「ゼロから一代で成功した人に学ぶ」と言う書き込みに思うこと
2018.8.26
書き込みの中の一文を書きますと『私たちは、同じ様に生まれ、同じ様に学校に通い、同じ様に社会に出ました。にも関わらず、「あの人は信用できる」「「憧れる」「また合いたい」「あの人についていきたい」と言われる人がいる一方で、「あの人は信用できない」「嫌な奴」「二度と会いたくない」「もう一緒にやれない」と言う評価となる人がいるのは何故でしょうか。この違いをもたらす違いとは、いったい何なのか。それがコミュニケーション能力ではないか、と言うのが私の仮説です。』(中略)極端な話し、大学までは会話がおぼつかなくても、多少の差はあれど、親さえいれば生きていけるでしょう。しかし社会に出れば死活問題です。コミュニケーション力の差は人生の格差を生むと考えられます。(中略)『また、成功した人の口から、「そんなの意味ねーよ「やるだけ無駄」「どうせ自分は駄目だ」なんて言葉が出てくることはないのは何故か。それは、無意識のうちに自分の未来の可能性を信じているからです。仮に今、不遇な時代だと感じても、未来は変えられる、挽回できると信じているからです。』とのものでした。私自身はそんな大仰な生き方ではありませんが、確かにプラス思考でポディティブな考え方をしてきたな。他人からみたら大変な生き方をしてるように見える事を何と無くやってきたなと言う感じの生き方です。最近の私は「今の私があるのはお酒が飲めて、歌が歌えて、話しが出来るようになったお蔭だ。」と言っています。でも事実ですし。例えば、「辛い」と思った瞬間から本当に辛くなると思うので、辛いと思う前に、次の展開に楽しみを見つけるような・・・。でもこれは、今だから言えることで・・・。うーん。やっぱり素敵な人に恵まれたお蔭かな。運も実力の内とも言いますから・・・。禅問答みたいになって御免なさい。














