遠くから見ていてくれた方の事を書きます
令和5年に『全国老施協大会・研究会議 JSフェスティバル』が岐阜県岐阜市国際会議場で開催された時の開会式典において鎧兜を身に付けた私が大将で副会長以下の役員にも鎧兜で登場して貰った時の事を熱烈な思いで見ていたと言う事で「あの時の大将に会えるのを楽しみにしていた。」と言う事を2月19日の東海北陸ブロック正副会長会の会議の後の懇親会で会長としてテーブルを廻ってお酒を注ぎながら回っている時に声を掛けて下さった方があり、私の自惚れなのでしょうが「私をスターの様に見て下さっている。」と思うと正直舞い上がってしまう様な状態で有頂天になって「フェスティバルと謳っている以上は岐阜での開催なので織田信長が居城を決めた岐阜城の麓での開催である以上はあのようなパフォーマンスをしなければ参加者に申し訳ないと思ったものですから」と話をしていて、お話の流れの中で「名古屋の会長さんは松山千春さんの歌が上手だし、私も負けないくらい上手ですよ」と言うとその方が「私は歌姫と言われています。」と言うので二次会には名古屋市、岐阜県、三重県の役員8人でカラオケボックスでの歌を楽しみました。
皮切りは地元と言う事で私が歌わせて貰い、次に名古屋市会長が歌って下さり、自ら『歌姫』と言った本人は松田聖子の歌をデンモクで入れたあと部屋を出て行かれたので「どういうこっちゃ」と思っているとイントロが始まってから悠々と松田聖子の雰囲気で入ってきたのでみんなが大盛り上がりになりました。何曲か皆さんが歌われ、楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまいました。
私はカラオケボックスからほぼ近い所に泊まらせて貰い、翌日は10時から岐阜県福祉会館で岐阜県老施協の総務委員会がありホテルから直行させて貰ったのですが、実は9時30分過ぎに優・悠・邑 和合の施設に前夜のお礼の電話が入っていたので「先を取られた」との思いと共に「律義な方だ」との思いを持ったので昨日のリベンジと言う事で「電話では面白くない」と言う事で手紙を書かせて貰いました。私は頂いたご縁を大切にする事によって多岐に渡ってのネットワークを構築しての今の事業展開だと考えているので、ここは「倍返し」(懐かしいな。まるで半沢直樹の世界)の意味を込めた手紙を書きました。
