2026年06月の記事一覧

米原市及び長浜市に営業をかけています

令和8年6月30日

令和8年度からデイサービス『えりかの里』が地域密着型デイサービスに事業変更をしました。と言うのは近年米原市において地域密着型デイサービスが多く出来た事によって米原市の利用者さんが大きく落ち込んだ事により広いエリアでのメリットよりもコストによるデメリットが大きくなってきた事による負担が増えてきた事によります。

デイサービスのエリアが狭くなったことによってデイサービスの公用車が米原市方面にいくことが極端に減った事によってショートステイ及び入居したい方が「岐阜県の施設は使えない」との誤解を招く事が無い様にとの思いで特別養護老人ホーム『優・悠・邑』に特化したチラシを作成して新聞折込で米原市及び長浜市に届けた結果多くの打診がありました。

その結果を踏まえて本日午前は吉田副施設長に長浜市にある事業所及び病院の相談室にチラシと施設のパンフレットをお持ちして「ショートステイ及び入居については積極的にお受けするし、今後身寄りのない高齢者が増えてくる中で事業所や社協や行政との連携を取ってお受けできる体制を今まで以上に充実させていきたい。」と言う事を理事長として熱く語ってきました。

午後からは伊藤課長の運転で米原市の事業所や社協に行き、午前同様営業を頑張りたいと思っています。昼休憩に本部施設に帰ってきた時に午前にご挨拶をさせて頂いたところから早速の依頼があったと報告を受けて改めてアクションを起こす事の大切さを感じています。

午後の米原市の事業所においても温かい言葉を沢山頂いたので、これからの対応に生かしていきたいと思っています。明日は名古屋市に盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の措置依頼の陳情に行きますし、3日には岐阜県議会で措置控えが市町村の方で起きていないかの質問をして頂く事になっています。今までの地道な活動の集大成が少しずつ芽を出してきている予感がしています。

有言実行と祈りについて

肩が痛いと言うより『ムズムズ感』あり、夜眠る時に右向いて寝た方が良いのか、左を向いて寝た方が良いのかとゴロゴロしているうちに眠ってしまうのですが正直体調は万全ではありません。

熱を出して退院してからもバタバタとした毎日でなかなか朝のお参りにも行けない状況で、最近は「何となく足がもたつくな」と感じていたので、昨夜になり「明日から朝のお参りを再開しよう」と言う事で、以前の様に5時25分にスマホのアラームをセットして寝たのですが、アラームが鳴ると同時に跳ね起きて、洗面を済ませて我が家の水道水のペットボトル9本(これ以上はリュックサックに入りません)を背負い金剛杖をついて家を出ると、真っ青な空で『お参り日和』と言う事で気持ち良く歩き、幸福地蔵様の所まで行くと、真新しい前掛けと竹笠を被られた幸福地蔵様が一段と輝いて見えたので、久しぶりに抱きつきながら一生懸命に肩を中心にさすらせて貰いました。

幸福地蔵様でのお参りと祈りの後は軽やかに歩く事が出来ました。

妙応寺の本堂では久しぶりのお参りと言う事でお賽銭の他に護摩木代200円を賽銭箱に入れて護摩木に『心願成就』と表に書いて、裏には『完全復活に感謝』と書かせて頂きました。

昨日『お参りの復活』と思った事は文字通り『有言実行』出来ましたし、幸福地蔵様、妙応寺本堂、今須稲荷と薬師如来様、三仏様(観世音菩薩様、毘沙門天様、不動明王様)、性根を抜いたお墓の中心にある地蔵菩薩様、六地蔵様と我が家を中心にしたお墓でしっかりと『祈り』をさせて頂きました。

有言実行をする様になって『火中の栗を拾う』様な事も沢山ありましたが、そんな時には『祈り』の中で助けて頂く事も沢山ありましたので、このスタンスでこれからも一生懸命に頑張って行きたいと思っていますので、これからもこのコラムを通じて私の展開を見守って貰えたら嬉しいです。

肩が痛いと言うよりムズムズと違和感があります

令和8年6月28日

右肩だけなので右下にして寝る事が多いせいかと最初の内は思っていたので「出来るだけ右下にしないで寝よう」と努力したのですが気がつくと右下になっていて・・・、だからと言って仰向きには寝られないし・・・(お腹が突き出ているからだと思っています。)整形外科に受診してレントゲン写真やCTで画像を撮って貰っても骨に異常は無いので痛め止めの塗薬を処方して貰うしか無くて(シップを貼ると赤くなってかぶれてしまうデリケートな肌なので)梅雨のジメジメとした環境が悪さをしているのならカラッとした夏を待つしかないのですが・・・。

「『73歳』と歳のせいにはしたくない」と思っています。右肩がムズムズしているのをカバーしようと無意識にしているのか足ももたつくので熱を出して朝のお参りをしていなかったのを明日から再開して前掛けと竹笠を新しくして頂いた幸福地蔵様に抱きつきお参りも再開したいと思っています。38歳までの私は他力本願の生活だったのですが38歳に児童養護施設の指導員を退職して自分の生き方の退路を断ってからは『自力本願』『有言実行』の生き方に徹してきたので明日からは雨が降ろうが風が吹こうが頑張ります。

38歳からの頑固な生き方が今の私を形成してくれたと思っているので頑張ります。但し、昨日のコラムで書いた様に『休養』も大切だと言う事を念頭において頑張りたいと思っています。でもね、休養を取る時の過ごし方に問題があるのです。と言うのは「私の趣味は『仕事』」と言っている私ですから「ゆっくりする」と言う過ごし方が分からないのです・・・。リラックスをする方法をリピーターの皆さんから教えて頂けるとありがたいのですが。

ゆっくりするのも仕事の一貫だと言われて

高熱を出して5日間とは言え入院して、退院をした翌日から仕事に穴を空ける事無く頑張っているのはいつものパターンなのですが、色んな方から無理をされないようにとアドバイスを受けていたのに結果的に十日間休み無く仕事をしていたのですが、

本日は次男の誕生会と言う事で次男夫婦と孫2人を交えての昼食会をしました。事前にメニューもお願いしておいたので1歳7ヶ月の孫がお腹が空いたと大泣きする事も無くゆっくり食事を楽しみながら3歳の孫が隣にいて最高のじいじが出来ました。尚且つ次男の誕生会と言う事で私と次男は最初に生ビールで乾杯して、後は八海山を冷酒でしっかり頂きました。おひるのお酒で本日は完全OFFにしてあったので家に帰って爆睡しました。気が付けば今は17時30分と言う事で3時間も寝ました。

退院してから十日間の何と無く疲れが取れないと言うのがシャキッとしたように思うので、皆さんからの指摘はこう言う事だったのかとしみじみ思っています。これて明日からはバリバリ頑張れます。当たり前に取らなければいけない休みについて今更気がついている私は変な人間だと言う事にも今更気が付いた次第です。これからは上手に休養を取りながらより効率良く頑張りますのでこれからもよろしくお願いします。

変わらない私の思い

当法人の『優・悠・邑』(すべてにやさしく いつまでもゆとりある やすらぎのばしょでありたい)と共に、『今日一日楽しかったよ』の二つの考え方は法人認可当初から不動のものであり、何事も実践していくのに大切にしている言葉です。その事を具体的に進めていく中で、特に念頭に置いているのが『地域に根差した展開』です。

本日も17時から大垣市社協の依頼を受けて、優・悠・邑 和合に位置する小野(この)小学校6年生の福祉体験の打ち合わせに行く事になっています。小野小学校は、大垣市で一番人数が多くて35人の4クラスですので、2日間に渡っての実施になると聞いていますが、現在小学校6年生の児童が10年後には大学を卒業していると言う事で、この機会に『福祉の魅力』『介護の魅力』を理解して貰い、一人でも二人でも福祉の道に進んで貰えたらとの思いを持っています。大垣市社協さんから話を頂いた時に私は「1事業所で受けるのではなくて、法人全体で取り組む事が大切だ」と思い、私は思わず「法人全体での取り組みにさせて下さい。」と言って、先般行われた本部施設での3施設幹部会で、理事長提案として話をさせて貰いました。

当法人は岐阜県に無かった盲養護老人ホームの事業があり、視覚障がい者に対する対応のノウハウはどこよりも持っています。また、介護技術の中で、ノーリフトでの対応として北欧式トランスファーの導入も先駆けて実践していることを強みにしての展開をしている事を、今回の対応の中で理解して貰えたら「介護は大変で重労働だ」と言う考え方を、少しでも払拭して貰えればと思っています。今回の企画では車椅子の製造会社にも協力を願い、今までの企画では出来なかった事で興味を持って貰えるようになればと思っています。大垣市社協、小野小学校、6年生の児童、車椅子製造会社と当法人の職員でしっかり取り組める様に、17時からの打ち合わせもしっかりとしていきたいと思います。

地道な活動の結果が形となってきている予感がしています。

令和8年6月25日

社会福祉法人杉和会が産声を上げたのは1997年7月17日に当時の岐阜県知事から正式に社会福祉法人の認可を頂いてからです。実は順調にいけば、その1年前に認可を頂ける運びになっていたのですが大垣市の計画が岐阜県に上がってくる時期が遅くて順調に行くはずだった認可が白紙に戻った時に、私自身では何とも出来ない状況の中で当時大垣商工会議所の会頭をされていた河合達雄氏にお孫さんの家庭教師をしていた繋がりで相談させて頂き、猫田県会議員に引き合わせて頂いて岐阜県との協議が復活して1998年5月18日から事業開始して今があります。

その時の経験から大きな事業を展開してしっかりとした経営をしていく為には『政治力』を持たなければと理解しました。それ以降猫田先生の指示を仰ぎながら選挙のお手伝いをさせて頂いたり、逆に老施協の為の陳情に行ったりしてきました。

そんな中で22日に全国老施協の代議員総会の翌日に国会議員会館での面談を衆参両院議員8人にさせて貰ったりする展開の中で7月の岐阜県議会で一般質問で養護老人ホームの措置控えや措置費の単価についての質問と盲養護老人ホーム優が岐阜県で出来たにも関わらず県内の市町村からの措置があまりに少ない事についての質問をして頂けるのも、地道な活動をしてきた結果だと思っています。

『千里の道も一歩より』の諺の如く今の私があるのも施設においては『花魁』が象徴的ではありますが『今日一日楽しかったよ』を積み重ねてきた事により入居者さんの目力は確実に強くなってきていますし、施設に対する理解もしっかりしたものになってきたと思っています。これからもこのスタンスで頑張っていきますのでこれからも宜しくお願いします。

昨日は『たかだか4時間」の対応でしたが正直疲れています。

昨日のコラムで岐阜県の衆参両院の国会議員さんとはそれぞれの議員会館で(衆議院2棟・参議院1棟)お会いした後、片山財務大臣に財務省内の大臣室でお会いしたことを書きました。その時の報告通り9時から13時までの僅か4時間の対応だったのですが本日は正直バテテいます。

今朝もいつもの様に7時に朝食を食べたのですが、その後に正直「疲れているな」と感じたので10時30分からの和合でのお参りをキャンセルして家でゆっくりさせて頂く事にしていたのですか、何回かの連絡が入り、究極は「どうしても本日中に時間が欲しい」との連絡が入ったので、朝の段階では「昼食を家で食べてから和合に向かおう」と考えていたのですが、結局11時には家を出て、和合に向かう途中のコンビニで昼食のお握りとパンを買いました。

お客さんの対応を終えてから昼食を摂り、本来であれば13時30分からカラオケを予定していたのですが、私が熱を出して出来ていなかった幹部会を30分程度で実施する積りは課題が山済みだったので1時間しっかりかかってしまい、15時30分に予約していたかかりつけ医の受診を16時30分に変更して貰い結果的には16時40分に診て貰い、若干救いだったのは床屋さん(今は理髪店と言うらしい)に閉店間際に入れたので頭はサッパリしましたし、明日の予定が若干余裕を持つ事が出来ました。

但しコラムが書けていないので本部施設に行き今(18時5分)書いています。僅か4時間ではありましたが緊張ずくめの4時間だったし、それぞれの議員の先生もしくは秘書の方に介護事業の実情と措置施設の現状を一生懸命に話をさせて貰い、極めつけは片山財務大臣にお会いして昼食もご一緒に頂き(かつ丼)色んなお話をさせて頂いた時は緊張からか疲れを感じなかったのですが、本日は疲れが出ていたのですが午前中に休養をさせて頂いたので明日からはしっかりとした対応をしたいと考えています。

9時から13時まで頑張りました。

令和8年6月23日

代議員総会を終えて昨夜は東海北陸ブロックの代議員の方との懇親会を東海北陸ブロック会長として実施させてもらって1次会 及び 二次会を終えたのが22時前でスーツを脱いで そのままベッドで爆睡して 朝6時前に目が覚め ゆっくりとお風呂に浸かり8時から 片付けをして全国 老施協事務局がある 平河町の塩崎ビルに行き本日国会議員会館で岐阜県の衆議院 参議院の先生8人と 片山 財務大臣に挨拶及び 陳情の打ち合わせをして随行に2人の職員がついてきてくれるということで少し肩の荷が降りたような気分になりました。 9時10分になり まずは 参議院会館に行き 受付を随行の職員が来てくれたので一人ではなくて非常に安心できました。参議院会館では 渡辺先生のところに最初に行きましたが 残念ながら先生は見えなかったのですが 秘書の方に陳情 すべきことをしっかり話をさせていただきました。 同じ会館の中に若井参議院議員の部屋があり 、ちょうど委員会に出られるとこだったのですが5分でいいから話をさせてくださいと言ってしっかりと持参した書類を元に話をさせていただき 話が終わると若井先生が先生が急いで委員会の方に行かれるのを逆に見送らせていただきました。

その後 衆議院会館に移り野田聖子先生の 部屋に入ろうとすると 次にお会いすることになっていた 斎藤りえ先生が廊下を歩いて見えたので先に面談をさせていただきました。 斉藤先生は 聴覚障害があり話をさせていただいたことを機械を通してスマホで読み取るという形での陳情でしたが 斎藤先生は一生懸命にいろんなことにについて話を聞いてくださりとてもありがたいと思った次第です。その後 古屋先生のところと武藤先生、加藤先生のところに行かせてもらったのですが 先生はご不在だったので秘書の方にそれぞれ 資料をお渡しして理解をしていただきました。

不思議なことですが 参議院会館で ご不在だった 渡辺議員が衆議院会館の廊下を歩いて見えたので先ほど部屋にご挨拶に行ったことを話しさせてもらい写真も撮らせていただきました。

衆議院会館を出るために買いまで来ると古屋先生が歩いて見えたので走って近づき先生に治療をお渡しして秘書の方にもお話しさせていただいたことを話しすることができたので 渡辺先生といい 古屋先生といい偶然にもお会いできたことはすごい幸運だったと思っています。岐阜県の議員の先生とは秘書の方も含め 皆さんとご挨拶ができ 11時30分になっていたので 財務省の方にタクシーで向かいました。

少し予定の時間よりは早かったのですが 受付に行くと話が連絡されていたので スムーズに受付ができます 財務大臣の控室に通していただき 待っている間にも秘書の方と名刺交換をしたりしていて、予定の時間の12時15分よりも10分も早く 片山 財務大臣とお会いすることができました。 片山 財務大臣がいきなり食事はまだでしょう 一緒に食べましょうと言われ 食事もしっかりと いただくことができましたが、もちろん 片山 財務大臣とはしっかりとお話ができました。 もっとも 財務大臣の方からいろんなことをお話しいただきテレビ等の報道でテレビ時と同じように気をよく話をしていただいたのは私にとっては心地よく響きました。

 

先生からの依頼については 今後 いろんな方と相談させてもらいながら 私ができることを精一杯やりたいと思った次第です 。面談時間は15分ということでしたが 9時 もいただいたので しっかり 50分 時間を取っていただけたのが本当にラッキーだったと思っています。 政治家 さんもいろんな配慮ができなければいけないことを改めて理解することができました。 財務省を出て タクシーで再び 塩崎ビルに戻り 事務局長に今日の成果を報告して塩崎ビルを出てタクシーにて 東京駅に行き、13時33分発のひかりで 今は 岐阜羽島に向かっています。

ほぼ4時間の対応でしたが とても充実した そして今後役に立つ仕事ができたと思っています。私自身 財務省の中に入らせていただき なおかつ 財務大臣の控室及び財務大臣の部屋で片山 財務大臣と面談できたことは私にとっても大きな出来事でした。 ということで 正直疲れましたが とても良い 疲れ だと 思っています。このような展開ができたのは自分自身が積み重ねてきた結果だと思っています。 ということで 今後も自分ができることを精一杯頑張っていきたいと考えています。

久しぶりの東京出張です。

令和8年6月22日

2週間前に過労とはっきりわかる形で高熱を出して3日間は家で病院で頂いた薬と解熱剤で様子をみていたのですが一向に熱が下がらないので肺炎になっているといけないと言う事でかかりつけ医に連絡するとしっかり検査して貰った方が良いですよと言われ紹介状を書いて頂き病院に行くとレントゲンとCTと血液検査を緊急でして貰うと肺に少し水がありそれよりも炎症反応の数値が異常に高いので持続点滴をする為に入院を進められ、そのまま入院をさせて頂いたのですが治りかけた段階で入院したのかはわかりませんが5日間の入院で退院が出来退院の翌日から仕事をさせて貰い昨日の花魁にも穴を空けずに頑張りました。

本日は11時から全国介護政治連盟の総会があり13時30分から全国老施協の代議員総会があり総会後に私が音頭をとっての東海北陸ブロックの代議員との懇親会を企画して東京で泊まらせて貰い明日は岐阜県から選出されていり国会議員の方々プラス片山財務大臣に挨拶と共に今の高齢者福祉の現状を資料を持って行き熱く語ってきます。福祉の世界も政治抜きには対応出来ない事が山積していますので本日と共に明日も頑張りたいと考えています。

成果については明日のコラムで書きたいと考えています。

バタバタではありますが花魁道中まで舞い上がります

午前9時30分から認知症の方の相談を本部施で受けて10時30分に相談を終えてから本日13時30分からの和合の施設での『聖一座&花魁道中』に頭の中を整理して和合の施設に花魁道中に合わせてのドレスやカツラの確認をすると「3組は必要です」との返事が来たので、本部施設職員の協力を得て私の車にダンボール3箱を積み込み和合に向け運転している時も花魁道中でのイメージを繰り返し考えていてワクワクです。

「病み上がりなのであまり無理をしてはいけない」と頭ではわかっていますが、蓋を開けての展開は私の事ですから皆目分かりません。

これから(11時44分)聖はじめさんとの打ち合わせをしてギアをもう一段上げたいと思っています。

舞台が終わってからゆっくりと報告したいと思っています。

13時30分開始なので、私が『花魁モドキ』になる準備は12時30分からと言う事なので急いで昼食を食べて心の準備に入ります。

控室に行くと舞台裏はバタバタされていましたが、花魁の衣装の準備済ませた方に帯を結ぶ前までの着付けと化粧を施して貰いました。

13時30分定刻に聖一座のショーが始まり、控室で待っていて丁度半分経った段階で聖はじめさんにかつらをつけて貰い思わず「重い。下も向けん」と思いながら帯もしっかり結んで貰った段階で鏡を見ると自分で言うので間違いありませんが「少なくても美川憲一よりは綺麗だ」と自画自賛です。

いよいよ花魁道中の出番になり男女二人づつのドレスを着た職員も引き連れて皆さんの前に登場して正面に行きマイクを渡されたので思わず「私、綺麗でしょ」と言うと誰も椅子からずっこける方も無く、温かく頷いて下れて皆さんの周りを歩いて行くと手を差し伸べて握手を求めて下れる方が多くあり、「理事長さん綺麗やよ」と言って下れる方が多くあり、改めて「ありがたいなあ」と思いました。

3つのグループに分かれて記念写真も撮り地域の方も多く来て頂けたので最後のお礼の挨拶もさせて頂き、しみじみ思ったのは私が和合の施設長として就任してから3年の経過の中で確実に施設が地域の中に理解されてきたことを肌で感じる時間となりました。

これからも、入居者さんに『今日一日楽しかったよ』を実践しつつ、より地域に信頼される施設にしていきたいと思っていますのでリピーターの皆さんも当施設のご理解をますますして頂ける様にお願いします。

 

 

 

 

 
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