理事長コラム

大谷徹奘師の本日の言葉『学ばない人は成長が止まる』

令和元年9月26日

いつも朝一で徹奘師の言葉を見て「うんうん、そうだな」と一人肯いているのですが、本日の言葉『学ばない人は成長が止まる」にはドキッとしてしまいました。かつてのコラムで書きましたが、私が真剣に学んだのは26歳の時に児童養護施設の指導員として勤務するようになり、中学生に勉強を教えなければいけないのに、中学生に教えるような知識が全くなくて、かつての同僚の数学の先生に『指導出来るように指導』して貰いに先生の家に週に2日は通った半年間。『学ぶ』事の大切さを嫌と言う程に学んだ半年間があり、その後の生き方は学んだことの応用で頑張ってきたつもりです。

そして今も日々学ぶことばかりです。自分で言うのも変ですがこのスタンスが出来なくなったら、私自身が私でなくなってしまうと思っています。但し、『学ぶ』と言うのは単に座学として学ぶばかりではなくて素敵な動きをされる方から学ぶ事もあるし、話を聞く中から学ぶ事もあると思います。何か知識を得る時にある人は一生懸命に本を読んだりパソコンで検索したりする方もあるでしょう。

私の場合は難問にぶつかった時には「この課題ならば徳島県の舛田先生に、この課題ならば広島県の本永先生に、この問題ならば青森県の中山先生にと、(断りもなく実名でごめんなさい。お許し頂けるものと勝手な判断をしてます。)調べるより必要な事を先ずは聞いて時には資料を送って貰い問題解決しています。但しこの手法は人間関係を円滑にしておかないと「都合よく私を使うな」と言う事になる可能性もあるので私は常日頃から指摘すべきはしながらも、人間関係を円滑にすることに日々努めています。私が表題の言葉にドキッとしたのは、成長が止まった時の事を考えたからです。

体力と知力の相関関係がどのようなものかはわかりませんが、学ぶ気力がなくなって『昔の名前で出ています。』的な生き方になった時には潔く引退しなければいけないと考えています。しかしながら、私がやるべき事が年々雪だるま式に増えている現実がある限りは体力の限界はあっても知力の限界はまだまだだと思っています。考えてみるとやるべき使命があると言うのは幸せな事だと思ってもいます。リピーターの皆さんますます気力満開で頑張っている事に万雷の拍手をお願いします。