理事長コラム

私の食事のペースが早くなり声が大きくなったわけ

私は生まれてから中学を卒業するまで食事のペースは滅茶苦茶遅かったと思います。だから学校での給食は誰よりもダントツに遅かった事を覚えています。どうして遅かったのかと言うと我が家の中で私が食べたいと思うものについては家族のみんなで私が食べるのを見守っていてくれたので極端な話ではありますが食事に疲れて眠ってしまっても怒る事もされなかったから・・・。生存競争の激しい家族が多い所だったら食が細くなってしまう所です。野生の動物の世界だったら体力がなくて食べれないものは自然淘汰されるのですが私の場合はそんな事も無かったのです。

では、いつから食のペースが早くなったかと言えば間違いなく児童養護施設の指導員時代だと思います。児童養護施設の指導員になり1年が経過した頃はある程度の事を任される様になり、夕食の場面では食事の準備が出来てみんなで合掌をして食べだすのですが私は子ども達が食べだしてからも色んな注意をしたり怒ったりして、私は自分の食事に手を付けれないのです。そして、早く食べる事が出来る子が大方食べ終わったくらいのタイミングで食べだして食べるのが遅い子が食べ終わるまでに食事をかっこみ、私は再び子どもたちに注意をしたり、連絡をするのです。その時の習慣が抜けなくてゆっくり頂ける状況があっても早いのです。だから、今では会議が終了してお弁当が出た時でも誰よりも早く食べてしまうので、時として恥ずかしくなることがあるので「ゆっくり食べよう」と努力するのですが駄目なのです。

もう一つの声が大きくなった事についてですが、小さい頃の私は文字通り『蚊の鳴くような声で』だったのです。だから、中学生になり部活は卓球部だったのですが、オリンピック選手が「シャー」等と大きな声を出されているような事は絶対に無かったです。但し、何故か高校生になり『対人恐怖症の赤面症』は全くなくなり、自然と声が出る様になりました。特に生徒会会長をしていた時は毎週月曜日に全校集会があり、全校生徒2000人の前で堂々と話が出来る様になりました。特に声は、大学5年間の内に増々大きくなっていきました。小学4年3組の担任をしている時は『担任』と言うより『ガキ大将』のノリで話していた様に思います。そして児童養護施設の指導員時代は指摘しなければいけない事があった時には間髪入れずに話す事が出来ました。私は今、特別養護老人ホーム優・悠・邑で施設長をしているのですが、生まれた地に施設があるので中学卒業以来の同級生が実家の親さんの事で相談に来た時などは私の方は同級生と分かっているので、どこかに面影を見つけることが出来るのですが、同級生の方は私の中学時代のイメージのままでいるので体形も(これが一番大きいかも知れませんが)話し方も大きく変わっているので、こちらから名乗らないと100%分からないようです。但し、名乗った瞬間に中学時代に戻れるのは嬉しいのですが「なんや、ひろっさんか。めちゃ太ったね」から大抵始まるのはいささか・・・。筋金入りの『対人恐怖症の赤面症』だったのに色んな試練があって今があるとしみじみ思っています。