岐阜新聞社会面(19)から
令和5年6月27日
東京の社会福祉法人『障害者を10年間虐待』『府中市は7年認定せず』の見出しがあり「またか」と言う怒りの思いで記事を読んでいきました。記事を読んでいる中で最初に気になったのは『市職員OBの男性元副理事長が約10年間、知的障害の利用者らに虐待を繰り返し、行政に十数回内部告発や通報があったのに、市が7年余りの間、虐待を認定していなかった事が26日に、分かった。法人の第三者委員会がまとめた調査報告書を共同通信が入手し、判明した』との内容に対して私は社会福祉法人側が市に対して影響力が持てる人材として期待して副理事長に迎えたのだと思います。確かにその効果があったからこそ7年間も虐待の事実が放置されたのではないでしょうか。勿論市との間を密にするのには大切な事なのですが市が『隠蔽』に加担する様な形になったのは残念でなりません。
もう一つ言いたいのは法人の元副理事長が市の幹部として法人に配置されたからと言って福祉の専門家であったわけでは無かったのだと思います。私も社会福祉法人の理事長をさせて頂いていますが理事長は経営・運営のかじ取りをしっかりすると共に入居者さん、利用者さんの立場に立って職員教育がしっかり出来る様に努めていかなければいけないと思います。と言う事は「福祉は全ての方々が幸せになる事に努めていく。」と言う事が根幹に無ければいけないと常に思っています。そしてもう一つの見出しの中に『元副理事長「虐待、どうせ家で話せない」』との発言には、同じ社会福祉法人の関係者として『怒り』を感じます。報告書には『元副理事長は自閉症で行動障害で行動障害がある利用者に「うるさい!」などと怒鳴るほか、拳で利用者の頭をたたいたり往復ビンタをしたりしながら叱る行為を何度もしていた。職員にも「能なし」「頭がおかしいから病院で診てもらえ」などと発言。殴るなどの暴行もあり、ハラスメントに耐えかねて辞めた職員もいた。との記事を見て思う事は、元副理事長は優秀な大学を出て市役所の中でも認められた存在だったので無かったか。そんな環境の中で知的障害者施設での仕事をする中で『上から目線』の気持ちが前面に出てしまったのではないでしょうか。自然の摂理の中で何らかの『障害』を持って1%の確率で生まれてくる。人間以外の動物は淘汰される存在なのでしょうが人間だけは『人間の尊厳』の意味から大切にされなければいけない。その様な事が分らない方が福祉の仕事に就くこと自体可笑しな話だと思います。辛辣な言い方をするならば「『福祉』を舐めるな。」と言いたいです。すみません。今の私は『福祉』しか知らないのでリピーターの皆さん誤解なきようご理解下さい。










