ゆったりしすぎて慌てました

令和6年4月26日

本日は16時から東京平河町の全国老人福祉施設協議会本部がある塩崎ビル7階で、総務組織委員会の2035の会の助言者としての案内があり、午後から東京へ出掛ける事はわかっていたので10時30分からの1階でのお参りも新規開設の有料老人ホームの見学も前倒しでしたのですが、「予定は未定であり決定ではない。」の状況があり(断れないお客様があり)お客様の対応をして急いで昼食を食べ車に乗ったら12時40分で、焦りながら岐阜羽島駅前の駐車場に車を入れたら東京行きの列車が入ってきたアナウンスが聞こえて来たので、「次の列車だとぎりぎりで間に合うか間に合わないか微妙だな。遅刻したら示しがつかんな。」と思いつつ、切符売り場に行くと先客が1人みえて先客の方がモタモタされていて「イラッ」としていると、「券売機のご案内をしますよ」と言われて「5分後のは無理ですね」と言われたので、「片道切符で大丈夫ですから」と言って発券されたのを手渡しで貰いダッシュでホームに行くと、ドアが開いていたので列車に乗り込むと列車が動き出しセーフでした。

今考えるに、この列車は私が駐車場で確認した列車で待ち合わせの為に停車していたのだと言う事で、極端な言い方をすると私の為に待っていたと思えるくらいのタイミングでした。とにかく今は列車の中で正直ホッとしています。本部事務所に着いたら、2035の会の名付け親として若い役員さんに、私の全国老人福祉施設協議会への思いをしっかり話をしたいと考えています。その思いは考え方が古いと言われるとしたら、「だったら私の様に出来るものならやってみなさい。」との思いです。久しぶりに若山砲を東京で炸裂させたいと考えています。

本日の成果は明日のコラムで書きます。リピーターの皆さん、期待して待っていて下さい。

優・悠・邑 和合でタケノコの味噌汁を作りました。

予定通り9時30分に寸胴に大鍋をのせて、最初は水を18リットルしか入れなかったので本部施設に電話して若園係長に聞くとあと7リットル追加してはどうかとのアドバイスを得て合計25リットルの水を大鍋に入れて、盛塩を四角(よすみ)に盛ってからお酒を撒き残りのお酒を大鍋の中に入れ(かなりの量だったと思いますが)「これで美味しくなる事まちがいなし」と言ってから薪に着火剤を塗りチャッカマンで火を点けると直ぐに勢い良く燃え上がり、そのタイミングを見計らった様に多くの入居者さんが見に来て下さいました。

本日は青空に恵まれ陽射しがきついので入居者さんに急遽帽子をかぶって貰いました。(一つ余ったので私も帽子をかぶりました。)入居者さんとの会話は本当に楽しいです。「こんなに大きな鍋は見た事ない。」とか、「たくさん炊くので美味しいだろう。」とか、投げ掛けられたので私は「絶対に美味しくなるよ。もし美味しくなかったとしても美味しいと言ってね。そうでないと私が悲しくなるから。」等と言うと「理事長さんが作ったのだから美味しいに決まっているは」と嬉しい助け船を出して下さる方まであり、記念写真を撮ったりして和気あいあいの雰囲気でした。昨年の8月から和合の施設長に就任して、ようやくこんな雰囲気が醸し出せている事に嬉しさを覚えています。

10時15分になったので小栗管理栄養士に火の番も含めてお願いして、少し早い時間でしたが3階のお参りに急いで行きお経を3階の皆さんと唱えてから、「本日はお昼にタケノコの味噌汁とタケノコご飯を出します。味噌汁については私が腕によりを掛けて作っていますので楽しみにしていて下さい。」と話をして、再び自転車置き場での味噌汁作りに戻りました。既にだしの素とタケノコは大鍋に入っていたので八丁味噌を1.9キロ大鍋に溶かしました。私的には男の料理として2キロ全部入れたかったのですが管理栄養士から、「このくらいで。」と言われて少し上品な味噌汁になった様に思います。丁度味噌汁が出来上がった時にお客様がみえたので味見を兼ねてタケノコの味噌汁を食べて貰うと絶賛されたので嬉しくなってきました。その方の話では「奥さんが薄味にしてしまう。」との話に管理栄養士が「旦那さんの健康を考えてだと思いますよ。」と言われたので私は「我が家の味噌汁が薄味になったら私が食べなくなるので、その様な事はないよ。美味しく食べられるのが健康の源」等と変な自慢をしてしまいました。

本日14時からがまの油売りのボランティアがあったので会場に行って味噌汁の感想を聞くと皆さん異口同音に「美味しかった」と言って貰え、この様な自然な会話こそ大切だと改めて思った次第です。

リピーターの皆さん、これからも色んな楽しい事をしていきますので今後共コラムをごひいきに宜しくお願いします。

 

信じられません

令和6年4月24日

8時30分の予約が大垣市民病院でしてあり、朝食を6時30分に準備してくれた奥様に感謝しつつ朝食を頂き、6時55分に家を出て大垣市民病院に向かいました。垂井から少しづつ込みだし7時30分に駐車場に着き、南玄関の所まで行くと外来パスポートの機械の前でずらっと列ばれていたので、一番後ろに素直に並びよくよく観察すると、機械の受付時間が7時40分からとの表示があり、確かに7時40分から列が動き出しました。

私の順番になり診察券を機械に入れると、しばらくして外来パスポートなるものが出て来たので急いで検査受付に行くと、受付前にまたまたずらっと並ばれていたので列に加わろうとすると、Aー7はまだ並べませんとキンキン声で指摘を受けて列から離れて観察すると、掲示板にAー5までの方が並ぶ様に記載されていて周りの方が多く待ってみえるので、この方々は何処で受付されたのかと大いなる疑問を持った次第です。

Aー7が、列に並ぶ事が許され並んで受付をして、検尿を決められた所に置いて採血近くに行くと、整理券の20番がちょうど掲示されたので採血の列に並びしばらくすると、採血をする椅子を指示をされて椅子に腰掛けてから採血をして頂く方に、私は出にくいので申し訳ありません。とお断りをすると、温めてからにしましょうと言う事でしっかりと腕を確信して貰ったのですが、慣れた方に代わって貰います。と言われて代わって頂いた方にトラブルもなく採血して頂きました。このような対応は素晴らしいと思いました。と言うのは自信も無く強行して失敗して痛い思いをするよりは素晴らしい判断だったと思いました。代わって貰う判断をされた若い男性職員さんにブラボーです。

採血を終えて泌尿器科の待合室に行くと、座る椅子がないくらいに大勢の患者さんです。私は素直にスマホでコラムを打ちながら順番を呼ばれるのを待っています。血液検査の結果がなかなかなのか8時30分から9時の予約ですが9時20分になっても呼ばれません。ここは忍忍で待つことにします。血液検査の結果が良ければ1つのイライラがなくなるので。

検査結果が出ました。とりあえず、経過観察でいいようです。リピーターのみなさん、ご心配をおかけしました。

4月20日に軽トラック2台分のタケノコを頂いて・・・

20日の日に地元の方から軽トラックでタケノコ1台目を持って来て頂き水野係長が早速、湯がきを大鍋2つを使ってしてくれて、私の方に和(なごみ)の施設と和合の施設にも要らないかの連絡がありました。和合の施設は当然頂きたいと思いつつ和(なごみ)の施設に連絡すると、「施設の周りでもたくさんのタケノコが採れて食べて貰っている。」との返事だったので、聖はじめ一座の企画が終わり、メンバーの方々の見送りを終えてから本部施設に向かいました。

本部施設に着くと水野係長がまだ、タケノコの対応をしていたので話を聞くと「湯がき終わってホッとしていたら2台目のタケノコを持って来て貰ったのでビックリした。」との報告だったので2台目を持って来て貰ったのを確認すると大きな段ボールが5つもあり、水野係長から「全部持っていかれますか。」との投げかけに「和合の施設に大鍋は2つしか無いので、段ボール2箱が限界だね。」と言う事で私の車に積んで、翌日曜日(21日)に湯がきを和合の施設でしました。(この事は既にコラムで書かせて貰いました。)

昨日(22日)は湯がきをしたのを大鍋から出して、その後和(なごみ)の施設でのお参りと全体会を終えて、昼食は和(なごみ)の施設で頂いたのですが、タケノコご飯とタケノコの味噌和えをプラスアルファで頂きました。吉澤施設長から、残ったタケノコご飯を貰ったので和合の施設に持って行き事務所の職員にお裾分けをすると共にタケノコを湯がいたのを和(なごみ)の施設から和合の施設に向かう時にコンビニでチューブに入ったワサビと醤油を買ってきたので、お刺身にして職員に食べて貰いました。職員からは異口同音に「柔らかくて美味しい」と言われて私は舞い上がり、「良かったらタケノコを持って帰って」と言って持って帰って貰いました。そして本日和合の施設に行くと昨日タケノコを持って行かれた職員からお礼を言われました。

また、昨夜本部施設の全体会に顧問としてきて頂いていた烏野先生(びわこ学院大学教授・学部長)に帰り際にタケノコを持って帰って貰ったのですが、朝一でお礼の電話で第一声は「昨夜頂いたタケノコはとっても美味しかった。本当に柔らかかったので刺身にして食べました。」と喜ばれました。今年はタケノコが沢山採れる年だそうなので、タケノコの話題はまだまだあると思います。

先ずは明後日(25日)に和合においてタケノコご飯とタケノコの味噌汁を計画しています。私は当日9時30分火入れからの事を考えると今からワクワクしています。リピーターの皆さん、そんな私の気持ちを理解して貰えますか。

本日は朝から夜までフル稼働になりそうです

令和6年4月22日

本日は元々10時から和(なごみ)でお参りと全体会が入っていたのですが、9時から和合で面接を入れたので8時には家を出て、夜は19時から本部施設において全体会があるので、目一杯のスケジュールだとは思っていました。それに加えて、昨日湯がいたタケノコの処理の仕方を伝授しないと和合の職員が対応に苦慮すると思うので、朝食を食べたら直ぐに出掛けなければいけないと言う事で、本日は5時に目覚めてからベッドの中でスマホに向かってコラムを打っています。自分でも思っています。いつの間にこんなに勤勉な自分になったのかと。間違いなく私の父進さんは勤勉だったと思っています。でもね、息子である宏君はそんな性格では無かったばずなので。甘えん坊で適当で何ともならない子どもだったはず。そのことは姉の春子さんが良くご存知だと思いますよね。

今はコラムを打ちながら、実はタケノコの処理の段取りについて考えていました。これはAB型が成せる性(さが)なのかと思っています。自分自身で言うのだから間違いないと思うのですが、とことん厳しい状況になった時に、自分自身を客観的に見ている自分がいたりするのです。幽体離脱をしているわけではありませんが、極端な言い方をするならば、そんな感じです。特に38歳で児童養護施設の児童指導員を退職して、今だから言える事ですが『いばらの道』を歩み出してからは、何度かその様な事があった様に記憶しています。こんなに忙しくうごめいていても、歩数はそれ程でもないのです。だって移動は車だし、会議等では座っているし・・・。だからでしょうか、最近足の筋肉が落ちたのか、足首や膝が痛いのです。

先般、80歳を過ぎてバリバリに働かれている方とお話をした時に、週1回位の割合でゴルフをして、敢えて移動手段ではカートを使わず歩いていると1万2千歩から3千歩は歩けるから元気でいられるとの話を聞きました。また、業者の方で私のコラムを読んで頂いている方が「最近理事長は朝の歩きをされていないのですか。」との指摘も受けました。この二つの話からも朝の歩きの再開は実施しなければいけないなと考えています。でも正直、続ける事より復活する方が難しいものだとしみじみ思っています。リピーターの皆さん、忙しいからこその復活だと考えていますので、背中を押すご意見が頂けると嬉しいのですが。だって私はもともと軟弱な甘えん坊なので・・・。

タケノコを湯がきました。

昨日の『今日の優・悠・邑』で地元の方から軽トラ2台分のタケノコを頂いてずらっとタケノコが並んでいるのが写真で掲載されていましたが、実は和合の施設にも『お裾分け』を貰おうと昨日、本部施設に行き水野係長に「少して良いので和合に持って行きたい。」と言うと大きな段ボール2個分を車に積んでくれたので、朝早く家を出て和合に行きタケノコを湯がく事にしました。

私の心つもりでは10時30分から1階でのお参り前に耐火ブロックを購入して、火を点けるばかりにしてお参りが終了してから13時30分からの3階でのカラオケまでに湯がこうと考えていたのですが、耐火ブロックは非常階段の所にある事を加藤事務係長に教えて貰ったので耐火ブロックを買いに行かなくても良い事になり、3階から北島部長が手伝いに来てくれたので「これは100人力」と言う事で、耐火ブロックを並べてタケノコを湯がく準備が手際よく出来たので9時30分に2つの大鍋に火を点ける事が出来ました。

2つの大鍋にタケノコの皮に包丁を入れ、頭の部分を切り落とし(この様にしないとあくが取れなくて苦みが残るのです。)目一杯米ぬかをタケノコが見えなくなるまで入れると蓋ぎりぎりの状態になりました。その後、釜の4隅に塩を盛り、お酒も周りに撒いてから、井桁の様に薪を積んだ所に割木に添加剤を点けてチャッカマンで火を点けました。この様な作業を忙しそうにしていると、入居者さんが集まって来て下さり私のテンションも上がりっぱなしです。

薪はしっかり乾燥しているので直ぐに燃え上がりました。煙で目が痛いと言われる方には「煙は美男美女の方に行くんだよ。」等と言うと笑いの渦になりました。ギャラリーが増えて来たので私は「寒い事ありませんか。寒かったら鍋の中に入って貰いますよ。」と言うと「そんな事できんわ」とまたまた笑いの渦です。

10時25分になった時に北島部長が「理事長、お参りの時間ですよ」と言ってくれたので、北島部長に作業を任せて1階に急ぎました。お参りはお経の後の私の話も含めて11時15分に終了したので、またまた急いでタケノコを湯がいている所に行き、しっかり柔らかくなったのを確かめて残り火が燃え終えるのを確認して周りに水を撒き『タケノコ湯がき祭り』は終了しました。

13時30分からの3階カラオケタイムの折にも「タケノコを沢山湯がいたのでタケノコの味噌汁やタケノコご飯を楽しみにしていて下さい。」と話をすると、またまた盛り上がりました。入居者さんの笑顔と笑いは私の元気の源です。

これからも色んな楽しみを提供していきコラムに書きますので、リピーターの皆さんこれからも私のコラムを可愛がって下さい。

感無量です。

令和6年4月20日

本部施設において2月に実施した聖はじめ一座による歌と踊りのショーを本日、和合の施設において開催しました。本部施設において2月に開催して好評だったので、直ぐにでも実施する事も出来たのですが、「和合で開催するにはもう少し体制を整えてから」との考えから4月のイベントとしたのですが「正に正解でした。」と言うのも花魁道中でドレスにカツラで後ろから付き添ってくれた男子職員も喜んで参加してくれたし、私の意を汲んでくれた様に私が朝、和合の施設に行くと職員の方から「手作りの神輿で練り歩きますので、花魁の衣装で出て来て貰った時に、挨拶と共に『まつり』歌って下さい。」との企画を聞き、一段とギアが上がりました。

14時開始だったのですが花魁の準備をする為に11時30分には出演者がみえたので2階の会場に案内すると会場の所に大きな看板が掛けられていて、昼食の為に集まっていた入居者さんはいつも以上にテンションが上がっているのを感じて、この段階で「有難いな、本日の企画は大成功間違いなし。」と確信した次第です。13時に和合地区連合会長さんが早々と来て頂いたので1階の喫茶にご案内していると、事務所から「理事長の着替えの準備が出来たので2階に行って下さい。」との事で連合会長さんにお断りを入れて着替えをする控室(お風呂の脱衣場ですが)に行くと、花魁の準備が出来た方に先ずは化粧をして頂き、花魁の衣装も着せて頂いてから、聖座長にカツラを被せて頂きました。鏡で自分の姿を確認すると自分で言うのも変ですが「本部施設の時よりも良く仕上がっている。」と思った次第です。

14時ちょうどに始まり、聖さん千春さんの歌に合わせて花魁の舞とベリーダンスが繰り広げられ、3人のドレスをきた職員と共に30分間控室で待機して、いよいよ花魁道中が繰り広げられました。花魁2人に先頭して頂きいよいよ私の出番です。会場に出て行くと多くの方のどよめきと拍手を貰い、私の次に聖座長、千春さん、ベリーダンスの方と続き3人のドレスを着た男子職員が続きました。全員が揃い会場に向けて一礼をしてから私が挨拶と共に『まつり』を歌って神輿が花を添えてくれました。その後、入居者さんや地域の方々が座られている所を挨拶しながら、ぐるっと回りました。

再び控室に行くとどっと疲れが出たので早くカツラをとり衣装を脱ぎたいと思ったのですが座長から「最後の企画で参加者の紹介と写真撮影をします。」と言われたので改めて「ショーマンのサービスは凄い。」と思い控室で椅子に腰掛けドレスを着た職員と待っていて、最後のセレモニーに挑みました。最後にお礼の挨拶もさせて頂き、4つに分けて記念写真を撮って貰い全ての企画が無事に終了しました。

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聖座長と座員の方々に対してもですが、この企画が成功する様に職員が一丸となってくれた事に感謝です。これからも『今日一日楽しかったよ。』を念頭に置いた展開を職員共々頑張っていきたいと思っていますのでリピーターの皆さんこれからも応援宜しくお願いします。※ それにしても今回の『ひろ太夫』は綺麗だったな・・・。

和合の施設で認知症カフェ「そわか」が開催されました

令和6年4月19日

『認知症カフェ』と言いながら正確には『認知症予防カフェ』です。だから、車でみえる方や自転車でみえる方で、お元気な和合地区の方の集まりです。この企画は毎月第3金曜日に優・悠・邑 和合で開催されるのですが、今回の企画では私が講師役を務める事になっていたので、9時30分からの業者の打ち合わせを終えて、10時30分からは3階でのお参りを終えてから、急いで昼食を食べてから講演の為のレジメを作成しました。

昨年の8月に優・悠・邑 和合の施設長に就任してから2度目の講演になります。前回は、私自身の自己紹介を兼ねて思いを含めて経歴をお話させて頂いたのですが、今回は社会福祉法人杉和会理事長としての思いを含めて話をすると共に、優・悠・邑 和合での今後の展開について話す事にして、内容を項目別にまとめました。レジメが出来て参加者用の印刷をしおわったタイミングで参加者の方が順次おみえになったので、その都度ご挨拶をすると、前回にご挨拶をした方は好意的な対応をして頂いたので、私は少し調子に乗って「前回の時にカラオケを披露すると言っていましたね。」と言う事でカラオケを準備して貰い、その事を参加者の方に言うと「それは楽しみだ。」と異口同音に言って頂いたのでますますテンションが上がってしまいました。

今回は、大垣市の職員さんも2人が様子を見に来るとの事もあり気合を入れました。私の話は本部施設において花見ではお酒を振る舞ったり、月1回バイキングがあり喜んで頂いているので、和合の施設においても提供できる体制を取りたいとの話を先ずはさせて貰い、次に本部施設と同じ様に、お米は今須米を提供している。その理由は今須のお米は美味しいし、地元貢献になっているとも話をしました。そして最後に明日(4月20日)は、聖はじめ一座が来てくれるので私も花魁になり、男子職員3人もドレスを着て盛り上げるとの話をして、明日の催しに興味がある方は見に来て頂ける様に配慮します。と言っておいた所、多くの方が見に来て頂けるとの返事を頂いたとの報告を聞きました。(私の『不気味奴』に興味があるのかなー。)

明日の催しをしている時に、午前中の3階でのお参りが終わってからのお話の中で、明日の企画について紹介していると入居者さんの中から「たくさんお金がかかるのに良いのですか」との話がでたので「ケチでは無くて節約をして貰い、色んな催しが出来る様にしていくから大丈夫ですよ」と答えた事もお話させて頂きました。お話は30分で終わり(スマホでタイマーをセットしておいたのできっちり終わりました。)お約束通りカラオケを1曲歌わせて頂きました。自分で言うのも変ですが、何ら動じる事も無く思いっ切り歌う事が出来、歌い終わると拍手喝采でした。その後は参加者の方でヨガの指導をして頂き、終了後はお茶タイムがあり、最後に血圧測定などをして頂き、本日のカフェは無事に終わりました。私が改めて思ったのは、施設に地域の方々に来て頂く事によって施設への理解がより深まると言う事です。明日も大勢の地域の方に来て頂き、より理解を深めて頂ければと思っています。

9時30分に点火しました。

9時30分に点火しました。

 

本部施設本館北側の竹藪で職員が掘ってきてくれたタケノコは既に湯搔いてあり、私が9時に本部施設に着いた時には水野係長が木をくべる所の割り木も綺麗にセットしてくれてあり、事務所で書類の確認等をしてから9時30分に外に行き着火式に挑みました。既に盛り塩はしてあったので、お酒を周りに振る舞い残ったお酒は鍋の中に入れ、割り木に着火剤を塗りチャッカマンで火を点け木を組んである下に入れて燃えるのを確認していると駐車場に2台の車が入って来ました。「誰が来たのかな」と思っていると、ホームページのリニューアルのプレゼンで選んだ業者の方だったのです。と言う事は私がお約束を忘れていたと言う事だと理解したので、タケノコの味噌汁作りは水野係長に任せて会議室に行き、契約書の打ち合わせをしました。打ち合わせが終わって時間を確認すると10時35分。「おいおい、10時30分から本館1階2階のお参りを予定していた。」と言う事で味噌汁作りは断念して急いで本館1階に行き、1階の入居者さんとお参りをして、お話を短めにしてから、味噌汁の味見をしてから2階に急いで行き2階の入居者さんとお参りをしました。昨年の8月から和合の施設で出来る限り午前はお参りをしているので本部施設においてのお経も力強いものになっていると改めて思っています。2階でのお参りが終わって1階に行くと西川課長が「昨日購入したカラオケ機で1曲で良いので歌って欲しい」と言われて嬉しい気持ちもあり『北の漁場』を歌わせて貰いました。(マイクが良いのか気持ちよく歌えました。)お参りを終えて味噌汁作りをしている所に行き、水野係長に状況を確認すると、入居者さんと職員の分は配り終わったと言う事だったので、残っている大鍋の中にうどんを入れて貰い昼食として頂きました。沢山の量を作ったのでとても美味しく頂けました。大鍋のはまだ残っていたので、残った分からおすそ分けとして和合の施設にも持って行きました。昼食後は和合に移動して先ずは鍋に持っていった味噌汁を職員が昼食をとっている所に持って行きました。食べた職員からは異口同音に高い評価を得ることが出来ました。そうこうしていると13時30分が過ぎている事に気が付き1階でのカラオケに行きました。昨日購入したばかり(本部と和合に購入しました。)のカラオケ機で1階の入居者さんと1時間カラオケを楽しみ(新しい曲、美空ひばりの『柔』のも挑戦しました。)終了後は15時に約束をしてあった岐阜県老施協事務局長との打ち合わせに行きました。課題も多くあり16時過ぎに打ち合わせを終えて本部施設に行き、明日、関ケ原町デイサービスの状況を見に行く事になっている伊藤係長に指導をしていると何度話をしても理解力が乏しくて、そんな中でコラムも書いていたので中途半端なコラムになってしまいましたがリピーターの皆さん、本日も忙しく動き回っていた事だけでも理解して頂ければ有難いです。

孫娘にはかないません

令和6年4月17日

昨日は奥たま『かをり様』の誕生日と言うことで『しゃぶしゃぶの木曽路』に行ったのですが、木曽路の駐車場に着くと丁度、次男夫婦が車から降りてきたタイミングで、次男に抱かれた孫娘を見つけて傍に寄って行き、次男が私に孫娘を抱かせようとした瞬間に泣きそうな顔になったので、私は思わず手を引っ込めてしまいました。思わず私も暗い気持ちになってしまいました。でも仕方が無いと思いました。だって毎日顔を合わせているわけではなく、ましてや3か月ぶりの再開で(このような表現になることが悲しいです。)人見知りが始まった様なので、当然の結果だと思わなければいけないのだと思いました。

会食が始まっても孫娘は、当たり前の事ですが「肉を食べたい。」とか、ましてや「ビールを飲みたい。」などとは言わなくて、子ども用の椅子に座ってスプーンやはしを口に持っていったり、おもちゃで遊んでいてくれているので、次男と私はビールで、かをりさんと次男の嫁はお茶で乾杯をしてから食事を楽しみました。次男がビールをおかわりしたのですが、私は冷酒に切り替えて久しぶりの冷酒を楽しみました。4合瓶を頼んだのですが、次男もビールを2杯で止めて冷酒に切り替えました。

酒を飲んでいるときも食事をしている時も、常に孫娘の所作を気にしながらだったのですが、会食に気を取られていたのか、突然孫娘が愚図つきだしたのです。愚図ついた原因は「お腹が空いていた」ということだったのですが、大人側は孫娘の事を気にかけながらも、お腹が空いているのに気が付いていないのは私も含めて如何なものと思いました。と言うのも次男がスプーンで食べ物を口に持っていくと、大きな口を開けて食べていたからです。泣いている顔も笑っている顔も食事をしている姿も可愛くて可愛くて「たまらんなー」と言うことで、来月の会食の約束も出来ました。理由は何と言っても愛娘の1歳の誕生日と忘れてはいけません、私の誕生日も5月なのであります。1カ月後の孫娘の成長を楽しみにして頑張っていきたいと考えています。

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