他山の石

2ヶ月に一回の血液検査に来て、改めて病院も介護施設も接客業であり、患者目線、利用者目線の大切さを感じ、今回の体験を他山の石として、施設運営に活かしていきたいと思いましたので、敢えて報告します。
それは内科の受付での些細な出来事なのですが、私は受付前に診察券を持ってくるのを忘れていることに気が付き、受付の方にその旨を伝えたところ、パソコンの画面を見ながら、患者である私の方を見ないで、「名前は」と聞かれたので「若山宏です。」と答えると私の方を一切見ないで、パソコンのキーをたたいてから「検査があります」とファイルを渡されました。そこで思った事なのですが、どんなに忙しくても、受付は対面業務だと思うので、せめて顔を上げて対応して貰いたかった。それとも私の事をご存知ない方で、私の顔が恐そうにみえて、敢えて顔を見なかったのか〓??(もしもそうだったとしたら少し悲しいかも)しかし、接客業である以上は、だめですよ。受付と言うのは「インテーク」として大切な部署です。いくら素晴らしいお医者さんがみえても、或いは素晴らしいケアをしていても「感じ悪」となるとリピーターが減ってしまうのではないでしょうか。当法人の種別である特別養護老人ホームの実情で言えば稼働率92%、人件費比率67%が
赤字との境界線だと言われています。こんな中でも、「今日1日楽しかったよ」を続ける為には節約と稼働率の確保が大切です。その為にも受付の体制をより充実したいと思っていますので、お気づきの事についてはどんどん教えて下さい。

山崎ていじの新曲「夜汽車」を聴いて

2月の初旬に発売予定の「夜汽車」を聞き、『この曲は必ずヒットする』と思いましたので、ブログの原稿にしてみました。元々山崎ていじの曲は良いものが多く、年に1曲のペースで新曲を出されて、どの曲も歌いやすく聞きやすいのですが、特に『夜汽車』は、山崎ていじの歌い方にマッチしていると思います。確かに、平成26年にブレイクした「昭和男唄」は有線大賞新人賞に輝きましたが、それ以上のヒット間違いなし。山崎ていじは有線大賞新人賞をとられた26年12月21日の翌々日の23日の本部施設のクリスマス会にも来てくださる律儀さの男。昨年の紅白歌合戦に出場されなかったのは残念でしたが、今年の大晦日の出場は間違いなし。なかなか来てもらえない存在になる前に、もっともっと親しくしておきたいと言う事で4月16日に「山崎ていじ後援会 西濃支部結成記念~春爛漫 大垣の夕べ~」と銘打っての会を大垣フォーラムホテルで行ないます。良ければ超ビックになられる前の山崎ていじと親しく出来るチャンスです。是非お出掛け下さい。

京都三弘法のお参りに参加しました。

私が高校二年生の夏からご縁を頂いた四国八十八歩き巡礼によって心身共にたくましくなり、ネットワークも拡がり、今の私があるのもそのお陰と言っても過言ではない人生で、歩き団参を主催している滋賀信行会の内藤会長から毎年お誘いを頂きながら、なかなか実現しなかった参加が昨日しました。久しぶりの参加で朝6時過ぎに家を出たので道が空いていたこともあり、予定の時間より早く着いたので、本部施設の中でお参りをしたあとストーブにあたりながら書棚を見ると「へんろ」と言う本が目にはいり手に取ってページをめくると、昭和56年の発行で編集者の名前の中に私のがあり、ページをめくる毎にその当時の事が走馬灯のように思いだされてきました。
京都三弘法の話に戻しますが、この企画は滋賀信行会の青年部が主催で、大垣を含めてあちこちからの参加でバス4台に別れて、神光院、東寺、仁和寺プラス今熊野寺昼食は嵐山と言うコースです。滋賀信行会は今もお経をあげる時は土下座です。滋賀信行会は歴史と実績がある団体なので住職と共にお経をあげたり説法があったりと一般的なお参りとは一味違うものなりました。
さて、ここからが、当法人の真骨頂!!本部施設の係長の西川がお参りの前日に私の所に来て法人のパンフレットを持参したらどうかと言って来たのです。実は西川は青年会の幹部であり、私が乗るバスとは別のバスの責任者。発想が素晴らしい。パンフレットは帰りのバスの中で配らせて貰い、内藤会長から紹介して貰い、私が施設の紹介をする段取りまでして貰いました。私が施設話を終えて座席に戻ると、早速長浜市の老人大学の企画委員の方から講演依頼を頂きました。どんな場面でもトップセールスをする理事長である私は偉い〓いやいや、場面設定をしてくれた西川係長はもっと偉い!!これからも、このスタンスで頑張りますので、宜しくお願いいたします。

新年あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。
今年の元旦は、ことのほか暖かく青空で最高の日和です。
優・悠・邑の本部施設では、入居者・利用者の方々に副施設長が抹茶でおもてなし。昼食時は理事長から金粉入りのお酒をお屠蘇として振る舞いました。2日は館内を獅子舞が歩き回り、3日は書初め大会の予定をしています。
心なしか入居者さんもいつもより会話が弾んでいるように思います。
始めよければ全て良し。
今年も全力で頑張りますので、昨年同様よろしくお願い致します。

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一昨日29日に行った餅つきの報告です

『福餅』として餅つきを盛大に行いました。恒例行事とは言え、ハイリスクな事には変わりません。朝8時10分に盛り塩をして塩とお酒で周りを清め、コミュニティハウスの建築時に出た切れ端を薪にしてかまどに火を点け、1臼目が蒸しあがったのが9時。今年は例年に比べてかなり温かいこともあり、蒸しの状態も良くて、突き手も力自慢?だった為か2臼の伸し餅が出来た段階で火の番をボランティアで参加してもらっている高橋工務店の社長に任せ、入居者の方に餅を食べて頂く時の介助をする職員を集め私から「入居者さんは大変喜ばれる企画ではあるが、大変リスクの高い、特養では無謀とも言えるものです。もし、トラブルが起きれば直ちに中止になり来年からは実施出来なくなる事を肝に銘じて対応して欲しい。」と話をしました。3臼目がつき終わる頃に入居者の誘導をして、4臼目から千切り餅です。入居者さんに提供する餅は、親指の爪の大きさ、いや小指の爪いやいやそれよりも小さく千切った餅に大根おろしと小豆を付けた物を提供しました。一人ひとりに餅を職員が口の中に入れながら「ゆっくり食べて下さい。餅はまだまだ一杯ありますから」と声掛けをして食べ終わられた方には口を開けて貰いちゃんと食べられた事を確認しながらゆっくりゆっくり食べて貰いました。入居者の方に満足してもらってから、職員の子どもさんや高橋工務店のお孫さんにもついて貰い、7臼目の締めのつきは私がやらせて頂きました。
その後、日頃お世話になっている方々につきたてのおもちを配りに行き、ようやくホッとして・・・。

昨日は、お正月の買い物等でバタバタ。そして大晦日の最後の締めとしてこのブログを書いているのですが、この一年体調を崩す事もなく充実した一年でしたが不充分であった事については新しい年に頑張っていきますし、このコーナーももっともっと頑張りますので、来年も宜しくお願いします。

12月3日は大切な1日の内の一つでしたがもう一つ大切な事が加わりました(10日も経っての報告で、すみません・・・)。

昭和59年12月3日は、私にとって第一子となる長男誠の誕生日。勿論この日は大切な日なのですが、その当時の私は児童養護施設での仕事を最優先していて、2日の夜は中学生の期末テストの勉強の為、遅くまで中学生と格闘していて、午前0時前に帰るとかをり(ちなみに私の奥たま)が不安そうな顔で私に「破水したのでどうしようと。」言うのです。そんな事言われても・・・。何とか病院に電話してたどり着き私は本来かをりが寝るべきベットで熟睡し「産声を聞けなかった」(このことは、今でも攻められる対象になってます。)・・・。そんな事は今回関係ないか・・・。実は、もう一つの大切な事は・・・・・・・・・・・・・・!長男誠の誕生日が、長男誠の第一子である長男「翔(かける)」の誕生日になったのです。まわりくどく言いましたが私にとっての初孫が産まれた日になったのです。「じいたん」「じいじ」と呼ばせるぞとか何とか産まれる前は言っていましたが、無事に産んでくれた長男の嫁にも「よく頑張った」と褒めてやりたいし、誕生の日を大切にした生き方をして貰いたいと思っています。

土砂災害に備えた訓練を地元の不破西消防署と関ヶ原の4分団が当施設の入居者さんの避難を想定した訓練を実施して頂きました。

まず最初に驚かせられたのは、実際の移動のシュミレーションをより確実なものにする為に不破西消防署の署員がダンボールで160cmのダミー人形を入居者とショートステイの分110体を作って下さった事です。(リアルなものにする為以前使用されていた消防団員の服を着せていた)施設側もその熱い思いに応えるべく実際の入居者の名前(イニシャルで)と性別、年齢、要介護度、移動の手段を書いて胸の部分に貼る作業を前日に行いました。
二つ目に驚かされたのは、消防団員の参加者の多さです。事前に署長さんと副署長さんとの打ち合わせをさせて頂いた時には4分団各6、7人で30人程度だと思いますとのことだったのですが、当日8時30分頃から続々と施設に消防自動車から降りて見えるのを見てビックリ。何と予定の倍以上の63名の方が参加下さり、会議室の椅子を慌てて追加し、9時から入居者の方の状態に応じた対応の話を消防団員でもあり当施設の相談員でもある吉田部長から説明をして、一旦消防団員の方は今須小中学校体育館に移動され、9時30分から本館2階へのダミー人形の移動を当施設の職員で行い、移動が半分も済んでいない9時45分に消防署への119番通報で順次施設へきて頂き移動の訓練に参加して頂きました。
三つ目に驚いたのは、消防団員の方が車椅子で階段を4人がかりで運んで頂く訓練にも粛々として頂けたことです。
まだまだ、昨日の感動については意を尽くせませんが最後に消防団員の方の質問の中に印象に残ったものがありましたのでその事を書いて報告とします。
消防団員:要介護5の方でも車椅子から普通の座席に座れる方もあれば、要介護3の方でも、車椅子でリフトでの移動しか出来ない方があるのは何故ですか
施設長 :素晴らしい事にお気付きですね。要介護は介護を要する時間で決まりますので認知症等で稼動域は大丈夫でも食事や入浴や排泄に介助がいる方もあり、逆のケースもあるのです。

※ 素晴らしい発見をしていただけ、多くの方に施設を理解して頂けた事に感謝と今後の展開に対して方向性が出来、大きな成果を得られた事を確信しました。

ビックリ!びっくり!

昨日、全国老人福祉施設協議会正副会長委員長会議が始まる前に、出席表にサインをして、手荷物を指定された席に置き、会議が始まる前にトイレに行く事にしてバタバタとトイレのドアを開けた時です。時間のある時ならドアを開けた時に鏡が有り当然の事ながら自分の顔が映るのを見ていても違和感がない(当たり前か)のですが、今回は「おいおいでかい顔した坊主頭のおっさんは誰や!」と一瞬ドキ。よく見ると当然の事ながら自分の顔。いつも、相手の気持ちになってと言っている私としては、申し訳ない気持ちで一杯になりました。ところで、今日の朝刊で北の湖理事長が亡くなった記事を見て少なからずショックでした。何故なら北の湖理事長と同じ日に私も生まれているのです。(昭和28年5月16日生まれの62歳)北の湖理事長は13歳の時に相撲界に入り、相撲の事を少しはご存知あれば分かる大横綱。一見強面の方でしたが相撲人気が凋落している時期に苦労され、しんどい時でも胸を貸す男気のある方だったとか。私も一見怖い様相になっているようですが、中味は優しい生き方で頑張って行きたいと考えていますので、今後共、一見怖そうに見えるのはご容赦頂き宜しくお願いします。
なお、当法人のホームページが全面リニューアルしましたので、より充実したものにしていきますのでどんどんアクセスしてご意見を頂ければ嬉しいのですが。

本日は大変な一日になってます。

朝イチ6時に本部施設に行き9時に岐阜県庁高齢福祉課での打ち合わせの資料を作りして7時過ぎに家に帰り朝食をとり、7時40分に家を出て、9時前に高齢福祉課に着き打ち合わせ。10時前に終了し急ぎ岐阜羽島に行き11時15分の新幹線で東京へ。東京駅からタクシーで全国老人福祉施設協議会正副委員長会議がある平河町へ移動。会議は2時間程で終了し、来週開催される研修委員会の打ち合わせや介護ロボットの話を鹿児島の先生に聞いたりした後、本部施設前でタクシーを拾い、東京駅から名古屋に新幹線に、そして在来線に乗り岐阜まで行き、またまたタクシーで、福祉政治連盟の打ち合わせ!!ようやく解放されて只今、関ヶ原行きの列車で垂井辺りを通過。現在の時間が午後9時前なので…〓改めてタフな一日になりました。以上1日の報告でした。

ホームページの全面リニューアルに合わせて、久しぶりにブログを書きました。

今まで、「頑張ってホームページの更新を職員が行なってアクセス数も多く職員採用にも貢献している」と豪語していたのですが、全面リニューアルをする事になり、打ち合わせをしていく中で不充分なところが多く見えてきてイライラすることもありましたが、何とかリニューアルすることが出来ました。気が付けば本日は11月5日、正に秋本番。秋と言えば松茸。これは、松茸を無謀にも10キロも購入し、松茸づくしのバイキングで喜んで頂き(10月23日)、今は吊るし柿の皮むきに入居者さんも利用者さんも目の色変えて取り組んで貰っています。どうして目の色を変えなければいけないかと言うと、あちらからもこちらからも柿を頂き嬉しい悲鳴をあげているからです。この現象もいつもの口癖である『継続は力なり』の結果だと思っています。と言うのも、「優・悠・邑では干し柿を作っているらしい」との噂から、地域の方や家族の方が柿を採って持って来て下さる方や千切りに来てと言われて入居者さんと千切りに行ったり・・・。と言う訳で本部施設の玄関先の軒先には商売でもするのかと言うくらいに吊るし柿が干してあります。まだ本日も柿むきを生活リハビリの一貫としてして頂くのですが、職員の慣れない手つきに入居者さんや利用者さんから叱咤激励されながら実施されるのを楽しみにしています。毎年、吊るし柿を『美味しくなれ、美味しくなれ』と揉んでいるのですが、今年は揉む数が半端でないので腱鞘炎にならない様に気をつけて・・・。そんなことより、今頃、今須から上石津を縄張りにしている猿軍団には「優・悠・邑では沢山の干し柿を作ったようなので、甘くなった頃に軍団で行くぞ」と囁かれていると思いますので、折角頂いて入居者さん、利用者さんに剥いて頂いた物を取られないための、猿との知恵比べに今はワクワクしています。

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