ネクタイが短いです

平成31年3月16日

いつもいつも感じていたのですが、私がネクタイを絞める時にネクタイが短くなってしまい、何度も何度も締め直しをしなければいけない状況があり、私の奥様かをりさんに、「どうして短くなるの」と聞いてみました。すると、しらっとシビアに「若い時の首周りは何センチだった。」に対して宏くんは「37センチ」と答えると、私の奥様かをりさんが「今は何センチ」と返してきたので、再び宏君は「48センチかな」と答えると私の奥様かをりさんが「11センチも首が大きくなったんだから、その分ネクタイが短く感じても仕方がないわね。」と言われて、返す答えがない。(事実は小説よりも奇なり・・・)でもでもアメリカのトランプ大統領のネクタイは滅茶苦茶長いぞ。(きっとトランプ大統領のネクタイはオーダー何だろうなー。)

そこで私の奥様かをりさんがダメ押しのように「反り繰り返っているお腹を凹ませたらちょうどの長さになるんじゃない。」とのたまうので、私は完全にノックダウンです。体は重いし、動きも遅い。「こんな体に誰がした。」と都都逸風に言ってみても空しいだけ。しかしながら、体が成長した分ネットワークも大きく成長したぞ。あかんことばかりでないぞ。家では晩酌しないけど外でのお付き合いでお酒を一杯飲んで、好きでないものもたくさん食べ(それ以上に美味しいものも食べていますが・・・。)成長してきた『青大将』が「アナコンダ』になった・・・。これは立派な職業病・・・。でも自分の体は自分で守らなければ。朝一には県会議員の事務所開きに参加して、これからは、参議院の会が岐阜であるので(17時から)出かけて多分この会でも食事が出ます。これまた修業で頑張ってきます。

 

 

昨夜は地元の素材を生かした料理を頂きました

平成31年3月15日

『たらのめ』『ふきのとう』の天婦羅を頂いたのですが、極めつけは『熊の肉のなべ料理』でした、私は基本的にはいわゆる『下手物』と言われる食材は苦手ですし、日常的には食べません。しかし、食事に誘って下さった方が「理事長、熊の肉は最高ですから是非召し上がって下さい。」と言われたので鍋の中を見ると、油でぎたぎた・・・。私は肉は赤身と決めているし「これは大変な食べ物だ」と思ったのですが、ここは勇気を振り絞って食べました。けっして「めちゃくちゅ美味しい」ものではないし、油でぎたぎただし・・・。ここは大学時代に培った役者魂で飲み込むしかない。このような状況は衆議院議員の先生と焼き鳥やに行き生肉を飲み込んだ時以来か・・・。あの時もにこにこしながら「美味しいですね。」と言ったっけ。今回は、生飲み込みをするまでには至りませんでしたが、美味しそうな顔を作り何とか食べました。苦手な物を食べるのは命がけだと思いながら「これまた修業」と考えています。しかしながら、昨夜布団に入ったのは11時30分位でしたが、5時30分には目覚め昨夜お風呂に入っていないので1階のお風呂場まで歩いていく時に感じたのは、朝起きた時にはいつも基本、腰が痛いのですが、「あれっ」と思う位に痛くない。これはひょっとしたら熊の肉の効用かも。だとするとこれからも、熊の肉を食べると良いのか等と私の奥たまかをり様に話すると、「熊の肉を食べるより自分のお腹の肉を何とかした方が良い。」としらっと言われて返す言葉が見つからない。」でも、布袋様のお腹で幸せを呼ぶお腹だと言われる為には、ガリガリの布袋様では洒落にならないので、何を言われてもガンガン飲んでガンガン食べるぞ。そして世界平和に貢献するぞ。こんな分けの分からない事を言ってるのは昨夜の酒の性。いやいや熊肉で元気な頭の回転をしているのかも・・・。リピーターの皆さんはどう思われますか。

介護事業における人材確保

当法人にはEPAによる介護福祉士候補生が本部に11人と和合に1人の合計12人がいます。その内2人は介護福祉士の国家資格を取得していて和合の職員は母国であるインドネシアで結婚式を挙げて旦那さんを大垣に呼び寄せ今は子ども2人も授かり4人家族で和合の施設に5分とかからないところから出勤してます。この4月からは和合の施設にベトナムから中部学院大学に留学する学生2人来てくれる事になっています。昨年4月からは中学を卒業した男子を採用しましたが、いつもニコニコと頑張っていてくれます。ちなみに、この4月からは和合にも中学卒の男子が入職します。本部施設にはかつての利用者さんの家族が介護を終えた女性が60歳になってから介護職として働いていて、昨年70歳で介護福祉士の国家資格を取得し、生き生きと働いていますし、若い職員にフォローして貰いながら頑張っています。デイサービスには全盲の職員がマッサージ業務で頑張ってます。洗濯業務をしている方はもうすぐ80歳になるような方も頑張ってます。足に障害を持った職員もパソコン業務を頑張っています。今後は児童養護施設でバーンアウトした子を再生してマイナスをブラスにしていく展開をしていき、人材確保で裾のを広げていきたいと考えています。

中学時代の同級生が集まりました

平成31年3月13日

34人しかいない同級生の内12人も集まり夕食を地元の喫茶店でしました。昨年の暮れに当法人のコミュニティハウスで同窓会をして貰った手前もあり、バタバタの1日ではありましたが集合時間である18時より若干遅れての参加でしたが参加させて頂き、殆どが昨年集まったメンバーだったので、何人かにお礼の挨拶をされて、中学校時代出来が悪かったわたしとしては、恐縮至極。取り敢えず4月の地方選挙に出る同級生の話題であーでもない、こーでもないとひとしきり話した後で、夕食のメニュー決め。たった12人のメニューがなんだこんだでなかなか決まらない。お店の方が数の確認をすると14人分ありやり直し。お互いに65歳を過ぎるとややこし過ぎ。何とかダブリの分をみつけて、ようやくメニューが完了。順番にお膳が運ばれ夕食を頂いていると、中学時代に卓球部の部長をしていたN君が「たまにホームページを覗くと「話題が豊富で凄い。」とまたまた褒めて貰えて、改めて昨年8月22日から連続更新出来ている事に、マラソンの有村さんではないけど「自分を褒めてあげたい。」と思った次第です。実は12人中6人が当施設にご縁を頂いていて、改めて生まれ育った今須の地で頑張れている事に感謝です。20時に会が終了して駐車場へ移動中に、英語が抜群に出来たY君が私のところに近づいて来て、「昨年の同窓会でコミュニティーハウスに行ってみて、凄いものを建てたとビックリした。」と、これまたお褒めの言葉を頂き、自信がなくておどおどしていた私が50年の年輪を重ねた重みをひしひしと感じている次第です。これからも地元の為に汗をかきたいと改めて思った次第です。(朝からバタバタだったので家に帰り湯船に浸かりながらのコラムですが、キリンさんの首を長くして待っていてくださったリピーターさんお待たせしました。また、遅くなってご免なさい)

渋滞を緩和するには高速道路が必要だと再認識しました

昨日、関ヶ原インターチェンジが事故の為に上り線が閉鎖されていて岐阜羽島まで大変な思いをして行った事はこのコーナーで書きましたが、今日の朝刊で4台が絡んだ事故で死亡者も出て6時間以上関ヶ原から大垣間が閉鎖していたとの記事が掲載されていました。関ヶ原から閉鎖されていた為に上り線の車は全部、関ヶ原でおろされた為に国道も大渋滞で動かなかった事を知りました、朝の混雑とも合間って私はイライラしながら、施設へ車のスピーカーでの通信をしながら抜け道をたどり、何とか一本後の列車に乗れたのですが、よーく考えてみるに、高速道路がなかったら毎日昨日のような大渋滞が起きると言うことなのでしょう。町つくりをしていく為には、車の台数が増えていくのに比例して、道路の整備をしていかないと、「車なんか誰が買うか。毎日渋滞して役に立たん」と言うことになり、結果として車の購買力が落ちてしまう。ここで思うのは、町つくりにしても、防災対策にしても『後追い』で施策をするのではなくて、10年先、20年先を見越した計画が大切だと、今回の事故によって改めて理解しました。さて、本日の写真は岐阜県の事業で施設の上流に大きな砂防と施設の南斜面に山崩れ防止の工事を5年計画てして頂いているのですが、山肌が整備されて山の木が倒れやすくなった所があり地元の有力者の方から『里山事業』をこれまた岐阜県の全額補助でやってはどうかの提案があり、お陰さまで補助を付けていただき、本日は正に木の伐採が盛んに行われている現場で写真を撮ったしだいです。これもまた、地震対策でありリスクマネージメントだと思っています。あってはならない事ですが、東南海で大きな地震が起きれば、土砂災害の可能性があります。いやいや、それよりも斜面をしっかりして貰う事により福祉避難所として大いに活躍出来ると確信してます。これぞ正しく将来を見据えた対応と自画自賛してます。但しこれが実現したのは地元の皆さんの理解と岐阜県の理解があったればこそです。これからも未来ビジョンを持ちながら頑張りますのでますますのご理解ご支援を宜しくお願い致します。

 

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改めて「予定は未定であり決定ではない」を嫌と言うほどに知りました

平成31年3月11日

本日は全国老人福祉施設協議会理事会が東京平河町の本部ビルがある塩崎ビル7階で開催されるので時間に余裕を持った対応を66歳を迎える5月までに習慣付けようと、岐阜羽島10時13分発に乗るために9時20分前に施設を出たのですが、関ヶ原インターを入ろうとすると前の車が変な動きをしているのに、まずは「いらっ」。右側のゲートから入ると名古屋方面は通行止めで、係員の誘導でゲートを出ると、メチャ混んでいて車が進まない。裏道を通り何とか少しは進み流れが出てきたように見えた所で本線に合流したら、直ぐに動かなくなり、高速道路の閉鎖がどこまでなのかを知らないことにはどちらに向かって良いのか分からないので、本部施設に連絡すると「養老では駄目なので大垣インターに向かって下さい。」との事で知らない道をナビを頼りに走っていくと大垣インターの表示があり一先ず「ほっ」。今は岐阜羽島のこだまからのぞみに名古屋で乗り換えて東京に向かっているのですが、改めて「予定は未定であり決定ではない。」を知りました。今回は一本遅れで済んだので車内でお弁当を頂けば会議に遅れる事はないのです良かったですが、今の時代は想定外と言われることが沢山おきます。いみじくも本日は3月11日で8年前の今日、東日本大震災だったわけで、一本遅い列車になった事をごたごた言うことではないか。ただしもう一つ言わせて下さい。それは車内販売でお弁当とお茶を買おうとしたときです。私はうっかりして一万円札しか持ち合わせてなくて、申し訳なさそうに一万円札を出すと、「お釣りがありません」と言われたので小銭でも払えないかと財布の中身を確かめてもないので、困って思わず商品を返して昼食なしでも「お腹には蓄えがあるし一食抜いても大丈夫」と自分に言い聞かせていると、販売員の女性の方はおもむろに五千円札と千円札を数えて、「大丈夫です。」だと宣われたので、この販売員の女性の方は釣り銭を数えるのが面倒だったのか、お金がどんたけあるのかも分からずに仕事をされているのか、どちらにしても私は恐縮をして一万円札を出した次第です。あと40分で東京に着きますが今は雨もあがり良い天気になってますので、取り敢えずお弁当を頂いて、本部での理事会に臨み頑張って行きます。(帰りの列車の中では疲れて、コラムが書けないといけないので、行きの列車の中で本日のコラムはクリアです。)

午前6時、午後6時でも明るいです

平成31年3月10日

6時過ぎに起きて施設に行き、入居者さんや職員に挨拶をする為に車を走らせていても、つい最近までは暗くて、楽しくなかったのですが、今朝は明るくて「頑張るぞ」とテンション高く行くことが出来ました。そして、昨日は東京から帰り午後からフォーラムホテルで行われた会議に引き続いての研修会を終えて、途中でタイヤ交換をした車を取りに行っての帰りにも午後6時を過ぎても明るくて、このまま家に帰るのが申し訳ない気分になりました。(実際には東京から帰ってからの大垣での対応だったので直帰させて貰いました。)

しかしながら、入居者さんの傍に行ってご挨拶をするとそれぞれに良い顔をして頂けるので、正直一日の中で一番楽しみな時間だと思います。「朝早くから大変ですね」と言って頂く方もあるのですが、私自身は入居者さんや職員から元気を貰っているので大変だとは決して思っていません。

写真の盆梅の話をします。この盆梅は入居者さんが自宅で丹精込めて育てられたものが、「施設に入居して息子が水をやってくれないので駄目になってしまう。」と言われたので、出入り業者の植木屋さんにユニックを持ってきて貰い家まで行って運んできたものです。新館の入居者さんなので、イベントが本館で行われた時は必ず、職員の水のやり方に注文をつけられるのですが、今は綺麗に咲いている盆梅の花に満足のようです。この入居者さんは施設に入居される前は病院で全く気力がなくて、歩く事すら忘れてしまわれたような状態で、入居当初は眠れないとの訴えも多く、薬への依存も多かったのですが、今は盆梅や盆栽が生き生きしてきたのと同様に生き生きとしたメリハリのある生活をしていただいてます。今朝も朝食にコーヒーで好みのジャムやバターをパンに付けて食事を楽しんでみえました。

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充実した日々の中で

昨夜は二次会を岐阜の役員3人で行い、お酒もしっかり頂きましたが、それ以上に情報交換がしっかり出来ました。18時からの一次会スタートだったので22時までの四時間で終了してホテルの部屋で爆睡していて、午前1時40分にメールが入り「何事だ」と目を覚まし携帯の画面を見ると、午前1時8分に本部施設に震度3の地震があり、館内の入居者さんに混乱はなく、設備も異常がないとの報告。当施設の職員は本当に頑張っていてくれると改めて感謝し、私が忙しく走り回っていても大丈夫な体制が出来ていると思いました。私はと言うと朝風呂に2回入りしゃきっとしたところで、荷物の整理をしていると、本部施設からメールで機械設備の確認をして大丈夫だったとの報告に改めて感謝、感謝。準備を整え、同じホテルに泊まっていた林副会長と共に品川駅から新幹線で岐阜羽島に向かい、本日の富士山は雪景色。(残念ながら乗客がいっぱいで写メはとれませんでした。)岐阜羽島に予定通り着き、大垣で雪タイヤから夏タイヤに換えて貰い昼食を食べて、認知症の連携会議と講演会に参加しました。明日は、6時過ぎから施設の職員と入居者さんに挨拶して回り、その後は決済をしなければいけないし、職員の配置替えについての話をして・・・。明日もバタバタかな。明後日は全国老施協理事会の為にまたまた東京。毎月12日はお墓参りに行くのですが、行けそうにないので明日時間を作って行ってきます。バタバタの中で地に足をつけた生き方を頑張ります。(絶対かっこつけすぎ・・・)

一杯いっぱい

平成31ねん3月8日

岐阜羽島10時13分発新幹線の予約を携帯で取り(久しぶりに予約を取ろうとしたため取り方が分からず吉田部長の協力を得て・・・。)事務連絡をパソコンで確認したり、外線の対応をしたりしていて、車に乗ったらいつもの事ながら「いかん時間がない」駐車場に車を入れ、券売機で切符を手に入れエスカレーターでホームに着くと列車がタイミング良く入ってきて、取り敢えず「セーフ」。車内は混んでいて、お隣が空いてないので遠慮気味に携帯を操作してます。でも、アクシデントがない限り東京までは連れていってくれるので一杯いっぱいの状態は脱出しました。

ところで、9時前に施設に向かってると、あちらこちらで、当施設の公用車を見かけ、つくづく思いました。設立当初は公用車はデイサービスに一台と特養に一台の二台しかなかったのに今は11台もあり、この20年で施設の状況も随分変わったと思いました。

それにしても、新幹線は混みますね。だって、空席は一つもないですから。まだ隣に知らない方が座っていて、足を組み(ちなみに私はお腹が出ていて足を組むことは難しい—-。)スマホとにらめっこされていますが。

本日は、13時30分から全国老人福祉施設協議会正副委員長拡大会議があり、終了後は岐阜県から参加している幹事二人と共にかつて副会長をされた長老との意見交換会を仕組みました。私もこの5月で66歳。次世代への備えをしなければいけない立場だと考えています。かつての大長老の口癖は「老兵は過ぎ去るのみ」でしたから。私はまだ、老兵と言われるにはまだまだキャリアがありませんが、慌ててバトンするのではなく支障が出ないように緩やかな流れを作っていきたいと考えています。

本日は品川プリンスで泊まらせてもらい、明日は西濃地区の認知症連絡会と研修会がありますので、なるべく早くに帰りたいと考えていますが、一日おいて11日は全国老人福祉施設協議会の理事会があり再び東京にいかなければいけないので、10日の日曜日はしっかり施設で頑張りたいと思います。こんなに充実した日々を送れるのも健康であればこそ。油断する事なく精進していかねば。あと一つ私の真骨頂を言わせて下さい。

私は昨日、5日の日に竣工式にお招き頂いたところの理事長先生にパソコン打ちではありますがお手紙を書き、当法人のパンフレットや広報誌とチラシと共に岐阜新聞に掲載して頂いた素描の本を送付しました。今後の理事長先生との交流がどのように進展していくのかワクワクしています。「アクションなくして展開なし」(かっこよく決めたつもりなのですが)

 

 

目が痒いし腰が痛い.

平成31年3月7日

朝のニュースで韓国では、日本での警戒域の2倍以上のPM2.5で視界がかすんでいるとの情報で、その後の報道では西日本にも流れてくるとの事。今の日本ではスギ花粉とのダブルパンチ。当法人は『杉和会』。名前を聞いただけで目が痒くなるような状況の中、外に出ると「目が痒くて」目を掻きむしるか、目ん玉を取ってしまいたいくらいです。いつから花粉症状が出てきたかと言えば、体重がどんどん増えてきた時期と符合する。これは、「布袋様のお腹」等と言ってる場合ではないな。話は変わって先般足の裏が痛くて診療所に行ってレントゲンを撮った結果を聞きに行ったら、「足には全く異常がないです。」と言われてついでに過去のデーターで腰のレントゲンを見て、「一般の方の背骨は曲がっているのに、若山さんの背骨は真っすぐですね。」と言われたので、施設に帰ってその話をすると、「お腹が出ているので、背骨が真っすぐになったんですよ。」と言われ、これも布袋様と関係あるのか・・・。よーし、やせたる。目指せウエスト75センチ。そんだけ細くなったら軽くなりすぎてジャンプが10メートルくらいは出来るかも。それは漫画の世界だからやはりしょせん無理な話か・・・。

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