文字通り自己中心的な話をします

実は、昨日は名古屋市内の施設長さん以下3人が、盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)と本部施設への施設訪問が予定されていたのですが、台風が名古屋市内にも被害をおよぼすとの懸念があり、前日の早朝に施設長さんから延期の連絡が入り予定が空いてしまったので、取り合えず本部施設に行き決済等をしながら時間を見つけてはコラムを書いていたのですが、いつもだと原稿のアイディアが次々浮かんできて、ほぼ30分で1000文字程度を書き上げるのですが、昨日はなかなか頭に浮かんでこなくて1時間以上悪戦苦闘をして書き上げました。書き上げたのは昼食を頂いてからの13時30分でした。

その後は何かをしようとしても何も頭に入ってこない様な状況だったので、14時になった段階で家に帰らせて貰い、家に帰ると同時にベットに横になり、無呼吸症候群の為の機械(シーパップ)を装着して、1時間程度熟睡すると頭もスッキリしたのですが「今日はゆっくりさせて貰おう」と言う事で、お風呂に入る18時まで何をしないで何となくテレビを見て過ごしました。考えてみたら、私の体は心身ともに限界だったのだと思います。本来であれば、本日冒頭に書いた様に名古屋市からお客様が来る予定になっていたのに、延期になったからゆっくりした時間を過ごすことが出来たので「台風さまさま」と言う事なのですが、(ここからは『自己中心的』な事を書きます。)『不動明王様は前に進んでいけない時は進めない様にして下さる』と聞いています。と言う事は「本日は名古屋のお客さんを受けるより、休養を取るべし。」と言う事で、私の体の事を考えて不動明王様が台風を呼んで下さったとしたら「これは大変な事だ」と思った次第です。

私の妄想の世界ですが『信じる者は救われる』と言う事で。そのお陰で本日、岐阜県庁で9時30分から行われた『岐阜県災害福祉広域ネットワーク協議会』では、しっかり意見を言えましたし、色んな委員の方々ともお話が出来ました。つまり、不動明王様から頂いた休養と言う事で「全く有難い事」と言う事で。「やっぱり、自己中かな・・・。」

台風6号の被害が甚大な所があった様ですが

和歌山県に上陸して線状降水帯の影響もあり、6月1か月分の雨量を1日で越してしまい、川の氾濫をテレビで映像が流れて「凄い事になっているな」と思いながら「当法人3施設がある岐阜県西濃地方は、大した事がなくて良かった」と言う事と「関東地方への影響が大きいと予想されるので、いつも以上にしっかりと情報が流れているな」とも思いました。

岐阜県で台風による甚大な被害で私が記憶にあるのは、1959年(昭和34年)9月の伊勢湾台風と、1976年(昭和51年)9月の台風17号の長良川決壊の2つです。但し伊勢湾台風の時には私は6歳だったので断片的にしか記憶に無いし、多分殆どの記憶は後から姉二人(光子さんと春子さん)の会話からのものだと思っています。伊勢湾台風についてはその程度のものなのですが、1976年の長良川決壊時の事は、鮮烈な記憶があります。

その当時は大学4年生で、その頃に大学生が車を所持しているのはある意味『贅沢」と思われている時代だったと思いますが、私の父進さんは「車の免許を取得したなら、今須の様に不便な所では車は必要だ」と言って、免許を取得した日の内に、中古車センターに行って車を購入(コロナ)して貰いました。と言う事で長良川決壊のあと名神高速道路の通行解除をした時に、大学に戻る為(当時は大学の近くで下宿していました)に走っている時に、大垣を過ぎた辺から田圃は水に浸かった様な状態で高速道路は少し高い所を通っているので、まるで湖の上を走っている様だったのを今も鮮明に覚えています。

50年に1回とか100年に1回の災害に備えると言う事はなかなか出来ませんが、台風ばかりではなくて東南海地震にも備えていかなければいけないので、明日は岐阜県庁において災害に備えての検討会がありますので、自分の立場でしっかりとした考え方と取り組みについて、意見を言いたいと思っています。今回、当法人での被害はありませんでしたが、相互扶助の考え方で今後共に出来ることをしっかりしていきたいと思っています。

7月物価高騰の嵐です

イランを中心にした中東情勢の悪化の見通しが立たない中、カルビーの『かっぱえびせん』等のパッケージが白黒に変更になったのは『ナフサ』の供給不足への対応と言う事で大きく取り上げられています。

今まで当たり前に供給されていたものが供給されにくくなっている事は間違いのないにも関わらず高市総理の答弁を聞いていると「充分に供給される状況にある」との一貫した答えが返ってきています。

しかしながら現実には「ペンキ屋さんに材料がなくて仕事が出来ない」とか「原材料費が高騰して計画の見直しがされている。」との話しが出ています。

厚生労働省通知の形で「介護事業所において必要以上にビニール手袋等の品物を購入しない様に」と言われると「必要以上に無駄に購入する事なんかしないでしょ」と思っています。

本日も中部電力の営業所の方が燃料費の高騰についての説明にみえました。その他にも色んな業者から値上げに対する見直しの通知がメールや郵送によって届いています。

色んなものを今まで以上に節約するにしても限界にあります。当然な事ですが必要なものを必要な分だけ購入して使用する事はしていかなければいけません。

そんな状況の中であっても我々の業界は『介護報酬』によって単価は決まっているいわゆる『公定価格』ですので勝手に値上げが出来る訳では無いので厳しい状況に違い無いのですがだからと言ってサービスの質を落とすことは出来ないので地域からの信頼を今まで以上に得て稼働率を出来るだけ高くしていきたいと考えています。

物価高騰の波の中ではありますが『今日一日楽しかったよ』を貫いていきます。

早速本部施設においては6月6日に『聖一座&花魁モドキのショー』を開催しますし(和合においては6月21日)6月13日には『供養祭』を催します。(和合においては7月11日)

だって、物価高騰であっても入居者さんのお世話を手抜きにするわけにないきませんから。

6月攻勢を掛けます

令和8年度が始まって2か月が経過しました。

令和8年度からデイサービスは通常型デイサービスから地域密着型デイサービスに事業変更しました。

変更理由は滋賀県側に多くのデイサービスが設立され滋賀県の利用者が減ってきた為です。

デイサービスが滋賀県への送迎をしていた時には公用車が滋賀県に向けて走る割合が多くあったので当法人の存在を滋賀県の方が知る機会が多々あったのですが、4月からはショートステイのお向かいくらいしか滋賀県に向けて走らなくなり当法人の存在が滋賀県の方々に希薄になった事によってショート及び入居利用が減る事は当法人にとっても大きなダメージになると言う事でダメージが出てくる前に対応しなければと言う事で、本日滋賀県の米原市及び長浜市に新聞折込みを入れさせて頂きました。

昨今、社会福祉法人と言えども言葉を選ばずに言うのであれば『営業をしてアピールしていかなければいけない時代だ』と思っています。

その意味では文字通り『6月攻勢』が掛けられたと思っています。

チラシの作成にはしっかり時間をかけて当法人の特別養護老人ホーム優・悠・邑のショートステイ及び入居での強みとするところをしっかりアピール出来たと思っています。

色んな強みを持っています。

例えば、色んな障害に合わせた特浴機やゆったりと入れる大きなお風呂、3人が入れる足浴機、月1回のバイキング、季節に合わせたイベントと、とにかく『今日一日楽しかったよ』と言って頂けるものを日々実践。

また居室にしても従来型の個室、多床室及びユニット型の個室と選んで頂ける事も強みです。

料金にしても制度的にも安く設定されていると思っています。

折込チラシの効果検証はこれからですが、ちらしを2000部折込チラシの他に刷って貰ったので出来るだけ多くの事業所に紹介して、協力して頂ける方にもお願いしていきたいと考えています。

  

本部施設の地域活動の『ごみゼロ運動』に参加しました

本部施設のある新明地区の『ごみゼロ運動』が8時30分に地元白山神社集合であるので、いつもの様に朝5時30分の行動開始で妙応寺経由若山家までのお参り兼散歩の後、お風呂に入った後に朝食を食べて、通常だと少し休憩をとってから出掛けるのですが、本日は休憩を返上して準備を整え本部施設に出掛けました。

8時5分には本部施設に着いたのですが「既に集合場所に向かっている職員がいる。」との報告に「全員揃って行きたかったな」と思いました。

と言うのは地域の方々に「沢山で協力します」とアピールする良い機会だと思ったからです。

白山神社まで歩いて行き8時15分に着いて既にみえている方々にご挨拶をさせて貰いました。

8時30分になり区長さんの話の中で「優・悠・邑からもおおぜい参加して下さり有難うございました。」との言葉を頂いた時には「27年の継続の結果として多くの職員(総勢15人でその内7名が外国人)が参加してくれて地域との距離がドンドン近くなっている」と思った次第です。

  

外国人の参加が多いのは本部施設の敷地内に1kのアパートが20部屋有り、休みの職員であっても参加してくれる環境であり、地域との共生について日常的に話をしている結果だと思います。

27年前に事業開始した頃は私も含めて『よそ者』扱いだったと思いますので随分環境が変わったと思っています。

と言う意味では「『ごみゼロ運動』されど『ごみゼロ運動』」と言う事だと思っています。

話題が少し変わりますが先程述べた様に敷地内に20部屋の1kのアパートを所有してアパートだけでは足らなくなってきたので古民家を改修してネパールの男性職員4人が歩いて10分程度の所でシェアしています。

文字通り地域の中に溶け込んでいて、地域の方々からは「しっかり挨拶をしてくれて行儀正しい」と言われています。

当法人の顧問である『びわこ学院大学』学部長でリスクマネジメントの専門家の烏野先生によると「災害は夜間或いは早朝に起きる事が多い」と言う事を考えると私の家が施設から比較的近いとは言え4㌔は離れているのですが5分、10分で施設にこれる職員が多くいてくれるのは本当に有難い事だと思っています。

だって昔から『遠くの親戚より近くの他人』と言われていますが、日頃お世話させて頂いている職員がいざという時に近くに多くいてくれているのは何より助かります。

最初からその様に考えていたわけではありませんが結果往来ではありますが『先見の明』があったと言う事で。

阿部元巨人軍監督に対する私の推論

令和8年5月30日

ここ何日間は阿部元巨人軍監督の18歳の長女への暴行による緊急逮捕と監督辞任問題がテレビや雑誌を賑やかにしていますが、本日は私の経験をもとに私なりの推論を述べたいと思います。お断りをしておきますが私は直接話を聞いたわけではありませんのであくまで私の経験による『推論』である事をご理解の上でお読みください。

情報によると「今回の様な行為は初めて」であり週刊文春の記事によると「家族でいる時には父親の言う事が絶対の様だった」とのことから私が思うのは「阿部元巨人軍監督に従順で可愛がっていた長女が父親として姉妹の喧嘩の仲裁に入った時に明確に反抗的な態度をとった事に動揺した阿部元巨人軍監督がカッとなり思わず暴行に至った」と言う事と長女の方にしてみたら「いつも優しい父親がどうして私に暴行するの」と言う混乱の中で相談する相手にチャットGTPを選び素直にその意見に従い児童相談所に連絡してしまい、児童相談所は『18歳』になっていると言う事で『児童』ではないとの判断で『緊急性』を感じて警視庁への通報になったと言う流れだったと思われます。

私が一番に思ったのは『18歳』が大人なのか子どもなのかと言う線引きのなかで、阿部元巨人軍監督と長女の中で『父離れ・子離れ』が出来ていない中で社会通念上の理解の中で親子が思っていない流れになってしまったと思います。もう一つの論点として『阿部元巨人軍監督の次女と奥様』の存在についてあまり述べられていない点について気になりました。

その二人について私なりの見解は阿部元巨人軍監督の中で長女の存在が大きくて次女の存在は薄いのではないかと言う事と家庭内で阿部元巨人軍監督が『絶対的な存在』であったが為に何も出来ない状況だったのではないかと思っています。どちらにしても阿部家全体にとって厳しい状況である事は想像出来ます。『覆水盆に返らず』の例えがありますが「長女がまだまだお子様だった」と言って片付けるにはあまりにも結果が重いものになっています。

長女の手紙には「既に仲直りしました。」とは書いてあった様ですが「そんな単純なものではない」と思います。『親離れ・子離れ』については『十把一絡げ』には出来ないものですし、この事についてのマニュアルなど存在しないので、それぞれの家族の中でコミュニケーションをしっかりとって親の方が『年の功』での対応をしていかなければいけないと思っています。

改めて「民俗学は決して難しいものではない」と思っています

かつてこのコラムで名城大学郷土研究の会に所属している時に顧問の祝宮静先生から

「若山君、民俗学を難しい学問だと思ってはいけません。例えば君の住んでいる歴史上大切な関ケ原町の同じ場所で1年に1回8ミリカメラで360度映写したのを例えば30年撮り続けて確認してその変化を理解するのも立派な民俗学なんですよ」

と言われていた時には「そんなものか」と思っていたのですが、最近DVDで『まぼろし探偵』『月光仮面』『怪傑ハリマオ』をリラクゼーションの意味で横になりながら見ていて、本日は昨日がハードスケジュールだったので本部施設に行くのをゆっくりしていたので何となくテレビを点けると『はぐれ刑事純情派』が映ったので見てしまいました。

その中で『まぼろし探偵』『月光仮面』『怪傑ハリマオ』は白黒の画面で「かなり古い番組」との認識を持っていたのですがカラーの番組ではありましたが『はぐれ刑事純情派』も「かなり時代背景が古いんだ」と思い「この様な検証も民俗学に通じるものがある」と思ったので、本日は『タバコ』に着眼してのコラムにします。

白黒時代の『まぼろし探偵』にしても『月光仮面』『怪傑ハリマオ』にしても『タバコ』をくわえていての場面がめちゃくちゃ多いのです。

「正直、時代を感じるな」と思っていたのですが、本日の『はぐれ刑事純情派』で人通りの多い場面になった時に『くわえタバコ』をしている方が映った時に「さりげなくだけれども敢えてその様な方を映している」と言う事で「まだまだタバコが意識される時代なのか」と思ったのですが『はぐれ刑事純情派』は1988年~2009年までの20年以上の長寿番組ですので、時代背景もめまぐるしく変わっていて、今日見たのがいつのものか分からないので間違いの無いコメントは出来ませんが、今から20年程前からタバコに対する考え方が大きく変わった事は間違いありません。

私も50年前の大学時代には行内でも平気でタバコを捨てる方がいました。

そう言えば最近車を運転しての信号待ちの時に明らかに高齢の方が杖をついて歩いていて5歩か6歩歩いては止まられるのを不思議に思いながら見ていると、立ち止まってはタバコを吸われていて最終的には側溝の穴にタバコを捨てられていました。

その時思ったのは「この方は、何十年とこの様にされていたのだろう」と思うと窓を開けて注意する気にはなりませんでした。

もし、若者が同じように捨てていたら注意すると思うのですが、最近はその様な若者も見かけないです。

「平気でタバコを捨てられた時代を『古き良き時代』とは決して思いませんが。」いわゆる時代考証は面白いものだと思っています。

昔、父進の話を「古い事言うな」と思っていましたが、今はその様に言われる事が多いのではないかと思っています。

5月30日は社会福祉法人杉和会の監事監査と理事会があります

和7年度決算の為の監事監査と理事会が明後日5月30日にあり、本日は午前に岐阜県社会福祉法人経営者協議会理事会があり、昼食を頂いた後、総会にも参加させて貰い、終了後は全国社協の部長さんの講演が予定されていたのですが、次の予定として岐阜県福祉会館にある共同募金会に車の補助金申請書を届けに行き、その後同じ会館の中にある岐阜県老人福祉施設協議会の事務所に行き、6月5日に岐阜で行われる老施協の東海北陸ブロック正副会長会の打ち合わせを済ませてから新生病院の評議員会に行き、終了後に5月30日の打ち合わせの為に会計をお願いしている理事さんの所に行けたのが17時20分。バタバタと理事さんの所に行ったのですが、最後の仕事こそ社会福祉法人杉和会理事長としての最も大切な仕事。私が打ち合わせをさせて貰う段階ではしっかりと資料を作成して頂いていたので、社会福祉法人杉和会が経営している3施設の決算についてのレクチャーをしっかり受けました。その中で当然ながら盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の施設の赤字補填をしっかり本部施設で補ってくれている事に正直安堵しながらも、赤字幅を減らしながら盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)が正常な経営になるような道筋についてもしっかりとした考え方についても語りました。私の理事長としての考え方について話をしていく中で監査及び理事会での問題整理まで出来たのは良かったです。今後、医療にしても介護にしても厳しい経営状況が待っていますが、10年先20年先も光り輝き地域の為に貢献できるような組織である為にこれからも頑張って行こうと考えています。『すべてにやさしく いつまでもゆとりある やすらぎのばしょでありたい』と『今日一日楽しかったよ』の理念がブレないで行く事によって社会福祉法人杉和会の未来がある事を信じてこれからも身体を鞭うってでも頑張っていきますのでリピーターの皆さんいつまでも見守っていて下さい。

阿部巨人監督 辞任の見出しが

昨日から何度も『阿部監督辞任』の報道がテレビの画面を賑わしていましたが、朝のお参り~お風呂~朝食の流れの中で朝食を頂きながら(昨夜の夕食のカレーライスの残りですが、一段と濃くが出て、より美味しくなっていました。)我が家が購読している岐阜新聞の社会面に大きく報じられていましたので、元々は児童福祉が専門の立場で述べさせて頂きます。但し、私が専門として関わっていたのは44歳までですので、約30年前でありそれ以降の情報は一般の方と大して変わりませんので、的外れの事になるかも知れませんが敢えてコメントします。

私は決して『暴力肯定派』ではありませんが『親としての躾』の範疇が難しくなったなと思っています。60年くらい前に我が家の隣の家では、親子での喧嘩が大きい声でされていて、時には父親が仲裁に入る事もありましたが、そんな状況でも『通報』等と言う事は決してなかったです。今回の問題は18歳の長女さんが『SOS』 を求めるのに生成人工知能(AI)「チャットGTPに相談した結果『児童相談所』~『警視庁に110番通報』~『現行犯逮捕』~『監督辞任』の流れだったのですが、いつも仲の良い親子が、1本の児童相談所への長女の電話によって長女の予測を遥かに超える結果となり、通報した長女本人の本意とは全く違っている事は、長女の手紙からも読み取れます。確かに親による虐待は迅速性が求められるので、児童相談所の素早い対応を責める事は出来ません。(極端な事例になりますが、私がアメリカへ研修に行かせて頂いた35歳時の話では、隣の家から大きな鳴き声が止まないとの通報が入っただけでピストルを構えた警察官が家に突入するとの話を聞いていますから。)

但し、今回のケースで長女が相談したのがチャットGPTであり、その指示に従って素直に児童相談所に通報されたのが賢明であったかは微妙だし、喧嘩をしていた相手である妹の存在と阿部監督の奥さん(つまり長女の母親)の存在についても気になります。酒を飲んでいたから云々と書いてありましたが、酒の勢いでの行為と言うのも安直過ぎると思います。長女の手紙の最後に「父とは既に仲直りしております」と書いてありましたが、父親が巨人軍の監督を辞任したとの事実が払拭されることは無いので、私が最後に言いたいのは「相談する相手がチャットGPTと言う現実にも着目すべきではないか」と思っています。だって、現代っ子は外で遊ぶと言う概念の子が少なく、画面を見て完結してしまう今の現状に対して切り込む事をしていかなければいけない様に思っています。でも、この事を前面に出していくと『昭和おじさん』と言われるかも知れませんが・・・。今のままで良いとは決して思えないです。

幸福地蔵様の笠が・・・。

無残な形で紐に絡んで幸福地蔵様の首に絡まっていたので、いつも抱きついて祈りをする時に乗らせて頂く蓮の台座の所までよじ登り無残になっている笠を取り外そうと試みて何とか笠については取れたのですが紐がぐるぐるに結んであり、高くて不安定な姿勢での作業が得意ではない私はなかなか結び目を解く事が出来なかったのですが何とか結び目を解き綺麗に外すことが出来ました。

最近はお地蔵様くらいしか笠を被っていませんのでどこの雑貨屋さんでも売っていると言う代物では無いのでリピーターの皆さんの中で売っているところをご存じの方は教えて下さい。と言うか笠を購入して持ってきて頂けるともっと助かるのですが・・・。

そして、出来たら前掛けも帽子も赤色だったのが殆ど白くなっているので、裁縫が出来る方で新しいものを作成して頂けるリピーターの方がおみえになったらお願いしたいです。

私は自分の事でお願いする事は無いのですが「みんなの為になる事についてはかなり強引なお願いをしてしまいますので誤解の無い様に宜しくお願い致します。

 

本日和合の施設での全体会で

和合の施設の施設長になって今年の8月でまる3年になります。全体会の職員の参加が最初の頃は本部施設に比べると遥かに少なくて「何とかしなければ」との思いと「提案力も脆弱だ」とも思っていたのですが本日の全体会では職員の参加も増え、それぞれの提案もしっかりしたものになってきました。

提案がしっかりしたものになれば今後の展開での大切な会議になって来るので必然的に参加者が増えてきたと言う事だと思います。と言う事で私も総括的な話しに力が入りました。

そこで改めて思ったのは昔から言われている『石の上にも三年いれば暖まる』と言う事だと思っています。

現象的な事として私が和合の施設に施設長として就任した頃は「夜勤は大変だからやりたくない」との意見が多く聞かれましたが「昼間のケアをしっかりして楽しい一日にしていく事によって夜間は落ち着いてくる。」との考えをしっかり持ってブレずに言い続けた結果が今に至っていると思っています。

楽しい事の先頭に理事長自らが立ってきた事で今は多くの『祭り男』『祭り女』が生まれてきたと思っています。

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