令和6年下半期がスタートしました。

朝起きて最初にするのは1階階段下の踊り場に設置してある日めくりカレンダーをめくる事から基本的には始まります。

本日も同様に日めくりカレンダーをめくりました。

いつもは当たり前の事で1枚めくるだけなのですが、本日は3枚めくる事になりました。

1枚目は昨日の6月30日で2枚目は『暑中お見舞い申し上げます』で3枚目は『7月の24節気』と書かれており

『小暑』(毎年7月6日頃)・・・「梅雨が明け、本格的な夏を迎える頃です。日差しも強いので、紫外線対策はしっかりしましょう。暑中見舞いを出し始めるのはこの頃から」、

『大暑』(毎年7月22日頃)・・・「ジリジリと強い日差しが照り付ける。1年で一番暑い日が続く頃。打ち水、風鈴、花火など夏の風物詩が、いっとき暑さを忘れさせてくれます」。の3枚でした。

後の2枚を見た時に『暑さ』を認識しなければいけない事を理解すると共に令和6年下半期のスタートに対して心新たにそして上半期に準備した戦略を練った事を形にする半年にしていきたいと考えています。

デイサービスセンター『えりかの里』の朝の送迎前(8時)に事業形態も年中無休から木曜日休みで営業時間は9時30分~15時45分のみになる事に合わせてより良いサービス及びケアの充実に努めていく事を送迎の為の打ち合わせに合わせて職員に話をしました。

優・悠・邑 和(なごみ)の吉澤施設長も自主的にデイサービスの様子を見に来てくれてアドバイスもしてくれました。吉澤施設長だけに留まらず社会福祉法人杉和会の職員が、そして法人に関わる全ての方々で下半期をより良い組織にしていきたいと考えています。

と言う事は私のコラムを見て頂いているリピーターの皆さんも関係者ですご理解、ご協力をお願い致します。

令和6年の半分が終わり明日から後半に突入します。

令和6年6月30日

1月24日に関ケ原周辺に8時過ぎから凄まじい勢いで雪が降り、7時30分に家を出て、和合の施設に向かっている時に垂井から大垣市内に入った途端に渋滞になり、Uターンをして旧道を走ったりして何とか和合の施設に着いたのが9時過ぎでした。凄まじい雪の降り方だったので本部施設の事が心配になったので12時過ぎに本部施設に向けて運転していて大垣の西の所までは順調に行けたのですがいったん止まったら全く動かなくなったので、大きく養老方面の道に進んだのですが、関ケ原の手前の所から動かなくなり結局和合の施設に戻って泊まる事にして施設に着いたのが17時と言う出来事があったのですが、雪はその時の1回だけで、元旦の能登半島地震の時の揺れも大した事がなくて、尚且つ、自然災害が日本各地で起きている中でも「お陰様で」と言う状況であることは大いに喜ぶべきことだと思っています。

勿論「備えあれば憂いなし」と言う事でBCP(事業継続計画)の見直しや事前準備の備えについても今一度総点検しなければいけないと考えています。と言うのも事業継続計画については1週間のものの計画と備えは出来ていたのですが能登半島地震の状況を考えると中長期計画を立てていかなければと言う事です。明日からは1年の後半戦が始まります。本部施設のデイサービスの事業の変更が始まります。利用者さんに事業の短縮をお願いする以上はサービス内容の充実で答えていくしかないので、色んな事を考えていたのですが、実践を伴っていない事も山積みなので1か月間については利用者さんには申し訳ないのですが「試行期間」の様になってしまいますが8月からはしっかりとした体制になる様にしていきたいと考えています。

また、盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の本格稼働に向けての根回しと準備も進めていかなければとも考えています。どちらにしても『若山宏は若山宏らしく』頑張っていきたいと思います。そう言えば7月14日は和合の施設で入居者さんによる『カラオケ大会』が企画されています。職員から出た企画に今からワクワクしています。幸先が良い事なので後半戦はもう1段ギアを上げていきますのでリピーターの皆さん後半戦も宜しくお願い致します。

令和6年の半分が終わり明日から後半に突入します。

令和6年6月30日

1月24日に関ケ原周辺に8時過ぎから凄まじい勢いで雪が降り、7時30分に家を出て、和合の施設に向かっている時に垂井から大垣市内に入った途端に渋滞になり、Uターンをして旧道を走ったりして何とか和合の施設に着いたのが9時過ぎでした。凄まじい雪の降り方だったので本部施設の事が心配になったので12時過ぎに本部施設に向けて運転していて大垣の西の所までは順調に行けたのですがいったん止まったら全く動かなくなったので、大きく養老方面の道に進んだのですが、関ケ原の手前の所から動かなくなり結局和合の施設に戻って泊まる事にして施設に着いたのが17時と言う出来事があったのですが、雪はその時の1回だけで、元旦の能登半島地震の時の揺れも大した事がなくて、尚且つ、自然災害が日本各地で起きている中でも「お陰様で」と言う状況であることは大いに喜ぶべきことだと思っています。

勿論「備えあれば憂いなし」と言う事でBCP(事業継続計画)の見直しや事前準備の備えについても今一度総点検しなければいけないと考えています。と言うのも事業継続計画については1週間のものの計画と備えは出来ていたのですが能登半島地震の状況を考えると中長期計画を立てていかなければと言う事です。明日からは1年の後半戦が始まります。本部施設のデイサービスの事業の変更が始まります。利用者さんに事業の短縮をお願いする以上はサービス内容の充実で答えていくしかないので、色んな事を考えていたのですが、実践を伴っていない事も山積みなので1か月間については利用者さんには申し訳ないのですが「試行期間」の様になってしまいますが8月からはしっかりとした体制になる様にしていきたいと考えています。

また、盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の本格稼働に向けての根回しと準備も進めていかなければとも考えています。どちらにしても『若山宏は若山宏らしく』頑張っていきたいと思います。そう言えば7月14日は和合の施設で入居者さんによる『カラオケ大会』が企画されています。職員から出た企画に今からワクワクしています。幸先が良い事なので後半戦はもう1段ギアを上げていきますのでリピーターの皆さん後半戦も宜しくお願い致します。

令和6年の半分が終わり明日から後半に突入します。

令和6年6月30日

1月24日に関ケ原周辺に8時過ぎから凄まじい勢いで雪が降り、7時30分に家を出て、和合の施設に向かっている時に垂井から大垣市内に入った途端に渋滞になり、Uターンをして旧道を走ったりして何とか和合の施設に着いたのが9時過ぎでした。凄まじい雪の降り方だったので本部施設の事が心配になったので12時過ぎに本部施設に向けて運転していて大垣の西の所までは順調に行けたのですがいったん止まったら全く動かなくなったので、大きく養老方面の道に進んだのですが、関ケ原の手前の所から動かなくなり結局和合の施設に戻って泊まる事にして施設に着いたのが17時と言う出来事があったのですが、雪はその時の1回だけで、元旦の能登半島地震の時の揺れも大した事がなくて、尚且つ、自然災害が日本各地で起きている中でも「お陰様で」と言う状況であることは大いに喜ぶべきことだと思っています。

勿論「備えあれば憂いなし」と言う事でBCP(事業継続計画)の見直しや事前準備の備えについても今一度総点検しなければいけないと考えています。と言うのも事業継続計画については1週間のものの計画と備えは出来ていたのですが能登半島地震の状況を考えると中長期計画を立てていかなければと言う事です。明日からは1年の後半戦が始まります。本部施設のデイサービスの事業の変更が始まります。利用者さんに事業の短縮をお願いする以上はサービス内容の充実で答えていくしかないので、色んな事を考えていたのですが、実践を伴っていない事も山積みなので1か月間については利用者さんには申し訳ないのですが「試行期間」の様になってしまいますが8月からはしっかりとした体制になる様にしていきたいと考えています。

また、盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の本格稼働に向けての根回しと準備も進めていかなければとも考えています。どちらにしても『若山宏は若山宏らしく』頑張っていきたいと思います。そう言えば7月14日は和合の施設で入居者さんによる『カラオケ大会』が企画されています。職員から出た企画に今からワクワクしています。幸先が良い事なので後半戦はもう1段ギアを上げていきますのでリピーターの皆さん後半戦も宜しくお願い致します。

令和6年の半分が終わり明日から後半に突入します。

令和6年6月30日

1月24日に関ケ原周辺に8時過ぎから凄まじい勢いで雪が降り、7時30分に家を出て、和合の施設に向かっている時に垂井から大垣市内に入った途端に渋滞になり、Uターンをして旧道を走ったりして何とか和合の施設に着いたのが9時過ぎでした。凄まじい雪の降り方だったので本部施設の事が心配になったので12時過ぎに本部施設に向けて運転していて大垣の西の所までは順調に行けたのですがいったん止まったら全く動かなくなったので、大きく養老方面の道に進んだのですが、関ケ原の手前の所から動かなくなり結局和合の施設に戻って泊まる事にして施設に着いたのが17時と言う出来事があったのですが、雪はその時の1回だけで、元旦の能登半島地震の時の揺れも大した事がなくて、尚且つ、自然災害が日本各地で起きている中でも「お陰様で」と言う状況であることは大いに喜ぶべきことだと思っています。

勿論「備えあれば憂いなし」と言う事でBCP(事業継続計画)の見直しや事前準備の備えについても今一度総点検しなければいけないと考えています。と言うのも事業継続計画については1週間のものの計画と備えは出来ていたのですが能登半島地震の状況を考えると中長期計画を立てていかなければと言う事です。明日からは1年の後半戦が始まります。本部施設のデイサービスの事業の変更が始まります。利用者さんに事業の短縮をお願いする以上はサービス内容の充実で答えていくしかないので、色んな事を考えていたのですが、実践を伴っていない事も山積みなので1か月間については利用者さんには申し訳ないのですが「試行期間」の様になってしまいますが8月からはしっかりとした体制になる様にしていきたいと考えています。

また、盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の本格稼働に向けての根回しと準備も進めていかなければとも考えています。どちらにしても『若山宏は若山宏らしく』頑張っていきたいと思います。そう言えば7月14日は和合の施設で入居者さんによる『カラオケ大会』が企画されています。職員から出た企画に今からワクワクしています。幸先が良い事なので後半戦はもう1段ギアを上げていきますのでリピーターの皆さん後半戦も宜しくお願い致します。

結局昨夜の護摩供養には行きました

令和6年6月29日

昨日のコラムで護摩供養には行かないと言うのを書いたのですが、不思議な事に雨予想に反して16時30分の段階で雨が止んで、空も明るくなってきたのです。これは不動明王様が護摩供養に行くべしと言われているように感じたので、突如予定を変更して彦根東福寺に向けて運転をすることにしました。東福寺に向かう前に本部施設本館の仏間に行き、滋賀信行会の内藤会長から頂いた古い御札を護摩供養の火の中に入れる事にして準備して、尚且つ我が家に寄って1年前に東福寺の護摩供養で頂いた御札も持って行く事にしました。

18時からの開始なのですが、新たな御札をお願いしたいとの思いもあり、夕食はコンビニのパンとおにぎりにして車の中で食べて、東福寺には17時30分に着いて玄関を開けると住職の元気な声がして一番乗りだったので、先ずは新しい御札のお願いをしてからお参りにおみえになる方の椅子の準備を住職と一緒にさせて頂きました。

18時過ぎに護摩炊きが始まりました。昨夜の護摩木の燃え方は火の粉が凄まじく、私自身が古い御札と護摩木を燃え盛る火の中に入れると、いつも以上に火の粉が私の方に飛んできました。19時20分に無事に終了して自宅に帰る頃には晴れ間も見える様になりました。いつもの口ぐせですが、予定は未定で決定では無いのパターンですが、行かないつもりであった私に不動明王様が護摩供養に行きなさいと雨を治めて下さったと私は思って居るのです。勿論私の解釈ですが、私は素直にそのように信じています。

結局昨夜の護摩供養には行きました

令和6年6月29日

昨日のコラムで護摩供養には行かないと言うのを書いたのですが、不思議な事に雨予想に反して16時30分の段階で雨が止んで、空も明るくなってきたのです。これは不動明王様が護摩供養に行くべしと言われているように感じたので、突如予定を変更して彦根東福寺に向けて運転をすることにしました。東福寺に向かう前に本部施設本館の仏間に行き、滋賀信行会の内藤会長から頂いた古い御札を護摩供養の火の中に入れる事にして準備して、尚且つ我が家に寄って1年前に東福寺の護摩供養で頂いた御札も持って行く事にしました。

18時からの開始なのですが、新たな御札をお願いしたいとの思いもあり、夕食はコンビニのパンとおにぎりにして車の中で食べて、東福寺には17時30分に着いて玄関を開けると住職の元気な声がして一番乗りだったので、先ずは新しい御札のお願いをしてからお参りにおみえになる方の椅子の準備を住職と一緒にさせて頂きました。

18時過ぎに護摩炊きが始まりました。昨夜の護摩木の燃え方は火の粉が凄まじく、私自身が古い御札と護摩木を燃え盛る火の中に入れると、いつも以上に火の粉が私の方に飛んできました。19時20分に無事に終了して自宅に帰る頃には晴れ間も見える様になりました。いつもの口ぐせですが、予定は未定で決定では無いのパターンですが、行かないつもりであった私に不動明王様が護摩供養に行きなさいと雨を治めて下さったと私は思って居るのです。勿論私の解釈ですが、私は素直にそのように信じています。

結局昨夜の護摩供養には行きました

令和6年6月29日

昨日のコラムで護摩供養には行かないと言うのを書いたのですが、不思議な事に雨予想に反して16時30分の段階で雨が止んで、空も明るくなってきたのです。これは不動明王様が護摩供養に行くべしと言われているように感じたので、突如予定を変更して彦根東福寺に向けて運転をすることにしました。東福寺に向かう前に本部施設本館の仏間に行き、滋賀信行会の内藤会長から頂いた古い御札を護摩供養の火の中に入れる事にして準備して、尚且つ我が家に寄って1年前に東福寺の護摩供養で頂いた御札も持って行く事にしました。

18時からの開始なのですが、新たな御札をお願いしたいとの思いもあり、夕食はコンビニのパンとおにぎりにして車の中で食べて、東福寺には17時30分に着いて玄関を開けると住職の元気な声がして一番乗りだったので、先ずは新しい御札のお願いをしてからお参りにおみえになる方の椅子の準備を住職と一緒にさせて頂きました。

18時過ぎに護摩炊きが始まりました。昨夜の護摩木の燃え方は火の粉が凄まじく、私自身が古い御札と護摩木を燃え盛る火の中に入れると、いつも以上に火の粉が私の方に飛んできました。19時20分に無事に終了して自宅に帰る頃には晴れ間も見える様になりました。いつもの口ぐせですが、予定は未定で決定では無いのパターンですが、行かないつもりであった私に不動明王様が護摩供養に行きなさいと雨を治めて下さったと私は思って居るのです。勿論私の解釈ですが、私は素直にそのように信じています。

結局昨夜の護摩供養には行きました

令和6年6月29日

昨日のコラムで護摩供養には行かないと言うのを書いたのですが、不思議な事に雨予想に反して16時30分の段階で雨が止んで、空も明るくなってきたのです。これは不動明王様が護摩供養に行くべしと言われているように感じたので、突如予定を変更して彦根東福寺に向けて運転をすることにしました。東福寺に向かう前に本部施設本館の仏間に行き、滋賀信行会の内藤会長から頂いた古い御札を護摩供養の火の中に入れる事にして準備して、尚且つ我が家に寄って1年前に東福寺の護摩供養で頂いた御札も持って行く事にしました。

18時からの開始なのですが、新たな御札をお願いしたいとの思いもあり、夕食はコンビニのパンとおにぎりにして車の中で食べて、東福寺には17時30分に着いて玄関を開けると住職の元気な声がして一番乗りだったので、先ずは新しい御札のお願いをしてからお参りにおみえになる方の椅子の準備を住職と一緒にさせて頂きました。

18時過ぎに護摩炊きが始まりました。昨夜の護摩木の燃え方は火の粉が凄まじく、私自身が古い御札と護摩木を燃え盛る火の中に入れると、いつも以上に火の粉が私の方に飛んできました。19時20分に無事に終了して自宅に帰る頃には晴れ間も見える様になりました。いつもの口ぐせですが、予定は未定で決定では無いのパターンですが、行かないつもりであった私に不動明王様が護摩供養に行きなさいと雨を治めて下さったと私は思って居るのです。勿論私の解釈ですが、私は素直にそのように信じています。

本日は28日で不動明王の日で護摩供養の日なのですが

何事も『ご縁』が切れると遠のくものだとつくづく思った次第です。

と言うのも毎月28日は彦根にある東福寺での護摩供養に参加させて頂いていたのですが、4月の護摩供養が東福寺のご住職が高野山の方へ行かれると言う事で護摩供養が中止になったのです。

その時私は、「確かに高野山へ行かれるのは大切な事だとは理解出来るが、自坊の月1回の大切な日を中止にして行くのは如何なものか」と直感的に思いました。

と言うのも、東福寺を再興されて護摩供養を実施される様になり、最初の内はほんの数人のお参りだった時にご住職が、「お参りされる方も少ないのに続けていくべきなのか」と弱気な事を言われた時に私は「素晴らしい事なので続けていく内にお参りの方は増えていきますから、続けることこそ大切だと思いますよ。」と偉そうな事を言ったものでした。

そんな思いでいる私にとって「高野山に行く為に中止にする。」と言う知らせを直接にでは無くて間接的に聞いた時には正直、違和感を覚えました。

そんな時に5月の護摩供養の日は土砂降りの雨で「車の運転が見にくくて駄目だから止めにしよう」と言う事でお参りに行かなかったのです。

仮に先月の中止が無ければ多分私の事ですから「続ける事に意義があり。」と参加していていたと思います。

そして本日は九州及び静岡県が線状降水帯により岐阜県も霧が出て雨も凄いのでお参りを断念しています。

「う~ん。ご縁を頂けないとはこの様な事を言うのか。」リピーターの皆さん、私はこんな考え方をする人間ですがこれからもよろしくお願いします。

 

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