令和8年度の体制作り

本日が2月11日なので新年度の体制についてしっかりとしたものを社会福祉法人杉和会の理事長として構築しなければと3施設の責任者を交えて検討を積み上げています。

新年度からは盲養護老人ホーム『優・悠・邑 和(なごみ)』の定員を30床から40床に増床するので1棟での事業を2棟での事業にする為の体制作り、本部施設のデイサービスセンター『えりかの里』を通常のデイサービスから『地域密着のデイサービス』に変更することで職員の異動を大きく変えていかなければいけない。

また、『優・悠・邑 和合』についても私が施設長に就任して2年半が経過して、職員の動きについても把握できるようになったので「頑張っている職員の評価をしっかりしてより良い体制にしていきたい。」との思いを最近は特に強く思いながら日々の業務をこなしています。

但し、人事を変えていく事は単純な話では無いので夜中に一旦考え出したらなかなか眠れない毎日が続いています。

気になる事が整理出来て目覚めるとその日の内に幹部職員を呼んでは練り直しをしています。

また、3月には法人の理事会を開催して少なくとも1週間は開けて評議員会をしなければいけないので、理事長としての最も大切な役割は事業計画とそれに伴う予算計画を立てなければいけないので、次年度の体制作りと同時進行で行っています。

職員のモチベーションを上げる為には給与面に対する配慮が大切です。

そのための予算をどの様に確保するのかが一番大切だとだと考えています。

また、色んなものが高騰している中での予算作成は大変ですが、職員の処遇と共に入居者さんの安楽と楽しみを奪うような事は決してしてはいけないので難しいかじ取りではありますが理事会・評議員会の了解を得ながら、入居者さんの、利用者さん、そして職員が満足のいくようなものを構築していきたいと考えています。

不思議な現象

私の勘違いだったのですが、岐阜労働局主催の『ぎふ中高年世代活躍応援プロジェクト協議会』が10時からと思い込んでいて、「大変なメンバーの会議に遅れたらいけない。」と言う事で、「いくら何でも1時間30分みておけば大丈夫だ。」と言う事で8時30分に家を出たのですが、私のナビはいつも岐阜合同庁舎の最後のところでモタモタと案内するので、本日もモタモタしたのですが、結局9時45分に駐車場に着いたので、急いでエレベーターで5階に行き、普通であれば入り口の戸が開いているのに閉まっていたので、ドアノブを回しても鍵がかかっている状態なので、一旦1階に降りて老施協事務局に連絡すると、「10時30分開始になっていますよ。」と言われてようやく不思議な気分から解放されました。自分の勘違いとは言え「シーン」とした空間に置かれた時には焦りました。30分も早く着いたと言う事なので「時間は有効に使うべし」と言う事で、椅子に腰かけながらスマホで10時20分になるまでスマホに向かって本日の理事長コラムを打ちました。

10時30分からの会議は定刻通り、労働局の部長さんの進行で始まり、最初に岐阜労働局長さんからの挨拶の後、資料を基に労働局の各担当者と岐阜県のそれぞれの担当者から説明がありました。その中で気になったのは、今年度の目標値がクリアされているとの事だったので、説明が全て終わってからの質問の時間になったタイミングで手を挙げて、疑問点についての意見を言わせて頂きました。具体的な質問内容は「仕事に就けず厳しい状況の方が、実際に生き生きと仕事をされて、しかも定着された方の実数が知りたい。また、介護においての成功例を聞いたことが無いのですが」とかなり突っ込んだ話しをさせて貰いました。その事に対しては、「それぞれのハローワークが数字を持っているので、確認して下さい。」との話しだったので、「少し突っ込んで話をしてしまったかな」と思った次第です。

どの業界も人材不足なので、これからも色んな形で労働局やハローワーク、岐阜県等々との連携をしていかなければいけないと思っていますし、私自身は岐阜県老施協の会長として言うべきことはしっかり言っていくように今まで以上にしていきたいと思っています。

あくまで結果論でしかありませんが

令和8年2月9日

今回の衆議院選挙の結果について、あくまで私の考えた事を述べさせて頂きます。先ず1つ目に言いたいのは『小選挙区制』の選挙について今回程痛烈に『怖い現象が起きる』と言う事が理解出来たと事です。つまり、『選挙の風』を読まないと大変な事が起きると言う事です。その中でかつての『社会党』の様に『体制批判』のみをする政党は埋没すると言う事です。2つ目は「『1+1=2』では無く、3にもなるが1にもなる。」と言う事で文字通り『1+1=1』になったと言う事です。つまり、「学会の票はある程度プラスになったが立憲民主党の票が大きく流れた」と言う事では無いでしょうか。

『昨日の敵は今日の友』と言う考え方はそんなに簡単には受け入れられるものでは無いと言う事でしょうか。突然の解散だったので突然の合流と言う事なのかも知れませんが多くの国民がその安直さについていけなかったのだと思います。それぞれの党にはそれぞれの考え方があるので、今まで『右』と言っていたことを急遽『左』と言われたら混乱もするし、批判も起きるのは当然の摂理だと思います。「高市パワーが凄かった」と言う考え方もありますが、私は立憲民主党の幹部の考え方を今まで支援してきた方が理解しきれなかったと言う事。

つまり、考え方が浸透する時間が無いままに新党が立ち上げられたと言う事では無かったかと言う事もあるのでは無いかと思っています。どちらにしても3分の2以上を与党に確保したので高市総理を中心に日本の舵取りをして頂くので、日本の平和を保ちつつ、国民の生活が豊かになる事を期待しています。勿論少子高齢化を止める事は簡単な事では無いので現実の流れの中で課題解決をしていくのは並大抵の事では無いことは理解できます。

そんな中で私がしている高齢者福祉に対してもしっかり理解して頂き健全な事業経営の中で入居者さんの日々が安楽で幸せなものになる様に今回岐阜県で当選された議員の方々にもアプローチしていきたいので、早速来月に全国老施協代議員総会があるので、議員会館に今の状況を理解して貰う様に行きたいと考えています。

だって、行動を起こさなければ何も起きないので。人任せでは無くて私なりに頑張っていきますのでリピーターの皆さんご支援よろしくお願いいたします。

和合に向かって車を運転していて驚きました

早朝4時過ぎの段階で外を確認した時には雪が降った様には思えなかったのですが、6時に外を見るとカッカと雪が降っていて、家の前の町道を確認すると道路に雪が被っていましたので、「このまま降ると困るな。」と思っていたのですが、朝食を食べて出掛ける用意をして、家を出た時には雪は降っていなくて道路を白くしていた雪も消えていて、太陽の顔を出していたので「比較的温度は低くないのか」と思いながら運転の為に車に乗り込み車の温度計を確認すると『0℃』だったので「驚く様な寒さでは無いな」と思い、車を走らせました。垂井に入ると雪がチラついてきて、大垣に入ると雪が本格的に降って来たので、改めて温度を確認すると『―1.5℃』と言う事で「例年の冬とは状況が違うな」と思った次第です。

和合の施設での午前のお参りを済ませ事務所に戻り、パソコン情報で積雪情報をすると、10時現在の積雪で東京都心で4cm、千葉で5cm、横浜2cm、埼玉6cm、水戸7cm、宇都宮13cmと言う事が分かりました。そしてその情報の続きに、雪道の時に特に注意をしなければいけない個所として、歩道橋や橋の上との留意点が書いてありましたので「私にとっては当たり前の事や」と思ったのですが「雪道を歩いた経験が無い方にとっては、貴重な情報なんだ」と思った次第です。

雪に慣れていない方にとっては「スタットレスタイヤなんかはめた事ないし、持っていない。」と言う方も多いと思います。だって「雪対策なんてしなくて大丈夫。」との思いの中で「これくらい大丈夫」と慣れない雪道を走って事故を起こしてから「こんな事になるのならスタットレスタイヤをはめておけば良かった」と後悔しないで欲しい。事故を起こした方は準備不足だったから端的な言い方をすれば自業自得ということなのでしょうが、事故の巻き沿いにあった方は本当に迷惑な話しですから・・・。

たまに見かけるのは雪道に慣れていないが為に、空いているからと言っていつも以上にスピードを出される方が。そんな時に仮に事故を起こされた時に『自業自得だ』と言う事よりも、他の方に迷惑が掛かる事を理解して頂きたいと思うばかりです。リピーターの皆さん、雪道は特に慎重な運転に心掛けて下さい。

選挙事務所に行った時の私の話に児童養護施設時代の事を話ししたので今日のコラムで書きます

私は26歳の時に教員だったのを自ら退職して、父親の逆鱗に会いながらも自分探し(本当の所は家にいられない状況)の為、今はダムの底に沈んでしまった旧徳山村で民宿を営んでみえた増山たづ子さんの所に(大学生の時のサークルの合宿でご縁を頂いた)居候生活を4月から8月までさせて貰い、その当時の徳山村まで来て誘って下さったのが児童養護施設の指導員の仕事でした。

その当時の私は児童福祉の知識は全くなかったのですが、教員資格は小学校と中・高の社会科の資格を持っていたので児童指導員になる事が出来ました。

就職をして1カ月くらいは特別待遇の『家庭教師』の様な扱いをして貰ったので14時に出勤して、子ども達と一緒に夕食を頂き22時には退勤するような毎日で逆に「こんなので良いのか、居心地が悪いな」と思う日々でした。

そんな中で中学2年生の男子が小学1年で習う算数の計算問題も解けない子を発見して、指導の仕方が分からなくて、その時は素直に教育者としての大先達である父進さんに相談して、その当時の特殊学級のベテランの先生を紹介して貰い、自分なりに独自のプリントを作成して文字通り独学に近い形で指導に取り組みました。

そして指導に力を入れたのは集団での学習指導の後の個別指導でした。

一人ひとりにあった学習指導と言う事で時には厳しく指導する事もありましたが、有難い事に子どもの成績も上がってきました。

ところがある年の受験生の中でどうしても公立高校に進学する事が難しい子が2人いました。

その当時の国の支援の中では私立高校の入学金までは考えられていなかったのです。

そこで、その当時の理事長に「何とか入学金を出して頂いて高校進学をさせて欲しい。」とのお願いに行ったところ「本人の努力が足らなかったのだから駄目だ。」と子どもの前ではきっぱりと言われたのですが、その後私だけが理事長に呼ばれて「若山さんが毎晩遅くまで指導している事は知っているので、私立高校でも立派に卒業させると言うのなら私が入学金を出します。」と言って下さり、二人の子もしっかりと高校を卒業して社会人として巣立っていきました。

私は38歳で児童養護施設を退職したのですが、今も児童福祉に対する拘りがあり、かつての仲間である方に聞いたりする中で「高校中退者が続出している」との話の中で、私が私立高校への門戸を切り開いたあと、岐阜県の単独補助金で私立の入学金が出る様になった事によって、安易な指導の中で安易に高校に行き安易に退学する流れがあるとの話を聞いて私は「何の為に切り開いたのか」と激怒している事を今はこのコラムを書きながらも苛つく気持ちは治まりません。

今でも児童養護施設の若い指導員たちに『活』を入れに行きたい思いです。

「今は時代が違います。」と笑う者は笑わしてでも、声を大にして言いたい気持ちで一杯です。

今回の衆議院選挙について

令和8年2月6日

突然の衆議院解散による選挙が色んな意味で記録を更新しているようです。その中でも「公示がされたのに選挙の入場券が家に届かない」との言葉を色んな所で聞くのですが、その都度「自分の事を証明できる例えば免許証を提示するだけで投票用紙を貰えるので期日前投票は出来ますよ。」と言うと「そうなんですか」との答えが返ってくることが多いので改めて「私の中での当たり前が当たり前でない方が多くみえるのだ。」と言う事です。

ラジオやテレビを通じて「入場券が無くても免許証で大丈夫です。」とのアナウンスを何度となく聞いているので、多くの方が耳にされていると思うのですが浸透していかないのは「興味がないから」と言う事なのでしょうか。

和合から本部施設に移動する時に昨日、和合の施設で実施した不在者投票の結果を持って垂井町役場に行った時に玄関を入って左手の方に並んでみえる方が沢山みえたので「何事」と並んでみえる方を確認すると『期日前投票』におみえになった方だと分かったので「凄い勢いで期日前投票が行われているんだ」と理解しました。そう言えば2日前のニュースで愛知県、三重県、岐阜県の3県の期日前投票の投票率が出ていて3県の中で一番パーセントが高かったのが岐阜県だったのが良かったのと前回を大きく上回っていたのは良い傾向だと思っています。

明日明後日の7日からは雪が降るとの天気予報がされているので、雪が降る前に投票を済ませて貰えた方が良いのにとも思っています。私は介護事業を営んでいるので端的な言い方をするなら『制度内ビジネス』と言う事なので『制度は政治で決まる』と言う事は政権の行方如何によっては大きく影響を受けるので今回の結果もしっかり見極めていかなければと思っています。

また、期日前投票に入場券が無くても大丈夫と言う事がなかなか浸透しないと言う事は当法人の広報についても最も効率が良い方法を検討していかなければいけない。と言う事だと思っています。

喉元のトゲが取れたような気分です

昨日18時30分から選挙の決起集会があったのですが、18時には受付を済ませて会場内に入ると既に主催者席の所に責任者の方がおみえになっていたので、先般垂井でお会いした時に「若山さんは元気ですね」と言われた時に「会長さんより若いですから」と答えた事に対して「もう少し私らしい答えをしたかったのに」と思うと『喉元にトゲが刺さった様な状態』だったので「私らしい答えをしっかりと言いたい」と思っていて、昨日決起集会が始まる前に挨拶に行き、「先日、会長さんより若いのでと答えたのですが、しっかりとした思いが伝わっていなくてモヤモヤした感じでいたので、改めて話をさせて下さい。」と前置きをしてから、「私は和合の施設で午前にはお経を、午後からはカラオケを入居者さんと共に行っています。明らかに認知症がある方が経本も見ないで正信偈を唱えて下さる方があったり、『歌など歌えません』と言われた方が、しっかり口ずさんでいるのを確認して歌えそうな曲をデンモクで選び、イントロが流れてきたタイミングでマイクを渡すと、しっかりと歌われて情感一杯に台詞を言われる方があったりして、入居者さんから元気を頂いているので休みなく働かせて貰っています。それに、今の仕事が天性の様に頑張らせて頂いているので、元気なのだと思います。と話させて頂くと「若山さんはお腹が大きいので、さぞかし歌は上手でしょうね。」と返されたので「お陰様で歌も楽しんでいます。」と答えました。そして「仕事を楽しくされているのが若さの秘訣ですかね」と言われたのを聞いて『喉元のトゲが取れた』と思った次第です。

こんな会話が出来たのも、選挙で何度かお会い出来た事と、積極的にアプローチ出来る様になったお陰だとも思っています。つまり、何もせずに後悔するのでは無くて、頑張って行動を起こしていけない結果になったらもう一度挑戦する事の大切さを改めて理解出来た様に思っています。

三寒四温とは言いますが

本日は和合の事務所にいると日差しが温かく、冬だと言う事を忘れてしまいそうです。昔から『三寒四温』と言う言葉が良く使われますが『三温四寒』と言う言葉が無いのは、日本人が「如何に春を待ち焦がれているか」と言う事でないかと思っています。『梅は咲いたか♪桜はまだかいな♪♪』と言う歌もあったと思うのですが『春≒さくら』と言うくらいに、桜をこよなく愛していると言う事は『春が大好き』と言う事だと思います。

私は高校1年の冬まで『霜焼け』に悩まされて(と言うよりシクシク泣いていました。)いたので、温かくなってくるこれからの時期は霜焼けが治りつつある段階に入ってくるので、『むず痒くなる時期』と言う事で、あまり好きな時期では無かった様に思います。

天気予報を聞いていると、今週の土曜日から極端に寒くなるとの事なので、今年の雪にご苦労されている所に対して心を痛めています。と言うのはテレビの画面を見ていた時に思ったのは「50年程前には、テレビの画面の様に屋根にどっさり雪があり、家の前の道路の雪を除けても除けても次々に雪が積もり、少し暖かい日には屋根の雪が音を立てて落ちてきたな」と言う事を思い出したからです。雪道が変わった為か雪で有名だった(「新幹線が関ヶ原の雪で運休」とか「名神高速道路が関ヶ原の雪で閉鎖」との報道がされていた)関ヶ原なのですが、今年の雪にはさほどの苦労もありませんでした。

雪に対する苦労は実際に経験しないと分からないと思います。「除けても除けても綺麗にならない」と言う途方に暮れる気持ちは分からないと思います。「雪が多い地方であれば、その対応はしっかりしとけよ」と経験の無い方は思われるかも知れませんが「自然の猛威は何ともならない」と言う事だと思います。勿論自助努力は当然の様にされるのでしょうが、公助の助けをしっかりして頂ける為の体制を構築して頂く体制の構築こそ大切なのではないかと思います。『天災かも知れないけれども、人的な配慮で被害を最低限にしていくこと』も大切だと思うのですがリピーターの皆さんはどの様に考えられますか。

ドンドンと和合地区の皆さんと仲良くなれています

本日午前中は岐阜市内のホテルで『岐阜県社会福祉法人経営者協議会』の理事会があり、会議終了後に昼食を頂いてから協議会の井上会長(前老施協会長)に「和合地区の選挙当番が当たっているので食い逃げの様になってしまって申し訳ありませんが午後の研修会は欠席させて貰い帰らせて貰います。」と断りを入れて一旦和合の施設に帰って、推薦はがきの整理をしてから選挙事務所に向かいました。

事務所に入って行くと和合地区の当番が2回目だったので前回もお話をさせて頂いた方々と前回以上に親しくお話が出来ました。

そんな中で「若山さんは何もない中から大きな施設を3施設も運営されているのは凄いね」と言われた時には「お酒が飲めて、歌が歌えて、お話が出来たので色んなネットワークを作れたからだと思います。」と言うと「お酒はどのくらい飲まれるの」との問いかけに対して「我が家での晩酌はしなくて、月に3回飲みに行くとして均すと1日1合です。」と言うと「と言う事は1回に飲む量は1升と言う事」と確認の様に聞かれたので「そう言う事になりますね」とケロッと答えると呆れた様な顔をされてしまいました。

話はドンドン盛り上がって、ドンドン和合地区の方との距離が近くなってきた様に思っています。

そして私が常に言っている「施設の入居者さんが『今日一日楽しかった』と思って貰える様に私が施設にいて可能な限り午前はお参り、午後はカラオケを楽しんでいます。

また、食べる事も大事なので、お米は谷水が直接入って美味しい『今須米』を毎週突きたての米を運んで貰っていますし、年に1回は私が『花魁』になって若い男性職員がドレスを着てくれる企画もあります。」と絶好調に畳みかける様に話しをすると「花魁の時には招待して欲しい」と言われたので「必ず招待しますからこれからは宜しくお願いします。」と言う事で会話がドンドン弾みました。

コミュニケーションが円滑に行く事によって施設の存在が近いものになる事によって施設への理解を深めて頂ける様にする事も大切な事だと思っています。

突然の様な衆議院選挙で「大変だ」とも言えますが、『転んでもただは起きぬ』の真骨頂で頑張ります。

明日は9時30分に和合の施設に関ケ原副町長さんが来て下さるし、18時30分からは決起集会がありますので、毎日が充実している私は幸せ者だと思っています。

『後悔後に立たず』と言う事ばかりでは無いと考えています

昨日の事ですが、選挙の個人演説会に参加させて頂いた時の話しなのですが、本部施設特別養護老人ホーム優・悠・邑の家族会の会長さんから携帯で「一番前の席を取ったので」との連絡を頂いたので会場前の受付を済ませてから会場に入って一番前の席まで歩いて行くと、既に選対責任者の方が座られていたのでご挨拶に行くと「午前中に引き続きで、ご苦労様。ところで、若山さんは元気だね」と言われたので、いきなりの投げかけに答えを持ち合わせていなかったので思わず「会長さんより若いですから」と言ってしまったのですが、日頃から「若さは生年月日には比例しない」と言っている私らしくない答えだったな。」と、喉に物が刺さったままの様な状態に今になって苛ついています。

「だっていつもの私らしくない答えでしょ。」と言う事で『後悔後に立たず』にならないために、次にお会いした時に訂正すべき答えを用意しました。「だって、いつまでも引きずっていたら楽しくないから」と言う事で私が考えた答えは「施設にいる時は皆さんと午前にお参りでお経を唱え、午後はカラオケをさせて貰い入居者さんから元気を貰っているからだと思っています。」と言う事です。そして勢い余って言うとしたら「今の仕事が私の天職で『趣味は仕事』と言っています。」と言う事だと考えています。

私が今の事業をさせて頂く為に紆余曲折もありました。大変な事もあったと思うのですが、今となってはそれも含めて今の事業への『通るべき道』だったと思うと「有難い試練だった」「軟弱だった私を鍛えて下さった」と思える様になりました。そんな事を言うと私中心に世の中が回っているような錯覚すら覚えてしまいそうですが、」あくまで謙虚にこれからも頑張って行きたいと思っています。

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