大垣市民病院へアフターケアの為に来ています

3年程前に前立腺がんのステージ2と言われて、大学生の時に腸閉塞で2回も手術をしているので、手術をして癒着する可能性が高いので、手術は出来ないと言われて放射線治療に38回通い、癌自体は小さくなったので、放射線治療は無くなり、今は3ヶ月毎に血液検査と尿検査をしに大垣市民病院に行くのですが、昨年末の予約日に予定が入り、行く事が出来なくて変更して頂いた日が本日と言う事で、今は尿は提出して血液検査の順番を待っています。

いつもの事とは言え、血液を採取するのにしっかり待たされるのですが、また癌がいたずらをしてはいけないのでコラムを携帯で打ちながら大人しく待っています。

結果が出て担当医のコメントをいただくまではドキドキですが最悪また放射線治療をすれば良いのだからある意味安心しています。

医療の進歩はめざましいのがあると思っています。

私の母秋江さんは半世紀前に最後は骨癌で他界したのですが母秋江さんも最初に癌が発見されたのは子宮筋腫でその後癌が胃に転移して、肺に転移して最後が骨に移転したと聞いています。

母秋江さんが他界した時私は13歳だったので詳しい事を聞かされていたわけでは無かったので、この程度の理解しか出来ていないのですが、もしも現代に母秋江さんに癌が見つかったとしたら治療は可能だったのではないかと思っています。

医療の進歩と環境の整備と衛生情報も適格になってきた事により平均寿命もめざましく延びて今や平均寿命が百歳になる日も来るのではないかと言われています。

私の母秋江さんは私が老人福祉に寄与出来る道に導いてくれたのだと思うと今からも頑張って活動しなければと思っています。

だって母秋江さんの教えは蒔かぬ種は生えないでしたから。

これからも一生懸命良い種を蒔いていきたいと考えています。

集中力

令和8年1月18日

こんな事は初めての経験と言っても過言では無いと思います。と言うのは、昨日パソコンに向かって講演内容のレジメを考えていた時の話しです。昨日にも書きましたが、全く頭が働かない状態でイライラするばかりでした。床屋さんから帰ってから速攻で横になり、一眠りしたタイミングで施設からメールが来てやや頭が働いたのでコラムを書いたのですが、その後、またまた眠りにつき、毎日の習慣でのお風呂には18時30分に入ったのですがお腹が膨れたような状態だったので、夕食代わりにリンゴのみ食べて整腸剤を飲んで再び眠る事にしたら、これがいくらでも眠る事が出来るのです。

「疲れる様な事は全くしていないのに」と思っていると「調子が悪い時はいくら寝ても寝る事が出来るのですよ。だからしっかり寝なさいね。」と言う声がどこからとも無く頭の中で響いてきたので「これは秋江さんの声だ。72歳になってる私でも母秋江さんにとって私は子どもなんだ。」と思うと思わず手を合わせて合掌してしまいました。夕食時にりんごを食べたきり夜の眠りに入ったのですが、元気な時に夕食時にりんごだけだったらお腹が空いて苛々して眠る事が出来ないはずなのですが、全くお腹が空いたように思わず改めて20時前に寝たのですがすんなり眠る事が出来たのは驚きでした。

今朝も7時になって一旦目を覚ましたのですが、「まだまだ眠いし全くお腹が空いた感じがしない。」と言う事で、寝る前に用意したペットボトルの水の追加はしましたが結局12時までとろとろと寝てしまいましたが、一向にお腹が空かないのは異常だとおもいます。体調が悪い時はまず頭の回転が悪くなり集中力が無くなるのだと言う事を実感しました。

集中力が無くなってしばらくしてからお腹が張り出したので身体とは微妙なバランスで保たれてうるのだと思っています。本日13時30ふんから藤下の高木さんとのジョイントカラオケが予定されていたので、お腹がど~んとした状態でしたが本部施設に行き、13時15分に高木さんがおみえになった時にはまだお腹は重かったのですが、高木さんが2曲歌われた後を受けて歌い出した頃から「あらま、不思議。お腹の張りが無くなった。」と言う事で歌を歌う時にはしっかりと歌う事が出来ました。

ただし、私が4曲歌って高木さんが最後の曲を歌われてからのアンコールに応える時には異常なる空腹を感じてきたのでアンコール曲は『およげたいやきくん』をエントリーしました。段々絶好調になってきましたが今日の夕食は控えめにしたいと考えています。だって、めっちゃ痛かったのでここは慎重にと思っています。

頭の働きが悪いので

午前は和に於いて司法書士の方との打ち合わせがあり、その後は本部施設に行き、28日の岐阜県議会の厚生環境委員会での勉強会に於いて1時間程度高齢者福祉についての話しをする事になっているので、資料作成をする事にしてパソコンに向ったのですが、集中力が無くてなかなかはかどらなくて、何とか骨子だけはのた打ちながらまとめたのですが、これ以上には出来ないと諦めて気分転換を兼ねて床屋さんに行って頭をさっぱりして貰いました。

元旦から1日の休みも無く頑張ってきたので、少しはゆっくりしなさいと言う事だと家に帰って横になりウトウトとしたら、「本日のメールの原稿が出来ていません」との連絡が五次副施設長からメールできたので、連続記録が途絶えるところだったとスマホの画面に向かって頑張っています。

ウトウトとしたら頭がスッキリしたので、中身は大したことは無いのですが取り敢えず本日のコラムは継続出来たと言う事で、明日は資料作成までしっかり完成させて、週明けには県庁の議会事務局に届けようと考えています。

でも、コラムを書く事を失念していたとは驚きです。継続出来たのは五次副施設長のさり気ないフォローが有ってです。取り敢えず五次副施設長に感謝すると共に本日はゆっくりしてまた、明日から頑張ります。

丁度良いくらいになった様に思います

令和8年1月16日

中国との関係が厳しい状況になったと言う事で極端に影響を受けているのが中国から日本に来る旅行者が減ったとテレビでの報道で取り上げられていましたので「そんなに極端な影響を受けているのか」と思っていたのです。中国人観光客が減ったのを私自身が肌で感じたのは12月2日~4日に全国老施協の全国大会が山口県で開催された時に新幹線で山口県まで行った時に「確かに新幹線の中から中国人観光客がいなくなった」と思った時と12月15日に全国老施協の代議員総会があり東京で泊まらせて貰った時にホテルの予約が簡単に出来てしかも安価だった時です。

と言うのは10月1日に東京で泊まらせて貰った時には色んなホテルの予約が出来ずに何とか取れたホテルがバスタブも無くて部屋も狭くておまけにベットも狭いにも関わらず宿泊費が高かったのです。そんな事を思っていた時の先般1月12日に京都三弘法の初参りにバスで行った時に連年の通り嵐山で昼食を摂ったのですが、昨年はズラッと観光バスが駐車場に並んでいて、バスガイドさんの話しでは大方中国人観光客で日本人の方がバスで来ているのは滋賀信行会だけです。

と言われたのには驚いたのですが、今年は駐車場も楽々でそこそこの人手であったので「丁度良い」と思った次第です。地元の方が路線バスに乗れないとか、ゴミの対応に苦慮している事も無かったのは良い経口だとも思いました。観光にきた方も良識的でないと落ち着いた観光が出来ないのでこれまた丁度良いと思った次第です。

『相手がある時の対応は難しい』との話です

昨日に引き続き本部施設において第三者評価の聴き取りが行われています。

午前中は和合の施設において全体会があり、終了後に中部電力の方が情報を持って来てくれたので、そのお話を伺ってから本部施設に向かいました。

本部施設に向かう途中でスーパーにより、昼食に助六のパックを買い、ついでに『タイ焼き』と『みたらし団子』を第三者評価の方に食べて貰おうと言う事でスーパーの中で購入することにしました。

『タイ焼き』も『みたらし団子』も結構並んでいたので「タイ焼き10個とみたらし団子を10本下さい」と言うとお店の方が「小豆のタイ焼きが7個しかないのですくに出来ますからお待ち下さい」と言われたので「直ぐ出来るのなら待ちます。」と言ってお金の清算を済ませたら、その後に新たに材料を入れて焼き出されたので「これから作るのですか」と聞くと「10分もあれば出来ますので」と言われたので「あるのだけで良いので箱に入れて下さい」と言うと「清算が済んでいるので」と言われたので「急いでいるので」と言うと「小豆ではなくてカスタードならありまますが1個につき20円差額を頂きますが」と言われたので3個のカスタードの差額60円を出して無事に購入することが出来たのですが、「立場が変わると対応の仕方を変える所謂『臨機応変』の対応を商売であったらして欲しいな」と思いました。

と言うのは「私は急いでいる」と最初に言っているのに対してお店の方は「10分で焼けるので大丈夫」と思われた。

私自身急いでいなかったら「10分待っていたら熱々を買う事が出来る」と思うのでしょうが第三者評価の方の休憩時間は13時までと知っていたので「休憩時間内に届けたい」とのすれ違いだったと思います。

私が店員さんの立場だったら「小豆のタイ焼きが3個足らない分カスタードは1個20円高いのですがサービスで良いので大丈夫ですか」との対応をではないかと思っています。

取り合えず休憩時間に間に合い喜んで頂けました。

15時に第三者評価の聴き取りと書類の確認が終わり講評の時間になり、総括的に「職員さんが楽しそうで仕事をされているのは素晴らしい」との評価を頂いたのは有難かったです。

第三者評価を受診される事業所が少ないとの話を聞いた時には「評価を受けてより良い対応が出来る様になったら素晴らしい事なのに」と思っている事業所は少ないのでしょうか。

令和8年も2週間が経過しました

1年は52週なので26分の1が過ぎたわけです。

私は令和8年度は社会福祉法人杉和会にとって盲養護老人ホーム 優・悠・邑 和(なごみ)の施設が入居30床を40床に増床すると共に、デイサービスセンター えりかの里の利用者さんを関ケ原町民に特化した『地域密着型』に移行して新たな出発をしていく計画を進めています。

と言う事は3か月の内の2週間が経過してしまったので、山積みされている課題に対しては、より具体的に対応していかなければいけないので、また日常的に行わなければいけない事にはプラスアルファで行っていかなければいけないので、ギアを一段も二段も上げていかなければいけないと思っています。

手続きについてはそれぞれの施設の職員が順次進めていますが、色んな根回しについては理事長としてしなければいけない事を今後順次していきたいと考えています。

既に3施設合同幹部会、と各施設の幹部会では人事も含めての提案をそれぞれの立場でする様に指示を出し、最終的な決定を理事長である私がしていく事になります。

また、令和8年度が今まで以上にしっかりとした展開が出来る様にきちっとした年間計画を役割に応じて提案して貰う様にも指示を出しました。

国の政策の中で介護事業であったとしても『生産性の向上』が求められているので、補助金を活用して、記録を骨伝導で話しする事によってパソコン入力が出来たり、眠りスキャンの本格活用によって効率的に動きになって入居者さんとのコミュニケーションが充実できるようになってそのことによる対応の充実によってより専門性が持てる様になるとより素晴らしくなっていくのではないかと考えてします。

まだ2週間で焦る事は無いのでしょうが『光陰矢の如し』と言いますので、時間を無駄なく生かしながら頑張って行きたいと考えています。

昨日の京都三弘法の東寺のお参り以降の報告

最後のお参りが東寺だったので、抹茶を買う事を含めて施設での祈りの品物の購入をしっかりとゲットしようと、お参り後に探しました。流石に東寺の購買は充実していました。

先ず最初に私の目を引いたのは『日めくりカレンダー』でした。と言うのは、基本的にお参りに行っている妙応寺の本堂の奈良薬師寺執事長の大谷徹奘師の『日めくりカレンダー』がかなりよれよれになっているのが気になっていたからです。大谷徹奘師の『日めくりカレンダー』は文字だけだったのですが、東寺で販売している『日めくりカレンダー』は文字と共に可愛い絵がついていたので、一目で気に入ったので購入しました。そして、『日めくりカレンダー』の絵を画かれた方の色紙もあり、これまた引きつられたので購入しました。お金を支払おうとすると「色紙にサインをして貰います。」と言われて、隣の方に購入しようとしていた色紙を渡されたのです。つまり、色紙を画かれたご本人だったのです。私は本人から色紙を渡されてとても恐縮してしまいました。

その後、目的の抹茶を購入しに行ったのですが、購入する段階で値段を見てびっくりしました。と言うのは、昨年と比較して値段が倍になっていたので、本当は2個購入したかったのですが1個にしました。外国で抹茶ブームになっているとの事が影響しているのだと実感しました。

買い物も終え15時30分に一路長浜に向かいました。バスの中で、内藤会長さんからの話があった事を、京都三弘法の総括の様に最後に書きたいと思います。

その話とは、戦後間もない頃から今の内藤会長さんの祖父に当たる、滋賀信行会の創始者である金峰先生が団体での歩き団参を始められ、毎年の様に地元の新聞に紹介され、全国的に四国八十八か所のお参りが始まり、多くの団体が実施される様になったが、今でも歩き団参を実施しているのは、唯一滋賀信行会だけだとの話がありました。また、金峰先生は松下幸之助さんと同じ年に生まれられ、2人とも20歳代に大病されたが、信念を持った生き方の中で形は違えども、世の為になる事を成し遂げられたと言う話も熱く語られました。

何日か前のコラムで内藤会長の人柄について厳しい事を書きましたが、3代目を継がれて今は立派な事を語れるようになったと理解しました。内藤会長と共にお参りの中で歩きながら話している中で、私との共通項がありました。それは小学生、中学生等の参加が激減している事に対する危機感です。滋賀信行会が目指している者は間違いないものなので『子から孫への継承』が出来ることを再構築する事だと言う事でした。

私も及ばずながら内藤会長を中心にした展開に対して協力していきたいと、改めて京都三弘法のお参りをして思った次第です。

京都三弘法の初参りの報告です

令和8年1月12日

4時20分に水野施設長から連絡があり車が道路まで出せない。との事。私が迎えに行く事は時間的に無理なので息子に頼んで私の家まで送って貰うように話しをしてから出掛ける準備をしました。4時45分に水野係長の車が来て水野施設長を乗せて長浜にある滋賀信行会本部に向いますした。

国道には雪が積もっていたし、気温はマイナス2°Cを示していたので40キロ以下のスピードでゆっくり走って行き本部所有の駐車場に6時30分と 予定通りの時間に着き、本堂に行くと既に多くの方が見えていたので、先ずは内藤会長に挨拶をして、皆さんが集まられた段階で無事祈願のお参りをして、バスが迎えに来る場所まで移動して、しばらく待っていると定刻の7時にバスが来てバスに乗り込みました。何箇所か途中で乗られる方があり米原インターチェンジで高速道路に入り多賀サービスエリアでもう一台のバスと合流して、今は最初にお参りする神光院に向かってます。

雪を心配していましたが快晴で快適なお参りになりそうです。またまた、予定は未定で決定では無いが起きました。と言うのは大津サービスエリアでトイレ休憩をする予定だったのですが運転手さんがサービスエリア方面では無くて出口方面に行かれたので、本来神光院が最初だったのですが急遽仁和寺が最初になりました。ゆったりと仁和寺の参拝をさせて貰いました。

時間的に余裕があったので水かけ不動様に長い柄杓で水をかけさせて頂きました。仁和寺に続いて神光院に行き本堂に上げて頂きご住職によるご祈祷をして頂き、お参りの後に和合の施設の方で入院されているかたに病気平癒の色紙を購入しました。神光院のお参りの後は嵐山の良彌に移動して昼食を頂きました。正直ご飯が冷めていたのですが、一人鍋の出汁が美味しかったので汁を器なりご飯にかけたら結構美味しかったので隣の方にも勧めたら次々伝言ゲームの様に多くの方が真似をして、喜んで貰えました。

昼食の後は お土産タイムなのですが沢山買うわけでは無いのでコラムを打っています。14時にバスに集合なのでそれまで時間があるので時間を持て余しています。最後のお参りは東寺なので最後までしっかりお参りしたいと考えています。東寺では売店で抹茶だけは忘れずに購入したいと考えています。

昼休憩が私にとっては長かったので、バスの中で出発を待っています。朝が早かったので、東寺での事は明日のコラムにして少しバスの中で眠る事にします。

 

正直色んな意味で嬉しかったです

昨夜、本部施設がある地区の新年会に、私の他に五次副施設長と吉田副施設長と共に参加させて頂きました。18時からと言う事で、17時40分に3人揃って新明公民館に行くと役員の方を中心に会場で迎えて下さり、1999年に初めて地区の新年会に参加させて頂いた時の雰囲気との違いを、しみじみと感じました。

と言うのは、施設を建設するに当たって何度か話し合いや説明会をさせて頂き了解は得たものの、中には納得されていなかった方もみえたのだと思います。と言うより27年前には『介護』『認知症』に対する理解が乏しかった時代的背景があり、地域の中での『貢献度』はまだまだだった事もあり、飲み会になって話をしている時に「立派な建物が出来たからと言って偉そうにしたらあかんで。所詮あんたもよそ者だから」と、辛辣な事を言われる方もあり、地域と施設の間に大きな開きを感じたものでした。

しかしながら、27年の積み重ねと介護や認知症に対する理解が広まってきた事と、地域での関りが積み重なってきた事により、昨夜は玄関先から親しみを持ったお出向いを受けました。私がたまたま座った席の隣には、正直面識の無い方だったのですが「理事長さんの所の職員さんは、良く気が付いて良く動かれるな」と声を掛けられた時には「この方の視点は生かしている」と思って話をさせてもらうと、「長くJRに勤めていたので地域とのかかわりは2年前からなので、施設の事は良く分からないけど、理事長さんは多くの職員も抱えてしっかりとした運営をされているので、大したものですね」と言って頂いたので、その様に言って頂いた事を本当に嬉しく思いました。

その方と色々なお話をさせて頂いている中で「高校を卒業してJRに就職して、三重県伊勢駅の駅長にまでなって、伊勢志摩サミットの頃で今となっては良く頑張ったと思っている。」とのお話に「この方も大変を大変と思われない方だ」と思うと同時に、これからはしっかりと関りが持って貰える様にしたいと思った次第です。

また、年の暮れに職員が施設の手前の道路で事故を起こした時に、施設の公用車の後ろを走っていた方が救急車の手配等をして頂いたと言う事で、その日の内にお礼に行った時にはおみえにならなかったので改めてお礼の挨拶をすると、「車の状態を見ると大変な怪我をしたかと心配したが、大したことがなかったのは良かった。」と言って頂けたので、改めて地域の方々のご理解ご協力が頂けていることに感謝と言う事で、地域の新年会に参加させて頂き、地域の中でより一層の貢献をしなければいけないと改めて思った次第です。

3連休に大寒波が来るとの報道がされています

日本海側を中心に大寒波があるとの事なのですが、昨日のコラムで書きましたが、12日には『京都三弘法のお参り』があるので「大寒波に見舞われたら大変だ」と言う事で『京都の天気予報』をインターネット情報で確認すると、明日(11日)も明後日(12日)も晴れマークがついていましたので、「ほっ」としながらも最高気温が6.7℃と言う事なので「寒さ対策だけはしっかりしなければいけない。」と思った次第です。最高気温が6.7℃と言う事ですから、風の向きが少し変わっただけで雪になるかも知れないし、「流石に京都は盆地だから夏は暑くて、冬は寒いんだ」とも思いました。

大寒波が想定されている時の実施ですから、滋賀信行会の内藤会長は実施責任者としての心情は計り知れないものがあるのではないかと思うのですが、内藤会長は常にポーカーフェイスで動揺した顔を見せた記憶が私には無いので、ある意味『立派』と思う反面「ここまでの鈍感力での対応を商売の方でしているとしたら、大切なお客さんを逃がしてしまうのではないか」と要らぬ心配をしている私がいます。と言うのは、施設から依頼した仏具の修理があまりに遅くて確認すると「ごめんごめん、忘れていたので、出来るだけ早くします。」と言って修理出来たものを宅配で送ってきたりした時に「どれだけ忙しいの。遅れた事のお詫びも含めて、直接届けるのが本来の商売の鉄則ではないのか」と思ってしまう私がいます。

確かに内藤会長は、真言宗の総本山である高野山においても影響力がある事は理解しています。私もそのルートにお願いして、静慈圓前官大僧正との交流が始まったのですから。でもね、仏壇店の経営者としての仕事は別物と考えるべきだと思います。祖父に当たるおじい様の初代のご苦労があっての今だと言う事を、決して忘れてはいけないとも思っています。勿論3代目だからこその苦労もあるとは思いますが、しっかりやるべきことはやって欲しいです。他人の事を評価出来るほど私も人間が出来ているとは思いませんが、『京都三弘法』のお参りが無事に終わるために、滋賀信行会の会長としてしっかりとした判断をして欲しくて、口幅ったい事をコラムで書いてしまいました。

勿論、法人設立時にも立派な仏壇を製造して貰った恩もあり、大学生だった時に四国八十か所の団参の先達(責任者)を2人に任された時の同志としての話として、リピーターの皆さんに理解して貰えたら嬉しいです。

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