今須では3cm程の雪が積もりました。

令和7年1月4日

正月三が日は、朝一のお参りは行かずに家の仏壇でのお経だけにしていて、昨夜は「3日も休んでしまったので明日からのお墓参りは出来るかな。何と言っても小さい頃から意思の弱い人間だったから」と思って眠りにつきました。でも、リピーターの皆さん、今の私は自分で言うのも何ですが「結構強い人間になっていたようです。」と言うのも、アラームの5時25分を敢えてキャンセルしていたのですが、今朝の目覚めは何と5時20分だったのです。

と言う事で、ベット上での体操を復活させて・・・(朝のお参りに行かないとリズムが悪くなっていたようです。)6時前に外に出ると3cm程の雪が積もっていたのですが、いつものウォーキングシューズでマスク、毛糸の帽子、手袋をして出掛けました。慎重に、慎重にべたついた道を歩きながら、まだ誰も踏んずけていない道に私の足跡をつけながら歩きました。べた雪だったので「気温はそれ程低くないな。」と思いながらも、ズルっと滑るのを気をつけながら歩きました。マスクと毛糸の帽子は保温をするのには最適だと改めて思ったのですが、ウォーキングシューズは次第に水が入ってきて、家に着いた時には靴下までしっかり濡れてしまい、軍手は雪を払ったりして次第に濡れてしまい、手袋としての保温効果は無く、それどころか冷たさが増してくるようなので、軍手を外して歩きました。

いつも以上に時間がかかり、何とか我が家に着いてうがいだけして、ぬるくなっているお風呂に一目散に行き、芯から冷えている体を癒しました。追い炊きで段々と温かいお湯になってくるのは、これまた至福の喜びでした。どんなことに対してもポジティブな考え方が出来るようになっている私は、幸せ者だと改めて思った次第です。だって、小さい頃の私は少し雨に濡れても直ぐに高熱を出していたし、今の時期だと霜焼けで手足がボンボンに腫れていたのに、今はそのような心配が一切無しなので、ポジティブでいられるわけです。これも『お陰様で』と言う事だと思っていますし、休みなしで頑張れるのも健康であればこそと思っています。

昨日は彦根東福寺の正月護摩供養に行って来ました。

令和7年1月3日

午前は和合の施設3階で今年初めてのお参りをさせて頂き、その後彦根東福寺の正月護摩供養に参加させて頂きました。昨年のお正月は熱をだして参加出来なかったので「今年は参加できて有難い。」との思いです。私は基本的に虚弱体質なので、無理をすると熱が出てしまうのでオーバーワークは厳禁なのですが「わかっちゃいるけど・・・。」と言う事なのですが、昨年末12月29日、30日の餅つき大会、今年になっての元日のお屠蘇と抹茶と獅子舞のイベントも、本日の正月護摩供養にも元気に参加出来たので「流石に私の干支の蛇年だから、素敵な一年になる。」と自分自身で納得しています。

東福寺では『心願成就』と書いて頂いたお札を、護摩供養で燃え盛る所で御祈祷をして頂いたので「これは本当に素敵な一年になる。」と確信しました。しかも、そのお札を御祈祷をして頂いた静慈彰師から手渡して貰った時には、お札が熱くなっていたので、益々嬉しくなってしまいました。

 

 

本日は、次男家族が我が家にお昼頃来てくれるので、1歳半の孫娘と共に年子で生まれた孫に会えるので、午後からは『甘々じいじ』を楽しみたいと思っています。まだまだ現職なのでいつも『甘々じいじ』でいるわけにはいきませんが「3か月に1回くらいは許されても良いのでは」と思っています。自分の子どもには『母子家庭に等しい状況』でしたので、楽しみたいと思っていますが、抱っこして泣かれたらどうしようと、今からドキドキしています。リピーターの皆さん、こんな私の気持ち理解して頂けますか。

元旦の日にお屠蘇とお茶会は盛り上がりました

昨日の事ですが、午前に本部施設で午後は和合の施設においてお正月行事としてお屠蘇としてお酒を振舞い、お酒が飲めない方にはお抹茶を飲んで頂きました。

お酒については新潟の大吟醸『久保田萬壽』(1升)を我が家で大切に取っておいたのを持って行き楽しんで頂きました。

本当は私が飲みたかったのですが「入居者さんに喜んで貰うためにはお正月と言う事で最高のお酒を振舞いたい。」と言う事です。

かつて高校の校長先生をされていた入居者さん、岐阜県庁にお勤めだった入居者さんなどは久保田萬壽が最高の酒だと言う事をご存じで「こんな良いお酒はなかなか飲めないのに理事長さんが準備してくれたのは本当に嬉しい。」と掛け値なしで喜んで貰えました。

多くの方に飲んで頂けたので本部施設で事前に用意してくれていた金粉入りの清酒1合瓶4本と久保田萬壽の封切したのを3合、締めて7合を飲んで頂きました。

お酒を飲まれると飲まない方も含めて非常に盛り上がり、そんな中に獅子舞が乱入して入居者さん利用者さんの頭を嚙むような事をして貰い益々ヒートアップしました。

本部施設での盛り上がりを受けて和合に移動して同じようにお屠蘇と抹茶と獅子舞で盛り上がりました。獅子舞については若手の男子職員がやる気満々でこれまた盛り上がりました。

和合の入居者さんはあまり飲まれないと思っていたのですが、「1升瓶が空になってしまうのでは」と心配になるくらいの勢いで飲んで貰い、女性の中には「本当に久しぶりにお酒を飲んで気持ちよくなった。」等と言われる方まで現れました。

和合の施設の抹茶では女子職員が着物をきて雰囲気も良く、外国介護職員にも自分が若い時に来ていた着物を着せて益々雰囲気が良い中での開催となりました。「入居者さんに喜んで貰うにはどうしたら良いのか」を考えながら展開することが少しづつ出来る様になってきたのが私にとっては最高の喜びです。結局1升瓶も空になったので和合でも7合のお酒を飲まれたと言う事で素敵なイベントになりました。

当法人は3施設の拠点がありますのでお互いに切磋琢磨の展開をしていき、より良い施設にしていきますのでリピーターの皆さんこれからも当法人のホームページを可愛がって下さい。

リピーターの皆さん、新年あけましておめでとうございます。

大晦日の夜は松坂牛の肉ですき焼きを楽しみながら熱燗を1杯だけ頂きほろ酔い気分で爆睡しながら楽しい夢を見ていて本日はアラームをかけていなかったのですが6時前に起きて、神様に手を合わせながら今年1年が色んな意味で飛躍の年である事を祈りました。

そして仏壇では先ずは父進さん、母秋江さん、姉光子さん、義父憲治さん、義母美和子さんの写真に向かって新年を迎えれた事に感謝するご挨拶をしてからおせち料理とお雑煮を頂きました。お餅は本部施設で12月29日についたものを5個も頂きました。伸びのあるお餅でとても美味しかったのですが正直5個は今の私には多かったようですが(しばらく動けない状態だったので・・・。)しっかり、「まめで(黒豆)たっしゃで(たつくり)みとおせるように(れんこん)」と楽しみながら頂きました。

朝食後は若山家の氏神様(『若山』の『若』は若宮神社の一文字を頂いたと聞いています。)である『若宮神社』に行きどんど焼きの火が残っていたので昨年お世話になったお札等を燃やしながら体を温めてから本殿に向かいました。本殿に上がる石段はとても急なのが38段あり、正直手をつきながら駆け上がりました。本殿では杉和会の繁栄と皆々様の心からの笑顔をお願いすると共に身体強健と家内安全もお願いしました。若宮神社に引き続き妙応寺にお参りしてから若山家のお墓にもお参りして先祖の皆々様の安寧と今年の飛躍を重ねてお願いしました。

家に戻り本日本部施設と和合の施設でお屠蘇を振舞う事になっているので頂き物として大切にしていた『久保田 萬壽』を車に積み午前のお屠蘇行事がある本部施設に行くと、玄関ホールはすでに準備万端になっていたので「私はとっておきのお酒を振舞って喜んで貰うだけで大丈夫だ」と思いました。

 

私の干支である『巳年』が幸先よく滑り出したのでここ一年が飛躍になり社会福祉法人 杉和会が益々地域の為にお役にたつ法人であると確信しました。リピーターの皆さん、今年も一年、変わらご理解ご支援を宜しくお願い致します。

 

我が家で不要になったものが生かされて嬉しいです。

令和6年12月31日

我が家に屋敷の玄関先に父進が戦後まもなく中古の家を購入した時には既に植えられていた紅梅の古木が、木の枝に大きな穴を開けながらも春になると赤い花を咲かせています。父進が大切にしていた古木ですので私が新築の家を建てた時にも残したいとの思いで本部施設の敷地内に仮植えをして家が完成した時に小さいながらも新たに出来た庭に植えなおしてからも既に20年が(新居に入ったのは2004年12月18日)経過しているのですが今なお花を咲かせて楽しましてくれています。

ところが、道路に面している枝にトラックが引っかけたのか、寿命の為に折れたのかは定かでありませんが枝が折れて紐が絡まり宙ぶらりんになっていたのを何とか取り、処分に困ったので本部施設に持って行き処分をして貰おうと本館玄関軒下に置いていたのですが、本日本部施設の地域交流ホールに行くと正月飾りの大きな花入れの中の中心的役割をしていたので思わず「廃棄しようとしたものが正月飾りの中心になるとは考えもしなかったけど、父進の思いがこの様な形で生かされたのは嬉しい事だと思った次第です。

大きな枝が折れたので少し形は変わりましたが老体に鞭打って咲いていれる古木の紅梅にを見習い明日からは巳年の幕開け、私の干支でもありますのでより頑張りたいと思いますので変わらず宜しくお願いいたします。

 

本部施設に引き続きの餅つきです。

いつもの様に5時25分のアラームでの行動開始で我が家の神棚と仏壇のお水換えから我が家のお墓までのウォーキングでその後お風呂に入り朝食をとり、地元の同級生が勤めていた縫製会社の製品である一番大きなつなぎ服をかなり前に貰った時は結構大きめだったのを恰幅が良くなった(お腹が立派になっただけです。)事によって着るのに苦労する様になったつなぎ服を着て和合の施設に向かいました。

昨日は本部施設において7臼ついての今日なので少しバテ気味ですが気合を入れて8時10分に着くと、既に竈の中の薪も北島部長が上手に組んでおいてくれたので、竈の四隅に盛り塩をしてお酒を振舞いポーズを決めての点火式を8時20分に行い和合の餅つき大会が始まりました。

 

昨日の本部施設においての餅つきには多くの助っ人がいたので突き手も、餅を千切る人もたくさんいてくれたのですが、さてさて和合では蒸籠を竈に8時40分に乗せて2升の米なので1時間も経たずに蒸し上がったので9時30分から突き出そうと思ったら突き手は北島部長しかいなくて最初のこねる作業は北島部長と私がして後は北島部長が大車輪の活躍で何とか1臼目が出来ました。

私の思いでは餅を千切るのに時間がかかるので「先ずは千切り餅から」と思っていたのですが、私が気が付いた時には伸餅の作業に入っていたので「4臼だけだしゆっくりやれば良いか」と言う事で2臼目は10時から3臼目は10時35分からつく事が出来ました。そのタイミングでてるてる座の座長さんがめっちゃ可愛いお孫さん2人を連れて応援に来て下さったので、せっかくのことですので座長とお孫さんに杵を持ってついで頂きました。4臼目は半分千切りで残り半分は伸餅にしました。

私は和合の餅つきに昨年は熱を出していて参加出来なかったので、どの様な展開になるかと心配していましたが、何とか無事に餅つき大会を行う事が出来ました。決して本部施設の様な手際良さは無かったですが次第に上手になると思っています。

これも、『習うより慣れよ』だと思います。取り敢えず本部施設も和合の施設も餅つき大会が終了してほっとしてますが気が付けば12月30日。これからお正月の準備に取り掛かります。

本部施設の餅つき大会です。

令和6年12月29日

本部施設に8時15分に着いて状況を確認すると、カマドの中の薪も既に井桁に組んであり、準備万端なので急いでつなぎ服に着替えて、カマドの点火式を8時25分にお酒をカマド周辺にまいた後に行いました。上手に薪が組んであったので順調に火が燃え上がり、蒸籠を3段積んで後は蒸さるまで火の番です。勢いのある火の勢いだったのですが、「1時間はかかるだろう。」と言う事で9時25分になった段階で蒸籠の蒸し加減を確認すると「もう少し」と言う事で、9時30分に石臼の所に持って行き、休みの外国人男子職員が4人来てくれ、高橋工務店から社長一家、専務一家と従業員も多く来てくれて、アッと言う間に1臼が出来上がったのですが、何故か2臼目の蒸し上りが遅くて、2臼目は10時7分に突き出しました。3臼目は10時31分、4臼目は10時45分、5臼目は11時6分、11時25分で、7臼目の11時30分に蒸し上り、12時までにお餅突きのイベントは終わりました。

    

1臼に2升5合(3.75キロ)のもち米だったので、7臼で26.25キロと言う事で、普通では考えられないくらいのお餅を突いたのですが、午前中に終わる事ができたのは、準備もしっかり出来ていたし、火の加減も良かったし、突き手も力自慢ばかりで、手がえしも上手にして貰えたので、言う事無しの餅つき大会となりました。初めて餅つきをした外国人介護職員も生き生きとしていたし、出来上がったばかりのお餅(大根おろし・きな粉・あずき)を喜んで持って帰りました。

 

そんな中、何と言っても一番喜んで頂いたのは入居者さん利用者です。突いている石臼を囲んで「よいしょ、よいしょ」と太鼓に合わせて楽しんで頂けました。お餅を食べて頂ける方については、本当に小さなお餅ですが大根おろしで食べて頂いたのですが、本当に美味しそうに食べて頂けました。明日は和合の施設でのお餅突きですが、本部施設の入居者さん利用者同様に、素敵な笑顔と笑い声が聞けると思うと、今からワクワクしています。

寒い朝ですが雪は降っていません

令和6年12月28日

天気予報で岐阜県には60cmの積雪予報が出ていたのですが、朝一で二階の廊下の窓越しに外を見ると「雪は降っていません。」と言う事で「雪が積もっていても頑張るぞ」と思って居合充分だったので、変な話しですが少し気合が萎んでしまいました。でも、いつもの様に神棚と仏壇のお水換えを終えて外に出ると「めっちゃ寒い」と言う事でもう一度気合を入れなおして歩く事にしました。

歩き出してから気付いた事があります。それは2か月程前から妙応寺の本堂、断トツ頭が良かった同級生の墓(吉川家)、そして勿論若山家の墓のお参りでは『般若心経』を唱えているのですがお経を唱えながら足の屈伸運動をしているのですが「確かに膝を含めて足の動きが良くなってきた。」と言う事です。

もう一つ感じているのが「腰の違和感が最近なくなった」と言う事です。屈伸運動については、あまりに足がもたつく様になったので「このまま老化が進むのは嫌だ。」との思いから、実施する様になったのですが『継続に無駄なし』と言う事だと改めて思っています。動きが良くなっているので何事にもより積極的に活動できる様になったと感じています。

明日は本部施設において、明後日は和合の施設において餅つきが実施されるのですが、動きが良くなった分色んな動きが出来ると考えています。そして、明日明後日の餅つきで入居者さん利用者さんの多くの笑顔を貰って私自身のパワーに変えていきたいと考えています。そんな風に思える私は何て幸せ者だとも思っています。

1か月前に約束していた事を失念していて大慌ての対応をしました

令和6年12月27日

和合での1階のお参りを終えて「午後から3階のカラオケまでに本日のコラムを書くとしよう。」と思っていた矢先に盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の吉澤施設長から電話があり、「なごみの忘年会のおでん会に理事長が美味しいお酒を持って来ると言う事で皆さんがお待ちですよ。」と言われて「そう言えば約束していたのに忘れていた。入居者さんの期待を裏切るわけにはいかん。」と言う事で午後からの3階でのカラオケをキャンセルする連絡を北島部長にして、急いで車に乗り一先ず本部施設に行き、とっておきの頂き物の奈良県の大吟醸を持って、またまた急いで盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)に行きました。

駐車場に車を入れると吉澤施設長が外でおでんの大鍋の料理を見せてくれて、既におでんを食べて頂いているとの事だったので、急いで忘年会会場になっている会議・研修室に行くと既に皆さんはおでんを食べられていたので、簡単にご挨拶をしてから「とっておきの奈良県の大吟醸をお持ちしたのでお酒が飲める方はこれから注ぎに行きますので宜しくお願いします。」と言って職員から飲める方の指示を貰い「最高に飲みやすいお酒ですから飲んで下さい

。一升ありますから飲める方はおかわりをして下さい。」と言って注いで廻りました。注いで廻って改めて思ったのは「お酒が飲めると言うのは素晴らしい事だし、雰囲気が一気に盛り上がった。」と思った次第です。お酒のお好きな方で遠慮されているなと思った方には「3杯は大丈夫」と言ってお酒を注ぐと本当に嬉しい顔をされていました。折角ですので私も皆さんが食べられているおでんを頂きましたが「大鍋で作ったおでんは旨い。」と思いました。お酒が一段落した段階で「理事長さんの歌が聞きたい。」との声が出たので「では1曲」と言う事で、八代亜紀の『舟唄』を歌わせて頂きました。

歌い終わると「アンコール」との声が北島三郎さんが好きな方からかかったので『函館の女』を歌わせて頂きました。私はお酒を飲んでいるわけではありませんが、しっかり雰囲気によってとても良い気分になりました。但し、大いに反省しなければいけないのは入居者さんとお約束をしたのに予定表に直ぐに書かなかった私のミスです。吉澤施設長が連絡してくれなかったら入居者さんの期待を裏切る事になってしまうところでした。約束した事、予定が入った時はその場で必ず記録する事を改めてしっかり守っていきたいと思っています。

岐阜県老施協会長としての展開として

令和6年12月26日

岐阜県老施協の役員は副会長として10年、会長として12年で今なお会長としての役割を担っています。会長として会員の皆さんへのメリットを考えながら、私なりに出来る事をさせて頂いています。介護事業を取り巻く環境も厳しい状況があり、少しでも会員の皆さんにとって有利になることをしていかなければと、出来る限りの事を実行に移しています。

最近実行したのは、既にコラムに書いた事ですが、今月16日に全国老施協代議員総会があり、その日は泊まらせて頂き翌日は午前中かけて、岐阜県の衆参議員与野党10名の議員事務所がある参議院会館、衆議院第二会館、衆議院第一会館の順に陳情書を持参して面談していました。陳情書を受け取るだけの所もありましたが、丁寧に熱く語る私の話に耳を傾けて下さる方も多かったです。

24日の日には、年明けの9日から始まる岐阜県知事選挙の候補者予定の方の事務所に行き、推薦状を渡すと共に1時間の意見交換をさせて頂き、候補者予定の方から「施策に反映しなければいけないヒントをたくさん頂きました。」と言って頂きました。

そして本日は10時とのお約束で岐阜県庁に行き、県知事宛の要望書を健康福祉部次長さんに手渡すと共に、同席して頂いた高齢福祉課長さん共々に①物価高騰での食費への支援を速やかにして頂いた事へのお礼を述べさせて頂いた後で、市町村からの補助に対しての呼びかけをお願いすると共に、他の物価高騰分に対する配慮をお願いしました。②先の衆議院選挙の時に与野党共に賃金アップを謳っていたが、介護報酬改定は3年に1度なので、改定に捉われず賃金アップへの配慮についての国への要望を県としてもして頂きたい。③介護人材確保が厳しい中において、県としての支援をお願いしたい。との話を熱く語りました。勿論熱く語るだけではいけないので、理解して頂ける為の資料をエビデンスとして要望書の添付資料としてお渡ししました。

「厳しい状況だ」と言うだけでは何も変わらないので、今後も岐阜県老施協会長としての活動もより頑張っていきたいと考えています。この様な対応が出来るのは、当法人の職員が頑張っていてくれているからと思っています。それと共に『介護』の社会的必要性と認知度を上げていく事にも力を入れていきたいと考えています。リピーターの皆さんからのご意見をお待ちしています。

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