外国人材について

令和5年12月14日

当法人の本部施設では平成19年度のEPAによるインドネシア人介護福祉士候補生(男女各2人)の受け入れから特定技能によるベトナム人、ネパール人、最近ではバングラディシュ人の契約もして、年が明けると技能実習生としてインドからもやってきます。色んな国から来てもらう理由はそれぞれの国の特性を生かしてケアをして貰いたいとの考えからです。

今は岐阜県老施協の会員施設の会合で外国人材の話をしたり、研修を組んでも当然の様に対応して貰えますが、私が岐阜県老施協の会長になった11年前に「外国人材の連携」の話をしても時期早々と言われたものですが、今、会員施設からその様に言われる事は有りません。それどころか、先月実施された全国老施協全国大会岐阜大会では、外国人材のブースまで作らせて頂きました。

本部施設で最初に導入した時にはインドネシアからだったので「イスラム教の祈りについてはどの様に対応したら良いのか」とか「礼拝堂を造るべきか」等との心配の声がありましたが、その様な心配は杞憂の様に過ぎ、今では、お互いにスキルアップ出来る様な配慮をしています。「10年ひと昔」とは上手い表現だと思いますが今の進展の仕方はかなり早いのでその進展に遅れないように頑張っていきたいと考えています。

 

本部施設でフロア責任者会議が行われました

令和5年12月13日

10時の定刻に始まりました。会議時間を短くする為に、それぞれの立場で資料を作成して、事前に提出して貰っています。提案書の内容については、今では充実したものになってきたとしみじみ思っています。参加しているメンバーは各フロアのナンバー2で、入居者利用者の事もしっかり把握していないと、他の参加者から指摘を受ける事になるので、お互いに切磋琢磨出来ていると思います。参加者はナンバー2とは言え、実務経験10年以上のメンバーが揃っていて頼もしい限りですが、貪欲な職員ばかりなので、入居者の方がより良い生活をする中で「今日一日楽しかったよ」と言って貰う為に多岐に渡る話題が出ますので、11時30分までの1時間30分がとても充実したものになっていまが、会議参加者は昼食準備の為に各フロアに急いでいきました。

私は本日13時30分から本館1階、本館2階でのお参りがあるので、書類の整理をしてから昼食を頂き、間隙を縫ってコラムを打っていると1階の職員が呼びに来てくれたのでお参りに行き、入居者さんの前で「今年最後のお参りですので大きな声でお参りしましょう。」と言って始めました。正信偈と般若心経を唱えさせて頂いた後、「もういくつ寝るとお正月」と歌ったあとで指で数えて「今日を入れて19日しかありませんが、26日には一日遅れのクリスマスで、プロの演歌歌手の山崎ていじがきてくれますし、29日には餅つきもありますので楽しみにしていて下さい。」と挨拶をしていると入居者さんの一人の方が「あの人お腹が大きいけどいつ赤ちゃんが生まれるの」と言われたので私はお腹を擦りながら「30年お腹の中で育てているのですが出てきません。」と答えながら、その入居者さんに近づいて「この立派なお腹を擦ると幸せになりますよ。」と言うと大真面目に手でお腹を擦って下さいました。

その後、山崎ていじの「昭和男唄」を歌ってから2階に上がり、引き続きお経を唱えさせて頂いたのですがリピーターの皆さん、今日のコラムは「ここまで」と言う事でご理解下さい。

 

雪の話の色々をします。

私の記憶には無いのですが(多分2歳の頃)、アメリカ軍が駐留していた頃に大雪が降り、その頃の国道は道幅が狭く積雪の中で対向出来ない状況があり我が家の前で停まったままの車が3日は動かなくて、その中の1台が駐留軍の車であり、私の父がアメリカ軍の方を家に招き入れ、寝食を提供したそうで、道路の車が動く様になって世話になったお礼にと置いて行かれた滅茶苦茶大きな毛布が家の押し入れにあるのを見ては父からその当時の話を聞いたものです。

現在、3日も車が停まっていたら大きな社会問題になるのでしょうが、その頃は「我慢するしかないな」と言う事だったのでしょうか。

高校時代の話をします。その時も国道21号線は車が動かなくて、関ケ原駅まで歩くしかなくて同級生と一緒に車の間を縫って歩いて行くと改札口の所に「高校は休校です。」との掲示があり、今度は家に向かって歩く事になりました。50年以上前の事ですから当然の事ながら携帯電話なるものはありませんから「ラインで連絡」等と言う事はないので「仕方がないな」と言う事だったと思います。

大学時代にも大雪が降り、雪の重みで家が「ミシミシ」言い出した時に父進が「明日は朝から大屋根に上って雪下ろしをせなあかんな」と言われ翌朝は青空の中梯子を使って大屋根まで上がりました。我が家の西側は川があり、川の方を見ると「ゾッ」とする様な高さに緊張したのを今でも覚えています。その後も何度か大屋根まで上がり雪下ろしをしました。私が父親になり中学生になった子どもと一緒に雪下ろしをした時には2階の屋根から雪の中にダイブしたのも思い出深いです。

最近はそこまでの雪は降らなくなりましたが、本日入職したネパールの男子に「雪は降るのか」と聞くと「知りません」との事だったので「温かくして頑張ってね」と話をしました。リピーターの皆さん、雪は楽しみでもありますがほどほどにして欲しいです。私は先週車のタイヤをスタッドレスタイヤにしたので大丈夫と思っていますがお互いに気をつけましょう。

ビックリです。

遅い夕食を食べて、少しのんびりとテレビを見ていて、何となく時間を確認すると21時15分。「そろそろお風呂に入ろうか。」と思った瞬間に大切な事を思い出しました。それは、毎日続けているコラムの原稿が全く書けていないと言う事です。タイトルだけでも書いてあるとその時のイメージが遡り進度良く書けるのですが、タイトルも何も書いて無いのです。本日は17時30分からリモートによる面接があると言う事で少し家でゆっくりしていて、一本の電話が入り、「上手く対応しないとトラブルになる。」と考えて、トラブルにならないように電話で指示すると共に急いでスーツに着替えて(岐阜県老人福祉協議会の常任理事会があるため)和(なごみ)に向かいました。連絡を頂いて素早く対応して尚且つ謝りに出掛けたので、トラブルになる事なく事が収拾出来て、ボランティアに来て頂いた「歌謡集団てるてる座の皆さんと昼食を頂いて、ボランティアのお礼を言ってから岐阜県福祉会館に向かい、事務局との打ち合わせ後に岐阜県老人福祉協議会の常任理事会に挑み先般開催された全国大会のお礼を言った後、会議に入りました。15時に終了後、事務局長との打ち合わせを再び行い、終了後は全国大会でお世話になった法人理事長の所にお礼に行き、急ぎ本部施設に帰ると余暇の責任者が私の帰りを待っていて、クリスマス会及び餅つきの打ち合わせをしてクリスマス会の協賛団体への依頼文をパソコンで打ち終えるとリモートでの面接が始まると言う事でリモートの準備が出来ている会議室に移動して、私を待っていたように面接が行われました。面接は19時前に終わり、デイサービスの責任者である北島部長と会議室で真剣に話をしていて、気が付けば20時を回っていて、その後事務所に戻り再び余暇の責任者との打ち合わせ後に家に帰った次第です。体調も戻りつつあり、自分自身のアクセルを深く踏んでも良いのかもとは思いますが、合間の時間を設けて少しでもコラムの原稿を書かなければいけないなと考えています。

奥さまにとって至福の日々

令和5年12月10日

約半年に渡って家から脱走した我が家の猫「おもち」が最近開店したお好み焼き屋さんで餌を貰っていて、家にいた時よりも丸々となったのをお店のホームページに掲載され、それを見た方から奥さまに連絡を貰い無事に我が家に帰ってきて、「おもち」の家で後に飼いだした「まる」と我が家では2匹の猫になりどちらが先住なのかはわかりませんがとにかく2匹の猫が我が家にいます。

夕食には少し早いので2階に行くと2匹の猫のうち「おもち」は私の顔を見ると部屋の中に逃げる様に行った(私が家出前に余程怖い思いをさせた為だと奥さまに責められています。)ので部屋のなかでチュールをあげて仲良くなろうとしたのですがチュールを入れ物から出していると、もう1匹の「まる」が行儀悪く私の膝に乗ってきて爪がズボンに突き刺さるので先に「まる」からチュールをやることにしたら、当然ながら「おもち」が欲しそうな仕草をするので、「まる」に急いで食べさせて「おもち」にチュールわをあげようとしたら、またまた逃げていくのです。

つまり、「おもち」とのコミュニケーションが取れなくてがっかりです。私がお酒を飲んで気分良く追い掛け回したのが余程トラウマになっているのだと思うと正直なところ「まる」より「おもち」の方が可愛いと思っているのに伝わらない苛立ちを覚えているのですが、リピーターの皆さん何か良い方法は有りませんか。

今年も残り22日間です。

令和5年12月9日

全国大会岐阜大会が無事に終わって早や9日。あまりに大きな事業を岐阜らしく行いホッとしたら本日は12月9日。「おいおい月ごとのカレンダーは残り1枚で日めくりカレンダーでもあと22枚しかないんかい。」とつくづく思っています。

残り22日の中でも本部施設行事だけでも11日には歌謡集団「てるてる座」が、16日には「ジョイント・カラオケ」、26日には4年振りとなる「山崎ていじ・クリスマスコンサート」29日には「お餅つき」と『今日一日楽しかったよ』のイベントが目白押し。職員は入居者さん、利用者さんの笑顔を引き出して明日への活力を引き出す為に一生懸命に汗をかいてくれている。「ありがたい」の言葉しか出てこない。私自身は「山崎ていじ・クリスマスコンサート」とお餅つきは3施設ともに顔を出し、全国大会岐阜大会のお礼廻り。

職員確保の為に断続的な打ち合わせの対応をして、今年度のICT・ロボットの補助金を頂いての打ち合わせも行い、そんな中ではありますが11日には岐阜県老人福祉施設協議会の常任理事会、18日は公益社団法人全国老人福祉施設協議会の総会が東京都市センターホテルで開催されますので参加させて貰う予定です。

これでは30日の和合でのお餅つきまで全く余裕はありませんが31日の除夜の鐘くらいは我が家でゆっくりと聞けたら良いなと考えている次第です。余裕が無いと良い仕事も出来ないと言われていますので、上手に休憩時間を見つけて睡眠をしっかりと取り、新しい年を迎えたいと思っています。リピーターの皆さん、こんな私ですが今後共よろしくお願いいたします。

処遇改善加算の盲点

令和5年12月8日

特別養護老人ホームで仕事をしている職員の職種は法人の考え方によっては若干の違いは有りますが、基本的には「施設長」「事務長・事務職員」「介護福祉士・介護職員」「看護師・看護職員」「管理栄養士・栄養士」「理学療法士」「作業療法士」「ケアマネージャー」等々が多職種で連携を組みながら個別ケアを行う事によって当法人においては「今日一日楽しかったよ」の提供に勤めています。その様な中で介護報酬の基本単価(単価は要介護度によって違いが有ります。)の他に色んな加算があります。加算は加算の条件を満たした時に頂けるものなのですが、「処遇改善」の中には「介護職」に対してのみ給与に付加出来るものが有ります。しかしながら介護職員のみに付加されたものを給付すると他の職種には出すことが出来ません。同じ様に頑張っている職員に対して不公平感が生じてしまいます。そこで法人の財源を投入して不公平感が無いようにしていますが、法人の対応にも限界があるので時期介護報酬改正が行われる来年4月の改正では基本単価の大幅アップをして頂かなければ特別養護老人ホームの経営がますます厳しい状況になると思いますし、給料が少ないからと言って他の業界に行かれてしまったらより良い介護が難しくなってしまいます。制度があっても経営が出来ない事業所が増えてきたら大変な事になります。リピーターの皆さんも今の現状をご理解して頂けると有り難いです。

西濃支部栄養士部会に参加してきました。

令和5年12月7日

今年度は栄養士部会の部会長と言う事で、海津市まで行って来ました。

栄養士さんの部会でしたが、講師の先生は朝日大学の摂食嚥下リハビリテーション学分野の谷口教授でしたので、講演については楽しみにしていました。13時30分からのスタートだったので早い昼食を頂いて、12時過ぎに本部施設を出たのですが、殆んど信号が無い道だったので13時過ぎに会場に着くと、既に谷口教授は研修担当責任者の方と打ち合わせをされていたので、久し振りの対面だと言う意味も込めてご挨拶をしました。谷口教授とは2018年に朝日大学に赴任されて依頼、何度かアンケートの協力等の打ち合わせでお会いしており、その時の印象は「随分現場主義で行動力のある方だ。」と思っていたのですが、講演内容も自分の考え方に基づいた内容で沢山頷く場面があり、凄く分かりやすい内容でした。

講演を終えてからの参加者(管理栄養士、栄養士)からの質問にも、誠意を持って答えられていたのも素晴らしかったです。また、谷口教授自らの鼻にカメラを挿入してスクリーンに画面を写しての説明には「ここまでして下さるとは。」と正直驚きました。質問も終了して10分の休憩時間のタイミングで帰られようとされたので、改めて谷口教授の所に行き、今後は介護職員にも広くご教授して頂きたいと正直な気持ちを伝えました。

10分の休憩が終わりグループ討議がされて、最後に私が部会長として総括としての挨拶をしました。その中で11月29日、30日に開催された全国大会のお礼を述べた後「本日学んだ嚥下リハビリテーションについて、各施設に戻って介護職員の方にしっかりと伝えてより良い施設になる1つの手立てとして下さい。」と話をして参会となりました。余談ですが、一番最初に会場を出たのですが、自分の車に戻る時に本来の出口を通りすぎてしまい、気が付いた時に戻れば良いものを意地の様に進んでしまい、結果的に殆んど建物を一周してしまい、私より後に会場を出られた参加者の方の多くに先に駐車場を出られる結果となりました。リピーターの皆さん。私はこんなに猪突猛進でしたかね。

午前中は3施設の幹部会があり引き続き給与の改正等について検討しました

午前中は3施設の幹部を前にして理事長である私から法人認可して本部施設本館の事業を開始して1年後に危機的な状況になり、必死な思いと当時の職員の頑張りにより再生してから和合の施設と和(なごみ)の施設と順調に運営してきたが、現在は再び危機的な状況にあるが幹部のみんなが協力して職員の頑張りを促し頑張っていきたい。との話をすると共に厳しい状況をつぶさに見てきた水野施設長からも話を聞いた後会議に入りました。会議がいきなり厳しい状況の話からだったからか、いつも以上に建設的な話し合いがされました。昼食を挟み、北村社労士に加わって貰いボーナス査定の検討をしました。先ずは各施設でそれぞれに幹部職員が評価してくれたものを見ながら最終評価をすることにしました。幹部の評価で適切にされたものをベースにして、特に秀でた職員の評価を上げたり頑張って資格を取得した職員の評価を配慮したり、期待した程には出来なかった職員に対して適切な評価をしたりしました。その流れの中で施設の職員の活性化の為に昇格すべき職員の検討をしたり、モチベーションを上げる為に役職手当ての倍増についても検討しました。3施設の幹部が集まっての会議はかなり前から開催してきましたが本日の会議は一番充実した会議になったと理事長である私としては思っています。これもひとえに幹部職員が今の状況を早く脱していきたいとそれぞれに思っているからだと思うと理事長としては嬉しく思っています。200人近くになった職員の舵取りを幹部職員の意見を積極的に取り入れて頑張っていき、入居者さん利用者さんと共に職員もそして地域の方々にも笑顔が絶えない組織集団にしていきたいと思いますのでリピーターの皆さんのますますのご支援を宜しくお願い致します。

今は天気予報に興味がありません。

令和5年12月5日

全国大会の前夜祭で鵜匠の宿の杉山旅館で窓越しに岐阜城の上に殆んど満月の大きなお月様を参加していただいた方に見ていただきたいと思って1週間程前からテレビのチャンネルを代えて一喜一憂していたのです。前夜祭の前である27日の夜の天気予報で18時には晴れると言う情報をみて一人でほくそ笑んでいたのです。そして役員の方に迎えに来て下さったバスに乗って会場に移動している時にはどんよりしていたのですが、私は昨夜の天気予報にすがり付き 「必ずお月様が見られる」と思っていて、18時に交流会が始まった時のご挨拶で「窓越しに見える岐阜城の上に上がる真ん丸なお月様も楽しんで下さい。」と言ったのですが結局、お月様は見ることが出来ませんでした。もっともライトアップした岐阜城はしっかりと見ていただきましたが。今考えてみるにあれほど気にしていた天気予報に全く興味が無いのです。改めて自分勝手な話だと思っています。いやいや、それほど私の思いが強かったと言う事でリピーターの皆さんご理解下さい。

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