堂堂と生きる 自分に嘘はつかぬこと
令和5年2月10日
毎日のように大谷徹奘師の日めくりカレンダーの言葉からの書き出しですみませんがリピーターの皆さん今日もお付き合い下さい。この言葉の意味を私の都合のいい解釈で紐解いてみる事にします。私は父進の絶大なる包容力によって私が38歳の時に父進が他界するまで自分の考えのままの生き方を(我儘と言われても仕方が無いのですが)許して貰った生き方でした。
それは『堂堂と生きる』とは程遠いものですが、自分がしたい事を自由にさせて頂けたと言う意味では滅茶苦茶幸せな生き方だったと思います。しかしながら父進が他界してからは「自己責任の中」で自分が「したい事」「すべき事を」を頑張って来たつもりです。法人認可を経て特養の経営が始まってからも紆余曲折はありましたが自分なりに堂堂と頑張ってきました。「自分に嘘」と言う事はしたくないので、心身共にしんどくて夜間や早朝の対応を「パスしたい。」と思う事は何度もありましたが「初志貫徹」で25年間突っ走ってきました。
そんな中で自分の生き方にも自信が持てる様になってきたのは間違いありません。「自信を持って」と言う中で「自分を褒めてやりたい」事が一つあります。それは、どんなに疲れていて爆睡している時でも携帯が鳴ると3コールまでには目を覚まし連絡に対する指示をだし、必要に応じて施設に行く事はしっかりと出来ています。但し、最近「自分が出来ているから誰もが出来る」と思う事は間違いだと言う事に気が付きました、何故違うかと言うと『覚悟』が違うからだと当たり前の考えに至りました。
そう言えば随分前に当法人の顧問である烏野猛先生(びわこ学院大学教授・学部長)から、「若山理事長が10人いたら完璧な法人になりますがそんな事は有り得ません。」と言われたのを思い出しました。う~ん本日のコラムも何が言いたいかよくわからないものになってしまいましたが宜しくお付き合い下さい。この現象は気分的に落ち込んでいる証かな・・・。