EPAによるインドネシア候補生が研修している横浜に行ってきました。

男性と女性の一人ずつが来年の1月5日に横浜での研修を経て当法人の仲間としてやって来るのですが、事前に二人の様子を見に行って来ました。昼食も一緒に食べたのですが、リカさん(女性)はお箸を使ってうどんを上手に食べていたので、「麺類は音を立てて食べても良いのだよ」と話しをして、食事後に名前をカタカナでしっかり書いてくれました。もう一人のジュル(男性)の方は「肉が大好きです。特に牛肉が好きです。」と言って肉を食べていました。勿論、ジュルの方もカタカナで自分の名前を書いてくれました。1年前には全く日本語など見たことない二人が、カタカナででも書けると言う事に頭が下がる思いでした。勿論二年前に来た4人もカタカナは書けたのですがインドネシアの候補生の能力の高さと勤勉さには舌を巻くばかりです。

京都府伏見区の社会福祉法人「京都老人福祉協会」から柴田施設長以下4名の方が来苑されました。

事業所内保育所の情報収集が主な目的でお見えになったのですが、施設見学にかなりの時間を割いて頂き、「思い」を語る中で「北欧式トランスファーテクニック」「看護職員と介護職員によるケア連携の研修」「法人の思い」等を話していて、お昼近くになったので大変失礼とは思いましたが、昨日、若山家のお祭りの残り物で昼食をとって頂き、またまた色々なお話しをさせていただき京都までのお帰りを遅くしてしまいました。

我が法人の職員は凄い!

敬老週間の一週間毎日、違った計画を立て見事に実施してほっとする間もなく、来月行われる全国老人福祉施設研修岡山大会に3事例も発表する事になり、それぞれに発表者とそのサポート者がチームを組んで原稿への取り組みとその修正。そして資料画面の準備に取りかかっていて、それぞれの発表原稿を見させて貰ったら、①オムツゼロの取り組み②畑を通して職員の取り組みが派生的に素晴らしくなってきた取り組み③地域を巻き込んで行く為の戦略的取り組みと多種多様な取り組みが生き生きと書かれており、しみじみ有り難いと思い、本日石川県小松市で介護福祉士会のお招きで午後三時間の講義をするために出掛けるのですが、頑張っている職員がいるので私も頑張っていかねばと、朝一番に原稿を書きました。

敬老週間の行事をやり切った職員に感謝

9月13日から19日が敬老週間と言う事で1週間毎日企画を組み実施しました。率直な感想は、職員がそれぞれに良く頑張ってくれたと言う事です。1日目は(13日)映画鑑賞会はデイサービスの企画でしたが、事前にチケットを作成しいかにも映画館のようにして「寅さんシリーズ」を楽しんでいただきました。2日目(14日)は、入居者と職員で育てたサツマイモ掘りとサツマイモの蒸かしいもの試食会。3日目(15日)は文化レクの一環として観音さんの絵に色付けをしていただき。4日目(16日)は、ミルクファームへの外出。これについては、単に外出すれば良いと言うのではなく、リスクを最低限にする為の下見があった事は言うまでもありません。5日目(17日)は月一回のバイキングを敬老週間にぶつけたものでした。秋刀魚を七輪の炭火で焼くパフォーマンスを取り入れ、地元産の新米による栗ご飯を中心に各フロアで楽しんでいただきました。6日目(18日)は、大垣市高屋町の老舗「寿司吉」さんのオヤジさんご夫妻以下6名の寿司職人さんが目の前で寿司を握って下さり、本格寿司を腹一杯堪能していただけました。入居者さんをお寿司やさんにお連れすることはなかなか出来ない事ですが、寿司吉のおやじさんの計らいで、あたかも寿司屋にいるかのような雰囲気の中で本格的な寿司を頂けたのには感謝の気持ちで一杯でした。勿論、職員達も事故が起きないように配慮してくれた事にも感謝してます。最終日の7日目は(19日)フロア対抗カラオケ大会&砂田おさむショーでした。職員は業務時間の合間にそれぞれに趣向を凝らし頑張ってくれました。ちなみに、優勝は事務所でしたが私は、前座を勤めるとばかりに、砂田おさむさんの持ち歌である「人生夢の途中駅」を珍しく緊張気味に(それはそうですよね。本人を前に歌うんですから。)歌わせていただきました。
とにかく、1週間通しての企画の実施は14年目にして初めての事でしたが、無事に全ての行事を終えつくづく思う事は、余暇委員会と行事委員会の頑張りが全ての面で職員を揺り動かし頑張れたな。と言うことと、結構、入居者様をくたくたにするくらいに参加させたにも関わらず事故も急変者もなかった事実に「思いは通じる」と言う事を改めて知る事が出来ました。本当に感謝・感謝の1週間でした。

如何!いかん!

8月はじめに東海北陸ブロック石川大会に参加させて頂いた報告以降、夏祭り(8月7日)の報告もしないままで9月を迎えてしまった。今日は1か月分の報告をさせていただき熱かった8月を振り返りたいと思います。
まずは、何と言っても8月7日に行われた夏祭り。北島実行委員長、吉澤副実行委員長の頑張りが全職員に乗り移ったかのように準備から当日から翌日の片付けまでしっかり出来ました。そして、何と言っても入居者の家族の方、地域の方、ボランティアの方、来賓の方も多く参加して下さり、総勢500人を超えたのは感動でした。その中で感じた事は多くの参加者だったにもかかわらず、参加者の皆さんにゆったり過ごしていただけたように思います。それは、開始1時間30分前に職員をホールに集め「黒子に徹して夏祭りを成功させよう。」と話したことを理解してくれた結果だと思います。また、北島実行委員長の想いが強かった事が今須保育園児へのチケット無料券や地元新明地区の方々に武藤介護職員によるオリジナルの団扇プレゼントと言うアイデアにつながったと思います。事故もなく無事に尚且つ大成功に出来たことにより来年もより一層の夏祭りが出来ることを今から楽しみにしたいです。
8月22日から23日に多治見にある特別養護老人ホームビアンカからトランスファーの研修に6名の職員がお見えになりました。最初に私がお話しをさせていただいたとき、日本介護支援協会発行の「負担の少ない介護のすすめ」のDVDを見てみえるかと確認したところDVDの存在すらご存知なかったので、かなり私自身はショックをうけてしまいましたが、その後ビアンカの職員さんから質問を受け答える形で午前中を終え、昼食後は当職員の吉澤研修担当リーダーが中心に長野ケアワーカーが助手になりトランスファーの実践研修を受講していただきました。私は全部に参加することは出来ませんでしたが、当職員のことでこんなことを言うのは恐縮ですが、上手に教えれるようになったなと感心して見ていられました。(これで、9月24,25日に石川県介護福祉士会南加賀ブロック主催のトランスファー研修への指導は安心して見守れそうです。)23日の昼食はバイキングで鮎づくしだったのですが、環境作りも含めてビアンカにとって参考になったのなら嬉しいのですが。
8月最後の31日には余暇委員会主催のビアガーデンが開催され、入居者さんが外で夕食をいただかれながら、ビールあるいはノンアルコールビールを飲んでいただき、私も雰囲気を盛り上げる為にカラオケの演奏に合わせて歌を歌わせて貰いました。(入居者さんのアンコールに乗せられて3曲も歌ってしまいました。)
余暇委員会主催のビアガーデンでしたが、明けや休みや業務が終わった職員が大勢手伝ってくれたのでビアガーデンの片付けが修了してから最寄のローソン店で買ってきた、おにぎり、お茶、おでん、から揚げで急遽の反省会まで開く事ができました。
今回のブログの内容は施設自慢のような内容になってしまいましたが、職員一同驕ることなくこれからも入居者さん、そして、その家族、地域の為に頑張って頑張って行きたいと思いますので、ブログを読んでいただいている皆さん叱咤激励を宜しくお願いします。

東海・北陸ブロック老人福祉施設研究大会石川大会に参加しました。

8月2日3日の二日間に亘って金沢の地で行われました研究大会について自分の感想も加味しながらレポートします。
施設を9時過ぎに私と副施設長、主任生活相談員と介護職員3名の総勢6名を乗せて、吉田主任の運転で出発しました。途中2回の休憩を入れても、宿泊予定のホテルに12時前に到着して、ホテルの地下街で昼食を6名でとりメイン会場である石川県立音楽堂コンサートホールに移動。受付をすませ、朱鷺の苑の武田先生の案内で本部へ挨拶に行き、岐阜県デイ協山田会長、石川県老施協今井副会長、愛知県老施協太田会長、名古屋市老施協尾関会長、福井県老施協木村会長に挨拶をして、開会式前の時間になりメインホールに移動。私はひな壇に座るわけでもないのでエレベーターを降りたところで皆さんと別れ、会場の入り口を目指しましたが、音楽堂は広くて方向音痴の私は迷いに迷って何とかメイン会場に着き、日頃お世話になっている方々にご挨拶の為に会場の中をうろうろ。そうこうしていると想定外な者が手を振っている。それは何と5年前に勝手に就職を決め、アパート暮らしをしている我が息子だったのです。(「参加するならすると連絡してこんか~い。」この話しはメインではないので、ここまで。)まずは、開会式では久藤会長の心温まるご挨拶から始まり、中田会長の代理で鴻江副会長と石川県社会福祉協議会会長であり石川県知事の谷本正憲様から主催者の挨拶があり来賓祝辞を山野之義金沢市長から頂きその後、感謝状授与式(335名)が行われました。引き続き基調報告を鴻江副会長が東日本大震災の援助活動についてと今後の流れについて話があり、鴻江副会長らしさは認知症についての下りでした。今後の特別養護老人ホームの重要な位置づけとして認知症があることを再認識しました。
休憩の後、31年間旅館日本一に輝いている加賀屋の代表取締役会長の小田禎彦様による記念講演でした。タイトルは「おもてなしのこころ」でした。特に印象に残ったのは、本質として①正確性。②相手の立場に立ってのおもいやりの心と話された事と、お客様の立場は、①ニーズの多様化。②個性化。③高度化と話していただいた時には、サービス業としての意識が希薄な業界である福祉の業界としては心しなければいけないことだと痛感しました。
一日目の研修を終え夜の研修はホテルで紹介して頂いた割烹料理店へ施設の職員6名で行き、山海のの珍味に舌鼓を打ちながら石川の名酒手取川の冷酒を頂きながらの研修も有意義でした。
二日目の研修日程は7分科会に分かれてのものでした。私は第一分科会に参加しました。第一分科会のテーマは「法改正に向けた経営・21世紀型と特養の経営」にさ参加させていただきました。実践発表が5例ありそれぞれに先進的な発表が聞けました。施設経営に携わっている私としては一番目の愛寿苑苑長の小川氏の「仕事のやりがい、生き甲斐を目指して」には、今後の展開を興味深く見ていきたいないようでした。また、助言者の矢野恵三先生のわかり易く力強い指摘には舌を巻くばかりでした。
二日間の日程が終わり、色々な分科会に参加していた職員が車に集合し、このまま金沢の地を離れるのは忍びなく、海鮮市場に向かい昼食は海鮮丼を頂き、この時間からは少しリラックスとばかりに、ビールと冷酒を頂いた報告をして研修のレポートとします。

台風6号が接近中。我が施設の職員は凄い

朝5時に施設からのメール。緊急事態発生か!と思いきや「厨房の職員が車が動かず対応に苦慮されています。」とのこと。「地元の職員に協力を求めろ」と指示をして家の二階の窓越しに21号線の状況を見ると全く車が動いてないのにビックリ!そうこうしていると携帯がなり「厨房の調理師が何とか到着して仕事にかかられました。」正直、非常食を食べて頂く支持を決断しようかと迷っていた時だったので一安心。
その後、本来7時からの早出の職員が6時半には全員出勤しましたとの報告。「我が施設の職員は凄い」嬉しいと思うと何かをしなければ気がすまない私は、動かない道を避け裏道を通りコンビにでおにぎりを買い早く出勤した職員をねぎらいました。
台風6号が接近中の中、爽やかな風が吹いた事の報告でした。

ケアポート板橋に施設間交流の為に行って来ました。

施設間交流の目的としては、お互いの良さを認め合いお互いに刺激仕合い施設のより良い環境をつくること。最初に仕掛けて下さったのはケアポート板橋の前施設長で現在熱川温泉病院のマネージングディレクターである田地先生が全国老人福祉施設大会千葉大会のシンポジストで当施設の水野副施設長のトランスファーを中心とした発表に興味を示され、田地先生が水野副施設長に名刺を持って挨拶に来て頂いたのが、そもそもの始まりです。かねがね積極的に施設間交流をしたいと考えていた私に取っては願ってもないビックチャンス。千葉大会から帰って副施設長からその報告を聞いた私は出来るだけ早くに実施したい旨を伝えたところ、田地先生自らが幹部職員を引き連れ、当施設のトランスファーの実施状況を見に来てくださり、その後、2泊3日で介護現場の責任者がお見えになり、最終日は台風が東京に直下すると報道されているので早く帰られた方が良いですよと何度となく投げかけましたが大丈夫ですと言って予定時間をオーバーして帰られる貪欲さ。次はEPAの先進施設であるケアポート板橋に年が明けた頃に行かせて貰いますと言っていたのにお正月早々の大雪で行けず、東日本大震災で行けず、私が体調を崩しと延び延びになってしまい、その間に田地先生が転勤されケアポート板橋との施設間交流もこれまでかと思っていたところ、インドネシアの職員4人を連れて来て下さいと言うことで、7人で行ってきました。当施設にお見えになった時も貪欲に研修されましたが、今回も当施設の研修担当リーダーによるトランスファー研修を二日にわたってフロアを変えて実施されたり、EPA交流として教務担当の植村さんによる日本語学習をしていただいたり、夜は田地先生も北海道出張から直接参加して下さり(白い恋人をお土産で頂きありがとうございました。)たっぷり意見交換会が出来ました。極めつけは、自前の厨房の昼食を頂いた時に管理栄養士の方から意見を求められた時は、自分の甘さを痛感しました。
思いつくままにレポートしましたが、これからもケアポート板橋の皆さん施設間交流を宜しくお願いします。

おもい、行動の基は健康にあり

ヘルスケア経営研究会編「マンスリーレポート」の本日(6月13日)の格言に「おもい、行動の基は健康にあり」が掲載されており、そのことに対するコメントとして「色々なおもいややりたいことを実行できるのは、健康のおかげです。そのための健康管理をきちんとしたいものです。」と言うのがありました。今回、入院治療をしたことにより痛切に感じた事。それは、健康でなければ夢を実現することも、好きな事をすることも、家族での団欒を楽しむ事も出来ない。退院したことを長男にメールで知らせたところ、長男から6月18日に退院祝いを家族全員で長男持ちですることになっています。健康に留意して、バリバリ夢を拡大し実現していくと共に、家族団欒も大切にしていきたいと掲載記事を見て思いブログにしてみました。

久しぶりのブログです。

久しぶりのブログです。
ブログは時間があるから書けると言うものでなく、思いが無ければ書く事が出来ないと言うこと。忙しい時こそ時間を上手に使えると言う事、そして何よりストレスは体の弱い所に出る事を、体調を崩し入院して理解しました。(おかげ様で明日退院です。)転んでも、ただでは起きない生き方をしてきた私としては、退院を機に色々な思いをブログで記して行く事にします。
一つ目は、入院をして優・悠・邑と比較してみました。入院して素晴らしい事だなと思った事から書きます。1つには、夜勤看護師さんが夜の9時前に声をかけてくださった事。特に入院当初に高い熱を出していた時に「何かあったらナースコールして下さいね。」と声かけて下さったのは、ありがたかったし、快方に向かいだしてからの朝7時頃の「おかわりありませんでしたか」の声掛けには、感謝、感謝でした。2つ目は主治医の森島先生が忙しい中を来て下さり、患者である私の話しを聞いて下さり、その都度薬を変えて下さったり追加して下さったり、血液検査の結果を説明して下さりと安心して先生にお任せしたいと言う感情を持つ事が出来ました。そこで、施設でも病院のシステムの良い所を導入していきたいと思います。
それは、夜勤者が就寝前に一人ひとりの方に声をかけてまわる事と、起床時にも声掛けにまわり、必要に応じて髪をとき目脂などを綺麗にして差し上げる事を徹底したい。また、看護師が勤務についたらそれぞれの担当エリアの入居者さん一人ひとりの状態観察をしつつ声掛けをしていくシステムを確立していきたい。忙しくて出来ないと言うのは自己弁護であって徹底出来れば、逆に時間に余裕が出来る事を実践を通して理解させていきたい。
次に入院者として気になった事を書きます。
1つには部屋の掃除をして頂いて思った事ですが、患者が寝ているにもかかわらず、いきなり窓も開けずに天井のほこりとりから始まったのには驚きました。2つ目は、私の部屋は食堂に近い為に介助で食べられる患者さんへの声掛けの仕方にもう少し業務として意外に優しいものが欲しいなと感じました。勿論、優・悠・邑の職員も再教育すべき者もいると思いますので病院に対して物申す以上はより一層頑張って行きたいと考えています。

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