不思議な対応

平成30年3月9日

名古屋でのぞみからこだまに乗り換える時の駅員さんのアナウンスでの事です。乗客が沢山いて半分位しか車両に入っていない状況で「大阪行き出発します。」おかしいやろ。乗車してない乗客はおいてくんかい。慌てて乗ろうとした乗客が転倒でもしたら、誰が責任とるの。ここでのアナウンスは「乗客の皆さんが乗り終わったら直ちに出発します。」とか「順次中にご乗車下さい。」とか言い方があるのでは。最近も異音がしていても走り続けていたとの報道があったばかりなのに「正確な時間を」ばかりでは評価を受けないのではないでしょうか。3日間の強行スケジュールの最後の気力で書いたのでピリッとした原稿にならなかったと思いますが言いたい事はご理解下さい。

3日間の強行スケジュールがあと少しで無事終了します。

平成30年3月9日

それは7日の朝と言うか夜明け前の3時45分に私の携帯に緊急連絡が入り施設に行った事から始まりました。7日は全国老人福祉施設協議会主催の戦略セミナーがあり小倉に向け家を8時には出発する事になっていて、緊急対応を7時に終えて朝食を食べて着替えを終えると8時でバタバタで家を出発。米原駅で新幹線に乗り京都でのぞみに乗り換えてイッキに小倉に。小倉駅前のサイゼリアで五百円のランチを食べて会場ホテルに行き腰掛けた瞬間に開会の挨拶(決して大げさには言ってません。)が始まり90分の講義が3本あり研修会は終了。その後当法人の職員3人を30年来の友人である福岡の法人理事長夫婦プラス職員2人の合計7人での会食で旧交と法人同士の交流を温め、翌日の8日は朝5時に起きてお風呂に入り、資料等を送る準備をして6時25分発ののぞみで東京に向け出発。約5時間で東京に。(その間に2本のブログを書きました)タクシーで移動して福井県会長と昼食をとりながらの打ち合わせをして歩いて参議院会館へ。2時には少し早かっ たので園田参議院議員の部屋に行き先生にご挨拶。その後一階の会議室に移動して会議を行い(いつもの事ですが、しっかり意見は言いました)一旦宿泊予定の都市センターホテルに移動し、園田参議院議員を囲んでの夕食会。(勿論会費制ですよ)本日は少しゆっくり目の朝食をとり、本部のある平河町まで歩き、16時まで会議。私はその後打ち合わせがあり、16時30分に事務所前でタクシーを拾い東京駅に行き17時発ののぞみに乗りました。何と充実した時間の流れ。これも病気をせずに過ごしているから。過信をせず、これからも頑張りますので激励の言葉や感想等を頂けたら嬉しいです。

本日第2弾

平成30年3月8日

小倉を6時25分にのぞみで出て只今小田原駅を通過のアナウンスがありました。(只今10時45分です)やっぱりこの距離は長いです。しかしながら、泊まったホテルが小倉駅からすぐのところだったし、空港がどこにあるかも知らないし、新幹線なら直行便が1時間に二本あるしで決めたこと。災い転じる事の得意な私は何本かきた施設からのメール報告の返事を書いたりブログも本日これが二本目だし、時間を無駄にしなかったから良しとします。等と書いている内に横浜に着きました。あと18分で東京ですから会議バージョンの頭にします。

昨日のレポートで本日東京で会議があり7時前に云々と書きましたが、私の律儀さを改めて書きます。

平成30年3月8日

昨日の研修会の資料が分厚く重いし着替えた衣服もあり宅配で送った方が活動しやすいし、昨夜は福岡の大法人の理事長夫婦の招待があり(私を含めて3人、招待をしていただいた法人の職員2人もみえて合計7人での会食)お酒を頂いたので5時前に起きてお風呂に入り荷物の整理をしてフロントで手続きをして、ホテルを出ると雨が降っていて急ぎ足で駅に着き時刻表を見ると6時25分発ののぞみに乗れる。またまた急ぎ切符を買い今は列車の中です。東京に11時13分着なので福井県会長との打ち合わせと共にの昼食場所には十分間に合う。この律儀さが私の真骨頂かな。(自分で言うのは変かな。)但し一歩家の外に出ると凛々しい?(でも、お腹は出てます…いやいやかなり出てます。)私ですが、家の中では3歳の子供のような存在です。しかしながら、私の長男の子が2歳になり家の中での3歳の立場が孫が来ると微妙です。私の話はあいからわず訳のわからないもので申し訳ありませんがこれからもよろしくお付き合い下さい。

昨夜はめっちゃ早く寝て正解でした。

平成30年3月7日

前日が夜遅かったので早くに寝たところ3時30分に宿直者から緊急報告があり指示を出して再び寝ようとしたのですが早くに寝たので頭がスッキリしているしここは施設に行くべしと着替えをして外に出るとマイナス1度。とりあえず施設に付き宿直者から詳しく経過報告を聞き特変者の部屋で見守っていて、5時になり嘱託医師の多賀先生に携帯するとコール2回目で出て頂ける。全くもって有難い。状況を話しすると6時には施設に来て頂ける事に。6時10分前に来て下さり看取りの方なので様子をみて、必要に応じて来て下さるとの事で家族に状況を連絡をして早出の職員に申し送りをして家に帰りばたばたで朝食をとり着替えを済ませると小倉で行われる研修会に出発。今は新幹線の中です。本来明日まで研修会があるのですが本日1時からの日程のみ勉強させて貰い明日は東京で会議が入った為朝7時前の新幹線で東京に行きます。明後日も東京で会議があるので東京でも一泊です。土曜日は1日施設にいて本来の仕事をして来週も高野山において行われる静慈圓先生の式に参加した り、金沢への出張やお世話になっている法人の竣工式への参加等など。忙しいからこそ足下をしっかりした対応をしなければ。昨夜は早くに寝たのでばたばたでも頑張れた訳なので早くに眠れる時は早くに寝ようと改めて思いました。

昨日の原稿でマスクもしますと書きましたが。

平成30年2月9日

昨日は全国老人福祉施設協議会があり12時35分に本部事務所がある平河町にある塩崎ビルに入ろうとしたら同じ会議に出席する役員の方が私がマスクをしているのを見て「若山先生風邪ですか」と話し掛けられたのにはどのように答えて良いのか分からず戸惑っていると声を掛けた方が「予防の為ですか」と言われて思わずうなずくばかり。うーん、マスクをするのは今の時期の常識だと思うのですが。しかも、東京は快晴なので湿度は低いと思うから。皆さん予防は大切だと思いますよ。改めてマスク、うがい、手洗いをしっかりしましょう。さて、今私は7時にホテルを出て新幹線に乗ってます。もう少しゆっくりしていれば良いのにと思われる方もあるかもしれませんが時間は有効に使わなければと言うことで羽島に着いたら岐阜県庁高齢福祉課での打ち合わせを入れてます。岐阜県老人福祉施設協議会の事、当法人の事を色々話してきたいと思っています。会長として理事長として次の一手はどうすべきか。少し格好つけすぎかな。

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今年の冬はめちゃめちゃ気温が低いです。

平成30年2月8日

本日は全国老人福祉協議会の本部役員会があり、今は(10時7分)新幹線の中ですが、(あいからわずのぞみは混んでます。)出張に行く前にしておきたい事があったので、6時に家を出て施設に着くまでの車に搭載されてある温度表示に目が点になった事を報告します。家の車庫でエンジンかけた時に-1度。国道21号線に入ったら文字通りアイスバーンで-2度。国道21号線から今須地内に入ったら-3度。1キロメートル位緩やかな登り坂を走って-4度。施設の駐車場に入ったらマイナス6度。平壌オリンピック開会式会場が-15度と報道しているのと比べたら完璧に相手にならないけど、それでも-6度は頂けません。冷蔵庫の中を暖かいと感じる温度です。但し、私は風邪もひかずに2月を迎えれた事に感謝すると共に油断する事なく、うがいと手洗いと喉のスプレーと外出時のマスクをして頑張りたいと考えています。

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平成30年の1ヶ月があっと言う間に過ぎてしまい本日から2月です

平成30年2月1日

今年の冬は気温が低く関ヶ原では最高気温がマイナスと言う日もあり、その影響なのでしょうかインフルエンザはA型とB型が同時に流行して日本全国で猛威を振るっているとの情報がありますので、当施設では手洗い、うがい、加湿、窓あけと出来る事は徹底してしています。それから口腔ケアの充実も頑張ってます。何と言っても虚弱な方が殆んどですから、気を抜く事は出来ません。 がらっと話題は変わりますが、明日は雪の為に1週間延びてしまった大切なお客様が愛知県新城市から3人おみえになります。(雪は多分大丈夫)どういうお客様かと言うと昭和の最後の年に厚労省が企画をして資生堂財団がスポンサーでアメリカ研修に行かせて頂いた時にホテルも同室でそれ以来30年の長きに渡って親しくさせて頂いている和敬会の理事長の太田一平先生に昨年の暮れに名古屋であった経営協の研修会でご一緒させて頂き尚且つ研修会一日目の夜に太田一平先生の長男さんと四男さんとも親しく会食を共にさせて頂きました。その時の二人の息子さんの印象は太田一平先生に嫉妬するくらいに良くて、研修会後に直ぐに2人の息子さんに手紙を書き当法人のパンフレットやチラシと私が新聞に掲載して頂いた原稿の冊子を同封したところ太田一平先生から「是非3人で若山さんのところに行きたい」との連絡を頂き、正に明日はその日なのです。私は今からワクワクしていて、最高のおもてなしをしたいと考えています。飲むほどに語り語り語り語り・・・・・楽し みです。だって息子さん2人は何年後かには間違いなく福祉の中心にいる逸材。そんな若者2人と一晩中語り合えるのだから、何と幸せなことか。

昨日朝の出来事です。

それは朝6時の関ヶ原町のチャイムが鳴ると共に起きて部屋の南側のカーテンを開けて雪の状況を確認した時です。

我が家の南側には川が流れていて後は田んぼが広がり、更に南に名神高速道路が東西に走っているのですが、上下線共に全く車が来ないので、「閉鎖しているのか」と思った瞬間、2台の大型除雪車がゆっくりとしかも確実に走ってきたと思ったら、その後に見事なくらい粛々と尚且つ整然と続いて走っている車を確認して「流石に無茶苦茶な車はいないな」と感じました。

先般40年程前の無茶苦茶な車の話をこのコーナーで書きましたが、40年の年月によって日本人も随分大人の対応が出来るようになったのか、追い越し出来ないようになっているのか。私的には後者であって欲しいと思いますし、私も20才代には随分無茶苦茶な事をやっていて、今は実行することなく武勇伝を語っているだけだから良いのかと1人で変に納得しています。無茶苦茶が通って今があるのは神のご加護なのか・・・・。またまた訳のわからない話でごめんなさい。

5月に65歳で高齢者の仲間入りです。

平成30年1月22日

世界保健機構で65歳から高齢者としての位置付けをしている65歳にいよいよ5月に突入するのですが、この65歳のタイミングは実に良く出来たものと、最近つくづく思います。今年に入り午前0時、2時、4時に緊急対応があり、その都度対応したのですが、対応した後に家に帰ってもう一度寝ようとしても眠れないし、されどそのまま仕事をしていても一日中体はだるいし、集中力はないし。国では働き方改革で「生涯現役」的な事を言っていますし、私も生涯現役を目標にして頑張っているのですが、この考え方には「※」印が付くように最近思えて来ました。それは、経験値は最大限生かせても身体的・精神的には限界があり、気力が伴わないと言う事です。認めたくは無いですが今までのようには出来ないと言う事です。理事長として総合施設長として10年先の法人の進むべき姿を描きながら、体力気力を年相応に使いながら頑張りたいと考える今日この頃であります。歳を取ると温和になると言う事はこう言う事が。しかしながら、私の親父様は私の知る限り温和なイメージしか ないので改めて凄い人物だったんだと思いました。やっぱりいくつになっても親を上回る事は出来ないものとつくづく感じています.

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