昨日は『たかだか4時間」の対応でしたが正直疲れています。

昨日のコラムで岐阜県の衆参両院の国会議員さんとはそれぞれの議員会館で(衆議院2棟・参議院1棟)お会いした後、片山財務大臣に財務省内の大臣室でお会いしたことを書きました。その時の報告通り9時から13時までの僅か4時間の対応だったのですが本日は正直バテテいます。

今朝もいつもの様に7時に朝食を食べたのですが、その後に正直「疲れているな」と感じたので10時30分からの和合でのお参りをキャンセルして家でゆっくりさせて頂く事にしていたのですか、何回かの連絡が入り、究極は「どうしても本日中に時間が欲しい」との連絡が入ったので、朝の段階では「昼食を家で食べてから和合に向かおう」と考えていたのですが、結局11時には家を出て、和合に向かう途中のコンビニで昼食のお握りとパンを買いました。

お客さんの対応を終えてから昼食を摂り、本来であれば13時30分からカラオケを予定していたのですが、私が熱を出して出来ていなかった幹部会を30分程度で実施する積りは課題が山済みだったので1時間しっかりかかってしまい、15時30分に予約していたかかりつけ医の受診を16時30分に変更して貰い結果的には16時40分に診て貰い、若干救いだったのは床屋さん(今は理髪店と言うらしい)に閉店間際に入れたので頭はサッパリしましたし、明日の予定が若干余裕を持つ事が出来ました。

但しコラムが書けていないので本部施設に行き今(18時5分)書いています。僅か4時間ではありましたが緊張ずくめの4時間だったし、それぞれの議員の先生もしくは秘書の方に介護事業の実情と措置施設の現状を一生懸命に話をさせて貰い、極めつけは片山財務大臣にお会いして昼食もご一緒に頂き(かつ丼)色んなお話をさせて頂いた時は緊張からか疲れを感じなかったのですが、本日は疲れが出ていたのですが午前中に休養をさせて頂いたので明日からはしっかりとした対応をしたいと考えています。

9時から13時まで頑張りました。

令和8年6月23日

代議員総会を終えて昨夜は東海北陸ブロックの代議員の方との懇親会を東海北陸ブロック会長として実施させてもらって1次会 及び 二次会を終えたのが22時前でスーツを脱いで そのままベッドで爆睡して 朝6時前に目が覚め ゆっくりとお風呂に浸かり8時から 片付けをして全国 老施協事務局がある 平河町の塩崎ビルに行き本日国会議員会館で岐阜県の衆議院 参議院の先生8人と 片山 財務大臣に挨拶及び 陳情の打ち合わせをして随行に2人の職員がついてきてくれるということで少し肩の荷が降りたような気分になりました。 9時10分になり まずは 参議院会館に行き 受付を随行の職員が来てくれたので一人ではなくて非常に安心できました。参議院会館では 渡辺先生のところに最初に行きましたが 残念ながら先生は見えなかったのですが 秘書の方に陳情 すべきことをしっかり話をさせていただきました。 同じ会館の中に若井参議院議員の部屋があり 、ちょうど委員会に出られるとこだったのですが5分でいいから話をさせてくださいと言ってしっかりと持参した書類を元に話をさせていただき 話が終わると若井先生が先生が急いで委員会の方に行かれるのを逆に見送らせていただきました。

その後 衆議院会館に移り野田聖子先生の 部屋に入ろうとすると 次にお会いすることになっていた 斎藤りえ先生が廊下を歩いて見えたので先に面談をさせていただきました。 斉藤先生は 聴覚障害があり話をさせていただいたことを機械を通してスマホで読み取るという形での陳情でしたが 斎藤先生は一生懸命にいろんなことにについて話を聞いてくださりとてもありがたいと思った次第です。その後 古屋先生のところと武藤先生、加藤先生のところに行かせてもらったのですが 先生はご不在だったので秘書の方にそれぞれ 資料をお渡しして理解をしていただきました。

不思議なことですが 参議院会館で ご不在だった 渡辺議員が衆議院会館の廊下を歩いて見えたので先ほど部屋にご挨拶に行ったことを話しさせてもらい写真も撮らせていただきました。

衆議院会館を出るために買いまで来ると古屋先生が歩いて見えたので走って近づき先生に治療をお渡しして秘書の方にもお話しさせていただいたことを話しすることができたので 渡辺先生といい 古屋先生といい偶然にもお会いできたことはすごい幸運だったと思っています。岐阜県の議員の先生とは秘書の方も含め 皆さんとご挨拶ができ 11時30分になっていたので 財務省の方にタクシーで向かいました。

少し予定の時間よりは早かったのですが 受付に行くと話が連絡されていたので スムーズに受付ができます 財務大臣の控室に通していただき 待っている間にも秘書の方と名刺交換をしたりしていて、予定の時間の12時15分よりも10分も早く 片山 財務大臣とお会いすることができました。 片山 財務大臣がいきなり食事はまだでしょう 一緒に食べましょうと言われ 食事もしっかりと いただくことができましたが、もちろん 片山 財務大臣とはしっかりとお話ができました。 もっとも 財務大臣の方からいろんなことをお話しいただきテレビ等の報道でテレビ時と同じように気をよく話をしていただいたのは私にとっては心地よく響きました。

 

先生からの依頼については 今後 いろんな方と相談させてもらいながら 私ができることを精一杯やりたいと思った次第です 。面談時間は15分ということでしたが 9時 もいただいたので しっかり 50分 時間を取っていただけたのが本当にラッキーだったと思っています。 政治家 さんもいろんな配慮ができなければいけないことを改めて理解することができました。 財務省を出て タクシーで再び 塩崎ビルに戻り 事務局長に今日の成果を報告して塩崎ビルを出てタクシーにて 東京駅に行き、13時33分発のひかりで 今は 岐阜羽島に向かっています。

ほぼ4時間の対応でしたが とても充実した そして今後役に立つ仕事ができたと思っています。私自身 財務省の中に入らせていただき なおかつ 財務大臣の控室及び財務大臣の部屋で片山 財務大臣と面談できたことは私にとっても大きな出来事でした。 ということで 正直疲れましたが とても良い 疲れ だと 思っています。このような展開ができたのは自分自身が積み重ねてきた結果だと思っています。 ということで 今後も自分ができることを精一杯頑張っていきたいと考えています。

久しぶりの東京出張です。

令和8年6月22日

2週間前に過労とはっきりわかる形で高熱を出して3日間は家で病院で頂いた薬と解熱剤で様子をみていたのですが一向に熱が下がらないので肺炎になっているといけないと言う事でかかりつけ医に連絡するとしっかり検査して貰った方が良いですよと言われ紹介状を書いて頂き病院に行くとレントゲンとCTと血液検査を緊急でして貰うと肺に少し水がありそれよりも炎症反応の数値が異常に高いので持続点滴をする為に入院を進められ、そのまま入院をさせて頂いたのですが治りかけた段階で入院したのかはわかりませんが5日間の入院で退院が出来退院の翌日から仕事をさせて貰い昨日の花魁にも穴を空けずに頑張りました。

本日は11時から全国介護政治連盟の総会があり13時30分から全国老施協の代議員総会があり総会後に私が音頭をとっての東海北陸ブロックの代議員との懇親会を企画して東京で泊まらせて貰い明日は岐阜県から選出されていり国会議員の方々プラス片山財務大臣に挨拶と共に今の高齢者福祉の現状を資料を持って行き熱く語ってきます。福祉の世界も政治抜きには対応出来ない事が山積していますので本日と共に明日も頑張りたいと考えています。

成果については明日のコラムで書きたいと考えています。

バタバタではありますが花魁道中まで舞い上がります

午前9時30分から認知症の方の相談を本部施で受けて10時30分に相談を終えてから本日13時30分からの和合の施設での『聖一座&花魁道中』に頭の中を整理して和合の施設に花魁道中に合わせてのドレスやカツラの確認をすると「3組は必要です」との返事が来たので、本部施設職員の協力を得て私の車にダンボール3箱を積み込み和合に向け運転している時も花魁道中でのイメージを繰り返し考えていてワクワクです。

「病み上がりなのであまり無理をしてはいけない」と頭ではわかっていますが、蓋を開けての展開は私の事ですから皆目分かりません。

これから(11時44分)聖はじめさんとの打ち合わせをしてギアをもう一段上げたいと思っています。

舞台が終わってからゆっくりと報告したいと思っています。

13時30分開始なので、私が『花魁モドキ』になる準備は12時30分からと言う事なので急いで昼食を食べて心の準備に入ります。

控室に行くと舞台裏はバタバタされていましたが、花魁の衣装の準備済ませた方に帯を結ぶ前までの着付けと化粧を施して貰いました。

13時30分定刻に聖一座のショーが始まり、控室で待っていて丁度半分経った段階で聖はじめさんにかつらをつけて貰い思わず「重い。下も向けん」と思いながら帯もしっかり結んで貰った段階で鏡を見ると自分で言うので間違いありませんが「少なくても美川憲一よりは綺麗だ」と自画自賛です。

いよいよ花魁道中の出番になり男女二人づつのドレスを着た職員も引き連れて皆さんの前に登場して正面に行きマイクを渡されたので思わず「私、綺麗でしょ」と言うと誰も椅子からずっこける方も無く、温かく頷いて下れて皆さんの周りを歩いて行くと手を差し伸べて握手を求めて下れる方が多くあり、「理事長さん綺麗やよ」と言って下れる方が多くあり、改めて「ありがたいなあ」と思いました。

3つのグループに分かれて記念写真も撮り地域の方も多く来て頂けたので最後のお礼の挨拶もさせて頂き、しみじみ思ったのは私が和合の施設長として就任してから3年の経過の中で確実に施設が地域の中に理解されてきたことを肌で感じる時間となりました。

これからも、入居者さんに『今日一日楽しかったよ』を実践しつつ、より地域に信頼される施設にしていきたいと思っていますのでリピーターの皆さんも当施設のご理解をますますして頂ける様にお願いします。

 

 

 

 

 

和合の施設で避難訓練が実施されました

和合の施設は揖斐川が近くにあり標高が低いのですが、施設自体は頑丈に出来ているので『籠城型』の訓練として貴重品を2階に上げるのと、1階の入居者を2階に上げる『垂直移動』の訓練をしました。昨日東京北区の小学校で火災があり、音楽室にいた児童が廊下からの避難が出来なくて、窓からベランダに降りると言う、あってはならない事が現実としてテレビの画面で映り出されたのを見て、改めて訓練の大切さを理解しての訓練だったので、職員もいつも以上に真剣に取り組む事が出来ました。

私は児童養護施設の職員だった時に、その当時の主任保育士さんが自分の子どものミルクを作っている時に、違う仕事でその場を離れてコンロの周りが燃えた時に、女性ばかりの保育士さんは「大変だ」と言っても何もできない状況になったのですが、直ぐ近くにあった消火器を火元に近づけ事なきをえた経験があります。だから私は、常日頃の訓練の時には消火器がどの位置にあり、消火栓はどこにあって使用の仕方はどうしたら良いのかを、口を酸っぱくして話をします。

結果論ではありますが、昨日の東京都の小学校での火災にしても、あそこまでの火の粉になる前の対処の仕方がなかったのかと思っています。昔の諺に『マッチ一本火事の元』と言うのがありますので、当施設でも『備えあれば患いなし』に徹していきたいと思っています。本日避難訓練を実施して不十分だったことにも気づく事が出来たので、訓練の意味はこの様なことでもあるとも思った次第です・

綺麗な写真を色んな所で自慢したいです

令和8年6月19日

昨日、本部施設において若園係長に6月6日に実施した『聖一座』での写真を大きく引き伸ばして貰い、自分の花魁姿に「ほれぼれ」したので「この写真は自慢して良い写真なので色んな人に見せるべし」と言う事で早速和合の施設でお披露目をしました。

 

事務所の職員にコメントを求めるのは気の毒な話ですが「どうや綺麗でしょ」と半強制的に認めさせたのは自分でも如何なものかと思った次第です。午前の1階でのお参りを終えてから岐阜県老施協事務局がある岐阜県福祉会館に行き、打ち合わせを終えておもむろに写真を出して見て貰いました。流石に「会長綺麗」とは言って頂けなかったですが、「綺麗に着飾った方が多く見えますね。と言われて特に綺麗な方と指差されたのを見て「この方はベリーダンスの先生」と言うと「流石に綺麗な方ですね」と言う話になったので「おいおい私の花魁姿をしっかりみてよ」と思ったのですが事実はその通りなので仕方がないか・・・。

和合の施設では13時30分から『そわか』と言う所謂『認知症カフェ』が実施されるので、ここでもこの写真を見て貰って盛り上がりたいし、21日にも和合で『聖一座』の催しがあるのでしっかり宣伝したいと思っています。

22日には午前中に全国介護福祉政治連盟の総会があり、全国老施協の代議員総会があり、その後に懇親会もあるのでしっかり写真を見て貰おうと考えています。多分大方の方は「ここまでよくやるな」と言われると思うのですが私としては「入居者さんの笑顔と笑いを貰えるのならどこまでも頑張る」との思いです。ここでリピーターの皆さんにクイズです。

写真の中で私と聖はじめさん以外に一人男性職員がいるのですがわかりますか。なかなか難しい問題だと思います。何故ならみんな綺麗だからです。そこの所も楽しんで写真を見て下さい。「えっ、何ですか。最近亡くなった中村玉緒さんより理事長が綺麗てか。それは褒めすぎ・・・。」

退院後2日目にして本格稼働です

6月8日に我が家より西に向いて車を運転することが無くて(昨日和合の施設までは行きましたが)、久しぶりに本格稼働と言う事で本部施設に行くと、私の机の上に大きく引き伸ばした幸福地蔵様の写真が置いてありました。

リピーターの皆さん、2枚の写真を比較して貰えば一目瞭然ですが、禿げ禿げの本来赤い帽子と前掛けが殆ど白くなっている写真と、竹笠を被って新しくしかも大きくなった前掛けを付けた凛々しくなった写真を見比べて下さい。

 

実は、常日頃コラムでは色んな話題を書かせて頂いているのですが、(ここ1週間は病気の事ばかりで申し訳ありませんでした。)その中で『本部施設の供養祭』の事と『禿げ禿げになっている幸福地蔵様の帽子と前掛け』について書いた事に対して、素晴らしいアクションを起こして下さったリピーターの方がみえて、残念ながら私は体調を崩していて供養祭には参加出来なかったのですが、かつて本部施設に入居されていた方の家族の方が、わざわざ竹笠を購入して、前掛けについては大きくて立派なものを手作りして頂き持参して頂いたのを、水野係長が幸福地蔵様にかけてくれて、写真を撮ってくれたのを本日のコラムに掲載させて頂いた次第です。

私が禿げ禿げになった帽子と前掛けを気にしている事に対して応えて下さったかつての入居者さんの家族の方には、感謝・感謝ですし、アクションを起こして下さった方に対して、最大限の敬意を表する行為として供養祭におみえになった方に大きく引き伸ばした写真を渡してくれたとの話を聞いて「私の思いを良く理解しての対応に感謝」と言う思いです。

色んな出来事をそのままに書くのが良いのかは難しい判断なのでしょうが今回は素晴らしい結果になったと思っています。これからもコラムを書き続け色んな展開が出来る様にますます頑張ります。

昨日退院をして本日から仕事です。

せっかく退院できたので本日から少しずつ体慣らしのために和合の施設に行きました。

8日ぶりの和合の施設での仕事だったので事務所の私の机の上にはたくさんの書類や封筒が積まれていました。先ずは留守中の時の打ち合わせをしてたくさん積まれていた書類の決済をして、必要に応じ、電話連絡して順次書類を片付けていきました。書類の片付けが一段落した時に大垣市社協さんから依頼を受けていた小野小学校での福祉体験の打ち合わせをさせていただきました。

小野小学校は大垣で一番 児童数の多い学校で1クラス35人の4 クラスと聞いています。7月に午前中2日をかけて4クラスの福祉体験の依頼を受けたので、単に福祉体験をこなすということではなく良い機会なので、社会福祉法人杉和会全体で取り組み、学校と大垣市社協との連携をより密にする良いチャンスと考え、法人全体で取り組むことを決断しました。車椅子を扱う業者にも協力を依頼し本格的に実施したいと考えています。小学校6年生の子が10年後に介護を志す仲間になってくれればとの思いでおります。介護は楽しくてやりがいのある職業であることを理解してもらえれば素晴らしい展開になると考えています。当法人の中には盲養護老人ホームがあり、目の不自由な高齢者の体験をするにしてもより具体的な提案ができると考えています。

本日は午前中の業務で帰らせていただきましたが、明日は朝から3 施設合同幹部会が開催されるし、16時にはおむつ供給会社との打ち合わせがあり1日頑張れるようにしたいと考えています。無理をするとまた大変なことになるといけないので同じことを繰り返さないように自分の体力と相談しながらえらい時にはゆっくりさせてもらいながら、病気になってみんなに迷惑をかけないように今後は頑張っていきたいと考えています。

やはり私は仕事虫なんだと思います。ただし、73歳という年は決して若い年ではありません。あと2年で後期高齢者になる我が身としては、できるだけ長く頑張れるように留意しながら頑張っていきたいと今は思っています。ということは任せるところは任せながら対応していく柔軟性を身につけていかなければと思っています。今思っていることを有言実行できればいいのですが、なかなかそのような状況にならない私にイラつきを覚えながらも、今後もこんな自分と付き合っていかなければいけないと原稿を書きながら苦笑いをしている私です。

本日13時30分に退院します。

12日の金曜日に、緊急でかかりつけ医の配慮で受診をして炎症反応か異常に高くて、そのまま入院。入院してからは高い熱も出なくて、昨日担当医が説明に来て下さり、お風呂の許可も得たので部屋に付属している浴槽に自分でお湯を溜めて、点滴針の所にはビニールをしっかりテープでブロックして貰い、お湯に浸かるだけでしたが本当に気持ち良かったです。

当然の事ながら熱も無く、朝6時に血液検査をして頂いて、8時過ぎにその結果を持って主治医の先生が部屋まで来て下さり、炎症反応もかなり下がりましたし退院をしても大丈夫ですと言われ、点滴針も抜去して下さったので、10時過ぎにお風呂に入りました。昨日は片腕は濡らす事が出来ないので、気持ち良かったですが、若干不満が残ったのですが本日は本当にゆったりとお風呂に浸かる事が出来てこんなに気持ち良い事がこの世にあったのだと染み染み思ったのですが、言い換えれば当たり前の事が当たり前では無いと思った次第です。

明日からは仕事をセーブしながらすべきだと頭では理解しているのですが、元気になった今はやるべき事が脈々と浮かんできているので、バリバリをバリに留めれるか正直自信がありません。私の人生において手を抜いた時には良い結果になっていない事ばかりなので、このトラウマを克服するのはなかなか骨が折れる事だと思っているので。さてさて、取り敢えず本日は家に帰って仏壇にお参りしてからはゆっくりさせて頂きますが、明日からの展開はどうなるのか??自分の事なのに分かっていない私です。

早く退院したいです。

休み無く仕事をしてきた私が1週間も何もしないでベッド横になり寝ているばかりの毎日に飽きてきました。熱が高かったり、咳がひどかったり、喉が痛かったりした時には仕事がしたいというよりも早く治したいという気持ちばかりだったので仕事がしたいなどということは思っても何ともならないという気持ちが強かったのですが、今は仕事がしたいという気持ちばかりです。

26歳から、児童養護施設の指導員として子供たちとの格闘で毎日頑張ってきた。その後は自分なりのやりがいを見つけたくて、38歳からは 大学・短大・専門学校で教壇に立ちながら一生懸命もがいた6年間があり、その結果44歳の時に、自分なりの思いが果たせる施設を関ケ原町の今須に作り、事業開始をして28年の経過を経ました。

考えてみれば、この28年間も走り続けの28年間であったと思います。たまに、今のように入院をしなければいけない状況があったりも関わらず何度か入院をしても繰り返すのは私の不十分性だと考えています。私の生き方は90%で終えればいいものを100%いや120%で頑張ってしまう。それでいて一旦 病気になるとこのようにみんなに迷惑をかけてしまう。この繰り返しは今回を最後にしなければいけないと強く思っています。

今そのように言いながら頭の片隅で「本当に大丈夫か」「本当にそのようにできるのか」と嘲笑っている私もいます。今考えるに、最近の私の口癖は家に帰ると疲れた疲れた疲れたと言っていた事を思い出しました。ということは、疲れた時には休むということをきちっとやれば、このように入院しなければいけないような状況にはならないのではないかと考えています。

実は今この原稿はスマホに向かって声を出し、文章を作っているので、文字通り思いつきの話です。昭和おじさんの私としては、こんな便利なことができるようになるとはつい最近まで知りませんでした。寝たままでも原稿が打てる。とてもありがたいことなんだけれどもなんとなく原稿に力が入らないようにも思っています。もちろん、退院してパソコンに向かった時はしっかりとしたものを作っていきたいと思いますが、今はこの程度でリピーターの皆さん、申し訳ありませんがご理解ください。

仕事虫の私がこのような体たらくをいつまでもしているわけにはいきません。入院中に迷惑をかけたことについてはしっかりと取り戻して行きたいと考えていますので、これからもよろしくお願いいたします。主治医の先生がお見えになったらしっかりと今の状況を聞かせていただいて、その上で私の今の立場をお話しさせていただき、なるべく早くに退院できるようにお願いしたいと思っています。

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