最高気温が40℃に迫る中で昨日16時から厨房内のエアコンの改修工事が行われました。

深夜の工事を出来るだけ短くするために厨房内での作業を早く終える様に、作業工程について一昨日厨房業者のエリアマネージャーも呼んでの話し合いを持ちました。と言うのは、昨今の気温上昇は特別なものがあり、早急に対応して行く中で深夜時間の職人さんへの割増料金を少しでも減らす為に、出来るだけ深夜に食い込む時間を短くしたいとの思いからの話し合いでした。話し合いの最初には、厨房業者が業者側の主張ばかりしてきたので「エリアマネージャーも協力をして貰いたい」と、法人側の主張をきっちりさせて貰う中での話し合いの中で、施設側の管理栄養士も協力するとの意志を示していく中で、ようやくエリアマネージャーも当日作業を手伝う事になりました。

このエリアマネージャーは、この4月に交代で対応される事になった方で、なかなか私の考え方が理解出来なかったのですが、最後に私から「この気温の高い状況での外での作業で、熱中症等のトラブルがあったらいけないので「私は和合で泊まらせて貰って待機します」と言った事により、会社上席者からの支持も有り「私も作業工程に入ります」との言質を貰いました。

そして昨日16時30分と言っていたのが16時には厨房での作業を終えて下さり、厨房の電源を30分早く切る事ができました。私は18時から本部施設での全体会があるので、電源を切って工事業者が作業に入られるのを確認して本部施設に向かい、全体会終了後に再び和合の施設に行き、現場監督に作業の進捗状況を確認して、しばらくは理事長室で待機していたのですが、「22時頃の終了予定」との事だったので、現場監督に状況を確認すると「午前零時頃になりそうです。」との事だったので、ゲストルームで仮眠を取りながら待機する事にしました。

結果的には午前2時に終了の連絡が入り、「稼働は出来る様になりましたが、少し気になる箇所があるので明日また確認に来ます。」と言って帰られました。私が出来ることなど無いのですが、私自身は緊急時の為の対応をするための要員だったので『平安之福』で、何もなくて私の出番が無くて作業が終わったのは良かったです。20時30分頃に厨房のエリアマネージャーが「全ての作業が終わりました」と理事長室まで報告に来たのは、彼自身も良い勉強になったのではないでしょうか。

本部施設立ち上げ時1年間と今の違いを痛切に感じています

今月15日から奥様が手の手術の為入院した事に伴い本部施設を主に(昨日と本日は和合で)泊まらせて頂いているのですが、平成10年5月18日から事業開始した当初を思い出しながら「あの頃は色んな意味で大変だったけれども今は色んな意味で落ち着いているので有難い」と思った事について本日のコラムで書くことにします。

一言で書くと「今は入居者さんも職員も地域も落ち着いている」と言う事です。

以前にも書きましたが立ち上げ当初は『朝からパラダイス』の様に賑やかでした。

勿論その当時は介護保険前と言う事もあり『自立』の方も多く在籍されていた事に主因があるかも知れません。

開設して2年後には介護保険が導入され『要介護度1以上』と言う事になり、尚且つ今は『基本的には要介護3以上』と言う事になって身体上厳しい方、もしくは認知症が顕著な方が対象になった事もあります。

尚且つ職員も立ち上げ当初は経験者が少なく殆どが新卒者と言う事もあり、経験が足りない事による大変さも正直ありました。

事例的には排泄介助に入り、おむつの中に大便が多くあった時に職員が大きな声で「大変大変」とバタバタしていたことも日常でした。

今はこの様な事は決してありませんが、経験が乏しい職員が殆どで司令塔の存在が少なかったことに起因していると思いますが、その当時の入居者さんには本当に申し訳ない気持ちで今もいます。

また経験が少ない職員が食事介助で入居者さんの状態など関係なく『口に掘り込み』(敢えてこの様な表現にさせて頂きます)誤嚥され『誤嚥性肺炎』で入院された例も全くなかったわけではありません。

入居者さんに申し訳ない状況になって「同じ失敗を繰り返さない」と言う事で今の落ち着きになったと言っても過言では無いと考えています。

地域においても救急車がサイレンを鳴らしてきた時の意「また、優・悠・邑か」とお𠮟りを受ける事も度々でした。

今ではその様な事を言われる方は皆無になりました。

また一生懸命に『持ち上げる介護』をしてしまい腰を痛めて他の職について行く職員を見送って忸怩たる思いになった事も度々でした。

そんな実情の中、誤嚥を無くす為に『歯科衛生士』を採用して『口腔ケアの充実』を図りました。

また、排泄ケアの充実の為に業者さんにも協力して頂き『オムツの検討』についても私も含めて全職員で取り組みました。

また『腰痛対策』については『北欧式トランスファー』の導入の為デンマーク在住のブンゴードたかこさんに指導に入って頂いたり、今の吉澤施設長をデンマークに派遣して直接研修を受けさせ腰痛ベルトの根絶に努めました。

勿論書ききれないくらいの出来事を解決していく中での今です。

今後も切磋琢磨していきますのでリピーターの皆さん今後もご支援宜しくお願い致します。

今日と明日は和合に泊まるのでその準備が結構に大変でした

いつものように6時前にゲストルームを出て、事務所で宿直者の伊藤係長に挨拶をしてから1階の入居者さんに挨拶して2階に行き、入居者さんと共に朝のお参りをさせて頂いました。お経を唱えている間も背中を汗が流れていましたが、皆さんと共にお経を頑張り、お経が全て終わった段階で西川副部長が準備してくれたコップに入った氷水を半分飲み干してから入居者さんに「昨日は岐阜郡上で40℃を超えたとのニュースが大きく報道されていました。そんな中での自分の体を守るのは、ちょこちょこ水分を摂る事が一番です。必要に応じてかき氷も提供します。」と話をしてから事務所に戻りました。

「本日から2日間、和合で泊まる為の準備をしよう。」と言う事でコミュニティーハウスに行き、一先ず洗濯機に洗濯物を入れてから二日分の着替えの準備と共にシーパップの機械を片付けてから再び事務所に行き、朝食を頂いてから洗濯物を確認にコミュニティーハウスに行くと洗いが終わっていたので、洗濯物を干して慣れないことを一生懸命にして時間を見ると8時20分を回っていたので、慌てて事務所に戻り挨拶をしてから急ぎ車に乗り、一旦我が家に行き新聞受けの新聞や郵便物を確認した後、再び車に乗り和合に着き、大きな荷物を和合のゲストルームに運び、シーパップをセットしてようやく事務所で落ち着きました。

一人の生活は気楽で良い面もありますが正直『タイト』だと改めて思いました。奥様の手術の日に病院に行ったきりなので、本日は病院に行って少しは感謝の意を表せたらと思っていますが、奥様は私の事よりも猫の状態を気にするので果たして・・・。

本部施設での寝泊まりが1週間になりました

諸般の事情で、今月27日までの予定で本部施設内ゲストルームに泊まっているのですが、必要に応じて、岐阜県での会議や和合での業務での移動等はありますが、本部施設での泊りと言う事で、起きてゲストルームを出た瞬間から仕事モードになることが出来るので、いつも以上に充実した毎日です。

6時15分からのお参りは、入居者さんも非常に喜んで頂いていて、入居者さんのデイルームへの集まりがいつも以上に早くなっていて、朝から入居者さんのギアも上がっている様です。入居者さんの中には「朝から理事長さんの顔を見られると、嬉しいし元気になる。」とわざわざ言いにきて下さる方もあるのは、私自身も嬉しくなりました。

本日は、業者に依頼したものが私の思いと違っていたので、和合に9時までに行って対応をすることになっていたので、朝食を頂いた後、和合に向かいました。8時50分には着いたのですが、既に業者の方は施設に着いてみえたので、施設に入る前に現地を確認して「玄関先への配慮は、業者であっても単に作業をすると言う事では無い」と言って、改めて指示を出して工事を改めてして貰う事にしました。その後事務所に行くと、9時30分に就職希望を前提にした高校生が母親と共に9時10分にみえたので、理事長室で話をしてから副施設長に施設内の案内をして貰いました。新しい仲間として迎えられると良いと思った次第です。

10時30分から3階フロアでお参りを大きな声で皆さんと共に唱えさせて貰い、再び事務所に戻りコラムを打っていると、受診に行った方が入院にもならず施設に戻られると言う事で、付き添いにみえた姉妹の方にもきちっと話をすべきと言う事で、迎えの車に同乗して病院の玄関先で話をさせて頂き施設に戻りました。

午後は13時30分から2階フロアでカラオケを実施するので、昼食を頂いてからカラオケを頑張りたいと思っています。充実した毎日ですが、この暑さに負けない様に水分をしっかり摂り、食事もしっかり摂り尚且つ睡眠もしっかり取って、バテル事無く頑張って行きたいと考えています。

先般野田聖子衆議員、斎藤里恵衆議員ら総勢13名での会食を終えて

斎藤里恵議員と親しくお話をさせて頂き、正直「聴覚を1歳10か月の時に大病の末に無くされて大変な事が一杯あったに違いないのに爽やかな笑顔を見せて頂ける原点は何だろう」と2009年9月初版の『筆談ホステス67の合言葉』(この本は第2段で最初に出版されたのは2009年5月初版の『筆談ホステス』なのですが、この本についてはもう一度じっくり読ませて頂いてからコラムで書きたいと考えていますが、敢えて予告の様に一つだけ紹介します。

それは『筆談ホステス』の「はじめに」の中の言葉です。

お客様との筆談でのやり取りの中で忙しい毎日を送られていて飲みに来ても短時間で帰られるお客さんの口癖が『忙しい』だった方が元気なくお店にみえた時に、奥さんから「あなたは忙しすぎて、私の事を忘れている。離婚したい』と言われたと元気なく言われた事に対して、ホステスだった斎藤里恵衆議員は筆談で「忙しいという字は、心を亡くすと書きますね。忘れると言う字も心を亡くすと書きますね。ゆっくり奥様と取り戻す旅行にでも行かれたらいかがですか」と言われてしばらくはお店にみえなくて、久しぶりに見えた時には「仕事を少し見直して妻と旅行に行ってきた」と元気な声で言われて、その日からゆっくりとお店でも楽しまれる様になったとのエピソードです。

このエピソードで興味を持ったので第2段の『筆談ホステス67の合言葉』から読み直したしだいです。

前置きが長くなりましたが『67』の中から少し紹介したいと思います。

①「<涙>を止めれば、また笑顔に<戻>れます。<泣く>のを止めれば、<立ち>あがって前に進めます」(コメントにさんずいの部分を取り除けば良いのですよとアドバイスをされています。)

②「小さいことを積み重ねることがとんでもないところへ行くただひとつの道」(これはイチロー選手ほどの人物の言葉だと知ると、その重さも違いますねとコメントしていますが言葉として言われたのは斎藤里恵さんが先だと思うと改めて『凄い』と思いました。

③「過去と他人は変えられませんよ。でも、未来と自分は変えられます」(これは斎藤里恵自身も大好きな言葉だそうですが難聴で色んな葛藤があってもそれを克服した自信が透けて見えます。)

④「星という字は、日が生まれると書きます。辛い時は<星>を見上げてください。きっと明日が生まれます。そして<明日>、明るい日に違いありません」(コメントには「我ながらキレイに決まった筆談の1コマです。こんなふうに美しい筆談ができた夜は私の気持ちもあたたまります」とありました。

⑤「『人』に『言』うで『信じる。信じているのなら、はっきり言葉に出して伝えてあげてください」(コメントには「息子さんとのコミュニケーションのあり方をアドバイス。信じているからこそ言葉に出すべきではと漢字の成り立ちからご忠告いたしました。筆談パワーが効きました?

※まだまだ沢山紹介したいのですが字数の関係で今日はこのくらいにしておきますが、この本を読めば読むほど斎藤里恵衆議員の底知れぬ力を感じます。

この様な方とご一緒出来た事と今後にもつながるご縁を楽しみにしています。

昨夜は強かに日本酒を頂いて爆睡して目が覚めて気が付けば6時15分・・・。

昨夜は強かに日本酒を頂いて、宿泊させて貰っている本部施設に帰って来たのが22時過ぎに、お酒を飲まない西川副部長の車で送って貰って、宿直者の伊藤課長と暫く話をしてゲストルームに移動して、畳ベットに作務衣の上を脱いで横になって直ぐに爆睡してしまいました。「しっかり寝たけど今何時かな」と思い携帯で時間を確認すると、6時15分と言う事で寝ぼけていた頭が真っ白になりました。と言うのは6時15分と言う時間は、本館1階の入居者さんとお参りをすることになっていた時間だったからです。

気が付いてからの行動は我ながら早くて、洗面台で顔を洗い(ゲストルームの部屋の中にあるので助かりました)、作務衣の上着を来て本館1階のデイルームに要ったのが6時22分と言う事で、入居者の皆さんに「少し遅れて御免なさい。これからお参りを始めます。先ずは正信偈からお願いします。」と言って始めました。これで入居者さんとの朝のお参りは3日連続で、私の寝坊によって連続記録が途絶えなかったのは良かったです。まだ昨夜のお酒が残っていたのか、昨日一昨日の時以上に汗が流れたので、正信偈と般若心経を終えて皆さんの前でお話をする時にはシャキッとすることが出来ました。

6時15分の目覚めは本来であれば「アウト」と言う事になるのですが、何とか帳尻を合わせられて入居者さんに迷惑を掛けなくて済みましたし、職員に日頃行っている事と違う様な状況にならなかったのは助かりました。ギリギリになった事を決してお酒の性にしたくは無いのですが、昨夜の交流会は実に有意義なものであったので、話しが盛り上がったのに比例する様にお酒も美味しく沢山頂けたのだと思っています。昨夜の交流会で得た情報を有効に活用した展開を、今後も頑張って行きたいと考えています。

本日は本部施設においてバイキングが昼食で実施されます

令和8年7月18日

朝6時15分から本部施設に本館2階で2階の皆さんとお参りをさせて頂きました。2階フロアの殆どの方が参加して下さり気合を入れて大きな声でお経をあげさせて頂きました。気合十分だった事もあり背中や腕を汗が流れてタオルで拭いても拭いても流れてきました。お経を終えて皆さんの前でお話をさせて頂きました。

お話をする前に夜勤責任者の谷田主任が氷入りの水を持って来てくれていたのでコップの半分程を飲み干してから「気合を入れてお経をあげさせて貰ったら汗が一杯出たので美味しく水を頂きました。皆さんも天気予報では40℃を超える日があるとの事です。知らないうちに汗をかくと思いますので今まで以上に水でもお茶でも良いので飲んでちょこちょことこまめに飲んで下さい。

また、本日の昼食は『夏バテ知らずのスタミナ料理』とのテーマで『ウナギのかば焼き』や『麦とろご飯』も出るので楽しみにしていて下さい」と話をさせて頂き残りの水を飲み干しました。退席する際に大きな声でお経を唱えて下さっていた男性入居者の方に「良い声でしっかりお経をあげて下さってありがとうございました。」と声を掛けると照れくさそうにしてみえましただ満更でも無いお顔をされていました。

本日は午後から本部施設と共に盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の施設へ聴覚障害でありながら衆議院議員をされている斎藤理恵さんが施設見学と共に盲養護老人ホームの現状視察にきて頂き夕食の交流までして頂けると言う事でしっかりとした対応をしたいと思っています。斎藤理恵衆議院と親しく懇談が出来る事もあり特別ゲストの様に斎藤理恵さんが衆議院になるきっかけを作って下さった野田聖子衆議院もきて頂けるとの事で日頃親しくさせて頂いている方々にも参加して頂き有意義な時間を共有したいと考えています。

この様な会が持てるのも最近の私の口癖なのですが『千里の道も一歩より』の賜物だとも思っています。私の最大の宝物は私とご縁を頂いている方々とのネットワークだと考えているので今回のご縁も発展的なものにしていきたいと思っています。

今朝から朝のお参りを限定2週間ですが実施します。

昨夜も早くにゲストルームで寝たので(入居者さんは静かにされているのでゆっくり寝る事が出来ました)朝は5時には行動開始をして6時15分から本館1階で多くの方が集まっていて下さったので気合を入れてお経を唱えさせて頂きました。

 

本日はお経を唱えながら、何故かかつてご縁を頂いたお坊様3人の方の事を思いだしながらになりました。「他事は行けない」とはわかっているのですが打ち消そうとすると余計に鮮明に思い出されたので「ここは居直ってお経を終えてからのお話にしよう」とまたまた考えている私がいました。

何の脈絡を無しに出てきた方の、しかもそうそうたる方との思い出を入居者さんにお話をしました。

一人目の方は私が26歳~38歳までお世話になった児童養護施設の理事長で若い頃には8年物長きに渡って本山での修行をされた禅宗の僧侶だったのですが「若い頃、檀家のお参りに行った時に経本を見ずにお参りをしていて終わった時にお経を聞いていた老女が「おっ様、今日のお経で飛ばされたところがありましたが」との指摘を受けて、「この様な事が無い様にそれからは必ず経本を見る様にしていた」との話を聞いて「老女の指摘を素直に取り入れその後は頑固にされていたのは見習わなければいけない。」と思った次第です。

次に38歳で児童養護施設を退職して中部圏の福祉の中心者だった方が真言宗豊山派の住職で私が四国巡拝の道案内をしてからお寺の事にも目覚められ四国巡拝をされて「こんな素晴らしい事は広めなければいけない」と言う事で春巡業と夏巡業を募られた行動力とネットワークの広さに感服したものです。

その他にも毎月8日には『護摩供養』を21日には『写経会』を企画されたのもなかなか出来ない事ですが私の場合は違う形で見習ってきたと自負しています。

また、写経会の時のお話では「私は『笑いの会の会長です。会員は私一人ですが』と言ってわっは は はと豪快に笑われると言う信念の持ち主で見習う事が多い方でした。

三人目は今もお付き合いさせて頂いている高野山前官大僧正の静慈圓師です。(8月20日に必ず本部施設に来て頂き親しくさせて頂いています。)平成16年からのご縁なので長くさせて頂いています。

私が5年前に盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の施設の経営が大変だった時に手紙を書いたら3か月後に3か月祈祷して頂いたお札を送って下さったお礼の電話をしたら「若山さんの背中にはお不動さんがついているので大丈夫」と言って頂いたのは涙が出る程嬉しかったし、御祈祷をして頂いた言葉は『諸障退散』『七難消滅』が書いて頂けたのには勇気を頂きました。

久しぶりに本部施設で泊まりました

奥様が手の手術の為に2週間程度の入院をしたので(本日手術です)、久しぶりに本部施設で泊まりましのた。夕食はコミュニティハウスで食べて、朝食は入居者さんと同じものを頂きました。(この2週間で体重が増えるのか減るのか、結果が楽しみです。)夕食は18時前に食べて、その後は事務所で宿直者と共に仕事をしていたのですが、あまり遅くまで私が事務所にいると宿直者もゆっくり出来ないと思い、畳部屋のゲストルームに移動してゆっくりさせて頂きました。(洗面化粧台とテレビとエアコンと畳ベットが設置されています。)21時には、電気を常夜灯に切り替え寝る事にしました。

意外と早くに眠る事が出来たので、5時にはしっかりと目が覚めました。目が覚めて実感したのは、事業開始した平成10年5月には、少なくても週に2回は宿直をしていた時(特に満床になった10月3日から)には、早朝の4時過ぎにはまるで運動会の様に賑やかだったのを思いだして「今は皆さん落ち着かれていて、静かだな」と10メートルも離れていない皆さんが集まってみえるデイルームの状況を考え、深く思っていました。宿直者に迷惑を掛けてはいけないので、6時までゲストルームで過ごし、その後事務所に行き、6時30分から仏間でお経(正信偈と般若心経を中心にした)を唱え(明日からは本館1階と2階を交互にします。)7時過ぎから朝食を頂きました。

本日は10時から本部施設での幹部会があり、終了後は急いで昼食を食べて岐阜県庁に移動して、13時から選挙管理委員会に政治連盟の事で相談に行き、14時から岐阜県庁の向かいにある水産会館に移動して『革新会議』に参加して、終了後は奥様の手術が終わっている頃に執刀医からの説明があると言うので、目一杯のスケジュールになるので、幹部会が始まる前に早々とコラムを書きました。コラムを継続するにはスケジュールの隙間を上手く見つけて書くことが肝要と、長年の習慣で理解(お酒を飲んで帰ってねむねむで書こうとして、悲惨な思いをしたことから)したので早々と書いた次第です。

残存能力は間違い無くあるようです.

令和8年7月15日

本日から2週間 我が家の嫁さんが手の手術のために入院します。 私と我が家の2匹の猫は まだ完全に仲良くなっていなくて牙を剥かれたり、逃げて行く姿を見ている私にとって 猫のお世話は無理です。

ということで2匹の猫は動物病院に緊急入院しました。 嫌われてる私が餌をやったり排泄物の処理をするのは絶対に無理なのです。 昨日のうちに 動物病院に2匹とも預けて今は家にいない状態です。

猫がいないことは 頭で理解しているのですが いつも猫がどてっと寝ているところを通って行く時 思わず 猫がそこにいるような錯覚を覚えます。つまり絶対にいるはずが無い猫がいるようにも錯覚してしまう私がいます。

決してが良い関係では無いのですが、いなくなるとやはり気になる関係だったと言う事です。2週間奥さまが入院される間に8、7キロのまると5、5キロのおもちが2週間後にどんな顔で帰ってくるのか痩せて帰ってくるのかの報告は2週間後にします。2週間後に私の顔を見てどんな反応をするかも楽しみにしています。

 

 

 

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