片付け下手の宏君の話です
4月10日に歯医者さんに9時の予約に間に合うように車を走らせていて、『しまむら』の基地があるところで信号でもない所で前のトラックが停車したので「そう言えば工事の看板が出てたな。」と思いながら車を停止させて間無しに思いっきり後から来たノーブレーキの車にぶつけられました。それなりにトラックとの車間距離をとっていたのに前のトラックにぶつからなければ私の車は止まる事が出来ず、結局私の車は前も後ろも思いっきりへこんでしまって、ディーラーの代車に今は乗っています。
ぶつけた車の中の荷物をいつまでもそのままにしておくのが嫌だと思っていたので、午後から岐阜県庁で地域福祉課長と補佐との打ち合わせを終えて、先般亡くなられた入居者さんのお通夜までには時間があると考え、「荷物を入れる箱が必要だ。」と、途中にあるドン・キホーテによりました。適当な箱を2つ手に入れ、車を預けているディーラーに行き、私の車を持って来て貰い、何ヵ所かに分かれて入れてある荷物を買ったばかりの箱に適当に入れていくと、しっかり箱二個が一杯になりました。
そして、私は改めて私の片付け下手のだらしなさを理解しました。さてさて、2つの箱に納めた荷物の整理はいつできるのやら。『時間はつくるものだ』とか『忙しいからこそ時間を上手に見つけて何事やれるのだ。』等と言っている私なのですが、片付けばかりは大の苦手。
このような人間になったのは、上手に片付ける事が出来る父進さんがいたので、『片付けはしなくて良い』的な生活習慣が身に付いてしまった等と、父進さんの性にしている私がいるのです。魚の身をほぐすのも下手なのは父進さんの性。『親の背中を見て育つ』と言う言葉がありますが、父進さんには私にとっての母秋江さんにベタぼれだったので母秋江さんに絶対服従で、母秋江さんは我が子宏君が可愛くて可愛くて、息子が出来ない事は全部父進さんがして下さって当然等と思って育ってしまったのです。
今となっては何ともならない欠点と言っても過言ではありません。片付けが出来ない私に対して天国から父進さんが飛んできてくれると嬉しいのですがそんな事は『有り得へーん。』神戸北小学校に勤務していた時でさえ、資料作りこそ私がしましたが、片付けは父進さんがしてましたっけ。等と感傷に更ける前に宏や頑張って片付けをやったらんかーい。
『やれば出来る。と言われ続けて60有余年。』等と他人事のように言っている私は何者だと思われますか、リピーターの皆さん。