第一法規株式会社から依頼を受けた原稿の締め切りが12月20日です。つまり明日なんです。

平成30年12月19日

本日から2泊3日で東京に出張で本日に原稿を仕上げないといけないのに原稿用紙40枚の内10枚程度しか書けていないので、朝イチで施設に行きパソコンとにらめっこして、岐阜羽島10時13分東京行きのギリギリの9時20分まで頑張ったのですが結局25枚程度しか完成せず、原稿依頼をして頂いた先生も本日会議でご一緒なので正直に謝ったところ、多くの方が出来ていないとの連絡を頂いているので正月にでもゆっくり書いて下さい。と言われて、安心するやら呆れるやら。東京での会議は13時30分からなので、東京駅からタクシーに乗り、取り敢えずホテルに荷物を預けに行こうと「都市センターホテルに」と伝えると「お客さん。都市センターホテルがどこだかわからないです。」おいおい、都市センターホテルも知らずに営業しているのと思いましたが「平河町の交差点に取り敢えず行って」と言うとこれまたわからない。仕方がないので「自民党本部はわかるでしょう」にもわからないとの答え。しかたがないので、ナビを入れて良いですよ。と言ったら、今度はナビが動かない。仕方がないので私が道案内をして取り敢えず都市センターホテルに着いたらしっかり料金は取られました。荷物を預けて本部施設まで歩き、いろいろな役員の方と挨拶をして、予定通りに会議が始まり、2つの会議が終了したのは19時で、明日の総会副議長としての打ち合わせは10時30分からと決めて帰ろうとすると、本日インドネシア介護福祉士候補生の受験対策が向かいのビルで行われていると聞いたので様子を見に行くと20時までだと言う事で私の顔を見ると当施設から来ている4人はそれぞれにびっくりしていました。全国から参加していると言うのに全部で30人もいない。当施設は全員来ているわけで、少しは感謝しているかな。今はホテルの部屋で携帯にコラムを打っているのですが、明日は忘年会もあり長い時間緊張するわけで早くに寝ることにします。

 

今日は私が18歳の時に我が家に来てくれた養母の誕生日です

平成30年12月18日

2年前に87歳で他界した養母の誕生日の今日、養母の話をします。私の父が60歳の時に私は名古屋で大学生活を謳歌していてお小遣いがなくならないと家には帰らない道楽息子で、姉は結婚して嫁ぐ事が決まっていて父を一人にしてはおけないと、17歳の歳の差があるにも関わらず我が家に来てくれた義理の母親です。姉と私は父の面倒をみてもらわねばとの思いから義母を甘やかしていたのでしょう。随分、いやいやかなりわがままな義母でした。そして私が30歳で結婚して来てくれた私の奥様かをりさんはかなり姑である義母には苦労していました。そして私が38歳の時に父が他界した時に事件が起きました。それは法律上義母は父が他界して私の家の同居人になることを嫌い私と奥様かをりさんは義母の養子となり、めでたく養母になったのです。そんな養母が80歳の頃から認知症になりきつい性格も相まってものとられ発言が多くなり、息子達にとって母親であるかをりさんが苦労している姿に嫌気をさして我が家を離れて行きました。しかしながらそんな養母であったとしても他界した今は仏様。色々ありましたが、今は私の奥様かをりさんも猫と花を育てながらの生活と時には大好きなタッキーの滝沢歌舞伎やコンサートあるいはディナーショーに出掛けてそれなりの生活を満喫しているようで、養母話題をしてもひきつる事はなくなりました。そう言う意味では行き仏は私の奥様かをりさんかな。

2018年12月17日 嫌な臭いのしない施設を目指して

平成30年12月17日

私が初めて施設造りの構想を練るのに一番に配慮したのは「臭いのしない施設を」でした。その為にトップライトを至るところに取り付け尚且つ中庭を設ける事にしました。つまり、風通しの良い環境を作る事でした。今の時期は寒いからと言う理由でなかなか窓を開けにくい状況になるのですが、臭いのある環境が私は嫌ですから入居者さんも同じ筈だと考えたのです。そして本日17時15分から本部施設で幹部会があり、窓あけと効率良く暖房を行うにはどうすべきか。そして決めた事を周知して徹底するにはどうすべきかについて激論を交わしました。幹部会に参加する職員がそれぞれの立場で意見を言うのを聞いていて心地よくなってきました。何故ならば、自分の立場ではっきりとした意見を述べているからです。自分の意見も言えなかった職員が頼もしく思えて本当に嬉しく思いました。

 

クリスマス会は無事に終わり、山崎ていじと日頃施設でお世話になっている方々との飲み会も終わり、今家に帰りました。(23時35分)

平成30年12月16日

クリスマス会では三太郎(帰って来いよの替え歌)、人生夢の途中駅の2曲と山崎ていじとの競演のお前しか愛せないの合計3曲それぞれに衣装を替えてのパフォーマンスはさすがに疲れましたが、救われたのは声がしっかり出ていた事です。衣装のパフォーマンスも自分なりに好評だったと思います。

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山崎ていじとの競演の時にていじと共に花束を頂く事が出来たのは、流石に花束を受けとる時にどきどきしました。自分で言うのも変ですが、足の長さは別にして歌は山崎ていじと遜色なかったと自惚れています。

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18時30分集合の飲み会もていじさんとの飲み会だけに「定時」始まりしっかり飲んだし良くお話をしました。二次会では山崎ていじも歌ってくれて万々ざいで、細かいハプニングはありましたが職員との協力で上手くいきました。但しサプライズで猫田県議会議員を初め渡辺参議院議員、大野参議院議員本人が会場へ来ていただけ、地域の方もびっくりの状況です。この現象は20年間地道に活動した明かしと素直に喜ぶ事にします。コラム投稿を8月22日から続けていたのが途切れてしまうのは、確かに時間はありませんでしたが嫌なので、家に帰り酔っぱらいながら携帯のメールに打ち込んでいるのでこのまま更新するのにはやや不安がありますが、連続記録をする事に意義を見出だしているので、少々の乱文傾向あるいは意味不明のところがあったとしてもご容赦下さい。

 

 

本日、お茶会が行われました

平成30年12月15日

地元のお寺で八房の梅で有名な聖蓮寺の前お庫裡さんが裏千家の茶道の先生で中学生、高校生の生徒さんを引き連れて施設に慰問に来てお菓子も持参でお茶会をして頂きました。何度か来て頂いているのですが、本日も凛とした雰囲気の中で行われました。何故、凛とした雰囲気の中行われるのかと言えば、お庫裡さんの指導が行き届いているのと、中学生、高校生の方が実に手際よく作法に乗っ取り粛々とお菓子を運び、お茶をたて運んで頂けるから。私は2杯も頂きましたが、温度良し味良しで、入居者さん利用者さんもいつもとは違う緊張感を感じられながらたのしまれました。お茶会は無事に終わりお見送りをするために玄関先で待っていたら、高校生の生徒さんが大学に進学して静岡県に行かれるので今回が最後になるかも知れないので記念写真を撮りたいとの事で地域交流ホールに戻り記念写真を撮り車のお見送りをしました。その後昼食を頂き(豚骨ラーメンでした。)いよいよ明日開催されるクリスマス会の準備で私の責任で行う来賓で来て頂いた30人の方と山崎ていじを囲んでのクリスマスケーキを頂くかいの会場設定をあーでもない、こーでもないと職員の協力を得て行いました。私の明日の役割は来賓の方に失礼がないように配慮する事と開会の挨拶と山崎ていじショーの前座で皆さんに楽しんで頂く事と、クリスマス会が終了し解散した後の日頃お世話になっている方々と山崎ていじの飲み会の対応といっぱいあり、報告は明日のコラムでしますのでよろしくお願いいたします。なんたって明日は入居者さん(110人)利用者さん(27人)職員(50人)家族(40人)来賓(34人)のクリスマス会ですので・・・・・。緊張感いっぱいです。

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明後日(16日)に本部施設でクリスマス会です。

滋賀県大津市で開催されたタウンミーティングから帰って来るとクリスマス会用の看板が地域交流ホールの天井に吊るされ、クリスマス会までのカウントダウンが後2日の掲示も大きくされて、1週間前にインターネットで頼んだ5Lのしぶめの衣装も施設に届いているし、14時からの面接を済ませてからは急激にクリスマス会モードになり、カラオケで「三太郎」の歌と「人生夢の途中駅」の2曲を歌い、しみじみ自分の歌に惚れ直し?(クリスマス会に参加される方は乞うご期待下さい。絶対上手いからと自惚れている宏君です)2曲しか歌わない予定なのに10曲以上歌ってクリスマス会への気持ちを高揚させていましたら、11月末にEPA介護福祉士候補生として豊田市で半年間勉強して施設へやって来たインドネシアの女の子2人がホール前で歌っている私の前を通り拍手喝采。「うーん、やっぱり私は歌が上手なのだ。だって歌は万民のもので、響くものがあったのだ。」とますます自惚れて。衣装が決まりますますクリスマス会モードに。しかしながら、私が注文した衣装はこれ以上大きなサイズがない5L・・・・。小さい頃の私を知ってる私としては絶句以外にない。但し上着は5Lでぴったりだけど問題はズボンだわね。だって思いきりと言うかバッサリと言うかとにかく、ズボンを切らなくてはいけない。発注元の業者さんにお願いですが、上着に合う半ズボンも販売して下さい。自分で業者さんにお願いしながら悲しくなってきた。でも足が短くても風格があって威風堂々としていれば素敵と言って下さる方が1人でもいて下さったらそれで良い。だって足が長いから素敵とばかりは言えんだろうが・・・・。そう言えば本日面接をした二十歳の男の子が180センチは優にあり、「私のお腹の肉をあげるから足を20センチほど分けてくれんか」と冗談を言ったら、「出来るなら良いですよ。」と返され、苦笑するのみ。でも、私は大きな声で堂々としているから大丈夫と・・・・。またまた意味不明のコラムを書いてしまいました。

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滋賀県大津市にある琵琶湖ホテルに来ています

平成30年12月13日

11時30分から琵琶湖ホテルで開催される全国老人福祉施設協議会主催のタウンミーティングが行われる為に我が施設を9時過ぎに出て、慣れない代車のBMW5シリーズを、おっかなドキドキしながら運転して琵琶湖ホテルにナビに誘導して貰いながら着いたのは10時30分でいわゆる1時間前行動をする事が出来ました。早かったのですが3階にある役員控え室に行くと滋賀県老人福祉施設協議会の藤居会長がおみえになったので、藤居会長が以前施設長をされていた施設見学の時にお世話になった事をお伝えすると(実に15年ぶり)驚かれて、その頃のお話をして2人で盛り上がりました。タウンミーティングは、全国老人福祉施設協議会とそれぞれの都道府県との情報交換と意見交換をする場で、11時30分からは滋賀県老人福祉施設協議会の正副会長さんと全国老人福祉施設協議会の役員とのランチミーティングで、園田参議院議員から4月の介護報酬改定の政治決着による舞台裏の話しを中心に今の人材確保の為の手立てなどについての意見交換を熱く行いました。

その後13時30分から滋賀県老人福祉施設協議会の会員施設との意見交換をしていく中でも、園田参議院議員からのお話を皆さん熱心に聞いて頂き、14時30分には園田参議院議員が公務の為に東京に帰られると言う事で退席されてからは「人材」「災害」「介護報酬改定」等についての話し合いがされ、私も逐一私なりの意見を言わせて頂き、17時30分の終了予定が若干延びたのですが、最後の総括の役割を私がさせて頂きました。17時50分からは交流会があり参加させて頂くのですが、体調が完璧ではないので、お酒は控えつつも、滋賀県老人福祉施設協議会の会員施設の方々としっかり交流を深め、今は全国老人福祉施設協議会の会員施設でない施設も沢山入会して貰えるように頑張って話しをしたいと思います。

※岐阜県は海はないし大きな湖もない県なので思わず琵琶湖の写真を撮ってしまいました。

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関ヶ原町地域ケア会議から帰ってくると

平成30年12月12日

東京出張から帰り、北村社会保険労務士の先生との打ち合わせ、岐阜広告の棚橋社長との打ち合わせ、滋賀ドライの田中社長との打ち合わせを済ませて気が付くと15時40分。慌てて16時からやすらぎで行われる関ヶ原町地域ケア会議に出掛ける事にして諸般の事情で代車がきていて乗ろうとしてびっくり。何故なら、まだ300キロしか乗ってない5シリーズ・・・。「おいおい私の車よりでかい代車を持ってくるなよ。」ここはいつも以上に慎重運転で。慎重運転だったのですが16時にはセーフ。会議は三輪議長の元で進んでいく中で、改めて関ヶ原町の細やかな対応に関心しつつも私なりの意見をしっかり言わせて貰い17時30分に会議が終了して施設に戻ると玄関を入ったところにある地域交流ホールが賑やかなのでどうしたのかと様子を窺うと職員がクリスマス会の出し物の練習を元気よくやっている。それぞれの業務を終えてこの元気。有り難いと思うと同時に私の負けん気が頭をもたげ・・・。でもでも私は明日は全国老施協主催の滋賀県大津市で開催されるタウンミーティングに全国老施協役員として参加しなければいけないので一日いないから練習出来ないし・・・。大丈夫です。私はいつも喉を鍛えて歌もしっかり歌っているし、お経さんも大きな声であげているし、(これは関係ないか)人前で歌を歌う場数も踏んでいるので、決して準備不足ではないと。しかしながら、我が施設の職員のやる気モードには頭が下がるし有り難い。でも20年前の立ち上げ時から出来ていたのではなく、この現象からも継続は力をしみじみ感じた次第です。だって、20年前の現状は挨拶すら出来ない職員が多くいたし、思いを語れる職員も数える程しかいなかったから・・・・・。そういう意味でも16日のクリスマス会は楽しみです。でもでも、やっぱり歌の練習をしたいな。2曲共に私の勝負曲とは言え歌い終わるまで心配だな・・・・。この現象はきっと小さい時の対人恐怖症の影響かなー。でも大丈夫です。私の心臓は蚤の心臓からキングコング並みの心臓になったから・・・。でもでも・・・・・。やかましい。今の宏非君なら大丈夫と言っとるがね。と言う事でリピーターの皆さんも私が上手に歌いクリスマス会を盛り上げる役割を果たせるように応援当て下さい。

職員の慰労を兼ねて東京へ出掛けます

平成30年12月11日

本日は第11回「介護作文・フォトコンテスト」の表彰式が東京都北区東十条にある図書印刷株式会社1階ホールで午後1時より開催され本部施設のデイサービス責任者である北島部長がフォト部門で入選したので応援団兼保護者??(保護者の割には私の荷物を北島部長が持ってます。)として参加する為に今は新幹線に乗っています。北島部長に応援団としてついて行くと話をすると「写真を撮って送っただけですから遠慮しておきます。」との返事だったので私は「そうではない。北島部長が撮ったから利用者さんは良い顔をしてくれたし、エントリーをしなければ入選する事はなかったわけで、今後に繋げて行くためにも盛大にしなければいけないのだ。」と話をすると「喜んで行かせて頂きます。」で、本日の出張になったのです。ところでフォト部門で入選したことは既にこのコラムでご承知だと思うのですが、よーく考えてみるに、我が施設ではイベントが多くシャッターチャンスは多いのにフォト部門での入選は初めて(ちなみにホームページ部門では特選を頂いています。)これは、見せ方や撮り方に問題があるのだと改めて思いました。と言うのも、全国老人福祉施設協議会の広報委員長の福島さんによると施設名や都道府県名は全くわからない状況下で審査しているとの事なので、沢山のエントリーをしても素晴らしい写真は賞に入ると言う事だから、良い表情を醸し出す企画力には自信を持っているので、豊かな表情を引き出す手立てを講じる事が肝要・・・・。とりあえず今度の日曜日(16日)に行われるクリスマス会では、豊かな表情を引き出す為に私は腹踊りでもしますか。いやいや率先垂範もいいけど・・・・。私はとりあえずド派手な衣装で登場しますか・・・・。どれだけの方が喜び良い顔をしてくださるか?私は今からわくわくしてます。

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ベトナムからの留学生を初めて受ける事になりました

平成30年12月10日

男女一人ずつの2人を受け入れる事になりました。それぞれに日本語検定の2級と3級を取得している優秀な子で来年の4月から中部学院大学に入学する事が決まっています。4月からの2年間は社会福祉学部の学生としてしっかり学業を頑張って貰いながら、土曜日、日曜日には和合の施設で仕事をして貰い、大学を卒業してからはなるべく長く働いて貰えたらとの思いはありますが、その質問に対しては、女性は出来たら日本に永住したいと言ってるし、男性は7年間しっかり働いてお金を貯めてベトナムに帰って会社を立ち上げたいとの事。2人とも立派な志しだと思うので出来る限りの支援をしてあげたいと考えています。

ベトナムからの職員の受け入れは初めてですが、9年前からEPA介護福祉士候補生の受け入れでインドネシアから沢山来ていて、現在本部施設に11名と和合の施設に1名の計12名が在籍していて、和合のシスカさんは本部施設での経験で1回目のチャレンジで介護福祉士の国家資格を取得した優等生。インドネシアに1ヶ月一時帰国して現地で結婚式を挙げて旦那さんを呼び寄せ、和合の施設から歩いて5分とかからないアパートから2人の子育てをしながら仕事を頑張っています。10年が節目になるので、今後のプランを聞いてみたら「日本の食べ物が美味しいので日本にずっとたい」。との答えを貰い嬉しい限りです。介護人材が枯渇していく状況下で色々な手立てをして人材を確保すると共に人材定着の為の手立ても講じて安定した施設運営をしていきたいと考えていますのでリピーターの皆さんもバシバシご意見を下さい。

あとはクリスマス会まで6日になりました。こちらもわくわく感いっぱいで期待に沿うように頑張っていきますので・・・・・・・・。

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