臨機応変の対応こそ福祉施設には必要です。
令和3年10月30日
私が気付きの多い人間になれたのは児童養護施設の指導員になり、その当時の経営者の方にそれこそ機関銃のような叱責や罵倒や嫌みを言われながらもその当時は温室育ちの世間知らずだった私は「そういうものなのか」と素直に受け止めていたので辞める事もなく受け入れたのが今に繋がっているのだと思います。世が世なら『パワハラ』で訴えるような状況のように思います。今の私はあの頃の経験で素直に受け止めれた事は参考にさせて貰い、納得がいかなかった事は『決してやらない』と決めて実践しているつもりです。あの頃の私は経営者の方が「何をすれば喜んで貰えるか」であり、「注意をされないためには何をすれば良いのか」ばかりを考えながらの毎日だったように思います。そんな毎日を13年間も実践しているうちに『気付きの多い人間』に育てて頂いたように思います。もしも私が世間知らずの素直な人間でなかったら、半年もしない内に児童養護施設を退職して今は何をしていた事かと考えてしまいます。だから人生経験の中で無駄な時間などないのだとも思います。施設を立ち上げた時は私自身が資金繰りの厳しい中で施設長として頂く給料は医療事業団の償還財源にするために使うわけにはいかなかったので大学や専門学校の非常勤講師として、週三日、家庭教師も週二日はやっていて、現場に入れない苛立ちを覚えながらの毎日で、私の施設長としても思いを語ることがなかなか出来なかったし、その当時の職員は耳を傾けてくれなかったように思います。社会福祉法人杉和会の思いを一歩一歩進めるようになっていったのは職員の白い封筒が私の所にきて、フロアの入居者さんがおみえになる中でもお構い無く「退職する」旨の話をしている現実に苛立ちを覚えながらも何も出来ないでいたのは今でも悪夢のように蘇ってきます。そんな中で私自身が出来るだけ現場の声を聞ける環境を確立していく為に気付きを多く拾い上げて行くなかから少しずつ現場も変わってきたように思いました。しかしながら今の悩みは、かなり贅沢な悩みですが、幹部会のメンバーは磐石です。準幹部も育ってきました。しかし、その次を担う職員か育たないのです。次を担う職員の動きを見ていると実に歯痒いのです。一言で言うと『腰が思い』のです。だからこそのマニュアルなのですが、何故そのマニュアルがあるかを理解せずに実施すると、勝手な判断で持って実施してしまい私だけでなく幹部の職員も慌てなくてはいけない事もしばしばです。もう一度『当たり前が当たり前になる為の体制』を構築して、多くの職員が気付きの多い体制にして、毎日の生活により多くの笑顔を得られるようにしていきたいと考えています。明日はハロウィン本番です。入居者も職員もワクワクドキドキを共有していく中から良い方向を築いていきたいと考えていますのでリピーターの皆さんの応援を宜しくお願い致します。


