朝の報道で思った事

令和元年5月15日

どんな報道だったかと言えば『岡山市には用水路が多くあり用水路と道の境に何の施策もしてない所が多くあり、用水路に落ちて亡くなられた方が多く見えるが予算が付かないので手付かずの所が多くある』との報道でした。確かに夜に歩いたり、自転車で通ると危なかったり、道路が狭く(報道している画像を見ると)車が通ると自転車や歩行者が危ないように思いました。実は私も養老サービスエリアで食事をしようと外から入り食事後に水路の上に橋が架かっていて、橋があると思っていた所には橋が無くて2メートル近く落ちた覚えがあります。そこは幸か不幸か70センチ近くヘドロが貯まっていて、ズボズボっと言う感じで落ちたので怪我はなかったのですが、とにかく臭いが凄くて家に帰りお風呂に直行しました。(お風呂で良かった。これが病院だったら洒落にならない。)良く考えてみると、私の長男が小さかった頃(約30年前)は我が家の前も用水路があり、(結構な幅で深さは2メートル位あったと思います。)今から思うと「よくぞ落ちる事無くいたものだ」と言う事ですが、色々考えると、30年前は今ほど車は走っていなかったし、地域の方々の声掛けもしっかりしていた。我が家の地区の高齢化は顕著で(私も明日で66歳です。)昼間に外にいる方は殆どいません。用水路に蓋が設置された時には、冬場の雪解けが大変だとの声もありましたが、車の量が多くなったのと、車が全体的に大きくなった事もあり、不満の声は聞かれなくなりました。事故が起きてからでは遅いので何とか予算的配慮をして頂ければと遠い岡山の事ですが思った次第です。そういう意味では、本部施設の南側に大々的な予算を岐阜県でつけて頂き土砂防止の工事をしていただけているのは大変ありがたい事です。

ベトナム留学生について

今年度から初めて留学生の受け入れをすることにして、ベトナムから男女一人づつ二名が3月24日に当法人の職員が迎えに行きご両親にも挨拶をする予定でしたが、出発前直前に書類審査で不備があり、ビザが下りないとの連絡が来たのですが、ベトナムで両親共々不安になっていると考えると、予定通りベトナムでご両親や本人達に安心してもらう為に3月24日にベトナムへ職員に行って貰いました。

そして、それと共に急遽大学に状況把握の為に行くと、大学側の説明は「補助金を当てにした書類では審査が通らない」との説明を繰り返すばかり。「そのように書類を指導したのはそちらやろ」と思いながらも、「今年来れなくなるのは絶対に駄目だから、しっかり指導して貰う為に忍・忍」と考え直して説明を聞いても今一理解できないので大学を出て行政書士の先生の所に直行して完璧な書類に仕上げ、翌朝大学に書類を届けると「5月の連休明けにはビザが下りると思いますので、学習計画を作り直し体制を整え直します。」との事だったので、連休が開けるまで首を長くして待っていたのですが、ようやく本日大学からビザが下りたとの連絡を頂き正式に日本に来て学ぶ体制が出来ました。ひと安心すると共に難産の末に来てくれる二人を大切に育てて行きたいと考えています。

しかしながら、このケースで改めて感じたのは、情報収集の大切さです。確かに、東京福祉大学のように留学生を食い物にするような事例を作るとビザの交付が厳しくなるのは仕方がないですが、真面目に申請を出したにも関わらず、昨年同様の指導をしたことにより、ベトナム人留学生やその親および法人側にも迷惑をかけてしまう体制はいかがなものか。指導する大学側にしっかりとした情報収集のシステムがあれば、まるまる二ヶ月も遅れての入国はなかっただろうし、いらぬ心配もせず入国出来たと思います。私自身も情報が入らず方向性を間違えない体制を心掛けて行きたいと改めて思ったしだいです。

先般のコラムで『病院は患者を待たせても平気』的な事を書きましたが

令和元年5月13日

2日前から、右耳が聞こえにくくなり、昨日の信輪会の竣工式で県会議員の猫田先生や参議院議員の園田先生に話し掛けられても右側から話し掛けられると聞きつらく対応するのに苦慮したので本日は朝一番に大垣市にある森耳鼻咽喉科医院に来ています。まずは受付をして問診票に必要事項を記入して待っている時に、待合室を見回すと空気清浄器に『うがい』『手荒い』を促すシールが貼ってあり、小さい子の遊び場も設置してあり、尚且つ、予約が簡単に出来て待ち時間に対する配慮がしてあるのに感心して、地元の関ヶ原診療所とは随分違うなと思いました。先生も看護師も受付の事務職員さんも礼儀正しくて、パソコンやスマホで時間待ちへの配慮がされているのには感心させられました。色々と感心しているとそれほど待つことなく診察室に案内して貰い、診察台に座り院長先生に状況を説明すると悪い方の右耳を診て、「耳垢で塞がれていて、耳栓をしたような状態になっているだけですから耳垢を取りますね。」と言われ1分もしないで、「聞こえますか」と言われた時に、嬉しさ半分、恥ずかしさ半分でしたが、この体験から色々な事を学びました。一つ目に決して綿棒を奥に入れない。(66歳のわたしが理解擂ることか)二つ目に耳垢が貯まっていると思ったら森耳鼻咽喉科に行って除去して貰う。三つ目は長男が学生時代に神経性難聴で片方の耳が全く聞こえないので、大変な思いをしている事を身を持って理解しました。私の人生は『災い転じて福となせ』なので、この体験をどのように考えて行くかを今は考えています。本日15時からNHK岐阜時局の記者が取材に来ました。主たる取材内容は『養護老人ホームの措置びかえ』についてでしたが、社会福祉法人改革、介護人材等についても私の持論を話させて頂きました。今すぐの撮影ではないのですが、近い将来世論を巻き起こせる形になれば素晴らしい事だと考えています。だってリピーターの皆さんこんなに一生懸命に頑張っているのだから・・・。そのように思って頂けたら有りがたいです。

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ブタもおだてりゃ木に登る

令和元年5月12日

昨日北島部長が最後の筍として、8本竹藪で掘ってきてくれた筍を朝から大鍋で湯がいていて、しっかりぐつぐつ煮たってきたタイミングで、玄関先にある地域交流ホールを通ると、10時30分からの企画で『母の日』イベントをしていて見守りをしていた職員から呼び止められたので、「どうかしたの」と(半ば期待をしながら)聞くと「理事長に最後の締めで歌って欲しい。」と言うので、『てるてる座600回記念公演』でプロ歌手砂田おさむの持ち歌『人生夢の途中駅』を本人を前にして歌った歌をエントリーをして、準備が出来る時間を利用して「私の母は私が小学3年の頃から病気の為に入退院を繰り返し13歳の時に他界したので、母親と何かを一緒にしたとの想い出はあまりありませんが、今は多くの皆さんが母親のような存在で、良い思い出を作る為に精一杯歌います。」と挨拶をして一生懸命に歌いました。そして、母の日イベントが終わりその場を離れて再び湯がけた筍の片付けをしようとホールを離れようとしたら、ショートステイの男性利用者の方(いつも比較的お話をされない方)が私に握手を求められ「理事長さんはお経も上手だけど歌も上手いな」と言われたので、「ありがとうございます。また歌いますのでまた聞いて下さい」と言って(かなり気分良く)外に出て、かたつけをしていると、面会を終えられて外に出てみえた、男性の方がわざわざ私の所まで来て「理事長さんは歌がお上手ですね。」とお褒め頂いたので、私は「利用者さんに家族の方が私の歌を上手いと言って頂いた。これはひょっとして本当な私は歌が上手いのかも知れない。」と自惚れています。昔から言いますよね。『ブタもおだてりゃ木に登る』と。私もその口かもしれません。だれからも上手だと言われるように精進して、頑張りますので、これからも宜しくお願いして下さい。

今は新幹線の中です

令和元年5月11日

9日は大阪で静慈圓大僧正のお祝いでお祝い会場であったリーガロイヤルホテルで泊まり、10日は新大阪7時33分発の『のぞみ』で東京に移動して全国老施協本部がある平河町塩崎ビル7階で、11時から行われる日本介護支援協会監事監査までに30分あったので会長室を覗くと石川会長がおみえになったので、現状把握と今後の展開について意見交換をしていると、日本介護支援協会の福島事務局長が私を呼びに来てくれたので、急ぎ監査を行う部屋に行くと皆さんが集まってみえたので早速監査を開始。私を含む3人の監事が活発に意見を言って、まとめも含め監査が終了したのが13時前で、昼食のお弁当を頂いて、監査は無事に終了。その後同じ部屋にある政治連盟の事務局と打ち合わせを済ませ、一旦、宿泊先であるルポール麹町ホテルに移動して、18時から宮内公認会計士ご夫妻と北海道の村上先生と食事を頂きながらの意見交換会をして、22時に散会してホテルでゆっくり寝て、朝風呂に入り、荷物の整理後タクシーで東京駅に。本日は土曜日の早朝と言うこともあり、予定していた列車より1便早いのに乘れました。丸2日間施設を開けましたが、『平安之福』に感謝しつつ、明日は信輪会の3つ目の特養建設の竣工式に招待されているので、参加させて貰います。もうすぐ66歳になる我が身ですが元気に忙しくうごめける事に感謝してこれからも頑張りますので、リピーターの皆さんも懲りずに私のコラムを宜しくお願いします。

 

昨日17時から行われた『法印成満喜寿書画展祝賀会』の報告です

静慈圓大僧正の書画展の写真は昨日のコラムで見て頂けたかと思いますが、8日9日の2日間に渡って(参加者は2日間で286人)開催された2日目に招待を受けた私は参加者の多さと多彩なメンバーに圧倒されつつも色々な方とお話を聞く事が出来ました。特に静先生の自坊である清涼院の檀家総代の方が乾杯前の挨拶で、静先生の事を素晴らしく評価され、尊敬されてみえ、総代をされていることに誇りを持ってみえるご挨拶には感銘すると共に、私の檀家寺の総代は決めるのに喜んで受けてない状況。(私も3年させて頂きましたが、決して「喜んで」と言う感じではなく、むしろその逆だったかな)

昨日の写真でお気づきの方もあったかと思いますが、署名の所に『法印』の文字があったのが幾つかあったのですが、これは、自坊が高野山にあり、その中でも選ばれた方しか法印にはなれず、静先生は法印になられて初めて着る事が許される衣を着られているとのお話を聞くにつれ、私はつくづく「このように凄いお方に、8月20日に例年通り施設へ来て下さい。」と言えたものだと。そしてまた、静先生の方からも「楽しみにしてますよ」とのご返事を頂いたのは正に奇跡だと思いました。だって、いくらとんでもなく偉い方であっても、私と同じく1年は365日しかないわけで、貴重な365日の内の1日を本部施設に来て頂けて、尚且つ夜には交流を深める宴までお付き合いしていただける幸福を感じてます。

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尚、昨夜は式典会場であるリーガロイヤルホテルに泊まらせて頂き、朝6時に起き、7時33分新大阪発ののぞみに乗り、東京に向かってます。本日は午前11時から日本介護支援協会の監事監査があり、私に監事の役割があり東京です。全国老施協の役員の方にもお会い出来るので、夜は夜で情報交換会があります。頑張っている証でしょうか富士山が綺麗に見えましたので携帯で写メを撮りましたので、果たして上手く撮れているかはわかりませんが、リピーターの皆さんにも見て頂ければと思います。後40分で東京に着きますので、そろそろ臨戦態勢に入ります。

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昨年九月の週刊現代を引っ張り出したら

令和元年5月9日

『怒っているのは伊集院静氏だけではない。「なぜ日本の病院は、患者を待たせて平気なのか」』のタイトルで尚且つ「サービス業」の意識ゼロとあり、伊集院氏の記事を紹介している。『小娘に舐められ、挙げ句支払いに待たされて、人間の扱いではない(中略)こういうやり方を当たり前と考えているなら、天罰が下るよ』伊集院氏は結局1時間45分待たされ、さらに火に油を注いだのが、受付の事務員や医師の不遜な態度。待っている患者たちの目の前で、受付の若い女性事務員は笑いながら話しているし、診察に当たった医師は「暑い折りに、長い時間お待たせしました」の一言もなく、人として当然の気遣いすら見せない。治療のために訪れた患者を待たせて当然と言う態度が許せなかったのだろう。記事に対して読者からも大きな反響があったとあり、病院の対応には改善の余地があると言う事だと思います。尚且つ記事は続きます。「どの企業でも一番大切にするのが『顧客満足度』です。普通の企業だったら、お客さんに満足して貰えるように、商品を改良し、より使いやすくするなど努力するのは当たり前の事です。でも病院は違う。何もせずとも患者さんは来るし、どのような診療の仕方でも同一の治療なら同じ報酬が受け取れるため、営業努力を怠っている病院があまりに多い」結果、その怠慢が「患者を待たせて何が悪いのか」「待つのが嫌なら来なくてもいい。」と言う上から目線の医師を生んでいるのではないか。と結論付けてます。病院側にも色々な事情はあるのだとは思いますが、上から目線がまかり通る病院はいずれ淘汰されるのではないでしょうか。私が事業展開している特別養護老人ホームも介護報酬でいわゆる報酬単価は決められています。だから、基準を満たしているば報酬は同じです。いわゆるサービスの面とか優しさを持った対応をしているとか、ベテランの職員がいなくて給料が安い職員ばかりであっても同じです。職員の力量を評価する尺度はありません。だからと言って上から目線の職員が多くいたらいずれは淘汰されていくと思います。そうなってから考えるのではなく、常に検証して是は是、非は非の対応を常に考えながら頑張って行きますのでこれからも宜しくお願いします。尚、昨日お約束をした、静先生のお祝いのレポートは明日じっくり書きます。今は16:02で大阪毎日新聞社地下ホールで開催されている静先生の書画展の写真のみにさせて下さい。ただ、書画展の会場受付で署名をしていたら静慈圓先生本人がひょっこりおみえになったので、ちゃっかり、8月20日に関ヶ原に来て頂くお約束をすることが出来めっちゃラッキーでした。

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静慈圓先生について書きます

静慈圓先生との出会いは平成15年度事業で新館ユニット40床の建設に当たり『祈り』に対するこだわりをどのようにすべきかと検討していく中で私が17歳の時に巡り会った歩き団参の総本山とも言うべき滋賀信行会(本部長浜市)内藤会長に相談し、紹介を受け新館に飾る書を書いて貰ったのがご縁で平成16年4月に事業開始した年から8月20日と決めて毎年本部施設に来て頂き本館1階の仏壇でお経をあげて頂きその後地元の料亭である末廣に場所を移し宴席を持ち沢山語り飲んで歌ってダンスして、その年々にお客様を招いて喜んで頂いてます。但し昨年は静先生が高野山の法印として高野山を降りる事が許されず来ていただけなかったのですが今年の8月20日には再び関ヶ原の地に来て頂けるものと思っていますが、取り敢えず明日はリーガロイヤルホテル大阪で法印としてのお勤めをされたお祝い会があり、私も末席に加えて頂けたので、今年も来て頂けるようにお願いしてきます。中国で王義之と並び称される書家でもあり、中国に空海ロードを提案し空海学会を組織された方で

私が親しくさせて頂いているのが恐れ多い事なのですが、いつも静先生は私の事を「一からここまで築かれた若山さんは素晴らしい。」と言って頂き恐縮しているのですが、かつて、静先生と柳田邦男さんが発起人になり高野山において、宗教と医療のフォーラムをされた時に養老孟司さんが静先生とお話されていて、後から静先生に「養老孟司先生も無報酬で講演を受けて下さった」と何気無く言われたのには滅茶苦茶驚いた事を今でも覚えています。新館の各ユニットには静先生が大きな赤や黄色や緑色等の台紙に梵字で書いて頂いた書がさりげなく飾ってあります。その書を観に来ていただくだけでも満足がいくと思います。静先生の祈りの書のお陰もあり『平安之福』(静先生の書の掛け軸が和合にあります)の日々を送らせて頂いてます。尚、大阪駅近くにある毎日ホールで静先生の書と仏画展が開催されているので、記念パーティの前に観に行きたいと考えています。一生懸命な生き方の中では素晴らしい出会いを頂けるものだとつくづく思っています。明日はパーティの様子もお伝え出来たらとも考えています。

「おい、おい。」と言う話し

令和元年5月7日

先月26日に滋賀県湖北の法人が理事長以下3名で施設見学に来て頂いた事はこのコラムでも書かして頂きましたが、その法人の理事長さんからお礼の電話を今朝に頂き、電話を切った後「何で今頃連絡してきたんだろうか。」とつぶやいていたら、事務所にいた職員が間髪入れずに、「理事長、施設見学の次の日から世間は10日間の休みだったので、休み明けの今日、朝一で連絡されたのと違いますか」と言われて、私は改めて、「この対応は素晴らしい対応なんだ。」と感心すると共に、「私の常識は世間の常識とかけ離れているんだ。」と思いました。世間一般が言う連休を私は『てるてる座600回記念公演に始まり、味噌汁祭り』で締め括られましたが、私自身はこのような生きざましか出来ないけどその事に違和感を持つことはありませんが、他の法人の理事長さんはどんな連休の過ごし方をされたのかは少し興味があるところです。但し、私は理事長であると共に総合施設長も兼務しているので、理事長だけと言う方とは意味合いが違うところですが。

今月18日で事業開始して丸21年が経過して22年目を迎える今も法人事業運営と福祉の未来についてのみ考えている私の生き方は稀有でありつまらん生き方でもっと肩の力を抜いた生き方をすべきなのかも知れませんが、私はこんな生き方しか出来ないのですが、他の方に強要すべきでないことは充分理解しているつもりです。私は私でこの生き方に納得していて、天から与えて貰っていると思っています。だって、私は生まれて100日目に心臓が約5分停まって、それからのおまけの時間を与えて頂いた神様、仏様、ご先祖様が「世の中の為に生きよ。」と復活させて頂いた訳だからこれからも頑張りますので、リピーターの皆さんこれからも宜しくお願いします。

 

本日は味噌汁祭りです

令和元年5月6日

雨が降ってタケノコがいっぱい採れたのを昨日「これでもか」と言うくらい湯がいたので、10連休最後の日の今日、『味噌汁祭り』と銘打って、入居者用に湯がいたタケノコを、本日休日で長男同伴で来てくれていた『板長北島』と管理栄養士の若園が小さく刻んでくれていて、

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9時48分に『火入れの儀』を行いました。タケノコの他に味噌汁の具になるのは、豆腐、油揚げ、三葉で、味噌は勿論赤味噌です。大鍋には水を7リットルを8杯、つまり56リットル「いったい何人分作るの」と言われそうな量ですが、私の考え方は「足らないより余るくらいに作るべし」。本日の気温はそれほど高くはないとは言え、火の側は熱いです。

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でも、入居者さんの嬉しそうにされる顔が見たくて頑張りました。味噌汁の匂いに誘われたのか、多くの入居者、利用者の方が見学に来て下さいました。そして丁度上手いくらいに来られた方には味見も楽しんで頂きました。食べて頂いた方は「沢山炊く味噌汁は美味しい」と言われたので、「真心込めて作ったので」と言うと「ほんとやね」と返して頂けたので、流石に年の功で上手に言わはる。思わず私は「豚もおだてりゃ木に登る」で何でもしますよ。しかしながら、火の番は大変で『茹で蛸』ではなくて『茹でぶた』になってまう。

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等と軽口を言っていて、改めて思いました。施設において、入居者、利用者の方の笑顔は元気を貰えるなと。今度は何を企画して喜んで貰おうかと考えを巡らせるとワクワクしてきます。そう言えば来月、6月16日には供養祭の実施が決まっているし(近日中に関係各位の方にはご案内をします。)8月3日が夏祭りの予定です。本部施設には祭り男や祭り女がいっぱいいるので、私は扇子で「善きに計らえ」でいられるようになったのはありがたい事です。(話題がそれましたので元に戻します)味噌汁は11時30分に無事出来上がり、大きな鍋5つに分けて各フロアに運び、入居者、利用者の方に満足いくまで食べて頂きました。その後職員用に改めてタケノコとお豆腐を入れて、昼食休憩に来た職員に振る舞いました。沢山作ったので、『おかわりOK』で好きなだけ食べて貰ったのですが、結局大鍋い~っぱい余ったので、その分は明日若園管理栄養士に職員用として提供してもらう手配もして、大きな大きな鍋を綺麗に洗って味噌汁祭りは無事に終了しました。リピーターの皆さん、もう一回分のタケノコがありますので、『好評に付、2回目味噌汁祭り』を事前告知をして実施した時には参加して下さい。風流があって良いもんですよ。

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