2026年06月の記事一覧

和合の施設で避難訓練が実施されました

和合の施設は揖斐川が近くにあり標高が低いのですが、施設自体は頑丈に出来ているので『籠城型』の訓練として貴重品を2階に上げるのと、1階の入居者を2階に上げる『垂直移動』の訓練をしました。昨日東京北区の小学校で火災があり、音楽室にいた児童が廊下からの避難が出来なくて、窓からベランダに降りると言う、あってはならない事が現実としてテレビの画面で映り出されたのを見て、改めて訓練の大切さを理解しての訓練だったので、職員もいつも以上に真剣に取り組む事が出来ました。

私は児童養護施設の職員だった時に、その当時の主任保育士さんが自分の子どものミルクを作っている時に、違う仕事でその場を離れてコンロの周りが燃えた時に、女性ばかりの保育士さんは「大変だ」と言っても何もできない状況になったのですが、直ぐ近くにあった消火器を火元に近づけ事なきをえた経験があります。だから私は、常日頃の訓練の時には消火器がどの位置にあり、消火栓はどこにあって使用の仕方はどうしたら良いのかを、口を酸っぱくして話をします。

結果論ではありますが、昨日の東京都の小学校での火災にしても、あそこまでの火の粉になる前の対処の仕方がなかったのかと思っています。昔の諺に『マッチ一本火事の元』と言うのがありますので、当施設でも『備えあれば患いなし』に徹していきたいと思っています。本日避難訓練を実施して不十分だったことにも気づく事が出来たので、訓練の意味はこの様なことでもあるとも思った次第です・

綺麗な写真を色んな所で自慢したいです

令和8年6月19日

昨日、本部施設において若園係長に6月6日に実施した『聖一座』での写真を大きく引き伸ばして貰い、自分の花魁姿に「ほれぼれ」したので「この写真は自慢して良い写真なので色んな人に見せるべし」と言う事で早速和合の施設でお披露目をしました。

 

事務所の職員にコメントを求めるのは気の毒な話ですが「どうや綺麗でしょ」と半強制的に認めさせたのは自分でも如何なものかと思った次第です。午前の1階でのお参りを終えてから岐阜県老施協事務局がある岐阜県福祉会館に行き、打ち合わせを終えておもむろに写真を出して見て貰いました。流石に「会長綺麗」とは言って頂けなかったですが、「綺麗に着飾った方が多く見えますね。と言われて特に綺麗な方と指差されたのを見て「この方はベリーダンスの先生」と言うと「流石に綺麗な方ですね」と言う話になったので「おいおい私の花魁姿をしっかりみてよ」と思ったのですが事実はその通りなので仕方がないか・・・。

和合の施設では13時30分から『そわか』と言う所謂『認知症カフェ』が実施されるので、ここでもこの写真を見て貰って盛り上がりたいし、21日にも和合で『聖一座』の催しがあるのでしっかり宣伝したいと思っています。

22日には午前中に全国介護福祉政治連盟の総会があり、全国老施協の代議員総会があり、その後に懇親会もあるのでしっかり写真を見て貰おうと考えています。多分大方の方は「ここまでよくやるな」と言われると思うのですが私としては「入居者さんの笑顔と笑いを貰えるのならどこまでも頑張る」との思いです。ここでリピーターの皆さんにクイズです。

写真の中で私と聖はじめさん以外に一人男性職員がいるのですがわかりますか。なかなか難しい問題だと思います。何故ならみんな綺麗だからです。そこの所も楽しんで写真を見て下さい。「えっ、何ですか。最近亡くなった中村玉緒さんより理事長が綺麗てか。それは褒めすぎ・・・。」

退院後2日目にして本格稼働です

6月8日に我が家より西に向いて車を運転することが無くて(昨日和合の施設までは行きましたが)、久しぶりに本格稼働と言う事で本部施設に行くと、私の机の上に大きく引き伸ばした幸福地蔵様の写真が置いてありました。

リピーターの皆さん、2枚の写真を比較して貰えば一目瞭然ですが、禿げ禿げの本来赤い帽子と前掛けが殆ど白くなっている写真と、竹笠を被って新しくしかも大きくなった前掛けを付けた凛々しくなった写真を見比べて下さい。

 

実は、常日頃コラムでは色んな話題を書かせて頂いているのですが、(ここ1週間は病気の事ばかりで申し訳ありませんでした。)その中で『本部施設の供養祭』の事と『禿げ禿げになっている幸福地蔵様の帽子と前掛け』について書いた事に対して、素晴らしいアクションを起こして下さったリピーターの方がみえて、残念ながら私は体調を崩していて供養祭には参加出来なかったのですが、かつて本部施設に入居されていた方の家族の方が、わざわざ竹笠を購入して、前掛けについては大きくて立派なものを手作りして頂き持参して頂いたのを、水野係長が幸福地蔵様にかけてくれて、写真を撮ってくれたのを本日のコラムに掲載させて頂いた次第です。

私が禿げ禿げになった帽子と前掛けを気にしている事に対して応えて下さったかつての入居者さんの家族の方には、感謝・感謝ですし、アクションを起こして下さった方に対して、最大限の敬意を表する行為として供養祭におみえになった方に大きく引き伸ばした写真を渡してくれたとの話を聞いて「私の思いを良く理解しての対応に感謝」と言う思いです。

色んな出来事をそのままに書くのが良いのかは難しい判断なのでしょうが今回は素晴らしい結果になったと思っています。これからもコラムを書き続け色んな展開が出来る様にますます頑張ります。

昨日退院をして本日から仕事です。

せっかく退院できたので本日から少しずつ体慣らしのために和合の施設に行きました。

8日ぶりの和合の施設での仕事だったので事務所の私の机の上にはたくさんの書類や封筒が積まれていました。先ずは留守中の時の打ち合わせをしてたくさん積まれていた書類の決済をして、必要に応じ、電話連絡して順次書類を片付けていきました。書類の片付けが一段落した時に大垣市社協さんから依頼を受けていた小野小学校での福祉体験の打ち合わせをさせていただきました。

小野小学校は大垣で一番 児童数の多い学校で1クラス35人の4 クラスと聞いています。7月に午前中2日をかけて4クラスの福祉体験の依頼を受けたので、単に福祉体験をこなすということではなく良い機会なので、社会福祉法人杉和会全体で取り組み、学校と大垣市社協との連携をより密にする良いチャンスと考え、法人全体で取り組むことを決断しました。車椅子を扱う業者にも協力を依頼し本格的に実施したいと考えています。小学校6年生の子が10年後に介護を志す仲間になってくれればとの思いでおります。介護は楽しくてやりがいのある職業であることを理解してもらえれば素晴らしい展開になると考えています。当法人の中には盲養護老人ホームがあり、目の不自由な高齢者の体験をするにしてもより具体的な提案ができると考えています。

本日は午前中の業務で帰らせていただきましたが、明日は朝から3 施設合同幹部会が開催されるし、16時にはおむつ供給会社との打ち合わせがあり1日頑張れるようにしたいと考えています。無理をするとまた大変なことになるといけないので同じことを繰り返さないように自分の体力と相談しながらえらい時にはゆっくりさせてもらいながら、病気になってみんなに迷惑をかけないように今後は頑張っていきたいと考えています。

やはり私は仕事虫なんだと思います。ただし、73歳という年は決して若い年ではありません。あと2年で後期高齢者になる我が身としては、できるだけ長く頑張れるように留意しながら頑張っていきたいと今は思っています。ということは任せるところは任せながら対応していく柔軟性を身につけていかなければと思っています。今思っていることを有言実行できればいいのですが、なかなかそのような状況にならない私にイラつきを覚えながらも、今後もこんな自分と付き合っていかなければいけないと原稿を書きながら苦笑いをしている私です。

本日13時30分に退院します。

12日の金曜日に、緊急でかかりつけ医の配慮で受診をして炎症反応か異常に高くて、そのまま入院。入院してからは高い熱も出なくて、昨日担当医が説明に来て下さり、お風呂の許可も得たので部屋に付属している浴槽に自分でお湯を溜めて、点滴針の所にはビニールをしっかりテープでブロックして貰い、お湯に浸かるだけでしたが本当に気持ち良かったです。

当然の事ながら熱も無く、朝6時に血液検査をして頂いて、8時過ぎにその結果を持って主治医の先生が部屋まで来て下さり、炎症反応もかなり下がりましたし退院をしても大丈夫ですと言われ、点滴針も抜去して下さったので、10時過ぎにお風呂に入りました。昨日は片腕は濡らす事が出来ないので、気持ち良かったですが、若干不満が残ったのですが本日は本当にゆったりとお風呂に浸かる事が出来てこんなに気持ち良い事がこの世にあったのだと染み染み思ったのですが、言い換えれば当たり前の事が当たり前では無いと思った次第です。

明日からは仕事をセーブしながらすべきだと頭では理解しているのですが、元気になった今はやるべき事が脈々と浮かんできているので、バリバリをバリに留めれるか正直自信がありません。私の人生において手を抜いた時には良い結果になっていない事ばかりなので、このトラウマを克服するのはなかなか骨が折れる事だと思っているので。さてさて、取り敢えず本日は家に帰って仏壇にお参りしてからはゆっくりさせて頂きますが、明日からの展開はどうなるのか??自分の事なのに分かっていない私です。

早く退院したいです。

休み無く仕事をしてきた私が1週間も何もしないでベッド横になり寝ているばかりの毎日に飽きてきました。熱が高かったり、咳がひどかったり、喉が痛かったりした時には仕事がしたいというよりも早く治したいという気持ちばかりだったので仕事がしたいなどということは思っても何ともならないという気持ちが強かったのですが、今は仕事がしたいという気持ちばかりです。

26歳から、児童養護施設の指導員として子供たちとの格闘で毎日頑張ってきた。その後は自分なりのやりがいを見つけたくて、38歳からは 大学・短大・専門学校で教壇に立ちながら一生懸命もがいた6年間があり、その結果44歳の時に、自分なりの思いが果たせる施設を関ケ原町の今須に作り、事業開始をして28年の経過を経ました。

考えてみれば、この28年間も走り続けの28年間であったと思います。たまに、今のように入院をしなければいけない状況があったりも関わらず何度か入院をしても繰り返すのは私の不十分性だと考えています。私の生き方は90%で終えればいいものを100%いや120%で頑張ってしまう。それでいて一旦 病気になるとこのようにみんなに迷惑をかけてしまう。この繰り返しは今回を最後にしなければいけないと強く思っています。

今そのように言いながら頭の片隅で「本当に大丈夫か」「本当にそのようにできるのか」と嘲笑っている私もいます。今考えるに、最近の私の口癖は家に帰ると疲れた疲れた疲れたと言っていた事を思い出しました。ということは、疲れた時には休むということをきちっとやれば、このように入院しなければいけないような状況にはならないのではないかと考えています。

実は今この原稿はスマホに向かって声を出し、文章を作っているので、文字通り思いつきの話です。昭和おじさんの私としては、こんな便利なことができるようになるとはつい最近まで知りませんでした。寝たままでも原稿が打てる。とてもありがたいことなんだけれどもなんとなく原稿に力が入らないようにも思っています。もちろん、退院してパソコンに向かった時はしっかりとしたものを作っていきたいと思いますが、今はこの程度でリピーターの皆さん、申し訳ありませんがご理解ください。

仕事虫の私がこのような体たらくをいつまでもしているわけにはいきません。入院中に迷惑をかけたことについてはしっかりと取り戻して行きたいと考えていますので、これからもよろしくお願いいたします。主治医の先生がお見えになったらしっかりと今の状況を聞かせていただいて、その上で私の今の立場をお話しさせていただき、なるべく早くに退院できるようにお願いしたいと思っています。

役職員に頑張って貰うしかない

私の体調は医療のお陰でかなり良くなってはいますが、24時間点滴である状態なので病院を抜け出す事は叶わずと言う事で、評議員会に出席する事が出来ないので、朝から進行の仕方を打ち合わせたり、評議員会後の懇親会での役割りを決めて、役割りを依頼する方々に事情を話してお願いする連絡をスマホでしたりしていると、自分がいつも当たり前の様にさりげなくしている事は意外に大変な事だと改めて思った次第です。

後は水野施設長を中心に頑張って貰うだけですが、事業開始以来初めてのアクシデントに反省しきりです。

と言う事で退院してからは上手に休憩をしながらも頑張って行きたいと思っています。

他の者に任せる事がこれ程大変だと言う事はわかりましたが、今後は出来ない状況も多々出てくると思いますので、少しずつ委ねる事を心掛けて行きたいと考えています。

明日は主治医の先生も決まりしっかりと説明を聞き、患者として優等生を貫きなるべく早く病院から抜け出したいとも考えています。

だって仕事が趣味の私が仕事をしないということは私にとって大変なストレスだからです。

入院すると言う事は

治療に専念すると言う事なので治癒優先の中で不便に感じる事は多々有りますが看護師さんの丁寧な対応に救われています。一番にストレスな事は持続点滴の為に例えばトイレに行く時には機械の一部を外して点滴台と共にいかなければいけません。勿論うがいに行く時も冷蔵庫の中の飲み物を取りに行く時も同じです。朝食と昼食で違いを見つけました。それは主食のご飯の量が70g から150g に増えてその量は 夕食も 150g でした。寝ている時も何か行動する時も点滴の針を気にしながら行動しなければいけないので これもストレスです。

熱については入院してから最高が37.2°cであり、今は少し熱く感じたの看護師さんに言って検温しても36.6°cなので熱については落ち着いてきたことが理解できます。昨夜 入院してまだ1日も経っていないのにイライラしている自分がいるのが嫌になります。病院を信頼して治療に専念すると頭では理解しているつもりなのですが矛盾をした自分の考え方があることに嫌悪感も覚えますが 文字通り 昭和 おじさんで仕事ばかりしてきた 私にとっては やはり入院 というのはなかなか理解できないものだと改めて思っています。改めて病院を信じて 治療に専念したいと思っています。1日1日 良くなってくることを 薬師如来様に祈願して夕食後の薬が来たらしっかり寝たいと考えています。

本日は 本部 施設において供養祭が無事に執り行われたとの報告を受け参加できなかった 残念 さはありますが だからこそ 来年 の 供養祭は必ず参加できるように 自分の体調管理をしっかりしていきたいと考えています。弱音を吐かず前向きに 少し 慣れたのは体調が少し良くなってきた証だと思っています。

遂に限界です。

火曜日の朝に38℃以上の熱があり朝イチでかかりつけ医に連絡をすると「9時に来て下さい。」と言う事で、その時は何とか運転をして行き抗生物質や咳止めや解熱剤を処方して頂き様子をみていましたが、38℃以上になると解熱剤を飲み身体が熱くなると咳が出ると言う状況でした。明日には大丈夫と思いながら結局4日が過ぎ本日15時に再度身体が熱く感じたので、検温したら38.5℃だったのでかかりつけ医に連絡すると「しっかり検査をして貰った方が良いので紹介状を病院にメールしておきます。」との事で急いで嫁さんの車で出掛けました。

受付ではかかりつけ医の先生の指示が通っていなかったようですが、救急外来には連絡が行っていたようでそこからは手早く対応して頂きました。血液検査、レントゲン等々をして頂き、先生の所に行くと炎症反応が著しく悪いので入院を勧められたので、ここは職員らに頑張ってもらうしか無いと入院をする事にしました。

入院患者の優等生になってなるべく早くに元気にして頂きその後はバリバリ働きたいと思っています。但し明日が供養祭で明後日が法人の評議員会なのは心残りですが、無理をした結果なのでこれからは健康に十分気をつけた対応をしていきたいと考えています。

少しづつ快復しているかな

解熱剤を飲んだのが昨夜の22時で、本日10時にエラくなっていたので熱を測ると37、7℃と言う事で、解熱剤を飲む間隔が長くなってきたのと38℃までにはならないので、少しは明るい兆しが見えてきたかなと思っています。昼食を食べたのですが、味が分かってきたのも感じています。明日は午前中に米原市長さんが本部施設に百歳の入居者さんのお祝いに来て下さる予定になっているので、仕事をやりたい虫が出てきたのも良い傾向だと思っています 。

実は、本部施設からのさしいれにマグロ丼をペロリと食べて、握り寿司も5貫も食べて、少し油断をしたのか38、5℃だったので、お風呂に入る予定は撃沈してしまいました。大人しく寝ていたのにどういう事。ショック、ショックタイムショックです、正直どないしたら良いのか、リピーターの皆さん妙案があれば教えて下さい。

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