月光仮面のDVDを見つけました

先代理事長の家の片付けをしていて、月光仮面のDVDを見つけました。私は実際に放映された時に見たのか、その後の番組で見たのかは定かではありませんが、自信を持って言えるのは歌は歌えます。昨夜は早くに自分の部屋に行ったので、何枚かあるものの中から『1』と書いてあるのを見る事にしました。

画面を見て「白黒だ」と思うと共に「画面が鮮明ではないのは、時代を感じるな。」と思いスマホでいつ放映されたのかを検索してみました。その結果1958年に放映されたと言う事を知り、私が5歳の時だとすると、我が家には多分テレビは無かったと思うので、実際に見たとしたら秋江さんの実家である祖父の家で見たことになるなと考えています。今の様に特殊な事が出来ない時代なので、色んな事はできないなかでの対応だと感じました。

その時代の精一杯の設備が、今とは全く違う事がわかりました。例えば月光仮面が乗っているバイクが今のとは違い貧弱なものでしたが、その当時としては最新のものだったのだと思います。最新の道具としては、ダイヤル式の電話であり、やたらとピストルを撃っていて、タバコもやたらと吸っている場面がありました。今なら差別用語であり得ない言葉も多く使われていました。主役の大瀬さんは顔を見ても全く記憶にありませんが、祝探偵事務所の助手役の方は、見たことがあるなと思い配役を確認すると『谷幹一』と出ていたので、これもスマホで確認するとNHKの時代劇『御宿かわせみ』にも出ていて、素晴らしい脇役的な存在だったので、「長く活躍されていたのだな」と感心してしまいました。

番組に出てくるタクシーは左ハンドルの車であったのも驚きでした。68年も前の作品なのに楽しく見る事が出来たので、改めて私は昭和を愛する人間なのだと。昭和オジサンは決して悪くないぞ。義理人情に熱くて、相手を思いやる事にかけては誰にも負けんから。と自己陶酔している私がいます。8巻で1巻に3作入っているので、3月は、お役を受けている理事会や評議員会があり、勿論当法人の予算理事会もありますから、バタバタと忙しい日々が続く中でのリラクゼーションとして『月光仮面』のDVDを見たいと考えています。

3月7日の岐阜新聞の1面から

私が教員を勝手に退職して見事に父進さんから勘当された時に『救う神あれば拾う神あり』の格言通り、25歳の時に勘当された時の5か月間の居候先を受けてくれた増山たづ子さんの写真と記事が大きく載っていたので、久しぶりに増山たづ子さんの事をコラムに書きます。

増山たづ子さんとの出会いは、私が大学2年生(19歳)の時に「ダムで沈む前に民俗学調査をして残したい」と言う事で、大学のサークル活動の一貫で、調査に入る拠点として選んだのが増山たづ子さんが営んでみえた民宿だったのです。私の印象としては、初めてお会いした時には1917年生まれの方ですから、55歳になられていたと思うのですが「顔の黒いおばちゃんで、大きな声で話をされて、良く笑われる方だ」と思っていたのですが、大学を卒業して坂内中学校に赴任していた時に遊びに行った時も、居候をさせて頂いた時も、もっと言うと30代に児童養護施設に勤めていた時は勤め先から近い所に移転されていたので、何度もお会いしましたし、私が特別養護老人ホームを始めた40代後半の時にも何度かお会いしたのですが、と言う事は30年近くのお付き合いをさせて貰っていたのですが「ずーっとおばちゃんのイメージは変わっていない」と言う事で、素晴らしいと言うか、凄いと言うかとにかく素敵なおばちゃんでした。

久しぶりに増山たづ子さんの写真を新聞でみて「いつもこんな感じだったし、いつもカメラを抱えていたな。」と懐かしさを覚えると共に、居候をさせて貰っていた時に2階の部屋を独占させて貰っていた写真まで載っていたのには、感動してしまいました。写真が掲載されているだけで20年以上の時代を通り越して、懐かしく思い出すことができた幸せを感じています。居候をしていた5か月間はとっても素敵な長期休暇だったと思います。だから今は休みなく仕事をしていても、何の不満もないのだと思っています。

社会福祉法人杉和会の予算案を作成すると言う事

3施設の全収入がおおよそ10億円と言う事ですが、この収入をどの様に有効に支出していくか、或いは将来的な布石として残していくのかと言う事はとても大切で重要な事です。今般の物価高と人材確保と定着に対応しつつ、入居者さん利用者さんの笑顔と地域の貢献にも着眼しながらの将来の展望も立てての計画を立てると言うのはなかなか骨が折れる事です。

ここ一週間で、3施設において大きな予算が伴うものについての提案をさせ、それに応じた見積もりを大急ぎでそれぞれの業者にして貰う為の打ち合わせを昨日、今日、明日の3日間で精力的に行っています。3施設共に将来を見据えた展開をしていかなければいけないのですが、その中で特に配慮しているのは『広報活動に力点を入れていく」と言う事です。具体的に言うのであれば、学卒者が魅力を持ってエントリーをしてくれるものの作成や、デイサービスが地域密着型通所介護になる事によって滋賀県側への情報が希薄にならない様にしていく事にも配慮していかなければいけないと考えています。

また、職員の給与についても処遇改善に出来るだけの配慮が出来る様にしていかなければとも考えています。中東情勢の先が見通せない状況の中、ガソリン価格の上昇によって色んな物の物価上昇が見込まれている状況であっても入居者さんへのしわ寄せは絶対にしてはいけないし、職員の生活も豊かなものにしていかなければいけないので、節約できるところはしっかり節約をして、お金を掛けなければいけない所には手厚くしていくメリハリを付けたものにして理事会・評議員会での理解を得られるものにしていきたいと考えています。

新年度を来月に控えて昇格、異動を実施します

3施設共に刷新するとの事は既にこのコラムでも書きましたが、具体的な対応をこれから実施していかなければいけないので、改めて身を引き締めて行っていかなければと考えている事について本日のコラムに書きます。

昇格については「昇格をすることによって、今まで以上に頑張ってくれる事が前提になる」との考えを期待はしますがあまり求めていません。

「今の頑張りで、より気付きの多い職員であって下さい。」との思いは持っています。

それよりも大切にして欲しいのは「昇格して、偉くなったと勘違いしないで欲しい。」と言う事です。

と言うのも、かつてにあった苦い思いとして「急に今まではしていた仕事を指示ばかりする様になった」と言うものです。

私は『実れば実るほど首を垂れる』事こそ大切だと思っています。

午前中に本部施設において『フロア責任者会議』があり、改めて会議に参加したメンバーに「フロアの責任者とはどの様な立場なのか」と言う事と「業務の中で何故その様にしなければいけないのか」をそれぞれのフロアの職員全員にしっかり周知していかなければいけない。」とも語りました。

本部施設において施設案内を私がすると、他の職員がするよりも遥かに時間がかかるのです。

その理由は私自身が立ち上げ前に色んな事を考えて、それを設計士さんが図面に落として頂いて形にして貰ったり、設備・備品についても直接、工場や展示場に見に行き決定していったので、色んな思いが凝縮されている事を説明しているとどうしても時間がかかってしまうのです。「私の分身であれ」等と言うわけにはいきませんが、少しでも理解して貰う様に務めてきましたので、27年も経過した施設としてしっかりと枝葉を拡げて行って貰いたいとの思いを持っています。

私は何度も語っている事ですが『現場主義』『労を惜しまず』で実践してきた者として、社会福祉法人杉和会の理念を正しく理解して職員が一丸となって頑張れる体制を構築して新年度を迎えたいと思っています。

久しぶりに日本酒を強か飲みました

大垣市内で気の置けない友人との飲み会で、昨夜は少し冷える夜と言う事で、生ビール1杯飲んだ後は熱燗でグイグイ飲んでしまいました。18時にお店で落ち合う事にしていたので、17時10分には家を出たので充分間に合う時間だったはずが、垂井に入った途端に大渋滞に巻き込まれ「このままだと約束の時間に間に合わない」と言う事で、信号で停止したタイミングでお店に「若干遅れると伝えておいて下さい。」と連絡して、改めて思ったのはスマホの「ブルートゥースの機能は便利だな」と思った次第です。結果的には18時10分前に着く予定が、10分遅れで着きました。

健康診断の時に「お酒は平均すると、1日1合です。」と答えているので「8日分飲んでしまい、しかも2次会でウイスキーのロックも結構に飲んでしまった。」と反省にもならない事を思っています。でも、23時前には代行で家に着いたので7時にはお風呂に入り、沢山のお水を飲んだので、今は身体も頭もシャキーン!としています。9時前に岐阜から電車で来てくれた友人からお礼の電話を貰って話しながら、「律義な奴だ」と思っていたら最後に「実は電車の中で寝てしまい、気が付いた時には熱田の駅だったので、びっくりしたのですが直ぐに下りの電車が来たので、無事に家に帰れました。」との事。と言う事は、2人とも楽しくお酒が飲めたと言う事で久しぶりにリラックス出来たと言う事で、15日の法人理事会と28日の法人評議員会の準備にギアを入れて頑張りたいと思っています。

実はもう一つ良かった事がありました。本部の輪転機を新しいものに買い替えたいと言う事で、営業に来た若い担当者が「70万くらいで購入できますよ」との事だったので「正式な見積もりを持って来て」と言って、改めて持って来た見積もりが70万を遥かに超えた数字だったので、「この間言った数字との開きが多き過ぎるので、見積もりを持って帰りなさい」と厳しく言ってからかなりの日数が経っていて「若い子がこのまま引き下がったらいけない。」といらぬおせっかいですが、本日午後からある介護労働センターの会議の後で上席者に話に行こうと思っていたところ、「11時に新たな見積もりをお持ちします。」との連絡を貰ったので、「きちんと、アポも取ってきたので私が会う」と言う事で、新たな見積もりを見ながら「なかなか来ないから心配していたけど、頑張った結果が分かったよ。」と言うと「上席者の決済がなかなか下りなくて」との事だったので「良い勉強をしたね」と話をしました。いらぬ節介かも知れませんが、彼なりに頑張ってくれたので私も嬉しくなったと言う話です。

地区有林の話し

令和8年3月4日

岐阜県森林保全課から連絡があったと言う事で、午前中の岐阜県社会福祉事業従事者共済会の理事会を終えて本部施設に戻り担当者に連絡すると、私の居住地である関ケ原町今須門前地区の地区有林の登記の進捗状況についての問い合わせでした。

大分前のコラムで書いたのですが終戦後の仕事が無い時代に地区有林での仕事をすることによって国から対価が貰えて山の所有権は地区のものになると言う80年近く前の制度が今に生きていて、代が代わっても登記の書き換えが出来ていない方が多くあり、「何とかしなさい」との連絡をその当時世話役をされていた方から話を聞いて、世話役の方も高齢になりその役割が出来ないので代わって欲しいとの事でお受けしたものの、

地元に住んでみえる方については何とか登記を現在生活されている方にする為の事を私が仕事の関係でお付き合いしている司法書士の先生に依頼をして対応出来たのですが、代が代わって行方が分からない方や家を引き継ぐ人が分からない方等についての対応が出来ていなくて「何とかして下さい」と言う事を司法書士の先生にお願いしたばかりだったので、森林保全課の担当者にその旨を話をすると、「制度的に緩和されている事もあるので、その点を含めた資料をメールで送付します」との事だったので、「誰も引き受けない仕事だけれども引き受けた以上は責任を持ってやらせていただかなければ」と思っています。

山の評価と言うか木の評価が外材が安く入って来る事で日本の木の値段が下がってしまって地元の方々も興味を持って頂けない事で話がなかなか進まない一因だとは思います。次の代の方々が困らない様にするのも、今を生きている者の勤めだと思いますので出来る事はしていきたいと思っています。

この様なケースは日本のいたるところに存在しているのではないかとも思っています。時代が変わって来ている今、制度的な見直しをしていかなければいけない事が多くあるようにも思っています。

銀行も色々なのでしょうか

かつてメインバンクにしていた銀行に、久しぶりに書類の関係でお聞きしたいことがあり9時過ぎに行きました。おおぜいの行員さんが座ってみえたのですが、黙々と仕事をされていたので、「少しお聞きしたいことがあるのですが」と声を掛けると「整理券を取ってお待ちください。」と言われたので「お客さんは一人しかいないのに何で」と思ったのですが、ここは素直に整理券を取る事にして指示されたボタンを押すと、幾つかの受付内容が書いてあったので『相談』の所のボタンを押して整理券を取って椅子に腰かけました。私の勝手な判断ですが「相談の整理券を取ったので、直ぐにしかるべき方が対応してくだれるだろう」と5分は黙って待っていたのですが、私も次の予定もあるので立ち上がって「時間があまりないので、相談に乗って頂ける方がお見えならばお願いします。」と言うと私の前の机に座っていた方がこちらに向かってみえたので名刺を胸ポケットから取り出すと、慌てた様に名刺を取りに行かれるのが分かりました。

私の思い過ごしかもわかりませんが、名刺交換をして私が社会福祉法人杉和会理事長と分かった瞬間に態度が変わった様に思いました。私の服装がジャージのズボンにポロシャツと言うラフな格好だったからの対応とは思いたくありませんが、私が何者かが分かったからか、相談を終えて帰る時には多くの行員さんから「ありがとうございました」と声を掛けられたのですが、決して面白い現象だとは思えませんでした。私は施設の事務所で対応する職員には「受付での対応如何によって80%が決まってしまうので、充分に留意した対応をして下さい。」と言っています。かつて、大学等で講義をしている時に「福祉に対する対応においても、インテーク(受理)の対応を失敗するとその後の対応に苦慮する。」と話していたのですが、銀行と言うのも『顧客第一』だと思うので、「しっかりとした対応をして貰いたかったな」と思っています。勿論、当法人においても『福祉サービス』を行っているので同じことだと思っています。

本日も車の中で昼食を食べています。

昨夜熟睡に入った段階である22時前にスマホがなって強制的に目を覚ましての対応で再び寝ようとしてもなかなか眠りにつけず、ウトウトとした眠りの中、6時の関ケ原町の広報であるチャイムで行動を開始して、「こんな日の方が頭の回転が良い時があるので」と言う事で本部施設に行き『令和8年度の社会福祉法人杉和会の理事長指針』を一気に書き上げました。

『早起きは三文の徳』の如く自分でも満足がいく内容になりました。

その後、3月の予定の確認をしてから家に帰り朝食を頂き、着替えをしてから養老町の先代理事長の家の対応と大垣共立銀行垂井支店での打ち合わせをしたらお昼近い時間になったのでコンビニに行きおにぎり弁当を購入して、午後1時30分から岐阜県老施協常任理事会の時間までに昼食を車の中で済ますと共にスマホに向かってコラムを打ち込んでいます。

実は「おにぎり弁当を購入した。」と書きましたが、ブラスたまごサンドイッチも食べてしまいました。

一人車の中で食べているとお腹も満たされないのか、いつも以上に食べてしまいます。

だからこの様な生活が続いてお腹が突っ張ってしまっているのだと。と弁解がましい事を書きながら、これも職業病だ等と居直った事を考えている私がいます。

13時5分にスマホでアラームセットをしておいたので、アラームを止めると共にコラムの打ち込みを一旦止めて岐阜県老施協事務局に移動して常務理事と方が見える為、事務局長と打ち合わせをしていて13時30分の定刻になり、常務理事会の会議を始めました。

主な議題は、

①今月開催される総会の検討。

②7月に開催される東海北陸ブロック研修大会岐阜大会の検討。

③中学生の施設見学実施のバスツアー。

等の検討を行い15時30分に終了して、今は本部施設に帰り、明日実施される厨房業者による試食会の打ち合わせ等を終えて、途中になっていたコラムをパソコンで打ち込んでいます。

「朝から充実した対応が出来ているのも自分自身が健康であればこそ」と思うと、「薬師如来様に感謝しなければいけない。」と思ったのですが、8月20日と決めて本部施設にきて頂き仏壇でお参りをして、その後会食の席に移動して親しくお話をさせて頂いている高野山前官大僧正の静慈圓師から「若山さんの背中にはお不動さんが付いているので大丈夫」と言われているので思いのままに地域の為に𠮟咤激励をしていきたいと改めて思った次第です。

但し、しっかり眠れないとしんどい年齢になっている事は事実なので、睡眠には充分留意しながら頑張って行きたいと思っています。

社会福祉法人杉和会理事長として最も大切な事

社会福祉法人杉和会の事業所としては、関ヶ原町の本部に従来型特養が入所50床、ショートステイ20床、ユニット型入所40床、デイサービスがあり、和合においては従来型特養90床、ショートステイ8床があり、垂井町梅谷に盲養護老人ホーム30床があります。

特養においては平成12年(西暦2000年)に介護保険法が始まり老人福祉法から制度が変わって事業が行われています。

盲養護老人ホームについては老人福祉法のままなのですが、先般岐阜県の市町村廻りをしていての実感としては行政側の担当者の中には老人福祉法について全く理解されていない方も多くみえる事に驚きと共に怒りすら覚え、担当者の中には「措置と言うのは何の事ですか」と質問される方もありました。

老人福祉法は昭和38年7月に施行された法律であり高齢者のセーフティーネットとしては大切な物であると思うのですが、福祉担当者の中から逸脱されていると言う事に忸怩たる思いを持たざるを得ません。

さて、本日から3月です。

当法人においても来年度の方向性を承認して頂く為の理事会・評議員会もこの月に実施されます。

その為に私は令和8年度の事業方針である指針と経営方針を提案すると共に総合施設長として事業方針の取りまとめをしていかなければなりません。

令和8年度から本部施設のデイサービスは『地域密着型通所介護』に大きく事業形態を変えますし、盲養護老人ホームにおいても入居定員を30床から40床に変更する事に伴って30床1棟から2棟での展開になります。当法人においても大きな転換期と言っても過言では無いものですので、その変換が法人の将来において正しかったと言える答えを出せる様にしていかなければいけないと思っています。

また、総合施設長として節約できることは可能な限り努力しつつも、入居者さんにとっての『今日一日楽しかった』についてはより充実させていけるような配慮をしていきたい。

考えなければいけない事は多義に渡りますが、間違いのない方向性をしっかりと示していきたいと考えています。

5日間実習をして頂いた報告会に参加させて貰いました

月曜日から金曜日の5日間の成果報告会に参加させて頂き、6人の実習生一人ひとりの総括的な発表に頷くばかりで、それぞれの方が素晴らしい成果を獲得されたと確信しました。実習初日に私がお願いした「部屋に閉じ籠っている方の所に積極的にアプローチして下さい。」とのお願いをしっかり聞き入れて下さった報告にも満足が行きましたし、その中から多くの事を学ばれたとも理解しました。5日間の実習ではありましたが、中味の濃いものであったと思いました。

一人ひとりの発表のあと、当法人の評議員であり、関ヶ原町民協会長で、実習の指導者でもある不破さんから総括的な話として「施設側の理解を得て実りある実習になった事は、それぞれの発表から読み取れますが、この成果を今後の学びに生かして下さい。」との話と「実習日初日は戸惑いが大きく、下をむいて不安な顔をされていたのが、フロアへ向かわれる時の表情に明るさと自信にあふれた表情になってきたのが、何よりの成果だと思います。」とのコメントをされたのを聞いていて、満足のいく場所提供になった事に先ずは安心したので、私のコメントの中ででも「入居者さんも大いに満足が行くものであった事に先ずはお礼を申し上げます。そして、不破さんからもコメントの中で有りましたが、今後の展開に対しても改めて宜しくお願い致します。と同時に、来年の事を今から言うと鬼に笑われるかも知れませんが、来年もこの企画を当施設でお願いできたらと思っています。実習生の方々の学びであった事は優に及ばず、当施設の職員にとっても大いなる学びになった事をお礼申し上げます。」と話をさせて頂きました。

施設は施設で完結していくと言う閉鎖的な考えの施設もある様に聞いていますが、敷居の無い施設にすることによって、施設はより良くなるとの思いを持っています。これからも、このご縁も大切にしていきたいと考えています。それぞれにキャリアのある実習生さんが、より広い学びをするために大垣に泊まっての実習をされると言うだけでも頭が下がりますが、しっかりとした学びの習得をされた事に改めて敬意を抱くと共に、今後もこのご縁を大切にしていきたいと思っています。と言う事で、出来れば本部施設のコミュニティーハウスで泊まって貰っての飲み会など、企画出来たら最高だと考えています。

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