昨日に引き続き新人研修が行われています。

優・悠・邑の事業開始から15年の年月が経過して、新人研修で講師を勤めれる職員も多くなり、時々研修状況を見に行ったりして、「安心、安心」と思い、30年以上前に私が大学を卒業して、神戸北小学校の4年3組担任の未熟な教師だった時の事を思い出しました。それは、4年3組の担任だった6月に校内研究会で私の授業を校長先生以下全員に参観して頂いて、板書も駄目、授業内容も駄目、ビデオの付け方もおろおろになってしまって先輩の山田先生(「その節はご迷惑をおかけしました。」)にフォローしていただき、研修会後の校長先生の評価では「唯一救われたのは、若山先生頑張れーと子ども達が応援している事がわかって、若山先生が子ども達に慕われていることがわかったことかな。」と言われました。そして、次の日から校長先生が毎日廊下から見てみえるのが日課となり、校長先生の靴音がすると、子どもの方も一緒になって緊張してくれていたこと。そして、9月に当時の西濃教育事務所の教育課長さんが私の授業を見に来て頂いた時には、自分でも満足の行く授業が出来て、その日を境に校長先生の足音がなくなった事を思い出しました。そしてつくづく思うのは、色々な方々に助けられ今があることと当法人の職員に任せれる喜びを感じた一日でした。

昨日(1月18日) 職員互助会の新年会が行われました

忘年会に参加出来なかった職員で新年会が木曽路大垣店で開催されました。木曽路と言えばやっぱりしゃぶしゃぶです。正月元旦に蔵出しした大吟醸と山梨から贈って頂いたワインを持ち込んでお肉の追加とふぐさしのオーダーをしてしっかり食べたし飲みました。勿論しっかりお話も出来ました。木曽路での一次会が終わり送迎バスで帰る職員を見送り幹部5人を引き連れ二次会へ。そこでは飲んで歌って、何とか日をまたぐことなく家にたどり着きパジャマに着替える事もしないで爆睡〓そして本日は朝8時半から新人研修。私が理事長として法人の理念等を11時まで話しをして〓二日酔いで体調が悪いなどと言えば示しがつかないので頑張りました!私の後は副施設長が職員としての心構えを話しして、午後からは伊藤介護主任が介護のいろはとして、食事、排泄、入浴の研修をみっちり三時間。明日も引き続き研修で吉澤研修担当リーダーがトランスファーを副施設長が看取り、緊急対応、感染症。吉田主任生活相談員が環境整備の講義とみっちりの研修が行われます。休み無しで頑張れ
るのも職員が頑張っているから〓明日も気合い入れて頑張ります。

痰の吸引等に伴う研修による3回目の演習が昨日行われました。

一回目、二回目共に8時過ぎまでかかったのでベッドを五台リースして指導看護師の補助を依頼して19名の体制で実施しまして終了したのは8時半……。協力して頂いた方はクタクタ!しかし、三回で103名の方受講者は自信を持って頂けるまでに出来たと自負してます!

母親に感謝

昨日、鈴加佳子一座の座長代理のなんちゃってみゆきさん以下三人が今年初めてのボランティアにきて下さり、その折りお茶を一緒に頂きながら話していたのは「忙しい方の方が約束は守って貰える。」と言う事でした。その時しみじみ思いました!今年もあっという間に半月経ったけど一日もゆっくりする日はなかったなと。だけど、入居者さんとの約束も、あるいは、びっしり詰まったスケジュールもこなせたのも、忙しく健康にいるからだと!!虚弱だった私を身を粉にして守ってくれた45年前に他界した母親に感謝して仏壇にお参りしました。お経を唱えながら感じたのは、いつも以上にろうそくの火が高かったように感じたのは私の思い過ごしでしょうか!?

45年前の今日が私の生みの母秋江が天国に召された日です。

中学1年生だった私には、母秋江さんには、目の中に入れて育てて貰った思い出しかないのですが、最近、デイサービスの利用者さんから「あんたが秋江さんの息子さんか。秋江さんの家は機織屋さんで若い時は一緒に仕事させて貰ったし、秋江さんは綺麗な人やった。」等と言われることが多くなってきました。私には中学1年生の母親しかないので戸惑うばかりですが、早くに親を亡くすと良い思いでばかりなので悪いことばかりじゃないなと感じた一日でした。
尚、母秋江の思い出はいずれしっかりしたいと思っています。

インフルエンザが関ヶ原に猛威を奮って来たようです。

関ヶ原町内の保育園で欠席者が多くみられるようになってきたと言う話しが聞こえていたのですが、当施設においても1月12日からショートを利用開始になられた方が午前の体温チェックでは平熱だったのですが、10時40分の段階で震えがあると言う事で熱を計ると40.7度あるとの報告を得て、すぐに家族に連絡すると30分もしないうちにお迎えに来てくださり、その結果インフルエンザであることを家族の方から連絡を頂き、急ぎ居室の清掃と消毒をすると共にうがいと手洗いも徹底と体調管理の徹底、施設内が50パーセント以上の湿度管理の為エアハンの活用の徹底を周知しました。今回は早期発見と早期対応が出来、インフルエンザにかかられた方には申し訳ありませんが施設の感染対策の引き締めが出来たことに安堵しています。

私の新年初のブログの原稿は懺悔からです。(しかも本日は1月14日です・・・)

私のブログの前回の原稿はなんと昨年の11月30日だったのです。「日々進化するホームページ」等と常日頃豪語してきた私としては、その結果に絶句と懺悔しかないことを痛切に理解するしかありません。
12月には11月に引き続き吸引等に伴う50時間の講習が1日、2日、5日、6日とあり9日には受講者の事業所の看護師さんを対象にした伝達研修があり、12日、13日には演習を行い(夜の9時過ぎまでかかり、指導看護師さんはくたくた)15日、16日は宮内先生による会計研修が岐阜都ホテルで行われ、17日には当法人の理事会・評議員会が開催され補正予算の承認等を頂き、21日にはクリスマス会が実施され演歌歌手の山﨑悌史さんが来演して、22日、23日には三重県伊賀市の施設職員がトランスファー研修にお見えになり、夜の交流会には三重県老施協前会長の山下理事長も参加くださったり、27日には当法人の忘年会があり、29日には餅つきがあり、ばたばたで正月の準備をして、元旦には施設内を獅子舞が練り歩き、3日には演歌歌手の砂田おさむさんが来演して下さり、5日にはインドネシアからEPAの関係で当法人の仲間にアディ君とリカさんを横浜まで車で迎えに行き、7日には地元新明地区の新年会に私を含め3名で参加させてもらい、8日と9日は入居者さんの通夜及び葬儀を当施設で執り行い、10日は岐阜県高齢者安心・安全策定委員会で地域性を考慮した施設と在宅の両輪での計画の重要性と特養が震災時等において籠城型として避難場所に適していることに対する評価をすべきだと言うことをしっかり述べさせて頂き、昨日13日には岐阜県健康福祉課による法人監査が行われ、今日はようやく一段落と言う事で振り返りの意味も込めてパソコンに向かっています。
懺悔の意味を込めて、私の得意技である「有言実行」としてここに宣言します。例え一行であったとしても継続は力也です。毎日このコーナーに書きます。そこでお願いがあります。このブログを見られたあなた。是非素晴らしいリピーターになって下さい。そして私に対する叱咤激励やご意見・ご感想をお願いします。

介護職員等によるたんの吸引等の実施のための研修事業が始まりました

岐阜県下から第一期生103名の研修生が岐阜経済大学で11月28日から研修が始まりました。計画をして案内をする段階では80名を予定されていたのですが申し込みが多かった為、演習の日程を1日増やして実施する事になりました。本日3日目!疲れが出てくる頃ですが一人の遅刻者もなく、居眠りされる方もなくメモをとりながら真剣に聞かれています。なんたって座学だけで50時間とプラス演習を1日。しかも、その後試験があり、合格点は90点。その後、それぞれの事業所に帰って、指導看護師から実地研修で合格評価を頂いて始めて岐阜県から資格証が頂ける流れ。大変な研修ですが責任ある業務を出来るようになるためだからやむを得ないのですが、受講生が全員岐阜県から資格が貰える事を祈りながら研修会を見守りたいと思います。

「思い・おもい・オモイ」 パート1

不定期に私の思いや生き様を思いつくままに書いていきますので、リピーターの皆さん、リピーターでない皆さんも、私の生き様コーナーにもお付き合い下さい。

お蔭様で優・悠・邑を開設し14年目を数え幹部会、副リーダー会、全体会が月1回必ず開催出来るようになり起案等も多く出るようになってきた今、このブログの中で今一度初心に返り「思い・おもい・オモイ」を確認することにします。
大学を卒業し父親の意向で教員になったものの楽しく子ども達と遊ぶのは得意な先生だったと思いますが、当時の校長先生を始め多くの先生方にご迷惑ばかりかけていたので、自分の意志で退職しました。正直、自分の意志で何かを決断したのは、此の時が始めてだったように思います。(全く情けない話しですが)退職したことを父親に報告した時の何とも言えない顔をされたのは今でも脳裏に焼きついています。その時父親から絞り出すようにして言われた事は「今須は田舎なので、教員として勤めていたのにこの頃家にばかりいて、若山進先生(私の父親)の息子さん何か変だと言われたら困るので家を出た方がいいぞ」と言われ(今思うに、体の良い勘当だったのか?)ダムで沈んだ旧徳山村でその当時民宿をされていた増山たづ子さん(インスタントカメラで何10万枚もの写真を撮って写真集を何冊も出された徳山村の当時の語り部)の家に民宿のお客さんがある時には私が料理を担当することで居候を決め込み半年飲めや歌えの生活をさせてもらい、8月末に児童養護施設の指導員として声を掛けて頂き、9月から勤める事になりました。紹介者があり折角のお誘いでしたが、福祉の「ふ」の字も知らない自分でしたので、翌年の3月で辞めるつもりをしていたのですが、福祉の水があった為(児童養護施設の子ども達に育てて貰ったことにより)12年間がむしゃらに子どもと向き合い、2年目からは高校全入の為マンツーマン特訓に明け暮れた12年間については次回不定期コーナーで書く事にします。

ボランティアの方に教えて頂きました

昨日(11月14日)に毎月第二月曜日に来ていただいている「なでしこ会」(「なでしこ会」と言いながら小倉っちKと名乗る男性の方も見えますが)あるいは「鈴加桂子プロダクション」のボランティアの方に色々なことを学ばせて頂いたので職員への発信の意味も込めてこのブログに書かせて頂きます。
まず最初に驚かされたのは、車から降りられる姿の中に、遠目からは京都のホンマもんの芸者さん?玄関先でお迎えした時もホンマもんの芸者さん?だって髪結いがかつらと違う!思わず玄関先でインタビュー「どちらからお見えになったのですか」「はい、京都の祇園からドスエ」(一本取られた)「この髪はかつらにしてもぴったりですね」「かつらと違います。地毛ドスエ。髪結いの出来る方は大垣では一人だけでその方が出来なくなったら私は芸者になれません。」ボランティアに来て入居者さんを楽しませる為にここまで。(感動!)
開演されての感動はヒートアップ!小道具に火鉢やござ、人力車、渡世人の衣装、花嫁衣裳・・・・・。
もう一つ、驚いたと言うより教えて頂いた事。それは手作りの名札を見る側の分も用意していただいた事。会の代表のなんちゃって美幸さんにその理由を聞くと答えは明快!「名前でお呼びして握手すると喜んで貰えるから」
いつも、相手の身になってと言っている私自身が面食らいました。来月の企画に今からワクワクしています。末永く宜しくお願いします。

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