本日はいよいよ解体及び整地の入札です

令和2年5月30日

昨日は久しぶりに(申し訳ないことですが)ウォーキングマシンに乗りながら30分お経をあげて、21時には眠りについたのですが午前1時に目が覚めてからは眠れなくて色んな夢を見ながらウトウトしていて、結局5時30分に起きると、何故か私のベットの側に18、5歳(平成13年11月23日生)の我が家の老猫『リット』がいて、ちょこんと座っているのです。

リットは母秋江さんの生まれ変わりか。いやいやリットはオスだから父進さんか。いやいや生れ変わりに男女の違いは関係ないか。このような寄り添い方はやっぱり母秋江さんに違いない。「やっぱり、本日の入札の事を考えてしっかり眠れてないのを心配してか。」そんな事はないので、やはりここは、朝一でお仏壇にお参りをして、施設に行く前にお墓に行き施設の仏壇にもしっかり手を合わせなければと考えています。(いやいや絶対に実行します。)

しかしながら、私の行動は自分勝手だとつくづく感じています。何故ならば私のお参りは毎日は出来ていなくてせいぜい家を出る前に仏壇に向かって手を合わせ四人の遺影に話しかけるだけ。今日のような日だけしっかりするのは申し訳ない。でも、40代の頃滋賀信行会の内藤会長さんが「仏ほっとけで困った時だけでも一生懸命に仏さんに向かってお願いしたら言う事聞いてくれはるんと違うやろか」とマジな顔で言われたのを今都合良く思い出しましたが、果たして今の内藤会長さんの考え方はどうなっているのか、機会があったら聞いてみたいと思いました。「そんなばかな事を言ってたか」と言われるのか「そんでええんと違うか」と言われるのか。多分私は後者でないかと思うのですが・・・。

お墓では、我が家の水をペットボトルに入れ持参したのを湯飲みと花入れに入れてからお経さんを天まで響くような声で唱え必死に『心身安楽』を願いました。

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施設に着き心落ち付け二晩考えた入札上限額の数字を入れてから、ステンドグラス入りの仏壇の前でお経を唱えました。そして、お参りが久しぶりで気が付いたのは我が家の仏壇も施設の仏壇も灯明の電球がそれぞれ1個づつ切れていたので取り替えました。それぞれに電球を変えながら「仏さんが喜んでくれてはる」と思った次第です。

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入札は10時30分からの予定でしたが、業者の方4社に理事5名、監事2名の予定していた方が揃ったので5分早くに入札を始めました。最初に書類の確認をして、入札執行の挨拶を理事長としてさせて頂きました。その中で、入札指名出来るのは1社だけですが、残りの3社の方も地元の業者として今後も宜しくお願いします。等と話をして入札札を順次入札箱に入れて頂き監事の方に開票して貰うと私が書いた上限価格をはるかに下回る金額で入札をして頂け、予算執行上新たな土地を取得して道を作る予算に回せると思い、「本当にありがたい事だ。」と思うと同時に垂井町の土地取得が出来てからは本当に順調な展開になっていると思います。

確かに夜も眠れぬ日もありますが、一つひとつクリアしていけば良いと確信しました。入札が無事に終わり急ぎ昼食を頂き、新規事業予定地に行くと電柱から家への引き込み線は全て撤去されていて、色々な方の協力に感謝です。その後新規道路設置の為の土地所有者の方との覚え書きも全て頂けて、施設に帰ると、午前中に入札して頂いたところの社長さんから電話を頂き6月1日から解体作業に着手するので午前中に書類に印鑑が欲しいとの事。正直嬉しい悲鳴状態ですがより気を引き締めていきますのでリピーターの皆さん、これからも私の動きを見ていて下さい。

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明日はいよいよ解体及び整地の入札です

明日を入札に控えた本日朝一で中部電力の電柱及び電線撤去の件で担当責任者の方から連絡を頂きました。その内容は「明日30日に各家を繋いでいる支線については切らして貰います。その後の電柱も含めた撤去もなるべく早くしていきます。」との事だったので私は「取り敢えず解体業者が明日入札で決まったら作業に取り掛かって貰える。」と一息ついてから、「ふんだんな財源があるはけではないので、上限価格を厳しい数字で書かなければいけないのでちゃんと業者が決まるのか」と不安になってきました。(一番最初は本館の建設の入札は2回の入札で業者が決まらず最低価格だった大日本土木と話し合いをして決定をした苦い思い出があるので)午後からは自分自身が情緒不安のようで落ち着かないし、仕事に集中出来ないけども、入札後の段取りもしっかりとしておかなければいけないと思い垂井町建設課長さんにアポの連絡をすると、15時からなら大丈夫との事で14時30分に施設を出て垂井町役場に15時前に着き、色々な打ち合わせをしていて、途中から高齢福祉課長さんも同席して頂き高揚感が湧いてきました。施設に戻り気合いを入れる為に頭をさっぱり丸坊主にしてから家に帰り、『先ずは神仏頼み』とばかりに、我が家の仏壇にローソクとお線香を点けウォーキングマシンに乗り腹からしっかり声を出してお経をあげました。歩いてお経をあげていて仏間にかかっている父進さん、母秋江さん、姉光子さん、養母英子さんの写真を見つめていると、それぞれに励ましてくれているようで嬉しくなってきました。30分のお経とウォーキングを終えてお風呂につかりながら、明日の入札金額の上限価格をじっくりと考えましたが結局は明日の朝・・・。いやいや、入札時間である10時30分ギリギリまできまらないのだと思います。このように入札の上限価格を決める事を大きいのだけで7回目で1千万円までのをいれると20回は体験していますが、何度経験しても落ち着かないものだと思います。但し、入札で指名出来るのは1社だけですが、明日の入札業者は垂井町及び関ヶ原町の4社なので、今回は駄目であった業者もこれからどんなご縁を頂けるかわからないので参加して頂いた業者については今後も何らかのご縁を頂けたらと考えています。私は杉和会の中心者として、一生懸命にお手伝いして頂いた業者は大切に関わってきましたが、いい加減だったり手を抜いたり約束を守ってくれなかったりした業者はそれが大手の会社であってもご縁を切ってきました。このスタンスは私の手法としては変えようがありません。さてさて明日の入札からはどんなドラマが生まれるのかドキドキと共にワクワクしてます。リピーターの皆さん私の生き方はとてもハードですがドキドキワクワクを一緒にお付き合い下さいますようお願い致します。

プレッシャーで押し潰されそうです

令和2年5月28日

昨夜は殆ど眠れなくて、ウトッとしたと思ったら身体を硬直させていたのか体のあちこちが痛くて・・・。「何でかな?」と考えたら、自分では意識して無いつもりでいたのですが「新規事業の解体撤去及び整地の入札の日(今月30日)が近づいたからか」と思うと私の人生は中学を卒業するまでは『ボーっとした生き方で』高校生になってからは全く真逆なプレッシャーをかけた人生でその時その時で『火中の栗を拾う』ような生き方だと思っています。(67歳の今も進行中です。)考え方によっては『しんどい生き方やなあ』と言う事なのですが、母秋江さんの教えを全うするにはこの生き方しかないし、違った見方をすれば、プレッシャーが大きければ大きい程、それを乗り越えた時に自分自身の自信になり、強さを増してきているように思っています。

具体的には、高校時代は『無気力な高校生が多い』と言われた時代に生徒会活動に汗をかいたり、一生懸命な余り壇上から「やかましい」と言って職員会で問題になったり、大学時代は学費値上げ闘争を機に『疑問を持った事からは逃げない。意見を述べる。』を全うし、四国遍路の団参やサークル活動でも中心的な役割を担い、大学祭では実行委員長として『状況劇場』(俗称『赤テント』)の2日間の興行をやり切ったりもしました。大学を卒業後は父進さんの根回しで教員にはなったものの、『とんでもない教師』だったので、その当時の校長先生以下幹部の先生にはご迷惑ばかりかけた記憶しかありません。

教員を辞し半年間旧徳山村での自分探しの仙人生活をしたものの見つからなかったのですが、紹介して下さった児童養護施設の指導員時代は文字通り個々にあった指導を心掛けて実践してきたつもりが、自分自身の成長にとって大きかったと思っています。35歳の時に資生堂事業団のアメリカ研修に行き、幅広い福祉を学び、そのまま児童養護施設に踏みとどまっていたら、それなりに児童福祉の世界で羽ばたけたものを、またまた自分探しの為に38歳の時に児童養護施設を辞し、「自分の世界を造りたい」と無謀な船出を選択しました。しっかりとした戦略があったわけではありません。

そして6年の紆余曲折を経て44歳の時に生まれ育った今須の地に特別養護老人ホームの入居50人、ショートステイ20人とデイサービスB型の事業開始をして、今須での本館(平成10年事業開始)新館(平成16年事業開始)大垣市和合(平成26年事業開始)そして今、垂井町梅谷地区での盲養護老人ホーム・養護老人ホームの建設計画と順調に事業が展開しているように見えますが、その都度プレッシャーに押しつぶされそうな状況を味わってきました。プレッシャーに大きいとか小さいと言う事はありません。その時その時が真剣勝負です。

今回の入札にしてもどの業者に決まっても誠心誠意頑張って貰うだけなのですが、今回の垂井での計画は土地取得に時間がかかった分感慨も大きくて色々な思いが交錯している為かも知れません。いやいや、それぞれに大変な事は多々あったのでしょうが、苦労した経験は浄化され素敵な思い出になっているので、今の課題もいずれは「あんなこともあったな」と言える日が来ると思いますのでリピーターの皆さん今しばらく元気になるまでこんな調子ですがお許し下さい。

朝6時からかつてのコラムを見直していて愕然です

令和2年5月27日

昨日、埼玉県老施協の情報を得ようと親しくさせて頂いている長老的な方に連絡をとらせて貰うと、色々な事を教えて頂いた後で最後に「若山先生のコラムを施設に行って朝一番に読ませて貰うのを楽しみにしてるの。多分たくさんのリピーターの方が読まれていると思いますよ」と言われていたので、一日のウォーミングアップを兼ねてかつてのコラムを見てみようとして、何となく昨年の3月20日の記事を開いて思わず絶句です。何故ならばタイトルを見たときに『「暑さ寒さも悲願まで」とか「三寒四温」とか言いますが』と書いてあったのです・・・。

絶句の理由にリピーターの皆さんはお気付きになられたと思いますが、『彼岸』と書くべきところを『悲願』と書いてしまっているのですから。タイトルは思いを語る『宣言』のようなものですので(キャッチコピーと言った方が良いかも)、私は「コラムは毎日書くところに意義があり」等と考えていて、書いた後は一切の見直しを基本的にはしないので・・・。と言うより、昨年の3月20日は内容から推察するに施設では全く書けず帰宅後のお風呂で一気に書いたので、最後の方は多分汗タラタラ状態で見直す余裕などなく送信したのだと思います。

以前に匿名でわざわざ間違えた所にラインを引いて送って頂いた方がありましたが、その時匿名で送って下さった方は「わざわざ指摘してやったのに何ともならん奴やな」と思われているのか2度目の指摘はありません・・・。しかしながら、私のコラムを見て頂いているリピーターさんはこんな間違いをしていても見て頂いているのは寛大な方ばかりなのだと改めて感謝です。

話はがらっと変わって新規事業である盲養護・養護老人ホームについてですが、垂井町営住宅跡地と言う事で住民への説明、議会での承認や説明に時間がかかり、ようやく今月13日に土地売買の契約が成立しましたので、今は30日に町営住宅の解体及び整地の入札を地元業者4社で実施して本格的な工事着工の運びになるのですが、旧住宅地と言う事で中部電力の電線及び電柱があるので、入札が無事に終了しても簡単に「解体して下さい。」と言うわけにはいかないので、ここは「岐阜県にとって必要な施設を作るのだから最大限のご配慮をして頂きたい。」とのお願いを各方面からして頂けるように働き掛けをしています。このことが、私が杉和会理事長としての今は最も大切な役割だと承知してます。

お陰さまでこの23年の間に培ったネットワークは半端なものではないので、色々な方に電話でお願いしたり直接お願いに行ってます。働き掛けに対する結果はこれからですが、この行為は決して私欲からのものではないので堂々とお願いできるのが強みです。リピーターの皆さんこれからも誤字や脱字は多くても毎日がやりがいのある生き方を頑張って書いていきますので宜しくお願い致します。

 

本日の中日新聞一面に首相「コロナほぼ収束」と書いてありました

令和2年5月26日

私は一般的に『しゅうそく』と言えば『終息』と理解していたので『収束』についての意味を調べてみました。そこには、「一定の状態に落ち着く事」と書いてありました。『終息』は「事が終わって、おさまる事。終止」とあり、「首相は上手い表現をされたな」と思いました。100年前のスペイン風邪の時は第2波、第3波の方がウイルスの毒性が強くなっていて死亡者の数が多かったとの記録があるそうです。

そんな事を考えていたら、滋賀県の施設のケアマネージャーの方から「滋賀県内の施設では面会が出来るようになった所があるのに何故面会が出来ないのかとの連絡があったが優・悠・邑ではどのような考え方で対応されてみえますか」との内容だったので「緊急事態宣言を全面解除されたからとは言え予防薬も治療薬も無い状態ではリスクが全くなくなったとは言えないし、国も『段階的緩和』と言っているのだから、面会禁止を解除する為の一定のルールを決めてからにしていきますが、少なくても今月いっぱいは基本的に禁止していきます。」と答えました。もし、何のルールも決めずに面会を解除すると、2月以降面会を控えていた方が一斉に施設に来て面会をされたら、今までの自粛が台無しになってしまう。

更に中日新聞の紙面をめくっていくと「『気の緩み警戒』も忘れず。」とも書いてありました。そう言えば、昔のことわざに『喉元過ぎれば熱さを忘れる』と言うのがあったな。と思いながら昨日の本部施設で行われた全体会でびわこ学院大学教授の烏野先生からは、「学生がいつまでも自宅待機と言う事で学校を辞めていく傾向がある。」との話を聞いて、当施設のような年中無休の所では『本日休業』と言うわけにはいかないので、新型コロナウイルスの陽性者を出さない為にピリピリ感で対応しつつも『今日一日楽しかったよ』と言って頂ける日々を送って貰う事の難しさを味わっています。

昨日の全体会の最後のまとめを理事長として話しさせて貰った中でも、「新型コロナウイルスのの恐怖もあり、いつも以上の手洗い、うがい、手指消毒の充実と不要不急の外出の自粛を徹底した結果今年はインフルエンザも大変少なかったように思います。

これからも健康に留意した対応に努め、より良いケアに努めて貰いたい。と話をしました。また、6月からは法人として『2030ビジョン』の実践もスタートを切り、『主任』と言う新たな役職も作り、それぞれのフロアがより良くなるように頑張って貰う事を願っています。また、垂井町梅谷地区での盲養護老人ホーム・養護老人ホーム建設に向け私自身は本部施設外の仕事が増える分皆さんに寄り充実した対応もお願いします。」と話をしました。そして改めて私が充実した生活を送れるのは職員が頑張っていてくれているからともおもいました。リピーターの皆さん私はとっても幸せ者だと思っているのですが如何でしょうか。

全く充実した一日です。(幸せな一日)

令和2年5月25日

午前9時から乾町議会議員同席で垂井町役場での新規事業の打ち合わせをする事になっていたので、垂井町へ向かう前に施設で資料を作成して、8時45分に役場に到着して乾町議会議員を待っていて、9時前になってもおみえにならないようなので携帯に連絡すると、既に別件で役場内で打ち合わせをされていたとの事で(一流は時間を無駄にされない)庁舎内に入って行き合流しようとすると、法務局での打ち合わせを済まされた若園先生(司法書士)も来て頂けたので、打ち合わせに参加して貰い、新規事業が円滑に進む為の協力体制について話し合いました。

施設に戻ると配管漏れの修理の為の打ち合わせの約束をしていた大倉商店社長が既にきていたので、早速会議室で打ち合わせをして、事務所に戻ると本日の全体会の打ち合わせに西村課長が待っていて(夜勤明けで)研修や供養祭の話し等を済ませ昼食を済ませようと急いで食べていると、監事監査のメンバーが順次来てくれたので挨拶や資料の確認をし、出席者の方が揃ったので予定の13時30分より前に監事監査を開催し無事に監事監査が14時45分に終わりました。

15時からは改めて理事会が行われ、16時終了の予定が議案が多くて16時25分に終了して、会場設定だけ変えてメンバーを代えて引き続き評議員の選任委員会を行い、終了後は和合の佐藤施設長と人事についての意見交換を行いました。

17時30分から地元の電気設備の社長との打ち合わせがあり、19時からは全体会があり遅くからの夕食はしたくないのでローソンにおにぎりとパンと牛乳を買いに行き、予定の打ち合わせの17時30分を少し回って施設に戻ったのですが、まだ施設に来て見えなかったので連絡をすると、「もう少し待っていて欲しい」との事なので急ぎパンとおにぎりを牛乳で流し込んでいると生駒社長がみえたので、慌てて会議室に行き打ち合わせをしました。

本日の一日は色々な根回しで終了してしまいそうですが・・・。いやいや杉和会理事長の役割としては最も大切な事ですし、19時からの全体会では効率よく話し合いを持ち明日からの充実を図って行けるように頑張りたい。いみじくも本日の全体会は6月からの新体制の為の辞令授与もあるので、理事長としての思いもしっかりと話して行きたいと考えています。しかしながら、一日根回しに走り回ったわけですが、根回しが色々出来るのは沢山の協力者がいて頂けるからと思うとしみじみ一つひとつ積み上げてきた証しだと思いました。

話が少しずれますが、「歳を取ると一年が早い」とよく言われますが、小さい頃は一日の中での興味ある出来事が多く有り一年が長く感じるのに対して大人になると単調な生活を淡々と過ごす方が多いから一年が早く感じるとの考え方があるそうです。そう言う意味では私の一年はめっちゃ長く感じるのはリピーターの皆さんとても幸せな人生だと思うのですが・・・。

 

朝早く(4時30分)に目が覚め過去に書いたコラムを読んでいます

本日は新規事業の計画がより充実する為に予定地の南側に道路をつけたいと言う事で、1週間前に地元の要望を聞く形により急展開で土地を提供して貰う話が持ち上がり(私自身はそのようになれば良いと考えていたのですが、直接話をする機会が垂井町との絡みでなかなか持てなかったのですが『思いは通ずる』ですかね。)本日仲介をして下さる方のお骨折りで地主の方3人との話し合いを持つ事になり、テンション高くモチベーション高くて昨夜は早くに就寝しての目覚めで、ガラケーの携帯で打って記録に残っている(パソコンでも打っているので全てではありませんが)昨年3月8日からのコラムを読んでみました。そして、改めて人間の記憶力の凄さを感じています。

と言うのは、ランダムにページを開いて読んでみても、その時々の記憶が鮮明に思い出せるのです。そして、改めて感じたのは『私の日々の生活は自分で言うのも変だけどめっちゃ充実しとるな』と・・・。

今までの人生(そんなに大袈裟な表現をする必要はないのですが)の中で自慢ではありませんが日記をつけると言う充実した日々を1ヶ月いやいや1週間と継続した試しがないし、それどころか夏休みの宿題で日記の課題があっても毎日書けなくて夏休み終了3日前に恐い、こわーい春子お姉さんににらまれながら泣き泣き書いていた記憶しかない。(事実を書いただけですから春子さんご勘弁を。小さいときには色々とお世話になりました。)つまり、今の私は小さい頃より、日々の生活が充実しているからこそのコラムの継続だと思っています。

さてさて、今日のコラムの前段(滅茶苦茶長い前段ですみません。)は布団から出る前に書きました。多分本日も充実した報告を夜の布団の中で書きますので・・・。

10時の約束の高校の10年後輩のブロ歌手聖はじめさんが9時40分に来て、新型コロナの関係で一切の出演がなくなり、大垣のソフトピアでの9月の大きなイベントも12月26日になったとの事で、聖さんと話をしていてつくづく感じたのは「人前で歌を歌う機会がないといつものような活力がないな」と言う事です。だから先輩として、新型コロナが終息してイベントが出来るようになったら速やかに活躍できるように支援をしていきたいと思っています。

その後昼食を頂き14時からの新規事業の駐車場南に道路を設置する為の土地所有者との話し合いに行きました。仲介をして頂く方にご挨拶をしていると、3人の地主の方がおみえになり、理事長である私から道路設置の有意義性について話をさせて頂き地主さんの意向を話して貰い基本合意に達しました。その後施設に帰り、基本合意により土地の有効活用が出来る事によっての次の手立てを進める為に、測量会社、設計会社、司法書士、農業委員の方等に連絡して、明日は朝一で垂井町での打ち合わせが円滑に行くように電話で根回しをしました。

リピーターの皆さん。私は多方面にわたる専門性は持ち合わせていないので色々な方にお願いするばかりですが、法人を設立から23年が経過して色々なネットワークが出来て段取りの仕方も手早く出来るようになっているのでこれからも岐阜県にない盲養護老人ホーム建設に邁進して、岐阜県のセーフティネット作りの為に頑張りますので私の動きに対しても見守っていて下さい。

大谷徹奘師の『メールde法話会』に対する感想を書いたお礼の品について

令和2年5月23日

『メールde法話会』の感想を書いて送ったところ、色々な品を送って頂いたのでリピーターの皆さんにお裾分けの意味を込めて写真を添付しました。

色紙には、『こころ まるく まるく』と書いてあり、徹奘師らしい書体で心から『心温まる』気持ちになりました。

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『深沙大将』(じんじゃだいしょう)の絵葉書には、【薬師寺の教えの始祖である玄奘三蔵は、インドへ法を求める旅の中で生死にかかわるような困難に直面されました。その時に観音様の化身である『深沙大将』が出現して、玄奘三蔵をお救いになられるのです。その深沙大将は疫病を伏する神としても、いにしえより信仰されています.】とあり、現在起きている新型コロナウイルスに立ち向かうものとして送って頂けた事に深い慈悲を感じました。

大将

また、大谷徹奘師から頂いた手紙の最後に「この活動は感染が終息するまでは、続ける所存です。引き続きお読みいただければ幸いです。末筆になりますが、お薬師さまのご加護による、あなた様の身心安楽を心よりご祈念申し上げます。」と書いてあり、私の思いのままの感想に対してもきちっと答えて下さった事に対して感謝の念で一杯になりました。

折り曲げ 縁

そしてもう一つ頂いた新聞記事は、リピーターの皆さんも絶対に伝えたいと思いましたので以下に書きます。【40歳のとき茨城県の潮音寺の副住職に就き、6年かけて寺を復興した。本堂などの修復完了から半年たった平成23年3月、東日本大震災が発生。寺の復興に力を貸してくれた東北の人々の力になりたいと、薬師寺(奈良市)の花会式の法要を終え、すぐ東北へ入った。宮城県石巻市で経を上げ、高台から被災したまちの風景を見たとき、ふと心がつぶやいた。「ここに生まれていなくてよかった」。修業を重ね、いっぱしの僧侶になったつもりだったが、追い込まれたときに出た本心にショックを受けた。うつ状態になりながら、それでも時間があれば東北へ行き、仮設住宅などを回って被災者と話をした。中でも東京電力福島第一原発事故の影響を受ける福島県には何度も通った。福島第一原発20キロ圏内にある浄林寺の住職が「寺が移れば、いま避難している人たちが帰る場所がなくなる」と寺にとどまる姿を見て、同寺復興のため毎年、義援金を届けるようになった。(中略)自分だけは大丈夫という「慢心」、人の話を聞かない「傲慢(ごうまん)、今までの自分をかえないのが「怠慢」。この三つの「慢」を捨てなければコロナ禍は乗り越えられない。福島第一原発事故もコロナ禍も同じ。それぞれがいまの環境と向き合い、どう生きていくかを考え、体験したことを次に伝えていくことが大切だ。】

この記事を読み大谷徹奘師の心のままに正直に書かれている分私はより迫力と信念を感じました。師は私より10歳若いのですが私も結構な体験をしてきたと思っていましたが脱帽です。しかしながら、人の生き方はそれぞれで他の人と比較するのではなく、自分に与えられた使命を全うする事が大切と思いなおし、今は社会福祉法人杉和会理事長としての使命を精一杯するのみと思っていますのでリピーターの皆さんこれからも宜しくお願い致します。

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全国老人福祉協議会のウェブ会議をより良いものにする為に

令和2年5月22日

昨日午後1時30分から16時過ぎまで実施されたウェブ会議を終えて、改めてより良いものにする為には何を充実させたら良いのかを色々と模索してみました。そして究極の答えは『会議前の事前資料で決まる』と言う事です。

この事は当施設の幹部会での事前資料でも言える事ですが、幹部会の場合は幹部職員がそれぞれに作成して提案するのですが、全国老人福祉施設協議会の場合の資料作成は、各委員会の今置かれている状況と進むべき方向を委員会の幹事が示し、委員会担当事務局が資料としてまとめ、幹事と担当事務局員が委員長に報告し修正を加えたものを事前に資料として参加者にメールで送る。しかも送信は少なくても最低3日前には送る必要がある。何故ならば昨日の資料もそうだったのですが100ページ以上のボリュームがあり、参加者が事前チェックをするには前日のしかも20時を回ってからの送信ではなかなか全部を読みきれない。

確かに事務局も大変なご苦労をされていると思います。例えば予想される事は各委員会の資料が事務局に届くのが催促をしてもなかなか事務局に届かないと言う事もあるでしょう。事務局にしたら、幹事と言えども全国の役員ですから締め切りがきていてもなかなか言い出せないと言う事もあると思います。しかしながら、よーく考えてみるに役員の任命は最終的には会長から依頼を受けて『頑張ります。』と約束をしてそれぞれになったのだから、それぞれの役割を理解して粛々とやって貰わないと組織は持ちません。

全国老施協は今回の新型コロナでは、どの組織よりも早く適格な情報を発信してます。それは全国社会福祉協議会の組織から離れ独自路線を勝ち取り、会員施設にとって必要な事を具体的に形にしていく事を目指しているから。厚労省にしてみたら『しっかり物を言う組織』と言うのは鬱陶しい存在かも知れません。しかしながら、だからこそ自分の足で立ち考えるから新型コロナに対しても速やかに考えて提案ができたのだと思います。自分達の組織は自分達で守る。その為の活動に対しては『労を惜しまず』の信念を持った対応こそ大切だと思っています。

自分達の組織を守っていく事は国民の安心を守る事と考えています。社会福祉法人の使命は国民のセーフティネットを守る事。今年で我が杉和会が盲養護老人ホーム・養護老人ホームを建設するのもその証しです。本日は11時から中部電力とNTTと垂井町の立ち会いで電柱撤去の打ち合わせをしたのですが、一般的な対応だと申請から3ヶ月を要するとのお話だったので、公共性や視覚障害者の方の期待に答える為には私も色々な手だてをしていきたいと考えています。私個人の利害だったらそんな事を絶対にしません。しかしながら私が頑張らねばの思いでいます。

また、午後からは岐阜県健康福祉部長さんと高齢福祉課長さんと担当課長補佐の方に垂井町の副町長、高齢福祉課長、係長さんと共に面談をさせて頂き『素晴らしい施設造りに邁進出来るように協力する』との言質を頂きました。これも、岐阜県の福祉充実の役に立ちたいとの思いからです。リピーターの皆さん二つの出来事は決して長い時間を要したわけではありませんが、施設に帰ったらどっと疲れが出てしまいましたが(自分自身驚く程に)一晩しっかり寝て明日もガンガンやっていきますので下支えを宜しくお願いします。

 

ウェブ会議を55人で実施しました

朝一で看取りの家族の相談を受け、和合での全体会が10時からあるので話し合いの後、急ぎ車を走らせ和合に到着したのが9時40分で窪田室長と新規事業の打ち合わせをしていると10時になり1組目の全体会が始まり(新型コロナの関係で2組に分かれての会議です。)事前に佐藤施設長から「理事長の考え方を熱く語って下さい。」と言われていたので、しっかり15分掛けて話をさせて頂きました。

1組目の全体会は11時5分に終了して、2組目との入れ換えを5分でして貰い、11時10分から2組目が開始されたのですが、11時30分から猫田県議とお会いする事になっていたので10分で私の話を終えてぴったり11時30分から猫田先生にお会いして色々な事をお願いしたり、私の思いを聞いて貰いました。

ちょうど12時まで話をさせて貰い、これまた急ぎ本部施設に帰り13時30分から全国老人福祉協議会正副会長委員長会議がウェブ会議で行われるのでこれまた昼食も急ぎ食べてから、ウェブ会議の為のパソコンの準備をして、画面を開くと平石会長は既にスタンバイされていたので二人でしばらく話をしていると会議に参加される方が続々増えていくのがわかり、改めて参加人数を確認すると会長、副会長、理事、委員長に幹事が52人で北條専務(昨年9月末まで厚労省審議官)、北村事務局長に事務局のメンバーを入れると総勢55人。会議が始まる前には正直、こんなに多い参加者で果たしてウェブ会議が成り立つのかと心配になりましたが、流石に役員の方々は色んな経験を積まれた方ばかりなので平石会長の進行で会議は順調に進んでいきました。

進行をされる平石会長から「委員会報告は2分以内でコンパクトに頼みます。」と言われて私の出番は経営戦略の今室長の次に総務・組織委員長として話をさせて頂くのに長々と話しないように留意しながら端的に話をさせて頂きました。委員長の中には2分ルールをはるかに越えてしまう方もおみえになりましたが、あまり長いときは平石会長がやんわりと注意されて、円滑に進んで行き報告の後の検討にしても、意見を述べる方が重なる事無く出来て非常にスムーズでした。

委員会報告の後、事務局から情勢説明があり、新型コロナの関係で国の動きが遅れ気味だとの感は歪めませんが情報を聞きながら戦略が見えてきました。全ての議案検討が終了して16時までにあまり時間がないなかでしたが、敢えて「岐阜の若山ですが三点提案させて頂きます。」と声を張り上げ手短に意見を述べさせて頂きました。そして、平石会長から「今の提案に対しては今後の会議で生かしていく。」とのコメントを頂き会議終了時に鴻江副会長、久藤政治連盟会長からご挨拶をして頂き、終了間際に園田参議院議員が「今委員会が終了した。」と言われてご挨拶を頂いて全日程が終了して、パソコン画面を閉じてから、改めてウェブ会議がこのように開けるのは平石会長が新型コロナを予測されていたわけではないでしょうが、ウェブ会議の良さを見抜かれていたと思うと、改めて平石会長に精一杯仕えていきたいと思いました。

リピーターの皆さん。私はこんな人間ですが、これからも宜しくお願いいたします。

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