2024年06月の記事一覧

幸福地蔵様の帽子と前掛けが新しくなっていました。

令和6年6月13日

昨日からお腹がドンとしていて、消化の良いものしか食べていなくて、いつもの様に5時15分のアラームで目は覚めたのですが、「本調子ではない」と言う事で朝のお参りは無しにして7時までゆっくりさせて貰い朝食は『おじやと梅干』にして、少し休憩を摂ってから午前中は本部施設でのフロア責任者会議で午後からは和合に移動して幹部会議でも色々と話をさせて頂いて、トンボ帰りの様にして16時からの全国介護福祉政治連盟役員会にリモートで参加してから、コラムの原稿を書き18時30分には家に着きお風呂に入って軽めの夕食を摂り体調が優れない時はゆっくりするに限ると言う事で早い時間でしたが横になりました。

夜中に咳をしたり痰が出たりしたのですがそれなりに休めたので今朝は5時15分のアラームで行動開始をして仏間でのお参りと妙応寺経由の我が家へのお墓参りも実行出来ました。家を出ると、どんよりとした曇り空でしたが幸福地蔵様の所まで行って「パッと」気分が良くなりました。

と言うのは表題の通り幸福地蔵様の帽子と前掛けが新しいのになっていたからです。前掛けはともかくとして帽子は赤色だったのが頭の上の所が白くなってしまっていて「紅白のコントラスト」と言うよりか「白いところは禿げて居る」と言う表現の方が正しいような状態を気にはなっていても自分では何とも出来ない苛立ちを覚えていたので「ほっと」したと言うのが正確な表現かも知れません。このような考え方をする私は変なのでしょうか。リピーターの皆さん、ご意見を下さい。

幸福地蔵様の帽子と前掛けが新しくなっていました。

令和6年6月13日

昨日からお腹がドンとしていて、消化の良いものしか食べていなくて、いつもの様に5時15分のアラームで目は覚めたのですが、「本調子ではない」と言う事で朝のお参りは無しにして7時までゆっくりさせて貰い朝食は『おじやと梅干』にして、少し休憩を摂ってから午前中は本部施設でのフロア責任者会議で午後からは和合に移動して幹部会議でも色々と話をさせて頂いて、トンボ帰りの様にして16時からの全国介護福祉政治連盟役員会にリモートで参加してから、コラムの原稿を書き18時30分には家に着きお風呂に入って軽めの夕食を摂り体調が優れない時はゆっくりするに限ると言う事で早い時間でしたが横になりました。

夜中に咳をしたり痰が出たりしたのですがそれなりに休めたので今朝は5時15分のアラームで行動開始をして仏間でのお参りと妙応寺経由の我が家へのお墓参りも実行出来ました。家を出ると、どんよりとした曇り空でしたが幸福地蔵様の所まで行って「パッと」気分が良くなりました。

と言うのは表題の通り幸福地蔵様の帽子と前掛けが新しいのになっていたからです。前掛けはともかくとして帽子は赤色だったのが頭の上の所が白くなってしまっていて「紅白のコントラスト」と言うよりか「白いところは禿げて居る」と言う表現の方が正しいような状態を気にはなっていても自分では何とも出来ない苛立ちを覚えていたので「ほっと」したと言うのが正確な表現かも知れません。このような考え方をする私は変なのでしょうか。リピーターの皆さん、ご意見を下さい。

アクションを起こすと活路が開ける

令和6年6月12日

『社会福祉法人 杉和会』は『公益社団法人 全国老人福祉施設協議会』に所属しているのですが、その団体には「行動の老施協」「労を惜しまず」と言う考え方があります。そのスタンスは私の生き方とも共通するところがあり、平成18年8月8日に本部役員として(当時出来たばかりの総務委員会幹事)になってからは、全国老施協の中においても実直に行動してきました。そんな中で厚生労働省老健局長に就任されたタイミングで、現在の厚生労働省大島事務次官と名刺交換をさせて頂き、その折「中学を卒業して当施設に就職した男子職員がいます。」とお話させて貰ったら「是非介護福祉士の取得が出来るようになると良いですね。」とのお言葉を頂いていて、それから4年後に2回目の挑戦で見事に取得してくれたので、手紙を添えて合格証を厚生労働省大島事務次官宛てに送ったところ、直接電話連絡を頂き舞い上がった事があったのです。

今回は岐阜労働局主催の「就職氷河期プラットホーム検討会」に参加させて頂き(各種事業所代表として)会議の中での私の発言を評価して頂いたのか、会議終了後に、岐阜労働局長さんと親しくお話をさせて頂いたので、パンフレットや本と共に熱い思いを書いた手紙を添えて送らせて頂いたところ(既に以前のコラムで書きました。)、昨日午前中に大垣ハローワークの担当者の方から「局長から指示を頂いたので一度お会いしたい。」との連絡を頂き、午後には労働局長さん自ら電話を頂き「何でも協力します。」との事で「アクションを起こさなければこんな電話を頂く事もないな」と思った次第です。

この様な行動の底辺には私の生みの母親秋江さんの『蒔かぬ種は生えぬ』なので、改めて「小さい時の主体性の無い私が今の様になったのは母秋江さんのお陰だと思っています。リピーターの皆さん、私はこんな生き方なのですが、これからもご支援宜しくお願い致します。

アクションを起こすと活路が開ける

令和6年6月12日

『社会福祉法人 杉和会』は『公益社団法人 全国老人福祉施設協議会』に所属しているのですが、その団体には「行動の老施協」「労を惜しまず」と言う考え方があります。そのスタンスは私の生き方とも共通するところがあり、平成18年8月8日に本部役員として(当時出来たばかりの総務委員会幹事)になってからは、全国老施協の中においても実直に行動してきました。そんな中で厚生労働省老健局長に就任されたタイミングで、現在の厚生労働省大島事務次官と名刺交換をさせて頂き、その折「中学を卒業して当施設に就職した男子職員がいます。」とお話させて貰ったら「是非介護福祉士の取得が出来るようになると良いですね。」とのお言葉を頂いていて、それから4年後に2回目の挑戦で見事に取得してくれたので、手紙を添えて合格証を厚生労働省大島事務次官宛てに送ったところ、直接電話連絡を頂き舞い上がった事があったのです。

今回は岐阜労働局主催の「就職氷河期プラットホーム検討会」に参加させて頂き(各種事業所代表として)会議の中での私の発言を評価して頂いたのか、会議終了後に、岐阜労働局長さんと親しくお話をさせて頂いたので、パンフレットや本と共に熱い思いを書いた手紙を添えて送らせて頂いたところ(既に以前のコラムで書きました。)、昨日午前中に大垣ハローワークの担当者の方から「局長から指示を頂いたので一度お会いしたい。」との連絡を頂き、午後には労働局長さん自ら電話を頂き「何でも協力します。」との事で「アクションを起こさなければこんな電話を頂く事もないな」と思った次第です。

この様な行動の底辺には私の生みの母親秋江さんの『蒔かぬ種は生えぬ』なので、改めて「小さい時の主体性の無い私が今の様になったのは母秋江さんのお陰だと思っています。リピーターの皆さん、私はこんな生き方なのですが、これからもご支援宜しくお願い致します。

アクションを起こすと活路が開ける

令和6年6月12日

『社会福祉法人 杉和会』は『公益社団法人 全国老人福祉施設協議会』に所属しているのですが、その団体には「行動の老施協」「労を惜しまず」と言う考え方があります。そのスタンスは私の生き方とも共通するところがあり、平成18年8月8日に本部役員として(当時出来たばかりの総務委員会幹事)になってからは、全国老施協の中においても実直に行動してきました。そんな中で厚生労働省老健局長に就任されたタイミングで、現在の厚生労働省大島事務次官と名刺交換をさせて頂き、その折「中学を卒業して当施設に就職した男子職員がいます。」とお話させて貰ったら「是非介護福祉士の取得が出来るようになると良いですね。」とのお言葉を頂いていて、それから4年後に2回目の挑戦で見事に取得してくれたので、手紙を添えて合格証を厚生労働省大島事務次官宛てに送ったところ、直接電話連絡を頂き舞い上がった事があったのです。

今回は岐阜労働局主催の「就職氷河期プラットホーム検討会」に参加させて頂き(各種事業所代表として)会議の中での私の発言を評価して頂いたのか、会議終了後に、岐阜労働局長さんと親しくお話をさせて頂いたので、パンフレットや本と共に熱い思いを書いた手紙を添えて送らせて頂いたところ(既に以前のコラムで書きました。)、昨日午前中に大垣ハローワークの担当者の方から「局長から指示を頂いたので一度お会いしたい。」との連絡を頂き、午後には労働局長さん自ら電話を頂き「何でも協力します。」との事で「アクションを起こさなければこんな電話を頂く事もないな」と思った次第です。

この様な行動の底辺には私の生みの母親秋江さんの『蒔かぬ種は生えぬ』なので、改めて「小さい時の主体性の無い私が今の様になったのは母秋江さんのお陰だと思っています。リピーターの皆さん、私はこんな生き方なのですが、これからもご支援宜しくお願い致します。

アクションを起こすと活路が開ける

令和6年6月12日

『社会福祉法人 杉和会』は『公益社団法人 全国老人福祉施設協議会』に所属しているのですが、その団体には「行動の老施協」「労を惜しまず」と言う考え方があります。そのスタンスは私の生き方とも共通するところがあり、平成18年8月8日に本部役員として(当時出来たばかりの総務委員会幹事)になってからは、全国老施協の中においても実直に行動してきました。そんな中で厚生労働省老健局長に就任されたタイミングで、現在の厚生労働省大島事務次官と名刺交換をさせて頂き、その折「中学を卒業して当施設に就職した男子職員がいます。」とお話させて貰ったら「是非介護福祉士の取得が出来るようになると良いですね。」とのお言葉を頂いていて、それから4年後に2回目の挑戦で見事に取得してくれたので、手紙を添えて合格証を厚生労働省大島事務次官宛てに送ったところ、直接電話連絡を頂き舞い上がった事があったのです。

今回は岐阜労働局主催の「就職氷河期プラットホーム検討会」に参加させて頂き(各種事業所代表として)会議の中での私の発言を評価して頂いたのか、会議終了後に、岐阜労働局長さんと親しくお話をさせて頂いたので、パンフレットや本と共に熱い思いを書いた手紙を添えて送らせて頂いたところ(既に以前のコラムで書きました。)、昨日午前中に大垣ハローワークの担当者の方から「局長から指示を頂いたので一度お会いしたい。」との連絡を頂き、午後には労働局長さん自ら電話を頂き「何でも協力します。」との事で「アクションを起こさなければこんな電話を頂く事もないな」と思った次第です。

この様な行動の底辺には私の生みの母親秋江さんの『蒔かぬ種は生えぬ』なので、改めて「小さい時の主体性の無い私が今の様になったのは母秋江さんのお陰だと思っています。リピーターの皆さん、私はこんな生き方なのですが、これからもご支援宜しくお願い致します。

若い頃の役者魂はどこへ行ってしまったのか

令和6年6月11日

大学時代の私は唐十郎さんが主宰されていた状況劇場(赤テント)を大学祭に2日間興行のイベントで呼ぶ企画に主体的に関わったりして、自分で言うのもおこがましいのですが結構役者魂もあって、感情移入も比較的簡単に出来たので71歳になった今も「すぐにその気になれる。」と自負していたのです。

また、大学を卒業して教員を辞めて児童養護施設の指導員をしていた時は夏休みの宿題の読書感想文の原稿を小学校3年生から中学生まで殆ど請け負っていて(40年以上前の事ですから時効と言う事で)それぞれの子どもになりきって書いていました。(私が小学生の時は私の宿題を春子お姉さまがしていたのですが・・・。)

だから感情移入は得意なはずだし自信があったのですが、昨日の『てるてる座』の時に、座員の一人である通称『亀ちゃん』とデュエットで「浪花恋しぐれ」を歌う事にしたのですが、亀ちゃんがビシッと和服を着ていて、セリフに合わせて私にちょっかいを掛けてきたので照れて照れて、自分としてはメロメロの歌になってしまったので、歌の終わりの時は名誉挽回とばかりに「酒や、酒や酒買うてこ~い」と大きな声で締めくくりました。自分で言うのも変ですが、こんな純情な面を71歳になった今も持っているとは驚きです。リピーターの皆さん、この状況をどう思われますか。

若い頃の役者魂はどこへ行ってしまったのか

令和6年6月11日

大学時代の私は唐十郎さんが主宰されていた状況劇場(赤テント)を大学祭に2日間興行のイベントで呼ぶ企画に主体的に関わったりして、自分で言うのもおこがましいのですが結構役者魂もあって、感情移入も比較的簡単に出来たので71歳になった今も「すぐにその気になれる。」と自負していたのです。

また、大学を卒業して教員を辞めて児童養護施設の指導員をしていた時は夏休みの宿題の読書感想文の原稿を小学校3年生から中学生まで殆ど請け負っていて(40年以上前の事ですから時効と言う事で)それぞれの子どもになりきって書いていました。(私が小学生の時は私の宿題を春子お姉さまがしていたのですが・・・。)

だから感情移入は得意なはずだし自信があったのですが、昨日の『てるてる座』の時に、座員の一人である通称『亀ちゃん』とデュエットで「浪花恋しぐれ」を歌う事にしたのですが、亀ちゃんがビシッと和服を着ていて、セリフに合わせて私にちょっかいを掛けてきたので照れて照れて、自分としてはメロメロの歌になってしまったので、歌の終わりの時は名誉挽回とばかりに「酒や、酒や酒買うてこ~い」と大きな声で締めくくりました。自分で言うのも変ですが、こんな純情な面を71歳になった今も持っているとは驚きです。リピーターの皆さん、この状況をどう思われますか。

若い頃の役者魂はどこへ行ってしまったのか

令和6年6月11日

大学時代の私は唐十郎さんが主宰されていた状況劇場(赤テント)を大学祭に2日間興行のイベントで呼ぶ企画に主体的に関わったりして、自分で言うのもおこがましいのですが結構役者魂もあって、感情移入も比較的簡単に出来たので71歳になった今も「すぐにその気になれる。」と自負していたのです。

また、大学を卒業して教員を辞めて児童養護施設の指導員をしていた時は夏休みの宿題の読書感想文の原稿を小学校3年生から中学生まで殆ど請け負っていて(40年以上前の事ですから時効と言う事で)それぞれの子どもになりきって書いていました。(私が小学生の時は私の宿題を春子お姉さまがしていたのですが・・・。)

だから感情移入は得意なはずだし自信があったのですが、昨日の『てるてる座』の時に、座員の一人である通称『亀ちゃん』とデュエットで「浪花恋しぐれ」を歌う事にしたのですが、亀ちゃんがビシッと和服を着ていて、セリフに合わせて私にちょっかいを掛けてきたので照れて照れて、自分としてはメロメロの歌になってしまったので、歌の終わりの時は名誉挽回とばかりに「酒や、酒や酒買うてこ~い」と大きな声で締めくくりました。自分で言うのも変ですが、こんな純情な面を71歳になった今も持っているとは驚きです。リピーターの皆さん、この状況をどう思われますか。

若い頃の役者魂はどこへ行ってしまったのか

令和6年6月11日

大学時代の私は唐十郎さんが主宰されていた状況劇場(赤テント)を大学祭に2日間興行のイベントで呼ぶ企画に主体的に関わったりして、自分で言うのもおこがましいのですが結構役者魂もあって、感情移入も比較的簡単に出来たので71歳になった今も「すぐにその気になれる。」と自負していたのです。

また、大学を卒業して教員を辞めて児童養護施設の指導員をしていた時は夏休みの宿題の読書感想文の原稿を小学校3年生から中学生まで殆ど請け負っていて(40年以上前の事ですから時効と言う事で)それぞれの子どもになりきって書いていました。(私が小学生の時は私の宿題を春子お姉さまがしていたのですが・・・。)

だから感情移入は得意なはずだし自信があったのですが、昨日の『てるてる座』の時に、座員の一人である通称『亀ちゃん』とデュエットで「浪花恋しぐれ」を歌う事にしたのですが、亀ちゃんがビシッと和服を着ていて、セリフに合わせて私にちょっかいを掛けてきたので照れて照れて、自分としてはメロメロの歌になってしまったので、歌の終わりの時は名誉挽回とばかりに「酒や、酒や酒買うてこ~い」と大きな声で締めくくりました。自分で言うのも変ですが、こんな純情な面を71歳になった今も持っているとは驚きです。リピーターの皆さん、この状況をどう思われますか。

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