「ありがたいなあ」

平成31年2月4日

全国老人福祉施設協議会の代議員の選挙がそれぞれの都道府県で行われ、岐阜県の選挙日程は2月8日からなので私も再度代議員選挙に出る為に推薦人を10人お願いしなければいけないので、現役員を中心に推薦していただくために電話連絡をさせて貰うとどの方も快諾し了解して頂く事ができ改めて、「ありがたいなあ」と思いました。これも、副会長の時代から数えると8期16年の実績を評価していただいていると思うと改めて身が引き締まる思いです。また、本日は午前10時からの約束で岐阜県高齢福祉課から本部施設に3人もの担当者が来て下さり、「高齢者雇用の為のシステム作り」と「外国人材への普及活動のシステム作り」と今後の在り方や岐阜県老人福祉施設協議会の協力体制について話し合いをしました。これは介護人材枯渇時代に何をすべきかを岐阜県として真剣に尚且つ具体的に取り組んで頂けると言う事で、これについても「ありがたいなあ」と言う事です。私が高齢者福祉事業を始めると決め、岐阜県高齢福祉課を初めて訪ねたのは40歳の時。つまり、今から25年前の事。その当時は担当部所もわからずうろうろしていて、名刺をお渡しするタイミングもわからず、多分お話をする時に声も上ずっていたと思います。その当時と比べたら状況にも雲泥の差があるように思いますが、私自身もこの25年間、地道に頑張ってきた証なのだと思いますが、これからも奢る事なくしっかり足を地に付け頑張って行きたいと考えていますので、リピーターの皆さんにはこれからも、是は是、非は非として声援を送って頂ければと思いますので、これからも末長く宜しくお願い致します。

本日、月1回バイキングが実施されました。

平成31年2月3日 本日のバイキングのテーマは「節分~しっかり食べて鬼退治!~」で主食は太巻き寿司・いなり寿司・恵方巻き(東北東)ロールパン(いちごジャム)。主菜は刺身(まぐろ・ぶり・サーモン)チキンボールのデミグラス煮。副菜は大根の味噌煮・大豆サラダ。汁物はいわしのつみれ汁。デザートは果物の盛り合わせ(りんご・オレンジ・キウイ)といつもの昼食とは一味も二味も違うもので、入居者さんも喜んで頂けたのですが、厨房、管理栄養士、各フロアの責任者、各フロアの職員との連携がうまくいってないフロアがあり、少しモタモタ感があったようです。今回は事故等につながるような事はありませんでしたが、大変な事態になれば後悔してもしきれないので、次回のバイキングまでに体制を確立したいと考えています。具体的にはバイキングを実施する意義を再度認識して、それぞれの役割を確認して入居者さんの笑顔をもっともっと引き出し、それが職員の喜びになるように頑張りたいと考えています。 バイキングは、平成12年12月から開始して18年以上楽しんで頂き、内容の充実は確実に出来ていると思うのですが、常に初心を忘れず、その都度その都度を喜びにでき常に新鮮な感動を持って展開出来るようにしていきたいと思います。職員のわくわく感と冷静な対応が入居者さんの快適な空間を作っていくものと確信しています。 節分と言う事でバイキングの後は鬼さん登場の「鬼は外、福は内」の掛け声で鬼になった職員は退治されたのですが、考えてみたら「福」の役割がなかったので「鬼は外」ばかりだったとの声も出ていたので、来年の節分では「福」が外からやってくる役割を作ろうかと考えています。「福」の役割はお腹に福をいっぱい持っている私の出番かな・・・。

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「遠慮は三流のわけ」

平成31年2月2日

私は平成18年8月8日から全国老人福祉施設協議会の役員として途中一年だけ諸般の事情で休ませて頂いた時期はありますがおおよそ12年間全国老人福祉施設協議会に関わらせて頂いているのですが、最初に頂いた役割が立ち上がったばかりの総務委員会幹事で、その当時の総務委員会のメンバーはそうそうたるメンバーで、名前と顔を一致させて会を円滑に進めさせて頂くだけでいっぱいいっぱいだった事を覚えています。そして全国老人福祉施設協議会の役員として行かせて頂くようになって2ヶ月がたった10月のある日に、その当時の中村会長から食事に誘われ、多分私を入れて8人で円テーブルで食事を頂く事になったのですが、私以外の役員の方は凄い方々で、ガチガチに緊張していて、私の前に出ている料理を口にまで持っていくことが出来ずにいたところ、中村会長から「何を遠慮しとる。遠慮などせずにしっかり食べなさい。」と声を掛けられても少ししか食べずにいると中村会長が私に語り掛けるようにお話をして頂きました。それは「私が若い頃、元総理をされた方のご自宅に招かれ食事を頂く事になった時に、私は遠慮なくしっかり頂いた。そして、会がお開きになり参加された方が帰られて私は参加者の中で一人だけ残って元総理の奥様と一緒に後片付けをして、全てが片付いて玄関先に行くと奥様が『中村さん助かりました。また来て下さいね。』と言って私を見送って下さった。とお話をして頂きました。私は今でも深い話だと思いますし、まだ、本部に行くようになって2ヶ月しか経ってない私に向けて話して下さった事に対して感謝の気持ちでいっぱいなのです。中村会長は全国老人福祉施設協議会を全国社協の傘下から独立させ、国に対してものが言える組織にして頂いた立役者であり、中村会長の5年先、10年先いやいや20年先までも見通した洞察力に対しては今も敬意を持っています。例えば、当法人が人材確保の一貫としてEPAによるインドネシア介護福祉士候補生を9年前の2期生から導入したことによって今では本部施設に11人と9年経っても和合施設で立派に働いている職員もいます。ちなみに彼女は旦那さんを大垣に迎え入れ(旦那さんは彼女の扶養家族)4歳と1歳の子もいて、子育てが一段落したら本格的に働いて中堅職員として頑張ってくれるものと思っています。遠慮は三流からかなり話題が違ってきましたが、中村会長の想いでを語るとうるうるしてきますが、あまりに早い死を受け入れれない一人ですが中村会長の教えは行き続けていますので、その教えを守り語りながら全国老人福祉施設協議会が日本の介護におけるトップランナーで光輝けるように微力ながら頑張っていきますのでその点についても見守っていて下さい。

遠慮は3流の話し

平成31年2月1日

本日はびわこ学院大学教授の烏野猛先生をお迎えして西濃支部生活相談員部会の研修を当法人本部の優・悠・邑で「「災害リスク」と言う新しい苦難と備えについて」をテーマにして行いました。開始時間は10時で終了は15時の調停場のものですが、参加者の皆さんは真剣に受講されていました。10時の開始時には東海北陸ブロック防災協定の為に福井県の愛全園の生活相談員2人も参加する予定でしたが、10時になっても施設にみえないので、愛全園の施設長に連絡を入れると11時30分から12時の間に到着するとの事だったので、「なるべく早く来て頂き、研修内容の意図を理解して貰いたい。」との思いから、11時30分前から首を長くして待っていたのですが、12時を過ぎても到着されず、結局12時15分に到着された次第です。しかも昼食は米原インターチェンジで降り、施設の入り口を通り過ぎ関ヶ原駅近くの食堂で食べてきたとの事で、私的には「愛全園の園長は私の話をどのように理解したんだ。」と言う思いと、「11時30分に着くと言う事は当方で昼食の準備をしているはずなのだから昼食を済ませてくるとは何事か」と言うことです。但し、この考え方は相手方には考えられない事なので致し方がないのでしょうが、私的には中村会長の口癖だった「遠慮は3流」の言葉を送りたい。仮に12時近くに施設に到着しても遠慮することなく堂々と「食べてません。」と言って頂いた方が気持ちが良い。それに遠くから参加して頂く方に出さないと思う方が不自然でしょ。くどくどと言いましたが、甘える所は甘えて素晴らしい仕事をして頂いた方が良いと言う事です。しかしながら、私の思いで一方的な考えを書いてしまいましたが、深呼吸をして考え直してみると色々な事が浮かんできます。1つには「相手の方に自分の思いや意図を伝える事の難しさ」であり、2つ目には「相手の方の立場を組み入れる事の難しさ」です。究極のところ私はまだまだ未熟だと言うことですかね。しかしながら、65年生きてきた生き方を変えるのも難しいし・・・・・。うーん、困ったこまったこまどり姉妹とおやじギャグを言って終わります。

2月9日付けの週刊現代の記事が最高なので紹介します

平成31年1月31日

記事のタイトルは「ハチャメチャだったけど、もう一度会いたい人を語り合おう」です。全てが興味深いのですが、特にインパクトの強いのをチョイスして紹介します。(但し私の主観で有ることをお断りしておきます。)先ずは俳優の勝新太郎さんです。ホテルで水を持ってきたボーイさんにチップを一万円も払われる理由に「俺はいろんなところで、一生懸命生きている人たちを見学させてもらっている。チップは生の演技への授業料なんだよ」(大胆且つ凄い探求心の持ち主だったと思いました。)次に大地喜和子さんの逸話をカルーセルさんが話しています。「「あわれ彼女は娼婦」」と言う舞台を私は最前列の席で見ていて、喜和子はスッポンポンで演じているから、すべて丸見えでした。終演後に彼女にそのことを告げると『だって、ヤッた後、シーツにくるまっているシーンなのに、パンツはいていたらおかしいだろ』って、とにかく芝居に命をかけていた。」」(役者魂の凄さをさらっとして、当たり前でないことを当たり前にしてしまうのは、やはり凄い。)次にダイエーを創業した中内功の強烈な逸話をノンフィクション作家の佐野眞一さんが語ってます。「たまたま中内さんと同じ飛行機に乗ることがありました。彼はエコノミー席に座っていたんですよ。『ファーストクラスではないんですか?』と私が尋ねたら、『ファーストクラスに乗ったら目的地に速うつくんかい』と。中内さんの人柄を表した出来事でしたね」また、『戦争による飢餓で苦しんだ日本人に腹一杯になるまで牛肉を食べさせたい』には食への思いがダイエーを大きくしたのだと思うし、中内さんの徹底した合理的考え方がダイエーの原動力だったのだと、改めて知りました。その一つの逸話がチラシの裏側にも宣伝を入れさせたとも書いてありました。今では当たり前のように行われている事ですが、当たり前でなかった時にその発想を持たれたのは私自身も見習わなければいけないと思いました。次に紹介するのは、元浜田幸一後援会幹部だった小泉義弥氏の浜田幸一さんの逸話です。「浜田先生は直言居士の政治家。アメリカが漁業交渉の時にアメリカが日本に対して『こちらの水域にいる魚は獲るな』と迫ってきたとき、先生は即座に『わかった。日本はアメリカの魚は獲らない。その替わりにアメリカの魚には全部星条旗を付けておけ。そうすればアメリカの魚は獲らない』と交渉の相手に言った。」(その当時の日本の状況を考えるとよくぞそんな事を言ったな。と思いました。)まだまだ紹介したいものはありますし、読み方の甘いコメントもあったと思いますが、私が言いたい事はリピーターの皆さんには理解して頂けたのではないかと思います。このような逸話を読むと私もまだまだ頑張らねばいけないともおもいますのでリピーターの皆さんにはますますのご支援をお願い致します。

携帯を新しくしました

平成31年1月30日

施設用の携帯はスマホではなくて所謂ガラケイです。1日に何回もこちらからかけ、かかってきて酷使をしていて昨年の8月22日から連続で1000字から2000字をガラケイの携帯を使って打っていたので、充電も毎日していたので充電をするところがしっかりと入らない状態でしていたので、携帯を少し動かしても外れてしまいその度にピッピピッピと音がして。

その現象にイライラしていたので、先週の土曜日にドコモショップに行ったらさらっと「予約のみ本日承ります。」と言われ「どんなに忙しいんや」とも一瞬思ったのですが、大勢の方がおとなしく待っているのを見てすごすごと帰って本日は堂々と予約がしてあったので15時前にお店に行って直ぐに対応してもらえました。私の今まで使っていた携帯には1200件以上の電話登録とスケジュールも1000件以上登録しているのでこの2つは新しい携帯に入れ替えて貰わないと大変だとお願いしたのですが「電話登録は出来ますがスケジュールの方は出来ません。」と言われて、少し粘ってお願いしたのですが無理だったので、本日までのについては、今まで使っていたのを温存しておき、明日からの分で入力してあるのだけ改めて打ち直そうと納得して、そのように対応する事にしました。

今まで使っていた携帯と見かけは同じなのですが、中身は微妙に違うので今までのように使いこなすには少し時間がかかると思いますが、充電の差し込み口はしっかりと収まってピッピピッピと言う嫌な音を聞かなくて良いだけよくなったと思っています。だって、寝ていて充電をしている時にピッピピッピと鳴ったりしたらリピーターの皆さんだって嫌でしょ。新しくなった携帯になっても頑張ってコラムを打ち続けますのでこれからも末長くリピーターでいてください。

あっとそれから、本日ドコモショップ大垣西店で対応してくださった男性スタッフの対応は完璧でした。具体的に言うなら何か私が対応すると、例えば私がサインをすると「どうもありがとうございます。」と気持ちを込めて言って頂けたのはマニュアル通りだとしてもゴミの回収に来た同僚の方にもしっかりとお礼を言われていたのはとても素晴らしかった。ひょっとしたら、私がとても派手な服を着て行ったので「ヤバイ人」と思われて、対応ナンバーワンの方を付けてもらったのか?いやいやみんな対応が良いのでしょう。だからこの店はいつもいっぱいのお客様なんだ。くどくど書きましたが、新しくなった携帯をぼろぼろになるまでコラムを書き続けますのでこれからもよろしゅうお願い致します。

昨夜は角田君を励ます会の後、赤坂見附で飲みました

平成31年1月29日

当法人から四人がトップセミナーに引き続き角田君を励ます会に参加して、食事も出ましたが凄い人で(700人)あまり食べれなかったし、せっかく法人から四人も参加したので赤坂見附にある馴染みの店「あんど」に連れていき和食を大将お任せで頂きました。最初の一杯は生ビールと烏龍茶で乾杯。一杯は生ビールにしましたが、「和食に合うのは熱燗やろ」と言う事で、熱燗二合を頼んだらおちょこが小さいとクレーム!?をつけたら二合の徳利が6、7杯で終わってしまうような大きなおちょこで・・・。最初の内は烏龍茶を飲んでいた職員は泊まらない予定で飲むのを控えていて、20時にはお店を出て帰る予定だったのですが、スマホ情報で新幹線が動いていないとわかり、急遽ホテルを予約して泊まる事に。(いつもの口癖である予定は未定であり決定ではないの決定的バージョンです。)それからはガンガン熱燗を飲んで(二合を多分七本)しっかり食べて。お腹一杯のまま帰ると健康に悪いからと歌を歌えるお店をあんどの大将に案内して貰い。そこでウィスキーのロックをガンガン飲んで歌は多分調子に乗って七曲は歌いました。私たち四人以外にお客様がいなかったのでお店の方にも大切にしてもらい居心地も良かったので。お陰様で6時に目覚めてもまだお酒が残っている感じなのでゆっくりお風呂に浸かり13時からの会議にシャキッと参加出来るように早目の昼食をとり、12時過ぎには会議がある会場に行き役員さん達と話をしていて定刻の13時に会議が始まり16時終了予定が17時10分に終了。17時33分発のひかりに乗りたいとバタバタっと片付けタクシーを停めて、運転手さんに東京駅丸の内側まで急いで欲しいと告げて、東京駅丸の内でタクシーを降りたのは17時20分。丸の内の連絡通路を走った走った走ったつもり・・・・。携帯電話でタクシーの中で予約しておいた切符を券売機で受け取り、またまた走りました。18番ホームに着くと列車は既に停車していて、「まもなく発車しますので御乗車の方はお乗り下さい。」のアナウンス。指定された座席に着くと列車は動き出しました。ところで、会議が1時間以上延びたのは活発な意見が多く出て非常に良い雰囲気だったので、会議に参加しているメンバーも延長したことに批判的な方はみえませんでした。勿論私はいつでも必ず意見を言うのですが、本日は五回も手をあげ発言させて頂きました。私達の業界は介護報酬を頂いて事業を営んでいるのですが、より素晴らしい展開をするには適正な報酬単価を確保しなければいけないので、頑張って良い方向に行くようにとの想いで会議を行っています。充実感に満ちた中で新幹線の座席でコラムの原稿を書いていると幸せな気分です。今の調子で頑張りますのでこれからも宜しくお願いいたします。

 

今日、明日の2日間東京です

平成31年1月28日

今は新幹線の中です。(現在の時間9時16分)東京駅に11時10分に着き、宿泊するホテル(シングル8500円)に荷物を預け12時30分からの会議に挑みます。いつもと違ってホテルに荷物を預けるのは最初の会場が参議院議員会館の地下の会議室ですので荷物をたくさん持っていると検査が面倒だし、会議会場を三回移動するので身軽な方が楽だとの判断で予定より早い新幹線に乗った次第です。私の長男である優・悠・邑和合の事務長も参加するのですが、私は岐阜羽島からで長男は名古屋から乗車するので議員会館で合流するように昨夜の和合での全体会終了後に打ち合わせたのですが、(20時30分)「行った事がない」と不安そうでしたが、1がなければ2、3とつながらないし私も不安だった事をクリアしてきたのだから、自分でクリアすべきだと。(そんなに大袈裟に言う事ではありませんね)。参議院会館での会議は全国介護政治連盟と角田後援会の合同会議があり、来る7月に行われる参議院議員選挙に向けた活動についてと組織強化の話し合いです。その会においてもしっかり意見を言いたいと思っています。但し意見を言う以上はしっかりと役割を果たしていくのは当然の事とも考えています。参議院会館の会議が終わると憲政記念館に移動して、トップセミナーと角田君を励ます会があります。明日は全国老人福祉施設協議会正副会長委員長拡大会議があります。この2日間私に与えられた役割をしっかり果たしていきたいと考えています。(本日の日程がバタバタになりコラムが挫折するといけないので行きの新幹線の中で予告編のような形で書きました。)

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家族会主催の誕生会が開催されました

平成31年1月27日

29年4月から家族会主催の誕生会を開催して頂くようになって22回目の開催だったのですが、1月誕生日を迎えられる方が多く最年長の方は大正10年1月18日生まれの満98歳で9日違いの大正10年1月27日(正に本日が誕生日)の98歳の方、97歳、96歳、92歳、92歳、91歳、91歳、90歳と9人おみえになり、最年少の方が73歳で総勢15名の方の誕生会でした。誕生日を迎えた方の家族も15名参加して頂け盛大に行われました。先ずは、家族会会長の吉田儀一さんの思いのある挨拶の後、施設長である私が挨拶をして、その後誕生日を迎えた方の担当者が選んだ誕生プレゼントを吉田会長から一人ひとりに手渡して貰い、ケーキと飲み物を家族の方と共に食べて頂きしばしの団欒の後、最年長の方から順番に「ハッピバースデイ」の歌をみんなで歌いました。(つまり、15回歌いました)歌を歌う前にお名前と年齢を進行している吉田部長が紹介するのですが、それぞれに良い顔をされていました。その中で特に微笑ましかったのは、90歳になられた男性入居者さんの紹介をした時に、その男性の方が大きな声で「わしの歳は90歳になったのか。まだ70歳くらいだと思っていた。」と言われて、参加者全員大爆笑。すべてが終了して、「70歳くらい」と言われた方の所に行って「90歳だよ」と背中を叩きながら言うと家族の方共々にまたまた大爆笑。そして、「90歳でもお元気だから。70歳と言っても大丈夫かも」と言うと「うんうん」とうなずいてみえました。そぜぞれの日に行っていた時はフロアで誕生日の紹介くらいだったのが大勢の方でお祝いすると1+1=2ではなく3にも4にもなることが継続した結果として職員共々理解できた事例と言えるのではないかと思っています。これからも入居者さん、家族、職員共々わくわく感のある企画を頑張ってしていきたいと考えていますのでご支援ご協力を今後とも宜しくお願い致します。

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1月7日から視聴していた「陸王」見終わりました

平成31年1月26日

主役を務めていた役所広司さんの一言一言の重みを感じながら、メモを取りたいと思って取っている内に次の場面になってしまい、次の言葉に感情移入をしてしまうと前の言葉を忘れてしまったり、涙で文字が見えなくなったりでなかなか控える事ができなかったのですが,何とか聞き取ったのを紹介しますと「なまじ本当の事を知らない方が本当の事を知ることが出来る。」「越えなければいけないのは自分自身だ」「値段が付かないものにも価値があるものがある。」『挑戦しなければ勝ちもなければ負けもない』どの言葉もうんうんと肯くばかりです。私も38歳で児童養護施設の指導員を辞し、いばらのような道でしたが、色々な事に挑戦してきたからこそ今があると思うと、陸王の社長(役所広司)のようなスケールではありませんが私もいっぱい物語が語れると改めて思いました。ところで、メモをし損なって悔しがっていましたが、良く考えてみたら、ビデオなのだから巻き戻して確認すれば大丈夫なのに、次の展開が見たくてその余裕がなかったのですが、もう一回じっくり見て、しっかりメモをしたいとおもいます。

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