台風一過の一日になりました

2018.9.5

実は「台風一過」をタイトルに決め「いっか」の字に悩みました。そこで久しぶりに岩波書店の広辞苑を開いて見て核心を得て「台風一過」とタイトルを自信を持って書きました。但し、岐阜県内では昨日から16時現在停電している所があり、如何に大変な台風であったかが分かりますが、とにかく本日は晴天に恵まれホッとしてます。しかしながら『ピンチをチャンス』に変えるのが私の真骨頂。と言う事で朝早くに出勤し改めて施設の状況を確認すると共に9時になったのを確認して、岐阜県庁高齢福祉課長さんに電話。内容は、『こんなに自然環境が厳しい中、お互いが助け合える組織作りの為に岐阜県としても取り組んで欲しい。一朝一夕には出来ないにしても具体的に取り組んでいきたい。』と言うものです。「非常事態」と言うのがこれ程頻繁に起きてきて以上今までとは違うアクションを県老施協会長としてリーダーシップを取っていきたいです。

今週8日に富士市で海外研修団で副団長だった戸巻先生(扶蓉会理事長)の叙勲のお祝いがあり、愛知県の太田先生(和敬会理事長)とご一緒して列車を合わせようと連絡したところ台風で家の門が倒れたとの話しを聞いたので私は『ご先祖さんが新しい門にして益々繁栄するようにとの教えだからラッキーだと考えて立派な門を作ったらいいのでは』と話しをしたら、『相からわず、若山さんの発想はポジティブで素晴らしい』と言われました。いつも言っているように苦しい時ほど次のばら色の行方を想像したほうが楽しいですから。但し、楽しいプランはより楽しくするのは勿論の事ですがね。

台風が来るのを期待していたわけではありませんが・・・。

現在の天気予報は当たりますね。昼食を頂いている時に「徳島に上陸しました。」との情報が入り、15時にショートステイのお送りを予定していたのですが、昼食が終わり次第お送りする事にして、何かトラブルがあるといけないのと外の状況を把握したいとの思いから補助者として送迎車に乗りました。時に強い風にあおられたり、所によっては大粒の雨にフロントガラスを叩きつけられたり、道路の脇の所が川のように流れていたりで、天気の良い日には黄金色した田園風景に心地良さを感じていたのがしっかり実っている田んぼに限って稲が倒れていて・・・。15時台は風も雨も凄かったのですが、只今16時15分現在は雨、風共に小康状態です。(神戸に上陸したとの事なので台風の目に入ったわけではないと思います。)ちょうど今、NHKのニュースで確認したら、関ヶ原町で1時間の降水量が56.5ミリだと報道しました。その時、滋賀県高島市で90ミリを記録したとの報道がありました。とにかく、本日はデイサービスを休ませて頂き、利用者さんにはご迷惑をお掛けしましたが、その分明日からはより充実したサービスに努めようとデイサービスの責任者は一軒一軒お詫びと共に明日からの予定を連絡しています。

台風が一段落したので、楽しい企画が決まりました事をリピーターの皆さんにも報告します。それは、正式に10月2日に月1回のバイキングで『松茸尽くしのバイキング』が決まりました。七輪の炭火で松茸を焼き(元気な方は自分で松茸を手頃な大きさに裂き金網で焼いて貰います。)松茸ご飯、松茸のお吸い物、松茸のてんぷらと松茸尽くしです。どうしてこのような企画があるかと言えば、正に入居者さんが若い頃はふんだんにあった食材なのに、環境の変化等によって地元で採れなくなり、松茸を話題にすることも無くなってしまったような状況の中、昔を懐かしみながら堪能して頂こうと10キロの松茸を予約しました。私も60年前の記憶が蘇ります。私の祖父の山に松茸が採れ、特別大きな松茸を自慢そうに顔のところに持っていった可愛い顔した写真があります。誰もが多かれ少なかれそのような体験をした方ばかりだからこその企画です。10月2日の当日はどのような会話が飛び出すかと考えるとワクワクしてきます。このワクワク感こそ生きる源。私にとってのワクワク感はやはり美味しいお酒とお食事で気の置けない方と杯を傾けながら武勇伝を語ること・・・。でもこれは私の勝手なワクワク感かな・・・。

責任のある対応

平成30年9月4日

昨日は朝イチで打ち合わせの為に施設に行きましたがほとんど外での対応だったのですが、デイサービスの責任者から大垣での対応をしている時に(20時)「台風が直下になったら困るので明日の営業について相談したい」とのメールがきたので、終了後に施設に連絡し「何かが起きてからでは遅いので中止の連絡をして下さい。」と指示をすると共に、自宅ではなくて施設に向けて車を向かわせ、途中でコンビニによりパンやお菓子等を買い施設に向かい、連絡状況を確認して、全ての方に連絡が出来た事を確認してから自宅に帰り、翌朝4時頃から心配だと考え今は午前4時を回ったところで起きて外を確認したら不気味な位静かですので、テレビをつけてもなかなか台風のニュースをしないので不思議だったのです。「これは、怪獣が台風をけちらかしたか」等と馬鹿な事を考えていたら、ようやく台風のニュース。今は四国に接近中で東海は昼からとの事で、あいからわずニュースは東京中心だと感じました。夜明け前から気合いを入れましたが、昼からの対応の為にもう少し
寝ることにします。朝早くからお騒がせしました・・・・・。

3日目にして、9月侵攻が始まりました

20018.9.3

朝イチで我が家の仏壇にお参りして、ご先祖様に気合いをいれてもらいましたがその時、母秋江さん、父進さん、姉光子さんからのメッセージが聞こえてきました。それは、「宏は私達が天国でゆっくりする時間を与えずに困ったもんやな」とニコニコしながら話しているのです。私の大学2年の時からの付き合いがある長浜の滋賀信行会の内藤会長も良くしたり顔で「仏ほっとけで願い事がある時に一生懸命に祈ればそれが人間ですよ」と。私も同感です。と言う事で、仏壇でのお参りを終えて、垂井町長との面談の前に施設で事前打ち合わせをして、7人中5人の理事を引き連れて垂井町役場に。しっかりと事前調整をして行ったので、町長さんからは私の考えていた到達点の80%までの言質を引き出せました。その報告をすべく間髪入れずに岐阜県庁高齢福祉課に報告をしてきました。どんな事業でも、事前、事後の根回しが大切。そのようにしてきた25年があるから今があり、天国での3人の根回しがあるから今があると思っています。但し、私が祈るのは自分の為ではなく、地域の為になると思っているから頑張れる。正直、自分の為ならば今の現状で十分過ぎるくらいです。でも地域の中で必要であれば65歳の身でも汗をかける。そして、たまに、美味しい酒を美味しく頂ければ幸せだと思っています。このような人生を歩ませて頂いている事に感謝しこれからも頑張りますので、このコラム同様宜しくお願いいたします。

 

8月があまりにハードだったので、スタートダッシュは明日からにします

平成30年9月2日

息つく暇もなかった8月が終わりホッとした二日間を過ごしました。つまり、施設での時間を少しにして、家でゴロゴロしてみたのです。今は午後8時30分であと少しで3日になり、新規事業の為の戦闘体制にしなければいけないのですが、私の場合は一般的に言う「再スタートを切るための充電期間」とはいかないようです。何故ならば走り続けた20年なのでゆっくりとした時間の使い方は全くわからなくて、まるで粗大ごみのようにゴロゴロしていて、返って体がだるい感じです。(我が家に今は8キロまで減りましたが、最大10キロまで体重があった17歳のリットと言う猫がいて、いつも私の進路をふさぐように寝ている猫がいるのですが、気付けばいつもゴロゴロしていても元気な猫に感心しています)但し、ゴロゴロしていても戦略は考え、明日のプレゼンの資料はばっちり作成しましたし、新規事業の為のネットワークも構築しましたので、今は格好良く「私は失敗しないので」と言えると思っています。但し、おごった考えでいるわけではありません。

25年前に初めて事業を進めていたときとの比較で論じているのです。25年前は県庁に行っても「誰が来たんや」と言うような対応だったのが、今はそんな環境とは全く違うし協力して下さる方も沢山見えるし、現に明日のプレゼンは私を含めて5人で挑むし。そう言う意味では20年一生懸命に築いてきたものは大きいなとしみじみ感じています。と言う事で、二日間のモラトリアムの時間はありましたが、九月侵攻を頑張りますので、しっかりと見ていて下さい。

ある意味充実した八月が終わり明日から九月です

2018.8.31

何と言っても八月四日は夏祭りがあり総勢800人の大盛況。後片付けも終わりホッとする間もなく東京出張に引き続き長崎出張があり、21日に法人監査があり、二日間の人間ドックを受け、本日31日は介護保険による施設監査がありました。今は二三日前から痛かった歯の治療に来ていますが、治療が終われば来月の敬老週間の打ち合わせと監査が終了した打ち上げで飲み会があります。歯の治療の為の痛み止と化膿止めを頂いたのに酒が入ったら薬は聞かないだろうから、せっかく薬を頂いたけど薬は飲みません。酒で消毒と神経を麻痺させると豪語していますが、明日倍返しで痛くなったらと思いますが、ここはケセラセラで行きたいと考えています。杓子定規な生き方をしていない自分です。何とかなると思っています。さてさて明日から九月です。新規事業も具体的に進めなければいけないのでガンガン行きますのでいろんな意味でご協力下さい。

 

ご縁PARTⅡ(8月23日の原稿がアップされてなかったので、アップしました)

2018.8.30

昨日に続いて『ご縁』の話しをします。この話しをしだすと、あまりに多くの出会いがあり、しかもインパクトが強烈なのばかりなので、昨日の原稿も正直途中からかなり省略してしまいましたが、昨日の続きは私が元気で引退する時期(今のところ65歳になりましたが全く考えていません。だけども元気で引退と言うのは全く持って難しい・・・)に書くことにして、最新情報のご縁の極意のような話しをします。

8月10日に厚生労働省老健局長に就任された大島局長を囲む政策勉強会があり、その後、交流会では名刺交換もさせて頂いて職員雇用について色々な視点からお話しさせて頂いたのを興味深く聞いて、私の名刺にメモ書きもして頂けたので、お会いして1週間後の17日にパソコン打ちでA4用紙3枚、私の生き様を思いつくままにかかせて頂き、18日(土曜日)に投函し、どのようなアクションを起こして頂けるかを半ば期待してはいたのですが、鮮やかな直球で返ってきました。それは、土日をはさんだ20日(月曜日)の13時前に昼食をとっている時に受話器を持って血相を変えて職員が来たので何事かと思ったら「厚労省の大島老健局長さんからです。」との事で私も思わず口の中に入っていたものを飲み込み直立不動で話しをしていたと思います。大島局長の話しぶりで、私の手紙を興味深く読んで頂いた事が良くわかり、特に『若山さんの生き様は波乱万丈だけれども頼もしい生き方だ』と言われたのには涙が出るほどに嬉しかったしこれからもこのご縁を大切にしたいと思いましたし、これからのご縁にワクワクしています。

私は良く『理事長さんはお顔がひろいですね。』と言われるのですが、私だけが特別なのではなくて、それぞれの立場で出会いはあるのにその出会いを大切にするかしないかの違いだと私は思っています。その考えに至ったのは私が小さい頃、虚弱児で対人恐怖症の赤面症だった事に起因していると言う事です。つまり、小さい頃の私は話したいと思っても出来なくて・・・。つまりその裏返しだと考えています。だから職員には、『例えば研修会に参加して質問の時間があれば必ず質問しなさい。その質問が的を得たものであれば講師の先生は演壇から降りて名刺交換から出会いが始まる』と言っています。

私が小さい頃対人恐怖症の赤面症だった事は自分自身を反面教師にしたある意味稀有な生き方かもしれないし、生まれて半年目に5分近く心臓が止まったと言う事で心臓が止まってからの65年間がおまけの人生と考えると何と充実したおまけの人生なのかとも・・・。

人間ドックの二日目を報告します。

平成30年8月29日

実は人間ドックの二日目は一日目の終了と同時に始まりました。だって、二日目の検査が終わるまで、固形物の飲食物として食べれるのはビスケットだけ・・・・。いやいやあったはもう一つ。コーンスープの中のパン切れのようなものが・・・・。20時と22時に水と一緒に信じられない位の下剤を飲んで・・・・。今のところ(6時現在)3時と5時30分にお腹がキリキリしてトイレには行きましたが大した苦痛はないです。お腹が空いたと言う現象も今のところ治まっています。と言う事は、ある程度我慢するとお腹が空いた現象がなくなると言う事は我慢が足らないと言う事なのか・・・・。

しかしながら、社会貢献事業の為に自分を鞭打ったり我慢したりするのは大丈夫だけど、食欲や酒欲を我慢するのは健康上良くないと考えている私は変ですか。そう言えば昨日の最後にお医者さんからの問診があり「肝臓の数値が悪いようですが」と言われたので、間髪入れずに「お酒のせいです」と答えたら、多分先生は「この患者に何か言っても意味がない」と思われたのか、それに対するコメントはなしで(喜ぶべきか、悲しむべきか)「何かお体の事で心配な事はないですか」との事だったので、「お腹に力を入れると異常に膨れるのですが」と言って先生の前で実演すると、「体重が増えてお腹の皮が薄くなって出てくるのです。お痩せになったら治りますよ」と言われました。体重が減って若い頃の虚弱な体になれと言うのか。とお腹が空いていたし先生に当たってしまいそうでした。(勿論そこは大人の対応)いよいよこれから腸の検査です。検査用に着替える時の説明が「全部抜いて、検査用に着替えれたら椅子に座ってカーテン開けて待ってて下さい。」と言われたので検査用のパンツに変えて椅子に座っていたら、「検査用の上衣を来て下さい。」と言われるまでパンツだけで座っていた私です。看護師さんにしてみたら当然の事でも私は理解出来なかったのです。検査はそれほどの苦痛もなく終了しましたが最後にドクターとの面談があります。面談では、数値が少し高いのを単に高いです。と言われると患者側としてはパニックになりますよ。但し私は聞き返すので先生も言葉を選んで話をして頂けましたが、私のように言えない方は、本当に病気になってしまうかも・・・・。

二日間全部のメニューが終わり更衣室で着替えロッカーの鍵を返すと「これで全ての検査は終了しました。病院内のレストランの昼食券を差し上げますのでよろしければ召し上がってお帰り下さい。」と言われたので、試食のつもりでとろろうどんを食べましたが、二日ぶりの食事なので薄味でしたが美味しく頂きました。今は家に帰りシャワーを浴びて、人間ドックから切り換えてガンガン仕事をします

本日から二日間人間ドックです。初日の報告をリアルタイムでメモをして、終了後アップします。さてさてどんな1日になるのか

平成30年8月28日

朝起きて、朝食はなし。わかっていたけど腹立たしい。朝起きて何回「行きたくない。結果はわかってる。」と言ったことか。その都度私の奥様かをりタンが「150歳まで生きるのでしょ」との答えが。うーん口は厄のもととつくづく…。出掛ける前に仏壇で合掌。検診専門のフロアで受付を済ませると更衣室に案内されて、着替えをして血圧測定の後体重と身長測定。そこで大失敗。同時に測定出来るとは知らなくて体重測定の要領で機械に向かって立ったら「背中を付けるように立って下さい。」その後血液を採取し、いよいよ本格的な検査が超音波からスタート。聴力・視力・肺活量の検査が順調に進み、腰回りを測られ、私は思わず「学生時代はウェスト67だった」などとわけのわからないことを言ったりして。いよいよ胃カメラを鼻から入れて貰って。この検査は検査していただいた先生が良かったのか、私の鼻が大きい為かはわかりませんがすんなりと検査は終わり一つの難関はパス。次に頭のMRIの検査があった時に前の検査が鼻からの検査だった為に薬を鼻から入れて貰った
ので、検査中に鼻がムズムズして思わずくしゃみを二回したら、間髪入れず「画像が乱れますので、我慢して下さい。」優しく言われてはいますが、ムズムズになったのは検査のせいやろがと。頭のMRIの為にうるさい音を緩和するためにヘッドフォンから軽音楽が流れてくるのですが患者に合わせて音楽を変えてくれると良いのに。例えば私なら山崎ていじの夜汽車とか昭和男唄とか・・・・。その後心電図では、階段の上り下りをリズムに合わせて・・・・。頑張りました。12時近くになったら5人はいた患者が私だけになって。昼からはどうなるのかと考えていたら、明日の説明がいきなり始まり、明日の大腸検査の為のビスケットやらコーンスープやらを貰い(当然ながら信じられない程の下剤も)、今日は以上ですので、明日もお越し下さい。あまりに早い終了なので、施設に行き色々な確認だけして、今は病院で貰ったビスケットを食べています。明日は検査が終わったら、ひもじい思いをしている分、倍返しでいっぱい食べると固く誓った次第です。

明日から二日間人間ドックです.

平成30年8月27日

人間ドックの前には色々と書類もあります。その中の質問項目の中に「20代から体重が10キロ以上増えましたか」と言うのがあり、私は50キロだったのが80キロになったのだから、計算するまでもなく10キロ以上ですよ。ほっといてと言う感じです。また、飲酒は1日どの位飲まれますかとの質問には答えようがありません。だって、1日にどの位飲みますかと言われても、月に7回から8回お付き合いの為に外で飲むだけだし、平均して3合と言うのも変だし…。私は決して病的に飲んでいるわけでなく、相手の方に合わせて飲んでると1升位になってしまう。それでも、話はするし歌も歌うし、道路上で寝ることもないし。確かにお酒の影響で悪い所はありますよ。でもでも、悪いなりに落ち着いていると勝手に思って何年も大丈夫だし。それよりも、今のスタンスを止める事によってバランス崩れる方が怖い等と勝手な理屈を並べています。私は思っています。美味しいお酒と食事を気の置けない人と楽しく頂く事こそ至福の喜び。美味しく飲めるのに感謝して、酒を自粛しなさい
と言うドクターとはお付き合いしたくない私ですが、人間ドックに行こうとしている私は何者。なお、先進医療のフランスでは極力薬に頼らないゆったりとした生活こそ健康の秘訣とか。私も、今日を幸せにして行く為に心にゆとりを持てる生活をしていきたい。等と勝手な事をコラムに書いてしまいましたが、これが私の本音です。懲りない酒飲みですが楽しく頂くお酒によろしければお付き合いください。

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