人は人生のどこかで帳尻を合わせなければいけないものの様です
令和7年7月26日
私の人生の中で大学を5年で卒業するまでの生き方は『努力』と言う言葉は全く無縁で周りの人に庇護されるだけだった様に思います。今の学校では夏休みの課題なるものは殆ど無いと聞いています。しかしながら私が小学生であった60年以上前には日記、工作、読書感想文それから『夏の友』なるものに自由研究と言うのもありました。日記は毎日書けばさほど大変ではないと思うのですが全く書いてなくて夏休み終了まで「あと3日」と言う状況で書こうとすると大変なものです。(経験された方でないとなかなか理解して頂けないと思いますが)工作とか絵は全く苦手だったので(今もそうなのですが)姉春子さんに殆どして貰いました。(鬼の形相で手伝って貰っていて怖かったのですが「その節は大変お世話になりました。」)読書感想文は中味を読まずに編集後記に書いてあるところを適当に書いていたように思います。
この様に全く『努力』などしなかったのであります。ところがそんな甘い生き方をしていた私が社会人になった途端に因果応報の様な現実に出会ったのは大学を卒業して教員になって4年3組の担任になった6月に『校内研』の時に子ども達からは慕われた存在だったと思うのですが授業の下準備が全く出来ていなくて正直全くダメで落ち込んでしまったのですがそれ以降は家にいる時も無駄な時間を無くして事業の準備に注ぎこんだ毎日でした。
そんな中その年の9月に西濃教育事務所の課長視察があり、私の授業を見て貰い6月とは違って高評価を頂いた時に正直初めての経験として「努力は報われる」との経験をしました。その後児童養護施設指導員になり、夏休みの課題を一緒に取り組んだ時に、読書感想文など書けない子の感想文は小学1年なら1年生になった様に書いて清書だけ本人に書かせたりしたものです。
その時の経験から「相手の身になって」の考え方が出来る様になったので私にとっても良い勉強になりました。『甘ちゃん」だった私が「人の為に役に立つ」と言うのは高校2年の時に四国遍路に巡り合ってからですが、児童養護施設指導員になり親の支援が受けられることがとても有難い事だと理解してから、そして今は高齢者施設の経営をしていて困っている方の役に立つ事が出来る幸せを知ってしみじみ思う事のは、母秋江さんから溺愛を受け、父進さんからは文字通り『木の上に立って見る』愛情を注いで貰い、地域の方からも一杯優しい声掛けをして頂いたし、『師』と仰げる方にも多く恵まれたお陰です。
まだまだ完璧な姿にはなっていませんがこれからも一杯頂いた『恩』に報いる為に頑張っていきたいと思っています。

