ガソリンが高騰すると言う事は

昨日の岐阜新聞の取材で私は正直に「公用車の利用は、ショートステイ及びデイサービスでの送迎が主なので、単にガソリン代のみの所に焦点を当てると、勿論影響がないわけでは無いが、割合的な影響は少ないと思われる。特に令和8年度からのデイサービスは『地域密着型通所介護』に変わるので、関ケ原町の利用者さんのみになる事を考えると、消費はもっと少なくなる。それよりも色んな物の流通を担っているトラック等は、ガソリンや軽油で動かしているので流通での経費の上積みを色んな商品にオンされる事によって、値上げラッシュになる事の方が怖いです。」と素直に答えました。

「特に、入居者さんの毎日の楽しみである3度の食事の材料費が上がる事が、一番きつい。そうでなくても、食事費用の国が示している単価は1日1445円と言う事なのですが、一昨年6月に全国老施協が実施した調査では『308円』は食費の収入以外で賄っている現実を示した事によって、来月4月から7月の4か月間について、一人当たり12.000えんの補助金は頂ける事は承知していますが、当施設での食費にかかっている試算では、1800円になっています。勿論、当法人は食に対する拘りを持っていて、月1回のバイキングなども実施していますので、単純な計算だけでは済まないとは思っていますが、1日当たり1445円+100円=1545円では当法人の1800円との差には大きな開きがあるし、尚且つ今後のガソリンの値上げによって予測が出来ない諸物価の高騰を考えると、どの様な経営をしていくべきなのかが分からないのが現実です。

但し、絶対にしてはいけない事は入居者さん、利用者さんの楽しみを奪ってはいけない事と、職員の生活とやりがいを無くさない為に、給与への対応はしっかりしていかなければいけない事です。その為には介護事業所の実態にたいして、しっかりとしたエビデンスを構築して国に示す事と、国会議員や県会議員にも理解して貰い、声を挙げて貰いる様なアクションを起こしていかなければいけないと考えています。

継続するには色んな事をクリアしなければいけない

このコラムも今となっては随分長く続いているなと自分でも思うのですが、「今に至る為には多くの難敵をクリアしてきたな」と言う事を、昨夜はその前の日からの強行スケジュールが流石にクタクタで夕食後、20時には猛烈に眠くなり直ぐにベッドに横になった瞬間に爆睡をして一旦目を覚ましたのが午前零時だったのですがその時に思ったのが「コラムを継続するのに色んな事があったな。でも、今も継続出来ているのを自分でも褒めたいな」と思うと同時に走馬灯の様に大変だった事を思いだしていたことを本日のコラムで少し(全部は書ききれ無いので)書くことにします。

最大の危機は随分前の事になりますが大垣で強か飲んで23時過ぎに代行で帰って来てウォーターサーバの水をコップに入れて飲もうとした時にふと「今日は飲みに行く前にコラムを書いていない」と言う事を思いだして「途絶えては駄目だ」と言う事でスマホに向かって打ち出したのです。

途中で睡魔に襲われて意味不明の事を書いていて何度も書き直したり、本当に5分10分と寝てしまっていたりと言う事で何とか書けて本部施設に送信したのは午前2時を過ぎていたことを送信記録で分かった次第です。

その時は朝6時に一旦目覚めた時に本部施設に連絡をして職員に「昨日の分としてクリアと言う事で」と言ったのを今でも覚えています。

2つ目の危機は右目の網膜剝離の手術をして名古屋市立大学病院に入院した時です。

手術後は一晩うつむきで寝なければいけなかったのです。

但し目を保護する為に枕の様な物には大きな穴が開いていたので枕の下に両手を回して左目は見えるので何とかクリアした事がありました。

他にも厳しい状況はありましたし、昨日東京出張から帰って本日も和合の施設での全体会が9時30分にあり(その前にも8時から打ち合わせがありました)11時30分から岐阜新聞の取材を受ける事になっていたのですが、記者さんが早くみえたので全体会終了後、理事長室で取材を受けました。

(ガソリンの値上げについてが主な問いかけでしたが、施設経営への影響についてもしっかり話しましたので明日のコラムで書きます。)

取材が終わって山の様に積まれた書類の決裁を済ませて気がつくと社会福祉法人『アソシア』(視覚障害者を支援する機関)の評議員会の為に移動しなければいけない時間になったので昼食も取らずに運転して行きました。

(アソシアの常務理事さんから議長の依頼を受けていたので打ち合わせもしたいと言う事で少し早めにも行きました。)

15時20分に評議員会が終了してから本部施設に移動して取り敢えず本日のコラムはクリアしましたが、結構本日も一昨日の宿泊を伴う出張からの疲れもあり厳しかったのです。

 

 

6時に目覚めました

令和8年3月17日

23時過ぎに宿泊先ホテルに帰り、即爆睡して6時に目覚めてしっかりお風呂に浸かりこれまたしっかり汗をかき7時にホテルを出て東京駅に向いました。ホテル側でタクシーを手配して頂いてあったので余裕を持って東京駅に着いたので余裕を持って買えました。

昨夜は福井県の役員2人と共に和食懐石を頂きながら私はドンカン清酒を4合頂き、歌を歌いたいと言う事で和食のお店の大将が紹介してくれたお店に行きました。昨日は11時から18時30分まで3つの会合だったので結構疲れたはずなのですか、お酒が入ると不思議に元気が出てカラオケも絶好調で歌えました。

福井県の役員の方も乗りに乗って歌ってくれていて、23時前にお店を出たのですが福井県の役員2人は締めのラーメンを食べに行くと言う事だったのですが、流石にラーメンコースは断りタクシーでホテルに帰って爆睡したと言う事です。本日は10時から岐阜県福祉会館で岐阜県社協の理事会があるので6時からの行動開始だったのですが二次会でもウイスキーをロックで結構に頂いたのですがシャキッとしている自分に正直ホッとしています。

岐阜県福祉会館での会議の後は県立寿楽園での会議なので移動して会議に挑み、終了後は本部施設で16時30分から打ち合わせなので息づく間が無いので、新幹線の車中でスマホに向かってコラムを打っている次第です。72歳でもこれだけの対応が出来る事に感謝です。

正に良く学び良く遊べの真骨頂だと思っていますが、最近は挨拶代わりに体調は如何ですかと言われる事が多くなってきたので過信する事無く、しんどい時は適度にゆっくりする時間を持ちながらも太く長く!?頑張っいきたいと考えていますので、リピーターの皆さん、コラムを書き続けますのでこれからもよろしくお願いします。

 

 

久しぶりの東京出張です

7時20分までに朝食を済ませて、スーツに着替えて予定通り7時30分には車に乗って岐阜羽島に向けて運転しました。8時前に車を駐車場に停めて切符売り場に行き、8時15分の指定を取ると共に、明日7時36分東京発で9時30分に岐阜羽島に着く切符も手に入れました。久しぶりの東京と書きましたが、12月に本日同様に全国介護政治連盟総会と全国老施協代議員総会の為に出掛けて依頼と言う事になります。と言う事は、岐阜県代表として参加させて頂く以外には東京出張もなくなったと言う事です。

本日11時からの介護政治連盟の会議では、全国老施協の組織内の政治家がいない状況のなかで、如何に制度によって右往左往してしまう状況から抜け出すかと言う大きな課題をクリアすべきかについて、私は私なりの意見をかつて幹事長代理をしていた立場もあり、しっかり述べていきたいと思っています。

昼食を頂いて場所移動しての全国老施協代議員総会についても、昨日当法人の理事会の中でも述べさせて頂いた、諸物価の高騰と他産業との給与格差8万円以上の開きがある中での職員給与について、具体的な手立てをしていかなければいけない事に対しての意見を、しっかり述べさせて頂きたいと感がえています。会議終了後に懇親会もあるので、東京で泊まらせて貰うのですが、明日は10時から岐阜県社協の理事会があり、13時30分からは岐阜県介護実習運営委員会があり、16時30分からは本部施設において業者との打ち合わせを入れているので、明日も7時36分東京発の列車に乗らなければいけないので、目一杯のスケジュールが入っていますが、自分の立場をしっかり理解して頑張って活動したいと思っています。

新年度に向けての体制作りの一日です。

令和8年3月15日

午前9時30分から本部施設での幹部会があり、午後2時から社会福祉法人杉和会の理事会が開催されます。前にもこのコラムで書かせて頂きましたが本部施設の事業所の中にあるデイサービスが『地域密着型通所介護になる事を受けて、デイサービスの利用者さんが関ケ原町限定になります。デイサービスの赤字分は特養で賄えるのですが、将来的な配慮をして『地域密着型通所介護』の承認を関ケ原町から頂きました。

デイサービスを関ケ原町限定にすることによる懸念は、滋賀県の方が「入居もショートステイも利用出来なくなるのでは」と言う事で利用が減ってしまったら『本末転倒』になってしまうので「今まで以上に特別養護老人ホーム『優・悠・邑』の情報が行き渡る為の配慮をしていかなければいけない」と言う事を午前に実施した本部施設の幹部会で熱く語らせて貰いました。

午後に行われる法人理事会においてはの議案は主に令和8年度の予算案と事業計画案について上程されるのですが、朝一で車の燃料(軽油)を入れに行くと1ℓ当たり30円も上げっていたので、燃料が上がれば、諸物価が上がると考えなければいけないので予算案は作成して理事会での承認を得てからも入居者さんにも協力をして貰える様に職員が声掛けをして節約に努めていきたいと考えています。

但し、節約が行き過ぎて入居者さんの楽しみを無くす事は絶対にしたくないし、職員の給与もモチベーションアップにつながるものにしていかなければいけないと言う事を社会福祉法人杉和会理事長として強く思っています。具体的な考え方としては、先ずは『食』に対する拘りです。入居者さんにとっての毎日の楽しみは3度の食事です。全国の調査によると「魚の切り身が小さくなった」とか「おやつが無くなった」とか「行事食が廃止された」と言う結果を聞いた時に私は「節約する所が違うやろ」と即座に思いました。

また、ワクワクする企画としてタケノコが施設の周りで獲れた時には『タケノコの味噌汁』や『タケノコご飯』を大きな鍋と大きな釜を使って寸胴で燃料は薪(地元の製材所でいくらでも頂けます。)勿論、月1回のバイキングを廃止するなどと言う考え方は持っていません。その他にもイベント事を削減する事も考えていません。

午後の理事会においても、理事長としてしっかりと思いを語り理事の皆さんに理解して頂き、ますます地域や家族からの信頼が得られる様にしていきたいと考えていますので、リピーターの皆さんのますますのご理解とご協力をお願い致します。

コラムを毎日書いている事によって

毎日コラムを書くようになって、所謂『リピーター』的な方が多く存在している事ができる様になりました。一番最初のリピーターは多分、私の姉の春子さんだと思います。と言うのは随分前に「21時になってもコラムが入っていないと、何かあったのかと心配になるので、17時までには入れてね。」と言われたからです。そして最近行われた全国老施協東海北陸ブロック正副会長会議の休憩時間に、三重県老施協の会長さんから「若山会長のコラムを毎日楽しみにしています。」と言われましたし、昨日も岐阜県老施協西濃支部施設長会が終了した時に「会長、肩の調子は大丈夫ですか」と話しかけられたので「どうして肩の調子が悪い事を知っているの」と聞くと「毎日会長のコラムを読ませて貰っていますから」と言われました。

また、これも昨日行われた全国老施協東海北陸ブロック研修岐阜大会実行委員会終了後にも、会議に参加していた岐阜県老施協研修委員長からも「うちの施設の多くの職員も見ていますよ」との話に改めて『継続は力なり』だと思ったのですが、その時に「あれだけのボリュームの原稿を書こうと思うと、30分では出来ないですよね」と言われたので「今日は3つの会議があるので朝8時からコラムを書いたんだけれども、9時までかかったので1時間くらいはかかると言う事ですかね」と言うと「毎日1時間かけてコラムを継続されているのは、会長凄い事ですよ」と言われました。

そう言えばかつて参議院議員をされていたとても凄い方からも「毎朝若山先生のコラムを読むのを楽しみにしているのよ。」と電話を頂いた時には、必ず言って貰っています。どれほどの方が読まれているのかは分かりませんが、色んな方が多くの方が読んで下さっている事が理解出来たので、これからも多岐に渡る話題を取り上げ頑張って続けていきますので、これからもご愛読宜しくお願い致します。

本日は朝一でコラムを書いています

令和8年3月13日

本日は10時から盲養護老人ホーム 優・悠・邑 和(なごみ)の施設において岐阜県老施協西濃支部の施設長会があり、昼食を和(なごみ)の施設において頂いたあと、優・悠・邑 和合に寄って本来は明日に渡すべきバレンタインでチョコレートを頂いた職員にお返しのホワイトチョコを持参して(明日は一日本部施設での業務の為)13時30分からの岐阜県老施協理事会と、引き続き15時30分からの全国老施協東海北陸ブロック研修岐阜大会(7月30日~31日で岐阜駅前のじゅうろくプラザをメインにして開催)実行委員会が予定されているので、スマホを使っての原稿書きも難しいと言う事で本部施設においてパソコンに向かってコラムの原稿を打つています。

【自分で言うのも変なのですが小学校・中学校での夏休みの課題を全くやらずに夏休みが終わろうと言う段階で姉春子さんの(久々の登場です・・・。)チェックが入り、怒られながら、しかも泣きながら(その頃の春子さんは「怖かった」)それでいて殆ど春子さんに仕上げて貰った記憶しかなくて・・・。】こんな私がこの様に自分で言うのも可笑しいですが「時間は有効に使うものだ。」と言う風になったのは・・・。

児童養護施設の指導員になり、沢山の子ども達一人ひとりに「手作りのプリントを作成するには時間を有効に使わなければ時間が無い。」と言う事で計画的な時間の使い方を自然に出来る様になった事と42歳の時に社会福祉法人の認可と特別養護老人ホームの承認を得る為に必死にしかもぎりぎりのタイミングで書類作成をしてきた事が今の自分を作ってくれたのだと思います。

生母秋江さんは虚弱な私を守る事に心血を注いでくれたのですが、もし、生母秋江さんは私が13歳の時に癌の病で他界したのですが、「人生にもしもと言う事は無い」のですが、母秋江さんが私が大人になるまで生きていたとすると、今の私にはなれていなかったのではないかと自戒を込めて思っています。と言う事で本日のコラムは9時までに書けたと言う事で3つの会議をしっかりと頑張ってきます。

今となっては嘘の様な多分本当の話しです。

1958年に制作された月光仮面のDVDを見ていた時に、ふと中学時代にあった信じられない話を思い出しました。それは、負けん気の強いクラスで常に2番の成績の秀才女子の話しです。(ちなみに私は、後ろから数えた方が早かったくらいの成績でしたが・・・。)

どんな内容のテレビ番組だったかは覚えていませんが、中学校の特に女子に人気があったテレビ番組の話しをしているのですが、クラスで2番の秀才女子は「実際にはそのテレビ番組の時間には勉強をしていて見ていなくて、代わりに母親が見ていて要約したり良かったところをレポートして、そのレポートに書かれた事を覚えて話題の中に入っている。」と言う事なのです。現代社会であれば、ビデオデッキに録画をして、食事の時間等に自由に見る事が出来るのですが、その時代ではそんな事も構わず話題について行くのも大変な時代だったのだと思っています。

1958年の時代と比べたら遥かに色んな機材が便利になっていますが、古き良き時代の創意工夫をしなければいけなかった時代の方が、色んな事に頭を使ったのでどちらが良いのかは微妙な事だと思っています。

さて、3月は年度末と言う事で、色んな組織の理事会や評議員会に参加しなければいけないし、勿論当法人の理事会用の打ち合わせも結構にあり、和合においての午前のお参り、午後のカラオケがなかなか出来ない状況ですが、本日は午前には和合での多職種連携会議と幹部会があったのですが、午後のカラオケは実施出来たので、久しぶりに入居者さんの笑顔を見る事が出来ました。最近、月光仮面のDVDを見ている事を話しをしてから、オープニング曲をデンモクで入れて歌い出したら、多くの方が口ずさんで下さり、曲が終わった時には「懐かしい」とか「よく見ていた」との声があちらこちらから聞かれたので、「各フロアでも頑張って歌う事にしよう」と思った次第です。

右肩が痛くて

2週間位前から右肩が痛くて気にはなっていたのですが3月はスケジュールが目一杯で「気になるのなら早く病院で診て貰ったら」と奥さまに言われた時には「忙しいから行けない。仕事優先なんだから」と言っていたのですが、一昨日の9日の朝起きた時には「どうにも我慢できないし、本日の予定は和合と本部施設での『てるてる座』のボランティア対応が入っているだけなので、朝早くに病院の受付をしたら、何とか午後の対応は出来るので、てるてる座の皆さんも理解して下さるだろう。」と言う事で朝一でいつも診て頂いている先生に連絡をして、紹介状をお願いしたら、「取り敢えずファクスで送って正式なものは郵送しておきます。」と機転のある配慮をして頂いたので、8時前に家を出て、初診の受付をすると「紹介状をファクスで頂いています。」との事で「大いなる配慮に感謝」と言う事で、予約なしではありましたが順番待ちをしていて10時過ぎには整形の先生に診て頂き、その結果「取り敢えず両肩のレントゲンを撮ってきて下さい。」と言われ、レントゲンを撮って頂き、写真ができた段階で再び整形の先生の所に行くと、「右肩に軟骨の劣化が見られますが、詳しい事はMRIを撮って映像で確認しなければいけません。」と言われたので「今日にでも撮って貰えますか」と言うと「本日は予約で一杯ですが・・・。何とか15時30分に組み入れましょうか」と言って頂けたので、「一旦帰って出直して来ても良いですか」と言うと「15時15分までにMRIの受付をして頂ければ大丈夫です。」と言って頂き、尚且つ、「午後の診察は無いので明後日で良ければ説明が出来ますので予約を取りますが。」と言われたので「明後日(本日の事ですが)であれば、次男家族との昼食会の為に一日休みを頂いているので早い時間なら大丈夫だ」と思ったので「早い時間でお願いします。」と言うと「10時で予約を取ります。」と言う事で、一旦本部施設に戻り、てるてる座の方にご挨拶をしてから理事会用の資料作成をして、予定通りMRIを撮って頂きましたので、本日も早くに病院に行く事にしました。

10時の予約でしたが9時15分には病院の受付を済ませたのですが、驚いた事に10分と待つことなく先生に診て貰えました。その結果は「右肩に明らかな炎症がありますので鎮痛剤を2週間分処方しますのでしばらく様子をみましょう。」と言われて「次回の予約を23日に取りますがご都合は大丈夫ですか。」と言われたので、その日は10時30分から和合の施設でお参りを予定していたので「なるべく早い時間であれば有難いのですが」と言うと「9時で取っておきます。」と言われたので、「厚かましいお願いをしたのに聞き入れて下さり有難い。」と思った次第です。右肩の症状も大したことが無いようなので、次男家族との昼食会も楽しく過ごす事が出来ました。蛇足的ですが孫娘2歳10か月と孫息子1歳3か月の食べっぷりの良さに『じいじい』はメロメロなのであります。

月光仮面 2

令和8年3月10日

『ど~この誰だか知らないけれど♪』と歌っていますが、だれが月光仮面なのかはバレバレですよね。それに68年前の制作だから許されるのでしょうがと言うか止む無しなのかも知れませんが、警察官も悪役も月光仮面もやたらとピストルを撃ちまくるのです。飛び道具はピストルくらいしかないので仕方がないのかも知れませんが。

また、月光仮面であろう主役の祝探偵事務所の祝所長(大瀬康一)も適役の人たちもやたらとタバコを吸っているのも時代を感じます。また、特殊な技術が無い時代なので月光仮面が飛び上がって屋根に乗ったりする時に飛び上がる瞬間と飛び乗った瞬間で上手くあわせて不自然で無い様に演出しているのは、「その時代での精一杯の見せ方なんだ。」と思いました。

車については68年前には小型の自動車は無かったのだろうなとも思いましたし、それぞれの場面で車が走っている時の道路が舗装もしっかり出来ていないところを走っていたので68年前の道路はそんなものだったのかとも思った次第です。

68年前に制作されたものをたまたま先代理事長宅で見つけた事によって懐かしい(実際に68年前に見たものなのかは定かではありませんが・・・。)ものをDVDで見た事によって思ったのは時代的背景が分かったと言う事で、これは正に大学の恩師で折口信夫(おりぐちしのぶ)の直弟子だった祝(はふり)宮静先生の言葉を借りるとすると「これぞ正しく民俗学」と言う事でないかと思います。

年度末で忙しい中でのリラクゼーションとしての月光仮面のDVDが意外な形に展開していくと、祝宮静先生にとっては出来の悪かった私ですが先生から「良くぞ気が付いた」と褒めて貰ったと自己満足している私なのであります。

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