2026年04月の記事一覧

今年はタケノコの『生り年』の様です

我が家に、ジョイントカラオケでお世話になっている高木さんからタケノコを頂いたのを皮切りに、次の日には本部施設の川向こうの竹藪で、大量に収穫して翌日には湯がきをして、その次の日に本部施設の入居者さん利用者さんと職員に、タケノコの味噌汁を振る舞い、本部施設での『タケノコの味噌汁祭り』が終わったタイミングで「和合の施設に、和(なごみ)の裏山で獲れたタケノコを頂いたと言う事で、昨日は和合の施設でタケノコを湯がき、本日は和合での『タケノコの味噌汁祭り』が14時30分から始まり、夕食時の一品として振る舞う予定です。本来であれば、お昼の一品として提供すべきなのですが、私自身が本部施設の幹部会が午前中に実施されるので、夕食の一品としての提供になった次第です。

考えてみたら、本日で4日連続の『火の番』なのですが、リピーターの皆さん「火の番なんて見てるだけと単純に思って貰っては困りますよ。」実際に火の番をしていると「日に体力が吸い取られる」様な感じがするのです。つまり「結構体力が必要なのであります。」そんな火の番は4日連続なのですが、これが痩せないのです。但し、本部施設においても和合の施設においても、火の周りには多くのギャラリーとして多くの入居者さんが来て頂けて、「寒い」と言われれば「釜の中に入ってみます?」とか「大きなタケノコで、固くは無いの」と言われれば「ひょっとすると、歯が折れるかも」などとの軽口(大きなタケノコでも柔らかく美味しく食べて頂けるので、決して歯が折れる事はありませんが・・)を叩きながらの火の番は楽しいのですが。

昨年はタケノコがあまり獲れなくて、1回の味噌汁がやっとだったのですが、今年は『生り年』の様なので2度も3度も出来そうだし(本部施設では、2回目の湯がきを午後から水野係長がしてくれるとの事です。)味噌汁だけでなく、タケノコご飯も食べて貰えそうなので、入居者さんの笑顔を多く見られる思うとワクワクです。

昨日本部施設で実施されたジョイントカラオケでつくづく思った事

月に1回、基本的には第3土曜日に地元藤下(とうげ)地区の高木さんが来て下さり、理事長である私と、施設長である水野が参加してのジョイントカラオケを開催しています。高木さんは、もうすぐ80歳になられるのですが声量もあり、音程もしっかりしてみえるのですが、毎回ジョイントカラオケを実施する何日か前には『一人カラオケ』に行かれて、たっぷり3時間予習をされてから来て頂く念の入れようです。3時間の予習の時間に、自分にあう音程を確認して来られるので、カラオケの操作をする職員はいつも緊張しながら対応しています。

昨日も本部施設の入居者さん、利用者さんが本館玄関先にある地域交流ホールに集まって下さり、ジョイントカラオケを楽しまれました。ジョイントカラオケの時間は、おおよそ13時30分から15時までの1時間30分なのですが、タンバリンを持たれたり、スズを持たれたりしているのですが、歌に合わせてしっかりと参加され、しかも1時間30分と言う比較的長い時間なのですが、しっかりと参加されている姿に対して「しっかり参加されているのが当たり前だと思っていましたが、これは凄い事なのではないか」と思ったのです。この現象は正に『ローマは一日にして成らず』の例えの如く、「平成10年5月の事業開始から守られてきた『今日一日楽しかったよ』の日々の積み重ねが成せる事」だと思った次第です。

今須産のタケノコで味噌汁を作りました

一昨日に『タケノコ掘り名人』の水野係長が大きなタケノコを獲ってきてくれたのを、昨日和合から本部に帰って水野係長が準備万端整えてくれていたので15時30分から私の『着火』で薪に火を点け、タケノコの湯がきをしました。大きな鉄鍋なので大きなタケノコも楽々に鍋の中に納まり、おおよそ1時間で湯がき終えて、そのまま鍋の中で冷ましたのを朝早くに来てくれた職員が細かくタケノコを刻んだりの作業を9時までに終えてくれて、本日9時からまたまた『着火式』をさせて頂きました。

   

薪が勢いよく燃えだしたタイミングで入居者さんが順番に見学に来て下さり、「薪の日は温かいね」とか「大きな鍋だね」等など「わいわい」「がやがや」と話をしながら、事前に準備してくれたお茶とお菓子を食べて頂きました。いつもとは違う雰囲気の中で、一杯楽しい話をして頂きました。

 

10時から幹部職員を対象にした烏野先生のリモートによる『虐待』の研修が計画されていたので、10時からの火の番は後ろ髪を引かれるような思いで水野係長に委ねました。虐待研修を1時間受講しながら「今の時代は、本当に対応が難しいな」と思いましたが、1時間の研修の後はタケノコの味噌汁炊きが実施されているところに飛ぶように行くと、水野係長から味見をする様に促され試飲をすると、悔しいくらいに『美味い」と言う事で、薪をくべてしっかり煮詰めてから、それぞれの鍋に各フロアに持って行く味噌汁を入れて、昼食に来た職員にもしっかり食べて貰い、異口同音に「美味しい」と言って貰えたので私自身『にんまり』でした。

ちなみに、盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の敷地で獲れたのを和合に持って来て貰えたので、明日は和合の施設でタケノコ湯がきをして、明後日は私が午前中は身動きが出来ないので、午後から味噌汁作りをして入居者さんの夕食で食べて頂く予定です。今年はタケノコが豊作な様なので、何回かタケノコの味噌汁、或いはタケノコご飯を食べて頂けるかと思うとワクワクしてきます。忙しいから出来ないでは無くて、時間を工夫して入居者さんに喜んで頂けたら私自身嬉しいです。と言う事は『今日一日楽しかったよ』の実践は入居者さんの為と言うよりは、私自身がワクワクしている事を理解した次第です。と言う事は6月6日(本部)6月21日(和合)で私が花魁になるのも、私が楽しんでいるのか。でも、入居者さんが喜んで頂けるのであれば大丈夫かと・・・。

 

朝のお参りでの出来事と一昨日の長城の会でのこぼれ話の2題

朝のお参りで、妙応寺の本堂の奈良薬師寺大谷徹奘執事長の日めくりカレンダーでは『できるとき できること できるだけ』の言葉があり、般若心経を唱えながら「38歳で児童養護施設の指導員を退職してからの私は、本日の日めくりカレンダーの言葉の通りの生き方をしてきた事により、今の自分がある。」とつくづく思いました。それと共に、「全てが順風満帆ではなかったけれども(と言うより嵐の様な日々も何度かありましたが)今も頑張れているのは、実直に頑張ってきたから今がある。勿論、私一人の頑張りではなくて、色んな方の支援があっての今である事も忘れてはいけない。」とも思いながら、般若心経を唱えました。

先般のコラムで『幸福地蔵様に抱き付きながらお願い事をしている事は書いたのですが、実はもう一カ所、抱き付きながらお願いしているお地蔵様についての紹介をします。それは、色んな事情で墓じまいをされたお墓を安置しているところの中心に安置されているお地蔵様なのですが、7段の階段を上がったところの、少し小高い所にあるお地蔵様なのですが、座って胡坐をかいたお地蔵様なのですが、私はいつもそのお地蔵様には後ろから抱き着いて、身体中を擦りながらお願い事をしています。特に最近は右肩に違和感があるので、しっかりと肩は集中的にさすりながら『オン カカカビ センダリ マリ ソワカ』と念じています。

   

もう一つの話題である長城の会でのこぼれ話を』します。それは、可愛い豚の顔をした写真の話です。長城の会は2カ月に1回第3水曜日の17時30分から、フォーラムホテルの中華のお店で会食をしながら談話を楽しむ会なのですが、中華のメニューが順番に出てきた最後の品だったのですが、見ての通りで文字通り『豚の顔の豚まん』だったのですが、同じテーブルの皆さんから「あまりにリアルで食べるのが申し訳ないね」との声や「家に持って帰って孫に食べさせる」と言う方も見えましたが、私も含めて「がぶり」と美味しく頂きました。

『月光仮面』の歌のしみじみ読み込むと

「どこの誰だか知らないけれど、誰もがみんな知っている、月光仮面のおじさんは、正義の味方よ、良い人よ、疾風のように現れて、疾風のように去っていく、月光仮面はだれでしょう、月光仮面はだれでしょう。」の一番の歌詞を読んでいて色んな事を思いました。

先ず最初に思ったのは「どこの誰かは知らないけれど」とは言っていますが「テレビを見ている人はみんな知っているやろ」それでいて「誰もがみんな知っている」と言う事は「月光仮面はその当時のヒーローだったんや」と。その次の「月光仮面のおじさんは」と言っている事からして「その当時のヒーローはおじさんで良かったんや」と。「正義の味方よ、良い人よ」と言う事は『勧善懲悪』の考え方がしっかりした時代だったので「正義の味方はとにかく良い人何だと読み解く事が出来ました。「疾風のように現れて、疾風のように去って行く」と表現されていますが、「私がDVDで見る限りは『疾風のように』の表現は今とは随分違うな」と思っています。最後の「月光仮面はだれでしょう」は「決まっているやろ」と思うと共に「正義は必ず勝つ」が絶対条件の時代で複雑なシナリオでない所が60年以上前と言う『古き良き時代』と言えるのだとも思いました。

3番の歌詞の中にも「電光石火の早業で」とありますが現代の感覚で言うと「何が電光石火や。全然のんびりとしたてんかいやないか」と思ってしまいますし「今日も走らすオートバイ」とありますが「60年前のオートバイとしては最高だったのかも知れないけれども「ダサいオートバイ」と思ってしまいますが「『特撮』の走りとしてはこれが精いっぱいだったんだな」と言う事だと思います。

結論としては『古き良き時代』を知る事によって現代の発展の凄さを理解出来たと思います。

30秒の差でセーフのお話

朝のお参りの事です。

いつもの様に5時30分過ぎに家を出て、ぽつぽつと雨が落ちてきたのですが「山崎ていじの赤いタオルを首に巻いているので、最悪赤いタオルで頬被りをすれば大丈夫だ。」と強硬突破することにしました。(小さい頃の私だったら、雨に打たれたら高熱を出していたと思うので随分丈夫になったと言う事でしょうか)(※結果的には、それ程雨に降られる事は無かったのですが。)(※※なかなか表題に沿った話題にならないのが、私の悪い癖ですみません。)

さて、本題の『30秒の差でセーフのお話』に移ります。いつもの様に妙応寺の駐車場内にある幸福地蔵様に抱きつきのお願いをしようと、4段の階段を上ってお賽銭を入れようとしたタイミングで軽トラックが走ってきたので、動きを止めて軽トラックの方を見ると、本部施設のデイサービスの運転をお願いしている方で「おはようございます。」と挨拶されたので、私も「おはようございます。」と返したのですが内心は「30秒後に軽トラックが来ていたら、思いっきり幸福地蔵様に抱きついているところを目撃されるところだった。」と思った次第です。しかしながら、今まで誰にも幸福地蔵様に抱きついている姿を目撃されていないと思っているのですが、私が知らないだけで、本当は目撃している方があるかも知れないなと思うと「目撃した方は随分大人の対応をしてくださっている」とも思いました。但し、だからと言って幸福地蔵様に抱きつく行為を止めるつもりはさらさらありませんが。

この辺の考え方の変り方は身体が丈夫になったことや、色んな経験をさせて頂いたからだと思うと考え深いものがあります。72歳で来月16日には73歳になる私ですが、ますます元気に飛び回っていられる事に感謝です。それから、リピーターの皆さん、来月16日が私の誕生日だからとプレゼントを用意しなければ等とのお気遣いは無用ですから・・・。

時間を有効に使うと言う事

令和8年4月14日

本日は8時30分までに和合の施設に行き9時からの入居申し込みの対応をすることになっていたので、いつもの5時30分からのお参りを5時からにして朝の時間を有効に使う事によって入居相談の方に迷惑を掛けずに丁寧に説明が出来、相談者が不安を持たれる事無く安心して帰って頂きました。

当法人の理念も含めて理解して頂くのにたっぷり1時間かかったので10時から行う事予定にしていた多職種連携会議に参加するメンバーが揃っている中、5分遅れで会議を開始することが出来ました。会議は12時過ぎまでかかり会議終了後に本部施設に行き、本部施設で昼食を頂き14時からのエレベーターメンテ業者の打ち合わせに挑み、15時からは介護用品の業者との打ち合わせをしました。

明日は岐阜県老人福祉施設協議会理事会があり理事会終了後は東海北陸ブロック研修岐阜大会の実行委員会もあるので、事前打ち合わせと共に実行委員会で7月30日~31日の大会が円滑に実施される為の事前打ち合わせの為に電話ではありましたが、懸念が持たれるところの無い様に打ち合わせをさせて頂きました。

東海北陸ブロック研修岐阜大会は600人の規模での大会なので岐阜駅周辺で全ての対応(全体会・6分科会・懇親会・宿泊施設・役員控室)が出来るので、コンパクトな大会にはなりますが、参加して頂いた方が満足して帰って貰い、それぞれの施設での展開にとって有効な情報を得る大会になる様にしていきたいと考えています。毎日が充実している私は本当に幸せ者だと思いますし『天職』の様に頑張れる事に感謝しています。

『まぼろし探偵』のDVDを見てびっくりです

令和8年4月13日

先代の理事長宅の片づけをしていて見つけた『月光仮面』のDVDを見た事はこのコラムでも書いて、その後カラオケで歌う時には必ず『月光仮面』を歌っているのですが、『月光仮面』を見終わってから、「まぼろし探偵は記憶の中に無い」と言う事でテレビ台の上に置いたままになっていて昨日何となく『まぼろし探偵」のDVDのパッケージを見ていたら『主演 加藤弘・吉永小百合』とあったので「吉永小百合さんが出ているのか」と興味を持って見たのですが、正直「お嬢さん役でほんの少し出ているだけか」と思ったのですが、パソコンで情報を得たら少し興味を持てた事があるので本日のコラムにします。

まず最初に思ったのは『まぼろし探偵』は『月光仮面』より1年近く前の放映であり、『特撮』番組の元祖だと言う事でしかも、多分吉永小百合さんが12歳の時のものなので吉永小百合さんにとってもデビュー当時のテレビ番組だったのではないかと思います。と言う事は「吉永小百合さんのお嬢様路線はこの番組の成功によって決まったのではないかと大袈裟な表現ではなくて思っています。」インターネット情報で吉永小百合を検索すると色んな事が分かりました。

一つには「一生を俳優として生きられている」と思いました。と言うのは吉永小百合本人が「子どもは好きですが子育てする自信が無いので子どもは産みません。」と言われていたとの事です。また「自身が出演する映画作品を子どもの様に愛し、一本一本を大切に生きるという姿勢を表明しています」とのコメントには、「映画俳優として全ての人生を掛けられていると言う事でそれはそれで凄い生き様だ」と思いました。

また、「28歳の時に15歳年上の方に結婚して欲しいとアプローチされた。」とのエピソードには自分の事をよく理解されていての行動なのだと思いました。『まぼろし探偵』にしても『月光仮面』通信機器は電話であり、『特撮』とは言え今のような事は出来ないけれどもシンプルな映し方には共感できるし道路が砂埃の中を走っているのは「1950年代を良く表しているなとも思いました。

社会福祉法人は地域行事には参加するのが当然の事

本日7時30分から施設がある和合本町の中央・南公園の除草活動があると言う事で、いつもの5時30分過ぎからのお参りは無しにして我が家を6時20分に出て和合の施設に向かいました。日曜日の早朝と言う事も有り道路が空いていたので7時には施設に着くと本日休みの伊藤副施設長も来てくれたので、伊藤副施設長の運転で活動場所まで行くと草刈り機の音がして数人の方はみえていたので草取り作業の仲間入りをさせて頂きました。徐々に参加者が増えてきて施設の事をご存じの多くの方から声を掛けて頂いたのは非常に有難い事だと思いました。

2012年に和合地区で特別養護老人ホームの建設計画の為の説明会をお寺の本堂をお借りしての地元説明会の時には正直初めてお会いする方ばかりで戸惑う事も多かったのですが2014年に事業開始をさせていただいてから12年の年月が経過して、地元の関係者の方が入居して頂いたり、ボランティア活動に来て頂いたり、施設のイベントに参加して頂いたりと言う事で『和合地区にある特別養護老人ホーム』としての役割をしっかりさせて頂いてきた結果が、「気さくに声を掛けて頂ける結果に繋がっている。」と思うと考え深いものがあります。地区の奉仕活動にも声掛けをして頂ける事に感謝して「喜んで参加させて頂きました。」

富士山噴火がまことしやかに報道されたり、東南海地震について研究者がコメントされたりしている中で社会福祉法人杉和会が出来うる準備をしっかり行い、あってはいけない事ですが災害時にも地域の中で出来る事を頑張って行きたいと奉仕活動に参加させて頂き改めて思った次第です。本日参加させて頂き地区の防災倉庫があまりに脆弱なのに驚きましたので、地域の中での備えの一助が出来る様な事を今後具体的にさせて頂ければとも思いました。私が言うのも可笑しな話ですが和合地区の中で地震に強い建物が優・悠・邑 和合だと思っているし、避難場所としてのスペースも多くありますので、いざと言う時に頼りにして頂ける様に地元との信頼関係をより密にしていきたいとも考えています。

『桜まつり』では無くて『春祭り』でした

招待状では『桜まつり招待』と謳ってあったと思うのですが、流石に関ケ原の桜も殆ど散っていて「桜まつりと銘打つのはしんどい話しだな」と思って入場門の所まで進むと『春祭り』と大きく書いてあったので「なるほど」と思った次第です。

今どきなのでキッチンカーが何台か来ていて、ラーメン・焼きそば・たこ焼きなど皆が喜びそうなものが並んでいました。

受付で名前を書くと食事券と共に飲み物も頂けたのは「流石に企業がされる事はこういう事か」と思いつつ、(当施設においてはボランティアも職員も汗をかいて模擬店の商品も作り、安価に美味しいものを提供するスタンスです。)『たこ焼き』8個800円の品物を頼み「食事券で大丈夫ですか」と聞くと「それで大丈夫ですよ」と言われて「サービスにフランクフルトを1本差し上げます。」と言われたので、フランクフルトと飲み物を休憩所で頂いて『たこ焼き』は本部施設の職員のお土産にして持ち帰る事にしました。

11時に業者さんとの打ち合わせが入っていたので、10時30分に出口に向かうと関ケ原町長さんが歩いてみえたので声を掛けて当施設の祭りは10月4日である事をお話しながら、敢えて関ケ原町のお祭りの日に実施する理由をお話すると「それは有難い」と言って頂けたので正直「ほっと」しました。

その上で勢い余って「今年のお祭りにはベリーダンスが4人のチームを組んで来てもらう事になっています」と話をしました。

11時からの打ち合わせをした業者は3度目の打ち合わせだったのですが、私は見積もり等で納得がいかない説明をされると徹底的に納得がいくまで話を聞かないと駄目な性分なので色んな所で時間がかかってしまうので11時30分からの次の予定の時間に食い込んでしまいました。

正直身体が一つでは足らない様な生き方なのですが、何とかこれからも頑張って行きたいと思っています。

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