福祉を食いものにするのは止めてくれ

何日か前の新聞に「食事材料費の実費を越えた請求」との事で障害者グループホームを13都県で経営している(株)恵の記事を見たら全額返金済との内容の記事を見て私は「障害者のお金に対して平気で違法な事が出来る感覚の会社がこれだけで済むのか」と思っていたのですが、今朝の朝刊を見て「やっぱり」と思うと同時に「福祉を食いものにするのは止めて欲しい」と正直に思いました。

具体的な記事に触れていきたいと思います。大きな見出しで『「上場へ」不正横行か』『「恵」経営陣、利益を最優先』『ごまかし担当の社員も』元社員の証言も書いてありました。その内容には目を塞ぎたいものがありました。例えば『施設の不正と言えば、利用者さんの人数に対して職員の配置人数って決まってて、それを満たしてないのに満たしてるように申請してるとかは頻繁にやっていると思います。どこも人が足らないので、ふわふわ(※施設名)全体でやっていると思われますが(中略)最初に実施指導が入った時には、勤務表上で私は「支援員」になっていて、夜勤何て一日も入ってないのに8日くらい入っているように工作していたり、かなり醜い改ざんをしていましたよ』とありました。市なり県の監査が実施されている時に書類上出来ていれば大丈夫との感覚で段々と大胆な不正が行われて行ったのだと思います。

記事の中の情報としては『愛知県出身の中出了輔社長(34歳)と2人の弟、母親が中心になり、2012年に名古屋で設立(中略)18年の売上高は3億円弱だったが、「ふわふわ」という名称で各地にグループホームを次々と展開。22年の売上高は約38億円と、わずか4年で10倍超に増えた。「どんな障害者でも、とにかく受け入れていた。」取材に対し、元社員らはそう口をそろえる。強い行動障害や身体的な疾患があり、対応が難しい知的、精神障害者を積極的に受け入れ、当初は親や行政にありがたがられていたという。だが、ある元幹部社員は「社長や役員はグループホームを『店舗』利用者を『お客さん』と呼び、「上場するにはあとこれだけグループホームが必要だ」「利益は山分けだ。」などとお金の事ばかり話していた。」と証言する。

私は2012年にグループホームの経営を始められた当初は素晴らしい志があったと思います。もしそうでは無くて単に金儲けの手段として始められたとしたらあまりにも『福祉』を蔑ろにしていると言わざるを得ない。私が児童施設にいた頃にスウェーデンのいわゆる『監査』は書類など一切見ないで1週間監査官が泊まり込んで職員の対応を見て行くとの話を聞きました。書類上は完璧でも実態が伴っていなければ意味がない、正にその様な事例だと思います。

困っている人たちを食いものにするのが福祉ではない。「全ての人が幸せになるのが『福祉』だと思います。この様なブラック企業が大手を振って福祉事業が出くる状況にあるのは悲しい現実です。どこかで仕組みがおかしくなっているわけですから抜本的改革が行われ誰もが幸せな安心した生活が出来る様になって欲しい。

自愛の心を持って展開する法人での展開が出来る様になる事を祈っています。

4時25分の目覚め時は真っ暗です

令和5年9月23日

本日は秋分の日です。と言う事は太陽が登るのと沈む時間が基本的には同じと言う事で、場所によっての時間差があるにしても、6時に日が登ると言う事は改めて4時25分では真っ暗なのは当たり前か。4時25分に起きてベッド上での体操(ミシミシいわせながら)や洗面等を済ませて、神棚と仏壇の水かえを終えて、5時前から仏間での祈りを終えて、外に出るのがだいたい5時25分前後で 、今朝は何とか薄明かり状態でした。家に帰り着く6時15分頃には日が上っていて、昨日までは家に帰り着くと日の光もあり暑かったのですが、本日はそれほど暑いとは思わなかったので「ようやく秋だな。そう言えば彼岸花が田圃とあぜ道にもニョキニョキと出ていて、真っ赤な花を咲かせていたな。」と思った次第です。

そう言えば、昨日は夜にエアコンを点ける事無く眠る事が出来たな。「このまま快適な気候が続けば最高なんだけれども、四季があるから日本は最高なんだから贅沢は言えんな。」とも思いました。

本日午前中は和合で職員の面談を終え、午後からの社会福祉法人杉和会の理事会が有るので本部に向かおうかと思っていると、施設見学におみえになった方があり、伊藤副施設長は別件での面談をしていたので「すこし話を聞いて伊藤副施設長が対応するまでつなごうか」と理事長室で待っていて名刺をお渡しすると、「理事長さんにお会いするのは25年ぶりですね。」と言われたのでお名前を見て思い出しました。それは私が県PTA副会長(西濃会長)の後を引き継いで頂いた方だったからです。ひとしきりPTA活動時代の話をしてから施設入居の話をして、伊藤副施設長に引継ぎ本部施設に移動しました。

14時からなので会場の確認をしてから昼食を頂き、資料の確認をしていると筆頭理事の岩田先生がおみえになったので、打ち合わせをしていると順次理事・監事の方がおみえになり14時の定刻に理事会が始まりました。本来であれば最初に理事長の話をさせて頂くのですが、本日はこの8月に本部施設と和合の施設の体制を変えたので、昇任した施設長並びに副施設長の紹介をしてから挨拶もして貰い、その後理事長としての挨拶をしてから理事長である私が議長を務めて議事進行をしていきました。議事の中で岩田先生から、今年度から借り入れに対する償還を再開しているが順調な経営になっているとの報告を受けましたので、これからも是は是非は非のお金の使い方を徹底して、健全経営をしていきたいと改めて思った次第です。

メンテの部分でいくつかの予算計上も承認頂き、最後に将来への布石の為に岐阜県介護ロボット導入事業補助金を受けて業務の省力化をしていく事も承認頂きました。理事会を終え改めて3施設がしっかりスクラムを組み、頑張って行かなければと思った次第です。

IMG_0841 IMG_0842 IMG_0843 IMG_0844 IMG_0845 IMG_0846 IMG_0847 IMG_0848 IMG_0849 IMG_0850 IMG_0851 IMG_0852 IMG_0853

お食い初めの報告

令和5年9月22日

17時15分に家を出て食事会場に着きました。「夕方から雨が降る」との予報でしたが、雨が落ちてくる事もなく会場に入りました。予約が少なかった為か広い部屋に案内され、5分程待っていると次男夫婦が部屋に入ってきて、本日の主役である孫娘が次男に抱かれて登場。先ずはじいじが孫娘を抱く特権を与えられ私は多分メロメロ、クシャクシャの顔をして抱きました。次男が「7キロを超えた」と言うと我が奥様『かをり様』が「前に飼っていた猫が7キロだった。」と言った時には「おいおい、大切な孫娘を猫と一緒にするなよ」と思いながらも「奥様も舞い上がっているな。」と思った次第です。

しばらくは機嫌よく抱かれていたのですが、抱き方がいつもと違う為か口が「への字」になったので慌てて孫娘を次男に渡してしまいました。その後、食事が出て来たので先ずは主役の孫娘に祝善が来ていたので食べる真似事をする為にじいじである私が箸に食べ物を乗せて孫娘の口元に持っていきました。勿論食べる事は出来ないのですが「元気に食べれる様になりますように」との願いを込めて何種類かの品物を口元に運びました。最後に海老の蒸し物を形のまま口に持っていくと流石にまたまた口を「への字」にして泣く寸前になってしまいました。

「泣く子は代官より怖いとはよく言ったものだ」(そんな諺がありましたっけ・・・)と改めて思った次第です。儀式を終えて改めてそれぞれの椅子に着き孫娘を次男が抱きかかえながら乾杯をしました。私だけが熱燗を頂きあとの参加者は烏龍茶での乾杯をしました。最初は機嫌よく次男の膝に抱かれていたのですが、食事が取れないので布団を用意して貰い寝かせたのですが布団の上で足をバタバタとさせたり、そのうちに寝が入りを打ったのには感動でした。

だってまだ生後4か月ですから。今回は孫娘のお食い初めと言う事で主役の孫娘は食べれない中ではありましたが私は一人だけ熱燗を頂きながら「これから孫娘の為に何回食事会を開く事ができるのか」と考えていました。食事中に凄い雷がなり雨脚も強かったのですが20時にお食い初めと言う名の食事会を終了した時には雨も止んでいたので「有難いな」と思いつつ家路に着きました。今は色んな意味で大変な状況はありますが孫娘の顔を見ていると癒されるのでこれからも頑張って仕事をしていきたいと思った次第です。

本日も本部施設に法人顧問の烏野猛先生が来られるとの事だったので6時50分に本部施設に行き、30分程話をしてから和合の施設に行き、11時20分(約束の時間は11時だったのですが)には岩田税理士事務所で明日の法人理事会の打ち合わせをさせて頂き、打ち合わせ終了後はリモート会議ではありましたが岐阜県高齢福祉課主催の「岐阜県外国人介護人材対策協議会」と言う事で本日も会っという間に一日が過ぎてしまいましたが有意義な時間でした。

本日は久しぶりに朝寝をしました。

令和5年9月21日

昨日は19時30分から岐阜県主催の「感染症対策会議」があり、家に帰ったのが遅くていつもとは違う生活の流れになった為か、それとも疲れ過ぎた為なのかはわかりませんが、なかなか寝付けなくて、しかも眠りが浅かったので確かに4時20分には目が覚めたのですが「本日は午後からの本部施設の本館でのお参りがあるし、このまま起きて夕食時の孫娘の「お食い初め」に挑んだら、体調が今一な状態になり楽しめない。」と自分よがりな考えに基づき朝寝を決め込んで、今も(6時30分)ベッドの上なのです。本当に久しぶりの朝寝でしたが(6時30分の段階で朝寝と言うのかどうかわかりませんが)、4時20分の時の体の怠さは消えています。

だから、7時に朝食を頂き、7時30分に家を出て和合に行き、朝の申し送りとフロアで入居者さんにご挨拶をしてから、和(なごみ)に移動して、10時からの入居者さんとご一緒のお参りと、職員との全体会議に参加して、昼食を取りつつ吉澤施設長との打ち合わせをして、本部施設に移動してのお参りで、導師を勤めさせて頂く事になっています。その後は昨日の本部施設の事業戦略会議に諸般の事情で出席出来なかったのでその報告を聞きながら打ち合わせをして、本日はブライベートな事ですが夕食時に孫娘の「お食い初め」をする事になっています。お食い初めとは言え、孫娘がムシャムシャと料理を食べるわけでは無くて、孫娘が元気な食生活が出来る事を祈って大人が食事をすると言うイベントなのですが、そんなことより、久しぶりに成長した孫娘に会えるのが嬉しいだけです。「じいじ」である私は何もしてあげれ無いのですが、嬉しい限りです。(ここまでは朝寝を決め込んで打ちました。)

朝食時の事です。いつもは朝ごはんが美味しくて美味しくて「今日も一日絶好調」」とばかりの毎日でしたが、本日は朝食のご飯の進みがいつもの様ではないのです。「今日はいつもの様な食欲がないな」と独り言の様につぶやいたら、私の奥様「かをりさん」がさり気無くシビアに「朝のお墓参りがなかったから」と言われて一瞬「イラッ」としたのですが、変に説得力のある言葉だったので納得してしまい、「明日から再び頑張るぞ」と思った次第です。

7時30分に家を出て和合に行き、10時からの和(なごみ)の施設でのお経とカラオケをさせて頂いてからの全体会を終え、昼食を頂きながらの打ち合わせをして本部施設に行き、13時30分からの本館1階でお経とカラオケをして2階に上がり、お経を終えカラオケタイムになって歌いだすと、文字通りの看取りの入居者さんが私の歌が聞こえたら「最後になるかもしれんので聞きに行きたい。」と言われてカラオケ会場にみえて、素晴らしい笑顔を頂いたので私はヒートアップして歌いました。正直こんな嬉しい事はないです。リピーターの皆さん私の気持ちを理解して頂けますか。勿論ツーショット写真を撮って頂きました。

不思議です。

令和5年9月20日

朝のお墓参りの為に家を出て外の空気に当たると「確かに空気がひんやりしてきた。」と感じます。と言う事は、より快適に歩けるのですが、一つだけ困ることがあります。それは蚊に食われる事です。しかも食われるのは大抵手の指と指の間なのです。と言う事で「めっちゃ痒いのです。」今はお風呂の湯に浸かりながら「どうしてそんな所ばかり食われるのか。」と食われた所を見ながら考えていて「半袖の服を着ているのだから腕の所を食っても良いのではないか。」と思いつつ、自分の腕を見て納得しました。それは、体重が今の半分だった時は、手首を含めて腕が細々だったので蚊が針を刺しても楽々血の所に到達したから、腕の所も楽々刺されていたのだと思います。そう言う意味では、柔らかい所で血管まで届く所と言うと、手の指と指の間が最も柔らかくて蚊の針が刺さりやすいと言う事何だ、との結論に至った次第です。と言う事は「とほほ」と言う事になります。

細細だった時には、直ぐに40℃前後の熱を出す日々でしたが、今は少々睡眠時間が少なくても、めっちゃ疲れていても、熱も出さない日々が送られると言う事は「有難い事」であり、「喜ばなければいけない事」と思う事にしています。『愚痴』を言って過ごしても一日、『有難いな』と思って過ごすのも一日であるならば、常に後者でありたいと思っています。とは言え、とことん疲れた時に週1程度で500mlの缶ビールを飲むのですが、その時はいつもの夕食の時にプラスアルファでビールを飲むことになるのですが、そんな時に限って大きなあられが無性に食べたくなるのです。しかも1枚で食べるのを止めれば良いのですが「もう1枚もう1枚」と食べてしまうのです。そして朝起きてから後悔するのです。「どうして何枚も大きなあられを食べてしまったのか」と。この後悔は何十回、いやいや何百回としているのですが自分はこれでも生き方の中で意志は強いと思っているのですが一向に改善されません。これもまた「とほほ」です。

先般、入居者の一色さんのちぎり絵の個展を見に行った時の写真を、一色さんから頂きました。そして唖然としたことがあります。それは、私の写真で横向きの写真でした。その写真では本当に、本当に凄いと言わざるを得ない程にぽっかりのお腹なのです。正面の写真では殆どわからない事なのですが、横向きの写真は凄まじいのです。そこで私は考えました。一色さんから頂いた横向きの写真を見ながらビールを飲めば抑止力になって、大きなあられを食べなくてもよくなるのではないかと・・・。今は、朝から会議等を目一杯して、尚且つ今は18時30分で19時30分からリモートではありますが、岐阜県主催の感染症対策会議があるので、クタクタではありますが素面の状態ですから意志は強いですがお酒が入ると・・・。「お後がよろしい様で」

本日は本部施設でバイキングです。

令和5年9月19日

今回のバイキングで私が担当したのは「椎茸」の買い付けです。 いつも朝のお参りで行くお墓参りの所から少し行った所に椎茸栽培の会社があり、朝9時に取りに行く事にしていたので、約束の時間に行くと既に準備がしてあったので大きな箱を二つに6キロ入っているのを購入してきました。優良品で1キロ1080円と言う事で締めて6,480円を支払い領収書を書いて貰い車に乗せて本部施設に行くと若園管理栄養士が車の所まで来てくれて先ずは記念写真を撮り施設内に運び入れ、バイキングで使用する150個の椎茸を厨房に届けて残りを職員の昼食で本格的な炭火で吉田副施設長が玄関前で焼いてくれました。

IMG_0776 IMG_0779

申し訳ない事ですが私は12時過ぎには和合の施設に行く予定をしていましたので、焼き立ての椎茸を一番乗りで頂きました。椎茸は肉厚で醬油と共に焼けたのは正に絶品でした。急いで昼食を頂き玄関先に出て行くと香ばしい匂いが堪らなくて「お酒が飲みたくなるな」と不謹慎な事を考えてしまった次第です。既に20年以上に渡って月1回のバイキングは実施しているのですが、臭覚をも刺激するバイキングについての企画が出来る様になったのは回を重ねる中の賜物だとつくづく思います。但し、2年前までの9月のバイキングは「秋の味覚の王様:マッタケ」を10キロも購入して、しかも一回だけですが山形県高畠町産のマッタケを高畠町の知り合いに手配して頂いた事もあります。話題性はしっかりありましたし入居者さんも利用者さんも喜んで頂きましたが流石に毎年と言う訳にはいかず、しかもなかなか手に入りにくくなったのを機に「地元の椎茸も最高に美味しい」と言う事で「焼きマッタケ」から「焼き椎茸」に変わったのですが肉厚の椎茸を満足がいくまで食べて頂くのも話題性があって良かったと思っています。どちらにしても入居者さん利用者さんの笑顔を見る事が出来たのは至福の喜びでした。

IMG_0801IMG_0814

昨日が敬老週間の最終で楽しんで頂き、本日はバイキングで楽しんで頂けた。次は秋祭りとハロウィンを職員は企画しているようです。特にお祭りについては地域に神輿を担いで「わっしょいわっしょい」と言う事で地域をも笑顔にする事を画策しています。ハロウィンについては私自身何に変身しようかと今からワクワクしています。この調子でクリスマス会の花魁まで話題騒然で「今日一日楽しかったよ」と言って頂ける様に頑張っていきますのでリピーターの皆さん、杉和会のホームページな見逃さない様に宜しくお願い致します。

効率が良いと願いが叶う

令和5年9月18日

昨夜21時からの「VIVANT(最終回)」は朝4時25分から目一杯のスケジュールでくたくた(と言うよりいつもの事なのですが・・・。)で21時になる前に眠くなりシーパップ(アメリカのバイデン大統領によって有名になった無呼吸の機械のマスク)をして寝てしまいました。そこで、本日は朝の仏間でのお祈りとお墓でのお参りをテキパキとして(決して手抜きはしていません。)6時5分に家に帰り、直ぐにシャワーを浴びお風呂からあがってから直ぐに2階に上がりビデオに録画してあったVIVANTを30分だけ見ました。

予想通り父子の繋がりは強く吊るされていたロープが刀によって切られて(そうでなければ番組が終わってしまう。)どうして許され、父親「ベキ」が組織している「テント」の仕事を手伝いながら裏切り者を炙り出す(見ていない人にとっては「何の話や」・・・。)と言う所まで見てテレビを消して和合に向け準備をして出掛けました。26歳(児童養護施設に勤める前)までの私ならば間違いなく最後まで見ていたことだと思います。(自分で言うのも何ですが「随分成長した。」と自画自賛です。)今は和合から本部施設に移動して本館2階のイベント参加の声がかかる前にコラムを打っています。

このイベントでは南宮神社での皆さんと一緒に柏手を打ち、妙応寺では昨日紹介したお札への祈りを行う為に気合が入っています。14時過ぎに伊藤係長が迎えに来てくれたので本館2階の食堂に行くと入り口がバスの絵になっていたので「気合が入っているな。」と思いながら入って行くと入居者の皆さんは大きなスクリーンに写りだされているJR関ケ原駅が写りだされていて「駅が綺麗になったね」等とまちまちに声を挙げてみえました。

その後関ケ原の商店街が写り、関ケ原古戦場記念館の紹介になり「こんな立派なものが出来ているの」との声も上がりました。そして関ケ原古戦場記念館の中で紹介されている映像を見て(インターネットで手に入れたとの事です。)から、南宮大社に場面が移り、私が正面に立ち「皆さんで2礼2拍手1礼」で皆さんご一緒下さい」と言うと私の柏手に合わせて皆さんやって下さいました。次に妙応寺の場面になったので、昨日私なりに祈祷したお札をテーブルに並べて貰い、蝋燭に火を灯し線香1束に火を点け「火災報知器は作動しないだろうか」等と言いながら線香を整えました。準備が整い私なりに真剣にご祈祷をしました。小さい頃の私では全く考えられない事ですが『なりきる事』が出来る自分に驚いています。

私がお経を唱えている間に伊藤係長が手作りのお守り一つひとつを線香の煙で清めて貰いました。自分で言うのも変ですがロケーションも良かったので粛々と出来ました。無事に『バスツアー』が終了して引き続きの歌謡ショーになり私は加山雄三さんの『君といつまでも』を歌わせて頂いた時の台詞は「みなさんと一緒にますます元気に頑張ります」と言いました。2曲目は山崎ていじさんの『おまえしか愛せない』を熱唱(自分で言うか)して、「ゴーゴーひろし」と多くの方が愛の手を入れて頂き無事に敬老週間の幕は閉じました。

IMG_3159 IMG_3204 IMG_3248 IMG_3232

滋賀信行会の協力による『千巻経』があり、関西落語の笑福亭伯枝師匠による落語会があり、神戸町の薔薇を提供して貰っての『バラ湯』があり本日はまた『バスツアー』がありで、笑顔溢れる1週間となりました。「入居者さんに喜んで頂こうと言う職員の思いの賜物だと思います。こんな職員が沢山いてくれていることに感謝です。リピーターの皆さんもそう思って下さると思います。

伊藤係長からのお願い

昨日私が本部施設事務所にいると、伊藤係長が神妙な顔をして「理事長にお願いがあるのですが。」と言ってきて「本館2階の入居者さんにお守りを作ったので、理事長にお参りをして貰い魂を入れて頂きたいのですが」と言うので作品みると素晴らしい出来栄えで「これぞ思いが籠っている。」と思ったので「明日の朝の外のお参りに行った時に妙応寺の本堂でしっかり祈ってきます。」と答えて家の持って帰りました。

本日の仏間での祈りを終えて、5時20分に家を出て妙応寺の駐車場の幸福地蔵様では軽くお祈りをしてから、

DSC_0455

妙応寺の本堂ではお賽銭箱の上に置き私なりに一生懸命にお祈りをしました。

DSC_0443  DSC_0445

次いで今須稲荷でもお願いをしてから3仏様(観世音菩薩様、毘沙門天様、不動明王様)の前に置きお祈りをしました。

DSC_0446

常在不滅之塔でも同じ様に祈りました。

DSC_0448

そして今は横になっている六地蔵様では立ってみえては絶対に出来ない形でお祈りをしました。

DSC_0449  DSC_0450

次には小坊主様にもお願いしてから

DSC_0451

我が家のお墓でもしっかりお祈りをしました。

DSC_0452  DSC_0453

外でのお参りの帰り道で「2階の入居者さんと一緒にお経をあげて一人一人にお守りを手渡すセレモニーがしたい。」と考えて、和合に行く車の中で、仕掛け人の伊藤係長に指示をしようと思ったら「明日お渡ししたいと考えています。」との返事に少しモチベーションを下げたのですが、よくよく話をすると、勤務の都合で明日が本館2階の敬老週間の最終イベントがあり、その最後に渡す。との事なので改めてモチベーションを上げて明日を迎える事にします。

話題は変わって明後日の「秋の味覚祭」と銘打ってのバイキングで地元で栽培されている椎茸を七輪の炭火で焼く事になっているので昨日お願いに行くとお休みの様で入り口が閉まっているので止む無く撃沈。本日和合から本部施設に行く時にお願いに行きたいのですが、万が一上手くお願い出来ないと当日のバイキングが盛り上がらないので、電話で仮予約をしようとコールをしても全く出て貰えないので「保険の保険」と言う事で椎茸工場の顔役でボランティアに来て頂いている方に電話すると、「頼んでおくけど、量も分からないので午後にでも行ってよ」と言われたので、13時30分に訪れると昨日の様に玄関が閉まっているわけでもなく、車も置いてあったのですが事務所は閉まっているし声を掛けても誰も出てみえないので「ここで引き下がったのでは明後日に支障が出る。」と言う事で再び午前中に電話をした方に連絡をすると「3分で行くから」と言う事で待っていると車に乗って来て下さいました。

DSC_0457  DSC_0458

その後直ぐに事務所の方が戻ってみえたので事務所に行き100g100円の「優」の品物を5キロお願いしました。1個25g~30gと言う事で、見るからに肉厚の椎茸なので明後日のバイキングでは皆さんが喜んで下さると今からワクワクしています。

今週は採血を2度しました。

令和5年9月16日

水曜日には大垣市民病院で、そして本日は関ヶ原診療所での血液検査です。検査する内容が違うので針を何度も刺されるのはあまり気分の良いものでは有りませんが。同じように採血をするにしても本日の採血は大垣市民病院とは違い受付をしたら直ぐに対応していただけたのでストレスが貯まる事は全くなかった為か血圧の数値は全く異常のないものだったです。但し、血液検査の結果にはしばらくかかるので今は内科診察前でガラケーの携帯でコラムを打ちながら待っています。

ここでも沢山の患者が待っているわけでは無いのでゆったりとした気分でコラムを打っている次第です。さて、本部施設での敬老週間は本日が最終日なので新館1階の入居者さんが当施設に入居されて、入居当初は要介護4で精神的バランスも悪くて全てにおいて介護が必要だった方だったのですが、3ヶ月程で生活のリズムが出来てからは自分で出来ることも増え、かつて趣味でされていた事を意欲的にされる様になり、元々は絵の先生に習われていたので、大きな絵を描きたいとの事でしたが流石にそれは叶わなかったのですが、その代わりにと言う事で千切り絵をされる様になり、その作品を多くの方に見ていただく企画を職員が提案して今回の敬老週間に合わせて個展の様に本館2階と新館1階を結んでいる渡り廊下50メートルの所に敬老週間の間、展示する事になっており、デイサービスの利用者さんも入居者さんも日程を分けて見に行って頂き勿論職員も見学をしてそこに置いてあったノートにそれぞれにコメントしてあったのはちぎり絵をされた入居者さんにとっても嬉しいものがあると思いました。

私も一つひとつの作品を見させて頂いているとちぎり絵を作成した本人が来て下さり説明を聞く事が出来ました。本部施設には110名の入居者さんが介護を受けながらの生活をされています。「個別ケア」を念頭に置きながらの提供に心掛けてはいてもなかなか110人おみえになったからと言って110通りのものを構築する事は出来ませんが、出来るだけ入居者さんそれぞれに合わせた計画・実践に心掛けていく事によって、入居者さん一人ひとりの方が「今日一日楽しかったよ」と言って頂ける様に職員一同がやりがいを持った対応が出来る様にしていきたいと考えています。

DSC_0433 DSC_0434 DSC_0435 DSC_0436 DSC_0440 DSC_0441

そういう意味ではこの1週間の敬老週間での展開では職員にとっても「頑張ったからこその有意義」を感じて貰えたのではないかと思っています。リピーターの皆さん頑張っている職員の姿と生き生きとした入居者さんの姿を見に来て頂けると嬉しいです。

 

本日は和合の「そわか」でお話をします。

「そわか」は宗教用語だと聞いていますが開催する側の人間なのに意味をしっかり理解してなくてごめんなさい。ただ、「そわか」と名をつけていわゆる地域の中で「認知症カフェ」を月一回開催しているのです。地元の方でヨガを教えられる方がみえて毎回ヨガをして頂いたり、もちろんお茶やお菓子で会話を楽しんで貰ったり血圧測定等の健康チェック等をして頂くと共に講師を招いて(職員が担う事もあります。)お話をして貰う企画もあり、本日は私が講師役をさせて頂くのです。8月から和合の施設長になったので「そわか」の参加は2回目ですから、先ずは私の人となりを理解して頂く様な話をしたいと考えています。午前中9時30分から岐阜県庁での打ち合わせがあり、その後に弁護士事務所での打ち合わせ、岐阜県老人福祉施設協議会で事務局との打ち合わせと目一杯の予定を午前中に入れているのですが、岐阜県庁へ向かう渋滞が渋滞を避ける道をナビが教えてくれたお陰で早く着いたので話をする内容のイメージを膨らます時間が出来たのでイメージ出来た事を携帯に記憶させ午後からの「そわか」に備えます。結果は16時からの全国介護福祉政治連盟役員会が終了してから書く事にします。(只今17時40分ですがコラムを再開します。)岐阜県老施協事務局との打ち合わせに時間がかかり、(12時40分まで)「腹が減っては戦も出来ん」と言う事で和合に行く前にコンビニに寄って、おにぎり2個とパン1個を購入して和合の自販機でお茶を買い(110円で麦茶が買えるので)13時5分に和合に着くと「まだ、お客様は来てみえない。」と言う事で、携帯に記憶させておいたレジメの内容をパソコンで打ちながら昼食のおにぎりとパンをお茶で流し込む様にして食べていて、お客様が揃ったとの報告を受けて開会のご挨拶をさせて頂き、私の挨拶の後はヨガの時間になったので、一旦事務所に戻りレジメに基づいての内容の構想を走り書きで作っていると「出番です。」との事で会場に行き最初の挨拶代わりに「30分のお時間を頂いてタイムオーバーになるとタイムキーパーからブーブーとの合図があるとの事ですので30分で終了しますがレジメに書いてある6項目と内、下手をすると1項目しか話が出来ないかも知れませんがお許し頂きまたの機会を頂ければと考えています。」と言う事で小さい頃の虚弱児であった頃の母親の心情について話をさせて頂きました。久しぶりにリアルでの講演なので感情が入り予想通り3項目も話が出来なかったのですが、終了後高校の校長先生だったと言う方から「理事長さんは話が上手い」と褒めて頂いたので「また、この様な機会を作って下さい。」と返させて頂きました。その後お茶タイムになり(お好きな飲み物と宇治金時のカキ氷も)お客さんの所を回らせて頂き、2回目にしてお客さんとの距離がグッと近くなった様に思います。地域の方々との交流の機会を大垣でも多く持たなければと改めて思った次第です。

1 97 98 99 100 101 102 103 104 105 328