寒暖の差が激しいのは身体に堪えます。

令和4年4月14日

今朝のニュースで、福島県では昨日の最高気温が28、5℃(7月上旬の気温)で本日の最高気温の予想気温が9℃(3月上旬の気温)だとの事で、昨日と本日で20℃近く違うとの事でビックリすると共に、この様な陽気が続くと入居者さんの体調も崩しやすいので、衣服の調整や布団の調整もしっかりしなければと思っています。

本部施設がある今須地区ではなかなか桜の花が咲かないと思っていたら、急激に気温が上がり桜の花が咲いたと思ったら3日もしない内に花が散り出して、これまた3日もしない内に葉桜の状態です。そう言う意味では10日(日曜日)と1⒉日(火曜日)にデイサービスが施設内で花見の企画をしてくれたのは正解でした。花見と言えば9日(土曜日)に本館2階の食堂内での花見の報告が私の手元にきたのを見て当日も嬉しかったのですが本日もそのレポートを見て嬉しかったのでレポートの一部を紹介したいと思います。

先ずは当日の責任者の感想の中に『入居者の方々はとても楽しんで頂けただけでなく、あまりの反応の良さに職員も楽しむと同時にやりがいを実感でき、モチベーションも格段にアップしたように思います。』には、担当責任者の狙いが当たったと言う事で責任者としての自覚を感じられたのを頼もしく思ったしだいです。

次に入居者さんの様子で『普段は食事・水分がなかなか取れない方なのに、生き生きおかわりするご様子が嬉しかった』との報告には、ケアの仕方のヒントを見つけてくれたのならなお嬉しいと思いました。

次に『最初は飲まないと仰っていた方が、皆さんが楽しそうにされているのをみて「私も欲しい」と言われて飲まれました。この事から無理な声掛けではなく雰囲気作りが大切だと思いました。』とのコメントに対して私のコメントは『3杯も飲まれましたよ。一度お酒の武勇伝を聞きたいです.』と書きました。

次に『日頃表情の少ない方なのに花見中は穏やかな表情で笑顔も見せて頂けた。』との事だったので私は「それぞれの楽しみを大切にしたいものです。」とのコメントを書きました。花織を一生懸命にして頂いた入居者さんへのコメントは『いつもはほんの少ししか飲まれないのに今回は沢山飲まれて雰囲気を楽しまれていました。』とのコメントには『入居者さんだからお世話されるばかりではなく、出来た事の達成感を認められる事によってより充実した日々になるものです。』と答えました。

次に『わしはビール派やと言ってみえましたが当日は日本車をたくさん飲まれていました。』に対しては『事前の話題作りは企画を何倍にも楽しいものにしますね。』と答えました。私は本館2階の手作りの桜の木の元での花見には職員のワクワク感に入居者さんが答えられた賜物だと思います。お酒も一役買いましたがそれはほんの少しの洒落です。でも、これからも機会有る毎にお酒も飲んで貰うぞ。そして健康で長生きして貰うぞとリピーターの皆さん私は改めて思った次第です。

 

間違いなく気温が上がっていることを感じています。

昨夜も21時前に爆睡したのですが、「間違いなく暑い。」と思い、毛布を外して布団のみ掛けて寝たのですが、「それでも暑い」と言う事で足や手を出した状態で寝たのですが全く寒いと感じる事なく午前1時30分までは寝ました。(その後はいつもの事ながらうとうとの眠りです。)4時31分にアラームをセットしていたのですが4時15分には行動を開始しました。昨日までは先ず最初にパジャマの上にガウンを羽織っていたのですが、「着なくても大丈夫そうだな。」と言う事で靴下だけ履いて(ウォーキングをするので)着替えを持って1階に降りて洗面だけ済ませて、蝋燭と線香に火を点けてからお水かえをしてから若宮八幡大神様と仏壇にお参りしました。(勿論仏壇では正信偈を唱えましたよ。)実は本日は蝋燭がどれ程の時間点いているのかを確認したくて、ガラケーのストップウォッチ機能をセットしました。結果として1時間24分だったのですが「もうすぐ燃え尽きるな」と思ったので、仏壇で木魚をたたきながら般若心経を1巻唱えると蝋燭は燃え尽きました。本日の朝の実験(恐れ多い事ですが)の結果2つの事が分かりました。1つは若宮八幡大神様から蝋燭を点けて仏壇の蝋燭を点けたのですが、昨日もそうだったのですが、仏壇の蝋燭の方が早く消えました。仏間でのやるべき事をしてから「どうして仏壇の方が早く終わるのかを確認すると「わかりました。」仏壇の蝋燭立ては鶴亀なのですが、蝋燭の溶けたのがべったりと付いていたので「燃えなかった分があったからだ。」と理解して溶けた蝋を綺麗にしました。和蝋燭だった為か非常に柔らかかったです。(すみません。2つ目の理由を思い出せませんので、2つ目は書けませんがお許し下さい。『暑い』と言う話題に戻ります。本日は午前中に県庁の人事異動でお世話になっている方々にご挨拶に行く事になっていたので家を8時30分に出たのですが車の温度計はその時点で24℃ありました。そりゃそうですよね。天気予報の最低気温が18℃と言っていましたから。まだ最近まで元気な職員が施設の中で半袖でいたりすると「元気がいいな。若い証拠か」等と言っていたのに、今日何かは「私も半袖でいたい。でも、県庁へ挨拶に行くのだからスーツを着てかなあかん。」と言う事です。県庁の挨拶が終わってから場所を岐阜県福祉会館に移してこの4月1日から一般社団法人岐阜県老人福祉施設協議会の打ち合わせをしたのですが想定以上に時間がかかり、打ち合わせが終わったのが12時40分で14時から和(なごみ)で打ち合わせがあるので昼食を和(なごみ)で用意してくれているので13時15分位になることを和(なごみ)に連絡しておいたところ、吉澤施設長は昼食を食べずに待っていてくれたので申し訳なかったと思いつつ一緒に急いで食べました。14時10分前にメンバーが揃い打ち合わせをしました。課題が山積しているので二時間たっぷりかかりましたが終了後本部施設に戻ると地元でお世話になっている方が山の斜面に苗木を植えて頂いているを確認したのでお礼の挨拶をしました。リピーターの皆さん。最後に地元の方のご厚意が嬉しくて、改めて24年の重みを感じた次第です。

春・ハル・はる・・・の話題です。

令和4年4月12日

朝、本部施設の駐車場に着いて車から降りるといきなりウグイスが上手に「ホーホーホケキョ」と綺麗な声で鳴いたのです。それも何度も何度も・・・。その時に4月10日の日曜日に盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)でお客様を待っていて、あまりに天気が良かったので会議室から外に出て椅子に座っていると「ホーホーホケキョ」とウグイスが鳴いたのに感動して、改めて「素晴らしい所に素晴らしい施設をつくらせて貰った。今は大変だけれど10年後には日本一の施設になるから頑張って行こう。」と思ったものです。そして本日は本部施設の方で上手にウグイスが鳴いているのを聞いて本部施設と和合の施設を含めて恵まれた環境なのだから日本一の法人になるまで頑張るのみと強く思った次第です。そう言えば次の日曜日は(4月17日)はかつての職員が手土産で持って来てくれた豚肉を寸胴の大鍋で『豚汁』をつくる事になっています。

本日は施設内の満開の桜が風が吹くと桜の花びらが舞い、文字通り桜吹雪の遠山の金さんの主題歌を歌わなければいけない状態です。所によっては「タケノコを掘って来たのでお裾分け」等との会話がうまれて、「初物のタケノコの頭の部分はお刺身で食べると最高。」との声が聞こえてきそうですが、本部施設北側の竹林にはイノシシやサルより早くに掘りたい職員が偵察したところまだだと言う事で、今須ではタケノコの話題はもう少し後になりそうですが、ここは一休さん宜しく「あわてない。あわてない。」と言う事で。春の訪れは雪が無くなった所から出てくる『福寿草』が筆頭株なのでしょうが、私のコラムを毎日見て頂いていて、私の活動をはらはらドキドキと見守って頂いている埼玉県志木市の先生が広報誌を送って下さり、私のコラムで書かせて頂いた福寿草の一節を紹介して頂いていたのでお礼のメールを送らせて頂きました。

今年の本部施設の桜は大垣が満開だと言っている頃はつぼみも小さくて「いつになったら咲くのか」と思っていたら、ここ3日の急激な気温の上昇で「満開になった」と思ったら散り始めると言うせわしなさ。でもそれこそが『桜らしさ』なのかも知れません。もう少しタケノコの話をします。本部施設では大抵日本全国ゴールデンウイーク前後に毎日の様に収穫が出来て、タケノコをメインにした味噌汁を寸胴の大鍋で入居者さん、利用者さんと職員だけでは食べきれないくらいの量の味噌汁を最低3回は作って喜んで貰っていますし、10升焚きの大釜でタケノコご飯も作ります。(流石に10升は食べきらないので5升程度を炊くのですが不思議な事に『お焦げ』から売れていきます。

本部職員はお祭り男が多いのか春の祭りの様にさせて貰っています。う~ん。そう言えばクリスマス会で「来年は私が花魁になる。」と宣言してからコロナの影響で2年間スルーされています。ひょっとすると神様が「お前が花魁になるのは見たくない。」と言う事で世界中にコロナを流行らせて私が花魁になるのを阻止している・・・。リピーターの皆さんそんな事は絶対にないですよね・・・。

 

昨日のコラムのセントレアの追加から書きます。

令和4年4月11日

6時5分にはセントレアの駐車場に着いていたので5時50分前後の事だと思うのですが(もう少し早い時間だったかも知れません。)国際空港を計画するなかで埋め立てがされた所を走っているときに(勿論車に乗ってですよ・・・。当たり前か)車の窓越しに外を見ると大きな太陽が姿を現したので思わずガラケーで写真を撮ろうと構えるのですが、撮ろうと構えると高い建物に或いは小高い林に邪魔されたりして、なかなか撮れずにいて苛々している時にピンポーンと思い付いたのが『下手な鉄炮数打ちゃ当たる。』でした。そこで本当に適当にバチバチと太陽がある方向にシャッターを押して何とかそれなりに写ったのをホームページにアップします。

朝日

リピーターの皆さん大きな太陽だと思いませんか。海の中に沈んでいた太陽が元気に登場したと思うと、海なし県に住んでいる私としては感動なのであります。そしてもう一つ思ったのは「太陽の出てくるのが早くないか」と言う事です。「う~ん。かなり東に走ったので太陽の出るのも早いのか。いやいやそれもあるけど私が住んでいる今須は盆地なのでなかなか太陽が昇ってこんのか」とも思いました。そう言えば私が小学生の頃今須の一番奥の地区が「天気の良い日でも太陽が拝めるのは4時間位だ」と聞いた事があります。『住めば都』とは言え「とほほ・・・。」の話だとリピーターの皆さん、そのように思いませんか。

本日は月に1回の『てるてる座』のボランティアです

蔓延防止が発令している期間にはボランティア活動を自粛して頂いていたので、久しぶりのボランティア活動です。ちなみに午前中には盲養護老人ホーム 優・悠・邑 和(なごみ)でのステージを終えて昼食を済ませて本部施設に来て頂いたわけです。てるてる座は色んな施設での公演の他にも地域イベントでも引っ張りだこで、東洋健康ランドのようなところにも出演される団体です。歌や踊りが上手いのは勿論の事、衣装も小道具もしっかり準備してきて下さり1時間たっぷり入居者さんを楽しませて下さいます。残念ながらコロナの為に自粛が続きましたが、毎月必ず来て頂いていたので入居者の盛り上げ方も上手なので、てるてる座の皆さんもきっと乗りまくってくださる事と思います。14時から本番です。あいからわずめっちゃ歌は上手ですし、何よりも入居者さん、利用者さんの気持ちをとらえるのが上手い。そして自分たちも楽しんでいて下さる。

最後の『とり』をとのことだったのですが恐れ多いとお断りしたのですがどうしてもと言われたので気分が乗れない時の歌は『ラビュー東京』だと考えてそれなりに歌えて、気分が少し高揚してきました。それもてるてる座の皆さんのお陰です。来月には私も心身共に元気な状況になっていて、てるてる座の皆さん共に盛り上げれたらと考えています。

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帳尻が合いました。

本日は4時30分に本部施設にEPA(国際経済連携)で3年介護の職員としてインドネシアから来てくれて頑張っていてくれた女子職員が来月にインドネシアに帰って結婚すると言う事で水野相談員の運転で帰国するため中部国際空港セントレア7時50分発と言う事で本部施設を4時30分に出発すると言う事で私も同行することにしたので、いつもはアラームセットが4時31分なのですが、3時55分にセットして昨夜も21時には寝て本日は3時過ぎに目覚めて3時55分まで瞑想をしようとしていたのですが、ふと考えが変わりました。(いつもの事なのですが『予定は未定で決定ではない。』にまたまたなりました。と言うのは「今、行動を開始すれば若宮八幡大神様とお仏壇のお水替とお参りが出来る。ただし、 お参りは短くして、ウォーキングマシンでの般若心経13巻は無理だな。」と思いながら「エイ、ヤー」と起きて行動開始しました。爽やかに起きたので洗面から水替えもスムーズに出来て、若宮八幡大神様へのお祈りをして、仏壇に移動しての正信偈と般若心経を唱える事が出来ました。ただし、正信偈は短いものでしかも早口に、般若心経は1巻のみにして唱えさせて貰いました。時間を確認すると4時10分だったので本部施設に急ぎ行きました。宿直の吉田部長は事務所の電気を点けて待っていてくれて、しばらくすると水野相談員が来てくれ、アパートへ様子を見に行ってくれて4時30分過ぎにはセントレアに向けて出発する事が出来ました。道路がすいていたこともあり、6時過ぎには車を駐車場に入れて第一ターミナルに歩いて行くのですが、水野相談員が入れた駐車場はめっちゃ空いていました。空いているはずです。何故ならその駐車場は第一ターミナルから一番遠い所にあったので、正直結構歩きました。(ようやく表題にたどり着きました・・・。)その駐車場は歩く歩道が無いとことから始まりました。正直歩く歩道がないところから歩いたのは初めてです。但し今回のお見送り責任者は水野相談員ですから彼の指示に従うのは当然の事です。何とか第一ターミナルの受付の所にたどり着き、カウンターでの手続きと荷物検査を本人がするのを見ていて(コロナ感染症対策で手続きが煩雑な分、お客さんも少ないように思いました。手続きを全て終えた段階で職員互助会からのプレゼントのチョコレートを渡し、私からは「まだ飛行機に乗るには時間があるので何か食べたら」と少しだけですが餞別を渡して搭乗口を入って彼女が振り向いたので手を振ると、それに応えてくれたので『3年間ありがとう。また日本に来る機会があれば、当法人に来て下さい。』と思った次第です。見送りを終えて再び駐車場に戻るのもかなり歩きました。お陰様で毎日ウォーキングマシンに乗っての歩く歩数である3600歩は歩けたので「歩きの帳尻はあったな」と思った次第です。リピーターの皆さん。3600歩と言うと約2キロですから、駐車場から第一ターミナルまで約1キロ。改めて空港は大きいと思った次第です。わざわざ一番遠い駐車場に止めてくれた水野相談員に感謝と言う事で。

 

昨日のコラム『書き出しと途中から内容が変わる理由』

令和4年4月9日

私はコラムを毎日千文字以上書くようになってから常に『いつもと違う何か』が閃いた時には、今、打っているガラケーの携帯にメモすることにしています。そのタイミングがたとえ夜中であってもなのです。と言うか、夜中の方が思い付いたタイミングで書かないとそのまま再び寝てしまうと先ずは忘れてしまいます。これは夢も同じだと思います。

本題に戻ります。閃いた題材について、落ちついたタイミングで書くのですが、閃いた題材が乗りに乗って一気に千文字以上になるときは一つの題材で起承転結までいけるのですが、なかなかそんな風にはいきません。だって私は文筆家では無いのですから。だから、タイトルは一つでも、途中から脇道にそれたまま一機に最後までいくこともあるのです。最近は『題材①』『題材②』と言う書き方にしている事もあります。統一した書き方に決めていません。だって、何年もの間、毎日千文字以上書こうと思ったら「この程度の適当な考え方でなければ続かないよ」と偉そうな言い方をしてしまいました。リピーターの皆さん「偉そうな」と思われるなら私と同じように「やってみなはれ」等と居直っている私なのであります。さて、(ここで話題が変わるのは、最初の話題が限界だからです。)本日は本館2階の食堂で14時から花見の宴(うたげ)があるのですが、午前中は時間が空いたので左手の人差し指が日によってメッチャ痛いのと(本日は押さえるとピリピリする程度なのですが)左足の小指が痛くはないのですがボーンとした感じなので、関ヶ原診療所の整形に来ています。先程、お医者さんの問診を受けて、「左足の小指は靴が小さいのかも知れません。左手の人差し指は取り敢えずレントゲンを撮りましょう。」と言う事で今はレントゲンの待ち合いで待っているところです。リピーターの皆さん。結果を心配して頂いているのなら、この後のコラムを読んで下さい。(この様な感じでいつも書いているので、毎日千文字以上書けるわけなのであります。)レントゲンを撮って頂き再び整形の待ち合いで待っています。(もうすぐ診断が下されます・・・。そんな大袈裟な事ではないのですが。)レントゲンの結果が出て、再び診察室に入りお医者さんの話を聞いて安心しました。左手の人差し指は異常がなくて、知らない内にぶつけたのではないかとの事で、ビタミン剤のみ処方されました。

ほっとして先ずは我が家に行き、午後2時からの本館2階の桜の宴の為のお酒を1升瓶から4合瓶に漏斗(じょうご)で2本移してから施設に持って行きました。(岐阜県多治見市の『三千盛』と言う辛口の酒です。)先ずは昼食を頂き、本館2階の本日の責任者に「どの位の時間を予定しているのか」と内線電話で聞くと「理事長の喉が大丈夫ならどれだけでも大丈夫です。」との返事に私のギアは完全に入り、選曲と衣装を考えるのに力(リキ)が入りました。結局アンコールも入れて13曲も気持ちよく歌わせて貰いました。勿論歌の合間にはお酒が好きな入居者さんにお酒を注いでまわりの大忙しでしたが、私にとっても楽しい時間となりました。

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どうして今回本館2階のみが食堂で桜の宴が出来たかと言えば、食堂に入居者が色花紙で作って下さった桜があまりに立派だったからです。特別扱いをするつもりはありませんが、「何かをして差し上げないと入居者さんも職員もモチベーションが上がらないし他のフロアへの刺激にもなる。」との判断からです。お酒は良いものだと改めて思いました。と言うのは最初は遠慮されていた方もお酒の好きな方が飲まれているのに刺激されて「少し飲んでみるか。」との事で入居者さんの表情がそれぞれ輝いていたのは最高でした。リピーターの皆さん。優・悠・邑はそんな施設です。益々のご理解とご支援を宜しくお願いします。

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本日4月8日はお釈迦の生誕日と聞いてます。

令和4年4月8日

私が児童養護施設『誠心寮』に児童指導員としてお仕事をさせて頂いていた26歳から38歳まで、母体は通玄寺と言う、妙心寺派のお寺だったので、4月8日前後の土曜日に『花祭り』と言う事で寮のこどもだけでなく地域のこども達にも参加して貰って花祭り行事として行っていました。先ずはこども達と一緒に近くの田んぼに行って(勿論、田んぼの所有者には事前に了解を得ています。)レンゲやタンポポ等を摘む作業から始まり、お寺に戻り小さなお堂に花をつけて完成したらお釈迦様に甘茶をかけるのです。その後、お寺の住職でもある寮長が導師となってみんなで般若心経を唱えてお菓子などを食べるイベントです。私はこのイベントだけでなくて、色んなイベントを通して地域の方々に来て頂く事が施設を地域に理解して頂くのに大切な事だと言う事を施設での展開の中から学びました。

(ここからはグーグル情報です)

【花祭りはもともと、お釈迦様が生まれたとされるインドで広く行われ、その後に中国、そして日本へ伝わったと言われています。日本では奈良時代の誕生仏(花祭りで使われる仏像)が残っていて、この頃すでに花祭りが行われていたと見られています。花御堂を作って仏様へ甘茶を注ぎ、自分たちもいただく。花祭りでは法要に加えて、花で飾り付けた小さなお堂(花御堂)を作り、中に誕生仏と呼ばれる仏像を安置します。誕生仏に柄杓(ひしゃく)ですくった甘茶をかけるのですが、これはお釈迦様の誕生時に竜が天から降りて香水(こうずい)を注ぎ、洗い清めたと言い伝えにちなんでいます。また、花祭りに甘茶を頂くと無病息災で過ごせるとも言われ、寺院の行事で配られることもあります。】

グーグル情報は花祭りを毎年経験してきた私としては「当たり前の事が書いてあるなあ」と正直に思ったのですが、その様な経験のない方にとっては「ふ~ん。そうなんだ。」と言う事になるのだろうと思います。つまり、自分にとって『当たり前の事』だからと言って『ぞんざいな』説明をすると、相手の方からは「知ったかして」とか「偉そうに」と言う受け止め方をされてしまう事があるので留意しなければいけないと自戒を込めて思いました。

今はコロナ感染防止の為に東京へ出掛ける事が無いのですが、頻繁に東京へ出掛けて初めて行った駅で、駅員の方に道順を聞いたりした時に、多分その駅員さんは1日に何回も同じように聞かれるので「また同じような事を聞いてきて」と言う事でぞんざいは対応をされた時などに私は思わず「(そんな駅員さんに)あなたは何回も同じ質問を受けてうんざりかも知れませんが、私にとっては初めての質問ですしわからないから聞いているのに」と思います。この事を理解していると、その応用で認知症の方の対応で役に立ちます。と言うのは認知症故に同じ事を繰り返される方であります。そんな時に私は同じ話であっても新鮮な気持ちで話を聞きます。その様に対応すると認知症の入居者さんは生き生きと話をして下さいます。

リピーターの皆さん。いつものパターンですが、タイトルとは違うものになってしまっていますが、とにかくコラムが継続している事を評価して頂いてお許し下さい。

 

本日は6歳年上の『みっちゃん』の命日です。

令和4年4月7日

私が高校2年の新学期を迎えた時に『みっちゃん』は新婚生活半年と言う幸せの絶頂期でなければいけない時に急逝しました。51年前の『みっちゃん』が23歳の時です。何度もこのコラムで書きましたが、『みっちゃん』は私の6歳年上の長女だったのですが、68歳になった私はまだまだ姉『みっちゃん』の域を越せてないと思っています。何故ならば、私にとっての姉光子はあまりに大きくて頼りがいのある姉だったからです。

小学3年の頃に私を目の中に入れても痛く無いように育ててくれた母秋江さんの体に癌がある事が判り、その後私が中学1年の1月16日に他界するまで、甘えん坊で何も出来ない私の母親代りとして頼もしい存在の姉『みっちゃん』だったのです。急逝したのが51年も前なのに、私の頭の中には、豪快でありながら包容力があった姉光子でした。今朝も4時20分に行動を開始して4時40分からは祈りの時間になったのですが、いつもよりもほぼ20分早いスタートでしたがその分、姉光子との会話を多くして、お経も『みっちゃん』の為にしっかりあげることが出来ました。改めて本日のタイトルである『本日は6歳年上のみっちゃんの命日です。』を見て、書き出しに51年前と書きましたので「23歳+51年=74歳」と言う事で改めてビックリです。

と言うより74歳の姉光子がイメージ出来ません。と言う事は早くに亡くなった姉光子は、一切歳をとらなくて元気なイメージのままなのです。それで私はと言うと「17歳+51年=68歳」ですからどう考えても私の方がはるかに年をとっているのですが、「おねえちゃんはおねえちゃん」であり「みっちゃんはみっちゃん」なのであります。『みっちゃん』の命日なので姉光子が私にとってどんなに頼りになった存在だったかと言うエピソードを書く事にします。多分このエピソードについては以前にも書いたと思うのですが少し違う角度で書いてみます。

それは、私が中学1年の8月の事です。私はその当時卓球部に所属していて『不破郡中学校体育大会』の応援に行くのを、親に内緒で行き終了が大幅に延びて、帰りが遅くなってしまい、関ケ原駅からのバスがなくなり、家の方では息子が帰ってこない事で大騒ぎになり、家から学校へ問い合わせると「多分応援に行ったんだと思います。」との返答に対して母秋江さんが「駅まで迎えがいる」と言う事で隣の家のおばさんに依頼したりして家の方はてんてこ舞い。迎えにきてくれたおばさんは「ひろっちゃん。お母ちゃんがものすごく心配してたので、ちゃんと謝らなあかんよ。」と言われた段階でその頃のひろっちゃんは既に涙ぐんでいて・・・。家に帰るとあまりに心配したためか父進さんも母秋江さんもがんがん強い言葉で叱ってきて、最後には勢い余って「勝手な事をしたんだからご飯食べんでええ」とまで言われた時に『みっちゃん』だけが冷静に「宏は謝ったんだし、ご飯抜きはあかん」と毅然に言ってくれたお陰で父進さんも母秋江さんも冷静になる事が出来て1件落着。本当に姉光子さんは今から考えても頼りになる存在だったな。

私が13歳の時だから姉光子さんは19歳。つまり高校を卒業して役場に就職した社会人1年目の歳ですよ。「う~ん。今の私にあの頃のみっちゃんのような度量があるのかなあ」リピーターの皆さんはどう思われますか。

 

盲養護老人ホーム『優・悠・邑 和(なごみ)は桜が満開

令和4年4月6日

昨日は和(なごみ)での打ち合わせがあり14時過ぎに本部施設を出て行ったのですが、和(なごみ)は少し高台に建っており、車を降りて駐車場から眼下を見下ろすと桜が見事に咲き誇っていて、改めて垂井町を一望出来る所に建てることが出来た事を満足感で一杯になりました。入居者が少なくて苦戦をしていますが入居していただいた方は必ず『幸せになって頂ける。』と確信しながら施設の中に入って行きました。新たに入居して頂いて幸せな日々を送って頂く為にもより早くに入居者の方が増えるように頑張りたいと強く思った次第です。

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① ②

本日の朝日新聞の朝刊に『高齢者施設で医師治療』と大きく掲載されていました。

蔓延防止が解除されたとは言え、まだまだ油断が許されない中で、朝日新聞によると、「高齢者施設で発生したコロナ感染症に対しては医療体制の協力を得て施設の中で解決していく方向にしていく事を自治体に要請した。」との記事が掲載されていた。施設で完結させる理由として「住み慣れた場所での療養が大切」との理由が書いてあり、そうする事によって『身体機能の低下を防ぐ』とか『認知症の進行を防ぐ』との耳障りの良い言葉が並んでいました。確かに一つの考え方としては否定するものではありません。しかしながら、当法人が運営している『介護老人福祉施設』(特別養護老人ホーム)での医療体制での考え方は嘱託医にしても看護職員の体制にしても、あくまで『健康管理』が主なものであり、決して治療に特化した体制が取れるものではありません。と言う事で今までの考え方は『原則入院』でした。

岐阜県においては、感染症対策チームが施設へのアドバイスをして貰う体制が確立され岐阜県老施協も色んな形で連携を構築してきました。この体制が私はベストだと考えています。マスコミの影響は絶大です。新聞を読んだ方の中には「確かに施設には専門家がいるのだし、医療の協力が得られるのであれば大丈夫なのではないか」と思われる方もあろうかと思います。しかしながら、施設の職員は日々の生活を守り、充実させていく事で精一杯なのです。この2年間コロナ対策に追われながら、目に見えないコロナに翻弄されながらも頑張ってきた職員に「施設の中で医療の協力を得て対応しなさい。」と言われても現実的には対応仕切れないと言うのが私の結論です。どこまで行っても『原則入院』の体制を堅持して欲しいと思います。そして、高齢者施設がどの様な施設なのかと言うのを理解して頂けるように私も今まで以上に汗をかいていきますのでリピーターの皆さんもご理解とご協力をお願い致します。

 

今日の話題「1.2.3」

令和4年4月5日

【話題1】空気が澄んでいるからでしょうか。

4時過ぎに目覚め布団の中でもぞもぞしている時に私が寝ている2階の部屋からほぼ百メートル離れた所にJR東海道本線が通っているのですが、多分貨物列車だと思うのですが通って行く音がいかにもリアルに聞こえるのです。つまり、鮮明に聞こえるのです。昼間はそれ程気にならない音が気になるのは、昼間と違って静寂だからなのでしょうか。いやいや我が家がある今須と言う所は昼までの静かな所ですから、「昼間と違って」は当てはまりません。と言う事は『空気が澄んでいるとしか考えられません。

 

【話題2】桜の話し

 

岐阜市内の桜はちらちら散り出したとか、大垣市内の桜は満開だとかのニュースで聞くのですが、本日垂井町まで出掛ける機会があり、相川の堤沿いに車を走らせていると、見事に桜が今にもこぼれる様な感じで咲いていました。そして本部施設に帰る車の中で西にむかって走らせて行くと、桜の咲き方が段々と『貧弱』いやいや『まだまだこれから』と言う感じでした。具体的に報告するのなら、垂井町から関ケ原町に入ると満開ではなくて⒏分咲き程度になり、関ケ原町の町中を抜けて藤古川の桜までは8分咲きだったのですが、我が今須に入ると途端に5分咲にも程遠くましてや本部施設の桜はつぼみもつぼみで「ほんの少し走るだけでこんなに違うのか」と思いました。「そりゃそうだ、今年は雪が多くて、ようやく雪が解けたところだからな」でも、水野相談員に午後2時の段階で施設内の写真を撮って貰ったら「朝よりも花が開いて来ましたね。」との報告に、「本日は春の陽気だからだな。」と思った次第です。

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【話題3】我が家の紅梅の木はピンク色です

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私の最近のコラムで紹介した『紅梅』の話し何ですが、『紅梅』と言ってますが、どんな風に見ても『紅梅』では無くて『桃梅』だと思います。岐阜県が誇る『淡墨桜』も『薄い色』だから『淡墨桜』なんですが、樹齢1500年は経っていて幹の周囲は9.9メートルと言う化け物のような桜で我が家の紅梅と比較するのは全く論外ですが、老木になると花の色は『薄く』なるのでしょうか。私は植物のことは詳しくありませんし、ましてや植物学者でもないのでいい加減な事は言えませんがリピーターの皆さん、『事実なんです』私が小さい頃の紅梅の花はもっと赤かったですよ。

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