ようやく体制が整いました

令和6年9月5日

体制が整ったのは2つです。

一つには9月16日からの敬老週間の企画が本格的に動いてきた事です。8月15日のお盆以降に余暇・行事委員会の責任者に何度も計画書を提出させては打ち合わせと言う名の『指導』をしてきたのですが、遅々として企画が進んでいかなかったのですが、ようやく準備も含めて進みだして正直「ほっ」としています。本部施設においては10年以上前から『敬老週間』の形で実施していたのですが、その当時に発案した職員は和合と和(なごみ)の施設に移動していて、その当時の思いが薄れてしまっている中での企画なので、なかなか上手くいかなかったと言うのも大きな要因であったと思います。「皆で実施する」と言う大前提はありますが、中心核がしっかりしているからこそ皆が活動できるのです。先日このコラムで書きました和合の運動会にしても、中心核の思いが皆に伝わったからこそ入居者さんが喜んで頂けるものになったと思います。今月16日からですので、あと約10日間と言う事で、入居者さん共々ギアを上げて入居者さん利用者さんと職員全員に素敵な笑顔が生まれる様にしたいと思っています。

2つ目はデイサービスの8ページにわたる新しいパンフレットが印刷を依頼した『ラクスル』から届いたことです。本来であれば7月からデイサービスの事業が変更になり、リニューアルオープンに合わせてパンフレットも新しくしたかったのですが、こちらの方もデイサービスの責任者との企画作りに手間取り、ズルズルと完成を見る事が出来なかったのですが、パソコンでの企画力がある和(なごみ)の武藤課長にイメージを膨らませたものを話しながら、ようやく完成して昨日手元に届きました。本来であれば7月戦略と思っていたのですが、全てを私のイメージでしてしまうと完成してからの展開は職員に任せる事になるので、延び延びになりましたが、このパンフレットを持って『デイサービスセンター えりかの里』の良さを地域の中でアピールしていきたいと考えています。正直今のデイサービスセンター 『えりかの里』は、特別養護老人ホーム『優・悠・邑』におんぶにだっこの様な状況になっていますので、パンフレット効果によって利用者さんが、増えても「パンフレットのイメージと違う」と言う事でキャンセルされない様に、職員の質向上と豊富な企画によって笑顔溢れるデイサービスセンターにしていきたいとも考えています。

リピーターの皆さん、これからの展開に目を光らせていて下さい。

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スマホの便利さを謳歌する為に

ガラケーからスマホに替えてほぼ半年になるのですが、「スマホを駆使する。」と言う状況ではなく、「ガラケーより不便だ」等と自分の努力が出来ていないことを棚に上げて言っていたのですが、「ガラケーの方がスマホより便利」等と言う事は絶対無いので「努力不足はレクチャーを受けて克服しなければ」と言う事で施設に教えて頂ける方に来て頂く事になっています。14時に本部施設に来て頂けると言う事で午前中は岐阜県福祉会館6階にある岐阜県老施協事務局で東海北陸ブロック正副会長会議をリモートではありますが参加して(副会長や事務局長と一緒に聞きたいと言う事で)11時30分に終了したので急ぎ本部施設にもどり、これまた急いで昼食を頂き(急いで食べるので満腹感が無くて満足感が味わえなくて余分に食べ過ぎて・・・。)パソコンを睨めっこして、「スマホで出来たら嬉しいな」と言うのを箇条書きにまとめて説明に挑むことにしました。13時55分に来て頂けたので、会議室で文字通りマンツーマンで説明をして頂くのですが説明をして頂く前に私から「私は昭和おじさんと言われるくらいに機械には弱いのでその積りでお願いします。」と言ってから初めて貰い、1回では理解できなくて何度も聞きなおして納得がいった事についてはノートに記載していきました。これで、ガラケーでスケジュール管理をしなくてもよくなるし、しっかりとしたスケジュール管理が出来ます。(ガラケーでは一日3件までしか登録出来ませんでした。しかもスマホで管理したのをコピー機に送信まで出来ます。次に新規登録したい電話番号をスマホで出来なかったので、ガラケーに打ち込んでスマホで掛けていたくだらない作業が無くなりました。次にスマホで撮った写真が送信出来なくて困っていたのも解消しました。ラインの追加登録もしっかり出来るようになった(はず・・・)ので、フットワークがかなり良くなると思います。最大の成果は私の指がでかいためか、スマホでコラムを打とうとすると、違うところを押してしまっているのか、苛々する状況があったのですが打つ画面を大きくして貰ったので、これで苛々せずにコラムやメールが打てるようになったので、出張時に列車の中でも余裕を持って打てるので安心です。今日の成果は文字通り『業務の効率化』だと思いますので時間の有効活用にも役に立つと思います。後は『習うより慣れよ』で頑張ります。

敬老月間始まりは運動会からです。

和合の施設は敬老『月間』と言う事で、毎週色んな企画が計画されていて、第一弾として運動会が本日午後から行われました。

13時30分からの開始と言う事だったので、15分前に会場になる2階のフロアに行くと、食堂の机は片付けられていて2階の入居者さんは色画用紙で作った赤の鉢巻きを頭に付けて「今ら遅し」と円形になってみえたので、3階と1階の方が職員による誘導の様子を見ながら2階の皆さんと話をしていて、3階の方が順次揃われるのを見守りました。

1階の方を半分ずつ2階の紅組と3階の白組に分けて2つの大きな輪が出来たところで、進行役の坪井部長が開会宣言をして先ずは理事長の私が挨拶をさせて貰ってから競技が始まりました。

最初の競技は玉入れだったのですが職員が大きさもバラバラの新聞紙で作った玉を籠にいれるのですが、それぞれの入居者さんは一生懸命に籠を目掛けて投げてみえ、無邪気に喜んで見える様でした。

最初は白が勝ち2回目は赤が勝ち仲良く引き分けでした。2つ目の競技は大玉渡しで、これも仲良く引き分けでした。

次の塵取りで小さいボールを渡していくのも引き分けです。と言う事はバランスよく紅白に分かれているのと、職員の反則気味のナイスフォローのお陰だとも思いました。

最後は職員対抗の綱引きで男性3人づつのチームで私が飛び入りで参加した白組は負けてしまったので「この勝負はガチンコで忖度無しだったな。」と大笑いでした。

次に女子職員5人による対戦は白が勝ち、紅白の勝者が決まっていないので男子1人女子4人の混成チームで争って白が勝ったので最終結果は白の優勝と言う事で3階の応援団長の佐竹さんに優勝カップを私からお渡しして敬老月間の第1弾は無事に終わりました。

入居者さんと職員が一体になっての運動会が実施出来た事は正直感無量でした。

運動会を終えて思った事は「いくつになっても競争をすると言うのは熱くなるものだと言う事です。

だって、職員の綱引きでは「まだ綱を持たないで」とフライングはしない様にと言ってもなかなかでした。

この企画が最後の種目であったのは正解だった様ですが本日も皆さんの笑顔が見られたのは良かったし、職員が入居者さんの為に黒子の様に動いてくれたのは本当に嬉しかったです。

有難かった事と私自身への賞賛の話です

令和6年9月2日

先ずは今回の台風10号の話なのですが、かつてないゆっくりとした速度で、台風情報を確認する嘗めにテレビを付けて確認するのですが琵琶湖を起点にした地図で見るとテレビ局によって伝え方が違っていて「どれが正しいのやら」と戸惑う事がありました。と言う事は「それだけ予測することが難しい状況だった。」と言う事だったのだと思います。

今朝の岐阜新聞19面(社会面)の大見出しに『住宅に泥、片付け急ぐ』『再び雨、住民不安』とあり、強調する様に『西濃大雨』と書いてありました。浸水被害にあったのは揖斐郡池田町や大垣市との記述があり、私も大垣市和合の施設に毎日状況確認の為に車で走っていたので、「ところどころ道路に厳しいところがあったのであの状況はカメラを通してテレビで見れば凄い状況に映るんだろうな」と思った次第です。

私が住んでいる関ケ原町今須は『西濃』の中でも一番西の集落(滋賀県堺)ですが、池田町、大垣市までは直線距離にするとどちらも15キロと離れていないのですが、確かに一時的に激しく降った時もありましたが、被害はなかったので有難かったです。しかしながらこの3日間は夜の眠りが浅かったと思うので大変な思いをされている地区の方々には申しわけありませんが、「今夜からゆっくり眠れる」と言う事です。勿論何かお手伝いすることが出来るのであればしたいとは考えています。

次の『私への賞賛の話』と言うのは、今、午前9時25分なのですが「この段階でコラムが打てた」と言うだけの話なのですが、「どうしてこんなに早く打ったのか」と言うと、11時から吉澤施設長を連れて9月26日の『介護事業者面談会』の事前打ち合わせに行き、その後13時30分から岐阜県福祉会館で岐阜県老施協常任委員会があり、15時からは全国老施協制度政策検討委員会がリモートであるので、本来であれば、本部施設なり、和合の施設での対応をするのですが移動する時間が無いと言う事で岐阜県老施協事務局でリモート会議に挑みます。と言う事で、福祉会館から帰ってのコラム打ちは色んな意味で大変なので、朝一に本部施設でコラムを打ったと言う事で「コラムの継続が出来ているのは、この様なスタンスだからだと自画自賛」しているわけです。だって、夏休みの課題を姉春子さんが全面的に鬼の形相でしてくれていた私ですよ。

「偉いね宏は」と母秋江さんの声が聞こえてきそうな気がします。

お笑い芸人『やすこさん』について

令和6年9月1日

24時間チャリティー番組でお笑い芸人『やすこさん』が、限界まで走るような番組(多分)で頑張っているのを見るとは無しに台風情報の合間に見ていて、『やすこさん』が家庭の事情で児童養護施設に入所していたことが語られていたので、インターネットで検索して情報を手に入れていく中で、お笑い芸人になる前は高校を卒業して自衛隊に入隊していたと言う事は知っていたのですが、自衛隊に入隊した理由が「住み込みでの仕事と言えばパチンコ屋か自衛隊しかなかった。」と言うのには「う~ん。世間一般のとらえ方はそんなものなんだ。と言う事は介護事業所の求人のマッチングもしっかり出来ていないんだ」と改めて思った次第です。

実は当法人には中学校を卒業した男子を本部施設の敷地の中のアパートで生活して貰い、3年の介護実務経験と実務者研修の受講を終えて、2回目の国家試験で合格して介護福祉士の資格を取得した職員がいます。つまり、介護福祉士の資格は学歴に関係なく、介護経験と実務者研修の受講をして、介護福祉士試験で合格点をとれば取得出来るシステムであることを周知していかなければいけないと改めて思った次第です。

今回、児童養護施設出身の『やすこさん』が全国放送の24時間チャリティー番組で『児童養護施設』のアピールをしているのは元児童養護施設職員としては大いに歓迎する所です。『やすこさん』の話の中で2歳の時にご両親が離婚され母子家庭で厳しい状況だった事、芸人としてテレビに出た事によって2歳の時から縁が無くなった父親と再会出来たこと、児童養護施設に入居してから母親とも疎遠になっていたのに、今では家族が一緒にいられるのが嬉しい。とのコメントには色んな葛藤があった事を乗り越えられたのは素晴らしい事だと思いました。笑顔の裏にはいろんな事があったと思いますが、そんな事を愚痴にもせずの笑顔は素晴らしいと思いました。「上を見ても切りは無いし、下を見ても切りがない。だったら今置かれた状況の中で精一杯生きていく事こそ大切だ」と思った次第です。

台風10号について

今回の台風10号は奄美地方を襲っていた時には最大風速70メートルと言う事で『風』に対する情報が多かったのですが、それ以上に話題になっているキーワードは『駆け足並みのゆっくり』であり『進路を予測し辛い』と言う事で天気予報官を悩ますと同時に鉄道の運転中止等での混乱も著しくて外出するにも判断が難しい状況があります。

昨日、愛知県東部の友人に「大丈夫ですかコール」の連絡をしたところ、「横浜に出張に来ていて新幹線が動かないので足止めにあっていて大変だ。でも、パソコンを持参していたのでホテルに籠って仕事をしています。」との事だったので、「台風が来ているのに出張とはご苦労さんです。」と返しました。

今朝も和合の施設に向かっている時に我が家を出る時には『ぽつぽつ』の雨だったのですが、関ケ原から垂井に入った時にはバケツをひっくり返すような雨になり、運転するのも大変な状況で緊張しながらハンドルを握っていました。

和合の施設の手前で激しい雨で無くなったので車から降りた時もそれほど濡れる事はありませんでした。

和合の施設で揖斐川の水位が厳しくなった時の打ち合わせをしてから、盲養護老人ホーム「優・悠・邑 和(なごみ)」の状況を確認に行くために車を走らせていて、低い土地にある道路では走るとかなり厳しい状況の中でこれまた緊張しながら走らせたのですが、そんな事はお構いなしで走る車に違和感を覚えた次第です。

盲養護老人ホーム「優・悠・邑 和(なごみ)」の確認に行くと、施設事業開始時には雨が降ると駐車場のあちこちに水道が出来ていたので心配だったのですが、その後かなり改修したこともあり、確認した段階では大丈夫でした。

今は(15時)本部施設にいるのですが、どんよりした雨雲が垂れ込んでいますが雨は降っていません。

但し、関ケ原町も大雨警報が発令されているし、台風の進路によっては台風から熱帯低気圧に変わったとしても線状降水帯が現れると本部施設と和(なごみ)の施設は土砂災害を、和合の施設は水害に留意しなければいけないので気が抜けない状態である事は間違いないので、テレビ等の情報やインターネット情報を駆使して、判断を間違いなくして対応していかなければと考えています。

先程三重県津市のお友達から「関ケ原町に警報が出ているけど大丈夫?」との連絡を頂きました。

現代社会は情報が早いので、改めて「ありがたいな」と思った次第です。

リピーターの皆さんも、台風に万全の備えをして下さい。

トンボがいっぱい飛んでいます。

令和6年8月30日

35℃以上の日が毎日続いて冷房無しでは寝られない様な毎日でしたが、突如現れた台風10号によって、天気予報は「熱い日が」から「雨が」或いは「線状降水帯が」と言うものに変わり、時速10キロから15キロと駆け足並みのスピードの台風に一喜一憂している毎日なのです。

昨日の夕方、本部施設の玄関を出るとトンボがいっぱい飛んでいるのに気が付きました。「ここまで秋が来ている。」と私らしくない(らしいのか?)叙情的な気分になりました。そして昨夜は冷房無しで眠ることが出来ました。

本日午前中は和合の施設で設備の確認(電気錠とか自動ドア)を兼ねての避難訓練があり、避難訓練終了後、本日14時30分までに本日中に振り込まなければいけないものがあり、本部施設に行き手続きをした後、取引銀行である大垣共立銀行関ケ原支店に向けて車を走らせていると、本部施設を出た時には薄日が差していたのですが旧関ケ原町内に入った途端、車の屋根に激しく打ち付ける様に雨が降ってきました。ラッキーな事に、銀行の駐車場に入った時には小降りになっていて助かったのですが、手続きを済ませて車に乗り込んだ時も雨は降っていましたが、再び本部施設に戻ると青空が見えていました。「このような現象を文字通り『ゲリラ雨』と言うのだな。」と思った次第です。

それにしても、今回の台風10号の天気予報官をも困らせてしまう台風にも困ったものです。どこかに出張で行くにしても予定が立て辛く、台風に文句を言うわけにもいかない。先般の東南海を襲った地震によって混乱して、今回の台風でも混乱して尚且つ収穫期を迎えている米農家の方のご苦労を考えると、自然災害が来て、自然の偉大さを感じないではいられません。8月24日の岐阜新聞の一面トップは「コメ価格17%高騰」には、物価の高騰は施設経営にとっても大きな問題なので「自然の神様落ち着いて下さい」とお願いする係です。リピーターの皆さんも自然の偉大さに手を合わせて頂けるとありがたいです。

岐阜新聞に連載されている「ホームレスはどこへ行った」」の特集について思う事。

令和6年8月29日

車上生活者が道の駅を夜の拠点にしている話がありました。色んな事情で路上生活になったのだとは思います。

昨日の記事の事例紹介の中で【車内には3人。うち一人は認知症がある90歳の女性で、決まって後部座席座っている。60代の義理の娘が運転し、助手席にはその夫。(中略)「家をリフォームしとるから。たまにホテルに泊まることがあるの」と義理の娘。そうした生活を、昨年10月から続けている。福祉関係者の話を総合すると、実際には一家には家がない。家賃が払えなくて、住まいを追われた。90歳の女性らの年金は入るが、金銭管理を担うのは主に、住まいがあった当時に同居していた30代の孫の男性。家を失った時点で市役所へ相談には行ったものの、孫は車を手放すのを嫌がり、市側が生活保護の受給を提案しても拒んだと言う。】との記事の中に生活保護の難しさや家族の序列によっての難しさがある様に思いました。

一つには生活保護法の考え方が硬直しているからだと思っています。つまり、「車の所有は生活保護の観点から許されない事なのかと言う事です。そこで改めて生活保護法の理念が書かれている条項である日本国憲法第25条の条文を記載します。『すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国はすべての部面について社会福祉・社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない』岐阜県内の多くの地域では車がないと生活が不便なところが多くあります。それを十把一絡げ的な基準でいいのか。措置制度も同じです。『持ち家があるから措置できない』と言う基準もどの地区を基準にしているのか。基準は基準として杓子定規な対応は改めるべきでないかと思っています。

最近私がコロナ感染によって入院した時に隣のベットの方と話をしていて、基礎年金だけの生活でとても生活出来ないとの事だったので「生活保護の選択もありますよ」と言うと「車を手放すと生活できない」との言葉に返す言葉がありませんでした。また、家族の中でイニシアティブを持っている方が、他の家族に厳しい生活を強いているのであれば何とか手を差し伸べたいが、なかなか、そこにメスが入らないのには言い表せない苛立ちを覚えてしまいます。今回のコラムでは言い尽くせないのですがリピーターの皆さんに少しでの伝われば幸いです。

市場から米が消えたと言うのに

令和6年8月28日

施設の職員との会話の中で「なかなか米が手に入らないので5キロの米を3000円で手に入れました。」と言うので「おいおい、この間10キロ3500円で手配してあげたよ。」と言うと「米が無ければうどんやパンを食べますから。」との返事に「おいおい日本人ならお米を食べなければ。」と話をしていたのですが、今も市場からはお米が消えた様な状態が続いているにも関わらず、農林水産省のコメントは「新米が市場に出回れば大丈夫」的な見解を出して、政府も「国の備蓄米を拠出する段階ではない。」との見解を聞いて、私は思わず「備蓄米を拠出するなら今でしょ」と思っているのですがリピーターの皆さんはどの様にお考えになりますか。

かつての政治家さんの中には、「貧乏人は粟を食え。」の様な無茶な事を言う事は無いのでしょうが、市場に米が無い状態に対して、悠長に構えた対応で良いのかと思っています。先般のコラムで書きましたが「米不足は東京だけの問題だった。」と言って大垣の状況を聞いて驚かれている様に、政治家さんや役人さんが市場の状況を理解しないで統計上の数字のみで判断されているとすると「庶民の生活を理解していない」と言う事になる様に思います。

お医者さんが検査の結果の画面のみを見て、患者さんと向き合わない方がおみえになる様に、庶民の生活を大切にした対応にならないと辛いものがあります。台風10号は速度が時速10キロ程度と言う事で、今朝も米を提供して貰っている農家の方と話していて「収穫時期にあまりに長く稲刈りが出来ない状況は困るし、ましてや稲が倒れたり水に浸かったりして米の収穫と共に品質に影響すると困ってしまう。」との話で、2日も3日も台風に居座られたり雨が降り続けたら全国的に影響を及ぼすと大変な事になるなと思っています。

降水量が1000ミリを超すところもあるとの事。1000ミリと言えば満遍なく1メートルの雨が降るわけでその雨が一機に土砂に含まれたり川に流れ込んだりしたら「ぞっ」とします。しかし、最近の自然災害の多さは何を意味しているのかをみんなで考える時が来ているように思うのですがリピーターの皆さんはどの様に考えられますか。良ければご意見を下さい。

今回の台風10号について

8月23日に開催された当法人の理事会が始まる前に、「今回の台風は大きいと言う事だし、台風が通り過ぎるのを待って稲刈りをしなければいけない。」とたくさんの米を作られている理事の方からの話だったので「稲が倒れなければ良いですね。」と言うと「稲が倒れたとしても何とかしますよ。」と言われていたのですが、今回の台風10号は本当に進み方がゆっくりで、先週の情報だと本日27日から28日には日本を縦断するとの事だったのですが本当にゆっくりな台風なので地元でお米を作られている方もスケジュールが決められなくて困ってみえます。

台風が来る前から青空が見えていたかと思ったらザーッと雨が降ってくるし、時には雷も鳴ったりして不安定な天気が台風の通過が8月30日、31日と言う事なのでまだ3日以上鬱陶しい天気と付き合わなければいけないかと思うと「うんざりです。」

私は「うんざり」だけで済むのですが、収穫を前にした農家の方々はもっと複雑な思いで見えるのでは無いかと思います。

今回の台風で米の収穫にダメージを受けて今は農林水産省が「新米が採れれば米不足が解消されるから何ら心配する必要はない。」との報道をしていますが、今回の台風で大きなダメージを受けて「米不足が続く」と言う事になったら、米の値段が上がれば施設の経営にも影響してくるので私も言いたいです。

「台風10号よ、国民の生活が困るような事は止めて下さい。」と。

我が家の植木も早々に車庫に移動したので水まきをしないと花が枯れてしまうがね。

水不足は解消されたかも知れませんが、今度は雨が降り過ぎて土砂崩れを心配しなければいけないのも困ったものです。

この現象は日本は自然崇拝を重んじてきた国民だったのが蔑ろにする国民が増えたからなのでしょうか。

リピーターの皆さんはどの様に思われますか。

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