昨日、誕生会が終了後しみじみと家族会会長の吉田さんと話をしました
家族会会長の吉田さんは私が孤軍奮闘で、私が生まれ育った今須の地で高齢者福祉施設の建設計画をしているのを聞きつけて、施設の建設が岐阜県の計画にも挙がっていない段階から協力を申し出て下さり、色々と相談に乗って下さったり、具体的に進んできた時には吉田さん所有の倉庫を事務所として提供して下さったりして頂きました。
また、平成8年度での計画が白紙撤回され暗礁に乗り上げて、その当時の大垣商工会議所の河合会頭の計らいによって岐阜県庁議会棟での話し合いにも同席して下さり、関ケ原町に於いての必要性について熱弁を奮って頂いた方です。
岐阜県庁に行った時の話で盛り上がり「あれは、平成8年8月だったから24年前なので私が42歳で吉田さんが47歳の時ですね。」と投げかけると吉田さんが「お互いに若かったな。でもあの時は必死に食らいついて良い結果になり今があるんやな。」と言って頂いた時にはお互いに熱いものがこみ上げてきました。
一言で『22年が経過した。』と言っても、過ぎ去った経過の中でどこを取っても印象深いものがあります。本館の竣工式が行われた平成10年5月15日には、式典が無事に終了してから、吉田さんと共に手を握りあって喜んだのを昨日の事のように思い出しますし、土地の提供をして頂く話の最終段階の話を取りまとめて下さったのも吉田さんでした。
竣工式が終わり3日後に事業開始(5月18日)する段階になって、実際に居室のベットに寝てみました。そして私自身が真っ青になったことがありました。と言うのは、多床室の間仕切りを木で感じ良くして頂いたのですが、寝た位置からは隣が丸見えだったのです。そこで、建築施工業者を経営されている吉田さんに相談すると、「何とかする。」と言って翌日には材料を手配して下さり見栄えも良い形で目隠しをして下さり「立派に完成したご祝儀だからお金はいらん。」と言って頂いたのは本当にありがたかったです。
吉田さんの家には色々な相談もさせて頂く事があり、吉田さんのご自宅へも何度となく行かせて頂いているのですが、その当時お茶を持ってきて頂いたりしていたお母さんのお世話を今は当施設でさせて頂いていて、家族会の会長をお願いしたら気持ちよくお引き受けして貰って、月1階開催している家族会主催の誕生会には必ずきて頂きプレゼントをその月の誕生日の方に渡して貰っていますし、毎年8月に開催している夏祭りでは、かき氷の販売をして頂いています。吉田さんはこよなく関ケ原町を愛されているので、関ケ原町敬老会の会長さんもされているのですが、3つ年上の今須の先輩として誇りに思っていますし、今後も親しくお付き合いして頂けるようにしっかり施設での運営をしていきたいと思います。
リピーターの皆さんも吉田さんのように下支えして下さる方がおみえになるから施設が盤石になっていく事をご理解していただければ嬉しいです。

