2023年10月の記事一覧

モラルや常識が通用しない時代なのか

人としての「当たり前」が通用しない時代なのか。最近のニュースを見ていて耳を塞ぎたくなるような報道が沢山あります。社会的問題で言えば「ビックモーター」「損保ジャパン」「ジャニーズ」等々あげればいくらでも挙げられる悲しい現実。「う~ん。社会的責任が伴うモラルは何処に行ってしまったのか。」ビックモーターに関して言えば収益を上げる為には手段を選ばないと言うのは全くの論外。また、損保ジャパンはビックモーターの不正が解決していない段階で「他社に契約が言ってはいけない。」との思いの中で勇み足的にビックモーターとの契約を再開してしまったと言うのが損保業界におけるシェア争いに負けてはいけないとの考え方を優先させてしまった結果なのか。新聞報道によれば白川前社長の鶴の一声で再開をしたとの事だが日本一の損保会社が社長の一存で決まってしまったと言うのでは「万が一のための保険」であると言う事は最もリスクマネジメントが整っていなければいけない業界としてはお粗末と言わざるを得ない。『収益至上主義』の考え方はバブル時代に終焉して経営の円熟化が図られてきたと思っていたのでがっかりしていますし、正当な経営をされている所においては迷惑な話だと思います。かつてのコラムでも書きましたが、知的障害のグループホーム沢山経営されている株式会社『恵』においても架空の職員配置で不正な請求をしていたと言うのもありました。確かに書類がしっかりしていたら報酬が貰えると言うのは『性善説』によって成り立っているし、職員の水増しなど考えにも及ばなかった事ですが、株式会社であっても『福祉事業』において不正が行われると誤解を招くので残念でならない。特別養護老人ホームやグループホームや最近では保育所においても虐待が行われているとの報道には愕然とします。また、今朝の新聞において埼玉県条例で否決をされたとの記事で小学校3年以下の子どもがいる家では子どもを一人にしておいてはいけないとの条例を検討されたとの事。罰則規定はないからと言ってもあまりにも現代の情勢を見誤ったものでは無いかと思います。そう言えばかつて有名な政治家さんが「介護は親族家族で行うものだ」との発言をされて、今風に言うなら『炎上』された事もありました。確かに在宅家庭介護が理想です。しかしながら、今の在宅家庭介護の体制が整う家がどれほどあるのかを考えれば直ぐにわかる話です。コロナ感染症から4年の年月の中でマスクの生活が強いられきちっとした挨拶が出来なくなった状況があり、当たり前が当たり前で無くなった状況の中再構築をしなければいけないと思っているのは私だけではないと思っています。

てるてる座は凄い

昨日のてるてる座のボランティアは本当に久しぶりにデイサービスも含めて各フロアの方が参加して玄関ホールで実施して頂きました。メンバーは3名だったのですがそれぞれがエンターテイメントで1時間中抱腹絶倒の時間となりましたし、入居者さん、利用者さんタンバリンでの参加も最高でした。

例えば小倉さん(愛称は「おぐらっち」)が私のリクエストに応えて下さり、『すーだら節』を歌って頂いた時には会議室である楽屋から出てくるところから『千鳥足』で格好も「いかにも酔っ払い」と言う感じをだして大いに盛り上がり、

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その歌に色を付ける様に安藤奈津さん(愛称は「あんドーナツ」)が酔っ払いの相手をするマダム役で登場されて、チャイナドレスの胸を強調する為に胸に風船を入れての登場での「おぐらっち」とのやり取りは最高でした。「入居者さん、利用者さんを喜ばせる為に何でもやるぞ」の意気込みは大いに学ぶべきものがありました。

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また、「ミネソタのたまご売り」のうたを座長が歌っている時に、またまた「おぐらっち」がニワトリの格好で来て玉子を産む所作をして実際に卵を産み落とした(本当は黄色いボールです。)時には皆さん腹を抱えて笑われていました。本当の笑顔だったと思います。

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1時間があっと言う間に終わり、締めの挨拶代わりに私も歌を歌わせて頂きました。正直本部施設に於いては初めて披露する歌で『ウルトラマン』を歌わせて頂きました。

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この曲は和合の施設に赴任して各フロアでのカラオケで歌わせて頂いて上手く歌える様になった曲です。この曲を選んだ理由は和合の施設の入居者さんの多くの方が口ずさんで下さったからです。正直、週に6回(各フロア2回ずつ)カラオケを可能な限り行う事にして「喜んで貰えそうな曲」を歌っています。例えば「水戸黄門の主題歌である「ああ人生に涙あり」とか、「遠山の金さん」の主題歌の「すきま風」とか舟木一夫さんの「高校三年生」とか「およげたいやきくん」と言う具合です。今、ふと思ったのですが、入居者さんに喜んで貰いたいとの思いでやっていたのですが、結果としては「レパートリーが増えたな」と言う事です。

2010年に「てるてる座」は優・悠・邑本部で産声をあげて13年以上ボランティア活動をされていて600回記念までされて残念ながらコロナ感染症により回数がなかなか増えない状況がありましたが、2類から5類になり、オファーも増えて来たとの事で「1000回記念まで頑張る」との座長の話を聞くまでもなく「みんなに笑顔を」との気持ちを持った座員ばかりの集団ですから、これからも頑張って頂けると確信してます。

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私もてるてる座の皆さんの様に「楽しんで頂きたい」「笑顔を頂きたい」との気持ちを大切にしていきたいと思っています。

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人間は一生難しい年頃

今日の妙応寺本堂の奈良薬師寺執事長の大谷徹奘師の日めくりカレンダーの言葉です。

正直なところ、今の私の心境を見透かした様な言葉に参っています。

何事も結果が出るまでもがき苦しんでステップアップしていくのでしょうが正直今はキツいです。体力的な事を言うと山登りをしている時になかなか目的地に着かない時に「もう二度と山登りなどしない。」等と思ったりするのですが頂上に着くと、山を征服した時の満足感と爽快感でしんどかった時の事を忘れてしまい「また行くぞ」となるのです。

但し、四国遍路の時は少し違った感覚で体が動きます。例えば『11番札所藤井寺』から「12番札所焼山寺」の行程は約13キロなのですが藤井寺の裏山の急な坂を一機に約1時間上る時には「何でこんなしんどい事をせなあかんのや」と思うのです。

ところが、初めて休憩する時に眼下を見下ろすと雄大な吉野川の流れを見下ろせて「頑張って良かったね。」と言う事になり、再び頑張って歩くのです。山をいくつか上っては下りを繰り返し、「もういやや」と思った時に焼山寺の山門が見えてくると「あと少しや」と言う事でくたくただったはずなのに足取りが軽くなって焼山寺に着くのです。本堂と大師堂でお参りをした後での休憩所でうどんを頂くのは至福の喜びと充実感を持つことが出来「また来るぞ」と思うようになるのです。

精神的なものでは、何と言っても私が40歳の時に高齢者施設の建設を始めて計画した時に土地の確保がなかなか決まらず、地域の方々の説明会でもなかなか理解されずに暗礁に乗り上げ途方にくれていたのが、ある日突然に理解者の方が一人二人と増えていく中で「今まで苦しんでいたのは何だったのか」と嘘の様に消え、建物が完成した時の喜びは竣工式典が行われた時には大変だった事を忘れて満足感で一杯になる事を私は少なくとも4回経験させて頂いていることはとても幸せな事だとは思っています。

冒頭に愚痴が出てしまったのは8月から和合に籍を置き新米施設長になり、わからない事が多く手探り状態ですが弱音を言わず、私が出来る事を頑張って行かなければと思っています。私が得意な事はカラオケとお経と小噺なのでそれを駆使して入居者さんから慕われて沢山の笑顔を頂いて元気を出していけるようにしていきます。

とは言え基本的には3フロアそれぞれに週2回のカラオケの依頼が来ていますので、他に支障がない限り可能な限り頑張ります。また、お参りについても各フロアを月2回のペースで企画していきたいとも考えています。昔から言いますよね

「習うより慣れよと」

 

集中力が足りない今の私です。

いつもの様に朝のお墓参りに行った時のお話です。いつもの流れで六地蔵さんの所に行って「先ずはお賽銭をお供えしよう。」と言う事で「今日はどのお地蔵さんだったかな」と私がお供えした10円玉の数を順番に数えていくとどのお地蔵さんも4枚ずつお供えしてあったので、「今日から5枚目か」と言う事で(全てのお地蔵さんが5枚になると30枚と言う事で1カ月通して出来たと言う事で別の器に入れるのです。)、いつも最初にお供えさせて貰う正面向かって真ん中右側のお地蔵様に10円玉を置いてから気が付いた事があります。それは昨日までは前掛けだけをしていたお地蔵さんがそれぞれに帽子を被られていたのです。

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ここで一つリピーターの皆さんにお願いなのですが、折角六地蔵様の台座の部分がリニューアルするので元々されていた前掛けと帽子では『一新した』とは言えないので新しい前掛けと帽子を作って貰えないでしょうか。私も作れたら作るのですが残念ながらその様な技量はないものですから・・・。

帽子が被られているのを認識してから「あれ、何か違うぞ」と思い、しばらく六地蔵様の所を見ていて何が違うのかを考えてみました。そして、とんでもない事に気が付きました。それは、元々あった建物が常在不滅之塔の前に仮置きされていたのが元の場所に移っていたのです。こんなに大きな違いを直ぐに理解しなかった私自身に「何で」と自問自答しています。しかしながら、大枠の建物がそのまま活かされての土台の改修は今一理解出来ないものが私の中にはあります。六地蔵様の帽子が脱げていて、台座をよじ登っても何の違和感もなかったものがどうしてなのかと不思議でなりません。ましてや場所が変わったと言うのなら理解出来るのですが同じような場所なので私にとっては不可解です。

但し、昨日までは置いてなかった湯飲みが元の所に置いてあったので、明日からは持参したペットボトルの水をしっかりお供えしなければとは思っています。そう言えば線香立ても元の様になっていたので線香を持参してお供えする事もしなければとも考えています。但し、完全には直されていないので足元がデコボコのままなので気を付けていかなければとも考えています。

これからは日の出が段々と遅くなってきますので暗い中で歩く事(今は何とか歩けています。)になりますので、今の内に足元を照らすものを準備しなければいけないと考えています。(ワークマンに行ったら気に入るものがあると思います。)

準備をすると言えば和合の施設でもお参りをする為の品物も本日施設に持ち込みましたので、各フロアに準備をしたものを持って行き頑張りたいと思っています。可能な限りカラオケとお参りをする事にしていますが、各フロアで今月はカラオケは6回、お参りは2回の予定を入れています。今のところカラオケは順調に入居者さんに受け入れて頂いたのでお参りも頑張っていきたいと思います。

私のカラオケが進化している?

令和5年10月7日

昨日は和合の3階でカラオケをさせて頂きました。私が会場に行った時にはカラオケをする所にはほんの5、6人しか集まってみえなかったのですが、13時30分に私の歌から始めさせて頂き、次には入居者さんに歌って頂く形を取り、私は信仰役も買って出て雰囲気作りにも配慮しつつ、私が歌を歌わせて頂く時にはカラオケの歌詞については大きなテレビの画面なので遠いところからこちらを気にしてみえる方の所に行って「もっと近くで参加されませんか。」と言って近くまでご案内して行きました。段々と参加者が増えていくにつれて盛り上がってきて、事前に歌う事を希望されていなかった方の中にも、「歌いたいな」と思っていそうな方に声を掛けて背中を押す形にすると結構な方に歌って頂く事が出来ました。

職員も入居者さんが集まって来て下さった事によって参加者の近くで、お世話してくれる職員も増えて入居者さんと一緒に手拍子をいてくれたり、曲に合わせて大きく両手を動かしたりして会を盛り上げれくれたのも嬉しかったです。一昨日は喉の調子が今一の中「何とか歌えた」と言う感じだったのですが、昨日は声の調子は絶好調で、会場も段々と盛り上がって歌い終わってお礼の挨拶をしている時に「週に2回来てくれるんやろ」との声が掛かったのには正直嬉しかったです。

そして本日も2階でのカラオケが14時から開催されたのですが、声の調子は1日おきに調子が悪くなっていて、私の歌は正直今一だったのですが、2階の入居者さんはカラオケを始める前からノリノリで、歌たくさんエントリーをして頂いていて、午前中は私自身全国大会岐阜大会のアトラクションの打ち合わせが10時からあり、打ち合わせ後には厨房での昼食が頼んで無いのでコンビニでスパゲティとおにぎり2個(主食ばかりを食べ過ぎだと自分でも思っています。)を購入して和合の施設に戻り、食べ終わると13時15分の約束で打ち合わせに来た業者の方がみえたので、待たせるわけには行かないので直ぐに理事長室に移動して打ち合わせをしていると気が付けば13時45分と言う事で昨日と同じ曲目が書いてあるペーパーを持って2階へ。

昨日の反省として少し胡麻化しながら歌った「知床旅情」と「嫁に来ないか」の変更をしたかったのですが、変更する事をお願いする時間も無くカラオケが始まったので、その2曲を歌う時は小さい頃の消極的だった頃の『ひろし君』に戻った様で上手く歌えませんでしたが入居者さんの温かい声援に助けられて何とか歌えました。何事もそうなんですが何かをする時はみんなで作り出すものだと改めて思った次第です。

明日は1階でのカラオケです。選曲を考え直してもう少し自信のあるものに変えて頑張ります。

 

2024年度介護報酬改定に対する私見

2024年度介護報酬改定に対する私見

 

関ケ原町の本部施設本館は1998年の事業開始なので、2年間だけですが措置制度の時代を経験しています。措置とは市町村長から施設長に対して措置依頼をする形で、入居定員の数によって1カ月の措置費の金額が違ったので経営努力をすると言う意識が乏しかった時代です。そんな2年間を経て2000年4月1日からいわゆる、契約による「介護保険」が導入されました。正直、介護保険導入時の介護報酬単価は経営する側にとって余剰金を出す事が出来るものだったと思います。しかしながら、余剰金と言うのは法人がお金を貯め込む事では無くて地域貢献をする事に重きが置かれて来ました。と言う事で当法人も2004年には岐阜県で2例目のユニット型特養40床を建設して特養待機者の緩和に努めました。介護保険が導入されて23年が経過していく中で、コロナ感染症対策や物価高騰並びに介護人材不足と言う難題の中での介護報酬改正では正常な経営が出来る様に介護報酬の大幅アップに対する戦いをしていかなければいけないと考えています。その理由について次に述べていきます。

全国老施協が行った令和4年度収支状況等調査の速報値が10月3日のトップセミナーで資料提供されました。それによると令和3年度の赤字施設が43.0%(補助金含む場合は39.8%)であるのに対して令和4年度は62.0%(補助金含む場合は51.0%)と言う結果が示されています。令和3年から僅か1年で19%の施設が赤字に転落していると言う現実をしっかり捉えなければいけないと思います。尚且つ、岸田総理が人件費の大幅アップを謳いながらも介護事業の原資は介護報酬なのだからその原資が確保されない状況になれば介護職員と他産業との給料格差は拡がるばかりでますます介護業界の経営は厳しさを増すばかりだと言う事です。国家予算に対する諮問機関として財政審があります。財政審の見解では介護事業を展開している社会福祉法人においては「現預金を多く持っている」との見解を示して、暗に介護報酬の上昇を抑えようと言う意図が透けて見えます。しかしながら、借り入れに対する配慮はしないで、尚且つ建て替えを余儀なく迫られていながら、近年の物価高騰で改築の実施に踏み切れない法人もたくさんあると聞いています。と言う事は今の時点での現預金が膨れるのは当然の理だと考えるのが自然ではないでしょうか。人材確保の事を単純に考えても理解出来ると思います。大企業の中には好景気のなか大幅な賃上げをするところが多くあると聞いていますが、介護業界の現状の中では決して安易な状況ではありません。介護報酬は制度内での事業所ですから政治とは切っても切れないものがあります。つまり政治家の皆さんにこの現状を理解して貰う為に汗をかかなければいけないと考えています。

リピーターの皆さんもこの現状を理解して頂けると有難いです。

ようやく(18時)本部施設に帰って来ました。(妥当な言葉なのかはわかりませんが・・・)

いつもの様に朝のお参りとお墓参りを終えてお風呂と朝食を済ませて、7時40分に家を出て和合に向かい、8時20分に着いて8時30分過ぎからの申し送りに出て、申し送りの最後に私の1日の予定も含めて話をさせて頂きました。

その後2日間出張で不在をしていた時の書類等に目を通していると9時30分からの保健所の指導官の方2人がおみえになり、1時間の確認があり(指導すべき項目は無しでした。)終了したと思ったら銀行の支店長さんが10時30分のお約束でお見えになり、11時にはコピー機の新規購入の件で業者の方がおみえになり、そうこうしていると「気が付けば12時を回っている。」と言う事で昼食を頂き、13時から職員との面談をして気が付けば13時30分になっていたので慌ててカラオケのお約束をしていた1階に行くと利用者さんが待ってみえたので準備した曲目を歌う事にしました。

今日の企画では利用者さんにしっかり歌って頂く事に主眼を置いていたので皆さんが歌って頂ける様に進行をしていき次の曲が出ない時に私が歌うやり方で進めて行きました。最初は「私は下手やし」とか言ってみえた方も段々に歌って頂ける様になり、歌って頂くと車椅子の方の姿勢も段々と良くなっていくのが分かったのは本日の成果だと思っています。

14時30分に施設を出ていかなければいけない所があり、14時20分に「後は宜しく。またの機会もご参加頼みます。」と言ってある意味後ろ髪を引かれる思いもありましたが、次の予定は岐阜県感染症の責任者の方の所へコロナ感染症が2類から5類になってからの施設対応についての確認と岐阜県老人福祉施設協議会の会員施設の対応の標準化を進めて頂く為に研修講師の依頼もさせて頂きました。

一昨日は全国介護福祉政治連盟の事、来年の介護報酬改正への取り組み、前回の参議院選挙で組織内候補が残念な結果に終わった事への根回しと多方面に対応した事もあり、しなければいけない課題は沢山あります。しかしながら私のベースは社会福祉法人杉和会にあり、そこでの展開をしっかりと行なはなければ本末転倒になってしまうので、月月火水木金金の毎日ではありますが頑張っていき、より充実した体制になる様にしていきますのでリピーターの皆さん、より一層の支援を宜しくお願いします。

昨日のコラムで社会的論評もすると宣言したのですが、本日は頭が働かないので出来ませんでしたが明日は「来年度介護報酬改定について」と言う事で書きたいと考えています。乞うご期待?

昨日の東京出張の報告をします

令和5年10月4日

昨日は10時15分岐阜羽島発の新幹線に乗り東京へ向かいました。東京駅に着いてから、先ずは泊まることになっている赤坂見附にあるアパホテル(カニさん歩きをしなければいけないような部屋です。)に荷物を預け、ホテルの近くにあった「はなまる」でうどんを食べてから全国老施設協本部がある平河町の塩崎ビルに行きました。13時30分から全国介護福祉政治連盟役員会があるのですが、13時前に着いたので事務局の職員一人ひとりに挨拶をしてから会議室に入って行くと、まだ誰も来てみえなかったのですが、しばらくすると続々と役員さんが入ってみえたので、それぞれに挨拶をして、13時30分に定刻通り事務局長の仕切りで会が始まりました。

介護を取り巻く環境が厳しい中、その状況が少しでも良くなる為には施設長が理解するだけでは駄目で、職員の理解と協力を得る必要性についての議論がなされました。議案の進行は会長がされており、私が最初に意見を求められたので、私なりの持論を述べさせて頂きました。役員会は一時間で終わり、全国老施設協主催の「トップセミナー」が16時から都市センターで行われるので移動をして、参加者の方には出来るだけ挨拶をさせて頂きました。先ずは大山会長、園田常任理事のご挨拶の後、小泉副会長が介護報酬改定の今後の動向についての講演と田村元厚労大臣が介護報酬改定の国の流れについての講演がありました。

17時30分に終了して、5階から3階に移動して18時からの「園田修光君の再起を期す会」があり、最初に元菅総理大臣が挨拶に立たれ、次に森山総務大臣の挨拶があり、その後も元厚労大臣の田村衆議院議員、加藤衆議院議員らの挨拶等々があり、多数の参加を得て熱気ある会に参加する事が出来ました。会が終了後かつて全国老人福祉施設協議会総括幹事とし本部事務所で席を並べていた、前福井県老施協会長の皆川さんと夕食を共にしながらの情報交換会を行い、それを終えてからは法人同士で交流がある埼玉県の法人の理事長以下職員さんとの交流を温めました。

今年11月29日~30日の全国大会岐阜大会には、多数の職員が来てくれるとの事で、大会が終了後の後泊をして頂いて岐阜を堪能して頂ければと考えています。私が昨日色んな会合等で多くの方にご挨拶をしたのは、コロナ禍で本当に久しぶりにお会いした事への対応と共に全国大会岐阜大会に多くの方に参加して欲しいと言う事を知らせたかった思いもありました。本日は東京で会議等が計画されていないので、東京駅8時33分のひかりに乗り本部施設に移動して仕事をしています。今は心身ともに充実しているので、2足であろうが3足であろうが草鞋を履いて頑張りますので、リピーターの皆さん、これからも宜しくお願いします。

南東の空に衛星が、東の空に月と星が

令和5年10月3日

5時35分に妙応寺境内で月と衛生は確認出来ましたが星は無くなっていました。但し衛星はかなり見にくくなっていました。常在不滅之搭で青空の中でも月は健在でした。6時10分に家の玄関先でお月さまを確認すると東の空でまだ頑張っているのを見ることができました。 さて、本日の対応は午前1時19分に本部施設宿直五次副施設長からのメールの確認から始まりました。

そのメールは 看取りの方が残念ながら亡くなられて死亡確認には6時に多賀先生が来て下れて後見人の方には連絡が着かないのでまたかけます。」との事だったので直ぐに電話で、「朝早くからの対応になるので寝て下さい。」と連絡しました。その後私も東京への出張はあるけれど4時25分のアラームで起きていつもの様に行動したいので再び寝ました。最近は不思議な事にアラームの5分前の4時20分に目が覚める事が多くて本日も4時25分のアラームから行動を開始しました。本日がいつもと違ったのはお墓参りの途中やお風呂に入っているときや朝食中に本部施設から後見人とのやり取りの連絡があり、途中からは私が直接後見人の方とやり取りをして、9時30分に本部施設を出て岐阜羽島に向かう前に銀行に行く予定に加えて関ヶ原役場に行く事にしてバタバタでしたが後見人の先生に本部施設でご挨拶も出来て何とか今は予定通り10時15分岐阜羽島で新幹線に乗り今は東京に向けて移動中でコラムを打っている次第です。

16時からトップセミナーは開始(受付は15時から)なのですが、全国老施協本部のある平河町塩崎ビルで全国介護福祉政治連盟の役員会が行われるのでそれにも参加させて頂くので久しぶりのお付き合いも含めて夜までびっしりの予定が入っていて私は手抜きが出来る性格では無いので今、コラムを打たなけれは打つ時間が無いので新幹線の中で頑張りました。東京駅には12時12分に着く予定ですので昼食はお蕎麦を食べる位の時間しか無いのですが美味しいものを食べに来たわけでは無いので「それで大丈夫」と思っています。 青空に恵まれたので移動がしやすいのも助かります。

今コラムを読み直してみて、最近のコラムは社会風刺的なものを書いていないなと感じた次第です。新聞の情報では大きな会社であったり、社会福祉法人によるモラルを疑わざるを得ないものを多く見掛けますので時間に余裕がある時にじっくりと書く事をリピーターの皆さんにお約束をして本日のコラムとします。なお、本日の行動については明日のコラムで報告します。

1時間の贅沢

令和5年10月2日

昨日は朝から体か重くて(お断りをしますが体重の事では有りません。)眠気が有りましたので、集中力に欠けていた1日でした。と言うわけで、昨日は15時に1階でのカラオケタイム1時間を終えた後は、直ぐに本部施設に向かいました。本部施設では打ち合わせ等を終えた後、コラムの原稿を書き上げ、これまた直ぐに家に帰らせて貰い、18時30分からのお風呂の時間までベッドに横になりながら、眠いのを我慢してビデオを見て(中途半端に寝るとかえってしんどいと考えたので)、18時30分になって(この時間には何故か拘っているのです。)お風呂に入り19時から夕食をとり、19時30分にはベッドで寝る体制になり、間違いなく20時には眠りについていました。つまり、いつもより少なくとも1時間は早くに寝たので「1時間の贅沢」と言うわけです。

午前3時20分まで一機に寝て4時25分のアラームでしっかり覚醒していたので、朝の行動もテキパキと出来て昨日とは雲泥の差で行動が出来ました。昨日は和合に向かう時から頭が冴えなかったのですが、本日は快晴の空の様にスカッとした気分で運転も出来ました。そんな気分だったからか、車の渋滞もなく、これまたスムーズでした。

和合の理事長室で9時30分からは和(なごみ)の吉澤施設長との打ち合わせ、10時30分からはコピー機の買い替えと打ち合わせ等々をこれまたテキパキとこなし、12時過ぎには厨房で作って頂いた外来食を食べたあと、13時30分から行われる岐阜県老人福祉施設協議会常任会議のために岐阜県福祉会館に行きました。13時には事務局に着いたので事務局長との事前打ち合わせをして、常任理事のメンバーが13時30分には集まったので、常任理事会の開始を会長として宣言して、15時で終了して16時からのリモートによる全国介護福祉政治連盟の役員会議が予定されているので急ぎ本部施設に向かいながら、リモート会議の接続を電話で依頼して本部施設に着くと15時55分で『セーフ』と言う事で、16時丁度に始まった会議に迷惑を掛ける事無く参加する事が出来ました。

17時30分に会議が終了して今は18時32分ですが、昨日とは比べ物にならない位にスムーズに原稿を書く事が出来ました。明日は久しぶりに東京で宿泊を伴う出張があるのですが、本日の体調であれば頑張って行く事が出来ると思います。しかし、我ながら1時間の贅沢で元気を取り戻せると言うのは有難い事だと思っています。

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