2026年07月の記事一覧

何とか無事に東海北陸ブロック研修大会岐阜大会が終わりました

全国老人福祉施設協議会の大山会長が大会一日目の開会式及び会長の講演が終了後に熊本地震の対応の為に東京本部に帰ってのリモートの会議があると言う事で岐阜県老施協の正副会長と親しくする為に前泊されるというので大会前の前夜祭を企画する事になり、結果的に岐阜駅前のコンフォートホテルに2泊する事になりました。前夜祭では「めったにないことなので」と言う事で当法人の幹部職員3人も参加しての懇親会でした。前夜祭では大山会長の席の前に椅子を置きそれぞれが親しく会話を楽しんでくれたようです。

翌日大会初日は11時から大会実行委員会があるので大会会場のじゅうろくプラザに9時前に行くとスタッフの方が集まられて大会前の打ち合わせに集まられていたので実行委員会委員長の林副会長の進行で打ち合わせが始まりました。大会長である私から「参加規模を600人で計画していた中で700人を超す参加になったので、その方々が「参加して良かった」と言って貰える様に、とにかくスタッフ一同でしっかり元気よく挨拶をする様に努めて下さい。」と話をして11時からの実行委員会まで会場の確認に努めました。

11時からの実行委員会において熊本地震に対する応援の為に義援金活動をすることの承認も得られ、実行委員会終了後に昼食になり、その場で募金箱を回して多くの協力が得られました。開会式前の13時からは聖徳学園高校の和太鼓のパフォーマンスがあったのですが高校生の外連味の無い演奏に参加者の皆さんが聞き入って下さったのは大会を盛り上げる最高の企画だったと思いました。

開会式典になり最初に大会長である私からの挨拶に引き続き全国老施協大山会長、来賓の岐阜県副知事及び岐阜市長の来賓挨拶、勤続15年表彰と粛々と行われて行き、和田秀樹氏による記念講演も終了して、終了後若干の休憩をはさんで役員による懇親会が行われて1日目の日程が終了しました。

本日2日目は6分科会に分かれてそれぞれ7名の先進事例が行われました。12時30分には全ての日程が終了してスタッフ約50の方に昼食を済まして貰ってから無事に大会が終了した事の感謝の意を大会長としての挨拶をさせて貰い、大会は無事に終了しました。私の車は和合の施設に置いてあるので岐阜駅から大垣駅までJRで移動して今は和合の施設に無事に帰り着き急いでコラムを打っています。

と言うのも15時30分からは関ヶ原診療所の運営会議が行われ、18時からはかかりつけ医の受診が予定されているので受診が終わってからコラムを打つ気力があるか正直自信が無いので急いでコラムを打った次第です。14時50分には関ヶ原診療所に向けて車での移動をするのですが14時45分に出来たのでコラム継続もクリア出来ました。

東海北陸ブロック研修大会の前夜祭が昨夜行われました

全国老人福祉施設協議会の大山会長が本日と明日の2日間に渡って行われます.

東海北陸ブロック研修大会の為に前泊で来て頂いたので、岐阜県老人福祉施設協議会の正副会長と親しく交流を持つために前夜祭を行いました。なかなか当法人の幹部であっても大山会長と親しく懇談する機会は無いので4人も同席させて貰いました。大山会長の席の向かいに席を用意して、それぞれが話しやすい環境を作りました。参加した面々はツワモノばかりなので大山会長との打ち解けた懇談は賑やかに3時間近くの宴席はあっと言う間に終了しましたが参加したメンバーはそれぞれ良い顔をしていた様に思いました。

熊本を中心にした大地震があり大山会長は全国老人福祉施設協議会の責任者としての対応を緊急的に行わなければいけないので本日の開会式終了後には東京の本部に帰られますが貴重な時間を作って頂けた事に感謝しております。岐阜県老人福祉施設協議会として大地震に対して出来る事は大変な状況の施設に対して義援金を送る事が互助になると考えたので昨日共同募金会に行き募金箱を6個お借りしてきましたので、皆さんの理解を得たいと思っています。

大会は6県1市の役員が揃っての実行委員会から始まり大会が幕を開けます。どんな状況になりコラムが書けなくなるといけないので目覚めて直ぐにコラムを書きました。9時には会場に行きたいと考えていますので、会場に行ったら2段はギアを上げたいと考えています。

我が家の猫2匹のこぼれ話し

昨日奥さまの退院対応をして我が家に帰る途中で、我が家の猫2匹を預かって頂いていた動物病院に行き、預かって貰っていた時の様子を院長の奥さまから話しを聞いていて、面白いやら恥ずかしいやら情け無いやらの話しをします。

先ずは、真っ白な猫のおもちですが、我が家に来るまえは所謂ノラであちらこちらの家でにゃーにゃー鳴いては餌を貰う毎日だったと言う事で、院長夫人がお世話になっていた家に、おもちが動物病院にいると言う事を話ししていたと言う事で、わざわざおもちを見に来た方にことごとくシャーと牙を剥いて威嚇ばかりしていたと言う話しを聞いてそりゃそうだ、飼い主の私にも牙を剥く情け無い猫だから、と思った次第です。また、一度ゲージから脱走して大捕物になったとの事で、おもちは機敏だからなとも思いました。

もう一匹のまるは猫にしては大きく8、7キロあり、いくらでも食べたい猫で、沢山餌を食べて寝てばかりでしたよ。と話しをされてからマルちゃんが迷い猫で動物病院で保護した時はガリガリだったのに、今は若山さんの家でのんびり幸せな生活を過ごしてみえる事がよくわかりました、と言われマルは簡単に我が家が準備した籠に入ったのですが、おもちは院長夫婦で苦労して我が家が準備したものには入れずに、病院の入れ物に捕獲してその入れ物をお借りして家に連れて帰りました。

わがに帰ってからもしばらくは落ち着かない様子だったのですが、私はその後本部施設に行って帰った時には、逆に奥さまに甘えた様子で奥さまはその様子にご満悦の様でした。不人情な猫とドテッとした2匹の猫の今後は、一体どうなるのか?まさかとは思いますがマルは10キロのドテッとした猫になり、おもちはいつまでも私にシャーと言い続けるのでしょうか。今後の展開についてはチャンスがあればまた書きます。

根無し草の様な生活が取り合えず本日で終了しました

奥様が手の手術の為に7月15日から入院したので「我が家で一人寝るのは嫌だ」と言う事で本部施設と和合の施設のゲストルームで泊まることにして昨晩が最後の泊りの日になりました。

「一人で寝れば気楽で良いのでは無いですか」との声が聞こえそうですが、実は私には小さい頃の嫌な経験がトラウマの様になっているのです。と言うのは小学3年の頃に母秋江さんが癌の為に入退院を繰り替えしていて母秋江さんが入院すると私一人家で留守番をしていて、特に冬場に早く暗くなってきても誰も帰ってこなくて心細かった事がトラウマになっていて、今でも真っ暗な家に帰るのには抵抗感があるのです。どこででも寝られる様になった私なのに我が家で一人は嫌だと言う困った生き方なのであります。

家の洗濯機の操作方法は覚える気が無くてコミュニティーハウスの洗濯機はボタン操作と洗剤を入れるだけなので洗濯は毎日行いました。洗濯は簡単で良いのですが洗濯干しは毎日行っても『楽勝』とはなりませんでした。本部施設で殆ど泊まらせて貰っていたので(和合では3日泊りました。)本日も5時50分には行動開始をして洗面等をしてから事務所に行き宿直者に挨拶をしてから(本日は水野係長)6時15分からの入居者さんとのお参りをさせて貰い、いつもと違ったのはその後コミュニティーハウスに行き洗濯したものを綺麗にたたみ荷物の整理をすると共にお風呂を洗ったり、使った部屋の掃除をしてから荷物を車に積み再び事務所に戻って朝食を頂き、一旦我が家に寄り合宿中(?)の山の様な荷物を運びいれてから10時から行われる和合での全体会に向かいました。

全体会が終わり今はコラムを書いているのですが13時に来客がありその対応が終わったら退院対応をします。病院を出たらいの一番に動物病院に行って2匹の猫を貰い受けに行きます。2匹の猫は果たして痩せているのかは興味があるのですが、私の奥様にとっては「猫。猫、猫」なので・・・。奥様を家に送り届けたら岐阜広告の棚橋社長との打ち合わせがあるので仕事優先の私はもうひと頑張りしなくてはいけません。家のベットの方がゆっくり寝られるのかな。ようやく畳ベットに慣れたところ何ですけど・・・。

蝉も鳴かない暑さだそうです

私の感覚では「蝉が鳴きだすと夏がきた。」と思っていたのですが、昨今の40℃近くの暑さの中では「蝉も鳴かない」と言う状況でした。昨日本部施設の駐車場に着いたら「久しぶりに蝉の鳴き声を聞いた」と思いました。何日か前にラジオを聞いていた時「今年の異常な暑さで蝉は鳴かずに木の陰でじっとしている」との話だったので、その時には「蝉が鳴かないくらいの暑さなのか」と思いました。「蝉も鳴かないくらいの暑さなのだから、我々にとっても体に堪えるのは仕方がないな」と思うと共に「入居者さんだけでなく、職員も暑さ対策に留意しなければいけない」と思っています。

本日は朝6時15分から本館2階でお参りをした後の話の中で「水分はいつも以上に多く飲まなければいけませんが、一気に飲んだから大丈夫と言う事ではなくて、こまめに少しずつ飲んで下さい。どうしてかと言うと、雨も降らないカンカン照りの中で、山肌がカリカリに乾いている、そんな時に大雨が降っても山肌を水が流れるだけなのです。これと同じように、喉を潤すのにはちょくちょく水を飲まなければいけませんので、皆さんも頑張ってちょこちょこ飲みをして下さい」と話をしました。

もう一つ話したのは「室内の温度設定は28℃にしてあります。館内の温度が熱いと思われたなら5分でも良いので外に出てから再び館内に戻られたら、館内がどれだけ涼しいかが分かりますよ」と話をしたら入居者さんの方から「ここは涼しいです」との声が上がったので、無理に言われたものでは無いと思いながら、準備してあった氷水を飲み干して「上手い」と言うと、笑いを得ましたので良かったです。

まだまだ、夏本番はこれからです。リピーターの皆さんもこまめな水分補給に努めてこの夏を乗り切りましょう。そうすれば秋には爽やかな風が吹くと思いますので。

昨夜は揖斐川河畔で花火が打ち上げられました

花火大会の開始時間が19時30分と聞いていたので、本部施設内のコミュニティーハウスで17時に夕食を食べてから和合に向けて行きました。「花火の時は交通渋滞が凄い」と聞いていたので早くに出掛けて「夕食が早かったので、何かコンビニで購入して施設に入ろう」と思っていて、「いつも和合にいる時に行くコンビニに行けば良い」と考えて、施設に行く時にいつも左折する交差点を右折しようとして「もっと手前のコンビニに寄れば良かった」と後悔しました。と言うのは、右折が3信号待っても右折出来ないのです。しかも、花火大会の為か、予定していたコンビニには入れなくて、適当に走って行くと、どの道も渋滞していたし、どの道も人で溢れていたので、結局コンビニにも寄らずに和合の施設に行きました。(夜中にお腹が減って眠れ無いと言う事も無かったし、結果的に健康に良かった様に思います。)

施設に着いてフロアに行くと、入居者さんに浴衣の着付けをしていて賑やかでしたし、職員の外国人女性も浴衣の着付けをして貰って、テンションが高くなっていました。19時30分開始との事で、2回と3階で見易い所に陣とって始まるのを待ちながら、ジュースやお茶の他にノンアルコールのビールや日本酒を好みに合わせて飲まれていました。予定時間の19時30分になったにも関わらず、花火が打ち上らなかったので「まだかな」「少し遅れているようだ」の声がしている中で、大きな色鮮やかな花火が上がった時には「綺麗やな」とか「また上がった」等の声に「いつもよりテンション高いな」と思いました。

20時15分終了と言う事で最後にはドンドンと色鮮やかな花火が上がり、最高潮の中で『大垣花火大会』は終了しました。花火の余韻を楽しみながら、入居者さんと話をしながら職員が入居者さんの各部屋への誘導と共に片付けの終了を確認してから、ゲストルームに行き畳ベットに横になると、直ぐに眠気がきて爆睡する事が出来て、朝起きた時に「私はどこででも眠れる性格になったんだ」と改めて思った次第です。

慣れると言う事は良い事なのか・・・。どうなんでしょうか

今月15日から『根無し草』の様に本部施設及び和合の施設のゲストルームで泊まらせて貰う様になって本日で11日目なのですが、特に本部施設においてはコミュニティーハウスを使用させて貰ってのお風呂及び洗濯の作業が板についてきました。

本日も6時前には行動開始をして6時15分からは本館1階の入居者さんと共にお参りをして、朝食の時間までには少し余裕があると言う事で「昨日は義兄のバルーン交換の為に18時過ぎに受診対応の為お風呂に入れなかったので、この隙間時間を利用してコミュニティーハウスに行きお風呂に入りながら洗濯を済ませよう」と言う事で洗濯物を洗濯機に掘折り込み洗剤を入れると今の洗濯機は一気にすすぎまでの時間設定までしてくれるのでその間にお風呂をざっと洗い、ボタンを押すと自動的にお湯を入れてくれるのでその間に身体を洗いお湯が浴槽に入った段階で湯船に入りました。

ゆっくり入ったのですが洗濯が終了するのに15分かかるとの表示が出ていたのでマッサージチェアで15分間身体をほぐして、マッサージ終了後に洗濯物を干して全て終了後に本部施設に戻り朝食を頂いた後、我が家に寄り新聞受けのものの確認をしたあと和合の施設に向かいました。

和合の施設に行く前に冷凍でハンバーグを送って下さった物があったので次男の家に届けに行くと3歳の孫娘と1歳の長男が元気に玄関先に来てくれたのでここでも元気を貰って和合に行きました。

本日は午前にお参り、午後にはカラオケで15時30分からは和(なごみ)に行って、かつての職員で今は垂井町会議員の方との打ち合わせをして19時30分からは揖斐川河川敷で花火が打ち上げられるので和合の施設で入居者さんと共に見学させて貰って(和合の施設が事業開始した何年間かは地域の方にも来て頂いてビールやねぎま等を振る舞ってのものでしたが、施設の周辺に家がドンドン建った為に今では2階及び3階で何とか見えるような状態です。)本日は和合の施設で泊まらせて貰います。

小学生の頃の私は夏休みの課題もなかなか出来ない所謂『ぐずぐずの生活』だったことを考えると今は何と時間を上手に使える様になったものだと『自画自賛』ですし、『根無し草』の様な生活にも直ぐに順応出来る自分に我ながら驚いています。

最高気温が40℃に迫る中で昨日16時から厨房内のエアコンの改修工事が行われました。

深夜の工事を出来るだけ短くするために厨房内での作業を早く終える様に、作業工程について一昨日厨房業者のエリアマネージャーも呼んでの話し合いを持ちました。と言うのは、昨今の気温上昇は特別なものがあり、早急に対応して行く中で深夜時間の職人さんへの割増料金を少しでも減らす為に、出来るだけ深夜に食い込む時間を短くしたいとの思いからの話し合いでした。話し合いの最初には、厨房業者が業者側の主張ばかりしてきたので「エリアマネージャーも協力をして貰いたい」と、法人側の主張をきっちりさせて貰う中での話し合いの中で、施設側の管理栄養士も協力するとの意志を示していく中で、ようやくエリアマネージャーも当日作業を手伝う事になりました。

このエリアマネージャーは、この4月に交代で対応される事になった方で、なかなか私の考え方が理解出来なかったのですが、最後に私から「この気温の高い状況での外での作業で、熱中症等のトラブルがあったらいけないので「私は和合で泊まらせて貰って待機します」と言った事により、会社上席者からの支持も有り「私も作業工程に入ります」との言質を貰いました。

そして昨日16時30分と言っていたのが16時には厨房での作業を終えて下さり、厨房の電源を30分早く切る事ができました。私は18時から本部施設での全体会があるので、電源を切って工事業者が作業に入られるのを確認して本部施設に向かい、全体会終了後に再び和合の施設に行き、現場監督に作業の進捗状況を確認して、しばらくは理事長室で待機していたのですが、「22時頃の終了予定」との事だったので、現場監督に状況を確認すると「午前零時頃になりそうです。」との事だったので、ゲストルームで仮眠を取りながら待機する事にしました。

結果的には午前2時に終了の連絡が入り、「稼働は出来る様になりましたが、少し気になる箇所があるので明日また確認に来ます。」と言って帰られました。私が出来ることなど無いのですが、私自身は緊急時の為の対応をするための要員だったので『平安之福』で、何もなくて私の出番が無くて作業が終わったのは良かったです。20時30分頃に厨房のエリアマネージャーが「全ての作業が終わりました」と理事長室まで報告に来たのは、彼自身も良い勉強になったのではないでしょうか。

本部施設立ち上げ時1年間と今の違いを痛切に感じています

今月15日から奥様が手の手術の為入院した事に伴い本部施設を主に(昨日と本日は和合で)泊まらせて頂いているのですが、平成10年5月18日から事業開始した当初を思い出しながら「あの頃は色んな意味で大変だったけれども今は色んな意味で落ち着いているので有難い」と思った事について本日のコラムで書くことにします。

一言で書くと「今は入居者さんも職員も地域も落ち着いている」と言う事です。

以前にも書きましたが立ち上げ当初は『朝からパラダイス』の様に賑やかでした。

勿論その当時は介護保険前と言う事もあり『自立』の方も多く在籍されていた事に主因があるかも知れません。

開設して2年後には介護保険が導入され『要介護度1以上』と言う事になり、尚且つ今は『基本的には要介護3以上』と言う事になって身体上厳しい方、もしくは認知症が顕著な方が対象になった事もあります。

尚且つ職員も立ち上げ当初は経験者が少なく殆どが新卒者と言う事もあり、経験が足りない事による大変さも正直ありました。

事例的には排泄介助に入り、おむつの中に大便が多くあった時に職員が大きな声で「大変大変」とバタバタしていたことも日常でした。

今はこの様な事は決してありませんが、経験が乏しい職員が殆どで司令塔の存在が少なかったことに起因していると思いますが、その当時の入居者さんには本当に申し訳ない気持ちで今もいます。

また経験が少ない職員が食事介助で入居者さんの状態など関係なく『口に掘り込み』(敢えてこの様な表現にさせて頂きます)誤嚥され『誤嚥性肺炎』で入院された例も全くなかったわけではありません。

入居者さんに申し訳ない状況になって「同じ失敗を繰り返さない」と言う事で今の落ち着きになったと言っても過言では無いと考えています。

地域においても救急車がサイレンを鳴らしてきた時の意「また、優・悠・邑か」とお𠮟りを受ける事も度々でした。

今ではその様な事を言われる方は皆無になりました。

また一生懸命に『持ち上げる介護』をしてしまい腰を痛めて他の職について行く職員を見送って忸怩たる思いになった事も度々でした。

そんな実情の中、誤嚥を無くす為に『歯科衛生士』を採用して『口腔ケアの充実』を図りました。

また、排泄ケアの充実の為に業者さんにも協力して頂き『オムツの検討』についても私も含めて全職員で取り組みました。

また『腰痛対策』については『北欧式トランスファー』の導入の為デンマーク在住のブンゴードたかこさんに指導に入って頂いたり、今の吉澤施設長をデンマークに派遣して直接研修を受けさせ腰痛ベルトの根絶に努めました。

勿論書ききれないくらいの出来事を解決していく中での今です。

今後も切磋琢磨していきますのでリピーターの皆さん今後もご支援宜しくお願い致します。

今日と明日は和合に泊まるのでその準備が結構に大変でした

いつものように6時前にゲストルームを出て、事務所で宿直者の伊藤係長に挨拶をしてから1階の入居者さんに挨拶して2階に行き、入居者さんと共に朝のお参りをさせて頂いました。お経を唱えている間も背中を汗が流れていましたが、皆さんと共にお経を頑張り、お経が全て終わった段階で西川副部長が準備してくれたコップに入った氷水を半分飲み干してから入居者さんに「昨日は岐阜郡上で40℃を超えたとのニュースが大きく報道されていました。そんな中での自分の体を守るのは、ちょこちょこ水分を摂る事が一番です。必要に応じてかき氷も提供します。」と話をしてから事務所に戻りました。

「本日から2日間、和合で泊まる為の準備をしよう。」と言う事でコミュニティーハウスに行き、一先ず洗濯機に洗濯物を入れてから二日分の着替えの準備と共にシーパップの機械を片付けてから再び事務所に行き、朝食を頂いてから洗濯物を確認にコミュニティーハウスに行くと洗いが終わっていたので、洗濯物を干して慣れないことを一生懸命にして時間を見ると8時20分を回っていたので、慌てて事務所に戻り挨拶をしてから急ぎ車に乗り、一旦我が家に行き新聞受けの新聞や郵便物を確認した後、再び車に乗り和合に着き、大きな荷物を和合のゲストルームに運び、シーパップをセットしてようやく事務所で落ち着きました。

一人の生活は気楽で良い面もありますが正直『タイト』だと改めて思いました。奥様の手術の日に病院に行ったきりなので、本日は病院に行って少しは感謝の意を表せたらと思っていますが、奥様は私の事よりも猫の状態を気にするので果たして・・・。

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