無い答えに心地よさを覚えた次第です。

2時間目と3時間目は2つのコーナーに分けて2クラスをそれぞれ『アイマスクと白杖コーナー』と『車椅子体験コーナー』に分けて実施しました。ちなみに明日も残り2クラスで実施します。1クラス35名と言う事なので総計140名の受講なのですが、二日間の福祉体験受講者の中から10年後に福祉を志す若者が一人でも二人でも出てくればとも思っています。

2時間目3時間目の福祉体験でアイマスク体験ではアイマスクをするものとガイドヘルパー役をするもののペアを組んで実施しました。元気な6年生ですし感性も素晴らしいので障害物として置いてあるパイプ椅子については難なく歩く事が出来たのですが階段の所で上がるのはスムーズに行ける児童が降りる段階ではなかなか足が出ない子が多くいたので、体験を終えた子に「どうだった」と聞くと「少し怖かったし難しかった」との言葉だったので視覚障がい者の方の気持ちが少しは理解出来たのではないかと思いました。

また、車椅子体験についても車椅子に乗る子と押す子のチームで実施したのですが段差のある所での上り下りには苦労していたので、バリアフリーの大切さを学んでくれたのではないかと思っています。岐阜新聞の取材もあり、広く広報される事は意義ある事だと思いますし、今後の展開にとっても意義のある事だと思っています。

また、和合の施設に戻ると奈良県の平岡先生から留守電が入っていたので折り返しをすると先週金曜日の岐阜県議会での広瀬県議の一般質問を見たとの事で「今後の展開に希望が持てた」との事にも力を得ました。アクションを起こす事の大切さを改めて理解しました。

我が家の猫の話

以前にもこのコラムで我が家の猫のお話はさせて頂いているのですが、私の我が家の猫との関係が(大げさな言い方ですが)大きく変わりつつあることを本日のコラムで書くことにします。

以前の我が家の猫との関係は最悪でした。特に真っ白な『おもち』との関係は酷かったです。と言うのは私の車が車庫に入った瞬間に一目散に2階に退避するような状況でそんな姿に私は「可愛くないな」と思う毎日でした。ところが最近は2階に退避はせずに私が玄関を入って来るのを見ていて私が廊下を歩きだすと居間のソファーの所に隠れる様になりました。リピーターの皆さん、少しは関係が近づいたと思いませんか。

また、2階の部屋でもう一匹の『まる』と共に寝ている時も以前は私の顔を見ると牙を剥いてから奥の部屋に退避して、退避した部屋を私が覗いた時にも牙を剥いていたのですが今は逃げる事も無く頭を撫ぜさせてくれて時には『ニャー』と可愛く鳴いてくれるのです。そんな時は「めっちゃ可愛い」と思う私がいます。まだまだ抱ける様な状況ではありませんが今の現状に満足しています。

私の『おもち』とのやり取りを見ていた我が家の奥様が「大分慣れたね」と言ってきたので私は「我慢と忍耐の賜物です」と答えた次第です。もう一匹の猫『まる』は体もでかいが態度もでかい猫で餌を食べた瞬間に寝てしまう様な猫(体重は8.5キロ)なのですが寝ている時に頭を撫でると甘えた様な顔をしてくれるのでそんな時に私は「愛おしい」と思っています。そして最近は明け方5時25分のアラームで行動を開始するときに私の足元で寝ている事が度々でこれまた「愛おしい」と思ってしまいます。私が子どもの頃に猫を飼っているのはネズミを食べてくれる為と言う理由だったと思いますが日本が豊かになった事によって猫を飼う事言うのは『癒しの為』と言う事なので私も猫との関係を『敵対関係』では無くて『癒しの関係』になる様に忍耐強く関係作りをしていきたいと思います。

先代の猫の『リット』は盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の経営が極端に悪かった時に猫の本能なのか優しく布団の上に乗ってきたのを足を挙げて戯れるのが嬉しかったのを思い出しました。

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