4月4日から歩きを再開して11日目での変化したお話です

令和3年4月14日

まだまだ、体重に変化はありませんが、今朝も5時に起きて、着替えと靴下、タオル、ペットボトルの水を持ち1階に降りて、先ずは洗面とうがいをしてから、仏壇に蝋燭と線香を灯し5時20分からウォーキングマシンに乗り、マシンのスイッチが下の所についているので膝を曲げてオンにするのですが、今まではこの行為に苦労していきなり息が荒くなっていたのですが、本日はそれほど苦にならない。(私的には凄い事なのであります。)そして歩きだしました。

最初の1分はウォーミングアップの為にゆっくりと歩きながら父進さん、母秋江さん、姉光子さん、養母英子さんの写真に挨拶。その後3・9キロに設定して『しょうしんげ』を唱えだして10分も歩いていると既に背中を汗が流れているのがわかり、私はニンマリしながら「活性化している。」と感じました。『しょうしんげ』と『お文さん』を唱えた時に、最初の頃は「もう限界」と顎があがっていたのですが、本日などは余裕でマシンを止めて汗をタオルで拭いながら、ペットボトルの水を飲んで再び歩きだし、般若心経を唱えて、30分が苦にならなくなりました。その時にふと記憶が甦ってきました。

それは、大学時代の夏休みに滋賀信行会主催の夏の団参に参加して、本部がある長浜まで帰り、お礼のお参りがあり、それぞれの支部(私の場合は山東支部で柏原にあります。)まで行き再びお参りがあり解散になり、迎えの車が何らかの理由で来なくて、私一人の為にお世話をして頂いている方が帰る事が出来ないので「これはご迷惑をかけてはいけない。」と考えて、「家まで歩いても大丈夫ですから」と言って山東支部を出て4キロ以上はあったのですが、飛ぶように帰った事を思い出したのです。確かにあの頃の体重は50キロ位で痩せていて身が軽かった事も事実ですか、平坦な道なら一日30キロ位を歩く修行だったわけで、4キロ位は『グリコのおまけ』(懐かしい表現でリピーターさんの中には「何のこっちゃ」と思われる方もおありかも知れません。)位の感覚だったように思います。

本日このようなコラムになったのは、本日から盲養護老人ホーム和(なごみ)の職員さんが3人づつ(日によって4人の時もあります)実践研修に来ているのですが、初日と言う事もあり、理事長である私から①記憶は忘れる事もあるがメモ等を確認する事によって記憶が甦るもの。だからしっかりメモをとるように②気付きの多い職員であり、その気付きを最大限生かして欲しい。と熱く語りました。と言う事で本日はこのようなコラムになった次第です。

『和』の職員の指導の後はばたばたで新規事業の伐採の状況確認に行き、その足で県議会議員の所へ陳情に行き、昼食は車での移動中におにぎりとパンで済ませて、施設に帰ってからは、コロナ感染対策の一貫によるPCR検査の打ち合わせや和合の佐藤施設長さんとの打ち合わせが待ってます。その間に時間を作って、本日から実践研修に来ている職員の成果を確認する為の話もしたいと考えています。このように携帯でコラムを打ちながらつくづく思うのは『時間はつくるもの』だと言うことです。きっと私の生き方の中で「今日は何をして時間を潰そうか」等と考える事もなく生きていけるのは最高な生き方だと、リピーターの皆さんも思われませんか。

昨年は6月から外を歩いていたようです

ガラケーの携帯の『歩数計』機能の『歩数ランキング』を見たら最近の4月10日が10359歩でベスト4位に食い込んでいて(ベスト5までしかわからないのですが)残りの記録は昨年の6月から7月のものなので、恐らくその頃には外を歩いていたのだと思っています。その理由は、今のコロナ禍の生活では、東京に出張で歩くわけでも無く(東京に行くと歩く機会が多いのです。例えば新幹線を降りて八重洲口から丸の内口に歩くだけでも、結構な歩数になりますから)マシーンで30分歩いても3000歩を少し越える位であり、その後に10000歩達成する為に残りの7000歩を歩くのは今の生活では難しいです。(前にも書きましたが座っている事が多いので)昨年の数値の記録には20000歩を越すような驚異的数値がないのは、これまたこのコロナ感染対策の一貫で例年地域の方も多く参加しての夏祭りが開催されなかった事により8月に驚異的な数値がないのです。例年だと夏祭りの前日は準備の為にうろうろと歩き回っているし、夏祭り当日は準備と共に来賓等への対応で走り回っているので楽に20000歩を越えるわけです。回りの方々からは「理事長さんらしくドーンと構えていたら良いのに」と言われるのですが、『私は現場主義』『私は労を惜しまず』をいくつになっても貫きたいのです。朝から少し格好良く決めてしまいましたが、さてさて、施設に行ってからの展開は如何に・・・。今(18時17分)家の湯船に浸かりながらコラムを再開します。8時30分から岐阜県社協の課長さんが老施協の事務局長の立場で打ち合わせに来て頂く事になっていたので、8時過ぎには施設に着き書類を見ながら待っているとおみえになったので会議室で4月20日の正副会長委員長会議の事前打ち合わせをしました。昨年度とは違い体制が改善されたので、しっかりとした資料が出来ており、時には質問したり同意をしてしっかりとした打ち合わせができました。玄関先でお見送りをしていると、10時30分に和(なごみ)の吉澤施設長が決済と打ち合わせに来たので再び会議室に理事長印を準備して行き、決済印を先ずは押印して、施設の体制の問題について相談にのると共に竣工式の打ち合わせをしました。打ち合わせを終え一旦吉澤施設長は施設を出たのですが、直ぐに戻ってきて「一番相談したかった本部施設での新規採用者の実践研修を受けて欲しい。」との事で私は快く良く受けると共に「吉澤施設長もこんな大切な事を忘れるとは、頑張ってはいるけど一杯いっぱいなんだ」と思いました。(さっそく明日からの研修体制はとりました。)午後からは看護職員の面接があり、その後米原市から措置入居を受けた方の事で役所の方が3名おみえになり、色々な話をさせて頂きました。その間も時間を有効活用する為に全国老施協の事や竣工式の検討等をこなしていきました。リピーターの皆さん。このコロナ禍での色んな展開ですが色んな事に留意して対応していきますのでご支援宜しくお願い致します。

6時40分に烏野先生からショートメールがきました

令和3年4月12日

一昨日施設に介護報酬改訂により色々な研修をしなくてはいけないとの指摘と共に「他県の依頼を受ける前に先ずは岐阜県で協力したい。」との、烏野先生からの有り難いメールに対して「『リスクマネージメント』や『防災対策』等について依頼しなければいけない」と考えてはいたので 昨日、岐阜県老施協研修委員会小島委員長代行に棚橋衆議院議員の大垣事務所で会った時に研修委員会として実施するように指示をしておいたのですが、いわゆる『昨日の今日で』烏野先生から表題の通り6時40分にショートメールを頂いたので、折り返し携帯に連絡すると、既に車を運転中(耳に充てて話さなくて良いシステムで・・・。私も活用してますが便利な世の中になりました。)でしたので、「烏野先生もあいからわず早いな」と話すると、「若山先生程ではありません。」等とのやりとりの後で、「具体的には研修委員会の小島委員長代行に具体的なやり取りは任せるので宜しく頼みます。」と話をしました。

10時30分に岐阜広告の棚橋社長が岐阜新聞の制作担当者を連れてみえたので、話を聞くと「盲養護老人ホームの取材を理事長の思いと共にしたい」との話だったので、「今回の盲養護老人ホームを広く周知出来るのは素晴らしい事」と思い、「出来たらユーチューブやホームページにアップしたい。」と話すると「大丈夫です。」と言われたので「素晴らしい企画になるな」と嬉しくなりました。色々な話をしたので(もちろん、私の武勇伝も話しました。)12時近くになったので急いで昼食のきつねうどんを平らげ、13時30分から和合の幹部会があるので車で移動しました。

幹部会は15時前に終了して理事長室に入って行き、本部施設を立ち上げた頃に入居されていた方の奥さんがお友だちのご主人の入居の相談に同席されていたので挨拶をして(かつての入居者の家族の方が当施設の紹介に来て下さったと言う事はかつての対応が良かった証しと嬉しく思っています。)しばらくお話をさせて頂いてから、1階の利用者さんがお参りの為にみえていて、揃われていたので、仏壇の前に行きジャケットを脱いでお参りの体制になろうとすると、利用者さんから「凄い服やなあ」

(※写真参照)

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との目敏い指摘に気を良くした私は三回程ぐるぐるとモデルのようにして(私的にそう思っているのです。)「似合ってやすか」と言ってからお参りの挨拶をして、皆さんと一緒にお経をあげさせて頂きました。16時30分に本部施設で来客があり、私の方がご無理なお願いをするのにわざわざ来て下さるので「お待ちするわけにはいかない」と急いで本部施設に戻り、ぎりぎりセーフで会議室に行き、お願い事について語らせて頂きました。リピーターの皆さん。本日も充実した一日だった報告でした。

いつもより目覚めがゆっくりで5時50分から歩いてます

いつもだと5時前に目覚めるて行動開始をしていたのですが(とは言え、まだ7日しか継続いていませんが)本日は一旦5時に目は開いたのですが「まだ眠い。5時30分から行動開始をしよう。」と再び目をつむって、気付いたら正に5時30分。「今日は仏様が目をさまして下さった。」とベットの上でいつものようにウォーミングアップをしてから「本日は外を歩くのではなくてウォーキングマシンに乗って歩くのだから、パジャマのままで準備するのはタオル、お風呂の後の着替え、靴下、ペットボトルの水。」と準備をしていたのですが眠い為か仏壇の蝋燭と線香に火を点け、ウォーキングマシンに乗り歩き出したのは表題の通り5時50分。いつもよりゆっくりだった分、逆にお経さんは丁寧にさせて貰ったので、蝋燭と線香はたて直しました。(これが宏君流の『こだわり』なのであります。)

さて、どうして目覚めが遅かったのかを(世間一般で言うと決して遅くはないのですが)コラムを打ちながら考えています。考えられる事を以下に述べます。①一昨日は車の鍵が施設に置いてあり、約4キロ歩いた疲れ②看取り対応の為に家に帰りお風呂に入り寝床についたのが22時30分といつもより1時間以上遅かった為か③日曜日なので少し遅くなっても良いと思った為か④新製品の『ヤクルト1000』を飲んだ結果なのか。ちなみに、ヤクルト1000の効果には、機能性表示食品と明記して『ストレス緩和』『睡眠の質向上』『腸内環境改善』と書いてありました。もし1回飲んだだけでこの効果があったとするとめっちゃ凄いし画期的だと思いましたが、多分4点挙げた理由が複雑に絡み合っての事だと思います。私のコラムは一つのこだわりについていろんな視点から述べるので一見だらだらと書いているようですが、その点についてはご容赦下さい。

本日午前中は地元の衆議院議員である棚橋さんが久しぶりに東京から帰ってきたとの事で、西濃地区の役員5人と共に意見交流をしました。主にはコロナ対策と介護報酬改正についてですが、老施協として言うべき事はしっかり言えましたし、棚橋議員は現在行政改革担当委員長との事なので、介護報酬に伴う加算での書類に対する煩雑さについては、しっかりとわたしも全国対応として頑張って伝えていきたいと考えています。午後は社労士の先生と雇用契約の対応について話し合い、結構時間がかかったので、准看護職員の面接を少し待ってもらってから実施しました。その後少し時間が空いたので和(なごみ)に行き5月16日の竣工式典の参加者リストについて事務長と打ち合わせをして、一旦本部施設に帰り打ち合わせた内容について忘れない内にと言う事でパソコンで整理をして、本日は18時前に家に帰る事が出来ました。リピーターの皆さん。こんな日がたまにあっても許されますよね。

久しぶりに足の長い宏君です(5時49分)

わけのわからない表題から入ってしまいすみません。(謝りの言葉ではありません。ウキウキの表現なのです。)

昨日の最後に書いたように、私の車の鍵を吉澤施設長が持って帰ってしまい、車を施設に置いて帰った事は書きましたが、今朝もいつものように(とは言っても7日目ですが)早くに目覚め「本日もウォーキングマシンに乗って歩きながらお経を唱えようか」とむっくり起きた瞬間ワクワクすることを思い付いたのです。それは、私の車が施設にあり、「本日は関ヶ原診療所の受診があるので車を取りに行くついでに施設まで歩いて行こう。」と考えたのです。

この発想は小さい頃の私には絶対にない発想だと自分でも思っています。だって、母秋江さんの後ろに隠れているのが常の毎日だったし、朝早く歩く事を母秋江さんが許してくれるわけないし・・・。ワクワクしながら外で歩くのだからパジャマのままと言うわけにはいかないので、準備をしながらもワクワクしてました。

「まだ外は寒いに違いない」と思い毛糸の帽子をかぶり、タオルを首に巻いていよいよ歩きます。天気も良いし爽やかです。まるで私が歩く事を予測して吉澤施設長は鍵を持って帰ったのかと思う余裕すら出てきました。歩いていて楽しくなったのは表題に書いた事です。

つまり、歩いている内に太陽の陽が当たりだし西に向いて歩いていたので私の影が写り私の足がめっちゃ長くなっているのにまたまたワクワクしたのです。(リピーターの皆さん私が何を言いたいのか理解して頂けましたか。)やっぱり外を歩くのは最高です。施設の近くまで歩いて行くと左手ね山の方で「ホーホケキョ」の鳴き声が。「鴬の鳴き声だ」とまたまた嬉しくなってきました。

歩いている途中に白山神社があり2礼2拍手1礼をして、施設入り口の所にある観音さんのところでは手を合わせながら『般若心経』を唱えました。ようやき施設に着いた時に思わずガラケーの携帯で万歩計(はいはい、私の携帯は楽々フォンでございます。)の確認をすると5835歩を示していたので、「本日の万歩計の目標である6000歩は間違いなくクリアだ。それどころか、本日は13時30分に庭師さんと樹木の打ち合わせを盲養護老人ホーム和(なごみ)の現地でする事になっているので本日の数字は楽しみだ。」と思っています。宿直者の五次部長と話をしようと施設の中に入って行き直感的に「滅茶苦茶温かい」と感じたのですが、本当は外の風が冷たかったのだと考え直しました。と言うのは歩いている時に手が冷たく感じて思わず歩きながらズボンのポケットに手を突っ込んでいたからです。

車に乗りゆっくり走っていると見覚えがある水色のタオルが道路に落ちていて、思わず首に巻いていたタオルを確認すると「ない。と言う事は私が首に巻いていたタオルだ」と言う事で車を停めて、タオルを拾うと「確かに私が首に巻いていたタオル」と言う事で改めてタオルを首に巻きました。そして、改めて「どうして気が付かなかったのか」と考えるに「寒かった時には防寒変わりにしていたけど、体が温まったので寒さを感じなくなり、気付かなかったのと、タオルがいつものスポーツタオルよりは短めだったからか」と推理をすると共にこれまた楽しい気分になりました。

取り敢えず家に帰りお風呂に入り朝食を食べるとどっと疲れが出て本日は10時から関ヶ原診療所で血液検査と診察が予約してあるので、少しゆっくりさせて貰い、関ヶ原診療所のかかりつけ医先生から「何か運動をされましたか」と言われたので「頑張って朝歩きました。」と言うと「筋肉痛の数値が出てますよ」と言われてリピーターの皆さん私は苦笑いするしかなかったのですが、皆さんならどんなリアクションをされますかね。

本日は4時40分の奇襲でした

令和3年4月9日

昨夜は21時05分には多分爆睡していたので、しっかり眠れたとの感覚で目覚めたのが午前3時30分で、「流石にこの時間に起きてウォーキングマシンで歩くのも変だし、我が家には仕事を持ち込まない(電話連絡は別ですよ)主義なので、布団の中で戦略を考えていたのですが、表題の通り我が家の老猫『リット』が「ニャーニャー」と朝一番で鳴くので、「ここは私の出番」と起きてウォーキングマシンで歩けるように準備して1階に降りて行くと、リットも後ろからついてくる。この瞬間は堪らなく『いとおしい』リットなのであります。

最近になってつくづく思うのは「我が家の老猫リットは人間の感情を良く理解している。」と言う事です。いつものように(とは言え6日目なのですが・・・)仏壇に蝋燭と線香に火を点け父進さん、母秋江さん、姉光子さん、養母英子さんに挨拶をして、これも、パターン化をした、時速3・9キロに設定して歩き(しょうしんげを唱えながら)お文さんまで終えたタイミングで小休止です。ペットボトルの水を飲みタオルで汗を拭って、今度は時速4・4キロに設定をして般若心経を唱えながら歩きます。この30分の行為の中でわかったのは2キロは歩けて3000歩は歩けていると言う事。

そこで、私が今考えた事は毎日歩くのだから、ガラケーの携帯『楽々フォン』の万歩計の目標数値を5000歩から6000歩に変更することでした。私の日常は事務所内で座っているか会議室でお客様や職員と話をしているか、車に乗って移動するかですので5000歩の目標数値に達しない事が多かったのですが、歩きだして元気な足腰が戻りつつあるので豆腐のような意志しか持たない私ですが決めて設定しました。

話は変わり、昨日の視覚障害者福祉協会の山田会長にお会いしてツーショットの写真をとって、一旦『和』(なごみ)の施設に戻り竣工式の打ち合わせを終えた段階で和(なごみ)の吉澤施設長がしみじみと話したのが「携帯を持って常に緊張しながらいるのは想像以上に大変です。」と言ったので、その時思ったのは、どれだけ話をしてもその立場にならないとわからない事があるな。と言う事と、立場が人を育てると言う事でした。立ち上げには産みの苦しみは当然のようにありますが、それを乗り越えた時には得るものも大きいと思いました。

その後昼食を頂き13時からは2組のお客様があり、16時からは、竣工式の招待客リストを作成することにしたのですが、「机の上や回りを片付けないと落ち着いて考えられない。」と思い整理をすると共に不必要なものをシュレッターにかけていると意外に時間がかかり、18時を過ぎてしまったので、「本日は片付けで終了。明日しっかりリストを作成することにして、本日は終了」と言う事で事務所内にいる職員に挨拶をして、車を開けようとしてハプニングです。

そのハプニングとは、昼間に岐阜県社協の会長さんのところに行った時に和(なごみ)の吉澤施設長が私の車を運転して私の車のキーを持って帰ったようでドアが開かない。吉澤施設長に確認するも出てくれなくて、やむ無く副施設長に家まで乗せて貰い帰って来たのは良いのですが 本当に吉澤施設長がキーを持っていったのが心配でしたが、我が家のお風呂に入っている時に吉澤施設長から「電話に出れなくてすみません。」と太平楽。「私の車のキーはないか」と聞くと(しばらくして)「すまません。持っていました。」の対応に安心した次第です。リピーターの皆さん。キーがあって良かったのとの話でした。

 

本日も新規事業の定例会があります

今朝の「エイ、ヤー」で起きる為の声掛の主は小鳥の囀ずりではなくて、『リット』の「ニャー、ニャー」でした。と言うか、窓の外はうっすらと明るくなっていましたので、小鳥は囀ずっていたのだと思うのですが、いつもの電線には留まっていなかったのかもしれません。こんな些細な変化を捉えれる宏君がいるとは自分自身でもビックリです。6時にはウォーキングマシンによる歩きとお経さんを唱えながらの父、母、姉、養母の写真を見ながらの会話を楽しんでいました。ウォーキングマシンを再開して5日目ですが、毎朝爽快な気分で1日が始まります。相乗効果だと思うのですが、腰の痛みも軽減していて気にならない状態です。但し、1日が終わった21時には異常な位の眠気に襲われます。お陰さまで職員の頑張りで厳しい状態の入居者さんはおみえですが、夜の対応もなくて感謝してます。昨日は午前中に岩田先生との打ち合わせが終了して施設に帰り昼食を頂いて、15時30分からモルテンと言う会社がプレゼンをしてくれる事になっていて、15時から北島部長が前日遅くから筍を掘って来たのを湯がく予定でしたが、「どんな用事がはいるかも知れない」と考えて昼食後に寸胴に火をたく準備をしていると目敏く水野相談員と北島部長が飛んで来て、二人が連携良く筍を洗い筍に包丁を入れて大きな鍋の中に筍を入れる作業をしながら「15時からではなかったのですか」と言うので間髪入れずに「予定は未定で決定ではない」と言いましたが、入居者さん利用者さんの対応をしつつ、私のわがままに付き合ってくれる職員に感謝です。(ようやく、定例の話しになります。あいからわず前段がながくてすみません。)10時から定例があり、竣工式典までの日程の詳細について話し合いをして、会議終了後に建設現場に行ったのですが、本日からメイン道路(幅6メーターの道路を新たに設置しました。)を通って歩いて行きましたが、実に立派な道路が出来ていて、つくづく思ったのは、「予算オーバーにはなりましたが、将来的には良かったと思えるものが出来た。予算が不足した分は理事長として、多くの方に理解して協力して貰わねば」と言う事です。施設の中もゆったりとした空間の中で南側はスカット垂井か見下ろせるロケーションには改めて感動しました。定例会終了後、視覚障害者福祉協会の山田会長に寄付金依頼のホームページ等に私とのツーショット写真をお願いしてあったので山田会長がおみえになる『アソシア』に行き、受付を済ませてしばらくすると会長さんがあるいてみえて「身だしなみを整えて無いけど。」とのユーモアたっぷりの挨拶を頂き、気軽に玄関先でのツーショット写真に収まって下さり、尚且つ車が置いてあるところまで見送って下さり、別れ際に「若山理事長は我々の安心の為に凄い計画をして下さったのだから、出来ることは何でもしますよ」と心強く言って下さったのには目頭を熱くしました。そして、改めて「素晴らしい施設にするぞ」と誓いました。リピーターの皆さん。力強いご支援を宜しくお願い致します。

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確かに5時前から小鳥の囀りを聞いていました

令和3年4月7日

午前3時から寝れなくて(とは言え、6時間近くは寝てます。だって21時には布団に入っていたのだから ・・・)色々と戦略を考えていたのですが、小鳥の囀ずりで「よ~し頑張るぞ」と思いきや眠気が襲い、小鳥の囀ずりと問答をして5時15分に布団をはねのけ昨日より効率的に着替えとタオルと靴下とペットボトルの水を持ち浴室に直行。洗面台で顔を洗い、うがいをしてからお仏壇で蝋燭と線香に火を点けウォーキングマシンのスピードをいつものように時速3・9キロに設定をして、先ずは『しょうしんげとお文さん』を唱えて小休止。汗を拭い水分補給をして再び時速の設定をする時に時速4・4キロにしました。(パワーアップです。)リピーターの皆さん。私は意外にげんを担ぎたい人なので語呂合わせをする人なのであります。3・9は『サンキュー』で4・4は『よし(良し)と言う事です。げんを担いででも、御輿を担いででも、神頼みでも、宝くじに当たってでも、寄付をお願いしてでも、今の厳しい状況からの脱出をしなければと強く思っています。

本日は私が高校2年の時に急逝した姉光子さんの命日に当たるので(ちょうど50年前になります)「お墓参りをどのタイミングでしようか」と考えている時に私にとって大切なもう一人の姉春子さん(私が小さい頃はとっても怖い存在でしたが、今は・・・)から電話があり、「お墓参りに行く」との事に「当然やろ。ただ、10時に岩田先生との打ち合わせがあるので、打ち合わせが終わったタイミングで連絡するわ」との会話をしながら、私が高校2年の日の事を走馬灯のように思い出していました。岩田先生との打ち合わせを終えて(かなり重たい内容でした。)岩田事務所を出て、姉春子さんに連絡を取り、途中で事前にお願いしていたお墓の花を花屋さんで手に入れて姉光子さんが眠るお墓の駐車場に着くと姉春子さんもちょうど着いたところだったので、一緒にお墓に向かいました

。先ずは今年初めてのお参りであることを詫びてからお墓に水を手向けてから般若心経を唱えました。その後、せっかくだからと父進さん、母秋江さん、養母英子さんが眠るお墓にも行く事にしました。ここでもお経を唱えながら墓誌を見て思わず声を出してしまいました。その訳は墓誌の順番は父、母、養母の順に法名等が刻んであると思い込んでいたのですが(我が家の写真がそうなっているからです。)お経を唱えながらよ~く見ると、秋江さん、進さん、英子さんの順で刻んであったからです。(この順番は当然の事で他界した順番なのです。)私は思わず「進さんは天国でも右側から母秋江さん、左側から養母英子さんから攻められているのか・・・。このバトルは凄まじいものがあるぞ。」と叫んでいました。リピーターの皆さん。こんな事が言えるのは久しぶりに姉春子さんとお墓に行きリラックス出来た証しかも知れません。今は新規事業の事で頭がいっぱいで余裕がないのですが「流石に3人の懐は深い。」と思った次第です。こんな私ですがリピーターの皆さん、これからも宜しくお願い致します。

朝5時19分から歩いてます

令和3年4月6日

昨日は我が家の老猫『リット』の「ニャーニャー」で行動開始しましたが、本日は鳥の囀ずりで行動開始をしたので、顔を洗いうがいをして、お風呂のスイッチを入れて、仏壇に蝋燭と線香を点け、父進さん、母秋江さん、姉光子さん、養母英子さんにそれぞれ挨拶をしてから表題の通り、5時19分からウォーキングマシンに乗り歩きました。途中2回マシンを止め汗を拭い、水分補給をしましたが無事に30分歩き、その間お経をあげて頑張りました。30分の間時速3・9キロに設定したゆっくりのペースだったので1・93キロ歩いたと示してして、私は「距離を稼ぎたかったわけではなく、朝早くゆったり爽やかが健康には最高」と思っています。そう言う意味ではオリンピック選手は『より高く』『より早く』を求められる中での生活だから大変だと思いますが、「私は常に健康な生活がより良い生き方に繋がると考えている。」と言えば素敵な生き方に聞こえますが、本当のところは、新規事業での想定内だったのに、しっかりとした対応がとれなかった理事長の責任を強く感じているので、眠れないから朝早くからうごめいていると言うのが正しい言い方だと自重気味に思っています。但し、今までの私は絶望感に強いられた時に救世主のようなホワイトナイト(『半沢直樹』のドラマで覚えた言葉です。)が現れて今があるのですが、当法人も職員数180人を数える組織になった今でも、現れて頂けるのかどうか・・・。いやいや、今までも自分の事ではなく地域の為に一生懸命にがむしゃらにしてきて今があるので、今の危機もがむしゃらにもがいて解決に向けていきたいと考えています。健康管理も大切と言う事で今年になってから一回も行けてないので歯医者さんに行き、歯を綺麗にして貰い、受診後に本部施設に戻り、昨日わかった厳しい状況の対応についての打ち合わせをしていると、和合の事務長が決済印の確認に、和(なごみ)の事務長は5月16日の竣工式の案内文の確認に来たのでその対応をしていると本日は月一回のバイキングと言う事で和の事務長には試食会の形で食べて貰いながら打ち合わせをしました。13時近くになった為に13時30分からの全国老施協正副会長委員長会議の準備をして、定刻通り始まったウェブ会議では、総務・組織委員長としては最後の会議として、しっかりと意見を言わせて頂き、15時30分に終了してからは久しぶりにパソコンの画面を見る事が出来ました。本日は火曜日と言う事で移動販売の『だるま』が17時過ぎに玄関先に車を停めたので、本日の晩酌用にかつおのタタキと長芋を購入して18時には家に帰る事にして、今(18時36分)はお風呂でコラムを打っていて、まもなく打ち終えれので、リピーターの皆さん。昨夜はあまりゆっくりと眠れなかったので、グッとお酒を飲んで寝る事にします。

昨夜の続きです

令和3年4月5日

昨夜は急激に眠くなり、(最近はいつもの事ですが)コラム送信後はしばらくしてから爆睡しました。(間違いなく午前2時まではしっかり寝ました。)いつものように5時前には目覚めていて、「昨日と同じように、ウォーキングマシンで歩きながらお経さんを唱えようか」と考えていると、我が家の老猫『リット君』が「ニャーニャー」と鳴くのです。今までの私なら「うるさい」と怒りながらリットの食事に付き合うのですが、今朝の場合は「このタイミングで起きて歩いてお経を唱えて汗ビッショリになってシャワーを浴びるぞ。よくぞリットよ鳴いてくれた。」と考えて即行動に移し、今は爽やかにコラムを打っている次第です。(ようやく昨夜の続きに入ります。あいからわず前段が長い私なのであります。)デイサービスに続いて本館1階、本館2階がそれぞれに味噌汁を取りに来て、それぞれの家庭用では考えられない大きな鍋に職員が「これで充分です。」と言うまで鍋に入れて、少し時間をおいて新館から新館の責任者の西川課長が新人職員の水谷管理栄養士を引き連れてやってきました。西川課長のさりげない対応は素晴らしいと思いました。残った分を職員にも分けて大きな寸胴に収まる大きな鍋も空になり片付けをしていると、和(なごみ)の事務長さんが5月16日に行われる竣工式の打ち合わせに来てくれたので、色々事を話ししていると、気が付けば18時を過ぎてました。そうそう。和(なごみ)の入居者さんにも筍の味噌汁を持って帰って貰いました。多分味噌汁が和(なごみ)に届いたのでしょう。18時44分に和の施設長からお礼の電話を貰い、和の施設長は新米施設長だけれども、このような配慮が出来るようになったと頼もしく思った次第です。本日は3人の職員を引き連れて岐阜県庁高齢福祉課に行き新規事業の事業開始届けを提出すると共に補助金のタイミングや業者への支払いのタイミング等の指導を受けました。4人で行ったので、指導する側も係長さんと担当者2人の3人で対応して頂けました。担当係長さんはこの4月の異動で赴任してみえた方なのですが、かつても色々とお世話になった方だったので、先ずは経過報告も入れて理事長である私から話をさせて頂きました。1時間程で打ち合わせを終えたので、岐阜県視覚障害者福祉協会の山田会長に携帯で申し込むと(固定電話に連絡したのですが、調節山田会長が出られたので驚きました。)快諾していただいたので、山田会長がおみえになる『アソシア』に移動して、受付を済ますと4階にみえるとの事で階段で行ったのですが、4階に上がった時には息切れがしていたのでしょう山田会長から「若山理事長さんの息が荒いですね」と言われてまいってしまいましたが事実だったので苦笑いをするしかなかったです。(体重を減らさねばとは思いましたが・・・。山田会長さんとの会話には舌を巻く思いでした。と言うのは色々なお願いをしても明快な回答が返ってくるからです。気分良く車に戻り時間を見ると12時少し前なので途中で昼食をとり13時30分からの保安企画さんとのホームページ等の打ち合わせに備える事にしました。何とか会議の時間に間に合い18時前までしっかり打ち合わせをしました。特にホームページ上の『寄付のお願い』では、予算上厳しい部分に対して色んな方が理解して頂けるように特に思いを込めました。リピーターの皆さん。私は神明を誓ってお金を儲ける為に新規事業を計画したのではありません。岐阜県民の視覚障害者の安心と幸せの為に頑張ろうと思っての頑張りです。近々ホームページ上で寄付のお願いのコーナーが出来ます。理想的な施設造りの為にご理解頂ければ嬉しいです。

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