2026年04月の記事一覧

田圃に入る所の用水はゴーゴーと水が流れています

令和8年4月30日

「正に田植えが始まります」と言う状況で、どの田圃も田圃がおこされていて綺麗に水が張られているので朝のお参りの時に思わず水藻に浮かぶ山の景色を「美しい」と思い思わずスマホで写真を撮りました。

 

写真を撮り終えてしばらく歩いて行くと道路の側溝に水が流れていて「ゴーゴー」と勢いよく水が流れていたので、しばらく立ち止まり「ゴーゴー」の音を楽しんでいました。この時二つの思いが湧き出てきました。

一つには「今須は水不足も無く田植えを予定通り行えるので良かった」と言う事と二つ目は「朝早くにお参りで歩いているからこそ心豊かに感傷に浸れる」と言う事です。多分勢いだけで色んな事をしていた時にはこんな感情を持つ事は無かったと思うので。

38歳で児童養護施設の指導員を退職して若山家の生活を支える為に非常勤講師(多い時には週に13コマ)と6人の子の家庭教師をしてがむしゃらに仕事をしながら次の事業の計画を模索していた時期、その後児童の施設として『情緒障碍児短期治療施設』の計画を立てて、挫折してから高齢者施設の建設を決意した時期はそれこそ『3時間睡眠』が当たり前の生活だったので全く観賞の浸るような生活は考えられなかったと思うのですが、今も確かに毎日3施設の経営や高齢者施設がより良くなる為の展開の為にうごめいてはいますが施設の事も高齢者福祉の事も多くのブレーンが支えてくれているのでしっかりとした睡眠が確保出来ているので、感傷に浸れるし、ゆったりとした気分にもなれると言う事に感謝しています。

勿論今でも『瞬間湯沸かし器』の様な状況になる事もありますが決してその事を引きづらないでいられるのは、私一人で抱えなくても良くなっているからだと思っています。色んな事を考えるのに幅が持てる様になってきた事にも感謝です。本日で4月が終わります。5月は私の誕生月でもありますので今まで以上に『攻め』の気持ちを強く持ってより頑張って行きたいと考えていますのでこれからの展開にも宜しくお願いします。

そう言えば明日5月1日は岐阜県グループホーム協会代表の加藤さんが岐阜県議会議員を連れて盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の見学に来て頂けるので盲養護老人ホームの存在をアピールしていきたいと思っています。

大いなる疑問・・・でも、そういう事かな!?

関ヶ原町の広報が来たので『人口と世帯数』の欄を見ていて不思議な現象に気が付きました。

それは人口総数5963人で前月比24人の減。男性は2905人で前月比8人減。

女性は3058人で16人減と文字通り右肩下がりであり、まだまだ人口減の傾向に歯止めはかからないと思われます。

そんな中での『大いなる疑問』は人口減にも関わらず世帯数は2624世帯で13世帯増えているのです。

「この現象はどういうことだ。」と思った時に一つ思い浮かんだ事があります。

それは、当施設のある本部施設内の敷地内に1Kのアパートが20室あり、外国から特定技能の介護の資格を取得して来てくれた職員がいて「一人で来たが1世帯だ」と言う事で世帯数が増えたことがあったので「このために世帯数が増えたのだろう」とは思いましたが、13世帯も増えたにも関わらず人口が24人も減っていると言う事は『高齢者のみ世帯の夫婦の内の片方が亡くなって単独世帯になったので人口は減ったが世帯数は減らずに外国人が多く関ヶ原に住むようになって世帯数のみ増えた』と言う現象がおきていると思われます。

スマホで関ヶ原町の人口を検索したところ1975年(昭和50年)が10.718人で1985年(昭和60年)が10.147人と10.000人を維持していたのが30年後の2015年(平成27年)には7.419人と言う事で文字通り右肩下がりで、その傾向の歯止めが利かず5年後には2020年(令和2年)には6.610人になり現在はついに6.000人を切ってしまったと言う事です。

私は思っています。

「1970年代に関ヶ原町の将来を担う施策を立てていた方々は何をしていたのかと。将来設計も立てずに補助金が貰える施策のみに走ってしまったのではないか」と穿った思いを持っています。

と言うのは一つの現象でしか無いのですが、今須の宿場町には本陣が現存していたのを惜しげもなく壊してしまい生活改善センターなるものを建設しています。

今となっては再興のしようがないのですが、現存していたら岐阜県内で最も古く建立された曹洞宗別格本山の妙応寺と刀傷のある柱も残っている庄屋の家がジョイントしたら『歴史の街』として観光客も多く押し寄せてきて、ひょっとすると私は我が家は門前にあるので『団子や焼きそば』を売っている人生もあったのでは・・・。

岩手県大槌町の山林火災に思う

4月22日13時53分頃に発生した岩手県大槌町で発生した山林火災は乾燥と強風の為、昨日7時の段階で焼損面積は1618ヘクタールで未だ鎮火に至っていない。と言う情報を耳にして、消火に当たっている方々の大変さと山林火災の近くの住民の方の不安な状況を考えると心が痛みます。

東北地方では針葉樹が多いと思うので例えば杉や檜には油を多く含んでいるので一旦燃え出すとなかなか消えないし『乾燥』と『強風』の影響を受けているので消火に当たられている方々が一生懸命に鎮火の為に頑張られているにも関わらず目の前で燃え広がって行く現象に忸怩たる思いがあり、疲れも取れない日々だと想像できます。

朝のお参りの時に田植えの為に水が綺麗に張られていて山が水もに浮かんでいるのを綺麗だと思え、川の水もしっかり流れているのを見る事が出来るのは「当たり前の景色なのに何と幸せな事か」と思えるのは「雨が降らなくて鎮火に至っていない」地区の方には申し訳ない気持ちになります。火災発生から今日で1週間で、雨も大して期待出来ないとなるとまだまだ厳しい状況が続くのでしょうか。

ロボット・ICTの技術が進みマラソンでも人間の能力より圧倒したり、学力においっても東大入試の問題を解いても断トツに人間の能力を越したとの報道が最近富に聞こえてきますが自然災害においても解決する術が見いだせるのでしょうか。私は災害が起きた時の備えとしては、先ずは『食べる』事に対するものが大切だと思っているので昨日実施した本部施設での大鍋、大釜を活用してのタケノコ祭りは実は災害対策としての意義もあると考えています。だって味噌汁もご飯も200食以上の方に喜んで貰えたのだから。つまり、『備えあれば患いなし』喜ばれながらの防災対策は実際に役立つ事が無いに越したことはありませんが大切だと考えています。

本部『タケノコ祭り』の報告です

朝のお参りではポツポツの雨だったので、山崎ていじさんの赤いタオルで頬被りをして出掛けました。幸福地蔵様では、いつもの様に抱きつきのお願いをしている時に「9時には雨が止み、楽しくタケノコ祭りで入居者さんと楽しく出来ますように」とお願いしました。今は7時30分なので、果たして・・・。

9時30分着火式と言う事で9時に本部施設に行き、準備の様子を確認に行くと既に大鍋も大釜も具材も入れて、薪の井桁積みも出来ていたので「9時30分の予定通りに着火します。」と言ってスマホのアラームを9時30分にセットしてから準備についての対応について聞くと「宿直者の吉田副施設長がタケノコの刻みをしてくれて、夜勤者の伊藤係長(元コック)が上席者の確認を得て手伝いに来てくれて、水野係長中心になって準備をしてくれた」との事だったので「本部施設にはお祭り男が沢山いて有難い」と思った次第です。9時30分のアラームで盛り塩はしてあったのでお酒を大鍋と大釜の周りに振舞い、残ったお酒は大鍋と大釜に入れてから着火をしました。井桁に積んだ薪は良く乾いていたので直ぐに燃え上がり「順調に出来上がりそうだ。後は私の濃い味付けで完成だ」と言って後の事は水野係長と伊藤係長に任せて、事務所で仕事をすることにしました。

正直私が介入しなかったからか?お焦げは最低限で、タケノコご飯もタケノコの味噌汁も上手な出来上がりで、タケノコご飯は山盛りでタケノコの味噌汁はどんぶりでお腹いっぱいに頂きました。入居者さんはいつもと違っておかわりをして、いつも以上に満足そうにして見えたのは本当に嬉しい限りでした。厨房に聞いたら、お昼に提供するご飯は5㎏だということなので、いつもの倍のご飯だったのと水野係長の火の対応が良かったので、厨房の方にも自信を持って食べて頂きました。食べる事だけではありませんが『今日一日楽しかったよ』の展開を頑張って実践していく事によって、入居者さんに元気な笑顔が多く見られることに喜びを持って益々頑張りますので、リピーターの皆さん宜しくご支援下さい。

楽しい事は多いに越したことは無い

令和8年4月26日

昨日午前中に元社会福祉法人杉和会理事長宅で3施設それぞれの施設で活用出来るものの整理にそれぞれの施設の職員が来て作業をしてくれて、本部施設に帰って来て、貰って来たものを車から降ろしている時に「タケノコの味噌汁とタケノコご飯を作って『タケノコ祭りだ』と盛り上がり、「タケノコの量は大丈夫か」と言うと水野係長が「タケノコを獲ってきます。」と言って竹藪に行き9本の大きなタケノコを獲って来て「タケノコの湯がきの準備をしますので点火については理事長お願いします。」と活き活きと言うので「流石に祭り男だな」と感心すると共に「手回しの良さも流石だ」と舌を巻くような手際良さでした。

職員が家で獲れたタケノコと以前に獲れたタケノコ合計で25本は既に湯がいてタッパーに入れ毎日水替えをして貰っていていつでも煮る事が出来る状態になっているのでつくづく思ったのは「今年はタケノコの生り年何だ」と。「だからこそのタケノコ祭りだ」と言う事で明日を前にしてワクワクしています。

これから大垣にある業務スーパー『アミカ』に買い物に行くのですが「ご飯の中にちくわを入れよう」「彩の為にニンジンも入れよう」「米の上に大きな昆布を乗せよう」等と目を輝かせながら話をしています。ご飯を炊く鉄釜は一斗(10升・15㎏)炊けるのですが、流石にそこまでは食べきれ無いのでただ米8㎏と餅米2㎏の計10㎏に一杯のタケノコ等々を入れて作る予定です。

明日炊けてからの『お焦げ』の争奪戦の事を考えると益々ワクワクしてきます。さてさて明日は火の番をしながら入居者さん、利用者さんの笑顔をどれだけ見られるかを考えながら買い物に出掛けます。

今は怖い時代です

当法人の方針として「施設での出来事をその日の内にホームページにアップして皆さんに見て貰いたい。職員に毎日頑張って入力して貰う為には理事長である私自身が率先垂範しなければいけない。」と言う事で私も毎日『理事長コラム』を書いているのですが4月23日の原稿をアップして貰ったのですが何度アップしようとしても出来ないとのです。そこでホームページの管理をお願いしている業者に確認して貰ったところ「管理しているサーバー(基地のようなものだとの事です。)に対して攻撃されているのでしばらくはホームページが使用出来ない状態なので、攻撃が防げるように対応しているので今しばらくお待ち下さい。」との連絡。

但し私が不満だったのは本部施設の五次副施設長が23日の13時30分頃にホームページを管理している担当者に連絡したにも関わらず私が五次副施設長に17時頃にコラムのアップが出来ているかの確認をした時に「連絡はしたのですが未だ何も言ってきません。」とこれもおっとりとした答えが返ってきたので私は「いらっ」としながら即担当者に連絡すると「管理している云々」の話しだったので「理由は分かったけど分かった段階で教えてよ」と素直にクレームを付けました。その後何度も自分のスマホで『杉和会』を検索しても開くことが出来なかったのです。

だからリピーターの皆さん「決してコラムの原稿を書かずに連続記録を継続しなかったのではありませんので。」比較すべき連続記録では無いですが「大谷選手の連続出塁記録は途絶えても私のコラム連続記録は途絶えませんので」私が苦情としてのメッセージを送っても24日にはサーバー攻撃の対応が完全には出来なかったようなのですが(時間帯によっては出来た様ですが)午前1時50分にホームページ管理をして頂いている担当者から「復旧が出来ました」との連絡が入った事を出勤時の9時前に聞いて「ほっ」とすると共に「今は怖い時代だ」と思った次第です。

アサヒビールのサーバー攻撃でマスコミを賑わしていましたが当法人までその影響を受けるとは「トホホ」と言う感じです。

『すべて自分が蒔いたたね』

本日も妙応寺本堂の大谷徹奘師の言葉なのですが、この言葉を見た瞬間に38歳で児童養護施設の指導員を退職してからの生き方がお経を唱えている間に走馬灯の様に浮かんできました。

と言うのは38歳までの私は何だかんだと言っても父進の支援と言うよりかは加護を受けながらのものだったからです。

だって、児童養護施設の指導員として頑張れたのも父進の支援なしでは出来なかったと思っているからです。

私が自らの足で歩く事を決意した事で父進は安心したのかその年の8月12日に他界して自他ともに自分で頑張らなければいけなくなりそれからの私は本日のタイトルの通り『すべて自分が蒔いたたね』で自分が蒔いた種を自分で育てていかなければいけないし、悪い種は自分で刈って行かなければいけない生き方になったと思っています。

児童養護施設を退職してフリーになり、児童養護施設時代に尊敬していた先生についていき『教育と福祉を考える会』を主宰されていたその当時の日本福祉大学中央福祉専門学校の校長先生であった吉田宏岳先生に巡り合い「この先生について学びたい」と言う事で色んなアプローチをさせて貰った事により、大学・短大・専門学校の非常勤講師を紹介して貰ったり教科書の執筆をさせて頂きました。

特別養護老人ホームの計画を進めるに当たっても、色んな方とのめぐり逢いの中で施設見学等をさせて頂きネットワーク広めていきました。

特別養護老人建設に向けて土地探しをしていく中で最初の土地の交渉は従兄弟に任せていたことによって地域説明会を実施した時に文字通り『炎上』してしまい建設計画自体が振り出しに戻ってしまいました。

その経験から「何事も大切なことは自分自身で丁寧に行わないといけない。」と言う事を学びました。

ネットワークを築いていく手法の中で私は「この方とは今後もしっかりと繋がっていきたい。」と思った方については、お会いして日にちを置かずに私の思いを手紙にして送ると共に岐阜新聞で掲載して頂いた『素描』や高野山前官大僧正の静慈圓師の本や法人パンフレットを同封してお送りしてご縁をより強いものにしています。

最近では東海北陸ブロック会議でお会いした名古屋市の次世代委員長のパワフルな施設長さんと今回の衆議院総選挙で東海ブロック比例で衆議院議員になられた聴覚障害の方にも送らせて頂きました。

「こんな事をされていて会長さんはまめですね」と言われる方がありますが「時間は作るものだ」と澄まして答える事にしています。

本日は朝のお参りで思った事2題です。

  •  『誰が見ているわけでもなく』

いつものようにお参りを幸福地蔵様、妙応寺本堂、今須稲荷様、3仏様(観音・毘沙門天・不動明王)等を順番に手を合わせていて六地蔵様の所まで来て六地蔵様それぞれに「おん・ころころ・せんだ・まり・そわか」とご真言を唱えている時にふと合掌をしながらしっかり数珠を両手で重ねている自分に対して「誰が見ているわけでも無いのに、しっかり数珠を手に持って祈っているのは習慣と言うのは素晴らしい」と自画自賛です。

そしてこの時思ったのは「少し意味は違うけれどもこれも『陰徳』(かつて幹部職員に向けてこのコラムで書きましたが)と言う事なのではないかと。」

つまり、誰かに見られていても見られていなくても手を合わせる行為が出来ている自分に対して高校2年の夏休みに四国遍路に参加して以降に自然と出来る様になったのだとしみじみ思いました。

  •  『目的があるから毎日続くのです』

六地蔵様でのお参りを終えて我が家のお墓に行きお墓の湯呑に我が家から持参したペットボトルの水を入れている時に、いつも犬の散歩をされていてこれまたいつも朝の挨拶をして下さる方がいて、一生懸命に水を手向けていて私は声を掛けられるまで気が付かなかったのですが、声を掛けられ慌てて声のする方を見て挨拶を返しながら思ったのは「目的があるから毎日続けられる」と言う事です。

つまり犬の散歩をされている方にとっては「飼い犬の為に雨であろうと行かなければ」と言う事なのでしょうが私のお参りは「我が家にいる限りは我が家のお水を父・母・養母に届けたい。」の思いです。

犬の散歩にしても、お墓の水を手向けるにしても『目的』と『思い』があるから毎日続けられるのだと思います。私のお参りは「家にいる時限定」(最近は外泊する事は少なくなったので殆ど毎日なのですが。)ではありますが。

実は私も犬が好きなので犬を飼いたいのですが出張が多かったので私の代わりの散歩がして貰えないので挫折したのですが、朝のお参りも気持ちが良いのでこれからも続けていきたいと思っています。

『春の5K』とは

私は最近気象情報を聞いて理解したのに『春の5K』と言う言葉があります。リピーターの皆さんはご存じでしょうか。御存じではない方の為に説明しますと『春の5K』とは『強風』『乾燥』『花粉』『黄砂』『寒暖差』の5つだそうです。

確かに最近の『強風』は凄まじいです。特に昨日の朝は強風に加えて雨が降っていたので傘をさして歩くのは大変でした。

『乾燥』については喉にも良くないのでしっかりうがいをしないと感想は喉を傷めて風邪をひきやすいのではないかと思っています。

『花粉』について、私は杉花粉が駄目で涙目で鼻がズルズルになってしまうので本当に困ります。今は杉花粉ではなくてヒノキ花粉なので少し収まってきましたが。

『黄砂』は天気が良い日に外に出て霞んでいるとクシャミや鼻水が出てしまう方が多いのでは無いでしょうか。

『寒暖差』については今朝も思ったのですが金剛杖を持つ右手は手が冷たくなって痺れた様に感じました。本日は曇り空で最高気温は20℃くらいだったので暑さを感じる事は無かったのですが、朝の気温が10℃以下で25℃を超えて寒暖差が15℃以上になると体はきついですし風邪をひかれる方も多いのではないでしょうか。但し今朝の様に手が冷たくなる時は当然ながら体も冷え切っているのでお参りから帰り、お風呂に直行して冷めたお湯に浸かりながら39℃まで段々と温まってくるお湯に浸かっているのは至福の喜びです。この喜びは実際にしないと分からない喜びだと思っています。もう少し言うなら39℃までになったお湯で体の芯まで温まった体に冷水のシャワーを浴びでからもう一度温かいお湯に浸かると2度目の至福の喜びを味わえます。

こんな喜びは私の身体が小さい頃とは遥かに強くなったからだと思うと「健康を享受出来て嬉しい」と言う事で『感謝・感謝・感謝』です。身体が弱かった小さい頃の事を思うと今は忙しく走り回れることにも『感謝』です。だから『えらい』とか『しんどい』とは思わず5時から毎日頑張ります。

既視感の様に思えました

昨夜19時前のNHKの天気予報を見ていて何となく「明日の天気は朝6時まで雨が降って6時には雨があがって良い天気になるでしょう。」との情報を得ていての朝のお参りを5時30分過ぎから開始するお参りの為に家の玄関を出たら風もきつく雨も凄い勢いで降っていて傘が役にたたないような状態だったのですが頑張って歩きました。

いつもの様に幸福地蔵様にお参りをしてトンネル2つを通り妙応寺の本堂に入り玄関の戸を閉めて般若心経等のお経を唱えている時に関ケ原町の広報で6時を知らせるチャイムが鳴ってお経を唱え終えて本堂の戸を開けてびっくりです。と言うのは凄い勢いで降っていた雨が止んでいて青空が見えていたからです。

その時に思ったのが所謂『既視感』の様に思えたからです。と言うのは1985年から3シリーズに渡って上映された映画で『バックツーザフューチャー』の2つ目の映画をテレビで見た時に印象に残っていたシーンで主人公のマーティーの相棒役である変人扱いされているドクと言う科学者がいて1985年の頃の人気車であった『デロリアン』を改造して作ったタイムマシーンで2015年と言う未来に行き車を降りたら土砂降りで慌てて時間を確認すると「あと10秒で雨があがる。」と言うと雨があがり太陽が出てくると言うシーンでした。(今は2026年で2015年ははるかに過去の事ですが実際にはそこまで進歩していませんが・・・。)

本日の天気は「正にそのシーンそのものの様に思ったのです。と言うのは本堂でのお経は15分位なのに『土砂降りから晴れた』と言う事と、昨夜のニュースで「6時には晴れる」が「正にドンピシャ」だったからです。地球の上空には多くの衛星が飛んでいるので「天気予報が正確になってきている」と言う事は『バックツーザフューチャー2』と一緒の様で「まるで既視感」と言う事です。

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