2024年12月の記事一覧

昨日は盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)と本部施設においてクリスマス会が実施されました。

令和6年12月21日

昨日は9時までにコラムを書き、盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)に行くと、来賓や地域でお世話になっている方々が多数参加してくださるので、職員の緊張感が伝わってきました。このような現象は決して悪い事では無くて、この様な事を経験していく中でより充実した形にしていく事こそ肝要だと思います。

先ずは会場となる会議研修室に行くと、椅子等の準備も既に終わっていたので事務所で来賓等の方がおみえになるのを待っていると、早々にかつての入居者の家族の方や、法人の評議員の方がみえたので取り敢えず会議研修室の隣にある『喫茶 しずか』に案内してお話をしていると、続々お客様がみえて、9時55分になった段階で会場に移動して頂き、定刻より5分遅れの10時05分にクリスマス会が始まりました。

最初に理事長である私がご挨拶をさせて頂き、次に来賓の木村県議、早野垂井町長、若山垂井町議会議長、吉田家族会会長とご挨拶を頂いたあと、いよいよ山崎ていじさんの登場です。流石にプロの歌手です。身長180cmで股下90cmのカッコ良さで、歌もどんどん上手くなっているので「天は二もつを与えたんだな」としみじみ思った次第です。ていじさんが4曲歌われた後に、私は和合の時と同じように黄色の、腕の所がジュディ・オングが『魅せられて』で着られていたようなヒラヒラのあるドレスで乱入して、入居者さん、職員、来賓の皆さんがあっけにとらわれている中で、石川さゆりの『天城越え』を、自分で言うのも如何なものかと思いながらも敢えて言います。「音階を3つ上げてのびやかに歌えました」『自我愛』と言う表現がピッタリと思っています。理事長である私のスタンスは全員の方に理解して頂けたと思います。それは『優・悠・邑』の「すべてに やさしく いつまでも ゆとりある やすらぎの ばしょで ありたい」と「きょう一日楽しかったよ」の極みだったと思っています。

ていじさんが予定の歌を歌われた後、ある意味予定通り参加されている『アンコール』に私が再び乱入して、ていじさんの曲『お前しか愛せない』を、ていじさんが着られている赤のジャケットよりも目立つ赤のジャケットで登場して、ていじさんと共に歌わせて頂きました。自分としては「テクニックではていじさんに勝てないけど、声量では私が勝っていた」と思っています。勝ち負けはともかく皆さんが喜んで下さったのは、私にとっては至福の喜びです。

午前の部を終えて本部施設に移動する前に、和合の伊藤副施設長に先取りをして、地元のお蕎麦屋さんに行って貰い順番取りと食べる者の予約をして貰って、時間の節約をする周到さで、13時前には本部施設に着き13時30分からのクリスマス会が定刻通りに実施出来ました。但し、私は15時から岐阜県老施協の理事会が予定されていたので、開会式のみの参加と猫田県議会議員と木村県議会議員をお見送りをした後、岐阜県老施協の理事会の為、岐阜県福祉会館に急ぎました。車を走らせながら、3施設のクリスマス会が無事に実施できた事に安ど感を覚えました。これは、職員が「今日一日楽しかった」の思いを理解している賜物と思っています。

無事に和合のクリスマス会は終了しました

令和6年12月20日

本日は、午前10時から盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)で、午後1時30分から本部施設においてクリスマス会が行われます。本部施設においてのクリスマス会は途中で退席して、午後3時からの岐阜県老施協の理事会に出席し、終了後忘年会も行われるのでコラムを書く時間の確保は、9時に盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)に行く前に書かないとコラムの更新が途絶えてしまうので、今は本部施設のパソコンで格闘しています。

と言う事で、昨日の和合でのクリスマス会について書くことにします。昨日も午前中はバタバタしていて午後1時に何とか和合の施設に着き事務所に入って行くと、伊藤副施設長から、「たった今、山崎ていじさんがおみえになり、理事長室に案内したところです。」との事だったので理事長室にノックをして入っていくと、山崎ていじさんが大きな手を差し伸べて下さり握手をして、1年ぶりの再会を嬉しく思いました。

その後クリスマス会の会場になる3階に行き、入居者さんの誘導や会場の準備で忙しそうにしている企画責任者と最終打ち合わせをして、誘導で忙しい職員の代わりにカラオケで歌いながら、見守りをすることにしました。

午後2時ジャストに北島部長の進行で始まり、最初に理事長として挨拶をさせて頂きました。挨拶の中で入居者さんの笑顔を頂きながら家族会の会長さんを始め、多くの地域の方に参加して頂いた事に胸が熱くなる思いでした。私の挨拶の後、家族会の会長さんにもご挨拶を頂いてから、山崎ていじさんに登場して頂き華やかなショーを繰り広げて貰う中、「私も舞い上がろう。」と言う事で、黄色のドレスに着替えて『天城越え』歌わせて貰い、最後の曲には職員が準備してくれたド派手な赤のジャケットを着て、ていじさんと共に定番の『お前しか愛せない』を歌わせて貰いました。

まだまだ書きたいところですが、盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)に移動する時間になりましたので、本日の催し報告と共に明日しっかり書きます。

今日明日とクリスマス会が3施設で行われます

昨夜は2か月に1回行われている『長城の会』があり、22時には爆睡していて午前3時30分に目が覚めてからはクリスマス会の事を色々考えていたらいつもの5時25分のアラームが鳴り、ベット上での体操をしてから飛び起き着替えをしてから、これまたいつもの様に神棚と仏壇の水を替えてからこれまたいつもの様に外に出ると綺麗なまん丸に近いお月様が西の空に浮かんでいて「天気が良くてクリスマス会の開催を祝って下さっているのは有難い。」と思いながらこれまたいつもの様に我が家のお墓を目指して歩きました。我が家のお墓まで行き般若心経を唱えていると母秋江さんが「宏が頑張っているから天気にしたよ。クリスマス会も頑張って」と話して下れた様に思いました。本日は午後に和合の施設で、明日は午前に盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)で、そして引き続き午後には本部施設において開催するのですが、設立して27年の年月の中こちらから指示を出さなくても会場の飾りつけや団扇やのぼり旗の準備がしっかりと出来ているのには正直「有難いな」と思うばかりです。と言う事は何も心配することは無いのですがそれぞれの施設において来賓や施設でお世話になっている方が多く来て頂けるので、そのことに対する配慮について考えていると目が冴えてしまった次第です。ワクワクしているのは私だけでなくて入居者さん利用者さんも職員もだと思っています。和合の企画をしている職員が私の為のステージ衣装を準備してくれたと言う事は昨年の8月から和合の施設長になって私の思いを理解してくれている証しだと思うとよりテンションが上がります。本日は和合でのクリスマス会終了後、山崎ていじさんを囲んでの懇親会もありますので本部施設において朝一番にコラムを書きました。さてさて本日からのクリスマス会ではどれだけ私を含めた皆さんがワクワクして頂けるのか楽しみにしながら本番を迎えます・・・。

明日、明後日のクリスマス会の事で頭の中は一杯です

令和6年12月18日

お陰様で、毎日の日々が充実していて気が付けば本日が12月18日。と言う事は明日、明後日と3施設でそれぞれにクリスマス会が実施されます。明日は14時から私が施設長をさせて頂いている和合の施設で行われます。メインゲストは、お馴染みの『山崎ていじ』を迎えての歌謡ショーですが、和合の施設の余暇担当の職員から『山崎ていじショー&理事長ショー』と言う事を聞いて、昨年の8月から和合の施設長に就任してから1年5か月で、随分施設の雰囲気が変わったものだと考え深いものがありますが、そこまで変えて頂いたのなら「ワクワクして貰うものにしなくては」と、私自身もワクワクしながらイメージを膨らませています。わたしの考えを理解している職員が、事前にステージ衣装のジャケットを準備してくれたので「本当に有難いので、テンション高く私が出来る事を頑張るぞ」との思いでいます。

19日の夜は、山崎ていじさんを囲んで、いつもお世話になっているボランティアの方も招待しての懇親会も計画しています。勿論、その時はギャラ無しで山崎ていじさんにも歌ってもらいますが、ボランティアの方々ものど自慢揃いなので楽しみです。

翌日は盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)で午前に、昼食及び移動をして、午後から本部施設においてクリスマス会を実施します。それぞれの施設において日頃お世話になっている方々もご招待をしての会を計画しています。入居されている方々の笑顔を楽しみにしながら、そして施設ごとにクリスマス会を理解して盛り上げて貰う為に、山崎ていじを意識した団扇作りに励んで貰っています。

施設の中に弾む話題があれば皆さんがより元気になって貰えると思うので、本日は一段ギアを上げていきます。リピーターの皆さん、その様子はホームページで是非ご確認下さい。

アクションを起こせば何かが動く

令和6年12月17日

昨日は全国老施協本部に行く前に徳島県の大塚会長の娘さんが衆議院議員に当選されたお祝いに大塚会長と共に衆議院議員会館に行きました。娘さんである議員が待っていて下さったので色んな話をして行く中で徳島県選出の議員が副大臣であり、娘さんである議員も厚生委員になられたとの事で副大臣の所にも挨拶に行くべきだとの流れになり、副大臣の部屋にも大塚会長と共に挨拶に行き副大臣には会えませんでしたが政策秘書の方にしっかりとお話をすると今までに情報を貰えてないとの事だったので、政治連盟の会合でその事をしっかり話をさせて頂きました。

表題の通りアクションを起こせば何かが動くと言う事を改めて理解しました。本日も9時には本部事務所に行き打ち合わせをした後で先ずは参議院会館に行き受付を終えた後、地元の議員さんの所に行きました。2人の部屋を訪れてそれぞれ秘書の方と話しが出来ました。次に第二衆議院会館に移動して、とは言え隣にあるのですが。受付は改めて行うのでボディチェックを受けてから6人の部屋での対応をしました。

議員の先生はお見えにならなかったのですが突然の訪問にも関わらず私の立場をお話しするとそれぞれに話を聞いて下さり資料を手渡す事が出来ました。第二衆議院会館を終えて、これまたお隣の第一衆議院会館に移動して、残り2人の対応をしました、全部で10人の議員の対応をして、ほっとしたのだと思います。すぐ来たタクシーに乗り込み東京駅丸の内と言ってから大きな荷物とコートを本部事務所に預けてきたのを思いだし運転手の方に慌てて目的地の変更を告げると共に本部事務所に連絡をして荷物を玄関先まで持って来て貰う様に依頼しました。

飛んだ失敗ですが最小限のロスで済んだので良しとしたいと思います。国会議員の所を10人も対応したのだからほっとした瞬間の失敗です。議員さんの所に行ったからと言って効果があるのかと言う見方をされる方もあるかと思いますがこの様な地道な活動によって活路を見出すしかないと思っています。これからも私に与えられた事を謙虚にやって行きますのでこれからも宜しくお願いします。

久しぶりの東京出張です。

朝食を終えて荷物の確認をして予定していた7時30分には3分遅れでしたが車に乗り岐阜羽島へ。乗車券売り場は一人で対応していて5人も並んでいたので自動券売機で切符を手に入れようと券売機の所に移動すると係員の方がみえたて声をかけて下さったので機械操作をお願いして、切符を手に入れれたので余裕を持って指定された所に座る事が出来てこれまた余裕を持ってコラムをスマホで打ってます。本日は午前に政治連盟、午後は老施協の代議員総会に参加するのでしっかりと意見を言いたいと考えています。

そして今連絡が入り会議前に衆議院の議員会館に行く事になったので荷物を持っての移動を覚悟しました。あいからわずの予定は未定の毎日です。突然に予定が入ったのは、今回の衆議院選挙で介護事業をしている大の仲良しの方の娘さんが当選されたお祝いに行くに議員の都合を最優先させる為です。

本日の会議でもしっかり言わなければいけない情報をテレビで言っていたので以前にも書いた事ですが、働き方改革の一貫で大手百貨店の正月三ヶ日の対応についてでした。年中無休24時間体制の介護事業は正月だろうがお盆だろうが祝日だろうが夜中だろうが関係なく対応しなければいけないし、特養自体の対象者が重症化と認知症の厳しい方の対応を強いられているので、より専門性を求められているにも関わらずその評価は上がってこない。介護保険制度で契約制度になって25年になろうとしているにも関わらず国は未だ十把一絡げで良いと考えているのか。だとするとその考え方を変えて行く為に制度に関わる国会議員に理解して貰わなければいけない。奇しくも介護の現場の一線にいた方が衆議院議員になられたので一点突破の全面突破をするために本日も頑張ってきます。

リピーターの皆さんもご理解とご支援をお願いします。

『小春日和』の正しい使い方をご存じですか

令和6年12月15日

私は最近まで「小春日和とは、冬なのに暖かい日の事」だと思っていたのですが、これは全く間違った使い方だと言う事を知ったので、偉そうに正しい使い方をコラムで書きます。但し、大した知識を持ち合わせている訳では無いので、間違っていることがあればリピーターの皆さん遠慮なく指摘して下さい。

『小春』とは陰暦の10月の別称で、現在の暦では11月から12月上旬との事ですから、本日が12月15日でとても太陽の光を温かく感じるので、正に本日は『小春日和』と言う事でしょうか。テレビの天気予報では、新潟県は大雪との事なのですが。改めて「日本は広い」と思った次第です。

珍しく柄にもなく、文学作品を紹介します。①(島崎藤村:千曲川のスケッチ)『秋から冬に成る頃の小春日和は、その地方での最も忘れがたい、最も心地の好い、時の一つです。』②(国木田独歩:酒中日記)『小春日和の日曜とて、青山、通りは人出多く大空は澄み渡り』と文学的にも多く引用されているが、確かに寒くなる時期に温かさを感じるのは、心地が良く心弾むものだとは私も感じます。今は和合の施設にいてパソコンに向かっているのですが、ガラス窓越の日の光は優しくて暖かく感じます。こんな感情が持てるのも年齢を重ねてきた証でしょうか。でも色んな感性を持てると言う事は悪くないと思っています。

「う~ん。何が言いたかったのか書いている私自身が分からなくなってきました。」ので、この話題は終えて、明日から東京出張で午前に全国介護福祉政治連盟の役員会、午後は全国老施協代議員総会と懇親会があり、泊まらせて頂いて翌日は議員会館で地元議員10人に面談させて貰って、物価高と賃金アップへの取り組みを熱く語って来たいと思っています。何もしなければ何も変わらないので・・・。

年末年始の大型スーパーの営業について

朝のお参りを終えて家に入り「家の中は温かい」と思いながらリビングに行くとテレビがついていて大型スーパーの年末年始の営業について話していました。

内容的には『お客様本意でしっかり営業しているところ』と『お客様本意でありながらも従業員に対する配慮をしているところ』の2通りの考え方がある事が理解出来ました。

この事からの介護事業をしている立場も含めて私の思いを書いていく事にします。

私の従兄で線路工事の仕事に従事していた方がみえます。

その方の家に行く事があると、奥さんが「夜の仕事から帰って来て今は休んでいるので急ぎで無かったら用件だけ聞いておくわ」とのやり取りがありました。

今は引退されたので奥様と2人で畑仕事をしている姿をよく見ますが、「夜の仕事で雨が降ったり雪が降ったりして寒い時もあるので大変だな。」と思う事がありました。

勿論、昼間は基本的に列車が多く走っているので夜の時間帯に作業をしなければいけないのですが、列車の安全走行の為には無くてはならない仕事だと思います。

介護事業でもデイサービスの営業は昼の時間帯だけですが、入居者は夜も含めて対応しなければいけないので例えば本部施設にしても和合の施設にしても夜勤職員は5人ずつ勤務しています。

職員はその事も理解して勤務しているわけですが、その様な勤務をしている事に対する評価が低いのではないかと思うと公定価格である介護報酬についての国の対応についてしっかりと理解して頂ける様に私なりに頑張った活動をしていかなければと考えています。

ちなみに16日は全国老施協の代議員総会があるのでその場でもしっかりと意見を言いますし、翌日には岐阜県選出の9人の国会議員の議員会館に行き岐阜県老施協で作成した要望書を持ってしっかりと現状を理解して貰える様にしたいと考えています。

なお、冒頭書いた大型スーパーの考え方の中にサービス業としての苦渋の選択がある事は理解できるのですが、『選択の余地なし』の業種に対してより光を当てて貰いたいと思うのですがリピーターの皆さんのご意見を聞かせて頂ければと思っています。

10時から本部施設の芋煮点火式です

令和6年12月13日

昨夜22時57分にメールが来て「何事」と飛び起きたら、『明日には打ち合わせをしたい。』との内容だったので「朝一の対応にしよう。」と再び寝て、いつもの様に朝の日課をこなし9時前に本部施設に行き、昨夜のメールが来ていた案件について対応をしてから芋煮をする会場にいくと、水野係長の方で準備万端整えていたので「予定の時間より20分早いけど点火式をやってしまおう。」と言う事で、盛り塩は既にしてあったのでお酒を釜戸の周りに振り撒いてから、釜戸の口には既に井桁の様に薪が組んであったので着火剤を木に付けて貰ったのにチャッカマンで火を点けました。しばらくすると勢いよく火が回りだしたタイミングで、入居者さんやデイサービスの利用者さんが見学にみえたので、わいわいがやがやを楽しみました。

 

ぐつぐつと煮えたぎった大きな鍋の中にダイコン、ニンジン、ゴボウ、里芋、ネギ等々を放り込みました。色んな具材を入れてぐつぐつ煮てから鍋の中のスープを紙コップに入れて、ギャラリーの入居者さんに味見をして貰うと、異口同音に「美味しい」と言って貰ったので、私は気分が良くなり「ここに八丁味噌をたっぷり入れるとますます美味しくなりますので、お昼ごはんでの芋煮を楽しみにしていて下さい。」と言ってから、味噌を混ぜる鍋に八丁味噌を入れてから、大鍋から熱いスープを注ぎ混ぜる道具でシャカシャカと混ぜて、大鍋の中に溶けた八丁味噌を入れる作業に没頭して、何回かその作業を繰り返して昼食休憩に来ている職員に味見をして貰い「もう少し味噌を足した方が良いですか」と確認して八丁味噌を結構に追加して、満足な味になったところで一気に煮立てて11時15分に完成させました。

      

次に、それぞれのフロア(デイサービスを含めて5か所分)に対して鍋に入れ替えて、それぞれのフロアに運んで貰い、勿論職員用の鍋にも移してから、12時30分集合になっている3施設合同幹部会の職員用の食事の為に冷凍うどんを入れて煮詰めさせて、昼食の準備をしました。

会議室で和気あいあいにうどん入りの芋煮を食べてから、3施設合同幹部会を実施しました。幹部会終了後に芋煮会の食べ具合を確認すると、どのフロアも喜んでみえたとの事で、デイサービス利用者さんの中で「こんな企画をしてくれるところ何て、どこにも無いよ。」と言われたのは本当に嬉しい事でした。施設間の差別化を図り、より良い施設にしていく事にこれからも勤めていきたいと考えています。

岐阜新聞で『ホームレスは、どこへ行った』第4章が始まりました

令和6年12月12日

本日から第4段が始まったのですが『「毎日1食」名古屋なら』『地方を離れ、炊き出しに長い列』のタイトルが目に付いたので、一気に記事を読みました。

書き出しは【名古屋市中区、名古屋高速道路の高架下の広場には、都市の暗部をくっきりと浮かび上がらせるような時間帯がある。生活困窮者を対象にした炊き出しが始まる午後7時ごろ、100人を超える行列ができ、温かい食べ物を受け取ってはさっと食べて去っていく。配食が始まって1時間もすると、元から何もなかったかのように静寂が広がる。彼らはどこから来て、どこへ帰っていくのか。】の書き出しに名古屋に集まって来る理由は何なのかと思いながら読み進めていくと、①『岐阜市では週1回がやっとの炊き出しが、名古屋では行われている。』との事が書いてあったので、私が38歳の時に児童養護施設の指導員を辞めて、今風の言い方で言うなら『フリーランス』として大学の非常勤講師や家庭教師をしている時に、大垣市婦人部を中心にした配食サービスの運転を買って出て参加させて貰っている時に、週1回の届から始まった時に私は「1回の配食サービスでは意味がないのでは」と正直に思ったので、毎日届けられるシステムになる様に関わっていたことを思いだしました。岐阜において週1回しか出来ないのは、食料の確保や人的確保に問題があるのだと思いました。

【50代の男性は、近くの公園に止めた窓が開かない車で暮らしているという。フォークリフトの免許を持っているが、何度面接を受けても採用を見送られてきた。「じきに60歳だから。資格だけ持っとっても何の意味もない。なるべく長く雇いたいからなんやろね」。】と就労意欲はあっても年齢がネックになっている。と言うミスマッチも現実にはあるようだ。介護職は働き手がいないのが大きな課題の中で、この様な現実があるのであれば、採用へのアプローチは出来ないものなのかとも思いました。一昨日の懇親会の席で、かつて私が所属していた児童養護施設の理事長さんに、高校を中退して仕事についていない子の中に、介護への道を進めて行く手立てを構築していきたいと熱く語りましたが、高齢者雇用や就職氷河期で門戸が開けていない方にも、介護の道を進めて行く事の大切さを今日の記事からも痛切に思った次第です。リピーターの皆さんからの提案もお願いします。

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