2026年05月の記事一覧

本部施設の地域活動の『ごみゼロ運動』に参加しました

本部施設のある新明地区の『ごみゼロ運動』が8時30分に地元白山神社集合であるので、いつもの様に朝5時30分の行動開始で妙応寺経由若山家までのお参り兼散歩の後、お風呂に入った後に朝食を食べて、通常だと少し休憩をとってから出掛けるのですが、本日は休憩を返上して準備を整え本部施設に出掛けました。

8時5分には本部施設に着いたのですが「既に集合場所に向かっている職員がいる。」との報告に「全員揃って行きたかったな」と思いました。

と言うのは地域の方々に「沢山で協力します」とアピールする良い機会だと思ったからです。

白山神社まで歩いて行き8時15分に着いて既にみえている方々にご挨拶をさせて貰いました。

8時30分になり区長さんの話の中で「優・悠・邑からもおおぜい参加して下さり有難うございました。」との言葉を頂いた時には「27年の継続の結果として多くの職員(総勢15人でその内7名が外国人)が参加してくれて地域との距離がドンドン近くなっている」と思った次第です。

  

外国人の参加が多いのは本部施設の敷地内に1kのアパートが20部屋有り、休みの職員であっても参加してくれる環境であり、地域との共生について日常的に話をしている結果だと思います。

27年前に事業開始した頃は私も含めて『よそ者』扱いだったと思いますので随分環境が変わったと思っています。

と言う意味では「『ごみゼロ運動』されど『ごみゼロ運動』」と言う事だと思っています。

話題が少し変わりますが先程述べた様に敷地内に20部屋の1kのアパートを所有してアパートだけでは足らなくなってきたので古民家を改修してネパールの男性職員4人が歩いて10分程度の所でシェアしています。

文字通り地域の中に溶け込んでいて、地域の方々からは「しっかり挨拶をしてくれて行儀正しい」と言われています。

当法人の顧問である『びわこ学院大学』学部長でリスクマネジメントの専門家の烏野先生によると「災害は夜間或いは早朝に起きる事が多い」と言う事を考えると私の家が施設から比較的近いとは言え4㌔は離れているのですが5分、10分で施設にこれる職員が多くいてくれるのは本当に有難い事だと思っています。

だって昔から『遠くの親戚より近くの他人』と言われていますが、日頃お世話させて頂いている職員がいざという時に近くに多くいてくれているのは何より助かります。

最初からその様に考えていたわけではありませんが結果往来ではありますが『先見の明』があったと言う事で。

阿部元巨人軍監督に対する私の推論

令和8年5月30日

ここ何日間は阿部元巨人軍監督の18歳の長女への暴行による緊急逮捕と監督辞任問題がテレビや雑誌を賑やかにしていますが、本日は私の経験をもとに私なりの推論を述べたいと思います。お断りをしておきますが私は直接話を聞いたわけではありませんのであくまで私の経験による『推論』である事をご理解の上でお読みください。

情報によると「今回の様な行為は初めて」であり週刊文春の記事によると「家族でいる時には父親の言う事が絶対の様だった」とのことから私が思うのは「阿部元巨人軍監督に従順で可愛がっていた長女が父親として姉妹の喧嘩の仲裁に入った時に明確に反抗的な態度をとった事に動揺した阿部元巨人軍監督がカッとなり思わず暴行に至った」と言う事と長女の方にしてみたら「いつも優しい父親がどうして私に暴行するの」と言う混乱の中で相談する相手にチャットGTPを選び素直にその意見に従い児童相談所に連絡してしまい、児童相談所は『18歳』になっていると言う事で『児童』ではないとの判断で『緊急性』を感じて警視庁への通報になったと言う流れだったと思われます。

私が一番に思ったのは『18歳』が大人なのか子どもなのかと言う線引きのなかで、阿部元巨人軍監督と長女の中で『父離れ・子離れ』が出来ていない中で社会通念上の理解の中で親子が思っていない流れになってしまったと思います。もう一つの論点として『阿部元巨人軍監督の次女と奥様』の存在についてあまり述べられていない点について気になりました。

その二人について私なりの見解は阿部元巨人軍監督の中で長女の存在が大きくて次女の存在は薄いのではないかと言う事と家庭内で阿部元巨人軍監督が『絶対的な存在』であったが為に何も出来ない状況だったのではないかと思っています。どちらにしても阿部家全体にとって厳しい状況である事は想像出来ます。『覆水盆に返らず』の例えがありますが「長女がまだまだお子様だった」と言って片付けるにはあまりにも結果が重いものになっています。

長女の手紙には「既に仲直りしました。」とは書いてあった様ですが「そんな単純なものではない」と思います。『親離れ・子離れ』については『十把一絡げ』には出来ないものですし、この事についてのマニュアルなど存在しないので、それぞれの家族の中でコミュニケーションをしっかりとって親の方が『年の功』での対応をしていかなければいけないと思っています。

改めて「民俗学は決して難しいものではない」と思っています

かつてこのコラムで名城大学郷土研究の会に所属している時に顧問の祝宮静先生から

「若山君、民俗学を難しい学問だと思ってはいけません。例えば君の住んでいる歴史上大切な関ケ原町の同じ場所で1年に1回8ミリカメラで360度映写したのを例えば30年撮り続けて確認してその変化を理解するのも立派な民俗学なんですよ」

と言われていた時には「そんなものか」と思っていたのですが、最近DVDで『まぼろし探偵』『月光仮面』『怪傑ハリマオ』をリラクゼーションの意味で横になりながら見ていて、本日は昨日がハードスケジュールだったので本部施設に行くのをゆっくりしていたので何となくテレビを点けると『はぐれ刑事純情派』が映ったので見てしまいました。

その中で『まぼろし探偵』『月光仮面』『怪傑ハリマオ』は白黒の画面で「かなり古い番組」との認識を持っていたのですがカラーの番組ではありましたが『はぐれ刑事純情派』も「かなり時代背景が古いんだ」と思い「この様な検証も民俗学に通じるものがある」と思ったので、本日は『タバコ』に着眼してのコラムにします。

白黒時代の『まぼろし探偵』にしても『月光仮面』『怪傑ハリマオ』にしても『タバコ』をくわえていての場面がめちゃくちゃ多いのです。

「正直、時代を感じるな」と思っていたのですが、本日の『はぐれ刑事純情派』で人通りの多い場面になった時に『くわえタバコ』をしている方が映った時に「さりげなくだけれども敢えてその様な方を映している」と言う事で「まだまだタバコが意識される時代なのか」と思ったのですが『はぐれ刑事純情派』は1988年~2009年までの20年以上の長寿番組ですので、時代背景もめまぐるしく変わっていて、今日見たのがいつのものか分からないので間違いの無いコメントは出来ませんが、今から20年程前からタバコに対する考え方が大きく変わった事は間違いありません。

私も50年前の大学時代には行内でも平気でタバコを捨てる方がいました。

そう言えば最近車を運転しての信号待ちの時に明らかに高齢の方が杖をついて歩いていて5歩か6歩歩いては止まられるのを不思議に思いながら見ていると、立ち止まってはタバコを吸われていて最終的には側溝の穴にタバコを捨てられていました。

その時思ったのは「この方は、何十年とこの様にされていたのだろう」と思うと窓を開けて注意する気にはなりませんでした。

もし、若者が同じように捨てていたら注意すると思うのですが、最近はその様な若者も見かけないです。

「平気でタバコを捨てられた時代を『古き良き時代』とは決して思いませんが。」いわゆる時代考証は面白いものだと思っています。

昔、父進の話を「古い事言うな」と思っていましたが、今はその様に言われる事が多いのではないかと思っています。

5月30日は社会福祉法人杉和会の監事監査と理事会があります

和7年度決算の為の監事監査と理事会が明後日5月30日にあり、本日は午前に岐阜県社会福祉法人経営者協議会理事会があり、昼食を頂いた後、総会にも参加させて貰い、終了後は全国社協の部長さんの講演が予定されていたのですが、次の予定として岐阜県福祉会館にある共同募金会に車の補助金申請書を届けに行き、その後同じ会館の中にある岐阜県老人福祉施設協議会の事務所に行き、6月5日に岐阜で行われる老施協の東海北陸ブロック正副会長会の打ち合わせを済ませてから新生病院の評議員会に行き、終了後に5月30日の打ち合わせの為に会計をお願いしている理事さんの所に行けたのが17時20分。バタバタと理事さんの所に行ったのですが、最後の仕事こそ社会福祉法人杉和会理事長としての最も大切な仕事。私が打ち合わせをさせて貰う段階ではしっかりと資料を作成して頂いていたので、社会福祉法人杉和会が経営している3施設の決算についてのレクチャーをしっかり受けました。その中で当然ながら盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の施設の赤字補填をしっかり本部施設で補ってくれている事に正直安堵しながらも、赤字幅を減らしながら盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)が正常な経営になるような道筋についてもしっかりとした考え方についても語りました。私の理事長としての考え方について話をしていく中で監査及び理事会での問題整理まで出来たのは良かったです。今後、医療にしても介護にしても厳しい経営状況が待っていますが、10年先20年先も光り輝き地域の為に貢献できるような組織である為にこれからも頑張って行こうと考えています。『すべてにやさしく いつまでもゆとりある やすらぎのばしょでありたい』と『今日一日楽しかったよ』の理念がブレないで行く事によって社会福祉法人杉和会の未来がある事を信じてこれからも身体を鞭うってでも頑張っていきますのでリピーターの皆さんいつまでも見守っていて下さい。

阿部巨人監督 辞任の見出しが

昨日から何度も『阿部監督辞任』の報道がテレビの画面を賑わしていましたが、朝のお参り~お風呂~朝食の流れの中で朝食を頂きながら(昨夜の夕食のカレーライスの残りですが、一段と濃くが出て、より美味しくなっていました。)我が家が購読している岐阜新聞の社会面に大きく報じられていましたので、元々は児童福祉が専門の立場で述べさせて頂きます。但し、私が専門として関わっていたのは44歳までですので、約30年前でありそれ以降の情報は一般の方と大して変わりませんので、的外れの事になるかも知れませんが敢えてコメントします。

私は決して『暴力肯定派』ではありませんが『親としての躾』の範疇が難しくなったなと思っています。60年くらい前に我が家の隣の家では、親子での喧嘩が大きい声でされていて、時には父親が仲裁に入る事もありましたが、そんな状況でも『通報』等と言う事は決してなかったです。今回の問題は18歳の長女さんが『SOS』 を求めるのに生成人工知能(AI)「チャットGTPに相談した結果『児童相談所』~『警視庁に110番通報』~『現行犯逮捕』~『監督辞任』の流れだったのですが、いつも仲の良い親子が、1本の児童相談所への長女の電話によって長女の予測を遥かに超える結果となり、通報した長女本人の本意とは全く違っている事は、長女の手紙からも読み取れます。確かに親による虐待は迅速性が求められるので、児童相談所の素早い対応を責める事は出来ません。(極端な事例になりますが、私がアメリカへ研修に行かせて頂いた35歳時の話では、隣の家から大きな鳴き声が止まないとの通報が入っただけでピストルを構えた警察官が家に突入するとの話を聞いていますから。)

但し、今回のケースで長女が相談したのがチャットGPTであり、その指示に従って素直に児童相談所に通報されたのが賢明であったかは微妙だし、喧嘩をしていた相手である妹の存在と阿部監督の奥さん(つまり長女の母親)の存在についても気になります。酒を飲んでいたから云々と書いてありましたが、酒の勢いでの行為と言うのも安直過ぎると思います。長女の手紙の最後に「父とは既に仲直りしております」と書いてありましたが、父親が巨人軍の監督を辞任したとの事実が払拭されることは無いので、私が最後に言いたいのは「相談する相手がチャットGPTと言う現実にも着目すべきではないか」と思っています。だって、現代っ子は外で遊ぶと言う概念の子が少なく、画面を見て完結してしまう今の現状に対して切り込む事をしていかなければいけない様に思っています。でも、この事を前面に出していくと『昭和おじさん』と言われるかも知れませんが・・・。今のままで良いとは決して思えないです。

幸福地蔵様の笠が・・・。

無残な形で紐に絡んで幸福地蔵様の首に絡まっていたので、いつも抱きついて祈りをする時に乗らせて頂く蓮の台座の所までよじ登り無残になっている笠を取り外そうと試みて何とか笠については取れたのですが紐がぐるぐるに結んであり、高くて不安定な姿勢での作業が得意ではない私はなかなか結び目を解く事が出来なかったのですが何とか結び目を解き綺麗に外すことが出来ました。

最近はお地蔵様くらいしか笠を被っていませんのでどこの雑貨屋さんでも売っていると言う代物では無いのでリピーターの皆さんの中で売っているところをご存じの方は教えて下さい。と言うか笠を購入して持ってきて頂けるともっと助かるのですが・・・。

そして、出来たら前掛けも帽子も赤色だったのが殆ど白くなっているので、裁縫が出来る方で新しいものを作成して頂けるリピーターの方がおみえになったらお願いしたいです。

私は自分の事でお願いする事は無いのですが「みんなの為になる事についてはかなり強引なお願いをしてしまいますので誤解の無い様に宜しくお願い致します。

 

本日和合の施設での全体会で

和合の施設の施設長になって今年の8月でまる3年になります。全体会の職員の参加が最初の頃は本部施設に比べると遥かに少なくて「何とかしなければ」との思いと「提案力も脆弱だ」とも思っていたのですが本日の全体会では職員の参加も増え、それぞれの提案もしっかりしたものになってきました。

提案がしっかりしたものになれば今後の展開での大切な会議になって来るので必然的に参加者が増えてきたと言う事だと思います。と言う事で私も総括的な話しに力が入りました。

そこで改めて思ったのは昔から言われている『石の上にも三年いれば暖まる』と言う事だと思っています。

現象的な事として私が和合の施設に施設長として就任した頃は「夜勤は大変だからやりたくない」との意見が多く聞かれましたが「昼間のケアをしっかりして楽しい一日にしていく事によって夜間は落ち着いてくる。」との考えをしっかり持ってブレずに言い続けた結果が今に至っていると思っています。

楽しい事の先頭に理事長自らが立ってきた事で今は多くの『祭り男』『祭り女』が生まれてきたと思っています。

苦労しました

「いつものことながら、何の話や!」と言う事で理由を次に書きます。

実は朝、何となく自分が書いたコラムを見ていた時に「このコラムはいつから始めたのか。」と思いパソコンで確認すると2008年7月21日からのスタートでその時の初校で『継続は力なり』と書いているのですが、スタートしてから10年近くは思いついた時に書いていて極端な時は1か月くらい書いていなかったりしていて、しかもほんの数行で終わっていたりで、「こんな事ではリピーターなど出来るわけがない。」と思った次第です。

初校の日は簡単に見つけることが出来たのですが表題の通り「苦労しました」は毎日の更新が始まった日を見つける事が大変だったのです。

苦労して、苦労して、苦労して、苦労して・・・・。ようやく見つけました。

『その日は2018年8月8日で夏祭りの報告を生き生きと書いている。』と「8月8日は末広がりの数字で連続出来た日に相応しい」と書いてから再確認すると「少し書けていない日があったな。正直に訂正しなければ。」思い検索しなおしたのですが、またまたその検索が上手くいかずに居直って原稿を進める事にします。

「とにかく2018年8月に間違いが無いので8年近くは毎日毎日書いていて、しかも文字数が1000文字を超える日が殆どと言うのは自分でも褒めて良いのではないか」と思っています。

毎日書くことを頑固に続けてきたことによってテーマが決まってパソコンもしくはスマホの画面に向かって次々とあらすじが出てくるようになりました。

小学生の頃は感想文の原稿用紙1枚がなかなか書けなかった事を思うと『自画自賛』です。

時にはなかなか文章が浮かばない事もありますが改めてコラムを読んでみるとコラムを通して職員に語り掛けたり激を飛ばしたり、地域に対してのメッセージだったり、施設行事に対して私なりの報告をしたり、時には天下国家のコメントだったりと多彩な事を書かせて貰っているなと思っています。

これからも継続していきますのでリピーターの皆さん宜しくお願い致します。

私の胃袋には山姥(やまんば)がいるのかも・・・

令和8年5月24日

22日に本部施設2回目の互助会の懇親会があり25人の参加者の職員が冷酒(八海山)を飲んでいる私の席にそれぞれにお酒を注ぎに律儀に来てくれるので私も律儀に冷酒用のグラスを飲み干してからグラスに注いで貰いお話をしている時に飲み干しさらに注いで貰う事をして楽しく、それでいて強かに冷酒を飲みお店の送迎用のマイクロバスで家の前まで送って貰い玄関の鍵を開けて家に帰りたらふく飲んで食べたはずなのにリビングの椅子に腰かけ水を飲んでからテーブルに置いてあったあられを見つけて何枚か食べてしまいました。

昨夜の夕食時にもしっかり食べた後に昨夜の残りのあられを袋の中のあられが空になるまで食べました。食べている時は「あと1枚、あと1枚」と食べていて本日も5時30分からのお参りで歩いている時に「またまた余分に食べてしまった。」と後悔するのですが『後悔後に立たず』、いやいや『後悔だけなら猿でもするぞ』と言う事なのですが、どうしてこの様に繰り返してしまうのかを色々自戒を含めて考えてみて、最大の要因は「仕事の上でのストレスを食べる事によって解消しているのだと思います。但し、暴飲暴食を繰り返しても治らない要因はもう一つあると思っています。

それは小さい頃病気をして目の前に美味しいものが並んでいても食べられなかった記憶があり、「今は病気も無く美味しものを美味しく食べられる事が幸せ」との思いがあるからだと言う事です。演題に『山姥がいるかも』と明記しましたが決して山姥が体の中に潜んでいるのではなくて「健康だからこそ」とは思っていますが年々体力は落ちて来るので「少しは考えないと」とは思っていますが、私の生き方で救われているのは『飲み会がある時以外は飲まない』何故なら『飲み会の無い日は自宅で待機』と言う事で家の晩酌の習慣が無いので健康を保てていると思っています。

と言う事は私の生き方は『仕事中心』『入居者中心』なので頑張れているのだと思っています。ちなみに本日は日曜日ですが勿論仕事をしています。結果的には『健康だからこそ仕事も頑張れる』と言う事だと思っています。リピーターの皆さんこれからもますます頑張りますので宜しくお願い致します。

改めて『傾聴』について考えてみました

『傾聴』が大切な事は誰もが理解しているところですが、現実にはなかなか出来ない状況でもあります。私は38歳の時に児童養護施設の指導員を辞めてから、フリーランスとして本部施設が事業開始するまでの6年間を過ごしました。(正直、我が家の生計は成り立たなかったですが・・・。)その頃の私の名刺の肩書は『教育・福祉カウンセラー』(今から考えると恐れ多い肩書でしたが)で、カウンセラーを名乗る以上は相手の話をしっかり聞いて、相手の意向も汲み取りながら何らかのアドバイスをしなければいけなかったのです。しかしながら、最初の頃の私は児童養護施設の指導員の頃は、1964年に開催された東京オリンピックの女子バレーの、ニチボーの大松監督バリに「俺を信じてついてこい」的な指導の仕方で成果を出してきた事も有り、相談者の話を遮断して答えを言ってしまう事が多くて、色んな意味で失敗を繰り返していました。

失敗を繰り返していく中で「相手の気持ちを大切にしていかなければ、適切な助言など出来ない。」と言う事に気が付き「本当はここで話がしたいけど」と言う気持ちをグッと我慢して、話を聞いている内に適切な助言が出来る様になってきたと思っています。つまり、今の私のコミュニケーション力は、相談者に対して一杯ご迷惑を掛けてきての産物と言っても過言ではありません。ようやく本題に入ります。

『傾聴』が大切なのは、相手の話に耳を傾けて聞いて、話をしている方の本意がどこにあるのかを理解したうえで、相手の方が納得をする答えを導きだす事だと思っています。つまり単なる答えを見出すのではないと言う事でいけば『説得』ではなくて『納得』をして貰う手法で無ければいけないと言う事です。原稿を書きながら「傾聴の大切さは充分理解しているけど、実際には出来ていない事も多々あるなあ」と思っているので、本日の原稿は自戒を込めてと言う事と責任ある職員への投げかけと言う事で、リピーターの皆さんご理解下さい。

本日は本部施設において3施設合同幹部会です

令和8年5月22日

本部施設本館が事業開始して27年の経過の中、紆余曲折はありましたが開設当時職員50人程度でのスタートでしたが、今は3施設で優に150人からの職員と共に厨房や清掃業務を委託している組織にまでなりました。

勿論、平成9年5月に法人認可をその当時の岐阜県知事から頂き翌年5月に本館施設が事業開始した時の高揚感は半端なものではなかったですが、その当時からの『すべてにやさしく いつまでもゆとりある やすらぎのばしょでありたい』と『今日一日楽しかったよ』の理念は脈々と続いています。そして本日の3施設合同幹部会が開催する事によって「過去を振り返り、今を見つめ、次の展開を考える」事が出来る事に感謝です。

事業開始は児童施設での経験を高齢者施設で実施していく事の難しさから混乱した時期もありましたが、基本的な考え方を変えずに邁進してきた事が今の成果につながっていると思っています。本日3施設合同幹部会前に地域交流スペース内の玄関ホールを見まわしたら5月16日の『若山宏誕生記念七変化コンサートに着たドレスや職員が手作りをした神輿、私を模した花魁のちぎり絵など盛りたくさんの物が飾られていて「色んな思いを持った職員がいることに感謝」と言う事です。

 

本日は本部施設職員の2組目の互助会があり、6月には本部施設において6日が『聖一座ショーついでに花魁』の企画があり、13日には供養祭が企画されています。勿論、和合の施設も和(なごみ)の施設も本部施設に負けないような企画を実施しています。3施設がお互いに切磋琢磨しつつ、地域の安心・安全の為に今まで以上に頑張っていきますのでリピーターの皆さん今後共宜しくお願い致します。

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