3月2日付けの週刊現代の情報からPART2
平成31年2月25日
私の生母は私が小学校3年生の頃から闘病生活を余儀なくされていて、癌が転移する期間は不思議と元気で家での生活ができ、そんな時の母は私が学校から帰ってくると、宿題を確認してその後国語の本読みをするのが日課だったのですが、小さい頃から虚弱だった私はしょっちゅう高熱で学校を休んでいたので、当然のことながら勉強は出来ない子供だったので、本読みもたどたどしくて、母親が何か指摘する度に涙が出てくるような状況で今からは考えられないような子供だったのです。今でもその後遺症なのか声を出して本を読むのは苦手です。恥ずかしながらのエピソードを紹介すると、30歳と10日で結婚式を挙げた私は結婚式のセレモニーで「誓いの言葉」を嫁さんと一緒に読んでいる時に原稿には書いてない事を話していて嫁さんに背中を突かれた記憶が今でも鮮明に残っています。こんな私が、人様の前で話が出来るようになったのは、26歳で児童養護施設指導員になり、小学生・中学生の勉強を見なければいけない立場になり、かつての同僚であった数学の先生に食らいついて教えて頂きそれなりに出来るようになったように思います。(前置きが長くてすみません。本題に入ります。)CoCo一番の創始者である宗次徳次氏は確かに稀有な人生ですが、苦労を苦労と思わないで、苦境を乗り切った時に全ての事を『ありがたかった』と感謝をされる。めちゃくちゃ素敵な考え方だけれども誰もが真似を出来る生き方ではありません。そして、『人の笑顔が見たい』の信念の為に上手くいっていた不動産業を廃業して未知の世界に飛び込む信念の持ち主。そして、信念を持ってやり切ろうと言う意思の強さ。しかしながら私は、宗次氏の奥様が旦那さんを信じて付いてきて下さったいわゆる内助の功があったればこそと思っています。だって「CoCo壱番屋」の名称は「奥さんのカレーが一番や」で決まった事からも二人三脚が素晴らしいものになったのだと考えています。話は飛びますが、岐阜県出身の嶋聡さん(元ソフトバンク社長室長)の講演の折、松下政経塾で松下幸之助さんからの教えで、塾生が『成功する秘訣は何ですか』との質問に松下幸之助さんは「成功の秘訣は知らん。だけど成功するまでやり続けたら必ず成功する。」とのエピソードを聞き、なるほど意味深い言葉だと思いましたが、宗次氏の生き様にも相通ずるものがあると思いますし、私の生き様にも通ずると思います。もちろんスケールは桁外れに違いますが。そして、これはスケールが桁外れだから仕方がないことですが。宗次氏は自分が稼いだお金は全て寄付すると断言されそのように実践され喜ばれているのですが、私は桁外れの小ささの中で、法人が収益を上げた分は地域貢献で頑張らせて貰おうと考えています。苦労を苦労と思わない生き方と趣味もない生き方には共通項がありますが、まだまだやらなければいけないことが山積している状況の中、「仕事が趣味」とインドネシアEPA介護福祉士候補生に言い切った事ですし、これからも地域貢献にますます磨きをかけていきますのでリピーターの皆さんも応援宜しくお願いします。













