5時04分に携帯が鳴りました
令和4年12月23日
いつもの様に4時25分のアラームで行動開始をして、仏壇で正信偈の御文さんを唱えようとしたタイミングで携帯が鳴り「本部施設からの電話だ。何があった。」と思いながら携帯に出ると「看取りの入居者の○○さんが呼吸停止されています。」との連絡に「取り敢えず嘱託医の多賀先生に連絡して下さい。その結果を連絡下さい。」と言って携帯を切ってからなかなかかかってこないので私の方から連絡すると、要領を得ないので直接多賀先生に連絡すると「6時には施設に行きます。」と言って頂けたので、仏間でのお参りだけ済ませて妙応寺経由のお墓参りは無しにして施設に行きました。
管理宿直が2回目で、宿直者としての看取り対応は初めての職員だったので、多賀先生が来て頂いての死亡確認後のお見送りをして落ち着いた状況になってから、初めての管理宿直での不充分な所を指摘した後「経過報告を記録に留めなさい。」と指示した後で「私も慣れない時には舞い上がってしまって要領を得なかった事が多々あったよ。そんな経験を糧にして今があるので自分で不充分だったと思う事や指摘を受けた事も記録の中に書いておくと自分にとっても役に立つし他の職員も参考になるから。」と話しました。最初から完璧に出来る者などいないし私自身25年が経過した今でも蓄積しなければいけない事は沢山あります。つまり、完璧に出来る事などそんなにないと改めて思った次第です。
今は(7時7分)ご家族をお待ちしながら何となく久しぶりにゆったりとした気分でコラムを打っています。(ゆったりとしていたのはほんの10分足らずで、今は17時25分で再びコラム打ちを再開いたします。)7時20分に家族の方がみえてこの後で施設側が出来る事のお話をさせて頂き、8時15分に家族の方をお見送りしてから急いで家に帰り朝食を済ませてから、大垣市民病院に向かいました。
いつもの様に一番遠い駐車場に車を停めて放射線治療の所まで約1300歩歩いて行き、受付後に順調に治療をして頂いたので11時には支払いまで出来て「さてさて本部施設に帰ってから13時30分からの岐阜県老人福祉協議会の理事会に岐阜県福祉会館に行くのは時間的に無駄が多い割には何も出来ないな。」と言う事でコロナ感染対策に追われている優・悠・邑 和合に状況把握の為に行き、12時15分に岐阜県老人福祉協議会事務局がある岐阜県福祉会館に着き大垣市民病院の売店で購入をしたパンとおにぎりをお茶で流し込み事務局の職員との打ち合わせをしてから2階にある大会議室に移動して役員の方がみえるのを待っていると順次おみえになり、定刻の5分前に会長である私の挨拶で会議が始まりました。
主な議題は今年の4月から『一般社団法人』になった事による総括をしながら来年度の組織固めの話し合いをしました。その他には現在施設によってはコロナ感染が多く発生をして応援体制を取らなければいけないので、現実味を持った改善策についての話にも熱が入りました。
16時15分に会議が終了して本部施設に帰り打ち合わせをした後このコラムを打って(途中で岐阜県高齢福祉課からの電話対応等々をしながら)今は18時10分でこの後デイサービスの北島部長との打ち合わせをして本日は終了の予定ですが、リピーターの皆さん結構長い時間でくたくたですが明日も頑張りますので明日もコラムを読んで下さいね。





10時30分に終了予定との事でしたが、催事が盛り沢山で11時に終了しました。本来式典の後の予定としては内覧会があったのですが、11時30分に大垣市民病院の放射線治療が予約してあったので内覧会はキャンセルして受付に行き感謝状を頂き慌てて車に乗り大垣市民病院に行くと放射線科の患者さん誰もみえなかったので受付で「遅くなりましたが大丈夫ですか」と言うと「直ぐに先生をお呼びします。」と言う事で手早く治療をして頂きました。清算を終えて昼食をゆっくりとしていられないと考えて、病院の売店で助六とお茶を買い車での移動中に食べて岐阜県老人福祉施設協議会の事務所がある岐阜県福祉会館に行き、13時前から研修会の開会挨拶の動画の撮影をしてから次回の理事会の打ち合わせをして14時過ぎに終了して、15時に打ち合わせを入れておいたので息つく暇もなく本部施設に帰ると既に打ち合わせのメンバーは揃っていたので急ぎ会議室に行きました。