お参りの時の出来事です

本日も朝5時から本館1階の仏間でのお参りから始めて、本館1階のデイルームでのお参りをしている時の出来事です。かなり認知症上のある方がスリッパをパタパタさせながら、他の入居者さんが椅子に腰掛けられている所に行き、あちこちで何度も何度も「晩飯はまだなのか」と聞かれていました。納得いく答えが得られず何度も何度もお参りをしている所をパタパタと行ったり来たりされていたのが気になったのですが、それ以上に気になったのは夜勤で仕事をしている職員2人が何の対応もしないのにお経を唱えながらも苛々していました。

「お経が終わるまでには職員が何らかの対応をしてくれるだろう。」と思いついたのですが、結局何の対応もしない内に私のお経が終わったので「対応の仕方を見せて指導しよう。」と考えているとタイミングよく、「晩飯はまだか」と言っていた方が通られてそこへ外国人の介護職員が通ったので「対応しなければいけないでしょ」と言うと「はい、わかりました」と言ってその場から離れようとした(と言う事は意味が通じていないということだと思ったので)ので、入居者の方に近づき「おはようございます。」と言うと「晩飯はまだか」と私にも言われたので「夕ご飯を食べられて今起きてこられたので朝食の準備をしていますのでもう少し待って頂けますか」と言ってから「今起きられて夕方だと勘違いされたんですね。私もよく間違えるんですよ。」と言うと(朝の6時だと理解されて)「まだ1時間半あるのなら座って待ってるわ」と言われて、しばらくの間はパタパタ歩かれる事はなかった様です。

認知症の方であっても「この方は仕方が無い方」と言う対応ではなくて、一人の人格を認めてその方の立場に立って対応する事によって落ち着いて頂ける事が殆どだと思っています。朝の6時と夕方の6時を間違えて混乱されていて元気な方であっても転倒されるリスクはあります。本日は何もなかったわけですが的確な対応をする事によって平穏な空間を作り出せば業務の効率化につながると思いますし、何より認知症の方の混乱も最小限にする事が出来る様に思います。

話は変わって、朝食後和合の施設に行き職員との懇談や決済をしてから社会福祉法人杉和会の筆頭理事の岩田先生の所に打ち合わせに行く途中での出来事です。岩田先生事務所に行く為信号を右折して住宅街に入り狭い路地に入ったのでスピードを抑えて走行していて、一旦停止の路地から飛び出してきた自転車があり、私は完全に停車したのですが、私が停まったのはお構いなしで通り過ぎようとした若い女性がいました。その女性はスマホの画面を見ながら自転車に乗っていたのです。私は徐行していて事なきを得たのですが、これが運悪く自転車に接触していたら私に過失が付くのでしょうね。

リピーターの皆さん、お互いに気をつけましょうね。

ゲリラ豪雨は凄かったです。

夜中に雷も鳴っていました。でも、それ以上に凄かったのは豪雨です。あの降り方は正に『ゲリラ豪雨』だと思いました。凄まじかった為なのか午前1時30分に目が覚めて、30分程週刊現代を読んでいてその時は目が冴えて、今になって(15時20分)若干眠いのですが頑張ってコラムを書きます。

今朝も本部施設で5時から5か所のお参りを終えて7時過ぎからどんぶり飯の朝食を頂き(宿直の五次副施設長がビックリするくらいの量です。)7時30分に本部施設を出て和合の施設に向かったのですが、ぽつぽつと雨が降ってきて、だんだんと雨がきつくなってきたのですが、その時の気温は23℃と昨日とくらべるとかなり低い温度なのですが、湿度が高くて蒸し暑くて不快指数は言う事なしです。

午後からは天気が回復してどんどん気温が上がってきました。豪雨があがって空を見ると考え過ぎかも知れませんが『秋』を感じたのは私だけでしょうか。多分に願望もあると思いますが・・・。

本日も和合の施設で午前に外国人材の登録機関の方の挨拶を受けたのですが、最近はこの種の方の挨拶がめっきり増えたと感じています。昨日も岐阜県高齢福祉課主催の介護人材の検討会があったのですが、最近は介護人材の話の中に外国人材の話も多く話題にあがるようになって来たと思います。

当法人では平成20年からのEPA(国際経済連携)による介護福祉士候補生としてインドネシアから4名の受け入れをしたのを皮切りに、毎年の様に受け入れていくと共に多くの法人がエントリーする様になり、ベトナムの留学生を受け入れ、介護福祉士の取得をして正職になる職員を確保したり、コロナウイルス感染症により外国からの受け入れが出来なくなってからはベトナム、ネパールの留学生が卒業しても就職が無く、『特定技能の介護』を取得したものを職員に向かえてきました。

つまり、今は当たり前の様ですが、外国人が登用される以前から当法人は受け入れて来た自負があります。そこで、これからは、受け入れた職員に介護福祉士の資格が取得できるだけの学習体制及び指導体制を構築しなければいけないと考えています。その為には先進的に登用してきた法人との連携により、情報の共有化を図っていかなければいけないし、後進的な法人にたいしてのサポート体制を取り、円滑に確保出来るお手伝いもしていかなければいけないと考えています。自分で言うのも変ですが岐阜県老人福祉施設協議会の副会長を10年、会長として11年目を迎えているので、岐阜県において色んな提案が出来る立場になっているので、岐阜県との連携を密にして補助金等を頂きながら、色んな形で人材確保が出来る様にしていきたいと考えています。私は決して自分の法人が良くなる事だけを考えるのではなく全体の事を考えながら進んで行きたいと考えています。

とにかく充実した日々です。

本日も本部施設の仏壇でのお参りのスタートが5時で、その後は本館1階、本館2階、新館1階、新館2階の入居者さんと職員に順次ご挨拶をしてから入居者と共にお参りをします。

各フロアは私が行った時には大抵はテレビが点いているのですが、「これから皆さんとお参りをさせて頂きます。」と言うと、最近は「テレビのスイッチを消す事を私がします。」と言う入居者さんが各フロアにおみえになって有り難いなと思うと共にフロアを仕切っている方が何と無く理解できるのは面白い話です。

5ヶ所のお参りとご挨拶にはたっぷり2時間 はかかるので7時に事務所に戻り、厨房で作って頂いた朝食を頂くのですが、ご飯の量がだんだん増えてきて、今は丼に山盛りのご飯を完食しています。

但し、この調子で食べるとお腹が臨月を通り越して破裂するといけないので、夕食は軽くにしなければいけないと考えているのですが、なかなか行動に移せなくて困っています・・・。今も昼食を和合で頂くのにコンビニで食べきれないかもと思いつつ買って来たものを全て完食してしまいました・・・。

午後は岐阜県が実施している法人評価のグレード1の更新審査がリモートで行われるので、今日も和合の伊藤副施設長の対応で私がサポート役で実施されます。このグレード制度はグレード3から始まりグレード2、グレード1と認定して頂くのですが、審査が終了後、岐阜県の担当者にエントリーをする法人が少なくなっている状況について、今後はどの様に対処をしていくのかを逆に聞いてみたいと考えています。と言うのは私もこの認定制度の設立にしっかり関わってきた経過があるからです。

エントリーが減少傾向にあるのは、認定されてもメリットを感じていないからだと思います。13時30分の定刻に介護安定センターと岐阜県高齢福祉課の担当者と優・悠・邑 和合とをつないでリモートでの審査が行われました。

先ずは事前に提出した資料に基づいて介護安定センターの担当者から質問を受け最初は伊藤副施設長が答えて、法人としての考え方については理事長としての私が追加で答える形で審査を受けスムーズに進み、引き続いて高齢福祉課の担当者の方からはエクセレント企業の認定であったり、事業所内保育所の展開であったり、外国人材の展開についての質問があり、この質問は理事長としての思いの部分だと判断して私から持論も含めて話をしました。

最後に「今後の展開についてお考えがあれば聞かせて下さい。」と言われたので。リモート会議が始まる前に考えていたことをお話させて頂きました。リピーターの皆さん、タイトルの通り充実した日々に感謝です。

 

大垣市の特養変換の審査を受けました

令和5年8月23日

平成24年に大垣市の特養80床の建設募集があり、当法人もエントリーをさせて頂きました。その時の当法人での考え方は大垣市において平成15年度以降特別養護老人ホームの建設が相次ぎその計画の全てが国の方針に従い『個室ユニット』ばかりが建設され、平成24年の大垣市の個室の割合は特養が75%、ショートステイが80%と言う事実体の中、従来型の施設の需要が多くなるとの提案と共に個室ユニットで無ければ個別ケアが成り立たない等と言う事は決してないとの根拠を示し、5法人からの手上げがあった中で一番の評価を得て平成26年4月に優・悠・邑 和合が事業開始をしたわけです。あれから10年が経過して大垣での介護事業の状況は大きく様変わりしたと考えています。この10年の間にも多くの特別養護老人ホームが建設されましたが「個室ユニット」を中心に個室ばかりが建設され、尚且つ総量規制のないショートステイが多く建設されました。その結果『ショートステイ』の実体が『ミドルステイ』いやいや『ロングステイ』の様な実質特養と変わらない様な感覚で利用されています。平成24年に計画した時は『在宅介護』にも力を入れなくてはとの思いで18床のショートステイを補助金なしの全て自己資金で建設しました。そんな状況の中でショートステイ18床の内10床を特養に変換する事を既に認めて頂き残りの8床の特養変換を認めて頂く為の審査が本日午後から実施されました。前回の10床変換に引き続いての審査で今回は特に特養の需要が多くあり、特に従来型(多床室がある施設)への希望が多く有る事と、殆どがロングステイの様な状況になっている中、同じ様に利用されていても特養とショートステイの利用料は月1万円くらい違うので、8床ではありますが安く利用して頂ければとの思いを中心に説明をさせて頂きました。最初の10分の提案は伊藤副施設長が担い、審査委員の方からの質問には理事長である私が担わせて頂きました。地域のニーズに応えるのが社会福祉法人の使命だと言う揺るぎない考えの中で提案をさせて頂きました。伊藤副施設長も理事長である私も精一杯の事を語らせて頂きました。後は結果を待つだけです。大垣市役所から和合の施設に帰る車の中で伊藤副施設長が精一杯提案した事を労いました。和合の施設で若干の打ち合わせを済ませて急ぎ本部施設に帰り、16時からは関ケ原町地域ケア会議に参加させて頂き、厳しい状況にある方の検討でも。しっかりと意見を言わせて頂きました。最近の関ケ原町での課題は『50-80問題』(60-90問題とも言います。)です。この問題は一朝一夕には解決しないのと「50」あるいは「60」の方に生活力がない事の解決には根深い問題があります。この問題に当法人がどの様に関わっていくのかも今後は大きな課題になる様に思います。リピーターの皆さんにも良い提案があれば聞かせて下さい。

静慈圓前官大僧正とのお話です

令和5年8月22日

昨日は15時には本部施設に滋賀信行会内藤会長の車で来て頂く予定になっていたので、14時にシャワーを浴びて作務衣にきがえようとしていると、内藤会長からの電話で「これから出ます。」との連絡を頂き、思わず私は「長浜から30分で来れるがね」と言うと「そうか。とあいからわずのポーカーフェイスなので、電話を切って急いでシャワーを浴びて作務衣に着替えると、かえって汗が吹きでたのですがもう一度着替える様な時間は無くて、本館前の駐車場に行くと内藤会長の車が入ってきたので、静慈圓前官大僧正を迎えて本館の会議室に案内して行くと、既に田中市会議員がみえており、15時30分までお話をしてから、仏間で静慈圓前官大僧正が導師をして下さってのお経をあげました。お輪を新しくしたので『叩き始め』を静慈圓前官大僧正にお願いしたのですが、お参り終了時に改めてお輪を手に持ち『気』を入れて頂きました。

その後、優・悠・邑 和(なごみ)の施設に移動して竣工式典で書いて頂いた愛染明王の作品でひとしきり静慈圓前官大僧正から説明を聞き、会議室に移動して、またまた色んな話に花を咲かせました。和(なごみ)の施設の仏間でもお参りをして頂き、外へ出ると竣工式典でもお参りして頂いたお地蔵様にも丁寧に参って下さり、17時30分に関ケ原駅前の末廣での宴席開始だったのですが、お客様を少しお待たせする形になりました。

私が席を指定して皆さんに着座して頂いてから、私のほうから8人の参加者を紹介させて頂き、その後は静慈圓前官大僧正にお話をして頂くと共に、乾杯の発声をして頂き先ずはビールで喉を潤し、その後は静慈圓前官大僧正を中心にしてそれぞれの方が饒舌に話をして会は盛り上がりました。私が静慈圓前官大僧正にお話をさせて頂いたのは、盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の入居者がコロナの影響もありなかなか入らず、法人全体の経営も厳しい状況になり、1月・2月の最も寒い時期になかなか眠れず、15分程トロっとしたと思うと寝汗をかいて、寒い部屋の中で着替えをしなくてはいけない毎日に、色んなお金持ちの方に藁をも掴む思いで手紙を書いても誰からも返信が無い中で、静慈圓前官大僧正に厳しい窮状を訴える手紙を書くと3週間後に手紙と共に祈り一杯のお札を頂いて、そのお札には「諸障退散」「七難消滅」と書いてあり、そのお札にすがって頑張って少し光明がみえてきたと正直に話をすると、静慈圓前官大僧正から「今正に生きてるんだから道は開ける。大丈夫ですよ。駄目だったら今この世にはいませんから。」と言われて、改めて「生かされている事の喜び」を理解しました。そして「若山さんは、自分の欲得で行動される方では無いのでお不動さん付いてやはるんや」と言われたのには勇気を頂きました。

コロナウイルス感染症の為にこの会は4年振りでしたが、平成16年から1年に1日だけですが当法人にきて頂ける事に本当に感謝です。私はよりパワーアップして色んな方に笑顔が産まれる様にこれからも頑張りますので、リピーターの皆さん、これからもよろしくお願いします。

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静慈圓前官大僧正が本部施設と和(なごみ)の施設に来て下さいます

令和5年8月21日

静慈圓先生の事はこのコラムでも何度か書かせて頂いていますが、本日当法人にお山(高野山)を下りてわざわざ来て頂くのを機に、改めて書きます。(かつての内容と重複する内容も出てくると思いますがご了解下さい。)

静慈圓前官大僧正との出会いは、本部施設新館建設に際して滋賀信行会の内藤会長に「施設に祈りのものを導入したい。」と相談した事から始まります。(本館建設時も内藤会長に仏間に浜仏壇の中にステンドグラスを入れて頂くアイデアを提案して貰い、オリジナル仏壇を作成して頂きました。本館の仏壇も一度見に来て下さると嬉しいです。)内藤会長からの提案は、静慈圓前官大僧正に4ユニットに祈りの籠った梵字を書いて頂くと言うものでした。そんな事が現実的に出来るのかと訝しく思ったのですが、内藤会長は軽く「大丈夫や、書いて下さいますよ」と涼しげに答えたのを今でも覚えています。

静慈圓前官大僧正の事を改めて書きます。その当時(2005年)既に、空海が遣唐使で中国に行かれた際に難破し漂着されたのがタイに近い所で、そこから当時の都があった長安の都までの2400キロの足取りを調査団の団長として20年間勤められ発掘され、当時でも既に中国では有名な方で、尚且つ西暦3世紀頃の書家で王羲之に並ぶ書家と中国が認めたことにより、王羲之の墓誌の隣に静慈圓前官大僧正の碑が建立されているくらいの評価を受けられている方です。(ちなみに私も除幕式典に随行させて頂きました。)最近では真言宗総本山金剛峰寺の金堂(一般に言う本堂)内に掛けられていた100年前の有名な絵師の大きな掛け軸の痛みが激しいと言う事で、書き換えの掛け軸2筆を静慈圓前官大僧正が画かれて、今は金堂に掛けられています。(金堂に設置される前に大阪ローガロイラルホテルでのお披露目会に参加させて頂きました。)

※なかなか本題に入らずすみませんでした。※内藤会長のお骨折りにより、見事な梵字を各ユニットに書いて頂き、その縁で新館が事業開始した2006年から毎年本部施設にきて頂き、仏間でお経を唱えて頂くと言う恐れ入る様な事をして頂き、その都度関ケ原の料亭で酒宴を催させて頂き、その素晴らしい出会いを持って頂きたいと言う事で、日頃お世話になっている方をご招待して来て本日もその予定でいます。(招待した中では、遠く鹿児島県や栃木県からも来て頂いています。)

最近はコロナの影響によって中止していたのですが、例外的に盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の建設に合わせて多くの作品を書いて頂き、尚且つ竣工式典では書の実演までして頂きました。(優・悠・邑 和の玄関先に掛けてあります。ちなみに『愛染明王』の梵字だそうです。)8月に来て頂くのは4年振りなのですが、80歳になられてもお元気で行動的な静慈圓大僧正にお会い出来る事を楽しみにしています。

さてさて本日はどんな話題で盛り上げて頂けるのか、取り敢えず15時に本部施設に来て頂き盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の施設にも行って頂き、料理屋さんでは招待した方がお迎えして下さる段取りになっています。

入居者さんから貴重なアドバイスを頂きました。

令和5年8月20日

朝のお参りの4ヵ所目を終えて、入居者さんにご挨拶をして回っている時に貴重なアドバイスを頂いたので、そのお話をさせて頂きます。

その入居者さんは、かつて高校の校長先生をされていた方で、絵も得意で本部施設の地域交流スペースにも大きな絵を飾らせて頂いています。絵を画いて貰うのは、施設では現実的でない事を理解されていて、ちぎり絵を沢山完成されたのを施設内に飾らせて頂いています。また、自宅で生活されていた元気な頃は盆栽も見事なのを造られていて、施設に入居されてから「息子はなかなか水の管理をしてくれないので、駄目になってしまう。」と言われていたので、庭師さんに車を出して貰い、立派な盆栽を施設に運び、その後の管理は職員の協力を得て欠かさずされています。(本館の玄関先の芝生の所に、大きくて立派な紅梅・白梅があります。見事な花を咲かせる春に見に来て下さい。)

また、施設入居されて3カ月が経過して、生活にリズムが出来た頃から毎日ノートに鉛筆で般若心経を書かれているのも頭が下がる思いです。(既に6年続けられています。)そんな入居者さんと朝の会話をしていて素晴らしいアドバイスを頂いたのです。それは私が大垣の和合の施設に籍を置いた事をご存じで「大垣の施設はどんな風ですか。」と声を掛けられたので「やるべき事が沢山あります。」と答えると「私も新天地の学校に赴任するたびに、前の学校との違いにいらいらしたものです。急激に変えようとすると難しい問題も出て来るので、じっくりと構えて自分のお考えを進められたら良いと思います。」と言われたので、私は「経験の中からの言葉は重いな。」と思った次第です。

その入居者さんとのご縁についてですが、最初は本人のお母さんからでした。本部施設での対応に共感して下さっていて、その頃の家族会役員も務めて頂きました。次には奥様のご縁を頂く事になりました。その頃はバリバリにお仕事をされていたにも関わらず「連れ合いは自分が介護する。」と言われていて、現実には無理だとの話が私の耳に入りましたので、私は家まで話をしに行って納得をして頂いての入居となりました。(正直その時は、厳しい事を言った様に記憶しています。)そして、6年前に本人さんが入居の運びとなったのです。

入居される前に病院に事前訪問で伺うと、意気消沈されていて生きる気力も失っている様に感じてしまいました。実際に入居された当初は「眠れない。」「生きていても仕方がない。」「家には帰りたくない。」等と言われて、薬での調整も上手く行かなかったのです。しかしながら、前述した入居3カ月後には心身共に施設での生活にも慣れられ、職員への『指導』もしっかりして頂く存在になり、生き生きと施設での生活を満喫され「家に帰らない」と言われていたのが嘘の様に、家へ帰られる時等、当日前からウキウキされているのが分かり、当施設に来て頂いて良かったと思っています。

リピーターの皆さん、決して本日紹介した方だけが生き生きされているわけで無い事を見に来ていただけると嬉しいのですが。

本部施設での朝のお参り5日目です

令和5年8月19日

5日目と言う事での対応なのか管理宿直者が北島部長で夜勤責任者が西川課長だったからなのかは明日からの対応を見ていかなければわかりませんが、お参りをするのには最高の配慮がされていましたし、お参り後にはご褒美があったので(後述します。)最高の1日のスタートとなりました。具体的には北島部長が私の仏間でのお参りをする前に花の水替え等をしてくれていて、もう一つ感動したのは私がお経を終えて仏間の電気を消そうとしたら北島部長が氷水を持って来てくれた事です。あまりにタイミングが良かったので多分、私のお経を聞きながら待機していてくれていてくれたのだと思います。

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私はあまりの嬉しさに「あまり私に対して過保護にするな。」と素直でない変化球の言葉を投げかけてしまいましたが私の心情を北島部長は受け止めてくれていると思います。仏間終えて本館1階に行くと既に私が来ることを予測したような対応で準備が万端整っていました。入居者さんも私がお参りに来たことが分かった為かデイルームに集まってきてくだれたのでそれぞれにご挨拶をして正信偈と般若心経を唱えさせて頂き、お参り終了後は入居者さんにお礼を言ってから「2階に行ってお参りをしてきます。と軽やかに2階への階段を上がって行くと2階では多くの方が私を待ち構えている様に多くの方がデイルームに集まってみえたので大きな声で朝のご挨拶をしてからお経を唱え様とするとコップにラップがしたお水が置いてありました。

お経を参加されてみえる皆さんで唱えた後、準備してあったお水を「本日3杯目だな。」と思いながらも有難く頂きました。飲み干してから「これから新館に行ってきます。」と言うと何人かの入居者さんが手を振って見送って下さいました。私が改めて思ったのは「高齢者施設で25年頑張ってきて入居者さんは温かいな。」と言う事でした。新館では仏壇が入居者さんがおみえになるところでは無いのでわざわざ来て頂くわけにはいかないのでそれぞれの仏壇の所で般若心経を唱えさせて頂いてから皆さんの所にご挨拶にいきました。

1階でも2階でも5日目と言う事で何人かの入居者さんから「毎日早いな」とか「理事長さん、体を気を付けてね」とか「今日も理事長さんの顔を朝から見られて嬉しい」とか「毎日朝早くて奥さんに怒られへんの」等と声を掛けて頂き私自身のモチベーションが上がりっぱなしです。「あっ、そうだ。ご褒美について書いてない。」と言う事で『ご褒美』について書きます。

と言うのは、朝食を本部施設でお願いしているのですが、厨房での提供で「入居者さんと同じもの」とお願いしてあり、入居者さんと同じ分量で提供されていて「ご飯の量だけで良いので大盛にして貰えないか」と職員を通じて(私がお願いすると角が立つと思って・・・。と言うより恥ずかしくて・・・。)言ってあったのですが昨日までは普通盛りだったのですが北島部長と同じどんぶり飯だったのです。お腹が一杯になった分今日も絶好調で頑張ります。

昨日の今日で感動しました。

昨日烏野先生によるBCP(事業継続計画)の研修を3施設合同で実施したことは昨日のコラムで書かせて頂きました。そんな中で本日10時から盲養護老人ホーム 優・悠・邑 和(なごみ)の全体会があり(全体会前に入居者さんと一緒にお経を唱えさせて頂きお経の後私がカラオケで3曲歌わせて頂いたのですが。)全体会終了後、昨日烏野先生から頂いた職員用のアンケートが配られると共に施設の図面を職員に配り消火器と消火栓の位置の確認をすると共に吉澤施設長から「日頃から目にしていながらも、消火器の位置も消火栓の位置も頭の中に入っていなくて、いざ必要な時に活用出来ない事がある。」との前おきをして「自分も児童養護施設の指導員時代に施設の近くにある小屋が燃えて消火器を施設に取りに行っても何ヵ所か設置してあるのを素通りしてしまった。」との体験談をしてくれたのは説得力があるなと感心しました。タイトルの『感動』したと言う尾は吉澤施設長のフットワークの良さです。確かに『鉄は熱いうちに打て』との諺がある様に「よし、やるぞ」と思って間髪入れず行動に移せた事です。本日も朝5時に本部施設のゲストルームで目覚め、洗面を終えてから本館1階の仏間で正信偈と般若心経を唱えてから、本館1階のデイルームに行き1階の入居者さんにご挨拶をすると共に入居者さんと共に正信偈と般若心経を唱えて一緒にして頂いたお礼を言うと「理事長さん明日も来てくれるの」と言われたので「明日も頑張って来ます。」と言って2階に上がって気が付いたのは1階も2階も私が来ても良いように準備が出来ていた事です。そして2階では「1階に続いての2階で大変だろう」と言う事で冷たい水まで準備してくれた事です。正にこの対応は「相手に対して何をすれば助かるだろう。」と言う事だと思いました。本部施設本館が事業開始をして25年の月日が経過して言い続けて来たことの成果だと思います。『ローマは一日にして成らず』だと思っています。そして新館の1階と2階でもお経を唱えたのですがそれぞれのフロアで「理事長さん、最近朝早くに来て下れて嬉しいけど体を大切にして下さい。」と異口同音の様に言って頂いて涙が出る程嬉しいです。そう言えば私は和合で地域に開放したカフェ「そわか」でご挨拶をさせて頂いた時も「私の趣味は仕事ですから何なりと申し出て下さい。」と要らんことを言ってしまっていました。リピーターの皆さん、こんな私ですがこれからもよろしくお願いします。

BCP(事業継続計画)作成に伴う研修が開催されました

令和5年8月17日

本日、社会福祉法人杉和会の施設合同の研修が開催されました。講師は当法人の顧問であり、びわこ学院大学教授・福祉リスクマネジメント研究所所長の烏野猛先生です。烏野先生には午前中も本部施設の幹部会にもスーパーバイザーとして出席して頂きました。幹部会は11時40分まであり、研修会は13時30分からで、午前中の参加はリモート参加で午後からの研修はリアルであり、尚且つ昼食は本部施設でして頂く事になっていた(本当は鰻を予定していたのですが予約で一杯と言う事でローソンのお弁当になったのですが)ので11時過ぎにコメントを頂き「飛んで来て下さい」と無茶な事を言って研修前の昼食に間に合う様に来て頂きました。烏野先生は現在55歳。つまりわたしより15歳も若いのです。15歳もの歳の差があるにも関わらず30年近く親しくして頂いている事に感謝です。本日の研修のレジメの中で【BCP作成を「目的」にしないため、実効性のあるBCPを作るには・・・?(BCP作成は、あくまでも「手段」)】と書いてあり私も常日頃「マニュアルは作るのが目的では無くて実施できて完成する。」と言っている事と共通すると思いました。3施設が共同開催する研修は初めてで、多くの参加を得たいと言う事でリアルの参加者(25名)の他にも各施設でリモートの参加をする職員も多数いて有意義な研修となりました。烏野先生の講演内容は一貫したものである事は分かっていましたが久しぶりの講演を聞き話し方に旨みが出て来たなと思いました。烏野先生は神戸市出身で阪神淡路大震災以降は災害とリスクマネジメントについての実践を積まれてきた事により、実践をしてきた研究者としての「凄み」が出て来たなと思った次第です。烏野先生は全国老人福祉施設協議会が開催する研修に関わられるようになってから全国を股にかけての講演活動と共に災害が起きた時には機敏な行動をされ実態把握に勤められている事には頭が下がります。30年近くも親しくさせて頂いているのは多分に「行動を伴うアプローチを形にしていく」と言う事ではないかと考えています。これからも親しくお付き合いをさせて頂きながら15歳も歳は離れていますが良きライバルとして長くお付き合いさせて頂きたいと考えています。丁度2時間休憩もせずお話をして頂き、烏野先生は次の予定があり早々と帰られ、私もバタバタと和合の施設に行きました。お互いに忙しい身ではありますが時間を上手に活用した生き方をしていきたいとも考えています。

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