初めてを実施しないと何も新しいものは生まれない
毎月28日に彦根の東福寺において『護摩供養』が行われ、先月は富山市のロボットICT先進施設への出張があり行けませんでしたが、基本的に参加させて頂いています。本来は本堂での護摩供養なのですが、今回初めて外での護摩供養が実施されました。主宰される東福寺の住職である静慈彰師は準備が整い、実施する前に「山伏の方が柴燈護摩をされますが私は野外での護摩供養はした事がありませんが、本堂での護摩供養を外で行うやり方で実施します。1回目が無ければ2回目も3回目もないので、皆さんの協力を得て頑張って行いたいと思います。」と言ってドラム缶を活用しての護摩供養が実施されました。私がその時思ったのは「流石に静慈彰師は静慈圓前官大僧正の息子さんとしてDNAを受け継がれている。」と思った次第です。だって静慈圓前官大僧正は30歳の時から40年掛けて『空海ロード』を発掘されたわけです。つまり、30歳にして途方もない事を考えて実施されたわけですから・・・。「誰も成し得ない事をやり遂げる」と言うのは同じ発想だと思います。それにしてもドラム缶で護摩炊きをすると言うのは思いつかない発想だと思います。ドラム缶ですから炎の勢いは桁外れで、18時の開始時では分からなかったのですが、段々と周りが暗くなるにつれて幻想的な演出の様になり、般若心経を唱えさせて頂く声も張り上げる様になってきました。今回外で実施する様になったのは滋賀信行会の内藤会長が8月21日に行われた滋賀信行会の施餓鬼法要で使用したものを含めて火での清めをしたいとの考えからの企画だと言う事なのですが、今回上手く実施出来たので「年に2回は外で実施したい。」との事で「年末に実施して1年が経過したお札等を護摩供養の時に燃やしたらどうか。」との意見が出て盛り上がりました。『1』を確立するのは難しいが、『2』『3』と実施する事は『1』の時とは違いはるかに実施したい。」との意見も出ました。外でのお経は「天まで届け」と言う事で声を張り上げてのものでしたが声が枯れる事も無くできました。「外での護摩供養」と言う事で蚊取り線香があちこちに設置されていましたが、不思議なくらい蚊の餌食になる事もなく無事に終わりました。発想が柔軟な静慈圓前官大僧正親子とは今後共に末永いお付き合いをしていきたいと考えています。先般21日の日にお会いした静慈圓前官大僧正は私より10歳年上の80歳との事ですが、柔らかい発想の持ち主なのでいつまでも元気でおられる様に思いましたので静慈圓前官大僧正を恐れ多い事ですが真似させて頂ければと考えています。

