愛すべき猫、その名は『リット』
令和2年2月17日
午前3時26分に携帯が鳴り、熟睡していた私は何とか携帯に出て看取りの方が息を引き取られた旨の連絡で、多賀先生と家族への連絡を指示したところ、多賀先生も家族も6時には来て頂けるとの連絡を再び宿直者の吉田部長から貰い、今のところの対応は夜勤の職員と宿直者の吉田部長に任せて私自身は5時30分に行動開始しようと決めて、携帯のアラームを5時15分にセットして再び寝ました。直ぐに眠りにつけて5時15分にセットしたアラームが鳴ったのですが、覚醒するまでに少し時間がかかったのだと思います。
しばらくしたら枕元でガサガサと音がするので「何事か」と枕元を凝視すると、我が家の猫『リット』が枕元に座ってマスクの入った箱をなめているではありませんか。そしてその顔は「早く起きなければいけないよ。」と言っているようで、可愛さが倍増しました。だって、こんな事は初めてだし、私の車の音がしただけで玄関先にいても慌てて2階に逃げていくような状況だったのに・・・。不思議ですよね。
鬱陶しい位甘えてくればくるほど愛すべき存在になってくるのは猫の魔力にかかっているのか。それとも、10年以上我が家にいる内に我が家の猫『リット』は13歳の時に他界した母秋江さんの感情が備わったのか。いやいや、そんな大げさな事ではなくて、私の事が『危険な人物』から『安全な人物』になり、『完璧になめられた存在』になったのかも知れません。しかしながら、『なめられた存在』であっても「可愛いものは可愛い」と言う事は猫とはまっこと不思議な生き物と言わざるを得ません。
この関係は主従関係が逆転したと我が家の猫『リット』は思っているかも知れませんが我が家の猫『リット』に言いたい。「あまりいい気になるなよ。あまりに調子ずくと100倍返しだ。」とは言え、猫の人間観察力は凄いので「ヤバい」と思ったら得意の猫撫で声で甘えてきたら許してしまうんだろうな。



