2026年07月の記事一覧

本部施設での寝泊まりが1週間になりました

諸般の事情で、今月27日までの予定で本部施設内ゲストルームに泊まっているのですが、必要に応じて、岐阜県での会議や和合での業務での移動等はありますが、本部施設での泊りと言う事で、起きてゲストルームを出た瞬間から仕事モードになることが出来るので、いつも以上に充実した毎日です。

6時15分からのお参りは、入居者さんも非常に喜んで頂いていて、入居者さんのデイルームへの集まりがいつも以上に早くなっていて、朝から入居者さんのギアも上がっている様です。入居者さんの中には「朝から理事長さんの顔を見られると、嬉しいし元気になる。」とわざわざ言いにきて下さる方もあるのは、私自身も嬉しくなりました。

本日は、業者に依頼したものが私の思いと違っていたので、和合に9時までに行って対応をすることになっていたので、朝食を頂いた後、和合に向かいました。8時50分には着いたのですが、既に業者の方は施設に着いてみえたので、施設に入る前に現地を確認して「玄関先への配慮は、業者であっても単に作業をすると言う事では無い」と言って、改めて指示を出して工事を改めてして貰う事にしました。その後事務所に行くと、9時30分に就職希望を前提にした高校生が母親と共に9時10分にみえたので、理事長室で話をしてから副施設長に施設内の案内をして貰いました。新しい仲間として迎えられると良いと思った次第です。

10時30分から3階フロアでお参りを大きな声で皆さんと共に唱えさせて貰い、再び事務所に戻りコラムを打っていると、受診に行った方が入院にもならず施設に戻られると言う事で、付き添いにみえた姉妹の方にもきちっと話をすべきと言う事で、迎えの車に同乗して病院の玄関先で話をさせて頂き施設に戻りました。

午後は13時30分から2階フロアでカラオケを実施するので、昼食を頂いてからカラオケを頑張りたいと思っています。充実した毎日ですが、この暑さに負けない様に水分をしっかり摂り、食事もしっかり摂り尚且つ睡眠もしっかり取って、バテル事無く頑張って行きたいと考えています。

先般野田聖子衆議員、斎藤里恵衆議員ら総勢13名での会食を終えて

斎藤里恵議員と親しくお話をさせて頂き、正直「聴覚を1歳10か月の時に大病の末に無くされて大変な事が一杯あったに違いないのに爽やかな笑顔を見せて頂ける原点は何だろう」と2009年9月初版の『筆談ホステス67の合言葉』(この本は第2段で最初に出版されたのは2009年5月初版の『筆談ホステス』なのですが、この本についてはもう一度じっくり読ませて頂いてからコラムで書きたいと考えていますが、敢えて予告の様に一つだけ紹介します。

それは『筆談ホステス』の「はじめに」の中の言葉です。

お客様との筆談でのやり取りの中で忙しい毎日を送られていて飲みに来ても短時間で帰られるお客さんの口癖が『忙しい』だった方が元気なくお店にみえた時に、奥さんから「あなたは忙しすぎて、私の事を忘れている。離婚したい』と言われたと元気なく言われた事に対して、ホステスだった斎藤里恵衆議員は筆談で「忙しいという字は、心を亡くすと書きますね。忘れると言う字も心を亡くすと書きますね。ゆっくり奥様と取り戻す旅行にでも行かれたらいかがですか」と言われてしばらくはお店にみえなくて、久しぶりに見えた時には「仕事を少し見直して妻と旅行に行ってきた」と元気な声で言われて、その日からゆっくりとお店でも楽しまれる様になったとのエピソードです。

このエピソードで興味を持ったので第2段の『筆談ホステス67の合言葉』から読み直したしだいです。

前置きが長くなりましたが『67』の中から少し紹介したいと思います。

①「<涙>を止めれば、また笑顔に<戻>れます。<泣く>のを止めれば、<立ち>あがって前に進めます」(コメントにさんずいの部分を取り除けば良いのですよとアドバイスをされています。)

②「小さいことを積み重ねることがとんでもないところへ行くただひとつの道」(これはイチロー選手ほどの人物の言葉だと知ると、その重さも違いますねとコメントしていますが言葉として言われたのは斎藤里恵さんが先だと思うと改めて『凄い』と思いました。

③「過去と他人は変えられませんよ。でも、未来と自分は変えられます」(これは斎藤里恵自身も大好きな言葉だそうですが難聴で色んな葛藤があってもそれを克服した自信が透けて見えます。)

④「星という字は、日が生まれると書きます。辛い時は<星>を見上げてください。きっと明日が生まれます。そして<明日>、明るい日に違いありません」(コメントには「我ながらキレイに決まった筆談の1コマです。こんなふうに美しい筆談ができた夜は私の気持ちもあたたまります」とありました。

⑤「『人』に『言』うで『信じる。信じているのなら、はっきり言葉に出して伝えてあげてください」(コメントには「息子さんとのコミュニケーションのあり方をアドバイス。信じているからこそ言葉に出すべきではと漢字の成り立ちからご忠告いたしました。筆談パワーが効きました?

※まだまだ沢山紹介したいのですが字数の関係で今日はこのくらいにしておきますが、この本を読めば読むほど斎藤里恵衆議員の底知れぬ力を感じます。

この様な方とご一緒出来た事と今後にもつながるご縁を楽しみにしています。

昨夜は強かに日本酒を頂いて爆睡して目が覚めて気が付けば6時15分・・・。

昨夜は強かに日本酒を頂いて、宿泊させて貰っている本部施設に帰って来たのが22時過ぎに、お酒を飲まない西川副部長の車で送って貰って、宿直者の伊藤課長と暫く話をしてゲストルームに移動して、畳ベットに作務衣の上を脱いで横になって直ぐに爆睡してしまいました。「しっかり寝たけど今何時かな」と思い携帯で時間を確認すると、6時15分と言う事で寝ぼけていた頭が真っ白になりました。と言うのは6時15分と言う時間は、本館1階の入居者さんとお参りをすることになっていた時間だったからです。

気が付いてからの行動は我ながら早くて、洗面台で顔を洗い(ゲストルームの部屋の中にあるので助かりました)、作務衣の上着を来て本館1階のデイルームに要ったのが6時22分と言う事で、入居者の皆さんに「少し遅れて御免なさい。これからお参りを始めます。先ずは正信偈からお願いします。」と言って始めました。これで入居者さんとの朝のお参りは3日連続で、私の寝坊によって連続記録が途絶えなかったのは良かったです。まだ昨夜のお酒が残っていたのか、昨日一昨日の時以上に汗が流れたので、正信偈と般若心経を終えて皆さんの前でお話をする時にはシャキッとすることが出来ました。

6時15分の目覚めは本来であれば「アウト」と言う事になるのですが、何とか帳尻を合わせられて入居者さんに迷惑を掛けなくて済みましたし、職員に日頃行っている事と違う様な状況にならなかったのは助かりました。ギリギリになった事を決してお酒の性にしたくは無いのですが、昨夜の交流会は実に有意義なものであったので、話しが盛り上がったのに比例する様にお酒も美味しく沢山頂けたのだと思っています。昨夜の交流会で得た情報を有効に活用した展開を、今後も頑張って行きたいと考えています。

本日は本部施設においてバイキングが昼食で実施されます

令和8年7月18日

朝6時15分から本部施設に本館2階で2階の皆さんとお参りをさせて頂きました。2階フロアの殆どの方が参加して下さり気合を入れて大きな声でお経をあげさせて頂きました。気合十分だった事もあり背中や腕を汗が流れてタオルで拭いても拭いても流れてきました。お経を終えて皆さんの前でお話をさせて頂きました。

お話をする前に夜勤責任者の谷田主任が氷入りの水を持って来てくれていたのでコップの半分程を飲み干してから「気合を入れてお経をあげさせて貰ったら汗が一杯出たので美味しく水を頂きました。皆さんも天気予報では40℃を超える日があるとの事です。知らないうちに汗をかくと思いますので今まで以上に水でもお茶でも良いので飲んでちょこちょことこまめに飲んで下さい。

また、本日の昼食は『夏バテ知らずのスタミナ料理』とのテーマで『ウナギのかば焼き』や『麦とろご飯』も出るので楽しみにしていて下さい」と話をさせて頂き残りの水を飲み干しました。退席する際に大きな声でお経を唱えて下さっていた男性入居者の方に「良い声でしっかりお経をあげて下さってありがとうございました。」と声を掛けると照れくさそうにしてみえましただ満更でも無いお顔をされていました。

本日は午後から本部施設と共に盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の施設へ聴覚障害でありながら衆議院議員をされている斎藤理恵さんが施設見学と共に盲養護老人ホームの現状視察にきて頂き夕食の交流までして頂けると言う事でしっかりとした対応をしたいと思っています。斎藤理恵衆議院と親しく懇談が出来る事もあり特別ゲストの様に斎藤理恵さんが衆議院になるきっかけを作って下さった野田聖子衆議院もきて頂けるとの事で日頃親しくさせて頂いている方々にも参加して頂き有意義な時間を共有したいと考えています。

この様な会が持てるのも最近の私の口癖なのですが『千里の道も一歩より』の賜物だとも思っています。私の最大の宝物は私とご縁を頂いている方々とのネットワークだと考えているので今回のご縁も発展的なものにしていきたいと思っています。

今朝から朝のお参りを限定2週間ですが実施します。

昨夜も早くにゲストルームで寝たので(入居者さんは静かにされているのでゆっくり寝る事が出来ました)朝は5時には行動開始をして6時15分から本館1階で多くの方が集まっていて下さったので気合を入れてお経を唱えさせて頂きました。

 

本日はお経を唱えながら、何故かかつてご縁を頂いたお坊様3人の方の事を思いだしながらになりました。「他事は行けない」とはわかっているのですが打ち消そうとすると余計に鮮明に思い出されたので「ここは居直ってお経を終えてからのお話にしよう」とまたまた考えている私がいました。

何の脈絡を無しに出てきた方の、しかもそうそうたる方との思い出を入居者さんにお話をしました。

一人目の方は私が26歳~38歳までお世話になった児童養護施設の理事長で若い頃には8年物長きに渡って本山での修行をされた禅宗の僧侶だったのですが「若い頃、檀家のお参りに行った時に経本を見ずにお参りをしていて終わった時にお経を聞いていた老女が「おっ様、今日のお経で飛ばされたところがありましたが」との指摘を受けて、「この様な事が無い様にそれからは必ず経本を見る様にしていた」との話を聞いて「老女の指摘を素直に取り入れその後は頑固にされていたのは見習わなければいけない。」と思った次第です。

次に38歳で児童養護施設を退職して中部圏の福祉の中心者だった方が真言宗豊山派の住職で私が四国巡拝の道案内をしてからお寺の事にも目覚められ四国巡拝をされて「こんな素晴らしい事は広めなければいけない」と言う事で春巡業と夏巡業を募られた行動力とネットワークの広さに感服したものです。

その他にも毎月8日には『護摩供養』を21日には『写経会』を企画されたのもなかなか出来ない事ですが私の場合は違う形で見習ってきたと自負しています。

また、写経会の時のお話では「私は『笑いの会の会長です。会員は私一人ですが』と言ってわっは は はと豪快に笑われると言う信念の持ち主で見習う事が多い方でした。

三人目は今もお付き合いさせて頂いている高野山前官大僧正の静慈圓師です。(8月20日に必ず本部施設に来て頂き親しくさせて頂いています。)平成16年からのご縁なので長くさせて頂いています。

私が5年前に盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の施設の経営が大変だった時に手紙を書いたら3か月後に3か月祈祷して頂いたお札を送って下さったお礼の電話をしたら「若山さんの背中にはお不動さんがついているので大丈夫」と言って頂いたのは涙が出る程嬉しかったし、御祈祷をして頂いた言葉は『諸障退散』『七難消滅』が書いて頂けたのには勇気を頂きました。

久しぶりに本部施設で泊まりました

奥様が手の手術の為に2週間程度の入院をしたので(本日手術です)、久しぶりに本部施設で泊まりましのた。夕食はコミュニティハウスで食べて、朝食は入居者さんと同じものを頂きました。(この2週間で体重が増えるのか減るのか、結果が楽しみです。)夕食は18時前に食べて、その後は事務所で宿直者と共に仕事をしていたのですが、あまり遅くまで私が事務所にいると宿直者もゆっくり出来ないと思い、畳部屋のゲストルームに移動してゆっくりさせて頂きました。(洗面化粧台とテレビとエアコンと畳ベットが設置されています。)21時には、電気を常夜灯に切り替え寝る事にしました。

意外と早くに眠る事が出来たので、5時にはしっかりと目が覚めました。目が覚めて実感したのは、事業開始した平成10年5月には、少なくても週に2回は宿直をしていた時(特に満床になった10月3日から)には、早朝の4時過ぎにはまるで運動会の様に賑やかだったのを思いだして「今は皆さん落ち着かれていて、静かだな」と10メートルも離れていない皆さんが集まってみえるデイルームの状況を考え、深く思っていました。宿直者に迷惑を掛けてはいけないので、6時までゲストルームで過ごし、その後事務所に行き、6時30分から仏間でお経(正信偈と般若心経を中心にした)を唱え(明日からは本館1階と2階を交互にします。)7時過ぎから朝食を頂きました。

本日は10時から本部施設での幹部会があり、終了後は急いで昼食を食べて岐阜県庁に移動して、13時から選挙管理委員会に政治連盟の事で相談に行き、14時から岐阜県庁の向かいにある水産会館に移動して『革新会議』に参加して、終了後は奥様の手術が終わっている頃に執刀医からの説明があると言うので、目一杯のスケジュールになるので、幹部会が始まる前に早々とコラムを書きました。コラムを継続するにはスケジュールの隙間を上手く見つけて書くことが肝要と、長年の習慣で理解(お酒を飲んで帰ってねむねむで書こうとして、悲惨な思いをしたことから)したので早々と書いた次第です。

残存能力は間違い無くあるようです.

令和8年7月15日

本日から2週間 我が家の嫁さんが手の手術のために入院します。 私と我が家の2匹の猫は まだ完全に仲良くなっていなくて牙を剥かれたり、逃げて行く姿を見ている私にとって 猫のお世話は無理です。

ということで2匹の猫は動物病院に緊急入院しました。 嫌われてる私が餌をやったり排泄物の処理をするのは絶対に無理なのです。 昨日のうちに 動物病院に2匹とも預けて今は家にいない状態です。

猫がいないことは 頭で理解しているのですが いつも猫がどてっと寝ているところを通って行く時 思わず 猫がそこにいるような錯覚を覚えます。つまり絶対にいるはずが無い猫がいるようにも錯覚してしまう私がいます。

決してが良い関係では無いのですが、いなくなるとやはり気になる関係だったと言う事です。2週間奥さまが入院される間に8、7キロのまると5、5キロのおもちが2週間後にどんな顔で帰ってくるのか痩せて帰ってくるのかの報告は2週間後にします。2週間後に私の顔を見てどんな反応をするかも楽しみにしています。

 

 

 

岐阜県老施協による緊急研修会が実施されました

岐阜県老施協会員施設において虐待案件があり、その案件に対しての機敏な動きの中での緊急研修会が本日10時から90分休憩なしでの講演が実施されました。

会場は岐阜県図書館の2階会議室でリアルでの参加は35人でリモートでの参加は150人を超える参加と言う事でコロナ禍以降研修会への参加は低下傾向にあったのですが、どの事業所においても難しい問題だと言う事もあり多くの参加を得て行う事が出来ました。

講師の先生は当法人社会福祉法人杉和会の顧問であり、びわこ学院大学教授の烏野猛先生にお願いをして実施しました。

演題としては『介護現場における虐待を含めた不適切な行為・・・利用者や家族からのカスハラへの対応についても』と言う事で今年10月施行の『カスハラ』の問題も絡めて話をして頂きました。

会場には殆ど管理者の立場の方だつたので管理者向けの話しでしたので講演を終えた後で今回の計画を主体的に行ってくれた中西副会長と烏野先生と会長である私で現場職員の大変さも汲み取りながらの研修会の必要性についての検討もしました。

講演の中身の中で、事業所側が①2026年6月に埼玉県川口市でケアマネが利用者家族から首を切られて死亡。②2025年9月判決(2021年の事件)68歳の夜勤者が72歳の利用者にハンマーで殴り殺される。施設側に安全配慮義務違反があったとして、3950万の支払い命令。③2022年1月埼玉県ふじみ野市 訪問看護のの医師、理学療法士が散弾銃で撃たれる。との事例を紹介されて在宅ケアでの難しい状況を理解しました。

また、虐待防止法の大前提は『圧倒的に強い者から、何ら抵抗できない弱者への暴力』と言う事なのですが、「(体力的に)力のある利用者」が「(体力的に)弱い職員」を殴り負傷させた場合、これも『虐待』として認定されるのだろうか?との問題についても語って頂きました。

私は事業を開始して28年の年月が経過しましたが入居者さんには『今日一日楽しかったよ』を実践しながら職員に対しても『やりがいを持って頑張って貰える様にしていき、何かトラブルになった時には私が前面に出て対応して職員には同じ間違いをしない様に』との考えできました。

この考えでこれからも頑張って行きたいと考えています。

関ヶ原町のガソリンスタンドが1店舗廃業しました

私が大学生の頃には少なくても5店舗はあったガソリンスタンドがこの6月までは3店舗あったのですが、遂に6月末で1店舗が無くなり2店舗になってしまいました。

今回廃業されたのは唯一関ヶ原町在住の方が経営されていたものだったのです今回の廃業は私としてもとても残念です。

ガソリンスタンドが関ヶ原町から少なくなるのは関ヶ原町の人口が1万人以上あったのが6千人を切っているので致し方ない現象だとは思いますが関ヶ原町の住民のお店から無くなって行くのには忸怩たる思いがあります。

人口が少なくなり東京一極集中でどの地区においても人口が少なくなっていくと言う事は色んなものが衰退していく事になると思います。

例えば今回のガソリンスタンドの廃業にしても、人口が減ると言う事は車を所有する方も減り自ずとガソリンを給油する人も減ると言う事でガソリンスタンドを経営していくのに効率性を求められ1店舗しか無い所は経営が厳しくなり多くの系列店を持っているところが生き残るのは当然の結果だと思います。

ガソリンスタンドだけの事ではありません。顕著な話をします。私が住んでいる『大字今須』は『大字』と付いている様に元々は『今須村』であったので私が小さい頃には『今須村役場』があり関ケ原町に合併した当初は『今須支所』があったのが今では建物自体無い状態です。

農協にしても『今須農協』があったのが今では『ATM』と『精米所』のみしかありません。

今須小学校も今須中学校もあったのも建物はありますが児童・生徒はスクールバスで通園する状況です。その他にも八百屋さんで魚も雑貨も売っているお店が3軒あったのが1軒も無くなってしまいました。

この様な状況を『限界集落』と言うのですが、生活に不便が無い様にしていく為に今中心核でいる人が将来の為に何をすべきかを考えていかなければ、単に「困った」と言っているだけではいけないと思っています。

私自身社会福祉法人杉和会理事長として10年先、20年先を睨んだ展開を提案していかなければいけないと思っています。

本日も暑くなると天気予報が言っています

朝5時25分に行動開始をして、いつものように朝のお参りに出掛けました。先ずは幸福地蔵様の笠が頭から落ちそうになっていたので、きちっとかぶし直してから(いずれズレない様に直します)体中を撫ぜながらの祈りをして(誰かが見ていたら、幸福地蔵様に抱きついている変な奴としか見えないと思います。)本堂でのお経を唱えながら、大きな賽銭箱に支えて貰いながらのストレッチをして、今須稲荷、三仏(観世音菩薩、毘沙門天、薬師如来)六地蔵様等々に水を手向けながらお参りをして、我が家のお墓に歩いて行く時に、爽やかな風が私の体を癒してくれるのが嬉しくて「これは母秋江さんが、元気にお参りに来ているのを喜んでいてくれているのかな。いやいや絶対にそうだ」と思いながら我が家のお墓まで行き、7カ所のお墓に水を手向けてから(何となく7カ所になりました。多分これも『ご縁』だと思っています。)般若心経を唱えさせて貰いながら「今日も元気にお参りが出来て、ありがとうございました。」と感謝の祈りをさせて貰いました。

お経を唱えている時に近くの所で気配はしていたのですが、そのことには構わず大きな声でお経を唱えて、唱え終わって県道に降りて歩きだした時に、先程の気配は我が家の直ぐ傍のお墓にお参りに来た方だと分かり、大きな声で「おはようございます。」と挨拶すると相手の方も大きな声で挨拶を返して下さいました。私は、相手の方がどこの方かは分からなかったのですが「これもご縁だ」と思った次第です。

本日も暑くなると言う事ですが、朝から爽やかな気分になり、我が家に帰って汗びっしょりでお風呂に入る為にTシャツを脱ぐと、Tシャツが重いくらいになっていたので、温くなったお風呂に身体を沈め、追い炊きをして徐々にお湯の温度が上がってくるのが『至福の喜び』と言う事で、朝から元気で朝食も美味しいのに『感謝、感謝、感謝』の一日が始まりました。この調子で「暑さなんかぶっ飛ばせ」と、この夏を過ごしたいと思っています。

1 2 3 4