2026年02月の記事一覧

今をときめかす『りくりゅう』に対しての私の勝手な思い

令和8年2月18日

『りくりゅう』と言ってリピーターの皆さんから「何のこっちゃ」と言う意見は無いと思いますが、改めてフィギュアスケートペアフリーで見事な演技で金メダルを獲得した三浦璃来(24歳)と木原龍一(33歳)の事です。ショートプログラムが5位であった事で木原選手は「全てが終わった」的な発言をして泣いてばかりで三浦選手が慰めていたとの報道に対して私は「世界の強豪を相手にして5位なら上等だ。ネバーギブアップの精神でフリーの演技を頑張ってくれ。それに5位にも入れない選手も大勢いるぞ」と思いました。(決して結果論では無く正直に思っていました。)そんな中でフリーの競技で誰も出来ない正に神業の様な演技をして見事逆転優勝の金メダル。

泣き崩れていた木原が立ち直って素晴らしい演技が出来た舞台裏には色んな事があったのだと思うのですが、ここからは色んな情報を得ての私の勝手な見解を述べたいと思います。報道によると三浦選手が大変なものを忘れてきた時に(フィギュアの靴だったと思いますが)木原選手が取りに行って帰って来ると三浦選手はちゃっかりウォーキングアップを済ませていると言うエピソードからも三浦選手は木原選手に甘えっぱなしだったのではないかなと思いました。

ところが5位と言う惨敗の中狼狽える木原選手に対して三浦選手が冷静であり、まるで9歳も年上の木原選手を三浦選手が母親の様にあえて言うなら『あやしている』様に思ってしまいました。ショートプログラムの結果が出るまでの木原選手は「三浦選手の面倒をみていかなければ」との思いをずっと持っていたのでは無いでしょうか。

しかしながら木原選手の泣きじゃくる姿を見て三浦選手が「ここは私がしっかりしなければ」との思いが急激に芽生えたのではないでしょうか。その結果木原選手が背負っていたものが無くなり今まで以上の信頼関係が出来た事によって『神業』につながったのでは無いでしょうか。勿論、9歳も年下の三浦選手が母親であるわけがありませんが『母は強し』と言う事では無かったのかなと勝手な事を思っています。

『母は強し』と言う事で言えば私の生母秋江さんは私が13歳の時に他界していますが、私の母秋江の教えである『蒔かぬ種は生えぬ』は今も私の中に脈々と生きていますから。やはり『母は強し』と言う事だと改めて思っています。

年度が新しくなったタイミングで色々やりたいこと

4月になる前までに1ヶ月半をきりました。社会福祉法人の理事長として、施設長としての舵取りをしていく為に色々な思いを膨らませながらも、より多くの事を出来る様にする為に多くの職員と話しをしているのですが噛み合わない事があるとストレスの様に感じるのは私が年をとってしまったからかと感じている私がいます。

10年程前の私は真逆な事を言われても「何故その様な考えになるのか」を分析して、もう一度話しをする根気良さがあった様に思うのですが今はストレスとなって溜まってしまう事が多くなっている自分に嫌気すら感じています。しかしながら、色んな展開を前に進めて行かなければ良くなるものも良くならないので大きく深呼吸をして根気よく話をしていかなければと思っています。

本日午前中は盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)の施設において入居者さんとのお参りとカラオケ3曲(『まつり』『舟唄』『酒よ』)を歌わせて頂いた後に職員との全体会があり、新年度から入居定員を30床から40床にすることによっての職員の心構えについて、本部施設開所時の話を織り交ぜて話させて貰いなした。また、ロボット・ICTの導入をこれから和(なごみ)の施設でも導入する意義についても話をしました。と言うのは30床の時には1棟での対応でしたが40床にすることによって2棟での対応になる事によって今まで以上に連携が必要になるとも話をさせて頂きました。

午後からは30床から40床になる事の告知と理解を得る為に西濃地区11市町の行政廻りに吉澤施設長と共に出掛ける為に和(なごみ)の施設で昼食を頂いてから吉澤施設長の運転で出掛けました。岐阜県全域を廻るにはあと3日はかかりますが、経営の安定化の為に頑張って行きたいと思っています。吉澤施設長に運転をして貰いながら平成10年に本部施設を開設した当初に私の運転に前理事長にご一緒して貰って市町村廻りをした時と比べると町村合併で随分市町村の数は減ったけれども午後一杯かかりました。もう一つ大きな課題はデイサービスが『地域密着型』に大きく変換する事です。広域でのデイサービスと比べてコンパクトになった分、送迎に対する負担が減ったのは良いのですが、滋賀県エリアを受けなくなった事により、滋賀県へのアピールをどの様にしていくのが良いのかについては大きな課題だと思っているので、職員の配置転換と共にしっかりとした対応をしていかなければいけないと思っています。

ストレスが大きい為か朝の血圧は非常に高かったのですが今が勝負の時と思っていますので職員の意見もしっかりと取り入れて頑張って行きたいと思っています。頑張っていれば血圧も下がってくれると私自身の事には『スーダラ節』の考えで頑張ります。

パーカッションアンサンブルコンサートに行って来ました

和合の事務係長の息子さんが中心になって企画された『クララザール じゅうろく音楽堂』で昨日実施されたパーカッションアンサンブルコンサートに出掛けました。

昨年は大垣スイトピアセンターと言う事で行きやすかったのですが、今回の場所は私自身初めて行くところだったので車のナビケーション頼りでの運転だったので案の定迷ってしまいました。細い路地に入ったら通行止めで・・・。適当に車を走らせていくと、ナビは「ここですよ」と示してくれる所に着いたのですが「さてさて、音楽堂の様な建物は何処かな・・・。」と悩むと同時に「何度か行った事があるトーカイの本社のすぐそばやないか」と思いました。通りかかった地元の方らしき方に聞くと「向かいの建物がそうですよ」と言われたので「あの建物がそうなのか。随分こじんまりした建物で大体看板も無いし、事前に聞いていた『駐車場は200mくらい歩いてもらわなければいけません。』」との話だったので、「建物の隣にコインパーキングがあるのは一体どういう事」と言うのも「あの建物は絶対に違う」との根拠になってしまったのです。傍まで行くと確かに建物の玄関らしき所に書いてありました。まだ、会場時間までに時間があったので「多分参加してくれる皆も迷うといけない」と言う事で玄関前の歩道で待っていると、続々と参加してくれる方が来てくれ入場時間になるまで話をしながら待っていました。

13時30分の会場時間になり会場の受付を済ませて入って行くと100人も入ると一杯になるような空間だったので「私がイメージしていたのとは違うので建物が見つからないわけだ。」と思いつつ椅子に腰かけました。14時開演で定刻通り始まりました。奏者は3人みえて1人だったり2人だったり、或いは3人だったりで、それぞれにたたき棒を2本だったり4本だったりしてどの曲も素晴らしい演奏でした。但し、前半はオリジナルの曲が多く、「上手い」と言う事は分かりましたが「なじめん曲ばかりだ」と思いました。1部が終わり15分の休憩後は私でも知っている『見上げてごらん夜の星を』等の曲もあり演奏に合わせて口ずさむ事が出来たのは大変良かったです。2部も終了して出口に向かうと演奏された方にご挨拶も出来たのでオリジナルのCDも購入させて頂きしゃっかりサインもして頂きました。『マリンバ』と言う楽器はあまり馴染のないものですが、綺麗な音色を聞かせて頂き幸せな気分になれたので会場に着くまでの苛々は解消され、帰りはいつも帰るルートで迷うことなく帰る事が出来ました。

田久保元伊東市長は何がしたいのか

令和8年2月15日

私のあくまで私見であり、政治の世界の事を知らずにコメントをするのは如何なものかとも思いますが、ここまで世間を騒がせている事に対して、私なりの思いについて『強制捜査』の記事が出ているのを見たのを契機にして述べさせて頂きます。正直学歴詐称がどれだけの罪になるのかは分かりませんが、市長の立場は所謂公人であり、伊東市の代表者と言う立場になる為の選挙で市民に対して嘘をついて選ばれたと言う事は市民に対して申し訳無いと言う気持ちは無かったのかと伊東市民では無い私ですが思っています。

有識者の中には「卒業している、していないは大した問題でない。」とテレビと言うメディアの場で言われているのを聞いた事に頷ける部分もありましたが・・・かなりの部分で違和感を持ちました。「頷ける部分もありましたが」と言うのは30年前までに大学を卒業された方々の中の私を含めた多くの方が「入学するのは難しかったけど、大学時代にさほど努力しなかったけど卒業できた。」との思いの方がみえると思っています。(最も私は入学する前にも大した努力をした覚えがありませんが・・・。

但し父進さんが他界してからの私は自分で言うのも変ですが結構茨の道を自ら歩んできて今があると思っています。つまり、人生の中で生まれて死ぬまで『スーダラ節』の様な生き方をされている方はいないと思っています。世間を騒がしている『卒業証書』については「あるはずがないものが存在する」と言い張っている事に私は一番に違和感を持っています。「卒業した」と言っている東洋大学からは明確に「除籍になっている」と言われている事に対して「卒業していると思っていた。」との見解には全く驚かされます。

私も「大学の授業をしっかり聴いてノートもしっかり摂って試験の為の勉強もしっかりした。」とは口が裂けても言えません。(大学でもの授業料や生活費をだしてくれたお父さん『ごめんなさい』)でも、自分で取得した単位についてはしっかり確認しています。大学のシステムは単位の取得が全てですから。正直私は大学を5年で卒業したのですが、1年間人さまより1年余分に行かせて貰ったのは『教職課程』の単位が多く取得出来ていなかった為です。その時には父進さんに正直に話をして謝り1年行かせて貰う許しを得たので、いつだったかのコラムで堂々と「小学校課程、中学・高校社会の教員資格を持っています。」と書けたのです。

戻ります。私が分からない点の一つに田久保元市長の顧問弁護士が「卒業証書は弁護士事務所で保管していて出す事は出来ない。」とのコメントを見た時に確かに弁護士は依頼人の弁護に力を注がれるのは理解出来るのですが、もし、静岡県警が弁護士事務所に強制捜査が入った時にどの様な弁明をされるのかとも思っています。

だって、卒業したと言っている東洋大学では除籍だと明らかに言われているのですから。私の結論としては田久保元伊東市長は『謝る』と言う人として当然すべき事が出来ない方なのだと思わざるを得ません。今でも堂々とテレビの画面に映られる姿を見るにつけ「世の中を堂々と歩ける様に一からやり直して欲しい」と思っています。

本日次男一家が来ます。

お正月に来る予定が熱をだして来れなかったし、仕切り直しをした日には雪が降って2度流れてしまったりで、本日は朝から快晴なので、ようやく2月14日になって孫娘に会えます。残念ながら孫息子は熱を出したとの事で、次男の嫁さんと共に来られないので半分残念なのですが、じいじの所に行けないと孫娘に伝えたら強く行きたいと訴えたらしく、孫娘と次男の2人で我が家に来るとの事で、昨日から奥さまは準備に追われています。私は午前の和合でのお参りを30分前倒しでさせて貰い、お参り終了後は帰らせて貰い、家に帰る途中で予約した肉を購入した後、いちごとおさしみを買って帰る事になっています。2月ぶりに会う孫娘の成長を見るのが楽しみです。

2ヶ月ぶりに来た孫娘が車から降りてきて、素直に手をつないで我が家に入って来ました。一番驚いたと言うか感動したのは、言葉が鮮明になってきたと言う事です。昨年12月に肉屋さんを起業した30年来の知り合いで頼んでおいた飛騨肉を、ちいさく切った肉をパクパクと食べている孫娘に、じいじはメロメロなのであります。

孫息子が今回は来れなかったので、3月はひな祭りで会える様にすると、4月は奥さまの誕生日、5月は私と孫娘、6月は次男の誕生日と言う事で、月1で会える事を楽しみにしながらも、やるべき事をしっかり頑張っていきたいと考えています。

午前、午後と懇談会があります

令和8年2月13日

午前は岐阜県健康福祉部と岐阜県老施協との懇談会があり、午後から岐阜労働局との懇談会があるので今は岐阜県との懇談会を終えて昼食のお弁当を頂いてから福祉会館内の2階から5階に移動して、13時までの時間を利用して本日のコラムを打っています。

午前に実施された岐阜県との懇談会では岐阜県老施協の役員からの提案について岐阜県から回答を得る形で行われました。私が最初の挨拶の中で介護人材の問題と職員の処遇についての話しをさせて頂き、その後に県老施協の副会長と委員長から順次提案をして貰い岐阜県の担当者からそれぞれの問題について答えて頂きました。答えを得た事で終わりでは無く、ここから始まるとの気構えで会員メリットになる様に頑張っていきたいと思っています。

13時からの労働局との懇談会は初めての事ですが、事前に配られた資料を確認すると、都道府県の医療・介護・保育の団体との人材確保の懇談会と言う事なので、この様な企画を国の方で実施される様になってきた事に対して有難いと思っています。介護人材に大変苦慮している事業所が殆どである事をしっかりと話しをしたいと考えています。

【ここからは、労働局との懇談会が終わり、和合の施設、和(なごみ)の施設でそれぞれ理事長としての役割を終えて続きを本部施設で書きます。】

労働局との懇談会は職業安定部長さんの説明から始まり、その後午後からも残ってくれた役員からの質問に対して、部長さんと需給調整事業室長さんが質問に答える形で行われました。参加してくれた役員さんはそれぞれの施設において経営に携わっている方ばかりで、人材確保についてはいつもご苦労されている方ばかりなので端的な質問がなされて実りのある懇談会となりました。

私も最後の締めくくりで「この様な会を持って頂き有難うございました。」と話をした後、「介護労働安定センターの介護の資格の為の参加者は増えてきているが、介護施設への就業になかなかマッチング出来ていない現状についてハローワークとの連携を密にして貰いたい。」との提案に対して「入口の段階でのアプローチは出来ていたが出口の対応が不充分だったので今後の対応を考えていきたい。」との言質を頂けたのは私にとっての成果だったと思っています。

この懇談会に参加させて頂き厚生労働省がようやくハローワークに対してギアを上げてきたなとの思いでいますが、この懇談会がやりっぱなしにならない様に見守りつつ、会員メリットになる様にしていきたいと考えています。

 

人事異動の骨子がまとまったので順次職員と面談をしています

令和8年2月12日

人事異動は色んな兼ね合いで実施していくのですが、人事を動かす時の最大の留意点は人事異動の内示を伝える時に職員のモチベーションを上げる様にしなければ意味が無いと言うことです。

と言う事は法人としての戦略をしっかりと伝えていく事が大切だと考えています。

関ケ原町今須の本部施設において1998年(平成10年)5月21日から事業を開始したデイサービスは(特養の事業は5月18日からの開始)当時は関ケ原町の委託事業で『デイサービスB型』で始まって介護保険が開始された平成12年からは岐阜県と滋賀県の県境に位置している関係で広いエリアの営業に取り組みました。

また、事業開始した翌年からは年中無休で2つの営業時間に分けての展開に取り組み定員を最大35人までの事業にした事もありました。

しかしながら、滋賀県においてはデイサービスの事業所が多く設立されてきた事もあり、年々事業規模の縮小に取り組まなければいけない状況になってきました。

しかも来年度からは関ケ原町の住民限定の『地域密着型デイサービス』に衣変えをしていく事になっています。

全国的にデイサービス事業の経営は厳しいものになってきているのですが、そんな中においても地域住民のニーズに応える事は社会福祉法人の使命と考えていますので、今後も頑張って行きたいと考えています。

但し、滋賀県の情報をデイサービスの利用者さんや事業所から得てきた事によってショートステイや入居に繋げてきたことに対する配慮をしていかなければいけない事を理解した上での人事異動であった事は言うまでもありません。

特別養護老人ホームもデイサービスも介護報酬と言う所謂公定価格で行っている事業なので、事業収入を増やしていくには稼働率を上げていく事が大切です。

と言う事は地域の皆さんから信頼される事業所でなければいけないので、今まで以上に地域の為に貢献できるように頑張っていきますので宜しくお願い致します。

令和8年度の体制作り

本日が2月11日なので新年度の体制についてしっかりとしたものを社会福祉法人杉和会の理事長として構築しなければと3施設の責任者を交えて検討を積み上げています。

新年度からは盲養護老人ホーム『優・悠・邑 和(なごみ)』の定員を30床から40床に増床するので1棟での事業を2棟での事業にする為の体制作り、本部施設のデイサービスセンター『えりかの里』を通常のデイサービスから『地域密着のデイサービス』に変更することで職員の異動を大きく変えていかなければいけない。

また、『優・悠・邑 和合』についても私が施設長に就任して2年半が経過して、職員の動きについても把握できるようになったので「頑張っている職員の評価をしっかりしてより良い体制にしていきたい。」との思いを最近は特に強く思いながら日々の業務をこなしています。

但し、人事を変えていく事は単純な話では無いので夜中に一旦考え出したらなかなか眠れない毎日が続いています。

気になる事が整理出来て目覚めるとその日の内に幹部職員を呼んでは練り直しをしています。

また、3月には法人の理事会を開催して少なくとも1週間は開けて評議員会をしなければいけないので、理事長としての最も大切な役割は事業計画とそれに伴う予算計画を立てなければいけないので、次年度の体制作りと同時進行で行っています。

職員のモチベーションを上げる為には給与面に対する配慮が大切です。

そのための予算をどの様に確保するのかが一番大切だとだと考えています。

また、色んなものが高騰している中での予算作成は大変ですが、職員の処遇と共に入居者さんの安楽と楽しみを奪うような事は決してしてはいけないので難しいかじ取りではありますが理事会・評議員会の了解を得ながら、入居者さんの、利用者さん、そして職員が満足のいくようなものを構築していきたいと考えています。

不思議な現象

私の勘違いだったのですが、岐阜労働局主催の『ぎふ中高年世代活躍応援プロジェクト協議会』が10時からと思い込んでいて、「大変なメンバーの会議に遅れたらいけない。」と言う事で、「いくら何でも1時間30分みておけば大丈夫だ。」と言う事で8時30分に家を出たのですが、私のナビはいつも岐阜合同庁舎の最後のところでモタモタと案内するので、本日もモタモタしたのですが、結局9時45分に駐車場に着いたので、急いでエレベーターで5階に行き、普通であれば入り口の戸が開いているのに閉まっていたので、ドアノブを回しても鍵がかかっている状態なので、一旦1階に降りて老施協事務局に連絡すると、「10時30分開始になっていますよ。」と言われてようやく不思議な気分から解放されました。自分の勘違いとは言え「シーン」とした空間に置かれた時には焦りました。30分も早く着いたと言う事なので「時間は有効に使うべし」と言う事で、椅子に腰かけながらスマホで10時20分になるまでスマホに向かって本日の理事長コラムを打ちました。

10時30分からの会議は定刻通り、労働局の部長さんの進行で始まり、最初に岐阜労働局長さんからの挨拶の後、資料を基に労働局の各担当者と岐阜県のそれぞれの担当者から説明がありました。その中で気になったのは、今年度の目標値がクリアされているとの事だったので、説明が全て終わってからの質問の時間になったタイミングで手を挙げて、疑問点についての意見を言わせて頂きました。具体的な質問内容は「仕事に就けず厳しい状況の方が、実際に生き生きと仕事をされて、しかも定着された方の実数が知りたい。また、介護においての成功例を聞いたことが無いのですが」とかなり突っ込んだ話しをさせて貰いました。その事に対しては、「それぞれのハローワークが数字を持っているので、確認して下さい。」との話しだったので、「少し突っ込んで話をしてしまったかな」と思った次第です。

どの業界も人材不足なので、これからも色んな形で労働局やハローワーク、岐阜県等々との連携をしていかなければいけないと思っていますし、私自身は岐阜県老施協の会長として言うべきことはしっかり言っていくように今まで以上にしていきたいと思っています。

あくまで結果論でしかありませんが

令和8年2月9日

今回の衆議院選挙の結果について、あくまで私の考えた事を述べさせて頂きます。先ず1つ目に言いたいのは『小選挙区制』の選挙について今回程痛烈に『怖い現象が起きる』と言う事が理解出来たと事です。つまり、『選挙の風』を読まないと大変な事が起きると言う事です。その中でかつての『社会党』の様に『体制批判』のみをする政党は埋没すると言う事です。2つ目は「『1+1=2』では無く、3にもなるが1にもなる。」と言う事で文字通り『1+1=1』になったと言う事です。つまり、「学会の票はある程度プラスになったが立憲民主党の票が大きく流れた」と言う事では無いでしょうか。

『昨日の敵は今日の友』と言う考え方はそんなに簡単には受け入れられるものでは無いと言う事でしょうか。突然の解散だったので突然の合流と言う事なのかも知れませんが多くの国民がその安直さについていけなかったのだと思います。それぞれの党にはそれぞれの考え方があるので、今まで『右』と言っていたことを急遽『左』と言われたら混乱もするし、批判も起きるのは当然の摂理だと思います。「高市パワーが凄かった」と言う考え方もありますが、私は立憲民主党の幹部の考え方を今まで支援してきた方が理解しきれなかったと言う事。

つまり、考え方が浸透する時間が無いままに新党が立ち上げられたと言う事では無かったかと言う事もあるのでは無いかと思っています。どちらにしても3分の2以上を与党に確保したので高市総理を中心に日本の舵取りをして頂くので、日本の平和を保ちつつ、国民の生活が豊かになる事を期待しています。勿論少子高齢化を止める事は簡単な事では無いので現実の流れの中で課題解決をしていくのは並大抵の事では無いことは理解できます。

そんな中で私がしている高齢者福祉に対してもしっかり理解して頂き健全な事業経営の中で入居者さんの日々が安楽で幸せなものになる様に今回岐阜県で当選された議員の方々にもアプローチしていきたいので、早速来月に全国老施協代議員総会があるので、議員会館に今の状況を理解して貰う様に行きたいと考えています。

だって、行動を起こさなければ何も起きないので。人任せでは無くて私なりに頑張っていきますのでリピーターの皆さんご支援よろしくお願いいたします。

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