頼りっぱなしによる失敗

昨日は岐阜県老施協の理事会が終了して、18時30分から岐阜駅前において理事会メンバーとの忘年会が実施されました。私は飲み会会場の近くのホテルを事前に予約しておいたのですが、(関ケ原駅までは帰ってこれますが、駅前にタクシーがいないのです。)初めて宿泊するホテルで、尚且つホテルの駐車場が裏通りで複雑だと聞いていたので(吉田副施設長のインターネット情報)不安を覚えていたので、大垣へ電車で帰ると言っていた西川先生に「私の車に同乗して、案内役をしてくれないか」とお願いしたところ気持ちよく引き受けてくれたので、カーナビの案内ではなくて西川先生の指示通りに運転しました。そしてホテル前に車を停車すると、西川先生は車を降りてフロントまで行って駐車場の地図を貰って来てくれて、地図を見ながら案内してくれて、順調に駐車場まで行けました。車を預けてホテルまでの案内も、西川先生は何度も利用したかのようにホテルのフロントまで連れて行ってくれました。

17時にチェックインが出来たので西川先生から「18時にお迎えに来ますので、1時間部屋でゆっくりしていて下さい。」との気づかいをして下さり「正直この様な気遣いが出来るからこそ、仕事も出来るわけだ。」と思った次第です。18時にフロント前で合流して、ここからも西川先生の案内で無事に忘年会会場に行く事が出来、忘年会終了後も本通りまで案内して下さったので、ホテルの大きな案内板を目指してホテルに帰る事が出来ました。

そして事件は朝に置きました。と言うのは、朝になり、お風呂に入りフロントでチェックアウトを済ませ、昨日停めた立体駐車場に行く時に、昨日は西川先生の案内でそれ程の時間を掛けずに行けたのに、立体駐車場が無いのです。適当にさ迷って歩いても、立体駐車場が見つからなくて正直15分は歩いたと思います。でも立体駐車場が見つからないのです。路地裏で客待ちをしていたタクシーの運転手に、ガラス窓を叩いてホテルの駐車場の券を見せると「そのホテルなら、左に行けばありますよ」と言われたので、言われたように行くと、ホテルにではなくて立体駐車場の看板を見つけて一件落着。

しかしながら、つくづく思った事は「頼りっぱなしだとこう言う事になるのだ。このような状況は、親に頼りっぱなしだった小さい頃の後遺症なのか」と思うと「いい歳なのに情けない」と思った次第です。

朝のお参りでは色んな発見があります

お参りの為に玄関を出ていつも思う事は「外に出ても寒いと感じない私がいる。と言う事は、この歳になって体が強くなったのか。」と言う事です。但し、歩き出しての白い息は濃くなっていたので「今朝は特に冷えているんだ」と思いながら歩いて行き、いつもの幸福地蔵様の所の4段の階段の石が凍っていたので、つるつると滑るので慎重に慎重に4段を上がりました。妙応寺の門が久しぶりに開いていたので、遠回りすることなく本堂に行く事が出来、しかも本堂の戸も開ける事が出来たので、玄関を開けて本堂内に進み、お賽銭を投げ入れてから大谷徹奘師(薬師寺執事長)の日めくりカレンダーを、本日の19日までめくらせて頂いたのですが、実に13日からめくれていなかったので「6日ぶりにご本尊様の前でお経を唱えられる。と言う事で、今日は良い事がありそうだ。」と思った次第です。

その後、今須稲荷の階段6段も慎重に慎重に上り下りをしてお参りをしていて、東の空を見上げるとかなり明るくなっていて「今日は良い天気になるな」と思いつつ、西の空を見るとまだ暗くてお星さまをいくつか確認する事が出来ました。六地蔵様等に水を手向けたりして、かつてのお墓が集められていて中央にお地蔵様を奉っている所にある水入れ2か所に水を手向けようとしたら、表面が凍っていたので氷を割って水を手向けようとしてもなかなか氷が割れなくて、手で押さえるだけでは駄目で、水の入っているペットボトルで叩いて何とか氷を割ることが出来たので「今日の冷え方はかなりのもんなのだ」と思った次第です。

小さい頃の私は他の人に言われて「そうなんだ」と思うような人間だったのに、今は色んな事に気づける人間になっていると自分でも思っています。と言う事は、小さい頃の自分よりも今の自分の方がはるかに充実した毎日なのであります。小さい頃の生き方が今になれば「勿体なかったな」とは思いますが、今更そのことを後悔しても始まらないので、100歳までの28年間を充実したものにしていきたいと思っています。と言う事は私は100歳まで生きなくてはいけない計算になるのですが・・・。」

東京出張での報告

12月16日13時から、東京平河町塩崎ビル7階全国老施協本部で、全国介護福祉政治連盟の総会が、15時からは全国老施協代議員総会の参加人数が100人を超えるので、場所を都市センターホテルに移動して実施され、総会終了後はホテル内の移動をして、17時から全国介護福祉政治連盟と全国老施協の役員合同の懇親会が実施されました。最初の全国介護福祉政治連盟の案内では、開始時間が11時になっていて、全国老施協の開始時間が13時になっていたのですが、後日懇親会の案内が17時との連絡が来たので「懇親会までの空き時間が長いな」と思っていたら、その後時間訂正の案内が来たので正直「事務局の管理体制が取れていないな」と老婆心の様に思った次第です。

13時から実施された全国介護福祉政治連盟の総会の主だった議題は、今年実施された参議院議員選挙の総括と今後への対応。もう一つは、会費徴収の流れと多くの会費が集まる様にと言うものでした。私は残念ながら組織内候補がいない状況に対して、単に他団体に乗っかった選挙のやり方に不安を覚えたので、年明けにはしっかりとした方向性を示せるようにとの意見を述べさせて貰いました。会費納入についての拡張には『制度は政治で決められる』事を、先ずは役員一人ひとりが理解して、各都道府県の代表者がそれぞれの事業所の責任者に徹底して、事業所の職員が理解しないと選挙での票とお金にはつながらないと発言しました。当法人では、私が政治の必要性について語っているので幹部職員は1口1万円の正会員の会費を、一般職員は1口1千円の準会員の会費を強制では決してありませんが、多くしてくれています。

15時からの代議員総会では、令和7年度事業計画の変更案についての説明を事務局からして貰ったのですが、6月に新役員が決まってからほぼ半年が経過しているのですが、それぞれの事業がどの様に展開されているのかが伝わってこない状況に、苛立ちを覚えたのは私だけではないと思います。

懇親会終了後の二次会に行った時に、愛媛の菅原会長が「デイサービスセンター部会が、在宅サービス経営委員会に組織改編されたけれども、具体的な内容が示されていないのは問題だ」との話を聞いて、今の私はどの委員会にも所属していないので伝わってこないのかと思っていたのですが、動き自体が硬直しているのでは論外だと思った次第です。

代議員総会後の懇親会には多くの参加があったのですが、立食でのバイキングだったのですが、2時間の予定が30分早く終了したので、昨日のコラムで書いたように、6人で2次会、3次会に行き久しぶりに東京の夜を楽しみながらも、交友を温め情報の共有が出来たのは一番の成果だったかもしれません。東京の夜をしっかり楽しんだあとの昨日もバタバタで過ぎ、本日は本部で3か所のフロアでのお参りとカラオケを久しぶりに入居者さんと楽しみ、空いた時間で23日と24日の山崎ていじを迎えてのクリスマス会の打ち合わせをしながら、それぞれ3施設での来賓の対応に落ちが無いかの確認をしています。

と言う事で本日は比較的ゆったりとした時間の中で過ごしています。

昨日の報告から何回かの失敗

それは東京へ向かう新幹線での話しから始まります。新幹線の車中で一生懸命にコラムを打っていて、車内が降りられる方の準備の為にガサガサしだしたので、私も降りる準備をしなければと言う事で荷物を肩に掛けて列車から降りて車内を見るとゆったりと座られている方が多くみえるのを確認した時に気がつきました。今降りた所は東京ではなくて品川だと。

慌てて乗ろうとした時にはドアが無常にも閉まってしまいました。そこで階段を駆け上がり隣のホームに移動すると何と次の列車が入って来ました。何と便利な品川駅と思い乗り込みました。と言う事でロスタイムは5分のみ。ほんの10分弱で東京に着くのでドアの所に立っていると脱兎の如く入って来た女性があり、乗り込まれながら東京では無かったと独り言を言われながら車内に入って行かれたので私と同じ様に間違えられる方があるんやと思った次第です。

時間的に余裕があったので宿泊するホテルに荷物を預けてから全国老施協の本部がある、平河町の塩崎ビルまで歩いていき、7階の会議室に入って行くと役員の方が多くみえたのでそれぞれに挨拶をして昼食のお弁当を頂き政治連盟の総会に備えました。2つ目の失敗は都市センターホテルでの全国老施協の総会後の懇親会が終わり中の良い石川県、福井県、愛媛県、徳島県、私を含めて総勢6人で私の馴染みのお店を予約しておいたのでインターネット情報通りの地番通りにタクシーの運転手に伝えて、行って貰ったのですがその情報が間違っていたので全く違う所で降ろされたので予約をしたお店に連絡をして迎えに来て貰うと同時にもう一台の車に乗っている方に慌てて正確な地番を連絡してお店の前で私が待っていて、事なきを得ました。

3つ目は、お店で預けたコートを石川県の会長さんのと取り違えたのです。皆さんと別れてコートのポケットに手を入れてタバコが入っているのに気がついたのでこの問題はまだ解決していません。

4つ目は今朝の出来事なのですがホテルを出てタクシーを拾おうとしてもなかなかつかまらなくて、反対方向から来たタクシーがハザードをつけて止まったので気を利かせて停まってくれたと思い、急いでタクシーの所に行って乗り込もうとしたらタクシーの中に乗車されていた女性の方が怪訝そうな顔をされたので慌ててごめんなさいと言ってから、運転手さんに「お客さんが降りられたら東京駅までお願いします。」と言って女性の方が降りられるのを待って乗車しました。運転手さんが言われたのは、「車の台数が少なくてほとんど実車の車ばかりなのです。降りられたお客さんに引き続きで利用して貰って私は助かりましたけれども。」と話して下さいました。

と言う事で4つものアクシデントがありましたが取り敢えず今は昨日の内に購入した新幹線のチケットで岐阜羽島に向かっています。午後からは本部施設での幹部会があり、終わってからは和合に移動して後見人の弁護士さんとの打ち合わせがありますので間違いのないように気合いを入れて対応していきます。昨日の会議の中身については明日のコラムで書く事にします。

久しぶりの東京出張です

本日は13時から全国介護福祉政治連盟の総会があり、場所を都市センターホテルに移動して、15時から全国老施協の代議員総会があり、代議員総会終了後に役員による忘年会が行われるので今夜は都市センターホテルで宿泊させて貰い、明日本部施設での幹部会があるのでなるべく早くにホテルを出る予定です。

12月は師走でお坊さんも先生も忙しく走り回ると言う月だそうですが私はお陰様で年中走り回っています。2つの会議はそれぞれに重要なものなので私なりにしっかり意見を述べさせて貰うと共に情報もしっかりと獲得して今後の法人運営に生かしていくと共に私に与えられる役割をしっかり理解して今後も展開していきたいと考えながら東京行きの新幹線に乗っています。

課題は山積しています。政治連盟については組織内に国会議員がいない状況の中で如何に政治と向かいあって行くのかという大きな課題です。私自身は岐阜県の会長として、岐阜県内の衆参議員とのつながりをしっかり構築すると共に、将来的に組織内議員が輩出来る様に岐阜県老施協政治連盟がしっかりとした動きが出来る様にする事だと考えています。勿論簡単な事ではありませんが頑張っていきます。

また、全国老施協については人材確保と育成。そして、物価高と他産業との賃金格差について明確なビジョンと方向性を示せる様にして行かなければと考えています。平成18年8月から全国の役員をさせて貰っているので本日の参加者の中でも、所謂古参的な存在になっていますが私なりに出来る限り良い方向に向かう様にしていきたいと思っています。厳しいと嘆いているだけでは何も解決しない事は当然です。国会の様子を見ていると医療や介護に少し良い風が、吹いているようにもみえますが、穿った見方をするならばそれだけ厳しい状況に立たされていると言う事だと思っています。

明日の帰りの新幹線の中では脈々とした戦略が湧いてくるような情報収集に勤めて、当法人の事だけでは無く岐阜県老施協の会員施設にとっても有効な戦略を勝ち取る為に気合いを入れて向いたいと考えています。

思わずコラムの連続更新が途絶えるところでした

朝からバタバタで和合での幹部会を終えて本部施設に行き、コンビニで購入したお弁当を頂いて時間を確認すると、13時30分からの冷暖房の設備に対して補助金を頂いたところとのリモートによる打ち合わせの時間まであと5分と言う事で慌ててリモートのセットがしてある会議室に行くと、私が着座すると3者(補助金を提供してくれる所、補助金申請のコンサルと当法人)が揃ったと言う事で直ぐに始まり、五次副施設長からはコンサルの方が殆ど答えてくださると聞いていたのですが、結構法人側が答える場面があり、慎重に言葉を選んで答えました。30分程度と聞いていたのですが15時30分までしっかり2時間のリモート会議でした。

15時30分に終了してからも23日のクリスマス会の打ち合わせや、新規入居者の打ち合わせ等をこなしていて17時になったので「少し早いけれども明日は全国介護福祉政治連盟及び全国老施協の代議員総会があり会議終了後に忘年会があり東京で宿泊する事になっているので早く帰ります。」と言って車に乗り自宅に向かっていたのですが「何かやるべきことを忘れていないか」と思った時に神の声の様に「本日のコラムはまだですよ」と言う事で本部施設にUターンをして戻り今、コラムを打っています。

中身の薄いコラムになってしまいましたが明日は新幹線に2時間乗りますのでしっかりとしたものを書きたいと思いますのでとにかくコラムの継続をしましたと言う事でお許し下さい。

追加の様な話を一つだけします。久しぶりの東京での宿泊ですが前回のホテルはなかなか予約が出来なくてめっちゃ狭い部屋でお風呂ではなくてシャワーだけでベットも狭くて横歩きしなければいけない様な部屋だったにも関わらず23,000円の対価を支払って「東京は恐ろしい所だ」と思っていたのですが、何日か前のNHKのニュースを見ていたら中国からの予約キャンセルが相次いだ事の影響で10,000円代前半の料金でそこそこのホテルが泊まれるとの報道にこれまた「東京は怖い所」と思ってしまいました。ちなみに早くに予約しておいたので明日は都市センターホテルにお値打ちな料金で泊まれるので安心です。

若山家のクリスマス会が昼食時に有ります。

令和7年12月14日

次男夫婦と長女2歳と長男1歳が、我が家で実施するクリスマス会に12時にはやって来ます。基本的には、月に1回の割合でなんだかんだと次男一家と会える様にしています、と言う事で本日は本来よりは10日は早いのですが、クリスマス会と銘打っての昼食会を実施します。寒い時期ですので鍋料理がメインなのですが、鍋料理だけでは物足りないと言う事で、お刺身が美味しい垂井にあるバローに買いに私が行きました。鍋料理が結構なボリュームなのに沢山買って来ました。

バローの入り口の所に、大きくて美味しそうなイチゴが売っていたので、おもわず2パックも買ってしまいました。バローでの買い物を済ませてから、従兄弟が50年経営している洋菓子店でクリスマスケーキを予約しておいたので、クリスマスケーキもゲットして家に帰って来ました。買い物などは滅多に行かない私ですが、次男一家が我が家に来ると言う事で、張り切って頑張りました。

長女が2歳、長男が1歳と言う年子で、1ヶ月前との成長を確認するのも楽しみです。長女2歳の日本語がどれだけ明瞭になったかとか、長男の歩きがどれだけ安定したかなどを、目尻を下げながら見れるのが楽しみです。私は自分の子供との接点よりも仕事中心の生活で、私自身の子育て時代にはこのようにしてこなかったので、今もバリバリ仕事をしてはいますが、本日は職員に任せて甘々爺になってクリスマス会を楽しみたいと思います。

蜂窩織炎

昨日、和合の施設から本部施設に移動して事務所に入ったら、吉田副施設長が車椅子に乗って仕事をしていたので、(先日から足が痛そうにしていたので気になって)「余程痛くて大変なのか」と言うと、「最初に個人病院に行ったら、痛み止めだけ貰って来て様子をみていたのですが、あまりに痛いので市民病院に行ったら、蜂窩織炎と言われて抗生物質と痛み止めと胃薬を貰ってきました。」と言ってズボンの裾をめくって患部を見せてくれて、おもいっきり腫れているのを確認した時に、私自身の出来事が蘇りました。

それは大学3年生の時に、現在滋賀信行会の内藤会長と共に、四国八十八か所の夏の歩き遍路の先達の役割を担っていた時の出来事です。(50年前は参加者も多く、今の内藤会長の父親が先発隊で80人の団体で行かれており、50人の団体の責任者を無謀にもさせて貰った時の話です。)3日目まで順調に進んでいた時の朝、私の足がボンボンに腫れていたのです。多分、蚊に刺されたのを思いっきり搔いてしまい、ばい菌が入ったのだと思うのですが、その当時は病院に行くと言う発想は無く、遍路に参加している皆さんが持ってみえた梅干を患部に一杯貼って、何とか凌いだ思い出があります。この時の皆さんからの行為には、感謝しかなかったです。

本題に戻します。吉田副施設長の足が酷くなった原因について尋ねると「寝ている間に自分の足を気持ちよくかいてしまったからです。」と聞いた時に私は思わず「私もしょっちゅう夢の中で気持ちよく足を掻いていて、次の日からお風呂に入った時に沁みて痛かったり、痛くてズキズキする事が度々なので、私は蜂窩織炎と診断されるまでにはなっていないけれども、今後は夢の中で気持ちよくなっても決して掻かない様にしよう。と思うと共に、吉田副施設長も私のこんな所をまで似なくても良いのにとも思った次第です。

師走の12月はあっと言う間に終わってしまい新年を迎えそうです

11月の後半から『盲養護老人ホーム 優・悠・邑 和(なごみ)』」の問題、『デイサービス えりかの里』の問題について岐阜県及び関ヶ原町、垂井町等との協議もあり、尚且つ3日~5日には山口県において全国大会にも参加させて貰って、本日が12日で16日には全国老施協の代議員総会及び懇親会もあり、東京で泊まらせて貰うのですが、東京から帰ってきた翌日は午後から本部の幹部会とフォーラムホテルにおいて17時30分から2カ月に1回の長城の会があり、19日は岐阜県老施協の理事会に引き続いての役員との忘年会があり、翌20日は当法人の緊急理事会が招集してあります。

23日と24日は山崎ていじの歌謡ショーを中心にしたクリスマス会を地域でお世話になっている方々を招待しての催しを3施設で開催し23日の夜は山崎ていじを囲んでの会があり、日頃ボランティア等でお世話になっている方にも参加して貰っての賑やかな会があります。

大きなイベントの一つであるクリスマス会が終わっても「ほっ」とする事もなく26日には和合の施設において『豪華料理』と銘打っての『おでんとおさしみ』の企画が有りますので、私が色んな所から』送って頂いたお酒を振る舞いたいとも考えています。

29日には本部施設において、翌30日には和合の施設で餅つきが行われ両施設共に火の番とのし餅を伸ばす役割があります。

勿論、この様なスケジュールを全力で対応しながらも、時間がある限り『お参り』と『カラオケ』も31日の大晦日の日まで実施していく予定でいます。

『予定』と書いたのはあくまで『予定』だからです。

だって体調を崩さないと言う事は断言できないからです。

でもこの様なスケジュールを熟せるのは元気な証と思っています。

この勢いで新年を迎えて『午年』ですので大いなる飛躍の年にしたいと思っています。

母秋江さんが今の私の生活を見たら目を丸くして驚くと共に滅茶滅茶喜んでくれるのではないかとおもいます。

極楽湯

12月3日、4日、5日と、山口県であった全国大会に参加させて頂き、大会から帰った翌日に和合の施設の北島部長と会食をしたので、1日置いての3連続の飲み会があったので、仕事を欠ける事は無かったのですが、朝のお参りには行けない状況があったのですが、昨夜寝る前に「朝のお参りを明日まで止めて、明後日から再開しよう。」と思いながら眠りに着きました。ところが私のスマホでの操作が間違っていて、かつてセットしておいたアラームが何故か5時25分に作動して、眠りから覚めました。私は「この知らせは、ばてた状況が無くなったので頑張ってお参りに行きなさいとの、仏様からの教えだ」と思ってお参りに出掛けました。(実はこの時期には無理をして年末年始に体調を崩す事が多かったので、私なりに気を付けていたのです。)

体調も完全に良くなっていたのだと思います。着替えも、お賽銭の準備もペットボトルの水の準備も手早く出来て、玄関先からも元気に歩くことが出来ました。いつものようにお参りが出来(本堂の玄関が開いていなかったので、玄関前でのお参りにはなりましたが。)約1時間のお参りをして家に帰って来ると、頭に被っていた毛糸の帽子の中は汗で濡れている様な状況だったので、そのままお風呂に直行してざっとシャワーを浴びた後に、お風呂に浸かる事にしました。足を入れた時には少し冷たい感じがしたのですが、お湯の中に身体を沈めるとほんのり温かい感じがして「この感覚はお参りに行き体が芯から冷えている中での温もりと言う事で、この感覚こそ至福の喜び。尚且つ段々とお湯の温度が上がってくる(40℃設定)のは堪らない。」と思うと、我が家のお風呂が『極楽湯』と思った次第です。

リピーターの皆さん、一度試されたら如何ですか。虚弱だった小さい頃だったら、きっと母秋江さんは絶対に止めるような行為ですが、今はその様に出来る事も含めて『極楽湯』と言う事なんだと思います。

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